彼女らは汝の敵を愛さない   作:出井兎りんで

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1-7 時計兎

「いやはやお若いころはそれなりに美人な方だったのだろが、流石に今の彼女では私のコレクションに入れられなくてね、楽しませてもらった(・・・・・)あとに殺してしまったよ。だが名波優希君! キミは実に素晴らしい! 男とは思えないほどに可愛らしく儚げでそれが一つの美しさともいえる!」

 

 椅子から立ち上がり演説するように熱弁を揮うガーデル。その足元に優希の叔母の死体があり、彼はまるでものを踏みつけるようにして顔を踏みつぶした。

 ぐちゃり、と鼻がへし折れ、ただでさえ無残な姿がさらに酷くなる。骨が折れる嫌な感触にガーデルはまるで虫でも踏んだような顔をうかべ、邪魔だといわんばかりに死体を蹴り飛ばした。有無言わぬ叔母の死体は転がり、部屋の壁にぶつかって勢いを殺し動くことはもうない。

 

「私は美しい少女に目がないのだが、君は例外だ。身体は男でも見た目は美しい少女のそれとなんら変わらないキミを私のコレクションに加えてあげよう! 開戦するまでしばしの猶予がある、それま至福の時間を提供すると約束するよ! 私の愛玩動物(コレクション)としてなとしてな。くっくっく、ふははははは!」

 

 語るガーデルの言葉は伏せる優希の耳に入っていなかった。

 目の前の狂人が何か言っている、ただそれだけ。そんなことよりも、叔母を失った事実を前に優希は自身の世界を揺らす。

 両親を幼いころに失くした優希を引き取り、本物の母親と変わらない愛情を注いで優希をここまで育ててくれた叔母。優希がここまで真っ直ぐに、優しい性格に育ったのは叔母のおかげと言っても過言ではない。

 その叔母の死を目の当たりにして優希は頭の中が真っ白になっていた。どうして? どうしてこんなことになったの? と。

 顔を踏みつぶされているだけではなく、身体の細部が足りない叔母の死体。指の数が足りない、耳も片方ない、服は千切られ片方の乳房には切り傷がある。――――ガーデルは言っていた、〝楽しませてもらった”と。つまり死ぬまでの過程に何かをしたということだ。

 沸々とわく憎悪。優希の思考が白から別の色に染まる、赤く黒く……彼は〝優希”という人物からほど遠い色に染まった。

 

「……っ! うわあああああああ!」

「くはははは! いいぞ、いい顔だ! 怒りに染まったその表情もまた素晴らしい! さぁ、もっといろんな顔を私に見せてくれたまえ」

 

 怒りに染まった優希は勢いのままガーデルに飛びかかるが、赤子を捻るかの如く一蹴されてしまう。

 触れることさえせず見えない力で弾かれた優希はそのまま壁へと激突する。背中を強打し、息ができないほどの痛みに苦痛の表情を浮かべて蹲る。

 

「どうした名波優希君、キミの大事な叔母君を殺した仇はここだぞ? さぁ、かかってきたまえ! 泣け叫び、屈辱のまま死んだ彼女の無念を晴らしたいだろ? くははははは!」

 

 笑み、笑み、笑み。その笑みはとてつもなく不愉快なもので、笑顔が好きな優希にはとうてい理解できないものだった。

 このまま自分はこの男の不愉快な笑みを満たすためだけの存在になってしまうのか? 嫌だ、そんなの嫌だ。――――優希は思い出す、自分が否定した女の子のことを。彼女が優希に見せてくれた笑顔に不愉快なものがあっただろうか? 彼女が今まで一度でいいから優希に害するようなことをしただろうか?

 ない、そんなこと一度もない。それどころか、彼女は、白兎美羽はいつも優希の味方でいてくれた。そんな彼女に酷いことを言った僕への罰なのかもしれない、優希はそんなことさえも考える。

 でも、それでも、言わせてくれるのなら、言葉が届くならと……――――優希は求め、

 

「ごめん白兎さん……」

「……いいんです、いいんですよ名波くん。名波くんは悪くありませんから」

 

 ――――そして彼女は、白兎美羽は現れた。

 倒れている優希に優しく微笑みかけ、手をとり包み込む。少しでも痛みが和らぐようにとぎゅっと抱きしめたあと優希を寝かせて守るように背にし、敵へ視線を向ける。

 

「ほう、いつの間に現れたのかね?」

「……よくも」

「なんだ、聞こえないぞ?」

「……よくも名波くんを傷つけてくれましたね」

「ああ、そのことか。心の傷かい? それとも身体の方かい? 身体に関してはまだでね、今から私のものだという(しるし)をつけるところなんだ、そこを退いてくれたまえ名もなき魔術師君」

「名波くんに……―――触るなッ!」

 

 美羽の怒号が名波家に響く。背中越しに聞こえるその声は優希がはじめて聞く美羽の本気の怒号で、見ない顔もきっと優希が見たことない顔なのだろうと彼は感じた。

 叫ぶと同時に美羽の周りが白く光り、純白のエプロンドレスが彼女を纏う。美羽は懐中時計を強く握りしめたあと、目にも止まらぬ速さでガーデルとの距離を詰めて蹴り飛ばした。

 ガラスが割れる音と共に庭へと蹴り出されたガーデルに追い打ちをかけるようにして美羽は短剣を放つ。その仕草に躊躇いはなく、弾丸の速度で飛ぶ無数の短剣がガーデルのいる場所へと降り注いだ。……しかし、

 

「ほう、その姿……なるほど、君は魔術師ではなく、私の同類ということか! これはまた愉快な展開になってきたものだ」

 

 何事もなかったかのようにガーデルは立っていた。愉快愉快と手を叩く彼の周りには美羽が放った短剣が転がっている。

 派手に蹴り飛ばされたにも関わらずダメージを負っている気配さえない。警戒するように構える美羽に対してガーデルはゆっくりと懐から一冊の本を取り出した。

 

「しかし少女よ、同類ならもう少し警戒するべきだったのではないかね。――――頭に血が上りすぎのようだ、既に私の術中に嵌っているぞ?」

 

 パチン、とガーデルが指を鳴らすと共に本が開き、無数の文字が浮かび上がった。

 魔導書の類と思われる本から浮かび上がった無数の文字は周囲に広がり、美羽たちを巻き込んで一つの空間を創造する。

 先ほどまで名波家に居た美羽たちだったが、一瞬にして周りの景色が塗り替えられた。現れたのは不気味な空間、灰色のその空間はそこは中世の拷問具部屋を連想させる。

 何をされたのかはわからない美羽だったが転がっている拷問器具の類を目にし、ろくでもない場所であることだけを理解した。突然現れた空間は名波家の敷地よりも広く、バスケットコートほどの大きさがあり天井も高い。機動力に特化している美羽にとって戦いやすさだけでいえば先ほどよりも上であり、すぐさま攻撃に移る。

 

「……ッ」

「速いな」

 

 文字通り、目に見えぬ速さで動く美羽。直線的に攻めるのではなく、速度を生かして多方向からしかけるのは彼女の基本戦術だ。

 ガーデルが認識できるのは気配だけで姿は目に捕えることができない。実際、視線はまるで美羽を捕えられておらず、真上から細身の剣を突きたてようとした美羽に気が付きもしなかった。

 ……しなかったが、美羽の攻撃は届かず剣は見えない壁に阻まれた。しかし美羽は動揺することなく、すぐさま反転して再び飛び回る。

 そう簡単に上手くいくはずがない、というのは美羽もわかっていた。ガーデルも美羽と同じく女神の護り手だ、何かしら女神の力を備えている。まずはそれを見極めることが護り手同士の戦いにおいて必要――――

 

「ほう、君の力は時間の加速と停滞(・・・・・・)か。これはまた強力な力を手にしたものだな、人の身に余る神技だぞ?」

 

 ――――なのに、ガーデルはどうやってか美羽の力の正体を見破った。美羽は驚きのあまり駆ける足を止めてしまう。

 そんな美羽の反応に、くっくっく、とガーデルは変わらず不愉快な笑みを浮かべた。

 能力がばれるような行動はしておらず、そもそもまだ戦闘をはじめて数分も経たない間にどうやって見抜いたのか? 美羽は考えるがまるで答えがでない。

 

「どうした? もっと己の時間を加速させて私を翻弄しないのか“時計兎”の少女よ?」

 

 そんな美羽をあざ笑うかのようにガーデルは“時計兎”と口にした。

 

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