とある大学生・進は、好きな人と近づくきっかけを得る為にヤラセの強盗事件を計画する。
 その先に待っているのは望んだ結果か? それとも……。



※本作はハピナ氏主催《第2回》ハーメルンSS小説コンテスト応募作品となっております。
 テーマは『悪意のない嘘』です。

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《第2回》ハーメルンSS小説コンテスト応募作品――嘘の先

 鈴樹(すずき)(すすむ)は急いでいた。早くあの人を見つけなければと。

 研究室を訪ね、図書館を巡り、大学の敷地内を駆けずり回って、昼時に駆け込んだ学食の片隅でようやくその人を見つけた。トレイに載ったメンチカツ定食を食べているメガネの男こそ、探していたその人だ。

加藤(かとう)さん!」

 進の呼びかけにメガネ――加藤は手を止め、駆け寄ってくる進に驚いた顔を向ける。

「えっと……?」

「あぁ……先生のゼミに通ってる鈴樹です。……ほら、たまにレポート持ってくる」

「あぁ」

 上がった息を整えながらの進の自己紹介に、加藤はポンと手を打つ。

 この加藤という男、数年前から進が通うこの大学で働いているのだが、教員やスタッフではない。進が通っているゼミの教授と親戚関係にあり、そのコネで教授の世話を中心とした諸々の雑務を引き受けているらしい。「らしい」というのは、進も周囲からの又聞きでしかないからなのだが。

 一方、なんらかの都合で仕事が空いた時は、キャンバス内――主に図書館――や学外の周囲をぶらついていることが多く、険の無い温和な性格がそうさせるのか、その際に学生たちの相談に乗ったり、頼みごとを聞いたりしてあげることも多かった。

 今進が彼を探していたのも、そうした評判を聞きつけて頼みたいことがあったからだ。

「実は、どうしてもお願いしたいことがあって」

「まず落ち着いて。座ってください」

「あ……はい……」

 冷静に向かいの椅子を勧める加藤に、捜索の興奮が治まりきっていなかった進は深呼吸をしながら応じ、いくらか落ち着いて椅子に座ると、改めて話を切り出す。

「えっと……どうしてもお願いしたいことがあるんです。おそらく加藤さんでないと引き受けてくれないことで……」

「僕でないと? ……とりあえず詳しく聴かせてください。あ、食べながらでいいですか? 冷めちゃうと嫌なんで」

「えぇ。どうぞ」

 返答を聞いて食事を再開する加藤を見ながら、進は今一度頼みごとについて考える。

(さて、加藤さんを見つけたはいいが……。今更だけど本当にこんなこと頼んでいいのかな? 我ながら俺の自分勝手…………。否、折角だ。言うだけ言ってみよう。評判が本当なら、たぶん聞いてくれる!)

 そう断じて迷いを断ち切ると、進は背筋を伸ばして姿勢を正し、厚いレンズで拡大された加藤の目を見据える。

 そして、

「俺の為に…………強盗をやってくださいっ!」

「…………はぁ!?」

テーブルにぶつかる勢いで頭を下げ、頼みごとを聞いた加藤の困惑の声が響いた。

 

 事の発端は今から2カ月ほど前――4月頭に遡る。

 2年生に進学して初めての講義。進は前に行くにしたがって下がっていく教室の中ほど右端の席に座って時間がくるのを待っていた。

「……?」

 唐突に椅子を動かす音が聞こえ、ぼーっとしていた進はなんとなしに隣に顔を向けた。

 そこに“彼女”がいたのだ。

「!…………」

 一目見た瞬間、進は雷に撃たれたような衝撃を覚え、言葉を失った。

 腰に届くほどの黒髪、見るからに艶のある白い肌、やや茶色がかった大きな瞳、強くはないがある程度自己主張をしている胸、などなど……。

(…………モロ好みだ!)

 偶然出会った直球ど真ん中ストライクゾーンの女性に、一目惚れしてしまったのだ。

 その後は講義どころではなく、本人に気づかれないよう注意しつつ、ひたすら彼女を見ていた。

 授業内容をノートにとるという当たり前の光景さえも、彼女がやると高級絵画のような優美さを醸し出していた。

(こんな美しいものを間近で、しかもタダで見られる俺って、スッゲー幸せ者なのかも)

 そんなことを考えている間に講義は終了し、教室を出ていく学生たちに混ざって彼女も退室、進もその後をついていった。

 

 それからというもの、進は授業そっちのけで彼女の“調査”を行った。

 遠くから気づかれないように彼女の行動を観察し、その結果を逐一メモした。

 その様子を見かけた者たちから棘のある視線を向けられることも多々あったが、彼女しか眼中にない進の知るところではなかった。

 そして約1カ月半に渡る“調査”の末、彼女の名前が「小野(おの)綾音(あやね)」であること、学科は違えど同じ2年生であること、大学から少し離れた所にある広い庭を持つ中規模の一戸建てに住んでいること、授業以外の時間は大学近くの服屋でアルバイトをしており、それ故に帰宅時間が遅くなりがちなことを突き止めた。

 

「……で? その子の気を引く為にひと芝居うつことを考えた。その悪役を僕にやって欲しい、と?」

「はい」

 一連の話を聞いて確認する加藤に、進は迷いなく答える。

「……」

 あまりにも真っ直ぐな眼差しに、加藤は思わず頭を抱える。

 今の話から言いたいことはたくさんある。「それ一般的に“ストーカー”っていうんだよ」とか、「そんなことしてる暇があったら勉強しなさい」とか、「“調査”なんて回りくどいことしてないで直接訊けばいいでしょう」とか……。

 しかし、それらを脇に退けてでも優先して言うべきことをまず告げる。

「……でも、そんな嘘ついて始まる付き合いで本当にいいのか? それに変な見栄なんて張ったら、後々面倒になるかも。それなら普通にアタックした方が……」

「うっ! ……それは……そうなんですが……」

 勿論、進とてその点は引っかかっていた。理由はどうであれ、自分は相手を、それも想い人を騙そうとしているのだ。計画が上手くいって付き合えるようになったとしても、必ず後ろめたいものが残るだろう。

 そしてそれが自分を誇張するものなら、バレた時に幻滅されるかもしれないし、バレなければいつバレるのか怯えて過ごすことになる。

 しかし、

「それでも、男なら好きな子の前で格好いいとこの一つくらい見せたいじゃないですか! 残念ながら俺は腕っぷしはからっきしダメで、本物の強盗や不良相手に撃退なんてできません。でも、子供の頃からそんなシチュエーションに憧れていたんです! それに、小野さんって結構なお嬢さんみたいなんですよ。着てる服や持ってる鞄なんかは見るからに高そうな物ばっかだし、こっちが築何十年の安アパートに住んでるところを広い庭付きの一戸建てですよ? ある程度格好つけておかないと吊り合いませんよ! お願いします加藤さん! どうか俺の夢実現の為、小野さんと付き合う為に協力してください!」

「……」

 力を込めて語る進だが、加藤は渋顔を返すだけだ。

「お願いしますよぉ! 今6月も下旬、もうすぐ7月だ。その次は8月――夏休みです。今出会いのきっかけを作って、1カ月である程度親睦を深めておかないと、見ず知らずの男女が夏休みを一緒に過ごすなんてまず不可能です。ただでさえ学科が違うから交流も無いのに……」

「……とんでもないこと考える割に、その辺はしっかりしてるのな……」

 食い下がりながらも弱気な顔を見せる進に率直な感想を呟くと、加藤はみそ汁を飲み干して手を合わせ、メガネ越しの大きな目で進を見据える。

「一つ確認したいんだが、芝居はあくまでもその人の気を引く為。助けたことを理由に何かを強要したり強請(ゆす)ったりするわけじゃないんだな?」

「勿論です! そんなこと絶対しません。俺はただ、小野さんに格好いいところを見せて好きになってもらいたいだけなんです。それ以外の気持ちはありません。……そりゃあ、俺が今やろうとしてることだって、充分汚いのはわかってますけど……」

「一応自覚はあるんですね……。でもまぁ、悪意が無いっていうんならね」

「! いいんですか?」

「好きな人の前でいいとこ見せたいって気持ちはわかるし、他意が無いっていうなら、僕が拒否する理由は無いしね。……で? 具体的にどうするんです?」

「! ……ありがとうごじます! じゃあ、早速ですが……」

 渋々了承してくれた加藤に再びテーブルに頭をぶつける勢いで礼を言うと、進は計画の詳細を説明する。

 

 計画を説明した数日後。

 進は仕事の都合がついた加藤を伴って現場の下見に向かい、近隣住人たちに注目されないように注意しながらリハーサルを行う。

 それを一通り済ませると、進は加藤の頼みを聞いて小野の自宅とされる一戸建てに案内する。

「話を聞いてから気になっていたんだが……確かに大きな家だな。庭もそこそこの広さだ」

「でしょ。こんな家に住んでるなんて、十中八九お嬢さんですよ。だから俺の方も、それなりに箔付けないと!」

 生垣を挟んで佇む2階建て家屋に率直な感想を述べる加藤に、進は計画への気合いを入れ直しながら応じる。

 と、庭を眺めていた加藤は、その一角にもう1軒2階建ての建物があることに気づく。

「奥の方にも何か建ってるが、あれは?」

「……あぁ。アパートですよ。どうもここの家が大家やってるみたいで。俺も“調査”中、学生っぽい人たちが出入りしてるとこ見かけました」

「アパート、ねぇ……」

 進の説明に、加藤は静かに応じる。

 

 そして、計画決行の日。

 夏の長い太陽も沈み始める夕刻、進と加藤は例の一軒家から100メートルほど離れたT字路の陰に隠れ、アルバイトを終えた小野が来るのを今か今かと待っていた。

 白いTシャツの上に青いパーカー、黒のジーンズという「ちょっと夜の散歩に出てきた大学生」という趣の進に対し、加藤は黒の上下に黒い帽子、胸ポケットに待機しているマスクとサングラス、軍手に包まれた右手に持った鋭利な包丁――に見える段ボールにアルミ箔を巻いて作った小道具と、「絵に描いたような不審者」の格好だ。この対比が、2人の役柄を明確に表しているといえよう。

「……しっかしよくできてるな、この偽包丁。最初見た時本物かと思ってびっくりしたよ」

「流石に本物持ってたらいろいろとアウトですからね。見た目似せるの苦労しましたよぉ……。モデルガンでもいいかなって思ったけど、そこは俺の懐事情が……」

「あ、そうなの? ……もっとも、こんな黒尽くめの格好でうろついてる時点で、お巡りさんに会ったら職務質問待ったなしなんだがな……」

「それは……その時は俺がフォローします。……と、来ましたよ!」

 遠くから歩いてくる小野の姿を進が捉えると、2人は一層身を縮めていつでも出ていけるようにする。

 薄暗くなった空に反応するように街灯が一斉に灯り、明かりに照らされた小野の細部が鮮明になる。

 下ろした長髪は明かりを反射して黒く輝き、白いノースリーブのシャツと水色の膝くらいの丈のスカートから露出した細い手足は健康的な艶を浮かべている。左手首には銀色のブレスレットが巻かれ、右肩には有名ブランドのバッグを提げ、それらを纏う小野の魅力を引き立てている。

「……確かに美人だな。……僕も声かけてみようかな?」

「加藤さん!」

「冗談だよ。……じゃあ、行こうか」

 感想を呟いた直後、加藤はメガネをサングラスに掛け替え、口元をマスクで隠すと、偽包丁を持ち直してT字路の陰から駆け出る。

「動くな!」

「!?」

 リハーサルに従って大声を出しながら偽包丁を突き出すと、小野は驚愕の表情を浮かべて街灯の明かりの下で固まる。

 加藤は加藤で常に一定の距離を維持し、偽包丁がバレないように注意しつつ適度にチラつかせながら強い語調で続ける。

「強盗だ。金を出せ!」

「お、お金なんて……」

 想定通り小野が今にも泣きそうな顔を浮かべると、加藤はゆっくりと距離を詰めていく。

「いいバッグ持ってんじゃねぇか。いいから早く――」

「待てぇ!」

 打ち合わせ通りの距離まで近づいて手を伸ばしたのを合図に進がT字路から躍り出、加藤もリハーサル通り後ろを振り返る。

「その汚い手を退けろ!」

「なんだテメェ!やんのかっ!」

 怒鳴るや加藤は進に駆け寄り、偽包丁を突き出す。

 進は姿勢を低くしてそれを躱すと、そのまま加藤の胸に握った右手を伸ばす。勿論、力のこもっていない形だけの攻撃だ。

「うっ!」

 加藤が如何にも苦しそうな声を上げて体を曲げると、進はその後ろに回り込んで加藤の後頭部に左肘を当てる動きをする。

 肘の先が軽く触れるや加藤は盛大に前に倒れ込み、それを見下ろした進は威圧するように言う。

「まだやるか? これ以上は容赦しないぞ!」

「く、クソォ! 覚えてろ!」

 慄いたように言いながら立ち上がると、加藤はそそくさとT字路の陰に消える。

(完璧です加藤さん! このお礼は後日改めて!)

 遠ざかる加藤の背中に心の中で感謝を述べると、進は振り返って目の前で起こったことに狼狽している小野にそっと呼びかける。

「大丈夫ですか? どこか怪我でも?」

「い、いえ……そちらがすぐ来てくれたので……」

「それはよかった。折角ですし、お家までお送りしましょうか?」

「え、でも……」

「またさっきのようなことが起こると危ないですから」

「……そうですね。お願いします」

(オッシャァ!!)

 やや迷いながらも申し出を受け入れてくれた小野に、進は内心喝采を叫ぶと、並んで小野の家へ向かう。

(ヨシッ! 小野さんとお近づきになれた! ……と、浮かれるのは禁物だな。ようやくできたこの2人きりという貴重な時間を有効活用せねば)

 ともすれば諸手を上げてはしゃぎそうになる自分を抑えつつ、進は事前に計画していた通りどこまでも“紳士的”に接することを心がける。

「あ、そうだ。紹介がまだでしたね。この近くの大学に通っている鈴樹進といいます」

「あ、小野綾音といいます。こちらも遅くなりましたが、助けていただきありがとうございます!」

 進の自己紹介に応じながら、小野は深々と頭を下げる。

(知ってるよ! 調べたもの。……だが、こうして本人の口から名前を教えられるというのも……いい! あまつさえ俺感謝されてるぅ!)

 心の中で小躍りしながら、進は小野と会話を重ねていく。

 

 しばらくして、進は例の一戸建ての前に着く。

「こちらがお家で?」

「はい。……よかったら、上がっていってくれませんか?」

「えっ?」

 想定外の小野からのお誘いに、進は一瞬戸惑ってしまう。

「……いいんですか? そんないきなり……」

「大したおもてなしはできませんが、先ほどのお礼もしたいですし。……それとも、この後なにか用事でも?」

「あ、いえ、そういうわけでは……」(ウォォォ! まさかのお上がり!? どうする? まだ心の準備が――否! 今更何を怖気づく。本計画の趣旨は小野さんとお近づきになること。ならば、行けるところまで行こうじゃないか!)

 嬉しさと困惑が駆け巡る中、腹を決めた進は小野に気づかれないよう小さく深呼吸をし、自分の意思を告げる。

「では、お言葉に甘えてお邪魔させていただきます」

「ありがとうございます!」

 嬉しそうに頭を下げると、小野は門を開けて敷地内に入り、進もそれに続いて一戸建てへ向かおうとする。

 その時、小野の声がかかる。

「あ、すみません。私の家こっちなんです」

「え?」

 言われて進は、小野が指さした方を見る。

 指の先には、下見の際に加藤が興味を示した2階建てアパートが佇んでいる。

「え? ……あの、小野さんってこの一戸建ての家の人じゃ……」

「いいえ。私、進学の為に市外からこのアパートの越してきたんです。大家さん一家とは仲良くさせていただいてますが」

「なっ……!」(なんですとぉぉぉぉぉぉ!?)

 お誘いを受けた時以上の予想の遥か先を行く事態に、進は目と口をいっぱいに開き、心の中で頭を抱えて絶叫する。

 

 八畳ほどの広さにベッドや本棚、脚の短いテーブルと少数の家具が置かれた部屋に通された進は、目の前の光景に先ほど小野が言っていたことをいよいよ認めざるをえなくなる。

(……部屋自体は俺の住んでるとこより綺麗だけど、規模そのものに極端な差はないみたいだな。家賃は訊いてみないとわからないけど、立地条件も大して変わらないみたいだし……。いや、でも……部屋はこんなに質素なのに、何で身に着けてる物はいい物ばっかりなんだ?)

 そんな疑問を抱いていると、キッチンの方からマグカップ2つと小ぶりのヤカン、ティーパックの容器を載せたトレイを持った小野がやってくる。

「こんなものしか出せませんが、よかったらいただいていってください」

「あ、ありがとうございます……。なんていうか、サッパリした部屋ですね?」

「ありがとうございます」

 進に礼を返しながら、小野はトレイをテーブルに置き、ティーパックを入れたマグカップにお湯を注いでいく。

「……でも、小野さん結構いい服着てますよね? 持ってたバッグもどっかで見た感じのやつだし……。そういうのはどうしてるんですか?」

「大家さん一家がくれるんです。もう使わないからどうぞって。あと、女の子なんだから少しはオシャレに気を遣わなきゃダメだって」

「……つまり、自分で買ったわけじゃない?」

「私の財力じゃ、とてもじゃないけど買えませんよ。実家は普通のサラリーマン家庭だし、生活費の足しにしようと暇を見つけてはバイトしてるくらいですから」

(…………俺と経済事情大して変わらねぇじゃねぇかぁぁぁ!!)

 ここにきて知った思わぬ事実に、進は衝撃を受ける。

「いや、でも……生活費を稼ぎたいなら、そのもらったバッグや服を売ればいいんじゃ……」

「それはできませんよ。だってこれらは私に使って欲しくて大家さんたちがくれたんですから。それなら、ちゃんと使わなくちゃ」

 さらに質問を重ねて、自分の問いに終始笑顔で包み隠さず答える小野の姿に、進は先ほどのヤラセ強盗事件を思い出して強い罪悪感を覚える。

(……この人は、俺と違って正直に生きてるんだ……。そりゃあ、紛らわしい部分はあったけど……本当の意味で“飾らない”生き方をしてるんだ……。それに引き換え、俺は…………)

 そこまで思うと、進はそれまで崩していた足を正座に組み直し、クローリングに頭突きをかます勢いで土下座する。

「申し訳ありませんでしたっ!!」

「…………!?」

 突然の謝罪に、お湯を注ぎ終わった小野は強盗に襲われた時以上に狼狽えた。

 

 自分のことを赤裸々に語る小野を見ていたたまれなくなった進は、床に額を擦りつけたまま今回の件を正直に暴露した。

 ヤラセのことはもちろん、強盗の正体が知人であること――名前は流石に伏せた――や、小野の背景を勘違いしていたこと、このようなことをするに至った動機、小野への気持ちなどを一気に吐き出した。

 一通り話し終えて荒くなった息を整えていると、不意にあることが浮かぶ。

(……ちょっと待て? ……これって事実上の告白じゃねぇか! うわぁ! まさかこんな情けない形で気持ちを伝えることになるなんて…………でも、これが俺の罰なのかな……?)

 後悔しつつもどこかで納得もしていると、怒涛の勢いで語った為に圧倒されていた小野が、持ち直したのか冷静な表情を浮かべて進を見据える。

「……つまり、先ほどのことはすべて嘘だったと?」

「……はい」

「その理由は、私の気を引きたかった為だと?」

「…………はい」

「…………」

(……予想はしていたけど、まさかここまでお粗末な結果に終わるなんて……。幻滅されたかな? されただろうなぁ……。こんなことなら、素直に加藤さんの注意を聞いて普通にアタックすればよかった…………って、今更言ってもしょうがないか……)

 沈黙に入った小野を、進は少しだけ顔を上げて、判決が言い渡される被告人のような心境で次の発言を待つ。

 そして、

「……やり方に多少問題はあったのかもしれませんが、私のことをそこまで想ってくれるのは嬉しいです!」

「……えっ!?」

まったく予想していなかった言葉に面食らいながら、今度はしっかりと顔を上げる。

 視線の先には、柔らかな笑顔を浮かべる小野がいる。

「……怒らないんですか? ……幻滅しないんですか? 自分で言うのもなんですけど、俺あなたを騙したんですよ?」

「確かにそれについては不愉快な気持ちになりましたけど……でも、それは私に近づきたいと思ってしたことなんでしょ? それに、最後はきちんと話してくれましたから」

(…………俺は……俺はぁ…………! …………)

 変わらず笑顔を向けてくれる小野に、進は何も言えなくなり、思わず目頭が熱くなる。

「なにはともあれ、今日はせっかく部屋に来てくれたんですし、お茶も淹れたんです。飲んでいってください」

「…………はいっ!」

 小野の勧めに応じると、進はマグカップからティーパックを出して一口飲む。

「……」

 長話をしていた所為かすっかりぬるくなり、加えて舌が痺れるほどに渋くなってしまったものの、今の進にはとても美味しく感じられた。

 

 その後、2人は話し合いを重ね、「まず友達として親睦を深める」ということで話がついた。

 進の方には多少罪悪感が残っていたものの、小野との関わりを通じて、どうにか現状を肯定できる心境を得ることができた。

 そして、ヤラセ強盗事件から数日後、暦は7月に変わり、夏本番に差しかかろうとしていた。

 

 空き時間が重なった進と小野は、避暑を兼ねて図書館のテーブル席で共通して取っている講義の小勉強会を開いていた。

 と、

「あ、鈴樹さん」

「! 加藤さん」

進たちの姿を見かけた加藤が、厚い本数冊を抱えて歩み寄ってくる。

「知り合い?」

「え? ……あぁ。先生の助手っていうか……」

 小野の質問に、進は曖昧に答える。

 小野は先日の強盗の正体が加藤であることを知らない。彼は自分の我儘に付き合ってくれただけだという理由で、進は「名誉の為に」と言って教えていない。小野もそれで納得したのか深く追及せず、彼女の認識では初対面ということになる。

「……どうしたんです? そんな重そうな本たくさん抱えて」

「資料探しの仕事頼まれてね。もっとも、まだまだ行けるよ」

 進と加藤が話していると、小野は腕時計を確認する。

「いけない。そろそろ行かないと。じゃあ進くん、私バイトあるからまた後で」

「あ、うん。気を付けてね。綾音さん」

 言いながらテーブルの上の文房具を鞄に戻すと、小野は速足で図書館を出ていく。

「……当初の目的とは少し違ったようだが、なんとか仲良くなれたようですね?」

「えぇ。まぁ……。その節はどうも……」

 小野の背中を見送りながら声の大きさの注意して言う加藤に、進は頭を下げる。一応先日、礼、あるいは謝罪というべきことはしたのだが、こうして例の話題を持ち出されると、改めて頭を下げてしまうのだ。

「……加担した僕が言えたことじゃないのは百も承知だけど……敢えて言わせて欲しい。…………やっぱり、変な見栄や嘘なんかつかず、素直にいってよかっただろう?」

「はい……。綾音さんの態度見てたら、俺なにしてたんだろうって……」

「そう思えるならいいさ。それにそんなふうに思えるようになったのも、君が行動した結果なんだし。……さてと、これを研究室に届けてきますか」

 言うと加藤は本の束を抱え直し、真っ直ぐに受付へ向かう。

(行動した結果、か…………。ま、いっか。これからは余計な見栄は張らずに生きていこう)

 本棚の陰に消える加藤を見ながら思うと、進は荷物をかたづけて、一息つこうと大学近くの喫茶店へ向かった。




 このような催しがあることを知り、半ば勢いで掲載させていただきました。
 さて、コンテストではどこまで行けるか?

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