理不尽なことは唐突にやって来ることは人生を通して嫌なくらいに知っていたのに、神様とかいう奴に滅ぼされ、望んでもいないISの世界に転生させられた。それも俺を取り巻くキャラ達は別人の様にオカシくて。

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 はじまりもしなければ、おわりもしない短編ですが、たまの暇潰し程度にお読みください。 それではどうぞ。


ISより〜手のひらダンスパーティー〜

「申し訳ありませんでした!!」

 可愛らしい声が真っ白な空間に響き渡った。

 目の前には頭を垂れる恐らく美少女がいた。顔が見えないから声を基準にした勝手な想像だ。

 状況を整理したい。どうして俺はこんな見渡す限りの真っ白な世界にいるんだ。精神と時の部屋みたいだ。目がいたくなりそうなくらい代わり映えのしない白色。たまに目を閉じて休憩しないと辛い。

「この度は私のミスでとんでもないことをしてしまいました」

 目の前の恐らく美少女は頭を下げるだけでは満足できなかったのか、白色の地べたに這いつくばって土下座まで始めてしまった。見ようによって俺が鬼畜と取られかねない危険な状況だ。早急にやめさせる必要がある。

「ちょっと。よく分からないけど土下座までしなくていいから」

 そうだ。どうしてこんな真っ白空間に居るのか。何があったのか。どうして恐らく美少女の謝罪を受けているのか。分からないことだらけで混乱してきた。

「お、お優しい方です」

 土下座をしていた恐らく美少女が面を上げた。想像していた以上に美少女だった。絶世の美少女とか彼女のことを言うのかもしれない。俺が外道ロリコンだったら手を出してしまう逸材だ。

 美少女は這い蹲るような体勢から正座へと形を変えて俺を見上げてきた。目鼻立ちは余計な者がなくてすっきりとしている。かといって完成された美ではなく、言葉に表すことのできない不完全さが漂っている。ほぼ完成された美と言うべきか。俺の語彙では上手く表現できない悲しさがある。

「で、突然何を謝るんだよ」

 理由の判明しない謝罪は気味が悪い。心地の悪さに背筋がゾクゾクしてくる。

 美少女は一瞬だけ何を言われたのかが分からないような顔をしてくる。すぐに合点がいったように再び土下座をしてきた。何コレ嫌がらせ?

「土下座はしない。まずは謝罪の理由を教えてくれ」

「えっ…あー、はい」

 ようやく本当に合点がいったのか、美少女は土下座をやめて立ち上がった。

「突然ですが、貴方は死んでしまいました」

「……はぁ?」

「貴方がそんな出来の悪いシーマンみたいな顔をするのも無理はありません。話すことも動くこともできる状態のどこが死んだ、というものに繋がるものなのでしょうか。ええ、そう思うのも無理はありませんよ。しかしながら、私の言うことは捻じ曲げられない真実であるわけですから、心を神にも悪魔にも成れるようにしてお伝えしました」

 あれ、信じられない話をされているはずなのに内容が上手く頭に入ってこない。

「そうです。貴方は死んでしまったのですよ。おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない、という有名な台詞で表現できます。それもこれも私が誤って貴方の居る町に隕石を落としてしまったのが原因です」

 さらさらと痛々しい発言をしてくる美少女。コイツは美少女の皮を被った何かだ。社会に出るには厳しい系統の人間だな。

 とか思うよりも気にしなければならない言葉が一つ。

「隕石を落とした?」

 荒唐無稽だ。俺が死んで、その死因が隕石って。ギャグじゃないか、そんな馬鹿みたいな内容。

「はい。暇だったので宇宙に転がっているデブリをぶつけ合わせていたら手が滑って」

 恥ずかしそうにもじもじとする美少女。可愛いは正義なんてないな。今、俺は相当に目の前の美少女を嫌悪している。

「それで俺は死んだと……俺以外も絶対に死んだろ」

「貴方の渾身のサイキックパワーが人々を救いました。救国の英雄にカンパーイ」

「マシなこと言え」

「言ってます!」

 真顔で馬鹿を言う美少女には参った。どれほどに可哀想な者を見る顔をすればいいんだか。

 無言の訴えで可哀想な者を見る顔をすれば、美少女は舌をペロッと出して照れはじめた。どこに照れる要因があったんだ。

 かと思えば、美少女は表情を素晴らしく真面目なものに変えて俺に提案してきた。

「そろそろ真面目な話をしても良いですか?」

 おかしい。終始ふざけていた奴に諭されている状況はおかしすぎる。一言もの申したいが、ここで余計な口を挟めばさらに話が進まなくなる。そもそも話が進んでいたのかも怪しいのだから、形だけでも進めたい。

「分かった。真面目な話をしてくれ」

「ああ、ツッコむの諦めましたね。意気地なし」

 美少女が品を崩さないままに大笑いをする。顔だけは美人だ。残念なくらいに。そしてこっちの行動をこれでもかと嘲笑ってくる。

「……頼むから真面目に」

「仕方ないですね。真面目に行きましょうか。まず、貴方は本当に死んでしまいました。死因は通り魔に刺されたから。その通り魔は数時間後に警察署に出頭。殺人の理由は好奇心に負けて、という昨今のだれでもよかった系の殺人理由と変わらずですね。つまりは運がなかった貴方。で、可哀想なものだから私が慈悲深い手のひらで貴方の魂を掬いあげたというわけです。中々優しいとは思いませんか」

「すげー。これでもかと押しつけがましい好意の主張だな」

「まぁ、貴方たちの言う神様って奴ですから」

 美少女は事もなげに言ってのけた。周囲の白色が歪んだように見えた。少し冷たいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 酷い話があるものだ。過去からの嫌なことが今もまたついてくる。逃れられない運命。ソイツと馬鹿みたいに踊り続けなきゃいけないなんて。地獄以外の何者でもない。

 理不尽はやってくる。そうなると分かっていても避けられないのかもしれない。

 確実に言えるのは、俺は来ると分かっていた理不尽を振り払うことができなかったということだ。

 見れば分かる。目を開けても暗闇しか見えない。目元を厚い布が覆っているせいで視界が妨げられているんだ。見えるはずもない。「おいおい。なんだってこんなことしなきゃなんねーんだよ」

 女の声が聞こえる。苛立ちが表に出ているようだ。面倒事をさせられたことに対する憤りだろうか。

 とにかく情報を整理する必要がある。何が何でも生きて逃げるために。

 両手両足もきっちりと縛られている以上は無茶はできない。ならば冷静を保つのが吉だ。

「おい、なんでこんなことしてんだろーな。教えてくれよ、ガキ。なんでアタシがこんな犯罪紛いのことしなきゃなんねーんだよ。少年誘拐とかマズいだろ。発覚したら新聞やニュースでおかかしな精神分析とかされて見当違いに丸裸にされちまうんだぞ。過去の黒歴史も暴かれて、アタシは羞恥の中で憤死しなきゃいけなくなるじゃねえか。恥ずかし過ぎてお嫁にいけない」

 とにかく情報を整理しよう。声の聞こえる位置を考えると、女はすぐ目の前にいて俺と同じ目線に立っている。そして、犯罪に対して後悔の念がある。俺に問いかける意味は分からないけど、後悔しているようだからもしかしたら上手くこの場を切り抜けることができるかもしれない。

「応えてくんねーのかよ。これじゃあアタシが独りで痛々しくはしゃいでるだけじゃん。マズいぜ。電波受信するタイプの人間じゃねえのに、そう見られちまう。勝手なレッテルを貼られちまう」

 べらべらと独り語り続ける女。風が肌を撫でることから身振り手振りも交えて喋っているみたいだ。ミュージカル出身なのか。

 反応に困ることだけは確かだ。これで猿轡を噛まされていれば俺は何も言葉を口にする必要はないのだけど、有難迷惑なことに俺の口は自由の身だった。つまりは受け答えをしなきゃいけないことがあるのか、最悪は相手が子供の悲鳴を聞くのが趣味の変態か。

「嫌だ嫌だ。レッテルとかマジ勘弁。だって悪い噂は何時までも付きまとうし、レッテルも剥がれ落ちることもない。分かるか。善行は一度でもなんとも思われない。でも悪行は一度で世間様から袋叩きか。袋叩きはマフィアかお袋だけがやればいいのにさ。おっかねーぜ。自称正義の味方気取りが、まるで正しいことのように要らん過去までほじくり返してくる。なぁ、恐いな。法的な制裁だけでも厳しいのによぉ、そこに民間による社会的な制裁が待ってるのさ」

 悲痛な声を上げる女。何コレ。俺に何を言わせたいの。俺は何を言えば正解なの。難易度が高すぎて助かる気がしなくなってきた。

「話せよ。二人だけの空間で片方だけ話すのは悲しいだろ。人が独りだけなら独り言。二人いれば会話だ。会話は相互理解の第一歩。必要不可欠な人間の英知の結晶だぜ。もっと楽しもう。薬に手を出すよりも楽しいぜ」

「俺は引きこもりかジャンキーのどちらかかよ」

「おお、喋った。失語症かと思ったぜ。いやいやいや、これでアタシらは文明人だ。文明人バンザイ。さあ、友達を作ろう。作りまくれば共同体になって、もっと作れば国家が出来るぜ」

 思わず反応してしまった。いや、だって引きこもりじゃないし、ジャンキーであるはずもないのに決めつけるように言ってくるから。なんとしてでも誤解を解きたい気分にさせられたんだよ。くそ、コイツの言った通りだ。レッテルって恐い。

「よしよし、このガキ。せっかくだ、お互いにとって建設的な話をしようじゃねえか。具体的に言うと……どうすれば少年誘拐をしたアタシが質の悪いショタコンの犯罪者扱いされないようになるかについて」

「次の犯罪は老人相手にするしかないよ」

「色味のない犯罪だぜ。枯れ木に興味はない」

「じゃあ諦めるしかない」

「終わった。アタシの将来はただいま終わりを告げてしまったぞ」

 恐らくガッカリと項垂れる女。全部自分がしでかしたことなのに。

 俺は俺でなんで冷静に対応しているんだか。

 誘拐されたというのに段々と気持ちが落ち着いてきている。

 いつも通りに小学校に通って、いつも通りに既に習ったことのある内容を再び習い、いつも通りに帰路についている最中だ。拐われてしまったのは。

 兆候はなかった。

 誘拐につながるようなフラグだって上手く叩き折った。

 はずだが結果はご覧の有り様。

「チクショー。馬鹿をしたぜ。未来は真っ暗だ。それもこれも織斑千冬のせいじゃないか? そう思わねーか。織斑千冬のせいでお前も誘拐されちまったわけだし。一緒にアンチ織斑千冬でもやろうぜ」

 名案を思い付いたと言いたげな声音。目の前の女の思考能力は中々のものなのかもしれない。きっと人の悪い笑顔を浮かべているに違いない。

「なぁ、織斑一夏。確かに血の繋がった姉の嫌うのは辛いことだ。それも、聞けば頼れる家族もなく女で、それもまだまだ遊びたい盛りの身でありながら必死にお前を育ててきたとか言うじゃないか。真っ当な人間には本当に酷なことを言っているかもしれないがな。だけど、互いに何かを恨まなきゃ平静を保つことができないと言うのなら、たとえ大事な姉であったとしても生贄に捧げちまえ」

 本当に嬉しそうな声がする。俺は釣られて頬を緩めてしまった。

「おっほー、いい笑顔だな。超いい笑顔じゃんか」

 女の動く気配がする。俺の頭の後ろに手を回してもぞもぞと触ってきたかと思うと、真っ暗だった視界に蛍光灯の光が入り込む。

「……いいのかよ」

 いの一番に言うことじゃないことは分かっている。だけど、目隠しを取ることで生じるリスクがあるというのに、それでも目隠しを外した理由が知りたくなる。

 鼻同士が触れ合いそうになるくらいの距離にいる女は、ライトノベルに描かれた通りの顔をしていた。

「アタシたちは共犯者だ。他人に責任を擦り付けたな。だから攫った側と攫われた側でも手を取り合ってダンスできる。歌って踊ろうぜ」

 無駄にハイテンションな誘拐犯ことオータムは、原作を知っている身からしてみれば異常過ぎるテンションとフレンドリーさを持っていた。今だって本当に踊り出してしまうのだから、原作離れし過ぎだ。

「じゃあ手足の拘束を解け」

「嫌だ!」

「余地もなしか!?」

「だって恐いじゃん。お仕置きされるのは超恐いんだぜ。喉の奥まで長ネギ突っ込まれてグリグリとかき混ぜられるんだ。食材の冒涜なのか何なのかよく分かんねーけど恐い。尻の穴よりマシでしょ、とか本気の目をして言ってくるんだぜ。悪い意味でぞくぞくしてくんぞ」

 オータムは自身の身体を抱きしめて震えだす。朱色に染まった頬のせいで恐怖が伝わらない不思議。どうすりゃいいわけ。

 冷めた目をする以外の道がない俺は冷めた目で、赤みの差した頬のまま踊り狂うオータムを見る。

「子供の前で酷い下ネタはやめなさいな、オータム」

 凛とした声がオータムの踊りをやめさせる。カツカツとヒールで地面を叩く音が聞こえてくる。

「特に頬を赤くするのは良くないわ。それと私は別にお仕置きのために長ネギを突っ込んだわけじゃないのよ。貴女が風邪をひいて辛そうだったから、療養の一つとして実行しただけなのよ」

 困ったわねぇ、と頬に手を当てながら姿を現したのは大人の女性の色香をこれでもかと振りまく女だった。男の目を一身に惹く色っぽさではあるが、同時に品性をも感じさせるために下品さは一切感じられない。結婚するならこういうタイプが一番の理想だろうな。実際に結婚したいとは思えないけど。

「ねぇ。織斑一夏くん。お姉さんの行動が他者を思いやる心で満ち溢れているのが分かるわよね?」

 しゃがみ込んで俺と同じ目線になったスコールは慈愛に満ち溢れた笑顔で同意を求めてきた。

 否定した瞬間に首の骨を折られそうだから、そのプレイに優しさの欠片もありません、とは口が裂けても言えない。

「はい、そのとおりです」

「あらあら、怖がらなくてもいいのに。ネギを口の中に突っ込むのは食べ物を粗末にしているだろう、なんてつっこんでもらってもよかったのに」

 怖がったのは事実だけど、食べ物を粗末に云々は違う。まず人に対する仕打ちに関して何か罪悪感的なモノを感じろよ。

「ふふふ。安心なさい、織斑一夏くん。ちゃんと五体満足に帰してあげるから。それもお土産付きで」

 スコールは俺を抱き締めると、耳元でゾッとすることを囁いてきた。

 

 

 そして、俺は宣言通りに五体満足でお土産を持って自宅へと帰宅したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての始まり。

 織斑一夏が物語の主役になるきっかけの事件。

 俺は細心の注意を払ってその日を迎えたのだが、それは全てが水泡に帰してしまった。全くの無駄に終わったというわけだ。

 受験会場に関しては藍越学園の名が押された封筒に入った受験案内に従って行動をしていたはずなのに、俺はまんまとあの有名デザイナーが設計した迷路みたいな受験会場で迷い込んでしまっていた。 迷ったことで俺は焦りを感じながらも、冷静さを失えば原作の通りに嵌ってしまうと慎重に本来の受験会場を探した。 人を小馬鹿にしたような迷路じみた廊下に段々と苛々が募ってきてしまったために、俺は「受験生ですか?」という背後からの問いかけに振り向き様語気を荒くして「そうですけど」と答えてしまった。

 結果はIS学園の受験会場に連れ込まれ、そこでISを起動させる羽目になってしまったというわけだ。

 こっちが間違いですと言えば相手はすぐに引き下がってくれると思ったのだけど、相手は間違いを謝りつつお詫びとしてISに触ってみないと、強引にISに乗せられてしまった。

 で、ISを起動させてしまいIS学園へと強制入学が決定した。地獄の日々が大口を開いて待ち受けているのだ。

 そのことを親友の弾に話してみると、最初は羨ましいと血の涙を流さんばかりに号泣をしていた。お前んとこの妹みたいなのが大勢いたとして羨ましいなんて言えんのか、と弾に質問を押しつけてみれば、じゃあ羨ましくないな、と友情に亀裂が入ることもなく終わった。

 暴力的な妹で苦労をしているだけに嫌みたいだ。

 俺としてもこれから向かうIS学園で出会う暴力系女子たちのことを考えると頭痛がしてきた。俺は暴力的なヒロインが大嫌いだっていうのに、神様は盛大な嫌がらせをしてくれる。

 しかし、決まってしまった以上は逃げ出すこともできない。

 俺は仕方がなく、本当に仕方がなくIS学園に入学する準備を進めた。あの電話帳みたいな参考書と格闘する日々の幕開けだ。心が折れるのが先か、原作通りに参考書を捨てるのが先かの真剣勝負。モチベーションが上がりやしない。

 IS学園入学の日。檀上で挨拶してくる生徒会長様の話を右へ左へと受け流し、ようやく入学式が終了して一年一組の教室に入り込むと、それはもう周りからの視線がとんでもなくて困る。動物園で飼育される人気動物と心通わせられそうになるほどだ。

 そしてやってくるのは副担任の山田真耶。必死に自己紹介をするも、周りの関心は全部俺に向かってしまっているために、ほぼ空気みたいな扱いを受けていた。

「で、では……皆さん初めましての人が多いでしょうから自己紹介をしてみましょう。せっかく一年を共にするわけですから、はじめが肝心ですよね。えー……そうですよね」

 誰も反応してくれないことにたじたじになりながらも、勇気を振り絞って提案をする山田先生。良い人なんだろうけど、今日に関しては不憫だ。日常を知らないから不憫なのかどうかも分からないけど。

 自己紹介はアイウエオ順に行われ、俺は無難に挨拶して終了した。周囲からのもっと情報を吐き出せ的な視線に軽く嫌な気持ちになったが、特別話すこともないし情報の開示はこっちの権利だから要求に応じる必要はない。

「時間は有限だ。次の者、とっととしろ」

 俺が席に着くと、ちょうど担任である千冬姉が教室へと入り込んできた。

 一瞬の静寂の後に黄色い悲鳴の大津波。耳を塞がないと鼓膜が駄目になりそうだった。

「五月蠅い。静かにしろ」

 有名人であり人気者な千冬姉はそっけない。この人はファンサービスも何も考えない人だからな。唯一考えていることは俺のことに関してのみという重度のブラコンであり、俺がいの一番に家を出て独り立ちしたいと決心させた原因である。

 とにかくブラコンが酷い。何かにつけて構い倒してくる。

 小学校の時は俺を守るためと剣道を習い始めるのはいいけれど、目に見える位置に俺がいないと不安だ、とか言って俺にも剣道を強要してきたし。授業参観の日の度にやってきては、俺に話しかけてくる女子に殺意の波動みたいなのを飛ばして泣かせるし、あげくに俺に褒められたいがためだけにISの世界大会で優勝してしまうし。

 二回目の大会で俺を現地ドイツに誘ってきたけど、それは断っておいた。だって現地で攫われるんだろ。その時の描写が一切ないから恐くて、なおさら攫われるイベントは回避したかった。

 しかし、結果は日本でも攫われるという世界の矯正力の前にあえなく敗北したけど。

 あの時は本当に恐怖した。千冬姉に窒息するレベルの抱擁を受けて気絶し、意識を取り戻したら「怖かったんだな」とまた窒息させられ気絶。あげくにはしばらく千冬姉の狂気的な優しさを受けてビビる日々だった。誘拐犯の汚らしい手垢とかがこびりついていたら嫌だ、と身体中を隅々まで念入りに洗われ精神的に瀕死状態にもさせられたこともあった。

 精神的な暴力の前に俺はとにもかくにも逃げ出したい気分だった。一年一組じゃなければどれほどよかっただろうか。

 これから始まる地獄の生活。せめて初日だけは大人しくあればいいんだけど、きっと原作通りにイベントが巻き起こってしまうんだろうな。

 

 

 

 

 

 案の定、授業の合間に、窓側でひっそりと息を潜めていた篠ノ之箒が動き出した。それもまっすぐ俺の席を目指して。

「ちょっといいか」

 淡々としていながらもどこかねっとりとした感情の見え隠れする声音。箒は机を挟んで向かい合うように仁王立ちをすると、その意志の強そうな瞳で俺を見下ろしてくる。

 原作通りだな。特に制服を押し上げて自己主張をする胸が。

「……ああ」

 本音を言うと忙しいと断りたかった。原作の一夏とは違って、一夏に成り代わっただけの俺はこの暴力的なヒロインに対して親しみも恋愛感情も抱くことはできない。そもそも暴力系女子大っ嫌いだしな。

 だとしても俺は立ち上がって背を向けて歩き出す箒についていった。ここで断ることで振るわれる暴力を回避するために。

 廊下に出て箒が振り返る。ポニーテールが揺れた。

「ひ、久しぶりだな」

 眼力の割にガチガチに固まった声。何を話せばいいのかも分からずにとりあえず口にした感じがありありと出ている。

「……おう」

 新聞読んだ、優勝おめでとう、なんてことは言わない。悪いけど新聞読んでないし。俺は報道番組派だから新聞は大見出しと興味のある内容しか確認しないのだ。

「………………」

「………………」

「………………し、しばらくみない間に変わったな」

 チラチラとこちらを見ながら箒が続いての言葉を投げてくる。

 おそらく、おそらくだけど、箒も変わったな……とても綺麗になった、と言えば正解なんだろうな。正解したご褒美に照れ隠しの暴力が飛んできそうだけど。

 いいや、鈍感な振りしてトンチンカンなことを言っても、不機嫌による暴力が飛んでくるのではないだろうか。無理ゲーだな。だとしたら無理ゲーだな。ドMにならない限りは攻略不可能だ。

 予鈴よ、鳴ってくれ。前世では鳴ってほしいくなかったけど、今は切実に鳴ってほしいと思う。あの福音が俺を救済してくれる。授業の予鈴が連れていってくれる。

 そして俺たちは予鈴が鳴るまでの間一切喋ることなく時間を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒について思い出せるだけ思い出してみよう。

 出会いは小学校一年だった。

 千冬姉が守るためには確固たる力が必要だと篠ノ之剣道場の門を叩き、近くに居てくれないと不安になるのとカッコイイ姿を見せたいが故に俺を引っ張り込んでくれた時のことだ。

 同じ年齢の少年たちの中に、不機嫌そうな顔で黙々と子供用竹刀を振るう箒がいた。

 最初に見た時は、子供らしくて可愛いじゃん、なんて思った。

 しかし、いざ話してみると大変苦手な奴だった。

 話している暇があれば竹刀を振るえ、男のくせに弱いな、うるさい。

 もう、話す価値のないガキだったし、それに言葉と同時に竹刀を振り回して攻撃してくる。剣の道は云々と、奴の父親が人生の重みをヒシヒシと感じられるありがたい話をしている横で暴力的に竹刀を振るう姿は、どう足掻いても剣の道にはふさわしくなかった。

 それでも千冬姉に強制参加させられる剣道の時間において、少しは話すようになった。会話のキャッチボールは相変わらず上手くできないけれど。どっちかっていうと、箒の父親と仲良くなった。というか尊敬すべき大人として映ってた。

 という感じで、俺と箒は原作ほど仲良くはないはず。俺の感覚では仲良くはない。暴力的な女は苦手中の苦手だから好きになるはずもないのだ。

 しかしながら、俺は今……授業中であるはずなのにこれでもかとねっとりとした視線を感じる。好奇心の視線の中に密かに混じる不快な気配に、俺は原因はおそらく箒にあると考えていた。

 何故なら、あの千冬姉がどす黒い感情の籠った視線を前列窓側の席らへんに向けているから。千冬姉は俺に向けられる女の視線には特に敏感だからな。それも少しでも色を見せるとより一層に感じ取って敵意を剥き出して来るから、高校にもなって異性との少し進んだ触れ合いはない。

「であるかして……篠ノ之。この問いに答えろ」

 千冬姉が攻勢に出る。教師だけに許された質問攻め。四回目の指名に、さすがの箒も舌打ちをしている。

 周囲の視線もそっちのけだ。職権乱用の教師の有り様と、その教師に対してあからさまに舌打ちで応える生徒。不良学園での一幕か何かなのか。

 俺は授業中だというのに机に顔を伏せて現実逃避することにした。

 千冬姉は授業中であっても俺に甘いようで、授業態度の悪さについて怒られることはなかった。喜ぶよりも、教師としての千冬姉の態度に落胆してしまった。

 授業と授業の間のインターバルの時間になると、俺は独りライトノベルを読み始める。こんな女子しかいない場所じゃあ孤独以外の何者でもない。

 男友達がいればくだらない馬鹿話をして時間を潰していたんだけど、ここではそんな気晴らしの馬鹿話は無理だ。男女間での会話の方向性は違うから馴染み切っていない俺には場所がないし、下手な関わりは千冬姉というねちっこいブラコンが暴走しかねない。

「ちょっとよろしいかしら?」

 読書をしていると、高貴で高圧的な声音が耳に入り込んでくる。顔を上げなくても分かるが、顔を上げないと話がおかしな方向に転んでしまいそうなので顔を上げる。

 目の前には腰に手を当てて見下ろしてくるセシリア・オルコットがいた。ラノベの挿絵で見るのとは違ってキラキラとしている。原作の色ボケ具合を知っているだけに、正面にすると違った人物にしか見えない。雰囲気で一段も二段もステージの違う人間だと分かってしまうほどだ。原作でもこれだけの人物だったのだろうか。

「あ……ああ」

 さて、イベントの始まりだな。

 

 

 

 

 イベント通り……なのかは分からないが、概ね原作に近しい流れだ。

 一連のイベントについては終始セシリアが千冬姉にビビりながらも噛みついてきて、俺は千冬姉の提案によって原作通りに来週の頭に試合を行うことになった。

 クラス代表を決めるには戦って決めるのが一番手っ取り早い、なんて千冬姉は言っていた。だけど、あの俺を見る目は期待で満ち溢れていた。まるで、俺の為にレールを敷いてあげたと言わんばかりだった。

 あの期待は……俺に褒められたいがためにこの試合を運んできたんだ。

 なんて迷惑な。

「無茶を言ってくれるよな」

 放課後の廊下は暗い。

 夕日に照らされているというのに暗いと感じるのはなんでだ。消極的な思考が悪い方向にばかり物事を考えさせてしまうためだろうか。 神様の奴め。とても良く似た世界観なだけとは言うが、多くの面で原作通りの動きでそれに従わざるを得ない状況だ。

 

 

 

「……楽しみたい?」

 目の痛くなるような白い空間で自称神様の美少女が言う。頭からすっぽり被った白い貫頭衣が風もないのにはためく。

「そう。私は楽しみたいんですよ。楽しみたくて様々なことをしちゃいたい。それが貴方たちの言う神様の本質です。気まぐれで残酷で慈悲深い。それでいいでしょう」

 神様は微笑む。綺麗だ。

「この場所を見てもらえれば分かるかもしれません。白い世界。果てなんかない。真っ白で味気のない世界。ここが私の世界なんですよ。そしてこの真っ白な世界をモチーフに今の貴方たちの世界がある。分かりますか? 神である私が世界を創造して生き物を作った。それで終わりです。貴方たちの世界で神と呼ばれる存在だって作ってみましたし、貴方たちが楽しそうに見る創作の物語は貴方たちの言う平行世界というものです。それだって私が作りました。でも、それだけで終わりですよ。干渉なんてしていませんし、好き放題に世界を変えたわけじゃない。だから暇なんです。楽しみがないんですよ。そして、私を認知する存在もいてくれません。なにせ、貴方たちが知っている神様というのは貴方たちの世界の神様でしかないから」

「そ、それで?」

「だから私も好きにすることにしたんんですよ。神様としてやってきたことですし。もう好き勝手しても誰も文句言わないでしょう。ま、誰にも認知されてませんからそもそも文句を言われることもありませんしね。ふふふ、神様サイコーです」

「シリアスに進むかと思ったのに」

 神様の屈託のない笑顔にシリアス分の多い毒気は全部抜けきったけど。急にはっちゃけてくれて俺はどう反応を返せばいいんだか。

「ふふふんふふ。私は何でもできてしまうことですし、手始めに貴方をご招待しましょう。異世界で無双しちゃってくれても構いませんよ。ご要望があれば素敵なアイテムもスキルも付けてさしあげますしね。なんて言ってあげたいんですけど、そうやって奴隷を甘やかしすぎるのも考えものですから」

「凄いな、会って数十分の相手を奴隷扱い。さすが神様」

「えへへ」

「褒めてはいないから」

「よしよし。偉いですね」

 何故か頭を撫でられた。子供扱いするな、と言いたいけど神様からしてみれば俺は子供みたいなものだから言えない。

 逆らうことはできないな。

 

 

 

 

 神様はああ言っていたけど、もしかしたら好き勝手展開を弄っているんじゃなかろうか。

 嫌な予感を抱きつつ、夕暮れの中を当てもなく歩く。

 来週に向けて訓練するのがベストな行動なんだろう。でも俺にはできない。

 望んでない世界にやってきたことで気力がないわけじゃない。

 見えない矯正力に努力しないでもなんとかなる、なんて楽観視しているわけでもない。

 確かに箒には訓練に誘われた。自信満々に「私が鍛えてやろう」なんて言ってきてくれたけど、俺はその言葉を受け入れる気にはならない。

「暴力的なのは勘弁してほしいんだよな」

 よく友人や会社の同僚に注意された。独り言はやめろ、と。でも三つ子の魂百までも。見た目が変わってもやめられない癖だ。

「べ、別に暴力的なことをした覚えはありませんけど」

 そして、周りを確認せずに独り言を言うのはやめろと言われたのも今覚えだした。

「…………」

「…………」

 目の前に見知らぬ女子生徒がいることに気がつかなかった。

「…………」

「…………」

 気まずい。俺は他の人がいることも分からずにぼやいてしまったことに。目の前の女子はおそらく俺の独り言を聞いてしまったことに。

「……悪い」

「……べ、べつに」

 とりあえず謝って場の空気を破壊しようとする俺に、女子は気まずそうにそっぽを向くと回れ右して逃げ出した。

 白髪混じりの黒髪が揺らめく後ろ姿が印象的だった。

 リボンの色からして同学年だが一組の女子じゃないはずだ。

 気になる。なんとなく気になる。俺の好みの異性レーダーにビビビッときた気がする。

「ちょっと待って」

 小さくなっていく女子の背中を追いかける。前世ではちょっとしたスポーツ少年として知られていた俺の脚力と、今の一夏としてのスペックを考えれば追いつくのは簡単に簡単を上塗りできちゃうくらいの難易度だ。

「……っ!? なんで追っかけてきてんですか!!」

 背後を振り返った女子が目を見開いて抗議してくる。そりゃ、知らない男に追いかけられる恐怖は相当のものだろう。だが、安心しろ。不本意ながら俺は有名人で身分は保証されているからな。問題起こせば一発退場しそうな危険な立ち位置にもいるけどさ。

「君が止まるまで追いかけるのはやめない」

「ストーカーの理論!? 目的は何!?」

「目的? たまたま出会った君が気になった。だから追いかける!!」

「本当にそれが目的!? 良くないことを企んでいるんじゃないですか!?」

「ない!! 断言できる。それにたとえ良からぬことを企んでいたとしても、こんな公共の施設で実行するほど馬鹿じゃない!! あ、いや……たとえの話だ。あくまでたとえの話。本気で考えているわけじゃないんだ」

 軽く引かれてしまったために途中から誤解を解く為に言葉を吐きだす羽目になってしまった。しかし、怪我の功名だ。女子の逃走速度が若干低下した。勝機だ。

「取った!!」

 女子の右腕を掴んだ。セクハラで訴えられたら負ける場面だけど、今更セクハラで怯える俺じゃない。それに原作一夏よりは幾分かマシだ。マシなはずだ。

「ひぃっ!?」

 マシじゃないのか。

「悪い!!」

 素早く手を離す。掴み続けるリスクには怯える。考えなしにやったが、千冬姉が見てたらマズいじゃないか。主に相手方の生死的な意味で。

 廊下の一角に出っ張りがあったためにその背後に姿を隠す。せめて、向かい合って話している瞬間を見られるなんて導火線に火を付けかねない事態は避ける。

 完全に挙動不審なことを自覚しつつも行動しなければならない。背中のじっとりと浮かび上がる汗が気持ち悪い。

「こんな状態で失礼」

「……えっ? 失礼なんでしょうか? よく……分かんないですけど。それよりも何ですか急に。気になって追いかけたなんて」

「悪い。だが仕方がないんだ。気になったんだから」

「その気になったって、一体どういう意味で気になったんですか」

「分からない。フィーリングだ。あの第六感的な奴だ。未知の感覚だ」

 マズい。自分でも何を言っているのか分からない事態になっている。脳が悪い方向にデッドヒートしている。久しぶりだよ、この支離滅裂な感覚。

「未知の感覚!? 昔言われました。虐められ過ぎると未知の感覚に目覚めるって。革命が起きて虐めが快感に変わるって!!」

「違う!! そっちじゃない、そっちの未知じゃない!!」

「じゃあ何ですか!? 私を謀っているんですか?」

「謀っちゃいない。ただ、君と仲良くしたい。今はそれだけでいい」

「今は……ってことは、今後絶対何か企んでいるでしょ!!」

 俺と見知らぬ女子はこんな感じで進まない会話を繰り広げるのだった。

 これが俺こと織斑一夏と、見知らぬ女子こと彼我哀(かがあい)一美(ひとみ)のファーストコンタクトだ。この出逢いから始まった物語が俺達の人生を善悪様々に彩ったのは言うに及ばすだ。

 ただ言えることは、初めて神様を敬っても良いと思った。

 




この話は、途中で諦めた続編用の作品を無理矢理に短編用に仕上げたものですので、実力の低さと合わせて変な感じだったかもしれませんが、いかがでしたでしょうか。
 みなさまがほんのわずかに暇を潰せたのなら幸いです。


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