小説第6巻の王都動乱終盤戦。ボロボロにされるナーベの痴態をお楽しみ下さい。
大地が揺れる。
衝撃波などで大地が揺れたのとは少し感じが違う。
「地震ダァ。マーレ様ガヤッタミタイィ。ナラ次ノ段階ニ移ルノカナァ?」
「これは何かのサインなの?」
「そうよ、ナーベラル。じゃぁ、そろそろ怪我を負ってくれる?あなたは私たち三人に追い詰められなくちゃならないの」
「あんまり痛くないようにしたいんすけど、許してほしいっす」
「仕方ないわ。仕事ですもの」
溜息混じりにナーベラルは応える。
ナーベラル・ガンマ。
ナザリック地下大墳墓に属する戦闘メイドの一人。
現在は、王国貴族からの依頼を受け、アダマンタイト級冒険者"漆黒"のモモンの相棒、"美姫"ナーベとして、リ・エスティーゼ王国王都を急襲した魔王ヤルダバオトが側近のメイド達と戦闘中である。
そんな敵同士である筈の彼女達が、斯くも親しげに言葉を交わす理由はただ一つ。この戦闘自体が、言ってしまえば”やらせ”であるからに他ならない。
謎の魔王ヤルダバオトの突然の王都襲撃。
だがその実態は、ヤルダバオト=ナザリック地下大墳墓第七階層守護者デミウルゴスによる、計画の一端。
ナザリックが絶対支配者アインズ・ウール・ゴウンに仇為す王国裏組織"八本指"に鉄槌を下し、且つ、彼らの所有する莫大な財及び情報網等を含めた全てを手中にし王国を裏側から支配、それらをもって今後の世界征服の足掛かりとする事が主な目的だった。
同時に、アインズ・ウール・ゴウンの冒険者としての仮の姿である"漆黒"のモモンの引き立て役に回ることで、彼の冒険者としての名声も同時に高めるという、一石二鳥の計画。
いよいよその最終段階に入ったことを告げる合図が響き渡った。
最後の詰めだ。
万が一にも、一連の騒動が“やらせ”であることを疑われるわけにはいかない。
その為に、ヤルダバオトのメイド三人を相手に満身創痍で死闘を演じたという風を偽装、不自然にならない程度の怪我を、文字通りに“演出”する必要があったのだ。
仕事だから。
そう口には出してみたものの、正直気は進まない。
これから意図的にとはいえ、傷を負わされるのだ。そんな状況を楽しめる人間など、被虐癖のある変態くらいだろう。
それに・・・、とナーベラルがちらりと伺えば、予想通りルプスレギナとソリュシャンから漂う不穏な気配。
仮面をしている為どんな表情をしているか窺い知ることはできないが、きっと素敵な笑顔を浮かべているに違いない。
まるで滅多に手に入らない玩具を好き勝手弄んでいいといわれた子供のような、あるいは腹を空かせた猛獣が、檻の中に投げ込まれた生餌を前に舌なめずりをするような、そんな邪悪な期待と興奮が入り混じった感情が、黒いオーラとして幻視できるほど濃密に溢れ出ている。
果たして絶好の大義名分を得た二人が、嬉々として仕事に勤しむのは明白だった。
彼女たち二人に共通する嗜好・・・いや、悪癖というべきだろう。他人を痛めつけることに至上の喜びを見出す、俗に謂うサディズムというアレ。その上、その為の労は厭わないというのだから、全く理解に苦しむ性癖である。
しかし、それらは主に下等生物である人間共に対して向けられるもので、いくらこの二人でも、ナザリックに属する仲間に良からぬ情欲を抱くほどの性格破綻者では・・・
無いはずだ・・・だと思う・・・思っていましたこの時までは。
「さて、先ずはどこからいくっすかね?何かリクエストはあるっすか、ナーちゃん?」
実にあっけらかんとした口調でアレ気な質問をしてくるのはルプスレギナ・ベータ。
ナーベラルと同じ戦闘メイドの一人で、信仰系魔法職を修めた高位の神官。
いつも笑顔の絶えない、明るく気さくな人柄の、真性のサディストである。
残忍で狡猾で見事な、尊敬する同僚の一人ではあるが、こういう状況においては敵よりも恐ろしい。
仮面越しとはいえ、ニコニコという擬音が聞こえてくるような口振りに、いつもの笑顔の仮面が透けて見えるようだ。
「リクエストって、そうね・・・顔はなるべく止めて欲しい・・・かなぁ~・・・」
「了解っす!顔面っすね!!」
言うが早いかガツン!!と顔面に衝撃が走る。
一体何をされたのか理解が追い付かず、一瞬呆けてしまう。
直後、左の頬がじんわりと熱を持ち、ようやく殴られたのだと気が付く程スピードに乗ったパンチ。
「大丈夫っすか?加減はしたっすけど・・・痛かったすか?」
「顔は・・・・・・止めてって・・・・・・」
「そうは言っても服だけボロボロじゃ不自然極まりないっすからね!問題ないっす!見た目ほどダメージはない筈っすよ」
「真ッ赤ニ腫レ上ガッテルケドォ・・・痛クナイノォ?」
そうなのだ。恐ろしいことに、ダメージはまったくない。
無論叩かれた感触はあったが、それだけだ。口の中も切れた様子はない。
エントマの反応を見るに、痕は残っているようだが・・・
絶妙に力加減された、狙い済ました瞬速の一撃。
痛みは与えず傷だけを残す手腕は最早芸術の域。
なるほど、痛みつける行為を極めれば、ここまでダメージを精緻にコントロールすることも可能らしい。
徒手による戦闘は、同じく戦闘メイドの一人であるユリ・アルファの専門だが、恐らく彼女ほどの達人でも困難であろう無駄技術に思わず感心してしまう。
見習いたいとは欠片も思わないが。
「やるわね、ルプー。次は私の番ね」
続いて進み出たのはソリュシャン・イプシロン。
戦闘メイドの一人で、その正体は捕食型スライムという、異形種揃いのナザリック内でも珍しい種族。
その種族的特性に加え、盗賊や暗殺者といった職を取得している為、対応能力に優れ、様々な状況下に応じた適切な行動を取る事が出来る等、戦闘メイドの中でもすこぶる万能性に富む。
そしてルプスレギナと並ぶ、嗜虐趣味の持ち主でもある。
余談だが、無垢な人間をいたぶるのが特にお気に入りとのこと。うん、全く分からない。
ナイフ片手ににじり寄って来るソリュシャンから放たれる名状しがたい雰囲気に、本当に刺されることはないと分かってはいても、反射的に後ずさりしてしまうナーベラル。
ナイフを所持する「職業:暗殺者」と対峙して、警戒するなという方が無理があるが。
「おや、ナイフを使うんすか?ソーちゃんなら溶かしたり焼いたり、色々できると思うんすけど」
「溶かす・・・焼く・・・」
「そうしたいのは山々だけど、そこから相手側に余計な情報を与えてしまうかもしれないでしょ? 些末とはいえ、こちら側の情報を安易に垂れ流すべきではないわ。だから・・・」
刹那、ヒュッと風切り音が走る。
「動くと、危ないわよ?」
「・・・え?」
ややあって、右の二の腕と下腹の辺りに広がる、微かに濡れたような感触。
その部分に視線を落とせば、ナイフで切り裂かれたのであろう服の布地が、赤く染まっていくところだった。
例によって痛みがほとんど無い為、目の前で起こっていることが、まるで現実のものと認識できない。
「ナーちゃん!血が出てるっすよ!」
「もう止まってる筈よ。痛みもないでしょ、ナーベラル?」
「え、えぇ・・・」
「大怪我シテルミタイニ見エルノニィ・・・」
血染めの服は見ているだけで痛々しいが、事実痛みがない当人からすれば芝居用の小道具と大差ない。
それどころか、切り裂かれた服の隙間から僅かに覗く白い肌の、その上に走る傷口を風が撫ぜていく感触が、仄かに心地良いくらいだ。
そんなことは口が裂けても言えないが。
「これもソーちゃんの特殊能力か何かなんすか?」
「まさか、そんな大袈裟なものじゃないわ。極々表面をナイフで切っただけよ。必要な分だけ血が出るよう加減するコツはいるけど。いい感じの血糊でしょ?」
「たしかにっす!本物だとリアリティもグッと増すっすね!」
「良イ匂イィ・・・」
「・・・おぃ」
「やっぱり服が破けたりしてるとパンチが効いていいっすね。」
「リョナのスパイスとして、お色気は基本だもの。やり過ぎると品がないけど」
「水ナラヌ、血ノ滴ル良イ女ッテトコォ?」
「おぉ!エンちゃん、座布団一枚っす!」
「くだらないこと言ってる時間はないわよ。さ、次はエントマの番かしら?」
「ウーン、ソウダナァ・・・」
顎に手を当て、しげしげとナーベラルを見つめるエントマ。
グリグリと動くガラス球のような瞳が、まるでビデオカメラのレンズを思わせ、いよいよ実験動物にでもされているような気分に拍車をかける。
でも仕方がないのだ。これは必要なこと。
先にも言ったように、これらは絶対なる主人アインズ・ウール・ゴウン様が名声を高めるためのお膳立て。
そのお役に立てるのならば、むしろ卑賤なるこの身を捧げることに、何を躊躇うことがあろうか!
アインズ・ウール・ゴウンに忠誠を!!
頑張れ、私!!!
自らを必死に鼓舞するナーベラルの悲壮な覚悟をよそに、盛り上がる他三名。
「エンちゃんは能力バレしてるっすから、遠慮は無用っすね!羨ましいっす」
「ちょっ・・・余計なことを」
「遠慮?誰が遠慮?」
「なるべく痛くないように遠慮してたじゃないっすか。でも、ソーちゃんには負けてられないっす!次はもうちょっと目立たない所に思いっきり」
「いや、目立たない傷付けてどうするのよ。」
「それもそっすね。テヘッ♪」
「・・・・・・・・・・・・」
「ジャア、コンナノハドウカナァ?」
そう言っておもむろに一枚の符を取り出すと、それを無造作に放るエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。
戦闘メイドの一人で、符術師という特殊な職に就き、その符を使って様々な能力を行使する。
ソリュシャン同様、多彩な状況に対応可能な彼女の十八番こそ、符で召還した蟲を使役する「蟲使い」という能力だ。
召還した蟲は、武器や防具の代わりに身に付けたり、別個に行動させることも可能で、使いよう次第では、彼女一人で何役分の仕事を同時にこなすことができる。
今放った符も、恐らくは何らかの蟲を召還するためのものだろう。
「何?何を呼んだの?」
「大丈夫ゥ、トッテモ人懐コクテ可愛イ子ダヨォ」
エントマはそう言うが、しかしながら蟲だ。
しかも、あの恐怖公の間を“おやつの間”といって憚らない同僚が愛でる類の蟲だ。
可能であれば生涯お近付きにはなりたくない系であろうことは容易に想像できた。・・・というか「人懐こい」?
一体何を召還したのか・・・最早イヤな予感しかしない。
放たれた符が地面に張り付くと、程なくして何かがモゾモゾと這い出てくる。
大人の腕ほどの太さの、管状の身体を伸縮させながら現れたそれは、一言で言い表すならミミズであった。
全身が毛で覆われているところが致命的に違うといえば違うが、ミミズである。
森林長虫にも似ているが、あれは人間を丸呑みにするような凶悪な生き物だったはず。
召還されたミミズもどきは、本当にミミズを大きくしただけの、そこまで警戒感を抱く程の見た目ではない。
拭い難い嫌悪感は否めないが。
しかし「人懐こい」とは?コレがまとわりついて来たりするとか?
心の底からノーセンキューな、世にもおぞましい絵面が脳内を駆け巡り、それだけで怖気が走る。
とはいえ、同僚の召還した蟲を問答無用で切り捨てるのはさすがに気が引ける。
エントマの言うように、この際可愛いとでも思って見る方が、今後の精神衛生上よろしいかもしれない。そう思い直し、覚悟を決めて薄目で見れば、なるほど何とも愛嬌のある顔が・・・顔よね、あそこが。
一見、亀の子タワシみたいな体毛も、触ってみたら案外モコモコと良い手触りかもしれない。
いや、逆に気持ち悪いな。というか気持ち悪いわ。
逆立ちしても「可愛い」要素が見当たらないわ。
普段であれば即座に叩き潰しているであろう生物を、同僚の手前とはいえ、必死に理解しようと努める健気な自分。
というか、そもそも一体私は何をしているんだろう?
これが本当に御方の為になることなのだろうか?
そんなことを今更頭の片隅で自問してしまったのが不味かった。
一瞬の気の緩み。
不意にミミズもどきが顔・・・先端から飛ばしてきた粘液を、真正面からモロに引っ被ってしまったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
全身にベッタリと付着した粘液がドロリと垂れ落ち、周囲に草や土、その他色んな物をごった煮にして磨り潰したような、濃縮した刺激臭が漂い出す。
「うぇー」
「くっさ・・・」
「何すか、これ?ソーちゃんの仲間っすか?」
「やめてよ。ていうか大丈夫なの、ナーベラル?」
「実質タダノ泥ノ塊ダカラ実害ハ無イィ」
「・・・・・・・実質?」
「コノ子ハ主ニ農作物栽培用ニ特化シタ蟲デネェ、枯渇シタ土ヲ体内ニ取リ込ンデ活性化ァ、
栄養タップリノ泥ニシテ還シテェ、大地ヲ回復サセル能力ヲ持ッテルノォ」
「それってつまりウn・・・」
「ルプゥッ!」
「激シイ戦闘後ナラァ、血ダケジャナクテ泥塗レジャナイトネェ」
「・・・・・・・それなら普通に泥塗れば良かったんじゃ・・・」
「分かるっす。非常によく分かる理屈っす。濡れ透けはロマンっすよね!何て言ったっすかね、アースウィンド&ファイヤー?」
「ウェット&メッシーでしょ」
「それっす!いい感じに死闘感が出てきたじゃないっすか!ねぇ、ナーちゃん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
最早何もいうまい。
これも全て絶対支配者アインズ・ウール・ゴウン様の、引いてはナザリックが栄光の礎になると思えば。
その為に我が身を犠牲にすることに、何を躊躇う必要があろうか!・・・ってこれさっきも似たようなこと考えなかったっけ?
・・・何だかもうよく分からなくなってきた。
楽しげな同僚達の笑い声がやけに遠くに感じられます。
さっきから顔や身体に軽い衝撃が走りますが、いちいち認識するのも億劫です。
粘液状のものやモコモコしたものが全身を這い回ったり、耳元に息を吹きかけられたり、くすぐられたり、揉んだり摘まれたり捻じ込まれたりもした気がしますが、よく覚えてません。
やがて全てを受け容れるように静かに思考を停止させたナーベラル。
その後も時間ギリギリまで寄って集って玩具にされるがまま、虚ろな瞳で「忠誠、忠誠」とひたすら念仏のように唱え続ける彼女は、姦しい喧騒から一人離れ、いつしか無我の境地に到達したという・・・
「まだ戦えるか?」
「無論、問題ないです」
馬鹿な質問だった。
(それにしても・・・・・・この女も常人を越えているな。こいつも神人なのか?)
所々に様々な傷を受け、血と土で汚れてはいるが、致命的な傷を負っているようには見えない。
もしかするとイビルアイの方が深手を負っているかもしれない。
「お前もひどい有様だな」
「別に・・・そんなことはないです」
(これだけ美しいと醜悪な表情をしても崩れないものなのか)
整った顔を不快げに歪め此方を見やるナーベに対し、そんな場違いな感想を抱くイビルアイ。
憤怒、憎悪、悲哀、そして徒労や諦観等、様々な感情がない交ぜになった形容しがたい色を湛えた彼女の瞳が、涙に滲んでいるように見えたのは、さすがに思い過ごしだろう。
初投稿になります。肝油と申します。
TVアニメ「オーバーロード」、楽しかったですね、本当に。
テーブル叩いたらダメージ値がポンっと浮き上がるところで、もうダメでした。
気が付けば原作を買いに走って今に至ります。クレマンティーヌ!!
原作の続きも気になりますが、とりあえずは既刊を味わい尽くす意味で、二次創作に手を出してみました。
第6巻王都動乱編、アイちゃんが真面目なユリ姉達相手に必死こいて戦ってる間、ナーベ達はナーベ達で、きっと楽しくやっていたに違いない。何しろルプーとソリュシャンですからね。何のとはいいませんが、双璧ですよ。ただで終わらせるわけがない!
そんな確信めいた妄想を書き出してみた次第ですが、お楽しみ頂けたでしょうか。
ご不快に感じられた方がいらしたら、申し訳ないです。
NPC達と違って自害はしませんが、次回があれば気を付けたいと思います。
ありがとうございました。
色々ご指摘・ご助言等賜れれば幸いです。