この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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九十七話 監督不行届

 

 

 セシリーが資料室の最奥から持ち出して来た本は、いわゆる製本されたものでは無かった。必要な資料を手作りでまとめた、束のようなもの。コピー機なんて便利な物は無いので、色々な本から欲しいページだけ切り取った様子が窺える。どれ程の年数を遡ったのかはわからないが、最初と最後で紙の劣化具合が違う。真っ白いページもあれば茶色いページも。汚染自体はここ最近始まったようだが、過去の情報を遡れるほど状況の変化などがわかりやすくなるのだろう。

 その他にも、世界各地の温泉情報をまとめたものもある。この場にいながらアルカンレティア以外の土地にある温泉もマスターできそうな程に。ちょっとした卓上旅行気分である。この仕事は、一朝一夕のものでは無い。めぐみんにセクハラばかりしているセシリーからは想像がつかない、几帳面さ。温泉問題をなんとかしたいという気持ちが資料を読む人間にも熱として伝わってくる内容。

 

 しかし。

 

『どれどれ。馬車に酔って、宗教団体の悪質な勧誘を断ってようやくたどり着いた手がかりを、満を持して拝見するとしよっか!』

 

 まずはリーダーとして、球磨川が夢中で資料をめくる。冒頭のページを捲る指は、一週間ぶりの少年ジャンプを球磨川はこうして読んでいるのかもと想像出来るほどの軽快さだ。言うまでも無い事だが、宗教団体の悪質な勧誘は断れた訳では無く。単にロリッ子二人の犠牲の上に資料を得ただけだ。

 それが、2ページ、3ページと捲っていくや、何を思ったのか不意に最後のページまでパラパラ漫画のようにババババッと閉じ終えて

 

『うん。……さっぱりわかんないや!』

 

 セシリーの頑張りは、ものの30秒で机に戻された。これまでの温泉の権利や管理人、アルカンレティアが集落になった頃の村長の情報。微妙に温泉と関連はあるけれど、今は求めてないようなデータまで細かく載っていた。むしろ、大部分がそうした情報でしかなかった。セシリーはこうした些細な情報が事件解決の糸口になると、大真面目に考えていたのか。

 

「ええっと、お姉さんが纏めた資料はご不満だったかしら?」

 

 ややショックを受けた風なセシリー。無理もない。徹夜してお肌にダメージを蓄積してまで纏めたものだ。

 

『いやいやセシリーさん、君の資料はとても良く整理されているよ。どれだけ一生懸命これを作成してくれたのかは、一目瞭然さ!』

 

 ここにいる球磨川以外の人間は、皆そう感じるはずだ。これ以上の情報は、王都の図書館にさえ無いだろう。ならば、良く整理された資料を30秒で閉じたのは何故なのか。

 

「もっとしっかり読むんだ! お前にとっては小難しいのかもしれないが、諦めるのが早く無いか?」

 

 きっと、あまりの難解さに球磨川が理解を諦めたのだと呆れたダクネスが肩越しに資料の1ページ目を覗き込み、一瞬「う……」と顔をしかめた。絶対に、ダクネスも読み込むのは大変そうだという印象を持ったに違いない。知らないおじさんの詳細なデータを喜んで脳細胞に刻みつけたい人間がいるのなら、その人は稀有過ぎる。

 

『ダクネスちゃん、やる気満々じゃないか。アルカンレティアの為に僕を叱りつけるだなんて、宗派替えでもするのかい? なら君が僕の代わりに読むといい』

 

 勢い余って飛び跳ねそうなほどに素早く起立した球磨川は、ダクネスの肩を2回ほどポンポンと叩いて部屋の入り口に向かった。

 

「お、おい。どこに行くつもりだ? お前の代わりに資料を読むのは構わないが……」

 

『頭脳担当は、今日この場に限っては君に譲るぜ。夜神月に匹敵する知能を持つ僕だけれど、少し気になる事があってね。偶には美味しいところを譲ってあげよう。今日はダクネスちゃんが新世界の神だっ!』

 

 両手の人差し指をダクネスへ向けて、球磨川は何やら神の座を明け渡して来た。

 

「ヤガミライトとは誰なんだ、そもそも!」

 

【資料を読む為の資料を探しながら資料を読む行為】から逃げたい……だけでは無いのだろうか。少なくとも、メンバーからは逃げ出してるようにしか見えなかった。

 とはいえ、ここは球磨川だけにしか理解できない事情があった。ややスマートさに欠けるやり方でもお構いなしに球磨川が求めていた情報、それは。

 

『実を言うと、僕がメインで知りたかったのは温泉の成分なんだ。温泉番組なんかで良く耳にする効能とかさ、色々あるじゃない? pH値がどうとか、浸透圧、泉質、泉温、湧出形態、給湯方式、浴槽温度云々的なやつがさ!』

 

 その他にも溶存物質、遊離炭酸、リチウムイオン、ストロンチウムイオン、バリウムイオン、第一マンガンイオン、水素イオン、臭素イオン、沃素イオン以下略的のような成分によって、温泉は個性が出る。それらがどの年代にどれくらい含まれていたかなどを知られれば、自ずと核心に近づけると考えていたのだ。

 レジオネラ菌なんかは割と有名な温泉絡みの菌だが、この世界では存在すら知られていないだろう。日本における温泉分析書に匹敵するような資料は、この世界の技術力では作成しようが無いのだと、実際に資料を目にするまで気づかないとは。球磨川は自分の見通しの甘さを認識し、恐らくは今もこちらを監視している安心院さんや女神エリスが、ニヤけたり、苦笑いしている様を想像してしまい嫌な気分になった。

 せめて、スキルの力で近い分析が出来ていないかと期待し一通り目は通してみても、分析表っぽいものは最後まで存在していなかった。

 

「球磨川さん、温泉についても詳しいのねー! まるで温泉博士だわ」

 

『ある意味温泉の権化みたいなアクアちゃんにそう言って貰えるとは、僕が日本で密かに秘湯巡りしていた経験も無駄じゃなかったようだね。それでも、実際にここで成分を分析出来るのかと聞かれたらNOなわけだから、頭でっかちも良いところさ』

 

 本当に秘湯巡りをしていたのかは謎だが、球磨川が挙げた項目は実際に温泉を評価するのに必要不可欠なものばかり。

 

「日本みたいに設備も整ってないんだし、そこは仕方ないわ。無いものねだりをしていても始まらないわけだし、逆に言えばセシリーの本には成分以外の情報は網羅されているんじゃないかしら。だって成分分析が出来ないのにあれだけ分厚いのよ? だから、あの資料はこの世界で得られる知識はほぼ載っているんだと思うの」

 

『……だね、僕もそう思ったよ。ゆえにその辺はダクネスちゃんに拾ってもらおうとしたんだ』

 

 セシリーの資料は当然一読の価値はある。ただ、決定打にもならない予感がする。だとするならば

 

『で。ダクネスちゃんに読み耽ってもらってる間、僕は僕で違うアプローチをしてた方がタイパもいいよね!』

 

 反対の声は無い。pH値やら、球磨川の発言にはまたしても聞きなれない単語が多く含まれていた。アイリスは後で時間が出来たらその意味を聞こうと考え、めぐみんとダクネスは球磨川の出身地絡みの知識なのだろうと脳内補完して、話は脱線せずに済む。

 

「あのー、それでミソギちゃんはどこへ行こうというのですか? ここでララティーナ……ダクネスが資料を精査するとして、もう何人かはミソギちゃんについて行った方が良いんじゃないでしょうか?」

 

 イリスからの提案。確かに、一冊の資料を全員で読むのは無駄が多い。セシリーに聞き取りするにしても、せいぜい二人いれば充分だろう。

 

「イリスの言うとおりですね。せっっっかく! セシリーお姉さんを陥落してアクシズ教徒の伏魔殿まで来たんですから、心情的にはミソギにも資料を読み込んで欲しいくらいです。ですが、いつものように考えがあるのですね? その場合、お目付け役としてミソギに誰かついていくべきかと」

 

 腕組みをしながらめぐみんが。球磨川禊が自分の知らない所でどんな暴走を起こすのか、めぐみんには予想も出来ない。王都の一件では、この国の王女殿下をパーティメンバーに加えるといった常識はずれまでやって見せた。心配なのは、今以上に面倒な状況にしないかどうかだ。

 

「……クマガワさんが何を調べに行く気かわかりませんが、今現在温泉の専門家が源泉を調べていますが依然として原因が特定出来ていないんです。プロでも特定するのが難しいような原因が、アルカンレティアの温泉を襲っているんです。なら、皆さんでこの資料を読んでから全員で行動しても遅くないんじゃない?」

 

 まさか30秒で資料の出番が終わるとは思わなかったセシリーは、もうちょっと資料を頭に入れておく事で他の情報収集も捗るのではと引き留める。けれど、球磨川的には得る物が無いのは明白だ。一応、セシリーへの礼儀でダクネスを置いていくだけ紳士的というもの。

 

『温泉の専門家……ねぇ。そんな話を聞かされちゃ、尚の事別行動せずにはいられないかな。ここはダクネスちゃんとめぐみんちゃんにお任せしよう。僕には……そうだな、アクシズ教徒となったイリスちゃんについて来てもらおーっと』

 

 アルカンレティアを歩くのにおいて、エリス教徒が一人では心許ない。それは、丸腰で渡航禁止区域に行くのとなんら変わらない危なさだ。最初から、アクシズ教徒対策にイリスを入信させたのだし、ここは連れて行かないと筋が通らない。球磨川禊が素直に筋を通すのかとツッコまれたら、誰も答えられはしないが。

 

「そうですね、アクシズ教徒となった今の私であればミソギちゃんのお供にピッタリですっ!」

 

 アクシズ教徒にされたのは決して嬉しくは無いが、イリスとしてはそれが球磨川の冒険について行ける理由になったのなら不幸中の幸い。部屋で資料を読むなんて行為は、王城でも出来る。

 反対に、街を探索して情報を集めるだなんて、まさに冒険者という行いだ。

 

「それだと、アクシズ教徒では無い私はミソギのお供に相応しく無いようにも聞こえるのですが……」

 

 前回、王都でベアトリーチェに監禁されたり精神崩壊させられたり、嫌な思いしかしていないめぐみんは、心の中ではアルカンレティアを救い名誉挽回のチャンスかと張り切っていた。それが、お留守番とは。アクシズ教徒になるのも嫌だが、面白くも無い。

 

『ああ、めぐみんちゃんはホラ。アクシズ教徒じゃないからってわけじゃないよ』

 

「では! ここはダクネスとアクアに任せて、私も一緒に行動して良いのですね?」

 

『いやぁ……』

 

 球磨川は眉を困らせて、顔の前で右手をパタパタと振った。

 

『君には、対セシリーお姉さん兵器としてこの場にいて貰わないとね。多分、部屋にダクネスちゃん(エリス教徒)だけになったら、追い出されるんじゃないかな』

 

 それはもう当然の様に追い出されるだろう。追い出された上で、帰り道では集中力がなんだと言わんばかりに、祈り途中のアクシズ教徒からも唾を吐きつけられるレベルだ。

 

「お、追い出される上に唾まで吐いて貰えるのか……!? めぐみん、ここは私に任せて行ってもいいんだぞっ」

 

 資料に目を落とす姿は深窓の令嬢も、途端に残念な美人に。

 

「……仕方ありませんね。ミソギが言うように、監視役が必要なのはこっちの金髪娘でした」

 

 やれやれとめぐみんはダクネスの隣に腰掛ける。資料を読む上で必要なものは直ぐに用意できるようサポートの体制に入ってくれた。このドMの騎士は、めぐみんがいなければボロ雑巾の様に放り出され、ツバを吐きかけられたとしても、快楽のあまり地面に転がって痙攣していることだろう。

 

「えっとぉ……球磨川さん、私は?」

 

『勿論アクアちゃんには大事な役割がある。ま、黙って僕について来てくれよ』

 

「任せて! 球磨川さんの要求以上の働きをしてあげるわよ。アルカンレティアをちゃちゃっと救って、カズマさんを探しにいってあげなきゃだしね」

 

 水の女神アクアを、過負荷はどのように扱うつもりなのか。考えをアウトプットする事は無く、ダクネスとめぐみんに『頼んだよ』とだけ告げて部屋を出た。

 

 後に続くイリスにアクア。

 

 人数が減ればそれだけ静かになる。読み物をするには好ましい。だというのに、残された少女二人は中々作業に入れず。

 

「……ミソギ、またやらかさないといいですけど」

 

「不安なのはわかるぞ、めぐみん。が、イリスもいるんだ。情報収集の最中、魔物や賊に襲われてもまず安全だ……と、思う。死んだりは……」

 

「しないですよ、ね?」

 

「温泉の泉質悪化に繋がる事態を引き起こしたりも……」

 

「……しないですよねっ!!?」

 

 心配するめぐみんを元気づけるダクネスの構図。球磨川禊をよく知る少女二人はしばらく無言で見つめ合った後、この部屋に最優先で残すべきはあの男だった事実に気づいてしまった。お目付け役とかでは無く、そもそも外出させないのがベストだったのではないか。追いかけようにも、めぐみんがいなくなればダクネスが追い出され、ダクネスがいなくなればめぐみんは貞操の危機である。

 

「もしやあの男、私たちが追いかけてこられないようにメンバーを決めたのではないでしょうね?それより、私不憫すぎませんか!」

 

 こうなっては手遅れだと。めぐみんもダクネスも資料に集中し、不安を脳の片隅へ追いやるのだった。めぐみんに至っては、ダクネスも球磨川も監督しなければならない板挟み状態な自分の立場を認識して、ダクネス以上にモヤモヤする中での勉強を余儀なくされた。

















ミラキュラスレディバグ!って言いながらヨーヨーしてたらあやうく電灯壊しかけた
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