男は悪趣味な色つきサングラスのブリッジを持ち上げて、不適に笑みを浮かべた。
腕に入った大きな傷痕はまるで幻だったかのようにものの数秒で消えている。
だが今なお滴るその赤い雫は確かに傷を受けたという事実をありありと証明していた。
鈍色の空。昼の月さえみることの叶わない暗雲浮かぶ白昼に、その星は舞い降りた。
「らしくないなトージ。本気の君なら僕の腕だって断てた筈だ」
パリッとした仕立てのいい黒スーツ。チャラチャラと重りのように幾つもの指輪を着け、なびかせるのは 獅子のような雄々しさを連想させる山吹色の髪。
「まぁ、心折れたオッサンの首を狩るくらいならあれで十分だと思ってさ。お前こそ、なんで勝手に降りて来てんのかなぁ?」
獅子宮のレオが、大男を守るように。
そこに立っていた。
◇◇◇
何年か前、レオとこんな話をした。
曰く、星霊は遣えるマスターに対してかなり服従的であるらしい。
魔力を供給しているマスターの命令には従わなければならず、兵隊、もしくは道具として扱われるのが一般的だ。
言い方は悪いがペットのような愛玩を目的とした扱いだってされてる。
はて、なぜそこまで自分の存在を貶めてまで現世に来たがるのか、俺にはそれがわからなかった。
性能としても中身としても劣る人間に魔力を分け与えられてまで、どうして俺たち劣等種に拘るのか。
「君たちが僕たちを星と認識するからさ」
「僕たちはいわば
「君たちが僕たちを願うから僕たちは生まれた」
「君たちが僕たちを望んだから僕たちは居られる」
「君たちはある意味、僕らの親なんだよ」
「子が親に会いたくなったり、側に居たいと思うのは当然だ。人だってそうだろ?」
でもさ、人間が親だって言うんなら、反抗期とかもあるのか?
流石に産みの親だからと言っても、人間なら無茶を言う奴も無理をさせようとする奴もいるわけじゃん?人なんて俺を筆頭に馬鹿ばっかだし、どうしようもなく人の道を外れたやつなんてごまんといる。
どうしても逆らえないなら、そんときお前らはどうするんだ?
「そもそもそんな人間とは契約しないよ。……でも。さぁ、どうするかな。……たぶんどうしても逆らわなくちゃいけない時がきたら。そのオーナーが間違っていた時、僕は自分の命を賭してでも頬をぶん殴るさ」
物理かーい。
まあ確かにわかりやすいし単純明快なだけじゃなくて一番効果的だろうな。
人間に限らず生き物は痛みから学ぶって聞くし。
しかし供給者に勝てるものなのかね?
「そこは問題ないさ。君たちは僕らを神格化して捉えている節がある。少なくともそういった側面がある僕たちが、盟約だけで完全に縛れる訳ないだろ?」
星は縛れないか。
なるほど、願いが具現化した姿なら、それこそ星が縛られるなんて人間には想像できないもんな。
「でも盟約は盟約だ。破れば星霊王の裁きは逃れられない。ましてやオーナーに害でも与えたとなればロクなことにはならないだろうね」
そんな事態は無いに越したことはないな。
…………あれ?つーかその基準でいうとお前、結構俺に害ばっか与えてない?物理的に。
「それは自業自得」
なんだとこら、やるかおおん?
「正直なところ、君が許す限り問題にはならない。星霊王の戒律もコミニュケーションのとりかたに明確なラインなんて引けないってことさ。星霊王とて万能ではないから」
よくわからないけど、面倒だな星霊ってのも。つくづく俺は人間でよかったよ。
「僕だって星霊でいられてよかったよ。人の一生はあまりに短い。こうして君のような変人も含め、様々なオーナーに出会い、時の旅をする。これはどうしたって人には出来ない僕たちだけの特権だからね」
ほーん。
……でもそれはつまりオーナーたちと死に別れるってことだ。いつの間にか……なんなら呼ばれない間に死んじまったこともあるだろう。……あー、いやワリ。ツラくないわけないよな。経験ある身としちゃ聞く前に気づくべきわかりきったことだった、すまん。
「いいさ。……そうだね、確かにツラくないと言ったら嘘になる。僕たちにとっては君たちこそ瞬きのような存在だ。それでも僕は、君たちと最後の一秒までを忘れることはない。星霊をやめたいと思ったこともあったけど、幸せだったよ。彼等に出会えたのは僕が星霊だったから。だから自分の生を否定なんて出来ない。それに
……そっか。
「うん。人間を導き、人間に導かれ、そうやって星は世界を見渡すんだ。素敵だと思わないか?」
そうかもしれないが、その女を狙ったような口説き文句はなんなんだ。やめろ気持ち悪い。何が悲しくてこんな誰もいない夜空のしたで男に口説かれなきゃならんのだ。
「ロマンを理解できない男に女は惹かれないぞ、オーナー」
ケッ、なーにがロマンだ。
……で?具体的にはどうすればロマンって理解できんの?
「教えてあげない」
はあああ!?
いい度胸だ喧嘩するかあ!?
「じゃあ僕は帰るよ。いま星霊界にお客さんが来ているらしい。それも巨乳の金髪女子」
ぱつきん!?
お、お前ぇ、俺がオーナーの間に許可なく女を作ってみろ。野郎同盟は破棄だ!ぶっ殺してやらあ!
「それは保証できない。愛の前に障害などあってないようなものさ」
うるせえ!他所様の娘さんを傷物にでもしてみろ、拳でお前を愉快な膨れ顔に整形して親御さんの前で母なる大地に埋めてやる。土下座以上の誠意を示させてやる。
「や、やだな!手なんてださないさ。当たり前じゃないか!ハハッ、ハハハ……本当にやらないよね?」
やるよ。
「……仕方ない。諦めるか」
ええいとっとと帰れ!向こうは時間の流れが違うとはいえ、モタモタしてるとその巨乳ちゃん、もといお客さんも帰っちまうだろ。
「そうだね。それじゃあ、またいつでも呼んでくれ。暇なときは話し相手になるからさ」
あぁ、よろしく。
あ、そうそうレオ。
「どうしたんだい?」
もし、俺がなんか善くないことしてたらさ、全力で殴りに来てくれ。
「わかった」
全力で殴り返すから。
「全力はやめてくれ」
◇◇◇◇
光のようだった。
魔法を纏い、破壊に特化した拳は弾丸のように空気を突き抜ける。いくら俺といえど弾丸を受け流せるかと言われれば、それは無理だ。
紙一重の回避、すれ違うように仕込んだ金絲を引けば、避けようとバランスを崩した獲物が目の前に転がる。
後は簡単。その胸を腕で貫くだけ。
しかし驚異的な反応を見せたレオは俺の腕を跳ねあげた。流石は十二門最強。
だが身体能力的な話、筋力のみを獣種に模倣してしまえばレオと言えど打ち合いは長く続かない。それでも傷を増やしながらも、レオは臆することなく血の滲んだ咆哮と共に果敢に向かってくる。
どうも、納得いかないというか。なんだかなぁ。何がお前をそこまで駆り立てるんだか。
「トーージィッ!!」
「叫ばんでも聞こえてるっての」
肉を裂く感触と血飛沫。そして存在を構成する光の粒子が桜のように舞った。
数分も持たなかっただろう。
他愛もない、語るまでもない、つまらない決着である。
レオを始末した。胸を拳で貫いたのだ。これで生きていられる訳がない。
腕にべっとりと付着した血にうへぇとため息を溢し、借り物の六魔ローブでゴシゴシと拭う。
もーう、血ってどうしてこうも落ちないモンなんだろうなぁ。
「余所見とはいい度胸だ」
「へ?……ぐふぉっ」
俺は薄い砂を被った石畳に転がった。
体の芯を折らんばかりの衝撃に、胃液が口まで迫り上がった。
いやな後味の唾を吐き捨て、俺へ衝突した正体に目を見開く。
「星は落ちないよ、オーナー。今の僕は君から生まれた概念だ。僕を殺したければ君が死ぬか、あの星を落とすことだ」
肩をきらせながら、塞がりつつある傷口を抑えてレオは立っていた。
あれえ!?
なんで生きてんの殺したよ!?ファンタジー過ぎない!?
……あー、ファンタジーだったなこの世界。
オーナーだからこそなのか、直感で理解できる。数十秒もせずにあの傷は完治する。……その理屈でいうならば消失もオーナーだから感知出来るのか。ふむ、参考にしよう。
「トージでも星を落とすことはできないだろう?」
「できるぜ。落ちる星って書いて落星って言うんだけど」
あ『星を落とす』とかけまして。
『俺の人生』と解きます。
その心は、
なんつって。
「冗談に聞こえないあたり、本当にタチが悪い。……というかトージは時折トージとは思えない言葉選びをするね」
「っるせ、そういう年頃だ。うーそだよ、ちょっと盛りました。
「……呆れた。そんなことも出来るのか。ほんっと、無茶苦茶だよ君は」
別に今すぐお前を殺すことに拘りなんてない。
いずれ殺すことは決まっているが、全人類の半分を殺すだけでお前の概念を抱く大元が半分になるんだ。そんな状態なら安易に現世に来ることも一苦労になるだろう。だから執拗にお前の相手をする理由はない。
だがとりあえず手っ取り早いのは……。
「お前が
「そうだね、内在する僕自身の魔力が尽きればこちらへは来れない」
「そもそもなんで邪魔をする。オーナーは俺のはずなんだけどな」
「……君は、君の行いが正当なものだと本気で思っているのか?」
「いや、正しくはない思う」
「じゃあ何故!」
「私欲だよ、決まってるじゃん」
「私欲ってなんだ……君は……僕のオーナーはそんな人間じゃない。いったい何をされた」
怒りに肩を震わせるレオ。
その時、外野にいたはずのハゲたおっさんが大声で叫んだ。
「黄道の星霊とお見受けしたッ!!彼が星霊魔導士というのは信じられないが、それより彼が元は善良な人格ならば、この状況はニルヴァーナの影響かと思われる!!貴殿のオーナーは足元のこの巨大兵器によって善悪の属性が引っくり返されていますぞッ!!」
あ~耳がキンキンする。うるせえおっさんだな。さっさと殺しときゃよかった。
「理解した、助言感謝するよ」
レオがゆっくりと、色つきのサングラスを外す。
その瞳の中には、黄金に染まった炎が揺らめいている気がした。
「こんな玩具に惑わされるなんて、我がオーナーには困ったものだ」
「女に惑わされるお前に言われてもなぁ」
「あはは確かに」
だが、とレオは炎の灯り続ける瞳で続けた。
「女の子は魅力的だ」
「そりゃあな」
「それじゃ。君の中の悪は、本当に魅力的か?」
「…………」
魅力、か。
魅力のあるなしで言えばない。確かにレオの言う通り。
女の子は魅力的だが、男を殺すことは別に魅力的じゃない。特に何も感じすらしない。興味もない。
わかりきってる。
最終目標、女の子だけのハーレム世界を作ったところでそこに溢れるのは恐怖と悲しみだろう。どう捉えたって魅力なんて見当たらない。
けど、どうだっていい。俺は確かな理念があって悪行を成す訳じゃない。
悪行を成すために、理念を後付けしているだけだ。
俺がこの愚行を押し通そうとしている理由をなぜかと問われたら、俺が口にする言葉はひとつ。
「悪であることに理由なんていらない」
金絲が鉛空に鳴く。
金絲が荒れ狂う。
しかしまるで障害にならないと言わんばかりに上体を逸らす。足元を刈る絲を跳び、迫り来る凶刃を半身で避ける。まるでアサシンダンスだ。
防げない編み目まで地面を砕いて逃げ道を作るという強引な回避術で逃げ切ってみせた。
舞う瓦礫を踏み締め、眼前にレオが迫るその瞬間、光の拳が輝く。
これはやられた、インファイトか。近すぎて絲の自由がきかない距離まで詰められた。
滅竜少年に散々言った後で、能力にかまけて戦い方を誤ったのは俺の方だったな。
ここは大人しく受けることにしよう、勉強代だ。
……なーんてな!やなこったい!
眼前に迫り来る拳から逃れるように後ろへ倒れた。そのまま、先ほど滅竜少年に見せてもらったように地へ手を付き、見よう見まねのカポエイラを披露した。遠心力というよりは力尽くで強引な足技だが、レオは絲を警戒してか足に触れることを嫌うように回避に転じた。閃光を置き去りに目を潰して大きく距離をとる。
「そんなに魔力使って大丈夫かレオ。なんなら星霊界に戻って休んでていいんだぞ」
「君に本気で楯突いた僕には、もう星霊界に居場所がない。だからせめて君だけは止めさせてもらう」
「星霊王の戒律か。じゃあ勘当されたった訳ね、ご愁傷さま」
「まったく。人騒がせでハタ迷惑なオーナーを持つのはツラいね」
「あはは、そりゃわるーござんした」
「でも、僕の君への感謝は消えないよ」
微笑むようにレオは闘気の中に更なる強さをたぎらせた。
「アリエスを救って、僕を導いて、カレンを叱ったのは他ならぬ君だ。だから僕は、君を止める」
おお、意外な高評価。
でもな、そうじゃない。
「俺はお前が思ってるほど善い奴じゃない」
そんな誰にでも優しいなんて聖人みたいな人間がいてたまるかってんだ。人間なんて所詮欲望に忠実しか生きられない。そもそも俺は性悪説たん推しなんで。
悪いね。悪くて。
──お前は善であれ
「……ッ!!?」
なんだ……いまの?
ノイズが走った。
不意に誰かの声が木霊した。嫌悪を催す程のイヤな何か。
「レオ、今なんか言ったか?」
しかし俺の言葉にレオは訝し気に眉を潜め、警戒を顕にしながら首を横に振る。
今のはレオじゃない。そもそも声からして違う。聞いたことのない声だ。
金属が擦れたようにしゃがれ冷えきった物悲しい、重く、しかし聞き馴れているように耳によく馴染む声。
──お前の成長が待ち遠しいよ
ノイズが走る。
それは僅かな頭痛を伴って。
──お前とまた会える日を楽しみにしている
ノイズが走る。
今度は雷のような目眩。
──さぁ奴がお前を待ってる。この日のために作り上げた
ノイズが走る。
呼応するように目を閉じた瞼の裏で、血管が黒緑に脈打つ。
──お前たちは
ノイズが走る。
目が焼けるほどに痛む。
──俺の子だ
ノイズが走る。
血管が切れそうなくらいにドンクと血が巡る。
──だから俺の願いを叶えてくれ
ノイズが走る
──お前は、善き化け物であれ
ノイズが走る
──善くあれ
ノイズ
──善くあれ
ノイズ、ノイズ
──善くあれ
ノイズ、ノイズノイズノイズノイズノイズ
──善く、あれ
ノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノいズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノのずノイズノイズノイズノイのズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズずノイズノイずのいズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイずノイズノイズノイズノイズのイズノイズノイズノイズノイズノイズノイずいイズノイズノイズのイズノイズのノイズいイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイずのイズノイズノイズノイズノいいイズノいイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズノイズのイズノイズ
ノイズ
──それがお前の存在理由だ
「オ"エ"ェ"ぇぇッ……ッ!!!」
唐突に襲われた強烈な吐き気に、俺はその場で前後不覚に陥った。
三半規管まで狂ってしまったらしい。いま自分が立っているのか膝を付いているのか、倒れたのかすら分からない。目を開いているはずなのに視界は真っ暗で、手足の感覚すら鈍っている。
地に手を着こうと伸ばした手は地に届いているのか空をさ迷ってるのか、はたまた動いているのかすら分からない。
なにも知覚できない朧気な闇の中で、遠くからレオの声らしきものが聞こえる。しかしいくら耳を傾けようといくつもの音声加工を重ねたような声色を聞き取ることは不可能だった。
闇のなかだ。
──善くあれ
うるさいっ!うるさいうるさいうるさい!!
何も見えない。何も聞こえない。感じない匂わない。
男共もレオも、誰の気配も分からない。頭がいたい。ノイズがやまない。
──善くあれ
真っ黒な全て。呻くような誰かの願う声。どれもがひどく俺の中の恐怖を煽った。
かつてないほどの恐怖。じわりじわりと、最初は小さかった
──善くあれ
寒い。
寒くて。
寒くて堪らなかった。
闇の中で暴れる孤独、恐怖、苦痛、慄然、悪寒。
ぬくもりがほしくて、俺は翼を拡げた。
MODE:ナナ・テスカトリ
だれか、熱をくれ。
生きているのだという確証を、温もりを。熱を。
このノイズを、けしてくれ…………!!!
善くあれ
仲のよい友人が次第にいなくなっていくこと。または、歳をとっていくにつれて友人が死んでいなくなること。
「晨星」は明け方の空に残っている星。
「落落」は閑散としていてさびしい様子。
夜が明けるにつれて星が一つ一つと消えていく様子から
奇しくも、塔の天辺でナナ・テスカトリ。どこかで見たラスボス戦。