青と赤の神造世界   作:綾宮琴葉

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第31話 桜通りの魔法使い(2) パートナー

 身の丈程もある杖に跨りながら、夜空を飛んでエヴァンジェリンを追い駆ける。余裕の表情の彼女を余所に、ネギは空中でその真意を問い掛けていた。

 

「何で宮崎さんを襲ったんですか! 僕の生徒だからと言っても、悪い事をするのは許しませんよ! それに……。エヴァンジェリンさんは、父さんの事を知ってるんですか!」

「さぁ何でだろうな? 私を捕まえたら教えてやるよ」

「本当ですね!?」

 

 エヴァンジェリンの言葉を聞いて顔が引き締まる。悪い事をした魔法使いを許さないという気持ちと共に、どうして父親の事を知っているのか。それを知りたい気持ちがネギを突き動かす力になっていた。

 

「聞きましたよ! 絶対に捕まえて見せます! ラス・テル マ・ステル マギステル 風精召喚 剣を執る戦友 8柱! エヴァンジェリンさんを捕まえて!」

 

 ネギの姿を象った風の魔法の分身達が、狙いを付けたエヴァに向かって一斉に襲い掛かる。しかし、再びマントから取り出した魔法薬を投げつけられると、ほとんどの分身が霧散してしまった。

 その行動に”おかしい”と感じる。さっきから何故か魔法薬に頼って、弱い魔法しか使わない。これなら、勝てる。その気になって一気に加速。そのままエヴァンジェリンの前に出る。

 

「風花 武装解除!」

 

 エヴァンジェリンは、隠し持っている魔法薬が無ければ自分には勝てない。そう確信して武装解除の魔法で襤褸のマントを魔法薬ごと吹き飛ばす。風の魔法で散らされたマントは無数の蝙蝠の姿になって吹き飛び、彼女のキャミソール姿が露わになった。

 しかし、彼女はそのまま空中で翻り、何事も無かったかの様に高い建物の屋上に着地した。

 

「やるじゃないか先生」

 

 余裕の言葉と笑みを見せ、堂々としたエヴァンジェリンの姿に照れながら、手で顔と目を隠しつつネギは勝利の宣言をする。これでもう大丈夫だと。吸血鬼事件も解決して父さんの話も聞ける。そんな期待を込めながら。

 

「僕の勝ちですよ! さぁ、どうしてこんな事をしたのか話してもらいます! それに父さんの事も!」

「フフフ……。どっちが優先なんだ? ナギの事か?」

「なっ!?」

 

 唐突に父親の名前を呼ばれて驚くネギだが、ここで相手のペースに飲まれてはいけないと踏み止まる。しかし、完全に隠す事は出来ず、表情には父親への興味が表れていた。

 

「そ、それはともかく! 貴女にはもう勝ち目はありませんよ!」

「……甘いな。私は拘束もされていなければ、まだ、負けても居ないぞ?」

 

 負け惜しみだとネギは思った。魔法はもう使えないはずだし、味方も居ない。自分は魔法発動隊の杖も持っているし、どう考えても勝ち目はないはずだと。

 ところが、その認識は直ぐに変わる事になる。突然にズシャッと重く響く音と共に、誰かが空から降りてきた。新手の姿を確認すると、拘束するために呪文の詠唱を始める。

 

「ラス・テル マ・ステル マギステル 風の精霊11柱! 縛鎖となり――」

「……やれ」

 

 呪文を詠唱している最中に、エヴァンジェリンが誰かに命令をする声が聞こえた。すると、その誰かがネギに迫り、突然デコピンをして魔法の妨害をした。

 

「あいたっ!? あ、あれ、君は!?」

「紹介しようか、ネギ先生? 彼女は私のパートナーで『魔法使いの従者≪ミニステル・マギ≫』の絡繰茶々丸だ」

「え、えぇぇぇ!? パートナー!?」

「そうだ。これで勝ち目はなくなったな?」

「パートナーが居なくても!」

 

 ネギはそれでも負けられないと意気込んで、再び呪文を詠唱し始める。エヴァンジェリンが悪い事をしているのを止めるため、父親の事を聞きだすため、絶対に負けない! 勝って見せる! そう気持ちを引き締めて、勝てない勝負に身を投じていった。

 

 

 

 

 

 

「ラス・テル マ・ステル マギステル 風の精霊11柱 ――痛っ!」

「……駄目です」

「ラス・テル ――あうっ!」

「…………」

 

 ネギ先生――まぁ、ぼーやで構わないか――が、何度も魔法を唱えようとするが、茶々丸に妨害され、口を閉ざされる状況に陥っていた。

 しかし中々頑張るな……。依頼のままにちょっかいを出してみたが、私の事よりサウザンドマスターの方が興味津々と言ったところか? そう言えば実力を示して、修行もさせるんだったな。少し面倒だが、受けたからにはやってやるか。

 

「さてと、ネギ先生。『魔法使いの従者』と言うものを勘違いしていないか? 彼らは自身のパートナーなどではなく、本来は主人を守る剣であり盾だ。我々魔法使いは呪文詠唱が出来なければただの人。つまり、私には絶対に勝てないってことさ、ぼーや?」

「そ、そんなー!?」

 

 さてどうするかな? こんな事を知らないようでは話にもならないが……。ふむ、このままぼーやをいじめても良いが、神楽坂明日菜がまだだ。それなら、本当に血でも吸ってやるか?

 

「茶々丸。ぼーやを捕まえろ」

「はいマスター。申し訳ありません、ネギ先生」

「え!?」

 

 動揺するぼーやに茶々丸が一瞬で迫り、そのまま両腕を拘束して捕まえる。

 

「うぐぐ!」

「そうだなぁ、食事の邪魔をされたんだ。血でも頂くか?」

「ええぇ!? そんな!」

「負けたぼーやが悪い。私に勝てたら色々聞き出すつもりで居たんだろう? お相子だ」

 

 ゆっくりと近寄り目線を軽く合わせてから、口を開いて尖った牙見せ付ける。その瞬間の怯えた表情に満足感を覚えながら、首筋に軽く牙を突き刺す。

 そのままごくりとのどを鳴らしながら血を啜ると、サウザンドマスター譲りなのか、思っていたよりも大きな魔力を秘めた血が喉を潤した。

 

「む……。これは意外と……」

「うわぁぁぁぁ!?」

「コラーー! アンタ達、何やってんのよー!」

「何っ!?」

 

 突然に頬に走った痛み。気が付くと怒鳴りながら飛び込んできた誰かに、茶々丸と共に蹴り飛ばされていた。

 バカなっ!? ありえん! 私が常時展開している、真祖の魔法障壁を素通りだと?

 

「神楽坂明日菜!? お前、何をしたっ!」

「あれ? あんた達ウチのクラスの、ってどう言う事よ!? まさかあんた達が犯人!? しかも二人がかりだなんて卑怯じゃないの!」

 

 何だ……この女は? 罵倒の言葉より、魔法障壁を素通りされた事で急激に頭が冷えていく。

私の魔法障壁は並みのものではない。それ無視して蹴りを入れた。しかも一般人が? そんな事がありえるのか?

 

「神楽坂明日菜。貴様、本当に何をした?」

「え、えぇ? 何って……?」

 

 どうやら本当に何をしたか分かってない様だな。素通りと言う事は、もしや、魔法無効化能力者か? A組は特殊な能力や優秀な者を集めている。ありえない事ではないか……。

 

「まぁ良い。ぼーやに、神楽坂明日菜。覚えていると良い!」

 

 決まり切った捨て台詞を残して、建物の屋上から茶々丸と共に飛び降りる。慌てる神楽坂明日菜を尻目に、にやりと笑ってその瞳を覗き込んでやる。

 

「え? あっ、ここ八階よ!?」

 

 戸惑う声が聞こえたが、無視して闇の中で翻り、遥か上空から二人を見下ろす。そこには泣き叫ぶぼーやと、宥める神楽坂明日菜の姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

「おかえりエヴァちゃん、茶々丸ちゃん」

「お姉ちゃん、茶々丸ちゃんお帰り~」

「あぁただいま」

「ただいま戻りました」

 

 のどかちゃん達を寮に送り届けた後、私達はエヴァちゃんの家に来ていた。学園長からの依頼の経過を確認したくて来たんだけど……。話を聞く限り、何だかネギくんは散々な評価をされているみたいだった。

 

「あのぼーやは宝の持ち腐れだな。確かに、父親譲りの魔力は凄い。それに魔法の知識もまぁまぁ有るようだが……。そこまでだな、それ以上にあまりにものを知らない。それに今まで習ってきた価値観に凝り固まっている所がある。どちらかと言えば神楽坂明日菜の方が優秀なんじゃないか? おそらく魔法無効化能力者だ。学園長のジジイも良くもまぁ見つけてきたな」

「え、それって魔法使いと凄く相性悪いよね?」

「あぁ、魔法障壁を素通りされた」

 

 そうだったんだ。ネギくんを鍛えるとか、制御訓練をさせる以前に、頭でっかちな部分があるのかな。一度自分の知識不足と置かれている状況を理解してもらって、その上で何が必要なのか、それで勉強しなおしてもらう必要があるかもしれない。

 後は明日菜ちゃんだね。学園長は本当にどこでそんな子見つけてきたんだろう? かなり珍しい能力者だし、エヴァちゃんが修行で相手にすると言っても相性が悪いよね~。

 

「どうするの? 今の計画のままは不利じゃない?」

「大した問題じゃない。茶々丸と千雨が体術中心で当たれば良い。そうだな……。私は明日、登校せずに様子を見るか。それ以外は予定通りで良いだろう。イレギュラーは随時対処だ」

「了解しましたマスター」

「出番マダカヨ」

「まだあのシスター続けるのかよ……?」

「喜べ。終われば偽神楽坂明日菜の出番だ」

「ぐ……」

「頑張って千雨ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 エヴァがネギ先生を襲った翌日。HRになって先生がやってくると、酷く落ち込んで真っ青な顔になった先生が居た。

 

「オイ、あれ大丈夫かよ……?」

 

 いくら何でも落ち込みすぎじゃねぇか? エヴァの話を聞く限り、先生はよっぽど自分の実力に自信があったって事なのか?

 先生を観察し続けてみると、怯えた目付きでエヴァの席へ視線を送っている様子だな。やっぱどう考えても、エヴァを意識してるって事だろ。エヴァが居ないって分かったとたん、あからさまにホッとした顔をして喜んでるし。

 

「マスターはサボタージュです。お呼びしましょうか?」

「いいえ! 呼ばなくて良いです!」

 

 あぁ、あれは効果ありすぎだな。先生半泣きになってるぞ? 立ち直るのに時間がかかりそうだ。茶々丸のヤツは天然なんだろうが、事情を知ってるやつから見たら、追い込んでるようにしか見えねぇな。

 

「あの……。皆さんパートナーってどう思います? 年下の十歳なんて、イヤですよね」

 

 オイ、マテ先生……今は授業中だ。と言うよりも、よりによって一般人の中でそういう発言するなよ。頼むから。

 

「……宮崎さんはどう思いますか?」

「ひゃい!? えと……わわ、私は!」

「ハイ! 私なら大丈夫ですわ!」

「はいはーい! ネギ君は恋人が欲しいってのなら、クラス中から選り取りみどりだよ?」

「えぇ!? ぼ、僕はそういう意味じゃー!」

 

 別の意味で安心したよ……。このクラスの脳天気さはこういう時は救いだな。

 

 そうしている内にチャイムが鳴り、青い顔をしたままネギ先生が教室を後にした。先生の顔は始終酷い顔で、落ち着きも無くおろおろとしたままだったけど、なんとか立ち直ってもらわねぇとな。

 その後、神楽坂が慌てて追いかけて行ったが、「パートナーを見つけられないと何かヤバイ事になる」と言い残して行ったせいでクラスメイト達が騒ぎ始め、教室内は先生のパートナー希望と妄想で、騒がしさに包まれていた。

 

 それにしてもパートナーねぇ。仮契約者をこのクラスの中から選ぶなんてゾッとするけどな……。いやまぁ関係者も何人か居るわけだが、そいつらは無理だろう。

 けどまぁ、このままだと神楽坂がなりそうだな。あ、そういやもう学園からは関係者とみなされてるんだったか。何も知らないってのはキツイな。

 

 これ以上騒がしい教室に居たくなくて、無関係を装って出て行こうとすると突然――。

 

(ちうたーん! 千雨さーん)

(麻衣? 何だよ突然……)

 

 いきなり焦った声で念話が聞こえてきた、けど……。いつもいつも、ちうたんって呼ぶんじゃねぇよ!

 

(お前ちうたん言うな! しかもわざとらしく千雨って言い直すんじゃねぇ!)

(……あは。ごめんなさい。でもちょっと、皆さんに連絡です。学園結界に侵入者がありました)

(何っ!?)

 

 侵入者!? この時期って事はネギ先生関係か!? となると、非常事態か?

 相手は誰だ。魔法関係者だろうけど、わざわざこの麻帆良に来るなんて、よっぽどの馬鹿か実力に自信があるやつか……。

 

(麻衣、相手は誰だ? 既に対処には出たのか?)

(何かの小動物ですね。妖精だと思います。ネギ君の方へ向かってる感じですけど、悪意の結界に反応が無いから大丈夫じゃないですか?)

 

 はぁ? 何だそりゃ。心配して損したじゃねぇか。て言うか、そんなんでこんな念話送って来んなよ……。

 

(分かった……。じゃぁ、後でエヴァの家に行くよ。ネギ先生がパートナーって騒いでるからな。皆に念話繋いでんなら連絡しておいてくれよ)

(は~い。わかりましたー。またねー、ちうたーん!)

(あ、コラ! 最後ま――プツン)

 

 あ、くそ! 切りやがったアイツ! 後で覚えてろよ!

 

 

 

 それから数日後。再びネギ先生の前に姿を現したエヴァが、茶々丸を連れて堂々と向かい合って脅し文句を口にしていた。

 

「やぁ、ぼーや。あれから良く眠れたかな?」

「うっ……! え、エヴァンジェリンさん……!」

 

 エヴァもよくやるよ。追い詰められてる先生に、更に追い討ちとかな。つーか先生も小さい杖とか取り出してんじゃねぇよ。いきなりこんな所でやり合うつもりかよ?

 

「フフフ。一人で居るぼーやが私達に勝てるのか? それとも、学園長やタカミチに助けを求めるか? もっとも、そんな事をするのならまた誰か……そうだな、宮崎のどかでも襲ってやるぞ?」

「う、うわぁ~~~ん」

 

 本当に効果ありすぎだ……。ネギ先生、泣きながらどっか走って行っちまったぞ。

 ってちょっとマテ。いま先生の肩にオコジョがいたよな? もしかしてこの前、麻衣のヤツが言ってた侵入者の妖精か? ひょっとして先生のペットだったのか?

 

(エヴァ。気付いてるか?)

(私を何だと思ってるんだ? あのオコジョは妖精だな。もしかしたらぼーやの助言者になるかもしれん。フフ、面白そうだ。放課後は例のシスター姿で尾行しろ。念のため魔法衣を下に着込んでな)

(あ、あぁ……)

 

 

 

 そして放課後。不本意ではあるものの、これも仕事だと割り切って準備をする。魔法衣の改造セーラー服を着て、コートは羽織らずに、シスター服とヴェールを被って寮の自室から出た。

 

(おい、千雨。聞こえているか?)

(あ、あぁ。どうかしたのか?)

 

 部屋を出るなり突然、エヴァから念話が飛んできた。いつもと違って少し真剣味を含んだ声に、少し緊張して返事をしてしまう。

 

(私は学園長のジジイに呼ばれている。どうやら茶々丸が、ぼーや達に尾行されているようだ)

(分かった、私は空から先生達を尾行する)

(任せたぞ。ぼーやがどうするつもりか分からんが、万が一と言う事もある)

(あぁ……)

 

 まさか、エヴァが居ない隙に茶々丸だけを……なんて事はしねぇよな? とりあえず、人目を避けて飛行媒体の杖に乗って浮上。後は、茶々丸を探して二重尾行だな。




 2012年9月27日(木) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。

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