青と赤の神造世界   作:綾宮琴葉

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第32話 桜通りの魔法使い(3) 薬の使い方

 飛行媒体の杖に座りながら、地上を見下ろして茶々丸とネギ先生達の様子を監視する。アーティファクトで霧を作って雲に見せかけて、認識阻害と共に周囲を誤魔化して姿を隠している。先生達から見えないようにするのも重要だが、一般人に指を指されても困るから、念には念の入れ様で尾行している。

 

 シスター服の下に魔法衣のセーラー服を着たのは、万が一戦闘になったら困るからだ。結構かさ張るが正体はバレたくないし、認識阻害のメガネのおかげで長谷川千雨じゃなくて、魔法シスターにしか見えない。ていうか、魔法シスターってのもどうかと思うんだがな。

 それにしても誤魔化しだらけだな。相手が一般人じゃないだけに気を病まなくて良いんだが、あまり良い気分じゃねぇな。もちろん、いつもの丸い伊達めがねじゃなくて、切れ長のノンフレームで印象を変えてある。

 

 そのまま尾行をしていると、コンビニで買い物を終えた茶々丸が一人で歩いていた。そしてすぐ側の茂みの中に、ネギ先生と神楽坂。そしてオコジョの姿が見える。そちらに目線を送り、集音の魔法を使って上空から聞き耳を立てると……。

 

「従者の方が一人になった! やっちまおうぜ兄貴!」

「だ、駄目だよ! それに人目につくと不味いよ!」

「ちょっと! これじゃ悪者みたいじゃない。それに、クラスメイトなんだし……」

 

 オイ……。闇討ちかよ。考え方が物騒になってるな。エヴァの脅しが効き過ぎだ。確かにエヴァの脅しは慣れない内はかなりビビるんだがよ。

 それにしてもあのオコジョは随分と煽るな。先生は、若干やる気になってるか? 神楽坂は躊躇ってるみたいだな……。

 

「でも、アンタや長谷川を襲った悪い奴等なんだし、――あら?」

 

 ふーん。随分と神楽坂は正義感があるんだな。だが闇討ちは無しだろ。しょうがない、こっちも動き方を考えておくか……って、何だ?

 

「えーんえーん! ふうせーん!」

 

 子供か? 風船が木に引っかかって、取れなくて泣いてるってわけか。って、茶々丸!?

 

「……どうぞ」

「ありがとー!」

 

 お、お前、一般人の前でジェット噴射とかしてんじゃねぇよ。まぁ、人助けだったから良かったのか? 一瞬子供が怯えてたけど、まぁ泣き止んだし、良かった……のか?

 つーか先生達、呆けてるな。そんなに意外だったか? 悪い奴って思い込んでた相手が、実は良い人でした。何て言うのはよくあるパターンだが、茶々丸の場合は良い人過ぎるからな。

 

 その後も尾行を続けると、茶々丸が足の不自由な老人を背負って階段を上がっていった。それから川に流された子猫を、制服が汚れる事も厭わず、川の中に入って救助する。そうして近所の子供達に懐かれる。なんて行動が続いて行った。この姿だけ見てると、とてもあのエヴァの従者には見えねぇだろうな。

 

「ね、ねぇ! すごく良い人じゃないの! しかも人気者だし!」

「えらい!」

「油断させる罠かもしれねぇですぜ! しっかりしてくれ兄貴!」

 

 それから教会近くの袋小路まで進み、猫や小鳥の餌をあげに行く姿があった。て言うか、これで悪人だったら誰が悪人なんだろうな。

 いや、誰かって聞かれたら、エヴァかフロウって即答してやるけどよ。まぁ、学園長もある意味そうか?

 

「……良い人だ」

「ちょ、ちょっと二人とも! 兄貴は命を狙われたんでしょ!? 今の内に倒しちまわないと!」

「で、でも~」

「うぅ、しょうがないわね」

 

 ここでやる気か。て言うかあのオコジョ酷いな。ネギ先生がエヴァに恐怖心を持ってるのは分かるが、完全に扇動してるじゃねぇか。

 こうなったら……途中で割り込んで、逆にボコるか? でもなぁ。って、あ! もう先生たち突撃してるじゃねぇか!

 

「こんにちは、ネギ先生。神楽坂さん。油断していましたが、お相手はします」

「茶々丸さんあの……。僕を狙うのは止めていただけませんか?」

「申し訳ありません。マスターの命令は絶対ですので」

「うう……」

 

 申し訳なさそうな顔してるけど、結局はやるって事か。結果だけ見たら、残念だけど闇討ちだな。隠れてやるよりはましか? 神楽坂も渋々やるって事か……。

 しょうがねぇ、流石に茶々丸が不利だし、やり方も良い方法とは言えない。様子を見て、間に入って説教した方が良いな。

 

「神楽坂さん、パートナーになりましたか?」

「う、うん……」

「行きます! 契約執行10秒間! 『ネギの従者≪ミニストラネギイ≫”神楽坂明日菜” 』!」

 

 従者への魔力供給か……。これでパートナー確定だな、頑張れよ神楽坂。もう戻れねぇからな。

自分で状況を選べないまま、こっち側に踏み込んじまったのは、いつか後悔する日が来るかもしれねぇぞ? 普通が良かったって言っても、既に契約してたみたいだしな。

 とりあえず、神楽坂の動きがかなり早いな。ネギ先生の魔力のせいか? 素人の割には動きが良いし、茶々丸の動きに付いていってる。それに、機械と魔法で動いてる茶々丸の腕力も上回ってるみたいだな。

 

「ラス・テル マ・ステル マギステル 光の精霊11柱――」

 

 不味いな、茶々丸が神楽坂に集中してる間に、ネギ先生が魔法の射手の準備をしてる。このままだと、確実に茶々丸に魔法が命中する。しかも、十一本か……。一本だけでも大人が吹き飛ばされる威力があるのに、いくら金属の体だからって、それじゃ即死だぞ?

 神楽坂に体勢も崩されてるし、あのタイミングじゃ茶々丸には回避は難しいな。これはもう、間に入るしかねぇ。

 

「――集い来たりて敵を射て! 魔法の射手! 連弾・光の11矢!」

 

 少し、ネギ先生が躊躇うのが見えたけど……結局は魔法を発射か。光の魔法を撃ち出す前にシスター服の間に手を入れて、ウェストポーチから魔法薬を取り出す。

 

「追尾型魔法・至近弾多数……。避け切れません。すみませんマスター。私が動かなくなったらネコの餌を……」

「やっぱり駄目だ! 戻っ――」

「水の楯」

 

 茶々丸に着弾する寸前。上空から魔法薬を落として水の防御魔法を発動させる。それは波状に打ち出された光の矢を全て飲み込んで、水の破裂音と共に霧散した。

 通常は魔法の始動キーから詠唱するところだが、ここで魔法薬を使うのは始動キーを聞かれない様にするためだ。こんな所で正体がバレたくないからな。

 

「「「え!?」」」

 

 破裂した水の楯と光の矢で出来たプリズム状の霧に隠れて、素早く上空から茶々丸の前に降り立つ。内心溜息を吐きつつ、無駄に培われたと思っている演技のスイッチを入れる。

 

「シスター!?」

「だ、誰よあんた!?」

「ネギ先生。そこの女生徒も、一体何をしているのですか? 一生徒を魔法で襲うなんて、しかも今の魔法では命に関わりますよ?」

 

 穏やかに言葉を続けながらも、諭すように強めの口調を交えて話しかける。それと同時に右肘から腕を立て、手の平を空に向けて、多めの魔力を込めた光の矢の待機状態を見せる。

 完璧に脅しのスタイルなんだが、自分がした行動の危険さを少しでも理解してもらえたのなら、助かるんだがな。これで引かなければ、このまま先生達の足元で爆発させるつもりだ。

 

「あ、うぅ……でも……」

「何でいあんたは!? 兄貴の邪魔するってのかい!?」

「こ、こらカモ!」

 

 なんだか気が引けるな……。さっき一瞬、魔法の射手を引き戻そうとするのが見えたんだが、根は優しいって事か?

 そう言えばあのオコジョはカモって名前なのか。どうすっかな……。先生自身でよく考えるように、誘導してみるか?

 

「ネギ先生。先程からそちらのオコジョが、随分と攻撃的な扇動をしているのが見えますね。あなたは教員であり魔法使いです。使い魔の言葉に左右されて自分を見失っていませんか? もう一度良く考えて御覧なさい」

「え……。はい。すみません。茶々丸さんも……」

「いえ……」

「ちょっ! ま、待ってくだせえ兄貴!」

「カモ! あんた黙ってた方が良さそうよ?」

 

 余計な事を言いそうになるカモを神楽坂が押さえつけた。けど、何て言うか、罰の悪そうな顔してるな。やっぱり罪悪感は感じていたんだろうし、駄目だって言って貰える切っ掛けが欲しかったのか? それとも、一応目上の振りをしてるから大人しく聞いているのか?

 

「解ったのならばお戻りなさい。そして、ゆっくりと考えてみる事ですよ、ネギ先生」

「……はい」

「し、失礼します」

 

 そうしてネギ先生たちは複雑な表情をしながらも、大人しく戻っていった。

 

「……すみません千雨さん」

「いま名前で呼ぶな……。まぁ、無事でよかったよ」

「本当ネ。冷や冷やしたヨ」

「ふん、ぼーや達には良い薬になったんじゃないか? 中々良いシスターぶりだったぞ?」

 

 からかう様な口調の超鈴音と、意外にも照れた顔をしたエヴァが物陰から出てきた。

 

「って、お前ら見てたのかよ……。性格悪いな」

「そう言うな。これでも心配はしていたんだぞ? 学園長のジジイめ。わざとこのタイミングで私を呼び出したんだ。計画の確認だそうだが、分かった上でだな」

 

 またあの学園長か。ネギ先生たちは、本当に学園長の手の平で踊らされてるな。

 

「茶々丸。さっきの戦闘と川に入っていた分のメンテをするネ。葉加瀬と見るから一度研究室に来て欲しいヨ」

「はい、超。ではマスター」

「行って来い」

 

 メンテって事は大学か? 葉加瀬も一緒なら工学部の研究室か。

 

「……すまなかったな。もしぼーやが躊躇わなかったら、あのタイミングでは本当に茶々丸が破壊されていたかもしれん」

「なんだよ、アンタらしくも無い。こういう可能性だって有るって分かってたんだろ?」

「ああ……」

 

 うーん、何か調子狂うな。もっとこう怒ってるか、楽しんでるかと思ったんだが……。とりあえず、やる事やったし帰るか。

 けど何つーかこう、ずっとムスッとした顔のまま、無言ってのは辛いぞ? でもなぁ、べらべら喋り捲ってるエヴァってのはそれはそれで逆に怖いからな……。

 

 

 

「千雨ちゃん! 無事で良かった! 超ちゃんから連絡来たんだよ!」

「おう、おかえり。なかなかやってたみたいじゃねぇか。生で見たかったぜ?」

 

 シルヴィアにいきなり抱きつかれ、普段と違って随分と興奮した声をかけられた。

 

「うわ、何だいきなり! てか、修道服だから着膨れして熱いんだよ! 離してくれ!」

「だーめ、心配したんだから。茶々丸ちゃんも帰ってきたら離してあげないよ!」

 

 ちょっと待て! 本当にどうした! こんなシルヴィア見たこと無いぞ!?

 

「まぁ、本当に心配してたんだよ。シルヴィアにとって数少ない愛弟子で契約者だからな。それくらい我慢しろ」

「そ、そうか……」

 

 そうしてその日はされるがままだった。超に連れられて帰ってきた茶々丸がどうなったかは、言うまでもないだろ……?

 

 

 

 その翌日。ネギ先生が随分と慌てた様子で、寮の窓から杖に乗って飛び出して何処かへ飛んで行った。などと聞きたくない類の姿が目撃されていた。

 

「先生、何やってんだ……?」

「学園の認識阻害が有るから良いけど、ああいうのはちょっと止めて欲しいかな? でもどこ行ったんだろうね?」

「何か泣き叫んでたみたいだぜ? 作戦が大分効いてる様だ。このまま人間として成長してくれるとありがたいんだがな」

「成長ねぇ。まぁ根は真面目みたいだし、良く考えてくれれば良いんだが……。逆に凝り固まって変な方向に行くと怖いよな」

「もう締めに入る時期だ。明後日の大停電の時が勝負だぞ? 準備は良いだろうな?」

「あぁ……神楽坂の真似なんて、今回しかやらねぁからな?」

「ヤット出番ダナ! 楽シミダゼ!」

 

 

 

 

 

 

「ねぇネギ? もう大丈夫?」

「はい! もう大丈夫です!」

「えっ? そ、そう?」

 

 さらにその翌日。随分と吹っ切れた顔のネギがそこに居た。明日菜は前日からの変わりぶりを不思議に思いつつ、その変化を若干の不安と共に、好意的に受け止めているようだった。

 そのまま二人で歩いていると、ガヤガヤと賑わいを見せる購買部や学内店舗の姿が見える。

 

「皆さん、どうしたんですか?」

「あれ? 知らないの先生? 今夜の八時から十二時まで停電だよ」

「学園全体のメンテナンスです」

「あらネギ先生。今夜は停電があるから、私達教員は見回りよ」

「あ、そうか職員会議で!」

 

 購買部を見に来ていた生徒や、しずな先生に忘れていた事を指摘され、慌てて予定を確認するネギの姿があった。

 

「アスナさんは準備したんですか?」

「私は早朝バイトが有るから、八時には寝ちゃうわよ」

「分かりました! それじゃ僕は準備に行って来ます!」

 

 ネギは一人分かれて職員室に向かう。そのまま段々と日が沈み、ネギと明日菜の修行計画本番の時間が近づいて来た。

 

 

 

 深夜の麻帆良学園。大停電の夜、懐中電灯を片手に見回りをするネギとカモの姿があった。

 

「停電で真っ暗だね~。こういうのって中々怖いかも。あれ? カモ君どうかした?」

「むむむ……。兄貴、何か変な魔力を感じねぇか?」

「え、えぇ!?」

 

 その声に慌てて周囲を探るが、特におかしい様子を感じなかった。ただの気のせいなんじゃないか。そう思ってカモに声をかけようとした瞬間、突然に闇の中から声が掛けられる。

 

「ネギ……」

 

 ゆっくりと一文字一文字確かめるような重みのある発音だった。普段から聞きなれたはずの声だと分かったものの、なぜかその声にゾクリと身体を震わせる。

 思わず声の方向に振り返り懐中電灯を当てると、所々白いラインとフリルが付いた真っ黒いコートを羽織った明日菜の姿があった。いつもの見慣れた顔で聞き慣れた声。そのはずなのに何かがおかしいと、直感的な声が頭の中に響く。何故か分からないけれども、明日菜の姿に恐怖を感じた。

 

「あれ、アスナさん? 八時には寝ちゃうって……」

 

 既に寝てしまって居るはずの人物に、意図せず普段通りの声と口調で問い掛ける。ネギ自身、その声が若干震えている事にも気付かずに。

 

「俟て兄貴! 何か様子が変だぜ!」

「え、何? どうしたのよネギ? そんな顔して。カモも何言ってんの?」

「あの、アスナ……さん? その服は?」

「兄貴! 明日菜の姐さんから尋常じゃない魔力を感じる! 何かおかしいぜ!」

 

 その言葉を聞くと突然、目の前の明日菜から一切の表情が無くなった。瞳はガラスの様に何も映さず、表情もなく直立した姿に寒気を覚える。

 チリンと、ツインテールを結んでいる鈴特有の高い音だけが、風に吹かれて鳴り響く。闇の中でそれだけが周囲を支配していた。

 

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様が貴様に戦いを申し込む。十分後、学園端の大橋の前で待つ」

 

 しかし、その音を掻き消すように、突然にアスナが抑揚の無い声でそう答えた。普段の姿からのあまりの豹変振りにネギたちは思わず息を呑む。

 

「それじゃ、待ってるわよネギ? 逃げちゃダメだからね?」

 

 そう言うといつもの明日菜の表情に戻り、数10m先へジャンプ。そのまま屋上まで飛び上がり夜の闇の中へ消えていった。

 

「な、なな……!?」

「人間業じゃねぇ……。ありゃ多分、エヴァンジェリンの奴に操られてる! ヤバイぜ兄貴!」

「う、ううう……。カモ君! 僕は大橋に向かうよ!」

「ま、待てって兄貴! 一人じゃ無理だって!」

「でも、やるしかないんだ! アスナさんを、取り戻す!」

 

 決意を瞳に滾らせ、大橋へと一人向かうネギの姿があった。




 2012年9月27日(木) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。

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