ネギ先生の前で宣戦布告をした直後、暗闇に紛れながら学生寮まで移動。そこで神楽坂の部屋を監視する。そのまま暫く――指定した、十分に満たない七~八分ほど――経つまで、先生が本物の神楽坂に接触していない事を確認する。その後は瞬動術を併用して、学園端の大橋まで急いで移動していく。
「よう。そっちは準備万端だな」
大橋の側までやってくると、やたら豪華にフリルをあしらった真っ黒いキャミソールワンピースに、吸血鬼らしい漆黒の襤褸のマントに身を包んだエヴァがいた。
そして付き従うようにメイド服を着た茶々丸と、大事そうに数本のナイフを弄ぶチャチャゼロの姿もある。
「当たりまえだ。せっかくのラスボスだからな。お前も気を抜いてボロを出すんじゃないぞ?」
「くっ……。解ったわよ! これで良いんでしょ!?」
すげー嫌なんだが、後からエヴァに八つ当たりされるともっと面倒なんで、仕方が無く神楽坂のものまねのスイッチを入れる。
それにしてもマジでこれ、いつまでやるんだよ。頼むぞ神楽坂、早く来てくれよ。そして帰らせてくれ。
「ヨォ千雨。準備万端ッテカ?」
「……頭の上に乗って、操ってる演出だったわよね? 早くしてよ」
はぁ……。溜息が出るな。
そして宣戦布告してから十分後。神妙な顔つきのネギ先生がやってきた。
「エヴァンジェリンさん! アスナさんを解放してください!」
「何故だ? そう言われてわざわざ自分の手駒を離す馬鹿が居るか?」
「ほらネギ。あんたも馬鹿言ってないで、戦いの準備しなさいよ? 早くしないと殴るわよ?」
「ケケケ、コノ餓鬼ガターゲットダナ」
「あ、あう!?」
殴ると言われると、ネギ先生が無意識に頭を押さえて後ずさった。て言うか、先生って神楽坂に躾られてんのか? 条件反射で頭守るって大丈夫かよ……。
うん? て言うか、カモとか言うオコジョがいねぇな。どこ行ったんだ?
「ねぇネギ。カモはどうしたの?」
「あ、あれ? カモ君どこ行ったんだろう? そ、それよりアスナさん、エヴァンジェリンさんの味方はやめてください! それにその人形は何ですか!? 凄く嫌な魔力を感じます!」
「イヤよ」
「ふん、小動物はどうでも良い。そうだなネギ先生。私の下僕を倒せたら開放してやるよ。悪い条件じゃないだろう? 一対一の勝負だ」
「え!?」
「それじゃぁネギ! 覚悟しなさい」
エヴァの思い付きだと思うが、言われた言葉そのままに行動する。ネギ先生を神楽坂のような勝気な仕草で指を差し、身体に薄く魔力を纏わせ始める。
さて先生、どこまで頑張れる? まぁ、こっちは私が長谷川だって気づかれなければどうでも良いんだがな。今はまだ、関係者だって気づかれたくねぇし。
「ちょっと、アスナさん!?」
「問答無用よ!」
神楽坂、マジで早く来いよ? まさか本当に寝てたりすんのか? 一対一だと、あっさり先生倒しちまうぞ? とりあえず様子見だな。
軽く脚を開いて体勢を正し、両脇を引き締めてから先生に向かって駆け出す。未だ覚悟の定まらない先生の直前で急停止して、左足を軸足に右足にスピードを乗せて大きく振り上げ、先生の左肩辺りを目掛けて蹴りつける。
「う、うわ! 止めて下さいアスナさん!」
「イヤよ! 何であんたの命令聞かなきゃならないのよ!」
「上手ク避ケタジャネェカ!」
ギリギリで避けた先生が、その場で立ち止まり声を上げる。その隙に右足が地に着かないまま左足を振り上げ、空中でバランスを取りながら右を狙って再び薙ぎ払う。
「うわぁぁ!?」
「ちょっとネギ! こんなの当たらないでよね!」
「ヨシ! 蹴リ飛バセ!」
今度は右肩に蹴りが当たり、学園側に向かって数m弾き飛ばされていく。攻撃を受けた事で現実を感じたのか、眼が覚めた様な顔つきになった先生が宣言する。
「ごめんなさいアスナさん! 必ず僕が元に戻しますから!」
「私は正気よ!」
「ラス・テル マ・ステル マギステル 風の精霊11柱! 縛鎖となり 敵を捕まえろ 魔法の射手・戒めの風矢!」
ネギ先生の真剣な顔つきから、明らかに騙されている様子で捕縛魔法を唱えてきた。戒めの風矢は、相手の体に実体化した風を巻きつかせて拘束する魔法。通常は胴回りを腕ごと拘束して、アンカーのように地面へと風の矢が突き刺さる。
その様子を何も知らない神楽坂のように、呆けた様子で無防備に拘束魔法の風を受ける。神楽坂は魔法障壁を使えないから、張らず大人しく立って居ると……。
ビシビシビシッ! パキィィィン!
実体化して拘束したはずの風の矢が、そのまま罅割れて、ガラスの様に砕け散った。
「え、えぇぇぇー!? な、なんでー!?」
「残念だったわねーネギ。私そういうの効かないみたいよ」
て言うのは勿論嘘なんだがな。伊達に金がかかった魔法防御力の高い服を着てねーよ。エヴァの一撃ならともかく、神楽坂を傷つけたくなくて魔力が十分に入ってない先生の魔法じゃ、この服の防御力を超えられねぇな。
つーか神楽坂の能力をこっそり説明してんだが、後々でも気付いてちゃんと活かしてやれよ先生? じゃねぇと、こっち側に巻き込んだままどうなるか分かんねぇぞ。
「兄貴ー! その姐さんは偽者だぜーー!」
「コラーー! アンタ達、何やってんのよー!」
驚きで若干パニック気味になってネギ先生を余所に、学園側からカモを連れた神楽坂が走ってくる。先生の側に居なかったカモは、神楽坂を呼び出しに行ってたみたいだな。それにしてもやっと来たか……。って制服? まぁ流石にパジャマって訳にはいかねぇか。
「誰よアンタ! なんで私の真似してんのよ!?」
走ってきた神楽坂は、そっくりに化けた私の顔を見ると、驚いた表情をしてから偽者と決め付けて捲くし立ててきた。
神楽坂の非難の言葉に作戦成功の一端を感じて、より場を混乱させる為の台詞を口にする。まぁ、決められてた通りなんだが、ちょっと気が引けるよな。
「うわ、何これ!? わ、私が居る!? どう言う事よ!」
「あ、アスナさんが二人!?」
さて先生。これで全員揃ったんだが、どうすんだ?
「兄貴! こっちの姐さんが本物ですぜ! 寮で寝ていた姐さんを連れてきたんだからな!」
「え、えぇ!? じゃあ、この人は一体!?」
「ホントにあんた誰よ!? 似過ぎて気持ち悪いんだけど!」
「あんたこそ誰よ! 私の振りしないでよね!」
「あ、兄貴! こうなったら仮契約だ! 本物なら名前がちゃんとカードに出てくるぜ!」
おいマテそこのオコジョ。先生は正式に仮契約を結んでなかったのか? あの時はどうやって契約執行したんだよ。なんか無理やり術式組んでたのか?
「えぇ!? だってそれって!」
「カモ君!?」
「いくぜ! オコジョフラーッシュ!」
カモはどこからかマグネシウムリボンとライターを取り出して、オコジョの魔法なのか何か知らないが、普通に火を付けるよりも遥かに強烈な光を放ってきた。
「うっ!?」
(気を付けろ千雨! 神楽坂明日菜の一撃は入れられるな! 幻術が解かれるぞ!)
(分かってる、バレてたまるか! って、居ない? どこだ!?)
周囲を探すと、大橋の主塔の影から仮契約の魔力と魔法陣の光が漏れてきた。なるほどな、正式にやっちまったか。
これで本格的に魔法使いデビューだな、神楽坂。まぁ、今更って感じもするが。
「ふふっ、出てきたか。どうしたぼーや。これで安心したか?」
「うぐ……」
「気にすんな兄貴!」
「何言ってんのよ! 偽者なんて使って! アンタ本当に誰よ!」
「アンタこそ誰よ! そっちが偽者なんじゃないの!?」
「さて、それでは私も手を出すとするか? 茶々丸はそこで待機だ。やるぞ神楽坂明日菜」
「了解しました。マスター」
「あんた達! 覚悟してよね!」
「ケケケ! 楽シミダナ!」
エヴァに言われるまま神楽坂の振りを続ける。それを見たネギ先生たちは、若干恐怖を感じたのか、青い顔をしてこちらの顔色を観察しているようだった。
「う……。まだ私の真似するの!?」
「エヴァンジェリンさん。その人は本当に誰なんですか?」
「さあな? 力尽くで聞き出してみたらどうだ? もっとも、それが出来ればだがな」
ここに来てさらに挑発かよ。本当に性格悪いな……。まぁ、それに乗っかってる私も人の事言えねぇか。悪いな神楽坂。お前の一撃を貰うわけにはいけないから、それなりに本気で行かせてもらう。
「行くぞ? 本気で来いネギ・スプリングフィールド! やれ、我が下僕共よ!」
「行くわよネギ!」
「契約執行90秒間! 『ネギの従者≪ミニストラネギイ≫”神楽坂明日菜”』!」
「あ、ちょっと! い、行くわよネギ!」
「ラス・テル マ・ステル マギステル――」
「リク・ラク ラ・ラック ライラック――」
ネギ先生が契約執行を行っている隙に精神を集中して、まだ完全じゃないが咸卦法を発動する。やり過ぎかもしれないが、神楽坂の一撃を受けると予想外の効果が出るかもしれない。
私の咸卦法はフロウや高畑先生が使うものに比べたら大した事は無いが、神楽坂に攻撃されれば幻術が解かれる。だからこそ魔力供給の身体強化よりも、もっとスピードを上げられる咸卦法を使う。
そして神楽坂に魔力が供給された事を確認すると、神楽坂に向かって一気に駆け出し、左足で横凪の一撃を入れる。
「うひゃ!?」
蹴りの風圧で吹き飛ぶか、上手く避けるかと思っていたが、驚いた事に変な悲鳴を上げつつも右腕で左脚を捌いて受け止められた。その事に動揺して一瞬無防備な姿勢を晒す。神楽坂からの一撃を警戒して身体が固まって居ると……。
「ケケケ! 隙ダラケダ!」
「え!? 嘘でしょ!?」
頭の上から突如チャチャゼロが飛び降りて、ナイフを持って神楽坂に襲い掛かった。本物の刃物にさすがに逃げの態勢を取るが、刃の部分をフェイントにナイフの柄の頭でおでこを叩きつける。
「あたたたたっ!?」
「良ーシ! ソノママ動クジャネーゾ!」
「イヤよー!」
嬉々とした顔のチャチャゼロと鈍く光るナイフを見て、神楽坂が涙目になりながら後方へ逃げだした。そして、そのタイミングでエヴァとネギ先生と魔法が完成する。
「――氷の精霊17柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 氷の17矢!」
「――雷の精霊17柱! 集い来たりて敵を射て 魔法の射手! 雷の17矢!」
互いに同種異属性の魔法を放ち、火花を散らしながら相殺し合うが……。
「ふははは、なかなか良いぞ! だが、詠唱が遅い! それにその威力ではとても勝ち目が無いぞ?」
「うく……! ラス・テル マ・ステル マギステル――」
「リク・ラク ラ・ラック ライラック――」
「ね、ネギ!」
「ねぇちょっと! アンタはネギの心配してる場合? 偽者さん?」
「えっ? あ、ちょっ、嘘!?」
動揺と驚きを誘った隙に、逃げた神楽坂の足を払って大橋に押し付けて組み敷く。コートの下のポウェストーチからロープを取り出し、気や魔法を使うと恐らく解除されるのでそのまま縛り、背中を合気道の要領を交えながら押さえつける。
さらにチャチャゼロが、神楽坂の目前に数本のナイフをわざとらしく落下させて、動かない様に釘を刺す。
「動クナヨ? ブツ斬リニ、シチマウゼ。ケケケケ」
「えぇ!? ヤダ!? ちょっと待って!」
「あ、アスナさん!? くっ……! ――来れ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさべ 南洋の嵐 雷の暴風!」
「さぁどうするぼーや? 行くぞ? ――来たれ氷精 闇の精 闇を従え 吹雪け 常夜の氷雪 闇の吹雪!」
ネギ先生の周りに雷と風の精霊が集まると、激しく火花を上げながら雷と風が吹き荒れる。それらは収束して螺旋を描き、エヴァを目掛けて一直線に放たれた。
それに対してエヴァの周りには氷と闇の精霊が集まり、吹雪と闇の渦が、ネギ先生の魔法を目掛けて一直線に放たれた。
二人の魔法が空中でぶつかり合い、激しい雷と吹雪を撒き散らしながら、強烈な閃光が周囲を支配していた。
「う、うぐぐぐ……」
「どうしたぼーや? その程度か?」
「う、うわぁぁぁぁ!?」
「ね、ネギー!?」
打ち合った魔法が晴れた後、半ば氷付けになったネギ先生が座り込んでいた。
「はぁ……。はぁ……」
「ほう、耐え切ったか。だが次で終わりだな。私の氷の中で長い眠りにでも付くが良い。覚悟は良いかぼーや?」
「ダ、ダメ! ネギ! ネギィー!」
「動いちゃダメよ」
組み敷く神楽坂を地面に押し付けながら、呆れた気持ちでエヴァに視線を送る。て言うかオイ。そろそろやり過ぎじゃねぇか? ネギ先生マジで死ぬぞ? 止めた方が良いのか? つーか神楽坂の必死な表情がキツイな。
「ふぉっふぉっふぉ。まぁそれくらいにしてくれんかのう?」
「何だジジイ。これからだというのに」
「「学園長!?」」
「大丈夫かい? ネギ君」
「た、タカミチ!? ど、どう言う事!?」
「えぇ!? 高畑先生!?」
ここでネタばらしか。て言うか学園長たちが痺れを切らしたか? 流石にこの状況はなぁ。とりあえず、先生を解凍しないとマズイよな? 神楽坂は……。まぁ、高畑先生が何とかするだろう。”神楽坂明日菜”に宥められるよりよっぽどましだろうからな。
神楽坂にかける圧力を緩めて立ち上がる。一瞬、神楽坂に視線を送ると安心してから、意味が分からないといった感じの表情が見て取れた。まぁ、悪いが無視させてもらう。
そのままネギ先生の側まで歩いていき、ウェストポーチから解凍用の魔法薬を取り出す。こっちも戸惑った顔をしているが、気にせずに声のトーンを落として、無表情で話しかける。
「……ネギ先生。解凍薬です。振りかけますよ」
「え? あ、は、はい……」
未だ困惑した表情のままだったが、魔法薬をかけるとエヴァの氷魔法が全て溶け、何事も無かったかの様にネギ先生が復活した。
「……終わったみたいなので、私は失礼します。それでは」
誰も引き止めないので、そのままバレない内に学園の方へ跳び跳ねて物陰に隠れる。そして集音の魔法でエヴァたちの様子を探り始める。
「あ、あの、エヴァンジェリンさん。どう言う事ですか? それにあの人は、誰だったんです?」
「全部茶番だよ。このジジイがぼーやを鍛えて欲しいって依頼してきてな。吸血鬼である私に白羽の矢が立った。さっきの偽者は学園に居る魔法使いだ。幻術で変装していただけだからな。詮索はするなよ?」
「ふぉっふぉっふぉ。ネギ君も明日菜君も良い経験になったんじゃないかの? 魔法の世界に関わる事の厳しさ。実力の無さが招く危険。こちら側に居る者は誰でもぶつかる壁じゃ。それが早いか、遅いか、じゃがの」
魔法に関わる事、知ってしまう事の危険。今回は味方が肉体的・精神的にも成長を促す為にやった事だから良かったものの、もし本当に危険な相手だったら巻き込まれた明日菜は本当に洗脳されていたかもしれないと言う事。
そして実力が伴わない場合はいかに正義を掲げても無力である事。先日の茶々丸への襲撃も含めて、諭すような口調で説明しているようだった。
「あ、あの高畑先生も……。その、魔法使い、なんですか?」
目の前の高畑先生の姿に我慢が出来なかったのか、神楽坂は話を聞きながらもロープの拘束を解く高畑先生に向かって不安そうに問いかける。
「そうだね……。まさかネギ君がやってきた初日から魔法がばれるとは思ってなかったんだ。アスナ君。すまない事をしたね」
「え!? いえ、私ならぜんぜん大丈夫です! ハイ!」
「そ、そうかい?」
「ふぉっふぉ。じゃがの明日菜君。これからも魔法に関わり続けるならそれなりの覚悟が必要になるぞい? 良く考えて決めて欲しいのう。ネギ君もこれからもっと頑張らんといかん」
「「ハイ……!」」
何か上手いこと言ってまとめてやがる。既に巻き込でるのにひでぇな。……こういう時は『管理者』側に居るのがツライな。まぁ色々教えてやっても良いんだが、シルヴィア達の足を引っ張る結果にはしたくねぇし……。くそ、ジレンマだな。
「おいジジイ。私はもう帰るからな? 行くぞ茶々丸! チャチャゼロ!」
「はい、マスター。ネギ先生、神楽坂さん、失礼します」
「ナカナカ楽シカッタゼ。今度ハブツ斬リダナ」
「は、はい。さようなら……」
「イヤよ! 誰が好き好んで斬られたりするのよ!」
帰る言葉を確認してから、闇の中で幻術が掛かった鈴の髪留めとウィッグを外す。夜風に吹かれる神楽坂より短い髪を摘まみ上げて、自分の姿に戻った事に安堵した。
そして岐路に着いたエヴァと合流して家に向かい、そこで打ち上げ会の様に遅めの夕食を取った。高々に笑うエヴァの姿もあってか、それはある種3-Aの馬鹿騒ぎの様だった。こうしてネギ先生たちにとってのイジメ、もとい修行という名の長い停電の夜は終わりを迎えた。
次回からは修学旅行編です。
2012年9月27日(木) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。
2013年3月11日(月) 感想で指摘された点を修正しました。