桜咲に突っ掛かった翌日。第三保健室へ向かおうとすると、普段はあまり人が通らない場所にもかかわらず聞き覚えがある話し声が聞こえてきた。
耳を済ませて聞いてみると、多分二人分の声。声質からして女子っていうか間違いなく片方は桜咲だな。そうするともう一人は近衛か?
「なぁせっちゃん、こんな事してええの?」
「……良くはありませんが、私にも分からないので」
「もう、せっちゃん。敬語はアカンて言うたやん」
「す、すみませんお嬢様」
「ほらまた言うとるー」
あいつらあれで尾行してるのかよ……。バレバレなんだがどうしたら良いんだよ。シルヴィアの所に行く前に、何の用か確認した方が良いのか?
しかし桜咲が近衛とちゃんと話してるって事は、もしかしてきちんと護衛だって話したのか? それとも魔法関係までバラしたのか? て言うかこのままずっと尾行されててもなぁ。しょうがねぇ声かけるか……。
「はぁ……。バレてるんだがな。用があるならちゃんと言えよ」
「せ、せっちゃんバレとるで!」
「やはりバレてましたか。すみません長谷川さん、単刀直入にお聞きします。貴女の師とは一体どなたですか?」
「あのな、簡単に言うと思うのか?」
「あ、あの、ごめんな千雨ちゃん。ウチがどうしても聞きたかったんよ」
近衛が? って事は本当に話をしたのか。でもなぁ、話すってなると近衛は学園長から魔法関係を教えるのを口止めされてるんじゃなかったのか?
けど桜咲がそんだけ早く教えたって事は、昨日の行動がそれだけ堪えたって事か? それとも今後がヤバそうだから、自分がもっとちゃんとしないといけないって自覚したって事か?
このまま保健室まで連れて行っても良いのか分かんねぇし、とりあえず一度シルヴィアに念話で相談してみるか。
(シルヴィア、聞こえるか?)
(千雨ちゃん? どうかしたの?)
(その、桜咲の事なんだけど――)
昨日の今日で、桜咲が近衛に魔法の事を教えたって事。それから近衛が私の師、つまりはシルヴィアに魔法関係者として話がしたいって事を伝える。
(そっかぁ。じゃぁ千雨ちゃん、二人とも保健室に連れてきてくれるかな?)
(良いのか? 学園関係者がうるさいんじゃ?)
(刹那ちゃんは詠春さんを通して、学園長から関係者として依頼が通ってるからね。それに木乃香ちゃんは学園長自身がばらしたいみたいだし、いざとなったらこの間の強制文書≪ギアスペーパー≫だって使えるからね~)
(そうか……。分かった、連れてくよ)
「あ、あの千雨ちゃん、黙ってしもうてどないしたん?」
「あぁ悪い、ちょっと連絡してた。二人とも連れて来て良いっつーから付いて来いよ」
「はい。ありがとうございます」
「ほんま? ありがとな~」
二人を連れて行くにしても今のままじゃマズイか。特に魔法関係の話をするわけだし、ウェストポーチから魔法薬の入った小瓶を出しておいた方が良いな。
「長谷川さん。それは?」
「人払いの香だよ。結界の場合はこの前みたいに振りまくが、これは簡易版だな。むやみに人に知られたくはないからな」
そのまま三人で第三保健室に向かう事になった。けど、何故か桜咲からどこか感心した顔で見られてた……。変なフラグ立ててねぇよな?
「長谷川さん。ここは保健室では?」
「あぁそうだよ。入るぞ?」
連絡を受けて保健室内で待って居ると、廊下から千雨ちゃん達の声が聞こえてきた。
「いらっしゃい千雨ちゃん。刹那ちゃんに木乃香ちゃんも。どうぞ座って?」
「あの、シルヴィア先生?」
「シルヴィア先生が千雨ちゃんのお師匠なん?」
「あぁ、そうだよ。シルヴィアから習ってる」
気楽にして欲しかったんだけど、ちょっと戸惑ってるみたいだね。刹那ちゃんは物凄く意外って顔してるし、しょうがないかな。学園では知られない様に振舞ってきたからね~。
あ、千雨ちゃんも座ってくれて良いのに、ドアの前に立ってるね。何だか警戒してるみたいだし気を使わせちゃったかなぁ。
「とりあえず、木乃香ちゃんは私に聞きたい事があって来たんだよね?」
「はい。ウチはせっちゃんから色んな事を沢山聞きました。『関西呪術協会』の事も聞いて、ウチも何かせなアカンって。それからネギ君が魔法使いで、明日菜がいつの間にかの魔法使いの従者とかゆーのになっとって、もしウチもそうなったら実家の人達が良く思わんてゆう事も」
「私は、お嬢様には長の意向通り。普通の暮らしをして頂きたかったのですが、お嬢様が決意なされたのであれば、私はそれに従うまでです」
そっか。木乃香ちゃんは殆んど話を聞いちゃったんだね。すごく真面目な顔をして話してくれたし、自分なりに関西の事を真剣に考えてるって事かな。刹那ちゃんはちょっと硬いけれど、そこはまぁしょうがないかなぁ。それにしても木乃香ちゃんてば、普段とぜんぜん顔つきが違うんだけれど、無理してないかな?
「そんじゃ、お前ら仮契約しちまえよ。むしろ本契約か?」
「ふぇ? 誰なん!?」
「な、だ、誰だ貴様!?」
「……フロウくん。なんで麻帆良女子中の制服着てるの?」
「その方が入り込みやすかったからだ。とりあえずシルヴィアの関係者とだけ言っておく」
うん、あのね。確かに学校には入りやすいかもしれないよ。保健室のテラス窓から入って来ても自然に見えるし、フロウくんは身長も中学生くらいだから普通に可愛いし似合ってるよ?
でもね、何かフロウくんの場合悪意を感じるんだよね? それにいつの間に制服買ったんだろう。購買部の人も別に何とも思わなかったんだろうけど……。あれ? 千雨ちゃんが何かぷるぷる震えてる……。大丈夫かな?
「お前ら詠春の許可も有るんだし、刹那が従者って証明できる道具があった方が良いだろ?」
「仮契約って、ネギ君と明日菜みたいなん?」
「な、お、お嬢様と!?」
「おいフロウ、言いたい事は解るが……。いや、何でもない」
うーん、でも木乃香ちゃんが魔法に関わるってはっきり決めてるなら有りかなぁ? 木乃香ちゃんの立場が明確になるし、刹那ちゃんにとっても護衛がし易くなるものね。
「近衛木乃香。お前の今の立場は学園では一般人だ。修学旅行で京都に行った隙に、夜にでも契約しちまえ。そのまま関西預かりって事にもな。それからこっちに派遣されてる魔法使いって形を取ればかなり有利な立場になれる。学園長が文句を言っても黙らせる手段はいくらでも有るぜ?」
「そうなん? 凄いなー」
「し、しかし。私なんかがお嬢様と……」
「おいこら桜咲。昨日言ったろ? マジで手遅れになったらどうすんだよ?」
「そうだね。何かに巻き込まれてからじゃ遅いからね。木乃香ちゃんの立場をはっきりさせる良い機会だと思うよ?」
学園長は木乃香ちゃんが魔法を知っても文句を言う理由が無いし、所属に関して関西預かりに苦情が出るならこの前の強制文書が有るからね。
紅き翼≪アラルブラ≫の詠春さんの娘って立場でもあるから、魔法使いの界隈だったら詠春さんの下でちゃんと後継者になるって宣言すれば、また扱いも違うだろうからね。
「おい千雨。お前のカード見せてやれ。魔法衣の戦闘服もな。実物は契約者の名前がはっきり書かれてるとか機能も説明してやれ」
「え? 千雨ちゃんって誰かと契約してるん?」
「マジか? はぁ……。ホントはあんまり見せたくないんだがな……。アデアット」
千雨ちゃんが召喚の呪文を唱えると、髪を解いた状態で黒い魔法衣の姿に変わる。
「わ、それも魔法なん?」
「仮契約カードの機能の一つだよ。衣装登録機能で防御力の高い魔法衣を保存してある。それよりも主従の証明や従者への念話や召還が出来る方が大きいな。桜咲は従者が使えるアーティファクトって魔法具も手に入って、護衛としてやらない理由も無いぞ?」
ちょっと吃驚したかも。フロウくんに言われたからって千雨ちゃんが自分から魔法関係のものを見せちゃうなんて珍しいかな?
でも仮契約カードを普通に見せれば良かったと思うんだけれど? もしかして、仮契約カードの白いドレス姿を見せる方が嫌だったのかな?
「そうなんや。契約ってどうやってやるん?」
「え、それは……。その……」
「刹那は知ってるって顔だな。儀式の魔法陣の中でキスすれば良い。契約魔法陣の魔法書を取り寄せて、修学旅行の時に千雨に持たせてやる。千雨は刹那とは同じ班分けになっておけ。後はエヴァとアンジェと茶々丸か。関係者だらけにしておけば問題無い。自由行動中は木乃香に付いてれば良い」
「そっか~。せっちゃんよろしゅうな?」
「は、はい……!」
あれ? 木乃香ちゃんがエヴァちゃん達の名前を不思議に思わなかったって事は、刹那ちゃんが把握してるクラスメイトの魔法関係者は大体知ってるって事かな?
そうなると魔法の道に踏み込む覚悟もきちんとしたって事だよね? 一応確認しておいた方が良いかな。
「ねぇ木乃香ちゃん。確認しておくけど、西の所属でお父さんの後を継ぐ気持ちなのかな? そうなら言葉添えくらいは出来るよ?」
「はい。そのつもりです。まだ分からん事もあるけど、自由行動の時にはっきり言いに行こうって思ってます」
「そっか……。分かったよ。私も引率で行く事になってるから、何かの時は頼ってくれて良いからね?」
「はい! ありがとうございます」
「あの、失礼ですが。シルヴィア先生は、学園の魔法先生ではないのですか?」
「違うよ。私は学園とは利益関係に有るだけでフリーの形なんだ。学園長からは依頼で動く形だけど、下に組み込まれている訳じゃないから、色々と融通が利くよ?」
「そうだったんですか。通りで魔法関係者の集合の時に見た事が無いと思いました」
『学園関係者』の集いだからね~。私はそういう場には出る必要が無いし。私が魔法関係者だって事は、学園長を始めに立場の有る魔法先生しか知らないから、魔法生徒の刹那ちゃんは知らなかったかな。
「そう言えばネギ坊主が西の長への親書を渡す仕事を預かってたぞ。その辺も含めて警戒しておいた方が良いな。まぁ木乃香の身には変えられないだろうが。千雨はまだ一般人を装っておけよ。まだ時期じゃない」
「……あぁ、分かったよ」
「千雨さんはどうして? 協力はして頂けないのですか?」
「フロウの言う様に時期じゃないってのもある。それにまだ一般人じゃないって先生達にバレたくないんだよ。それに……私に頼るほど桜咲は弱くないだろ?」
「……分かりました」
さすがにそう言われると、刹那ちゃんは引き締まった顔になる。
「それじゃぁもうすぐ修学旅行だから、私達は準備に取り掛かるね? お話とかこっそり聞きに来てくれても大丈夫だよ?」
「はい。シルヴィア先生ありがとー」
「ありがとうございました」
そうして刹那ちゃんと木乃香ちゃんは保健室から帰って行った。
「なぁ、修学旅行も何かが起きるのは分かってるんだよな? 私は本当に何もしなくて良いのか?」
「いや、する事になると思うぜ? 数種類の魔法薬を準備していった方が良い。何が役に立つか分からないからな。まぁ、世界樹近辺に麻衣の他に誰も居なくなるから俺は行かないけどな」
「そうだね。私も色々持って行くよ」
今回はどんなトラブルが起きるか分かって無いから、色んな準備をしていかないとね。一応保健の先生って扱いだから、普通の薬とかも持っていかないと。
その翌日、明日菜ちゃんの誕生日プレゼント選びに刹那ちゃんを誘った木乃香ちゃんだったけど、二人があまりにも親しくしている姿がチアリーディング部三人組に目撃されて、まさかのカップル誕生か!? と、明日菜ちゃん達にメールを送ってパニックになったとか、ならなかったとか……。
修学旅行の班分けは、木乃香は原作通り五班で明日菜や図書館組みと一緒です。
それから原作では三班の千雨と六班のザジが入れ替わりです。最終的に六班は、本来は欠席のエヴァと茶々丸にアンジェと千雨と刹那の班分けです。
2012年10月3日(水) 記号文字の後にスペースを入力、及び地の文等を中心に若干の改訂をしました。