青と赤の神造世界   作:綾宮琴葉

55 / 85
第50話 ネギ先生の修行開始

 精神の回復薬の小瓶から小匙で掬い出して、シロップに数滴入れる。その横で沸かしたお湯を茶葉が入ったポットに注いで準備完了。もしかしたらネギくんは甘いものが苦手かもしれないけれど、ミルクティーが好きだったはずだから大丈夫かな。夕映ちゃんものどかちゃんも多分大丈夫だよね? そうだ、一緒にミルクも用意して軽いものも添えておこうかな。

 

「シルヴィア、ネギ先生たち起きたってよ」

「ありがとう、今お茶持って行くね」

 

 今までネギくん達は、闘技場の下の階にある休憩用の仮眠室で寝かせて置いた。寝てたのは夕映ちゃんと二人、と言うか正確にはのどかちゃんも入れて三人だね。疲労や精神力の回復の為にお茶の準備をしていたところで、ちょうど千雨ちゃんが呼びに来てくれた。

 

 二人の試合が終わってから、今は大体二時間位経ったかな。その間、何人かは闘技場を使って組手をして時間を潰していたみたい。さっきのネギくん達の試合で武道家の火が付いちゃった感じかな。そのせいで古ちゃん達が千雨ちゃんを組手に誘ってたけど、本当に嫌みたいで上手く逃げてた。

 でもこの前の修学旅行で目立っちゃったから、そのうち言われるって分かってたとは思うんだけどね? ネギくん達みたいに、試合って形で発散してもらった方が良いのかなぁ。

 

「眼が覚めたか、ぼーや。綾瀬夕映」

「エヴァンジェリンさん……」

「お、おはようございます」

 

 ネギくんはどこか寝ぼけ眼と言うか、若干浮いた感じがするかな。試合の後に倒れちゃったから無理も無いかもしれないね。夕映ちゃんはちょっと怯え過ぎだと思うんだけど。先に起きてたのどかちゃんが気遣ってる様子だから大丈夫かな。

 とりあえずベッドに寝ていた二人にテーブルまで移動してもらって、準備して来たお茶をそっとテーブルに置く。いろいろ話をしたい事もあるだろうし、お茶しながら今は気を休めてもらいたいね。

 

「はい。どうぞ」

「あ、すみません。シルヴィア先生」

「どういたしまして。シロップに精神力の回復効果があるハーブエキスが入ってるから、ゆっくり飲んでね?」

「はい」

「いただきますです」

 

 恐る恐る口に運ぶネギくんだけど……。毒とか入ってないからね。フロウくんじゃないんだからそんな面白おかしくなりそうな事はしないからね。私はそんなことしないよ? 夕映ちゃんみたいに素直に飲んでくれて大丈夫だからね?

 

「さてぼーや。合格は合格だ。それを飲んだら始めるぞ?」

「エヴァちゃん、それはちょっと慌ただしくない?」

 

 ちょっと始めるのが早い気がするかなぁ。今は試験をやったばかりで、少しの休憩をしたすぐ後だよ? 学園祭までまだ暫くあるんだし、今直ぐから始めなくても良い気もするんだけどなぁ。

 

「そんな事はない。ぼーやの今の立場、実力は自分自身が良く分かってるさ。なぁ?」

「はい!」

 

 う~ん。ネギくんやる気が凄いね。確かに千雨ちゃんの時と違って時間が足りないのは事実だけど、修行のバランスが難しいね。下手に詰め込んだ鍛え方をしたら、ネギくんの体がガタガタになっちゃうし、それでもある程度の実力は身に付けてもらっておかないと。私達の予期しない所で展開が進まれて対処できない事態になっても困るよね。

 

「なぁ、シルヴィア。綾瀬のヤツが震えてるんだが……」

「えっ? だ、大丈夫、夕映ちゃん?」

 

 本当にお茶に変なもの入れたりしてないんだけど? 普通のハーブとかが原材料だし、魔法は使ってるけれど変なものは入れてないよ。

 きっとあれだよ、エヴァちゃんの始めるって言葉で震えてるんだよ。きっとそう、エヴァちゃんの修行はハードだから、夕映ちゃんの中で条件反射になってたりするんじゃないかな……。それはそれでどうかとは思うんだけど。

 

「うぅ、お仕置きはイヤです」

「何だ? して欲しかったのか?」

「全力でお断りするです!」

 

 ほら、私のせいじゃないから。エヴァちゃんの修行の成果だってば。千雨ちゃんもエヴァちゃんのお仕置きって言葉でそんなに露骨に哀れんだ目線送っちゃダメだよ。ネギくんとのどかちゃんがあたふたし始めちゃってるから、もうそれくらいにね?

 

「大丈夫だよネギくん。エヴァちゃんは何もしないから。ね?」

「は、はい」

「まぁとりあえずぼーやの事だ。どうせ夜は長い。このまま始めるぞ」

「けど、今はもう深夜じゃないんですか?」

「何だ、不満なのか?」

「い、いいえ。けれどもその……」

 

 あぁそっか、ネギくんはここが現実の時間から切り離された魔法空間だって知らなかったね。

ここでの一日は現実の一時間になっていて、一週間くらいここに居たとしても、外では七時間しかたってない事になる。そうすると日曜日の朝、九時過ぎ位だからぜんぜん大丈夫。と言うことを説明すると、ネギくんの顔がとっても輝いて見えた。

 

「そうなんですか!? 凄い魔法なんですね!」

「世辞は良い。さっさと移動するぞ」

「あ、待ってください。その、父さんの事を……」

「……そう言えばそんな約束だったな」

 

 エヴァちゃん……。そんなあからさまに今思い出しましたって顔をしなくても良いと思うんだけど? それともまさか、わざとやってたりしないよね?

 

「ナギ・スプリングフィールドか。一言で言えば『馬鹿と天才は紙一重』そんなヤツだったよ」

「ええぇぇ、父さんって馬鹿だったんですか!?」

 

 やっぱり何か恨みというか、ナギさんの事は変な思い入れがあるんじゃないのかな。ナギさんの事を話す時って妙に刺々しくなるんだよね。

 とりあえずエヴァちゃんもそんな言い方をしなくても良いと思うんだ。ネギくんは露骨にショックを受けてるし、夕映ちゃんは……なんだか考え込んでるね。エヴァちゃんが裏に込めたメッセージに気付いたのかな。

 

「話を最後まで聞け。言っただろう、天才だと。あの馬鹿は私の奥義の一つをただのパンチで突き破ってきた馬鹿だ。それを馬鹿と言わずして誰を馬鹿と言う?」

「え、父さんがそんな事を?」

 

 ナギさんの武勇伝を聞いて、嬉しそうな表情になったね。もしかしてエヴァちゃんってナギさんの事を、意外と気に入ってたりするのかな? って千雨ちゃん「コイツが人の事褒めるなんてありえねー」なんて丸分かりの顔してるとエヴァちゃんが……あぁ、遅かった。何か子供がおもちゃを見つけたような顔してる。後で、何かされそうになったらフォローしておかないと。

 

「暗記してる魔法が六個でメモ帳見ながら魔法を唱える奴だ。フフ、本物の馬鹿だったよ」

「えぇーー!?」

「何かあんたのお父さんって、いろんな意味で凄かったってのは良く分かったわ」

「話はこれで終わりだ。時間を持て余しても仕方が無い。さっさと修行を始めるぞ?」

「ハイ、よろしくお願いします! エヴァンジェリンさん!」

 

 

 

「ねぇ千雨ちゃん」

「え。な、なんだ?」

「ネギくん達の事、どう思う? 学園祭に何が起きるかはその日その日の判断と、フロウくんの情報待ちだけど」

 

 学園祭の格闘大会で何かが起きるって事だから、ネギくんの実力が育って欲しいのは間違いは無い。でも、きっとそれ以外でも予想外の事は起きると思うんだよね……。

 

「どういう意味だよ。エヴァの訓練なら実力は上がるのは間違いないだろ?」

 

 それはそうなんだけどね。実際に夕映ちゃんは、闇の祝福をしたからって言っても全部に対応できるって程の実力があるわけじゃない。一般の魔法先生くらいの実力者相手だったら何とかなるけれど、京都の時みたいな実戦的な相手だったら結構ギリギリじゃないかな。

 ネギくんにはそれを上回った対処力と、あとは魔法の扱いそのものに対する意識とかかな。まだ数えで十歳だから、今のうちに色々と教えられる事は教えておかないと。

 

「……あぁ、そっちか。エヴァの事だから先に実力ありきだろうな」

「ちょっと見に行こう。不安になってきたよ」

 

 慌てて下層の部屋から、屋上の闘技場に移動する。エヴァちゃんの別荘は、巨大な円柱状の塔をぐるりと螺旋階段で囲んだ作りだから、移動に結構な時間が掛かるんだよね。ついつい翼を広げて飛んで行きたくなっちゃうけど、ネギくんや明日菜ちゃん達の目があるからね。正体までバラすつもりは無いし、やってもせいぜい浮遊術かな。

 

 闘技場までやってくると、目の前の空に向かってかなりの数の光の矢、魔法の射手を連発していた。たぶん二百矢くらいあるかな? それに従者への魔力供給までやってるね。いきなり魔力を空にして器の拡大かぁ。明日菜ちゃんとのどかちゃんの二人だから、普段ならそこまで魔力を浪費しないけれど、試合の後だからアレはきついと思う。あ、ネギくん、足取りがふらふらになって倒れちゃったよ。

 

「情けない。綾瀬夕映でももう少し持ったぞ」

「さっそくスパルタかよ。容赦ねーな」

「なんだ千雨。お前もやるか? いや、むしろ見せ付けておけ」

「見せつけって……。あぁ、分かったよ。やれば良いんだろ!」

 

 ここで従者契約の主人になっているネギくんと木乃香ちゃんに魔力供給の実戦を見せて、目指す先の目標を教えるってところかな。ただ単にエヴァちゃんが自慢したいだけじゃないよねぇ。

 ちらりと千雨ちゃんが確認するような目線を送ってきたから、頷いておこうかな。ちょっと嫌そうな顔をしてるけれど、実物大の姿を見るのは大切だからね。

 

「契約執行三百秒だ。そのまま気と魔力の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)。一秒たりとも気を抜くなよ?」

「はっ!? ちょっとマテ、供給有りでか!?」

「それじゃやるよ。千雨ちゃん大丈夫?」

 

 ニヤニヤ顔のエヴァちゃんとは対象的にちょっと焦った顔になってるね。身体能力アップと軽い状態異常のキャンセルがかかる感掛法は、実戦で制御が出来なければ確かに意味が無いからね。練習をしておいて悪い事は無いと思う。

 始める意味合いを込めて千雨ちゃんに視線を送ると、少し躊躇いながらも気合を入れた目付きになって頷いてくれた。よし、それじゃ始めようかな。

 

「契約執行300秒間! シルヴィアの従者(ミニストラシルヴィア)”長谷川千雨”!」

 

 仮契約のラインを意識して魔力供給の呪文を詠唱すると、私から千雨ちゃんに向かって魔力が流れていく。多量の魔力が流れて千雨ちゃんは少しだけ呻き声を上げたけれど、そのまま集中を保って左右の手に気と魔力を収束。そのまま胸元で両の掌を合わせて合成した。感掛法の気の合成は余波が大きいから、千雨ちゃんを中心に闘技場で力が渦巻いてるね。

 

「す、凄い!」

「何よこれ! 千雨ちゃんってこんな事出来るの!?」

「ううう、戦ってみたい。戦ってみたいアル!」

「せっちゃんこれ出来るん? 出来たら凄そうやな~」

「いえ、咸卦法は出来ません。しかし相反する力の質を纏めるには、かなりの修練と精神修行が必要かと」

 

 千雨ちゃんは小学校の時から何年も修行してきたからこそ、ここまで咸卦法は制御が出来る。あの子達には秘密だけど、ダイオラマ球も含めたら実年齢よりも少し上になっちゃってるからね。

 感掛の気を合成してからはゆっくりと息を整えて、安定するように努めている。そのまま感掛法の維持に集中している千雨ちゃんを見ていると、何か黒い気配を感じて振り向く。ってエヴァちゃん。なんで千雨ちゃんに向かって魔法詠唱始めてるの!?

 

「――氷神の戦鎚」

「ちょっとマテェ!」

 

 直径数メートルの巨大な氷の球体が、黒い笑顔のまま何の躊躇いも無く放たれる。それを見て焦った顔なって慌てて氷を砕く千雨ちゃんの姿があった。

 幾らなんでもこれじゃただの悪ふざけだよ……。しかも続けて体術で攻撃。糸を操らないだけましだけど、見せ付けておけって言ってるのにこれはないんじゃないかな?

 もしかして、一秒たりとも気を抜くなって言っていたのはこう言う事なのかな。実践じゃ何が起こるか分からないって伝えたかったのなら、もうちょっとましな方法があった気がするけどなぁ。

 

「ハハハハ。これくらい捌いてみせろ」

「無茶言うなテメェ! 不意打ちとかねぇだろ!」

「千雨さーん!?」

「ちょっとあれシャレになってないわよ! あんた考え直したら!?」

「ネギ先生。……頑張ってくださいです」

 

 そのまま供給を続けて三百秒。五分間だね。手を出そうかと思ったけどそれだと千雨ちゃんの修行に成らないし、出したら出したでエヴァちゃんは文句を言うだろうし、見てるしか出来ないって辛いね。何かちょっと違う気がするけれど。それにしてもこの場にフロウくんが居たら、便乗して悪乗りした気がするなぁ。ネギくんの心象も悪くなるだろうし、ある意味居なくて助かったよ。

 

「お、まえ。シルヴィアの魔力、供給とこれで、どんだけ集中要るか、分かっててやっただろ!?」

「当たり前だろ? 私を何だと思ってるんだ」

「分かった。……聞いた私が悪かった。だから、休ませろ」

 

 肩で息を整えるほど消費した千雨ちゃんが、その場にどっかりと座り込んで、憎まれ口を挟んだ。いつもの光景ではあるんだけど、今日のエヴァちゃんは本当にわざとらしいね。

 

「何だかエヴァンジェリンさんと千雨さんって仲が良いんですね」

「ホントね~。長年付き添った友人みたい」

「あぁまぁ、付き合いだけは長いからな」

「フン。あぁ、そうだぼーや。私に師事するなら、私の事はマスター(師匠)と呼べ」

「はい、マスター! ところで、見てもらいたい物があるんですけど良いですか?」

 

 訝しみながらも頷くエヴァちゃん。ネギくんが持ってきていたリュックから何か取り出して――。あれは何だろう。丸めたポスターみたいだけれど、広げたら地図だね。

 

「なんだこれは?」

「京都の父さんの別荘で見つけたんです! でもここにDANGERって書いてあって……」

「それってこの前見てたやつよね? 『オレノテガカリ』が書いてあるって」

「はい! それで、もしかしたらこれを調べたら何か解るんじゃ無いかって!」

 

 なるほどね。京都に行った時、詠春さんの案内で別荘から持って来たのかな? それにしてもナギさんの手掛かりが麻帆良にあるって幾らなんでも出来過ぎの様な気がするんだけど。

 麻帆良に居る魔法先生も生徒の中にも、ナギさんの登録名は無いし……。もしかして学園長が秘匿してたりするのかな。そうだったとしても秘密にする意味はあまりないし、匿って居るって考えるほうが自然かもしれない。

 

「止めておけ。死にたいって言うなら別だがな」

「え、だ、誰ですか?」

「あれ? この子ってこの前シルヴィア先生の保健室におらへんかった?」

「そう、ですね。随分と場違いですが」

 

 何でフロウくんは社交会場とかに出て行くようなドレス着てるのかな。メガロとかで流行ってそうなナイトドレスっぽいデザインだね。普段と違って髪をアップに纏めて髪飾りも付けてるし……。一体何の情報収集してきたのかな。

 

「フロウくん何してきたの? 夜会でも出てた?」

「おう。そんな様なもんだ」

 

 うわ、思いっきり肯定されちゃったよ。冗談だったのに。でもフロウくんだと冗談で出て、何かしてきそう何だよね。

 

「そうそう、その地図だがな? その場所にはドラゴンが居る。死にたくは無いだろ?」

「えぇ、ド、ドラゴン!?」

「何で学校にそんなのが居るのよ!?」

「おいフロウ。お前マジで言ってんのか?」

「お前こそマジで言ってんのか? 目の前にも居るだろ?」

 

 からかい半分の目で頭の角を生やす。いっしょに尻尾も生やして、これは完全に面白がってるね。ネギくん達は目が点になってるし。……なんで、千雨ちゃんまで吃驚してるのかな?

 

「そうだった、お前ドラゴンだよな。忘れてたよ」

「ドレスを破ると金が掛かるんで翼はお預けだ。ちなみに俺の方が千雨より強い。そう考えたらドラゴンの実力も解るだろ? 解ったら大人しく修行する事だ。ナギクラスの実力者なら一撃で吹っ飛ばすぜ? 通り抜けたいんだろう、なぁ?」

「はい、もちろんです!」

「良い答えだ! 楽しみにしてるぜ? くくく」

「おっしゃネギ、俺かて負けへんでー!」

「ならば修行アルネ! ドラゴンでもなんでも来るアルヨ!」

 

 

 

「シルヴィア、少し相談する事がある。あいつら帰ったら全員集めておいてくれ」

「メガロで何か分かったの?」

「あぁ、それなりに重要な件だ」

「分かったよ。それは良いけど、何でフロウくんドラゴンが居るって知ってたの?」

「一度叩きのめしたからだ。どっちが上かってのはハッキリさせないと付け上がるからな」

 

 あぁうん。なるほどね。すっごくフロウくんらしいけれど、ドレス姿が可愛らしすぎて、ニヤリ顔で凄まれても全然怖くないよ。

 あれ、でも叩きのめしたって事は、ナギさんの手掛かりを知ってたって事になるんじゃ。

 

「いや、そこで帰った。正確には帰ってくれってジジイに頼まれた。あまり余計な事をして変な影響が出ても困るからな」

「叩きのめしただけで十分変な影響出たんじゃないの?」

「そんなのは影響した方が悪い」

 

 それは幾らなんでも言い分がメチャクチャだよ……。




 2013年3月18日(月) 感想で指摘された点を修正しました。地の文を若干改訂しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。