青と赤の神造世界   作:綾宮琴葉

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閑話 氷解の視線

「旧世界≪ムンドゥス・ウェトゥス≫はどうであった」

「別に。これと言って何も無かったよ」

 

 ゆっくりと、普段どおりの口調。熱くも無く冷たくも無く。ただただ事実だけを述べる。そう、分かりきった嘘をつく。旧世界で何も無かったと言う事は無い。考えさせられたことが無かったわけではない。だがそれだけだ。僕たちがやらなければならない事。なすべき事。いつか誰かが言った『これは救済だ』という言葉。僕達が成すべき使命から見たら小さな出来事。これと言って取り立てる必要は無い事だ。だから話さない。そうだ、必要が無い事なんだ。

 

「ほう。では調査の報告を聞こうか」

 

 漆黒の魔術師に正面を見据えられて問われる。油断のない視線。違うか、どちらかといえば作業だろうか。監視するものの目。道具が間違った動作をしないか観察する視線。蛇のように獲物を狙うわけでもなければ、友人に問いかけるような情のこもった視線でもない。その視線を受けて僕は答える。ただありのままの事実を。

 

「リョウメンスクナノカミ。あれは使えないね」

 

 抑揚無く口にする。何の感情も込めずに。そんなものはここで、いや今後も必要がない。鬼神と呼ばれた存在。今回の作戦においての主目的。あれがいつの時代に生まれたものかは分からない。旧世界の日本と呼ばれる島国。その国の文献に『両面宿儺』とも記されるあれは、記録の中では人であったとされるものから、僧侶であったとされるもの。果ては鬼神とまで言われている。けれども、その正体に関してはどうでも良い。

 あれが鬼神かと問われれば、出来損ないでしかなかった。確かに並の魔法生物ではない。だがそれだけだ。本当に必要なものはその本質。僕たちが必要と考えていたものは、魂の器として受肉・顕現した鬼神。その構造を調べる事。真の目的は救われない魂達を導く事。その手段の一角になる可能性を模索する事だった。結果を言えば惨敗。その名を与えられたものは酷く劣化していて何の参考にもならなかった。

 いや、まったく持って収穫が無かったのかと言われれば違う。予想外の出来事が二つ。違う、三つあった。彼と彼女との出会い。それによって齎された収穫はあったと考えていいだろう。

 

「ネギ・スプリングフィールドか。憎き、紅き翼の忘れ形見。奴の息子」

 

 少し、熱が入るのが見えた。冷静沈着、隙無く構える魔術師らしくない熱。普段の冷めた姿ではない。彼に、いや彼らに対する恨み。これが恨みだろうか。魔術師は拳を握りしめて熱く語る。奴等のせいで、奴等が居なければ、それは積年の恨みが積もった感情。僕には理解しがたいものだ。しかし、僕と同じ主の道具であるはずのものがこれだけの執着を見せる。そういえば彼も同じだった。

 セクンドゥム。アーウェルンクスと呼ばれる僕たちの第二の姿。彼があの場に居たならばなんて言っただろうか。……やめよう。必要の無いことだ。

 

「そうだね。けど、まるで話しにならないよ」

 

 熱が篭り掛けた言葉を冷まして答える。いつもの口調。あるべき道具としての言葉。見たままの事実をありのままに答える。あれは僕たちの障害にならない。彼の持って生まれた力、父の才能を強く受け継いでいる。だが、それだけだ。父親譲りの巨大な魔力の器。奥底に光る才覚。それは認めよう。

 知らずに溜息をつく。何を思って付いた溜息だろうか。彼はナギではないというのに。彼は何も知らず、何も出来ず、今やるべき本質にすら気づいていない。そう、ナギとは違う。彼は教師だ。その本質は指導者であるべきだ。なのにあれは何だ。なぜ、こうもざわめく。僕たちに関わるべきではないはずなのに、必要な事ではないはずなのに、なぜ立ち塞がった。それが彼にとって必要だったからだろうか。

 

「喜劇だな」

「……何が」

 

 思わず否定の言葉が出た。喜劇とは何のことだろうか。まて、それ以前になぜ僕は否定した。何を否定したかったのか。

 

「MM元老院が再び動くようだ。奴等め、とことん英雄が好きらしい」

 

 間髪入れずに魔術師が答える。再び熱の篭った口調。そして視線。その憎しみの視線はどこを見ているのだろうか。やはり、彼。あの紅き翼の男たちだろうか。そして幻想にすがる者たち。なんて無様なんだろうか。彼らの英雄に対する妄執と、その利用する姿勢だけは恐ろしいものがある。だからそこ思う。その一割で良い、声無き者の小さな声に耳を傾けて欲しいと。

 

「六年前だ。ウェールズの山奥の村の悲劇。この場合は完全に喜劇だな。あれを利用するらしい」

「そう……。だからか」

 

 六年前のあの日。イングランドの小さな村を襲った、大量の召喚魔たちの事件。彼の記憶の中でもっとも色濃い事件だと言う事は想像に硬くない。彼が僕に向けた視線の理由。あのときの言葉。強い憎しみと怒り。激情に駆られた目。目の前の魔術師とは違う、憎しみを忘れきれない双眸。だからそこ必要の無いはずの行動をとった。一教師という姿を離れ、盲目的に父を追いかけ、憎むべき敵を探して、見つけた。そう思っただろうか。

 

「そしてもう一人……」

「銀の御使い。癒しの銀翼と呼ばれるあれか」

 

 懐疑的な視線を魔術師に送る。彼らと比べ、彼女はどのようにその瞳に映っているのか。ふとなんとなく思った。どの様に思われているのかが気になった。魔術師はなんと答えるだろうか。やはり、使命の邪魔をする憎い者だろうか。

 彼女はある意味、僕らと似たもの同士だ。初めて正確な存在が確認されたのは、旧世界の十二世紀半ば。イングランドの魔法使い支部のメルディアナへ現れた事だ。出現した当時から天使を名乗り、何よりも『悩める魂を救う』と発言した事が印象に残る。彼女は、知っているのだろうか。世界の真実を。決して報われることが無いこの世界の残酷な現実を。

 

「何ゆえ主と同じ、いや類似した魔法を使うのか。探ろうにも関連が無さ過ぎる」

「本人は解らないと言っていたけどね」

 

 彼女の印象は疑問の一言だろうか。同じく主の道具であると考えるのは稚拙な事だろうか。彼が知らないのならばそうであるはずが無い。何よりも根本的に僕たちとは出来が違う様子だった。

 ナギに送る視線とは違う視線。ただただ謎の存在に対して疑問をぶつける。彼女は明らかに人間ではない。亜人と言うにはおかしな点も多い。ならば魔法生物かと問われればそれも違う。あまりにも不明な点が多い彼女に対して、同種の魔法を使うとなれば警戒しないほうがおかしいと言うものだ。

 そう、僕達のあるべき使命は『世界を救う』その一点に尽きる。その実は魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫の人々を『リライト』によって救済する事。それ以外に如何なる道も無い。このまま滅びの時を迎え、なす術も無く消え去る前に『完全なる世界』へと導く。

 

「とぼけて居るのならば策士だな」

 

 策士と言われ、気づかれない程度に苦笑する。確かにそうだろう。本当に策士ならば。本人を見る限りはとてもそうは思えない。だが、彼女も僕ら同様に使命を持つ身。成すべき事があるはずだ。それなのに何故、あのように笑っていられるのか。まるで、彼らのように。思い出すのはナギとその仲間の事。彼女も彼らと同様に多種多様な仲間と共にある。考えれば考えるほど、共通点ばかりが見えてくる。……何を、悩んでいるんだ。僕たちには使命がある。やるべき事、やらなくてはならない事、成せばならない現実が。だから悩む必要は無い。熱しかけた口調を冷まして答える。彼女が何であろうとやるべき事に変わりはないと。

 

「確かに結論は変わらぬ。それに”休眠中”の主はいずれ目覚める。我々は着々と準備を進めるだけだ」

「そうだね。でも、その前に――」

 

 試したい事がある。その言葉を飲み込む事が出来なかった。

 

「ほう。今更計画の変更を唱えるか」

「そうではないよ。可能性を試してみたいだけさ」

 

 『マスターキー』の一本を彼女に渡してみたい。それで何が起きるか。彼女が『リライト』を使った時に『完全なる世界』への扉が開かれるのならば、結局それだけの事でしかなかったと言う事だ。

 だが、もし。そうではなかった場合。彼女が『セフィロト・キー』と呼ぶ鍵と同等の魔法が発動した場合、計画変更の必要性を感じる。だからこそ――。

 

「僕自身を使おう。それならば問題は無い」

「何を言っている。貴様、壊れたか? あちらから付いて来た小娘を使えばよかろう」

「それはだめだ。得策じゃない」

 

 物好きな彼女だけど、そんな指示も依頼も受けないだろう。それに彼女が求めるのは血と戦い。僕には理解しかねる感情だが、彼女の原動力になって居る事に違いは無い。自己の消滅の可能性がある以上、首を縦に振る事などまずありえない。

 

「今更アーウェルンクスが減るのは痛手しかない」

「分かっている。けど、解析するのにも良い機会になる」

「認められないな。あそこにはタカミチ・T・高畑もいるのだぞ」

「そうか、彼も居たんだったね。では止めておこうか」

 

 目の前の漆黒の魔術師から目を逸らして頷く。……『逸らす?』今のはなんだ。僕は何故、その様な感情を持った。解らない。けど、試す価値が無いわけでは無いのも事実だ。

 

 

 

「……良くない傾向だ」

 

 魔術師は考える。あのアーウェルンクスには何を思ってか『忠誠』と『目的意識』が設定されていない。当時の主は奴の思うままに行動しろと言っていた事がある。何を思ってその様な事をされたか分からないが、ここにきて計画に支障を来す訳にはいかない。

 

「ふむ……クゥァルトゥムの起動を急ぐか。他は後回しで良い」

 

 それと同時に考える。警告を無視して行くのならば、メガロメセンブリアの諜報員から活動を支援するための”アレ”を取り寄せる必要であると。

 

 

 

「いけまへんなぁフェイトはん。えらく御執心やおまへんか」

「何がだい?」

「お惚けはいけまへん。」

 

 朗らかな笑顔の奥にある視線。嘲った瞳。彼女の中の何かが僕を捕らえている。何を惚けているというのだろうか。何も惚ける必要はないし、惚ける仕事でもない。結論は出ていない。やるべき事をするだけ。何も執心などするものは無い。あるとすれば世界の事だ。彼らの事を考える必要も無い。

 

「……彼、ら?」

「ご自分でも気付いてはるんでっしゃろ? 今のフェイトはん、素敵になりましたえ」

「そう」

 

 彼女が言っている事は理解できないが、今やるべき事は彼女と接触することだ。この調査で犠牲に出来るものは最小限で良い。必要なのは僕自身。そして『マスターキー』。その先は……念のため、と言う事もありえるだろう。彼はなんと言うだろうか。やはり壊れたと答えるのだろう。けれど、見逃せない。

 

「行きはりますんやろ? ウチも付いて行きますえ」

「黙りなさい新参者。フェイト様には私がお供しますわ」

「あんさんが行って何の役に立つと? 今ここで斬り捨てられる様なあんさんが?」

「貴女の様な人斬りに愉悦を感じる者とは違います! フェイト様の崇高な目的の為であるのならば、この身を差し出す事は惜しくありません!」

「相変わらず綺麗ごと言いはりますなぁ。せやけど理想でお飯は食えまへん。ウチが行けばきっと先輩も、フフ、ウフフフ♪」

「それくらいにしておこう。栞さん。月詠さん」

 

 騒がしくしないようにと釘を刺してから再び思考に耽る。これ以上、不公平で理不尽な現実を続けてはいけない。けれども、目の前にある可能性は捨てきれない。

 そう言えば、彼もあそこには居るんだったね。英雄ナギ・スプリングフィールドの息子。彼と同じ赤い髪の少年。性格は似ても似付かないけどね。いや、挑発に乗りやすいところは父親譲りだろうか。そういえば彼と戦ったあの時、そうだあの時も理解できなかった。

 

『俺達は、お前らほど人間を諦めちゃいねぇ』

 

 あの時彼は、笑いながら答えた。あの笑いは僕が知らないもの。何故あのような笑みを浮かべたのだろうか。自信、自惚れ、嘲笑、悲しみ、苦しみ。どれとも違う。一体何だったのだろう。僕たちを、主を諦めていると表現していた。あのまま彼と戦い、言葉を続け、問い掛けていたのならばどうなっていたのだろうか。

 

「考えるだけ、無駄か」

「フェイト様?」

 

 主の道具たる僕らが考える事ではない。分かっている事だ。だが何故。ネギ・スプリングフィールド。僕の顔面に一撃を入れた少年。そう、分かっているんだ。彼では無いと。

 

「フフ、フフフフ」

「貴女、気持ち悪いですわよ?」

「ええどすな~。その顔。その感情の機微。求めてはるんやろ? フェイトはん」

「……何をだい?」

 

 冷めた目で。冷め切っているはずの目で一瞥を送って席を立つ。求めているものは、救済なんだ。そう自分に言い聞かせる。頭の奥によぎる彼女の微笑み。忘れられなくなったコーヒーの味。消えてなくなるしか、送るしか救いの道が無かった彼女。

 

「あ、待っておくんなまし!」

「待ってくださいフェイト様! 話しは終わっていませんわ!」

 

 付いて来てはいけない。再び騒ぎ出した彼女達に釘を刺す。今回の調査は静かに、発見されないように行わなければならない。ただでさえ騒がしい彼女達だ。それに月詠さんが付いてくればとても目立つ。今回の行動をタカミチ・T・高畑に知られるわけにはいけない。それにデュナミス。主の最たる駒である魔術師。結果は伝えるが、いまは知られたくは無い。そして栞さん、君もだ。付いて来てはいけない。彼女に続いて、妹の君までも失う訳には行かないだろう。

 

 

 

「デュナミス様。どうか、メガロ移住計画用の”アレ”を使わせてください」

「条件がある」

「何なりと」

「戻ったのならば解析を行う。無事に済むと思うな?」

「……覚悟の上ですわ」

「ならばメガロメセンブリアへ行け。あとは諜報員に連絡を」

「はい」

 

 死を厭わないと覚悟を決めた少女を、視界に納めて魔術師は考える。必要な事は唯一つ。主の理想を実現する事。必要な魂のエネルギーは集まりつつある。今ここで小さな駒が失われても代えは効くだろう。

 氷の奥に閉ざされた姿を、眠りについた主を想う。もうすぐだと。理想実現の日は目前に迫っていると。




 移転前には書いていなかった話です。この先の原作の展開で、フェイトが出てくるのは唐突間もあり不自然なので、ここでフェイトサイドの考えを追加してみました。
 これを書いてみて、感情が乏しいフェイトの描写が凄く難しいとよく分かりました(汗)

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