青と赤の神造世界   作:綾宮琴葉

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 かなり長めです。これは移転前から加筆した結果で、三分割にすべき長さなのですが、構成上非常に切りにくく、また減らせる部分も無かったのでいつもより文字数が多いです。


第56話 学園祭(1日目) 昼間の出会い(上)

 いよいよ今日から麻帆良学園祭。学校が都市化している事もあって実は割りと有名な学園祭だったりするんだよね。この三日間は人の出入りが激しいから、例の悪魔の進入には本当に気をつけなくちゃいけない。

 それに超ちゃんのこと。あれからフロウくんが調べた結果、やっぱり仕入れの搬入しか解らなかった。むしろそれが怪しすぎるって思うと、もうただの疑心暗鬼になっちゃう。それでも、もう一度話が出来ればって思ってるんだけどね。

 

「それで、打ち合わせどおりで良いんだろ?」

「そうだね、私は定期的に保健室に居るから、皆もそれぞれのところで頑張って欲しいかな」

「マスター。私は超の所へ参りますので」

「発表会と実験で全権を任せて欲しいと言うやつか。構わんがぼーやとタカミチの試合だけは忘れるな?」

「了解しました」

 

 これは麻帆良学園に私達が仕事で入り込む以前の話。超ちゃんが茶々丸ちゃんを作った時にした科学の実験をしたいという契約。

 これをわざわざ学園祭に持ってきたのかって疑っちゃうんだけれど、そうしたら本当にきりがないよね。でもせっかくだし、超ちゃんのところに行くのなら見送っていこうかな。

 

「ねぇ茶々丸ちゃん。工学部まで一緒に行かない?」

「え? はい。構いません」

「ふむ。ならば私達も付いて行くか。行くぞアンジェ。チャチャゼロ」

「は~い」

「刃物ハ増エネェノカ?」

「分かりません」

「チッ! ツマンネーノ」

 

 そんな露骨に残念がらないで良いと思うな。

 何より、危ない刃物趣味はチャチャゼロちゃんだけで十分だよ……。

 

『ただ今より七十八回。麻帆良祭を開催します。一般入場の方は――』

 

「しかし七十八回目か。毎年大騒ぎをして居るが、今年は恐らく過去最高の騒ぎになるのだろうな」

「そうならない為に私達も居るんでしょ? 学園長たちも敷地内はパトロールしてるし」

「奴等は魔法使いの尊厳の為だろ? 私達とは理由が違う」

「もう、エヴァちゃんは口が悪いんだから」

 

 まぁ学園長たちもある意味自業自得なんだけどね。世界樹の側に学園を建てる以上、その魔力の恩恵もあるけど、力が余計なものを寄せ付けてしまう時もあるからね。それに麻衣ちゃんは世界樹の完全な制御が出来てない。

 特に、今年は本当に魔力が溢れてるみたいだから気をつけないと。これから数十年、数百年かな。そうしたら世界樹も麻衣ちゃんも成長して制御力も上がるのかもしれないね。

 

「マスター。シルヴィアさん。ここまでで大丈夫です」

「え、あれ。もう着いちゃったんだ。ところで超ちゃんは?」

「今は超包子の方に居るとの事です。後から第三保健室へ行くように言付けしておきましょうか?」

「う~ん、そうだね。お願いできる?」

「はい。了解しました」

「じゃぁ、エヴァちゃん達はどうする? 私は保健室に向かうけど」

「千雨が寝てるんだったな。学園祭中は手伝い無しの代わりに、ひたすらクラスの準備なんてするからだ。私みたいにサボれば良い」

「そ、それが原因じゃないのかな?」

「知らん。私たちは適当に回るからな」

「うん、それじゃまた後でね」

 

 

 

 そして第三保健室へ。まだ千雨ちゃんが寝てるかもしれないから、ゆっくりドアを開けて起こさないように……って、あれ、もう起きてたんだ。徹夜するって言っていたからまだもう少し寝てると思ったんだけどね。

 

「おはよう千雨ちゃん。もう平気なの?」

「まだ寝てる。おやすみ」

「しっかり目が覚めてる様に見えるよ?」

「もうちょっと寝たい気分なんだよ。けど何か変な夢見ちまったし……。忘れたい夢だったな」

「やっぱり疲れてる? 毎日深夜まで手伝わなくても良かったんじゃないの?」

「当日手伝わなくて良いって約束だったからな。そこそこ張り切ってみたが、やるんじゃなかったよ。体力はあってもさすがに連日徹夜みたいになったら眠気がキツイ。エヴァのヤツ堂々とサボりやがって……」

「あはは。まだしばらく寝てる?」

「いや、起きるよ。やる事やらねぇとな」

 

コンコン

 

 あれ、まだ朝早いのにどうしてこの保健室にノックの音がするのかな。ここは麻帆良の中でも比較的奥の女子校エリアにあるし、一般人は他の保健室や休憩所を使うはずだよね。とりあえず来ちゃったものはしょうがないし……。

 

「いや、どう考えても怪しいだろ」

「そ、それは分かってるんだけどさ」

「おはようネ。茶々丸によろしく言われたから、まかない持てきたヨ♪」

「あれ、超ちゃん? おはよう。どうぞ入って」

「それじゃ遠慮なく入るヨ♪ これウチの店から点心とお茶ネ。千雨さん夜中までご苦労様だたヨ」

 

 なんだ超ちゃんだったんだ。それならノックと一緒に声をかけてくれればよかったのに。余計な警戒しちゃったね。

 それにしても、右手にはお盆に載せた蒸篭とお茶。反対の手にはビニール袋。中は大量のペットボトルかなぁ。よくそれでちゃんとノックできたね。

 

「私にか? 毒とか入ってねぇよな?」

「そんなもの入れるわけ無いヨ。『まほら武道会』の大切な参加者ネ。倒れてもらては困るヨ♪」

「え、超ちゃんなんで知ってるの? 千雨ちゃん本名で登録して無いよね?」

「そんなのはすぐに分かるネ。折角だからエントリーネームは変えておいたヨ」

「ちょ、マテ! まさか本名じゃねぇだろうな!?」

「それは大丈夫ヨ。ちうたんにしておいただけネ」

「なん……だと……」

 

 え、ちょっと千雨ちゃん大丈夫かな。なんか急に奇声を上げて転げた上に、両手両膝を床に付いてうな垂れてブツブツ言ってるんだけど。

 

「……なんで知ってんだ。あれか? 私は一生このネタで脅されるのか?」

「気にする事は無いヨ。さ、朝ごはん食べると良いネ。ちうたん♪」

「呼び捨てでも何でも良い……。それは、止めてくれ」

 

 何だかもう諦めた様な顔になってるね。自分で黒歴史って言ってるけど、周りに知られてる程何したんだろう。

 とりあえずせっかく超ちゃんが来てくれたんだから話をしたいんだけど……。

 

「フフフ。それじゃここに置いておくネ。こっちのボトルは予備だヨ。誰か来た時に飲ませてあげると良いネ」

「ありがとう超ちゃん。茶々丸ちゃんの事もよろしくね。それからさ、ちょっと話をしたいんだけど今は大丈夫かな?」

「それは困たネ。私も色々準備に戻らないとマズイから後でも宜しいカ?」

「約束だよ? ちゃんと話を聞かせてね?」

「勿論だヨ。再見。シルヴィアさん。チ・サ・メさん♪」

「あの野郎……。てか、まだ気にしてたのか?」

「うん。何か隠している感じがするんだよね」

「取りあえずこれ食うか? 結構な量があるんだが、朝食べたのか?」

「食べてないよ。折角だから私も貰おうかな」

 

 そのまま飲茶タイム。なんだかこんな朝ご飯もたまには良いね。外は凄く騒がしいけど、ここだけのんびりした時間が流れてるみたい。

 そういえば、千雨ちゃんと二人きりって言うのも何か久しぶりかもしれない。いつも皆が居て騒がしい毎日がここしばらく続いていたからね。

 

「シルヴィア、これ食べたら私は見回りに行くからな」

「うん、私はここか家か、学園祭を回ってるからね」

「あぁ、分かった。また後でな」

 

 

 

「すみません、シルヴィア先生。少し休ませて貰って良いですか?」

「あれ、明日菜ちゃん? ネギ先生? 何だかふらついてるけど大丈夫?」

 

 と言うよりは明らかに顔が青いね。寝不足と疲労かなぁ。でもこれって、もしかして千雨ちゃんと同じでずっとクラスのお手伝いしてたのかな。二人とも魔法関係で見回りをしなくちゃいけないはずだから、時間を空けるために頑張ってたのかもしれないね。

 とりあえず二人には少し寝てもらって、せっかくだから超ちゃんの持ってきてくれたお茶も飲んでもらおうかな。

 

「超さんが? 聞きたかった事があったんですけど。すれ違いじゃしょうがないですね」

「あ、私もお茶欲しい! ついでにベッドも貸してください!」

「兄貴オレっちも!」

「先生が堂々と寝てると良くないからね。あっちのカーテン付きの方でどうぞ」

「はい! ありがとうございます」

「すみません、少し借ります」

 

 二人ともあんなに嬉しそうにお茶を飲むなんて、よっぽど疲れてたんだね。それにもうぐっすり寝ちゃってるよ。明日菜ちゃんはまだ良いとしても、ネギくんは先生なんだから早めに起きて巡回しないとまずいんじゃないのかな。

 魔法先生なんだし、もしもの事があってからじゃ遅いよね。今日は『まほら武道会』の予選もあるんだしさ。

 

 あ、しまった……。これって、私は見回りに出れないって事だよね。後でちゃんと起こさないと不味いだろうし。千雨ちゃん達が出てるから大丈夫だと思うけど、私が気を張りすぎ……なんて事はないよね。

 

コンコン

 

「え、また? ど、どちら様!?」

「入っても?」

 

 あ、ネギくん達が寝てるんだった。静かにしないと。なんだか落ち着いた感じの子供の声だけど、たぶん男の子かな。麻帆良祭だからって言っても、子供が女子校エリアに入ってくるのは珍しいね。

 って、いけない。気分が悪くなってここに来てるのなら早く入れてあげないと。

 

「えぇ、どうぞ。気分は悪くな――えっ!?」

「失礼するよ」

「お邪魔しますわ」

 

 なんでここに、フェイトくんがいるの……。それに、初めて見る女の子。

 まるで付き添うように側に立って……ううん、違う。この動作は側に控えてるって言うほうが正しいかもしれない。でもなんで。麻帆良学園にフェイトくんが来る理由がない、はず。

 

「念のため聞くけど、まさか、デートなんかじゃないよね?」

「……うん? 違うけれど」

「あの、フェイト様。そこは出来れば同意していただけませんか?」

「何でだい。事実じゃないか」

「う、それはそうですが、その、なんと言いましょうか……」

 

 あ、なんだ。凄く解り易い二人だね。この子、フェイトくんが好きなんだ。まさかって思って口にしてみたけれど、好きなんだって目に見えて解るくらい赤面してるし、側仕えしてるようにも見えたけれど、どっちかといえば役割じゃなくて心から想ってるって所かな。

 でも、フェイト様ってどういう意味だろう。まさかアイドルの追っかけじゃないんだし、そのままの意味で捉えたら……。魔法使いの従者≪ミニステル・マギ≫って事になるのかな。

 

「それにしても彼らは油断が過ぎる。全く起きる気配も無いなんて」

「あはは。二人とも準備で徹夜明けなんだよ。そっとして置いてくれないかな?」

「かまわないよ」

「しかしフェイト様! このチャンスに――」

「そっとしておいて欲しいヨ。まだまだこれから忙しくなるのだからネ」

「超ちゃん!?」

「な、誰です!」

 

 何で、超ちゃんがここに居るの……。いまドアを開く音もしなかったし、まるで気配も感じなかった。それにこの女の子の真後ろに立って、いつでも牽制できる位置を陣取ってる。

 

 もしかして、フェイトくん達をかなり警戒しているって事じゃ……。

 

「君は誰だい?」

「さて、誰だと思うネ。アーウェルンクスの……三番目さんだったかナ?」

「貴女! フェイトさまに向かって侮辱を!」

「……超ちゃん? 何を言ってるの?」

「栞さん、保健室では静かにしようね」

 

 そんな自信ありげにニッコリと笑われても、この状況は一触即発だよ。

 フェイトくんたちが乱入者だったのに、今はすっかり主導権を超ちゃんに奪われてる。さっきフェイトくん達が入って来た時の空気もちょっと緊張してたけれど、今はもういつ何が起きてもおかしくない空気になってる。

 それにネギくんと明日菜ちゃんも寝てるし、これは、本格的にまずいかもしれない。

 

「フフフ。知りたいか? あるときは謎の中国人発明家! クラスの便利屋、恐怖のマッドサイエンティスト! またある時は学園No.1天才少女! そしてまたある時は人気屋台『超包子』のオーナー! その正体は――」

「正体は? もったいぶるのは嫌いなんだ。あと、栞さんへ向ける殺気もやめてあげてね」

「つれないお人ネ。そんなんではモテ無いヨ?」

「超ちゃん、今は軽口たたいてる状況じゃないよ?」

 

 本当に状況は良くないね。冷静に考えると、超ちゃんが引っ掻き回しに来たのか、知っていて何かをしに来たのか。

 超ちゃんが転生者って事を考えると、今このタイミングでフェイトくんが来るのを知っていて……あれ、私もイレギュラーだよね。超ちゃんが今ここに来ることを把握してるって考えるのは不自然。という事は、この出会いは偶然って事になるんじゃ。

 それだと今、原作の流れとは違う事が起きているって事になる。まずい……かな。何がきっかけで未来が変わるか解らないよ。

 

「皆さんそんな真剣な顔をしてどうしたカ? 私はただの火星人ネ。”テルティウム”さん」

「二度目の侮辱は許しませんわよ?」

「超ちゃん!」

「……へぇ」

 

 え、ちょっと待って。今の動き、どういう事。この女の子――栞ちゃんだったかな。とにかく、攻撃魔法を放とうとしたのは見えた。

 けど、一瞬で超ちゃんが消えて、直後に腕を背中回しに拘束されて、魔法発動体の杖も床に投げ出されてる。これって一体何が起きてるの。

 

「アイヤー。最近の学生さんは怖いネ。こんな玩具で人を殺せるのだから、ネ?」

 

 もしかして、これは憎悪。超ちゃんが栞ちゃんに向けて放っているのは、最初もそうだったけれど、何か強い憎しみがあるって事なのかな。

 でもどうして。超ちゃんが向こうに居た時に何か魔法使いに恨みがあって、平気で人に魔法を向ける存在が許せない。そう考えてたりするのかな。

 

「取引といこうカ。この場を下がるか、シルヴィアさんの質問、いや尋問かナ? 三つ程答えるのなら、彼女を解放するヨ」

「えぇ!? 超ちゃん、何でそこで私なの!?」

「オヤ、何か彼らに聞きたかったのではないカ?」

「そうだけど、これじゃ完全に悪役だよ……」

「フェイト様、足を引っ張るくらいなら、私の事は……」

「それで本当に取引できると思っているのなら、君は一度学び直したほうが良い。そこにネギ・スプリングフィールドが居る事を忘れていないかい?」

 

 確かにそう、超ちゃんの今の脅しは決め手に欠け過ぎてる。この場でもっとも重要なのは、この世界の主人公のネギくん。フェイトくんの所属する完全なる世界≪コズモエンテレケイア≫から見ても、ネギくんは重要人物のはず。

 なにせナギさんの息子なんだから、紅き翼に打ち滅ぼされた経緯を考えると、無視されている今の状況があまりにも不自然なんだよね。

 

 この状況で一番良い結果になるのは、ネギくんも明日菜ちゃんも無事で何もされないこと。もちろん超ちゃんも。フェイトくん達が何を思ってここに来たのか解らないけれど、敵としてきたのならば素直に帰ってもらえるのが一番。

 

 じゃぁ、どうしてここに来たのか。保健室に休憩に来たなんて事はまさか無いだろうから、やっぱり『思う事があれば尋ねて来て』って言った私の言葉通りに来たって考えるほうが自然かな。もしそれなら。

 

「フェイトくん。私に、何か用があってきたのかな?」

「そうだね。話が早くて助かるよ。僕の仕事を手伝って欲しい」

「私が素直にシルヴィアさんを利用させると思うカ?」

「思うね、火星人。そこに人質が居るのだし、必要なら、いくらでも増やせる」

「彼女の事はどうでも良いのカ?」

「超ちゃん! フェイトくんの話……聞くだけ聞いてみよう?」

「なっ!? ちょっと待つヨ!」

 

 今一番重要なのは、ネギくん達もそうだけれど、学園の生徒とこの麻帆良祭でやってきている一般人の命。一番最悪な外道の手段を、関西呪術協会の結果からフェイトくんは取る可能性もある。一体私にどんな事をして欲しいのか解らないけれど、話を聞くだけでも価値はあると思う。

 そこの栞ちゃんをフェイトくんは軽んじていると思いたくないけれど、どの道誰の命も天秤にはかけられない。だから、今は話を聞こうって思う。

 

「賢明な判断で助かる。簡単な事だよ『リライト』を使って欲しい」

「え!? で、でもそれって、原子分解魔法≪ディスインテグレイト≫じゃ!?」

「違う。これは世界を救うための力。……救済だ」

「救済……」

「そう、貴女だって使命があるのだろう。何も悩む必要は無いと思うけどね」

 

 待って、どういう事。『リライト』は消滅の魔法じゃなくて、救済の魔法?

 

 今まで私が『セフィロト・キー』を使った相手はフロウくんにアンジェちゃん、麻衣ちゃんに、エミリオさん。みんな転生っていう共通点があって、望まない身体や姿と悪意の在る『枷』を付けられていた。それを改変するための鍵。

 でも、フロウくんが覚えているのは原子分解で、フェイトくんが言うには救済。どういう事なんだろう。考えれば考えるほど答えが遠のいていく気がする。

 

「シルヴィアさん、落ち着くネ。そんなに緊張していては考えも纏まらないヨ」

「あ、うん。ありがと。そうだね……」

「それに彼ら自ら使って欲しいと言ってるのだから、この子にでも使ってあげたら良いヨ」

「え、ちょ、ちょっと待って。まさか、生きてる人に使えって……」

「そうだね。ちょうど良いから栞さんで試してみようか」

 

 何、それ。どういう事。その子って、フェイトくんのミニステル・マギ、なんじゃないの……。どうしてそんな簡単に。何が起きるのか解らないのに。

 あ、ちょっと待って。よくよく考えたら『セフィロト・キー』は無いんだから。出来ないよね。

 

「フェイトくん。私は、それは出来ないよ。前にも言ったけど――」

「では、この『マスターキー』を使って」

「マスターキー!?」

 

 フェイトくんの手には、1mを優に超えた柄の部分を持つ鍵状の黒い杖。鍵の反対側には、まるで地球儀のようなものを収めたリング状の台座。今まで見たことがない、こんな杖。もしかして、これで『リライト』を……。

 

「どうぞ」

「え、ど、どうぞって」

「フェイト様。私はどの様になったとしても、フェイト様の理想を信じています」

「……ありがとう」

「なんで、なんで、どうしてそんな事、そんな目が出来るの?」

「シルヴィアさん! 落ち着くヨ! 相手のペースに飲まれては駄目ネ!」

 

 呼吸が乱れるのが解る。手が、身体が震えてる。いままで『リライト』を使う時は、女神様が私自身に使った事で安心していた。これで人を救えるんだって。あの時、泉の側で出会った皆。理不尽な枷を付けられた世界で、人助けが出来るって。

 

 でも、この杖は、彼女を、殺すんじゃないの?

 

「何故だい。どうして躊躇する。目の前に救済の可能性があるのに」

「何故? それは、私が言いたいよ。どうして、大切な、従者じゃないの?」

「彼女は折れなかった。本当は僕自身に使ってもらうつもりだった」

「じゃぁ何で!」

「彼女が望んだことだ。この世界の残酷な現実を変えたいと。生まれを呪い、神を呪い、真実を知った。それが――」

「それ以上は言うナ! フェイト・アーウェルンクス!」

「超ちゃん……」

 

 わざと止めたの? 何か言われてはいけない事?

 

「そうか、君は知っているのか」

「それは私がいずれどうにかしてみせるヨ。お前達には頼らない」

「ならば【銀の御使い】、【癒しの銀翼】。決断を。君の行動が世界を救う一歩になる」

 

 殺す決断? 何を決断しろって言ってるの。息が、苦しい。

 

「シルヴィアさん。仮に彼女が消えても、何もあなたが困ることは無いヨ。気にする事は無いネ」

「その通りだね。君は君の使命の通り事をなせば良い。僕も僕の使命をこなすだけだ」

 

 使命? 使命って何? 世界を救う?

 

 今まで、長く、長く生きてきた。とても普通の人間のままじゃ居られなかった事は解ってる。人が死ぬところも、人が殺されるところも見てきた。私は……。直接死因を作る事は、無かった。けど、大切な家族のために、いつかそんな事もあるって事はわかってた。

 

 けれど! どうして自分の従者に消滅しろなんて言えるの!

 

「解らない。なぜ貴女はそこまで悩むんだ」

「私も解らないよ! どうして平気な顔をしてるの!? 地球まで連れてくるくらい大切な従者なんでしょ!? 大切な女の子なんじゃないの? もう二度と、会えなくなるのかもしれないんだよ!」

「そうだね」

「どうして、そんな冷たい言葉が言えるの……」

「冷たくはありませんわ。フェイト様は全てを理解した上で、最善の方法を取られています」

「栞ちゃん?」

「ですのでどうか、今はこのまま使ってください」

「シルヴィアさん。この場はそうしなければ解決しそうにもないヨ。残念ながらネ……」

 

 解決……。方法は、無理やり転移魔法に連れ込むとか、拒否は……やめたほうが良い。どうにも、手がない。それなら、私が、この子の命を背負うしか……。

 ダメ、そんな簡単に決めちゃいけない。でも、フェイトくんも栞ちゃんも引きそうな気配がない。超ちゃんは、え……なんでそんなに悔しそうな顔をしてるの。超ちゃんが自分で言い出したのに。

 

「超ちゃんは、もしかして、やって欲しくないんじゃないの?」

「……ノーコメントだヨ」

 

 どういう事なんだろう。さっきは使ってしまえって促してたのに。やっぱり使って欲しくないんじゃ。でも、このまま痺れを切らされても困る。私が拘束魔法を使ったとしても、反撃にフェイトくんが石化魔法を使えば犠牲者が出てしまう。

 ……私が『リライト』を、私が思い描く形で成功させることが出来るなら。誰も、犠牲者は出ないはず。

 

「解ったよ。でも、私もどうなるか解らない。これは『セフィロト・キー』じゃないからね」

「もちろん」

 

 周囲が緊張に満ちているのがわかる。それは、私一人が過剰に受けているのかもしれない。でもここで、やらないと。

 

「『マスターキー』あなたの力を使わせてね」

 

 鍵を手にとって、両手で握りしめて考える。あの時みたいに、私の本はない。だから何も情報は書き込めない。今この子に出来る事は、消滅しないで欲しいと祈ることだけ。

 こんなにも、無力だなんて思わなかった。魔法が使えて、天使って言われて、家族が、仲間がいて。でも『セフィロト・キー』が無いだけで、こんなにも無力だなんて。

 

 あの時女神様は、セフィロトは生命の力だって言っていた。この世界と相性がいいのは『リライト』だって。この世界で『リライト』は救済の魔法。

 でも、フェイトくんと栞ちゃんの様子を見ていると、どう見ても今生の別れだった。だから、この子は自分が死ぬかもしれないって正しく理解してる。

 

 私は世界を救いたいって、そんな覚悟で死を選んでいるこの子達に、死んで欲しくない。

 

「シルヴィアさん?」

「やはり何かが違うのか」

「銀色の光が……」

「えっ?」

 

 『マスターキー』が光ってる。それも、銀色の輝き。今までのただ眩しい光じゃない。何か違う事が起きてるって事なのかな。もしかしたら、いけるかもしれない。

 

「貴女を、私は死なせたくない。だから生きて欲しい! 『リライト』!」

 

 口に出した瞬間に彼女と目が合って、顔が一瞬、強張るのが見えた。『マスターキー』がいつか見た日の光景のように、分解されて光の粒子に変わる。部屋中に溢れる銀色の光が、彼女を満たす。

 今ここにある彼女だけの世界。私の中から”何か”がこぼれる脱力感と喪失感を覚えながら、彼女に吸い込まれていく光を力強く見つめ続ける。今この瞬間を絶対に見逃したくない。目を逸らしたくない。

 

 吸い込まれた銀の光が、彼女の全身を満たして、花びらの様に、彼女が砕け散った。

 

「え、あ、あぁぁ! そんな!」

「まだネ! まだ光は収まっていないよ!」

「超ちゃん!?」

 

 思いっきりスーツの襟首を捕まれてガクガクと揺すられる。半分、目の焦点が合っていない自分に気付きながら、散り散りになった彼女に、元居た場所に視線を送る。怖い。彼のパートナーを消した事が。自分に力が無い事が。

 

「あ……」

「どうやら、やはり貴女は僕たちとは根本的に違うようだ」

「フェイト……様? 私、いま……」

「無事、だった?」

 

 さっきと寸分違わない――違う、この子は亜人だったんだ。尖った耳が特有の種族。さっきまで人間になる幻術か魔法を使っていたって事だよね。血色もおかしな所は無いし、魔力も安定してる。でも、それでも……。

 

パァァン!

 

「え……?」

「し、シルヴィアさん!?」

「命を粗末にするんじゃないの!」

「あ……はい」

 

 キョトンとした顔が目に入る。思いっきり、部屋に響くくらい強く彼女の頬を叩いた。私がこんな事をする立場に居ないって事は分かるけれど、むしろ叱るのはフェイトくんの方だって思うけれど、死を受け入れて、諦めて欲しくなかった。

 

「フェイトくんも! 自分の従者を、パートナーって決めた大切な女の子を、こんな目にあわせる主人にならないで!」

 

 そんなに目を見開くほど驚くなら、始めからやらないで欲しかった。本当に、本当に分解されて終わっていたら、再構成できていなかったら。取り返しが付かなかったんだよ。

 

「超ちゃんもだよ! 平気で煽らないの!」

「う、わ、解たネ。ネギ坊主が起きてしまうヨ」

「そんなのは後! 話をごまかさないの!」

「あ、アイヤー。これは逃げられないカ」

「命は大切なんだよ!? 簡単に諦めていいものじゃないの!」

「そんな事は解っているよ。だから、僕達は世界を救うんだ」

「え……」

「先ほどの取引に応じても構わない。火星人。ただし、こちらからも君に三つ質問をする」

「おや、殊勝な心がけネ」

「え、あれ? なんか急に流されたような」

「ただし、僕から交互にだ。構わないね?」

「良いヨ。それから私はチャオ・リンシェンだヨ。フェイト・アーウェルンクスさん」

「では成立だ。はじめようか」

 

 え、ちょっと待って、なんかいきなり展開が流されたよね!? さっきまでのは何だったの? えっと、その、質問って私がするんだよね……どうしよう。




 2013年3月11日(月) 感想で指摘された点を修正しました。

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