「あの……フェイト様?」
「…………」
予想外。と言うわけでもなかった。彼女には間違いなく、世界を改変できる力がある。ただし、あらゆる意味においてそれが可能なわけではない。
誰もが幸福に生きられる方法。それが『完全なる世界』。
彼女による改変は、一面から見て僕達の敗北と言えるだろう。すなわち主の方法では、『完全なる世界』の側面では、世界を救えないと言う事実。浮き彫りにされてしまったね。
「その、先ほどの言葉、うれしかったです」
栞さんの体に起きた変化……。あの時、あんなにも彼女と重なって見えるとは思わなかった。
「え、あの、その?」
成長した姿は、本当に良く似ている。髪を伸ばせば、見分けが付かなくなるくらい。いや、栞さんは少し目元が釣り上がっているかもしれない。
「そ、そんなに見つめないでくださいませ!」
「なんでだい?」
ふと、彼女の髪を一房掬い上げる。赤くなった? なぜ?
「ふぇ、ふぇひとしゃま!?」
しかし、考えれば考えるほど理解に苦しむ。だがそれでも、彼女の使命、やるべき事、それは理解した。いずれ彼女は僕達の前に略奪者として現れるだろう。
ならば、やるべき事は一つ。主の道具として戦う事。だが、何故だ。僕は――。
「そこの貴女! この場を離れなさい!」
「え、何です、貴女方は!」
「誰だい、君は」
「私は高音・D・グッドマン! ここでの告白行為は禁止されています――って、あら? 貴女、魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫の方?」
「こくっ!? その……えと」
やれやれ、巻き込まれるのはごめんなんだけどね。
「今、世界樹周辺では警戒巡回中です。特に魔法関係者には通達が出ているはずです」
「あの、お姉様。私、この人たち知らないのですけど。部外者じゃありませんか?」
「なんですって!?」
厄介だね。タカミチ・T・高畑どころか、日本支部にでも連絡されれば間違いなく追っ手がかかる。ここで余計な情報を与えるわけにも、失うわけにも行かない。
「あの! こちらに滞在の身分証がありますわ! きちんと許可を取った上での来訪です!」
「あ……。本当ですね」
「それならそうと先に言って欲しかったですわ。とにかくこの場は移動してくださいな。メイ! 次に行くわよ!」
「は、はいお姉様!」
身分証? いつの間にそんなものを。……デュナミスか? 栞さんの事にしろ来訪の事にしろ、準備は万端と言う事か。用意が良いに越した事はないけれど、面白くはないね。
そういえば何故、先ほどの彼女は栞さんを?
「フェイト様!」
「栞さん。幻術は使っておいたほうが良い」
「え、えぇ、そう、ですわね」
今度はやけに小さくなった。分からない。一体、栞さんに何が起きたんだろうか。まさかとは思うが彼女が? しかし、とても洗脳や操作の術を加える余裕があるようには見えなかった。
「行きましょうフェイト様! ――今だけ、今だけなら」
……まぁ良いだろう。こんなに”幸せそう”な栞さんを見たのは初めてかもしれないからね。それに超鈴音。彼女が何を起こすのかもうしばらく監視する必要があるだろう。
夕暮れを過ぎた闇色の時間。空に響く花火の音。学園祭一日目の”終了”を告げる音を聞きとる。微睡を感じながら、慌てて飛び起きた。
「――ハッ!? 真っ暗……?」
「う~ん、なによネギ。大きな声出して。ふぁ~~」
え、僕達は。いま、あれ? 今日は学園祭で、クラスの皆さんの出し物を見に行って――。
「いない! よ、夜になってる! は、八時!?」
「うそー、何で誰も起こしてくれなかったの?」
「あ、兄貴、今日のスケジュール! ヤバイっす!」
「あわわ、ど、どうしよーーー!」
「とにかく行くっすよ!」
今ここに居ても何も解決しない。カモ君が言うように学園を確認してみないと! 肩に跳び乗ったカモ君を確認して、まだ眠そうな明日菜さんの肩を抱き起こす。
「行きますよ明日菜さん!」
「え、えぇ」
その瞬間、なにかがカチリとはまり込む音が聞こえた。一瞬で視界が眩しい光につつまれて、思わず瞳を閉じる。
「あれ、ひ、昼になった?」
「だって今……って、千雨ちゃん!?」
「うげ、いつの間にベッドに!?」
え、どうして千雨さんがここに。僕達は夜の保健室にいたはず。それが――。
『ただ今より七十八回。麻帆良祭を開催します。一般入場の方は――』
「えっ! 開催!?」
「ど、どうなってるのよ!?」
「姐さん。静かにしないと起きちまいやすぜ」
「そ、そうね。そ~~っと」
ベッドに座り込んだ明日菜さんの手を引いて、千雨さんが起きないようにそっと立ち上がらせる。
それにしても一体何が? もしかして何かの魔法にでもかけられてしまったのだろうか。
「……エヴァ。もう神楽坂の真似はしねぇって言っただろ。鏡持ってくんなよ」
「へ? 寝ぼけてる?」
「アスナさん今の内に逃げましょう。とにかく、現状を確認しないといけません」
「う、うん。千雨ちゃん大丈夫。大丈夫だからね!」
「そうか。おやすみ……――すやすや」
とりあえず、ここに居るのはとても不味い気がする。千雨さんが起きなかった事は助かったけれど、まずは様子を見ないと……。
「明日菜さん、廊下の物陰に!」
「そうね、って、あれシルヴィア先生!?」
「姐さん、静かにしないと」
あそこは間違いなく、シルヴィア先生が担当している第三保健室だ。それは間違いないはず。と言う事は、ここは麻帆良学園だって事は疑いようがない。
それじゃぁ、さっきの夜は? 一体なにが起きたんだろう。
「明日菜さん。どう思いますか? さっきまでで暗かったのに、ただ今より開催って。学園祭はもう始まってたはずですよね?」
「そうよね。シルヴィア先生は千雨ちゃんの様子を見に来たのかしら。でも、私達が来た時は何も言ってなかったわよね?」
「あぁ、間違いなく俺達はいなかった。会わない様に行動した。それが今朝の事だって考えたらつじつまが合う」
「どど、どう言う事!?」
「カモ君。もったいぶらずに話してよ!」
「『戻った』んだ! それ以外に説明がつかねぇっすよ! それにこれまでで怪しい事があったのは、超にもらった時計くらいだ!」
「え、あの『戻った』って?」
「アレは多分タイムマシンっすよ兄貴! 他に目新しいものは持ってないじゃないっすか!」
「この前貰ったあれが!? でも、そんな事出来るの?」
何かに巻き込まれたんじゃなくて、あの時計が引き起こしたって事? でも、もし本当にタイムマシンだったら、これで皆さんのイベントに間に合う!
「おはようネ。茶々丸によろしく言われたから、まかない持てきたヨ♪」
今のは超さんの声だ。保健室に入っていくけれど……。
「あれって超さんよね」
「間違いないと思います。シルヴィア先生は超さんとすれ違いだったって、『戻る』前に言っていました。超さんを待って話を聞きましょう!」
「わかったわ。それしかなさそうだし」
聞こえてくるのは話し声、なんだか少し揉めてるみたいだけれど……。
あっ、超さんが出てきた。超さんは保健室を抜けてから、空き教室のほうへと進んでいく。あれ? でも、こっちのほうは空き教室ばかりで、プログラムには入っていなかった気がする。
「まずいぜ兄貴。誘われてねぇか?」
「そうかな? 何か用があるのかもしれないよ」
「あっ! そこの教室入ったわよ!」
「見失う前に追いかけようぜ!」
「うん!」
見失わないように、急いで走って――。えっ! そんな馬鹿な。今、確かに教室に入ったはず。それなのに教室の中に誰も居ない。これってどういう事なんだろう。
「超さん? 居ませんか?」
「うそ、だって今入ってったわよね?」
「取りあえず兄貴! スケジュールを確認しねぇと!」
「あ、そうだった! えっと」
10時、麻帆良学園祭、一般入場。
チラシ配りの手伝い。3-Aホラーハウス見学。その後、各部活回り。
15時、世界樹周辺のパトロール。
16時、のどかさんと待ち合わせ。
17時半、格闘大会へ参加。
20時、世界樹周辺のパトロール。
「あんた、本屋ちゃんとのデートってたった一時間半なわけ!?」
「え、えぇ! 短いですか!?」
「兄貴、もうちっと女心ってものを学ぼうぜ! でもこのハードスケジュールは無理か?」
「で、でも延ばすほどの時間は無いですよ」
「フフフ。どうやらお困りのようネ?」
「「「え!?」」」
超さん!? そんな、どこにも気配は無かったし、誰もこの教室には居なかったはず。いくらドア側にいるからって、ほとんど一般人の超さんに気付かないなんて……。
「ちゃ、超さん!」
「まさかお化け!?」
「人の顔見てなんて事言うネ。ちょと傷つくヨ?」
「やい超、この時計は一体なんでい! 説明してもらおうか!」
「そ、そうでした。超さんこれって一体?」
「オヤ? おかしな事言うネ。『ネギ先生のスケジュールパーフェクト管理マシン』だと説明したはずだたヨ♪」
「えっ? でも、さっきまで夜だったのに……」
「ねぇ超さん。これって本当にタイムマシンなの?」
「オ、明日菜さん目の付け所が良いネ。実は体験してもらおうと思て、保健室のお茶に眠り薬を仕込んでおいたヨ♪」
「「「えぇー!?」」」
まさか本当にタイムマシン? すごい、麻帆良学園の科学力がそこまで進歩していたなんて。超さんは魔法使いの事を知っているだけじゃなくて、こんなに科学も精通してるなんて。なんて凄い人なんだ!
「これは懐中時計型タイムマシン『カシオペア』ネ。使用者の魔力で同行者と時間跳躍をする、脅威の超科学アイテムだヨ♪」
「うそー!? あ、あの私! アメリカ禁酒法時代へ行きたい!」
「姐さんそりゃ無茶ですぜ。て言うか渋いっす!」
「フフフ。それは無理な事ね。そんな”魔力”は人間”一人”じゃ出せないヨ?」
「うぅ。そっか~~」
「で、でもこれのおかげで、のどかさんとの約束が守れます! 皆の予定も!」
「そしたらコレが説明書ネ。好きなだけ使うと良いヨ♪」
「はい! こんな凄いものを貸してくれてありがとうございます! それじゃ僕、予定がありますので!」
「あ、待ってよネギ!」
「ウム、楽しんでくると良いヨ!」
「行ったカ……」
気付いたかナ。ネギ坊主。それは一つの手段であり結論でもある。それを使う代償も、結果も、自分で体験して考えてみて欲しいヨ。
時間を越えるという事は、何が起きる事なのカ。何が出来る事になるのカ。
その果てに再び私を訪ねてくると良いネ。その時は、我ら一族の命運と、悲願をかけてお相手するヨ。それに、『カシオペア』が無いとフェアじゃないからネ。フフフ。
パトロールつってもなぁ。結界で何かあればすぐ分かるし、麻衣から連絡も来るだろ。そうなると適当に回って怪しいやつ探す方が良いって事なのか。
周りは……ダメだ。どこもかしこも人しかいねーよ。人の山ってヤツだな。たしか麻帆良祭って毎年四十万人とか出入りするって聞いた覚えがあるな。となると……どう考えても無理だ。やっぱ結界頼りか。
うん、なんだあれ、エヴァ? ネギ先生も居るな。つーか何してんだアレ。
「何だぼーや。随分と浮かれた声を出して」
「わひゃぁ! ってマスター!? あ、可愛らしいお洋服ですね。仮装ですか?」
「世辞など要らん。それより貴様。ソレは何か面白そうな魔力がするな」
「え、いや、その……」
「寄越せ。なぁに、悪い様にはせんよ。くくく」
「オ前ノ物ハ、御主人ノ物。御主人ノ物ハ、御主人ノ物ダゼ?」
何してんだあいつ? どこからどう見てもただのいじめっ子だぞ。しかも先生脅して取り上げようとかどこのガキ大将だよ。
てか、ホントに変な魔力出してるな。何だあの懐中時計。
「あ、あああの、予定があるんで! 失礼しまーーす」
「え、ちょっとネギ! どこ行くの!?」
なんだ先生……。どうしてこういう時だけきっちり瞬動が成功するんだよ。もしかしてギャグ補正持ちだったりするのか?
「先生何してんだ、マジで……」
「千雨か。お前こそ何してるんだ」
「何ってパトロールに決まってんだろ? まぁ結界頼りな所はあるけどよ」
「それよりぼーやだ。何をするか後をつけるぞ」
「はぁ? 良いのかよそんな事してて」
「当たり前だ。侵入者も居ないでふらつくより、よほど良い暇つぶしだ」
相っ変わらずだな。こいつの基準がわかんねーよ。それに確かにやることもねぇし、追いかけるか?
「そういえば先生がクラスの出し物に行くはずだ。行ったら捕まえられるんじゃねぇか?」
「良し。行くぞ! 早く来い」
「あ、ちょっとマテ、何でそんなにやる気なんだ! て言うか人ごみで空飛ぼうとするな!」
「キャァァァー!」
悲鳴!? って、なんだウチのクラスのホラーハウスか。結構怖く仕上がってるとか聞いてたんだが、先生泣かされてんのか。でもなぁ、今の悲鳴って泣かされてる悲鳴じゃねぇよな。どっちかって言うと、黄色い声か?
「ぼーや……。何だその格好は」
「ギャハハハハ!? 何やそれネギ! ヒーッヒッヒッ!」
「何ですかコレー! 小太郎君も笑わないでよー!」
「先生。そんな趣味あったのか? 狐耳尻尾のミニスカ和服コスとか誰のウケ狙ってんだよ」
「ち、違います! これはクラスの呼び込みでー!」
いや、先生涙目になられてもなぁ。一部の濃い面子が喜ぶだけだぞ。つーかそれでホラーハウスの呼び込み? 冗談だろ? それはどっちかっつーと”こっち側”だよな。
まさか……いや、うん、そんなわけねーよな。違う、アレを知ってるわけじゃねぇよなぁ!?
「良いだろうぼーや! 新しい修行を考案してやる!」
「えっ! ホントですか!?」
「ちょっとマテ。まさかお前!」
「明日からゴスロリ着用の上での修行だ! 喜べ!」
「喜びませんよー!」
やっぱそれか。こいつダメだ。それ修行が違うだろ! どこの世界向かう気だよ!? だがやるって言うんだったら……。ハッ! ダメだ考えるな! 何で先生のコスプレ案とか考えてんだ。ここは違うだろ私! はぁ……はぁ……。あ、そういえば神楽坂はどこ行った?
「全く貴女達は! ネギ先生まで仮装を手伝わせるなんて、何事ですか!」
「あ、いいんちょさん!」
「ネギせんせ――はぅ!」
委員長……。先生のコス見て鼻血吹いて倒れるとかどこのギャグキャラだよ。……あぁ、まぁ、委員長だしな。先生のコスだったら何でも褒めそうだな。
だからってこのままじゃやばくねぇか? 何かぴくぴくと痙攣し始めたんだが。
「喜べ、雪広あやか。次の授業からはゴスロリ着用だそうだぞ?」
「はうぅ!」
「ええ!? マスター何を言うんですか! って、いいんちょさーーーーん!」
「や、やめー! これ以上笑かさんといてくれ! ギャハハハ!」
あー、もう! どこから突っ込めば良いんだよこの事態! て言うか委員長、マジでやばいんじゃねぇのか。このままじゃ死ぬだろ?
とりあえず回復薬あったよな。精神回復……は、悪化しそうだな。体力用か?
「委員長。ドリンク剤だ。飲んどけよ」
「いいえ! ネギ先生の雄姿で回復いたしました! もう大丈夫ですわ!」
「良かったいいんちょさん!」
「ネギ先生! 愛しています!」
「いいんちょさん離してー!」
まぁ、いつもの事か。これ以上関わってたらこっちが疲れそうだ。そういえば。
「なぁ先生、神楽坂はどこ行ったんだ?」
「え、明日菜さんなら中夜祭で――」
「はぁ? まだ準備早いだろ。もう手伝いに行ってんのか?」
「いえ、えーとその多分美術部だと思います!」
何だ、どう言う事だ。ついさっきまで一緒に居たはずだよな。ソレで居場所が分かってねぇっておかしくねぇか。
「あ、じゃぁ僕、呼び込みがてら皆さんの部活を回ってきます」
「わたくしも参ります! ご案内いたしますわ!」
何か聞いても答えてくれそうにない雰囲気だな。隠したがってるようだし。とりあえずエヴァ。先生行っちまうぞ? 時計は良いのかよ。
「いや、だがアレも捨てがたい。せっかくのぼーやの衣装だ。ここはああして――」
「……エヴァ。帰って良いか?」
「あぁ構わん。私はしばらく考える」
「やめてやれよ。マジで」
その後、マジでゴスロリを作ったかどうかは私の知る所じゃなかった。エヴァが時計の事は忘れてたんでそのまま放っておく事にする。取りあえず生きろ、先生。
今回の投稿はここまでです。
学園祭の話数は京都編より長くなるので、気長に移転を待っていただけると助かります。