「ではその子が、おっしゃっていた救済すべき魂の1人ですの?」
うわ~。いかにもお局様なシスターだな。
こんなのを相手にしてるなんてシルヴィアのやつも大変だぜ。
「えぇ、彼女の魂の枷はすでに解き放ちました。今は無垢な仔羊。これから生きる術を学び、羽ばたいて行く命です」
すげぇな。堅苦しい言葉がすらすら出てきてやがる。
ここに来るまで普通の女の子みたいに喋ってたが、伊達に何百年も天使様やってねぇって事かよ。
「それから彼女には名前がありません。出来ればきちんとした名前と後見人を付けてあげたいのです」
「あら、それでしたら【銀の御使い】様が後見人になるのがよろしいのではなくて?教会に身を置くのでしたらこれ以上の後見人はありませんわ」
「私は使命ある身です、いつまでもメガロメセンブリアにいられないのです」
【銀の御使い】だと?二つ名持ちかよ!
それにしても使命ってのは世界中で転生者を探し回ってるのか?
「では洗礼は受けさせますの?」
「それは本人の意思で決めてもらいたいと思っています」
洗礼!?俺は宗教信じて無いぞ!
いや神様が実在してるのはもう十分解っちゃいるんだがな?
とりあえず名前どうするか。不本意だが男には戻れないみたいだしな。
神の力ってのもあの筋肉が上級神だったせいでどうにも出来なかったらしい。
だからって女の子らしい名前はごめんだ!
「では『フローラ』はいかがかしら?これから花咲く可憐な少女にふさわしいと思うわ」
何いいぃぃぃ!ちょっと待て!
そんないかにも女の子な名前はごめんだぞ!
「えっと『フローラ』?って呼んでいいのかな?」
「イヤだ!おr……――むぐむぐ!」
『俺は男だ!』って言おうとしたら、シルヴィアが口をふさいできた。
(彼女を怒らせると、見習いの子達はすっごく怒られるの!だから、言葉使いは気をつけて!”ふり”で良いから、丁寧な言葉でね!)
そう耳元で囁いてくる。
なるほど、やっぱりお局様なわけか!
しかしフローラはねーよ!
だからと言って決めないとフローラにされちまいそうだし!
「その子に異論が無ければ『フローラ』と呼びますわ。よろしくて?」
やべぇぇぇぇ!何か考えないと!
せめて中性的な名前で!
「ふ、ふろーー!」
「フロウ?そっちが良いのかな?」
ナイスだシルヴィア!『フローラ』に比べたら100万倍ましだ!
「あら、では『フロウ』ね。これからよろしくお願いいたしますわ」
「は、ハイ。ヨロシクオネガイシマス」
あ、あぶね~。
もうちょっとかっこいい名前が良かったが、仕方が無い。
「それでは【銀の御使い】様、この子を着替えさせてきます。後でお部屋にお連れいたしますわ。着させていた外套は洗濯させておきますわ」
「はい、よろしくおねがいします」
あぁそうか、マント借りたままだったな。うん?
なんでシルヴィアはそんな顔でこっち見てるんだ?
何か哀れむような?
「それではフロウ。こちらにおいでなさい」
「あ、はい」
「また後でね」
「シスターではないので修道服は着せませんが、【銀の御使い】様が連れてきた娘です。それなりの格好をしなければなりません。ですのでこれを着なさい」
「はぁ!?」
そういって渡されたのは、上品にレースがあしらわれた白いワンピース。
修道院という場所柄か肩の露出を控えた長袖のものだが、女物という時点でありえない。
ちょ!あのときの哀れみの目はそういう事か!
――待て!?もしかして下着も!
「着方は分かるかしら?」
「え、その、あの!」
まてまてまて!
パニックを起こしている間にお局シスターにテキパキと着せられていた。
いつの間にか髪を梳かされている。
「はっ!俺は何を!?」
「俺?」
じろりとお局シスターの目線が光る。
あ、しまった。シルヴィアが言葉使いには気をつけろって言っていたじゃないか!
でもいきなり女言葉は無理だって!
「フロウ。貴女はまだ小さい。【銀の御使い】様が魂の枷をお解きに成られたと言うならば今まで苦労してきたのでしょう。これからは皆で淑女の何たるかを大切に教えていきます。よろしいですね?」
「ハイ……」
お局シスターの眼光の鋭さに、そう答えるしかなかった……。
「シルヴィア、きたぜ……」
「いらっしゃい。やっぱり可愛くされちゃったね」
あぁやっぱり解ってたのか。
そうならそうと言ってくれれば良かったんだ。
「私のほうで動きやすい服とか、中性的なものを用意しておくよ、でもシスターに見つかったら怒られると思うから、結局はある程度は慣れないとダメかな?」
そうか、怒られるのか。
じゃぁなるべくシルヴィアと居よう。俺の事をちゃんと知ってるのはシルヴィアだけだしな。
あとは他の転生者か。俺達の事を考えたらやっぱり酷い事になってるのか?
「なあシルヴィア。他の転生者ってどうなってるんだ?」
「分からないの。生まれる年代が近くならないと情報が出てこないんだよ」
情報?この間使っていた本か。
見せてもらえるなら何か調べられるんじゃ?
「シルヴィア。この間の本を見せてくれないか?」
「え!?良いけど……私にしか使えないし。それに、笑わないでね?」
笑う?何で渋ってるんだ?
「はい……」
どこからとも無くいきなり本が出てきた。
とりあえず受け取ってみてページをめくる。
――!?『シルヴィアちゃんの取扱説明書♪』って!
「はぁ!?」
「だから笑わないでって言ったのに……」
これも神の悪戯ってやつか!
ぺらぺらと内容をめくってみると――。
「チートじゃねぇか!」
「やっぱりそう思う?」
俺の『魔力はナギの2倍、気はラカンの2倍』も大概だと思ったが、こいつのはおかしいな。
筋肉神が魂の器に限界があるとか言っていたが、神の魂は伊達じゃないって事か。
「とりあえず役に立ちそうなのは魔法の教本部分くらいっぽいな。あとは転生者に直接会わないとダメだろう」
「うん。でも魔法はそれに書いてある事以上の知識はもうあるから、別にまとめてあげるよ」
「お!それは助かるぜ!」
気は何となく解るが魔法はさっぱりだからな、先生も居る事だしじっくりと魔法を覚えるか!
「プラクテ ビギ・ナル 火よ灯れ!」
……何も起こらない。
分かってたよ!いきなり魔法を使えないことくらい!
シルヴィアから借りた初心者用の杖を持って魔法の練習を始めてみたのは良いが、やっぱり簡単にはいかないか。シルヴィアが言うには、魔力だけあっても制御や理論をしっかりしていないと暴走したり、思ったとおりの結果が出ないらしい。
そういえば原作のネギ坊主はしょっちゅう魔法を暴走させていたな。
今の俺はあれと同じレベルか。いや理論はさっぱりだからアレ以下かよ……。
「まずはイメージかな。どこに、どんな形で、どんな効果が、どれだけ起きるのか。そのイメージが出来ていないと、精霊だって何をして良いのか分からないよ」
なるほど。経験者のいう事は違うな。
しかしイメージか。見せてもらったほうが早い気がするな。
「シルヴィア、ちょっと見本見せてくれよ」
「うん、いいよ」
そういうと肘を上げて、指先を空に向けて一言。
「光の灯火」
そう呟くとシルヴィアの指先に光が集まる。
なんていうか密度?小さな光だが凄く濃厚な気配がする。これが魔力か?
「何か呪文ちがくねぇ?」
「火より光のほうが相性良くてね。光れば同じじゃないかな?」
まぁそうなんだろうが、何か納得がいかない。
「私の場合は、初級は独学だったから10年くらいかかったんだけれど、ここは教えてくれる人が多いから、結構すぐ色々つかめると思うよ。あと、始動キーも考えておかないとね」
10年か。まったく教えてくれる人が居なかったとしても、シルヴィアには教本があった。
それで10年って事は俺の場合何年かかるんだ?
「ちなみに私の場合は、精霊との親和性が高すぎる上に魔力も高いせいで、制御が全然出来なかったのが理由だよ。フロウくんの場合は相性が良い風を中心にイメージと制御の練習かな」
なるほど!じゃぁとりあえずイメージからか!魔法をたくさん見せてもらおう!
そういえば、シルヴィアは原作の事は全然知らないのか?
「シルヴィア、話が変わるが原作ってどこまで覚えてる?」
「全然覚えて無いよ」
「はぁ!?」
ちょっと待て。全然覚えてなくて200年以上やってきたのかよ!
よくそれでメガロメセンブリアに家買ったな!
「俺が覚えてる原作教えておいてやるよ。準備しておいたほうが良いぜ。と言ってもまだかなり先になるから、忘れない様にメモしておいた方が良いな」
「ホント!?それは助かるな~。女神様から2003年の夏に魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫で山場だって事だけは聞いてるんだよね~」
大丈夫かよそれ……。
とりあえず、大きな事件のまとめだな。
――覚えてる知識をまとめるとだ。
・原作の約600年前
エヴァンジェリンが真祖の吸血鬼に転化。
・原作の約20年前、戦争が起きる。
ナギ・スプリングフィールドとかジャック・ラカンとかが活躍する。
・2003年の3学期に麻帆良学園で原作開始。
ナギの息子の、ネギ・スプリングフィールドが何故か女子中の先生になる。
・エヴァに襲われたり、修学旅行や学園祭でトラブル多発。
仮契約者が増えていく。
・2003年の夏に魔法世界≪ムンドゥス・マギクス≫に行く。
あれ?意外と覚えてねぇ。とにかく今は1300年代。約100年後のエヴァンジェリンに接触するかどうかが1つ目の問題か。
「エヴァンジェリンはどうする?関わりに行くのか?」
「うーん、転生者がいれば関わるよ。絶対に。ただ居なかったら放置かな~。悪いとは思うんだけれど、原作の大きな出来事は必ず起きるって言われてるから、誕生は必ず起きるんじゃないかな」
なるほどな。確実に起きる出来事だから邪魔は不可能。
後々良い立場にする事は協力できるかもしれないが、修正力とか働きそうだ。
「本の確認は定期的にしているから、1400年前後に生まれれば探す事はできるよ。ただしそばに近寄らないといけないから、世界中探すとなると結構大変かな。フロウくんの事だって時代が分かっていたから、運が良かったと思うよ?」
確かに運がよかったかもしれない。
山肌の小さな洞穴に居たわけだから、空を飛べるシルヴィアには見つけ易かったと言うべきだな。
エヴァンジェリンは何処かの城に居たはずだが、転生者が近くに生まれるとは限らない。
それならば……。
「やっぱり修行だな。分からないものに警戒しておく必要はあるが、準備を整える事に専念だ!」
「うん、分かった。魔法は教えるけど、気は出来ないから独学になっちゃうと思うよ」
「気は何となく使えるから問題ねぇな。それじゃ早速修行だ!」
――まってろよ筋肉ラカン!フルボッコだからな!