愛が暴走し、アインズに謹慎三日間の処分を受け
激しく落ち込むアルベド。
ハーレム部屋で悶々ともがき苦しむ彼女は、やがて…

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またアルベドの書籍版補完妄想ネタです。

8巻で謹慎を食らった後のアルベドが全く堪えてない様子なのが
不思議だなあと思い、アウラとシャルティアの様子からも
何か裏エピソードがあるのかなと妄想してみました。

アルベドの思考がかなり支離滅裂ですが、
そこはそれ、ヒドインモードという事でどうか一つ。
よろしければお読み頂けたなら幸いです。

※7/30 読みやすいように文章を整理しました。内容は同じです。


謹慎

 

──ナザリック地下大墳墓第九階層・アインズの執務室──

 

「アルベド、謹慎三日間。」

 

 ザーッと、血が体内を流れ落ちた。

 もともと透き通るほど白い肌が、アンデッドであるシャルティアと見まごうばかりに青白くなる。

 さっきまで数体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)とマーレを振り回していた豪腕も、魔法の解けた人型ゴーレムのようにだらりと力が抜けている。

 

 謹慎、という言葉が何度も何度も頭の中を反射する。

 

「あ、アインズ様……?」

 かろうじて愛しい名を紡ぎだす、震える唇も紫色になっている。

 

 守護者統括の身でありながら理性を失い、肉欲に任せ至高の御方を押し倒したのだ。謹慎三日間という罰は、本来その行為からすれば軽すぎるほど軽い。ナザリックの絶対者へのあるまじき不敬は、例え死刑になったとしてもアルベドには何の不満を言う資格もない。

 

 だが同時に、どうしようもなく心をかき乱す妄執……愛情は、他の全てにおいて冷静かつ的確な判断を下し複雑怪奇なナザリックの運営すべてを取り仕切るアルベドを狂わせる。

 

 なぜ。 なぜ。 なぜ。

 

 こんなにも愛しているのに。アインズ様も私を愛してくださっているのに。

 ハッキリと、そう宣言したのだ。何度も、何度もそう言葉にしてくれたのだ。

 

 「愛している」っと言ってくれたのだ。

 

 それなのに……。

 

 八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に引きずられ、涙で潤んだ瞳の中で次第に遠くなっていく愛しの君の姿を見つめながら、アルベドは口の中でその名を……本当に呼びたい名を呟く。

 

「モ…… さま……」

 

 

◇◆◇

 

 

 ──第六階層・巨大樹・アウラの自室──

 

「……って事なんだってさ。」

「……あのバカ。ほんとにさっきの今で無理やりアインズ様にご協力を願おうとしたでありんすか……。」

 

 さすがにアルベドの謹慎はナザリック全体に関わる事なので使者を通じて守護者全員に伝えられた……が、理由は語られなかった。

 そしてつい先程別れたばかりなのに、その件で午後のお茶に呼ばれ再び第六階層を訪れたシャルティアは、アウラ特製のハーブティーを飲みながら事の真相を聞いた。

 つまりそれは、姉が弟を締めあげて全部吐かせたという事だ。

 

 もっともアウラがシャルティアに話したのはアルベドがいきなり発情して(あるじ)を押し倒した部分だけで、その前の事細かい部分は面倒なので端折ったが。というか、姉を差し置いて弟がとんでもない寵愛を受けるシーンなんて話したくもない。そのためシャルティアはさっきの双角獣(バイコーン)の一件での驚愕の事実に絡め、その解決法をアルベドが即座に実行したものと、やや誤解して受け止めた。が、やった事は同じなのでアウラもわざわざその勘違いを解こうとはしない。

 

 ちなみにマーレはシャルティアと会談中の姉に代わり階層の見回りに出向いている。まあ仕事が存在意義の守護者にとって、それは罰でも苦痛でも無いのだが。

 

『あーそれにしてもマーレの奴。ほんとは話したいくせに、こっちから無理やり吐かせたような思わせぶりな態度とって。いや、たまたま僕だったんだよっ、だってアインズ様はNPC全員がそうだってって仰ってたんだし……とか言いつつもデレデレふにゃふにゃしちゃってさ、おまけに夜は……くそっ、うらやましい。これだから弟って奴はろくでもない……私も、もうちょっと媚を売った方が良いのかな。いやいや、私の性格はぶくぶく茶釜様が姉はこうあれって設定されたんだからそれを破るような……あれっ? でもこうやって葛藤するのもやっぱり性格のうちだから、ひょっとして……ん? んん……?』

 

「……ふん、自業自得でありんすよ。全く節操の無い守護者統括様だこと。……ま、我を忘れてアインズ様にむしゃぶりつきたくなるのは女としては当然の事でありんすけどね。」

 

 アウラの内面の葛藤は知らず、アルベドの蛮行にシャルティアは当然呆れて憎まれ口を叩いたが、その口調にはどこか同情と共感めいた響きがあった。アインズの口から直接、『三日間、顔も見たくない』と言われたら、それはどれほど心を沈ませるものだろうか。

 

 守護者統括として執務において常にアインズの横に付き従い正妻競争で圧倒的有利な立場にあるアルベドの失態は自分にとって喜ぶべき事であるのは確かなのだが、それよりもどこか同病相哀れむ感覚が強かった。アインズに守護者としてだけでなく……女として心を奪われているという病。

 

 そんな、ついさっきの面と向かい合っての角の突き合わせからすると少し予想を外す微妙な反応に、モフモフのスピアニードルに背中を預けダランと体を伸ばしてくつろぎながらハーブティーを飲んでいるアウラもへえ、シャルティアにもそういう複雑な感情あったのかあ……っと、ちょっと見る目を変える。

 単に動物的本能に忠実なだけの発情吸血鬼じゃなくて、自分の騎獣ぐらいの心の繊細さは持ち合わせてるんだ。

 

「……なんでありんすか。」

「べっつにー。」

 アウラの面白げな視線に、軽く照れくさそうなジト目を返すシャルティア。

 

「わたしはその間のナザリックの管理運営を心配してるんでありんす。そこはまあ癪ではありんすが、アルベドは優秀でありんすから。」

「それがあんたに理解出来んの~?」

「それはお互い様でありんしょ!」

 

 共に階層守護者として自身の階層のチェックは万全だが、ナザリック全体のとなると話は別だ。複雑さの桁が跳ね上がり、何がどう動きどう作用してるのかすら想像も出来ない。そこは『そうあれ』っと創造されたとはいえ……アルベドには一目も二目も置いている。

 

「順当に考えればデミウルゴスでありんしょうが、仕事抱え過ぎでありんすし……。」

 

 仕事のし過ぎ……つまりナザリックにおいて最も羨むべき充実した守護者ライフを送っているデミウルゴスにやっかみはあるもののその優秀さは否定しようがなく、代わりというなら他に考えられない。

 コキュートスも実はああ見えて一時的な代役ならば十分果たせるらしいが、まだまだリザードマン達の統治という不慣れな仕事に手一杯な無骨な武人にその大役を重ねるのは酷というものだろう。

 ──実際には、コキュートスは予想以上に順調に事を進めナザリック警護の任に戻れるほどまでになっていたのだが、アウラ達はまだそれを知らない──

 

 もちろんマーレにも不可能だ。そもそも例え可能だったとしても、姉であるアウラを差し置いて守護者統括の代役など許せない。【弟は常に三歩下がって姉の影を踏まず。】創造主たるぶくぶく茶釜様のお言葉だ。

 

「まあ、大丈夫なんじゃない。アインズ様がその辺抜かりある訳無いんだし。」

 腕のバンドを優しく撫でながら-それはもう無意識の癖になっていた-アウラが応える。

 

「まさか、アインズ様直々にお手を煩わすんでありんしょうか。だとしたらあの女……。」

 ──これも無意識に膝においた百科事典を撫でながら──許すまじ、と言いかけたところでシャルティアの口が止まる。

 

 手を煩わせた事に関してはシャルティアの右に出るものはいない。察したアウラも、女の情けでツッコミはしなかった。

 

「まあさ、アルベドの謹慎が解けたら女3人でまた遊ぼうよ。ほら、今度は一緒にお風呂行こうとか言ってたじゃない。」

 自分で言って、ふと弟の顔が浮かんでちょっとムカつくがそこは態度に出さない。

 

「ま、まあ……お湯に浸かってゆったりくつろぎながらあのツンケンした年増女が落ち込んでるのをからかってやるのも……悪くはないでありんすね。」

 

『素直じゃないな~。』

 プイッと顔を背け、頬を少し赤らめながらモゴモゴと憎まれ口を叩くシャルティアにアウラはなんとはなしに良い気持ちになって、聞こえないように口の中で呟く。

 

『──アウラ様』

 アウラの耳に《伝言》が届いた。

 

「ん? ナーベラル? 何か用? あれ、アインズ様と一緒にエ・ランテルに行ってたと思うけど……もう帰ってきたの?」

『はい、それで……アインズ様がアウラ様をお呼びです。至急執務室まで来るようにと。』

「アインズ様が? うん、分かった。すぐに行くよ……ナーベラル? ……なんか緊張してる?」

『は、はい、ルプスレギナが……いえ、その……』

「……うん、ああいいや、すぐ向かうから。それじゃ。」

 

「アインズ様の御召しでありんすか?」

 シャルティアが少しうらやましそうに尋ねる。

「うん……でもナーベラルの様子からするとちょっと怖いな。ルプスレギナがなんかやらかしたっぽいけど……。」

「人間の村に関する事でありんしょうかね?」

「かもね。あの村はトブの大森林の(そば)にあるから、私が呼ばれるのもそういう事かも。じゃあシャルティア、悪いけど行ってくるね。お風呂の件はまた後で。」

「分かりんした。私も自分の階層に戻りんす。」

 

◇◆◇

 

 ──第九階層・アルベドの自室・ハーレム部屋──

 

 アルベドは茫然自失していた。背中を丸め床に体育座りになってへたり込み、みじろぎもしなかった。

 

「…………アインズ…………様……」

 

 時折、小さなため息のように愛しの御方の名前をつぶやく。

 

 どうして。どうしてこうなってしまったの。

 私はただ愛を……愛してる……アインズ様……愛……愛して……アインズさ……ま……

 

 ああ、ああああああ、なのに、なのに、なぜ。

 

 罰ならば、シャルティアのように椅子にして欲しかった。背中にその白く気高い腰骨の重みを感じたかった。それならば、期間が3年に伸びようと喜んで受けただろう。『お前は三日の間、必要ない』っと言われたに等しいこの罰は、まさにそのままの意味での厳罰、拷問そのものだ。アインズからの命令が、これほどまでに苦しいとは。これに比べれば、ニューロニスト達に拷問されているワーカーの苦痛など、心地よいマッサージのようなものだ。

 

 さすがにいくらか理性は戻り、あれは(ちょっぴり)ヤバかった、っという認識はある。しかしまた同じような状況になったら、再び自分が暴走する事も容易に想像出来る。自分で抑制出来るものではないのだ。

 そもそも自制が効く程度の感情を、愛などと呼べるものか。

 

 愛……など……と……。

 

「アイ……ン……ズさま……」

 

 やがて肩が小刻みに震え、嗚咽が始まる。

「くすん……あ……アイ……ンズ様……ア……インズさま…………ぐす、アインズさま……ぁ……」

 

 黄金に輝く虹彩を持つ瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ち、頬を伝う。部屋にこもって数時間、あまりのショックから顔はずっと暗く無表情なままだった。それがようやく……感情が解き放たれた。

 

 やっと泣けた。一旦堰が切れると、歯止めが効かない。

 

「ふえぇ……っえぐっえぐっグシュン……は、はいんずざまぁ……アインズひゃ……うえっうえええええん……えっえっえぐっアインズしゃ……うう゛う゛ぅ……」

 

 知的で妖艶な美女が、まるで叱られた幼子のようにみっともなく泣きじゃくる。だがそれゆえに、その姿は例えようもなく美しかった。あの時のように。

 

「ヒック……あひんず……さ…… ヒック ヒック…… ヒック ヒック…… クスン……」

 

 しばらく泣くと、アルベドは全身の力が抜けたかのようにゴロンと我が身を横たえた。顔がまた無表情に戻り、口元はだらしなく半開きになっている。頭が空っぽになってしまったかのようだ。視点の合わない虚ろな瞳でハーレム部屋を見つめる。傷心の女淫魔(サキュバス)を、無数のアインズが見つめ返す。

 

 ──ぬいぐるみ、編みぐるみ、抱き枕、人形、ペナント、肖像画、石像、下敷き、バッジ、銅像、ストラップ、ポスター、コップ、皿……──

 自作アインズはあらゆるバリエーションに広がっていた。

 

 さらには、生まれてくる子供のための衣服も10歳まで作り終えた。デミウルゴスの助言を聞き女の子向けが多いが、それ以外にも男の子向け、両性、無性向け、自分に似た時のためにしっぽ穴・腰の翼穴・角穴つき、アインズ似の時のためのスケルトン向け、あるいはその複合と、およそ思いつくありとあらゆる子供に対応出来るよう万全を備えている。これからは思春期を迎えた子供向けにも手を付けなければならない。思春期が10才からなのか100才からなのかも分からないので大変だが、そのすべてを網羅する事も喜びでしかない。

 

 それに親子揃いのコップや歯ブラシ、食器なども作らなければ。ナザリック内に新婚用ルームも必要だ。飾り付けには念を入れないと。だってアインズ様との愛の巣なんだから。子供部屋だって情操教育を考えて色々工夫しよう。大事に大事に育てないと。アインズ様と私の愛の結晶なのだから。

 

 ……止めどなく己のうちから溢れだし、そうやって形にして吐き出さなければ身が張り裂けそうな想いの奔流。守護者統括としての激務の合間のそれらの作業と妄想は、この上もなく幸福なものだった。

 

 なのに……。このポッカリと空いた長い時間、創作に掛かる気力も作品を愛でる気力も沸かない。すべてが虚ろで、灰色だった。

 

 ──謹慎──

 

 拒絶された。嫌がられた。逃げられた。

 

 なぜ。

 

 どうしてあの方は、私の愛を受け止めて下さらなかったのか。

 

 なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。

 辛い。辛い。辛い。このまま消えてしまいたい。

 

「アインズ様……」

 

 また、その名だけを紡ぐ唇。

 

 心が寒い。凍えてしまいそう。ギュッと、我が身を掻き抱き赤子のように丸まる。

 

 寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。

 

 ショックで働かない頭には、とりとめもなく様々な記憶が流れる。

 一部事実と多少の齟齬があったとしても、アルベドにとって絶対の真実である愛おしい記憶。

 

 自分の胸を揉みしだき、情欲にまみれた熱い眼差しで見つめてきたアインズ。『私を守れ』っと自分の防御力に全幅の信用をおいてくれたアインズ。アルベドこそ自分がこの世で最も信頼出来る女だと言ってくれたアインズ。寒さに震える自分に、真紅のマントを優しく羽織ってくれたアインズ。お前を愛しているとハッキリと言葉にしてくれたアインズ。血を吐く思いで懇願する自分に、愛しのお前の元に必ず戻ってくると約束してくれたアインズ。構築した防衛システムの完成度に、さすが私のアルベドだと満足気に頷いてくれたアインズ。秘密特別部隊の結成を、大笑し鷹揚に許可してくれたアインズ。

 

 ただ一人……自分(達)を見捨てずナザリックに留まってくれたアインズ。

 

 優しいアインズ。雄々しいアインズ。知的なアインズ。美しいアインズ。愛しいアインズ。アインズ。アインズ。アインズ。アインズ。アインズ。アインズ。アインズ。

 

 想うのがこれほど辛いならば、いっそ嫌いになれたなら……っという発想は、露ほどもアルベドの脳裏に浮かばなかった。NPCとしての忠誠、女としての愛、二重の鎖でガチガチに縛られた心は、楽になるためにそれを捨て去る思考など微塵も許さない。それよりは二つの想いに引き千切られ、砕けちる事を望む。

 

 ……それが……お望みなら。私が必要無いのでしたら。いっそ自害……を……。

 

 ゆるりと、右手を己の喉元に当てる。このまま防御力を最低値まで下げ、戦士職LV100の攻撃力で思い切り押しつぶしたなら死ねるだろうか。……悲しんでくださるだろうか。愚か者と唾棄されるだろうか。どのような形でも良い、私の存在を脳裏に浮かべてくださるなら、それで私は……!目をつぶり、グッと指先に力が入る。

 

『アルベド……』

 

「…………!? アインズ……様……?」

 愛しい御方の声がしたような気がして、手の力を抜き目を見開く。あの時のような《伝言(メッセージ)》……では、ない。

 

 だがそれは確かに聞こえ、アルベドは顔を上げキョロキョロと目を動かす。

 ふと、赤いものが目に入った。それは、かってアインズから下賜された防寒用の真紅のマント。無数のアインズに混じって丁寧にハンガーに掛けられている。アルベドは無意識にそこまで這いずると、震える手でそれを掴み、羽織った。

 

 ああ……  暖かい……

 

 マントは愛しの御方そのもののように身を包み込み、その温もりにアルベドはうっとりと目を瞑る。その瞼の裏には麗しいアインズの真っ白な裸体が浮かぶ。神が造形した……いや、神そのものの完璧な骨格。

 

 アインズ様……

 

 ああ、そのお体を撫でたい。しゃぶりたい。胸に押し付けたい。骨の一本一本に匂いをこすりつけたい。眼窩を舐め回したい。肋骨の空間に頭を入れてわしゃわしゃグリグリしたい。腰骨の根本の……○×が、△で、●□で……。

 

 ……少し元気が出てきた。ふと、自分の手元に目をやる。左手の薬指にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが輝いている。女ではまだ自分にしか与えられていない指輪。アインズの愛と信頼の証。その左指を右手でそっと優しく包み胸元に掻き抱く。ポワッと、指輪から暖かい灯火が輝き、胸の内を照らしてくる気がする。

 

『アインズ様。アインズ様。アインズ……様……ぁ』

 

 わずかながら、思考回路が働き始める。それと共に周囲のアインズグッズが色味と生気を帯び始め、一斉に自分に向かって呼びかけてくる。

 

 アルベド アルベド アルベド アルベド アルベド

 

「……! アインズ……様?」

 

 優しい声。親しげな声。叱咤する声。愛しげな声。

 

 世界がグルグルと回り、アインズ達が万華鏡のように煌めきながらアルベドを取り囲む。戸惑い狼狽えつつも、うっとりとその光景に目を奪われて恍惚となる。不規則に語りかけていた声が次第にまとまり、そして天啓……神託が下った。

 

『『『アルベドよ、我が真意を知るが良い!!!』』』

 

「……アインズ様!!!」

 

 ガバッと起き上がり、周囲を見渡す。シン……っとした室内に動くものはない。無数のアインズグッズは静かに佇むだけだ。

 

「アインズ……さ……ま……?」

 

 ……救いを求める想いが見せた幻覚だったのだろうか。しかし、おかげでアルベドの心に気力が戻ってきた。急激に、思考が回転し始める。いつまでも落ち込んでいられない。ただ自己憐憫に溺れるばかりでは、それこそ守護者統括として失格、何より愛する男にとって本当に無価値になってしまう。

 

 あの場面を回想するのは辛い。辛いけれども、見つめ直さなければならない。自分の失態を。なぜ自分がアインズに嫌われたのかを。なぜ嫌いと、顔も見たくないと……。

 

「…………………あれ?」

 

 アインズ様は、私を嫌いだと仰った?

 

 ……否。

 

 顔も見たくないと仰った?

 

 ……否。

 

 現実に言われたのは「謹慎三日間」。その言葉だけだ。そして謹慎=嫌い ……では、無い。無い。無い!!

 ああ、そうだ、その前に……アインズ様はなんと仰った?

 

『お前は私の宝だ』

 

 ギュン! っと脳天から下腹部まで真っ白い快感が走り抜ける。腑抜けたような笑みを浮かべ目が虚ろになる。「お前たちは」から「たち」が抜け、自分に都合良く改変されたアインズの言葉がアルベドを酔わせる。

 

「アインズさ……まぁ……」

 

 なんで、なんで忘れていたのだろう。ショックがあまりに強すぎて過程が全部飛んでしまっていた。もう一度……あの場のアインズ様の言葉を思い返してみよう。そう、そうだ、アインズ様は……こう仰った。

 

『ありがとう、お前の言葉はいつも私を喜ばせてくれる。いつも思うのだ。私はお前に感謝すべきだと。』

『お前は私の宝だ 誰にも渡したくない。』

 

 あれ? あれあれあれ? ……あれ? どこに……落ち込む要素があるの? それどころかこれって……愛の告白じゃね? じゃね? マーレやシクススや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達がいる場で、アインズ様ったらなんて大胆な……。あれ、じゃあなんで私は謹慎なんて……あれ?

 

 ……自分は何か、とんでもない誤解をしているのではないかしら。なぜアインズ様がこの私に、愛する私に謹慎などお命じになったのか。なぜあの場でそうしなければいけなかったのか。

 

 考えなさいアルベド、愛しいあの方のお言葉のその意図を間違えるなんて。そう、誰でもなく、他でもないこの私よ!シャルティアじゃないのよ! 絶対にあってはならない事よ! アインズ様の永遠の伴侶なのよ!

 

 考えなさい、考えて、考えて、考えて……。

 

 アルベドの脳内で状況の(都合の良い)再構築が始まり……そして、結論が出た。

 

◇◆◇

 

 ──第九階層・アルベドの自室前──

 

 アインズと共にトブの大森林で東の巨人と西の魔蛇の件を片付けナザリックに戻ってきたアウラは、シャルティアに声をかけアルベドの自室を訪問した。そして二人は、予想に反しひどく機嫌よさ気に浮かれている守護者統括に当惑する。

 

「あらシャルティア、アウラ、どうしたの二人揃って。今朝お別れしたばかりなのに。」

「……思ったほど落ち込んでいないようでありんすね。」

「え?なにが?どうしたのシャルティア?」

「いやだからその……ええい、なんでもないでありんす!」

「もう、なによ、おかしな子ね。」

「……あのさあアルベド、アインズ様に、その……謹慎、命じられたんでしょ?」

 カラ元気だと思い、恐る恐る尋ねるアウラ。

「……ああ、その事……。マーレから聞いたのね。」

 

 心配して損したわ~とかなんとか隣でシャルティアがブツブツ言ってるが、それは全く耳に入ってない様子で我が意を得たりと語り始めるアルベド。

 

「そうね……最初は落ち込んだわ。奈落の底に突き落とされたようなショックで……。このまま消えてしまいたいと思ってしまったぐらい。……でもね、思い至ったの。」

 

 ん? っと二人は怪訝な顔をする。アルベドの表情に陶然としたものが混じり始めたからだ。

 

「アインズ様のお言葉にはいつも深い意味が込められているんだって! ああ……お優しいアインズ様はそれまでのお言葉に無数にヒントを散りばめていらっしゃったのに、それを即座に理解出来なかった自分に恥じ入るばかりだわ……。」

 

……いや謹慎は言葉のままの意味の謹慎だろ、マーレから聞いた状況からいっても普通に只の罰だろ、何言ってんだこいつ、っという表情のアウラに構わず頬を赤らめながらまくし立てるアルベド。

 

「アインズ様はね、照れてらしたの! ええ、私も早計だったわ。マーレがいたんですもの。まだお子様には性教育は早過ぎるものね。それにシクスス達も。私達の激しい愛の姿を見せるのは刺激強すぎだわ。きっと生涯その美に囚われて仕事が出来なくなってしまう……。そんな残酷な事はしてはならないものね。それに……営みは二人きりの方が良いに決まってる。だから、あの場ならアインズ様もそうするしか無いに決まってるじゃない! 支配者としての態度で振る舞われるしかないじゃない! あの方も断腸の思いだったはずだわ……。だから、あ・え・て、私に謹慎をお命じになったの! 『アルベドよ、頭を冷やせ。私達の睦み事は国家の大事。お前の愛は私に届いているのだ。ならば焦るな。』ってね。ああ、なんて冷静かつ愛に満ち溢れたお言葉なの!? ほんとに……私が惚れたあの方はなんて……なんてお優しい……。それなのに私ったら悪い方に捕えて勝手に落ち込んで……ほんと、私ってバ・カ・な・お・ん・な♪」

 

 最後の言葉を除きほとんどすべてのセリフは両耳を素通りし、あーまあ、バカなのは確かね、っとアウラとシャルティアはナザリックで一二を争う知恵者であるはずの守護者統括をジト目で眺める。

 その視線の意味を嫉妬と捉え、にた~っという擬音が似合いそうに口元を緩ませたアルベドが、グイッとシャルティアに顔と近づける。

 

「聞きたい? ねえ聞きたいシャルティア?」

「な、なんでありんすか。」

「アインズ様が私に何と仰ったかよ!」

「べ、別に聞きたくは……」

 シャルティアに皆まで言わせず、アルベドは一語一語噛みしめるように話す。

「お・ま・え・は・わ・た・し・の・た・か・ら・だ……キャッ!!」

 ピョコンピョコンと乙女(おとめ)のように可愛らしく跳びはねるサキュバス。いや、実際処女(おとめ)なのだが。

 

 いつもならその年格好に似合わない振る舞いにオバさんネタのツッコミを入れるところだが、それも忘れるほど動揺するシャルティア。

 

「あ、アインズ様がおんしにそんな事を仰ったでありんすか!?」

「ええ、ありんすよ? ごめんなさいねシャルティア。私が双角獣(バイコーン)に乗れる日はもうすぐそこのようだわ。」

 

 首を傾けて見下ろし、勝ち誇った笑みを浮かべるアルベド。さらにホホホと笑い手を広げてグルングルンと回りながら好き好きアインズ様大好きアインズ様とかなんとか、自作の歌を歌い始める。脳内ではナザリック全NPC達の祝福の大合唱つきだ。

 

 ぐぬぬ……っと怒りを爆発させそうなシャルティアに、アウラがそっと耳打ちする。

 

「やー、マーレから聞いたんだけどさ。アインズ様は『お前たちは私の宝だ。』って仰ったんだって。その場にいたマーレやシクスス、それに至高の方々に創造された私達全員に向けての言葉で……まあもちろんアルベドも入ってるけどさ。」

「……それを自分一人に向けての言葉に脳内変換したでありんすか。なんて都合の良いオツムの守護者統括様でありんすことか……。」

 

 呆れて、湧き上がってきた怒りがスーッと収まっていく。

 

 本来その言葉は例え又聞きであろうともアウラもシャルティアも感動に打ち震えるはずなのに、目の前にこんなのがいたら妙に冷静になってしまう。先にはしゃいでいる酔っぱらいがいると冷めてしまうのと同じ原理だ。

 

 こうなると、クルクル廻って高らかに歌い上げているアルベドが哀れに思えてくる。謹慎宣告の耐え難い苦痛から逃れるため、心の防御機能が働き言葉と状況の強制変換が起きたのだろう。

 

「……辛かったんだね。」

 アウラが静かな目でそれを見つめたまま、傍らのシャルティアへともなく呟く。

 

「さすがに……夢を見させたままにしてあげんしょうか……。」

 ライバルの精神崩壊は喜ぶべきなのだろうか。いやしかしこんな相手では闘志も沸かないし、そもそもナザリックの運営を任せて大丈夫なんだろうか……。

 

「ま、まあ元気そうでなによりだよ、アルベド。うん。」

「ふう、アホらし。でっ、これからどうしなんす?もう一度解散でありんすか?」

「そうだねえ……せっかくならさっきの今だけどついでにお風呂に……っと、でもアルベドは謹慎中か…… ……あ。」

「なんでありんすか、アウラ?」

 

 何か思い出した風なアウラに、怪訝そうに問いかけるシャルティア。

 うらやましさからあえて記憶の隅に追いやっていたが、こうなると口に出さないとかえって辛い。

 

「……いや……アルベドの謹慎の事でマーレを締めあげた時さ……様子がおかしかったんでちょっと追加で拷問して聞き出したんだけど……今夜アインズ様と男の階層守護者達でお風呂に行くとかなんとか。」

 

 グリン! という音がするほどの速度で2つの首がアウラに向けて回った。その血走った4つの眼はほぼ真球に近い形まで見開かれている。うぉう、っと思わず声が出て一歩後ろに下がる魔獣使い(ビーストテイマー)。獣の扱いに慣れているとはいえ、さすがにナザリック最強クラスのこの2頭の獣欲にまみれたガチの眼力にはちょっとビビる。

 

「行くわよ! シャルティア! アウラ! 男衆だけにご寵愛を受けさせてなるものですか!」

「当然でありんす!」

「へ? ちょっと待ってアルベド、謹慎ってそういう事やって……? こ、こらシャルティア! あんたまで同調してどうするのよ!」

 

 アウラの常識的な判断は、風呂、混浴、寵愛、裸、お背中流し、衆道、マット洗い、っと思いつく限りの単語を脳裏に並べながら駆け出していくアルベドの耳には一切入っていかなかった。

 

 一緒に駆け出そうとしたシャルティアをかろうじて後ろから羽交い締めにするが、ビーストテイマーではゴリゴリの戦士職のシャルティアに敵うはずもなく、そのままズルズルと引きずられていく。焦りつつも『あー話せばそりゃ、こうなるわよね。』っと冷静な視点でセルフツッコミをしている自分もいる。『なんで話しちゃったかな。』

 

「ちょっ、ま、待ちなさいよ! アルベド、シャルティア! あ、ナーベラル! ちょっとあんたも手伝いなさいよ! うわぁあ!」

「あ、アウラ様……シャルティア様。これは一体……?」

 

 先に突っ走っていったアルベドとたまたま廊下ですれ違いその形相にあっけに取られ立ちすくんでいたナーベラルは、続いてズリズリとやってきた二人の異様な様子にオロオロと動揺する。

 そしてとりあえず近づこうとし……

 

 ふんぬっ!!!

 

 っという真祖吸血鬼(トウルーヴァンパイア)のひと睨みに硬直する。

「な、ナーベラル? なーべ……」

 ピンっと背筋を伸ばし屹立したままになるナーベラルにちょっと恨みがましげな声と視線を送るアウラだが、それに反応するまもなく二人の姿はあっという間に廊下の曲がり角に消えていった。

 

『こ、これは……どうしよう……? 私……どうすれば……?』

 

 その理知的な顔立ちとは裏腹に、ただでさえハプニングに弱くややポンコツ気味な戦闘メイドは、LV100階層守護者のガチ睨みに思考が硬直し次の行動を決めかね止まったままだ。

 

 ポン

 

 誰かがナーベラルの肩を軽く叩く。不思議とフッと力が抜け振り返ると、そこにはどうすれば良いかを聞くには最善の人物が立っていた。

 

「ユリ……姉さん……。あ、あの、これどうし……たら……。」

 

 だが……。

 

「…………。」

 

 ユリはナーベラルの肩に手をやったまま、目を閉じて無言で首を横に振るばかりだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 ──そして風呂場前でのゴタゴタから、女風呂でのゴーレムクラフトとの戦闘へと事態は展開していく。

 

 アインズ達が突入する前にゴーレムを破壊出来た事は、女達に……特に本性を表していたアルベドにとって幸運だったのか不幸だったのかは、うかがい知れない事である。

 

 ちなみに謹慎は『あーこれ、いないと無理だわ。』というアインズの判断でその日1日で解かれ、アルベドの勘違いはさらに加速していく事になる。

 

                                           END

 



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