無用組一週間お題「約束」参加。御手杵の槍身は四尺(約120cm)ではなく四尺六寸(約140cm)ですが響き重視ってことでご容赦を......
日が燦々と照って、畑当番の堀川国広と乱藤四郎に容赦なく突き刺さっていた。夜目の利く短刀と脇差のこと、二人して夜日が沈んでから作業しようと思っていた彼らがこんな真昼に収穫に励んでいるのは、気の利かない──あるいは当番たちの感情を気にしていられないほどに料理にはまりこんだ──燭台切光忠のせいだった。曰く、「夏の野菜はもぐとどんどん鮮度が落ちるからね!
白さすら感じるほどの青い高い空を、汗を拭いながら乱が見上げた時、母屋を挟んで反対の縁側で、赤のTシャツを着た男も同じものを見たところだった。
「あいすくりいむ」と言ったか、甘く冷たいねっとりとした氷菓は一夏に三つずつ分けあう決まり。六回に別けて運ばれるそれらは、料理当番がしょっちゅう開け閉めする本丸の冷凍庫では長く持たないので割り振られたなら一週間のうちに食べなければ後は早い者勝ちとなっている。
何度注意しても直らない、と諦めたように歌仙兼定が言ったのが三日前。友人の言うところの西洋式の褌、要はトランクスを穿いただけで素足を晒した御手杵は、じゃんけんに負けて選択の権利を奪われたために仕方なしにガリガリ君をかじっていた。
隣で気だるそうに燭台切曰くの「じぇらあと」を舐める黒づくめの青年を恨めしげに見つつ、手杵の槍は口を開いた。
「なーなー正国ー、なんか楽しい話しよーぜー」
「ああ?......何をだよ。こっちは暑いんだよ見りゃあ分かんだろうが」
「じゃあ涼しくなる話!怪談とか」
「まだ真っ昼間じゃねえか。そもそもそういう話が聞きてえんならにっかりにでも頼め」
「うえー、あいつの怪談怖いんだよー」
「むしろ他に何を求めてたんだてめえは......そぉだなあ、じゃあちょいと昔話でもするかぁ?」
「あ、待った!実話?だったらなしで!」
「なんなんだよてめえはよぉ」
呆れたように溜め息を吐いた金眼の
しゃくり、と最後の一口を飲み込んで、棒に何も書かれていないことを確認した男は一つ伸びをして、自分より三、四寸も低い口元からコーンを奪い取った。
「あ、てっめえ、返せよ」
当然の非難に対して、言葉による返答より先に既に半分程になっていたコーンを食べ尽くすことで答えを示した御手杵を、彼が思わず殴ってしまったのも致し方ないことだったろう。
中庭の敷石に転がり落ちて、痣ができなかったことを確認しながらもう一度縁側に乗った槍は、胡座をかいて座り直し、どこでもない青空を再び見上げた。
「なあ、もし、この戦いが終わるまで折れなかったらどうしようか」
それは先の様相とは似つかぬ、真っ当に武器らしい、戦場の声。ただまあ、この瞬間にそんな声音で話したとても。
「誤魔化そうとしてんじゃねえよ......そうさなぁ」
あからさまに先の出来事を忘れさせようとしている言葉に、そうとわかってわざわざ答えを返そうとするのは、同田貫の
「俺たちは
その、「俺たち」の意味を、御手杵は知らない。天下三槍と謳われる槍には、まさしくその故に分からない。だから、「俺たち刀剣男士」はもとの刀剣に、付喪としての本霊に回帰するだけだろうけれどここにいるお前が望むなら、とそうとった。
じゃあ、と言って戦うための、飾りのないその大身槍は、武骨の刀に望みの死に様を語るのだった。
「そのときには、」
あんたと二振り、全力で。
互いに殺し合いたい、と。
肉の身から手足の千切れても、鋼の身の折れ砕けようとも。
それは、同田貫にとっても随分と、甘い夢であった。
だから、約束だと言った。
それは夏場の夢物語。
───それは、二度目の。
青い雷光を纏った鬼の中に一匹、見たこともない様相の大太刀を見つけたのは、にっかりと笑う霊を斬ったという青江の霊刀であった。紅く鈍く輝くその巨躯におぞけを覚えた刀剣らはしかし、それでも引こうとはしなかった。
隊長は次郎太刀、以下六名による第一部隊。偵察はにっかり青江に一任し、同田貫正国と御手杵が先陣をきる。その後に左翼から燭台切光忠と次郎太刀、右翼から大倶利伽羅と青江が続く魚鱗の陣形。
然程暗くはない森の中、ひっそりと近づくその内に、御手杵の足元からぱきりと軽い音がした。ぐるりと修正主義者軍の何振りかがそちらを向き、短刀を加えた蛇染みた骸骨が警戒音を発する。甲高い、女の断末魔にも似たそれを契機に、青江、同田貫、大倶利伽羅が腰元を叩いて何事かを囁いた。銀と金の淡い瞬きが日の光に紛れて、それと同時にほの暗く光る赤黒いものが敵軍に見えた。
瞬間、どこからともなく矢と鉄砲の弾とが男士らに降り注いだ。ある種幻影にも近い、確たる実体を持たないそれを、容易に斬り裂き掻い潜る男ら。時折先と同じく銀や金の煌めきが舞い、確かに当たったはずの矢弾が不自然に落ちる。
不意に飛び道具の途切れたところで、一際高く飛び上がったのは黒の襟巻きをたなびかせた若武者。宙に浮く二匹、骨の蛇らを纏めて叩き折り、着地の勢いもそのままに笠を被った化生に斬り上げを浴びせる。殊更にぎらつかせた左目から青の燐光を溢して反撃する打刀と鍔元にて競り合う彼の後ろから、龍の彫られた刀が飛び出した。脇腹に柄まで埋まれと刺さったそれが止めとなって、笠の妖鬼は塵と崩れる。
左に意識を向ければ、珍しく牽制に努める御手杵と、こちらは珍しくもない燭台切、それから太刀二匹を一纏めに斬り伏せた次郎太刀。最早残った敵は一振りであるものの、そもそもが大太刀の間合いに、鬼自身の身丈も九尺は優に越す。攻めあぐねる中、大倶利伽羅と青江は背後を取ろうと木々の合間を大回りに回る。
「おい」
一見重たそうな女物の着物を纏った見事な黒髪の大太刀に、金の瞳を歓喜にぎらつかせて刀が言う。大身の槍もこちらにいる以上、懐に入ってしまえば勝ちだ。
「だから俺に行かせてくれ」
「まーたいつものそれかい。良いよ。今回ばかりはあんたに理がある」
「おっし!」
悦びに体を震わせて、じわりと汗の滲んだ手で一度納刀した自身の柄を握り直す。姿勢は低く、緑の服の槍の脇を潜り抜けて。赤鬼の大太刀の届くところまで踏み込んだ打刀の口から、凄まじい猿声が迸る。抜き様に腹をばっさりと、斬ったところまでは良かったのだ。
手杵と称される名槍と、正に打ち合うその刀から左手を離し、周囲の警告の更に前。むんずと
そして真っ赤な妖魔は、自らが槍と脇差とに貫かれることすら省みず、金眼が詰まった息を吐き出すよりも先に、黒髪が倒れた身を起こすより前に、その心臓に大太刀を突き刺した。
互いに人ならざる身であれば、政府側の刀とて同じことをしただろう。それは何も間違ったことではなく、だからこそ、一番やってほしくはなかった。
そのまま横合いに引き裂かれた肉体よりも、しかし彼らが悔いるべきは一歩進んで踏み潰された刀身であった。折れこそしなかったが、既にまともに使える状態ではなくなったそれは、管狐に見せれば「破壊状態」だと言うのだろうことは想像に難くない。
浅黒の肌を持つ打刀に首を落とされ消え去った鬼のいた方を、揺れるを押さえることもできなくなった瞳でなんとか見据えたその刀は、微かに唇を震わせて、その場で唯一の槍の名を呼んだ。
屈んで、できうる限りに口元まで近づけた耳に、同田貫は、忘れてほしい、だなどと囁いた。
そうして、特大の呪いを植え付けたのだ。
自分を忘れろ、誓いは
その黒と赤の体の上に、似合わぬ白を見て、御手杵は初めて、誉桜を無粋と思ったのだった。
───それは、三つ目の。
ふらり、ふらりと槍が一振り。顔を赤らめゆらゆら歩く。今の今まで日本号と陸奥守吉行に付き合わされて、それで十二分に飲まされたろうに緑の
それは月のない夜のこと。
はらはらと、銀杏と楓が風に舞っていた。
広間からは真反対の、部屋へ戻るものの他は誰も通りかからないであろう場所に、本体となる刀を抱えたままの少年が座っていた。灯りの一つもともさずに、ぼうと光る金の眸と星影、そして酒盃の照り返しだけを、夜でも明るく見える打刀の特性と併せて。
御手杵は、襟巻きにくるまって杯を空にしていくその刀の上に、どうしてか赤いものを幻視した。やぶにらみの金の下、斜めに切り裂かれたその痕から、たらたらと血が流れ出る様を見てしまった。
どうしたって一瞬息は止まって、けれどすぐに、平然としたような声は喉から飛び出した。
「また
「今日の内番夜警なんだよ」
「え、なにそれ聞いたことな......」
「冗談だ。だとしたら酒なんて飲まねえよ」
目の前で飲んでいるというのにまさか本気にとるとは思わなかった同田貫は、慌てて傾けようとした杯を下ろした。
「なあんだ......で、なんで?」
「あー、こないだ蜂須賀と山姥切に絡まれてなあ」
「......揃うと途端に面倒になるよなあ。山姥切が」
「おう」
本来は誰かの私物であろう金箔の散らされた朱塗りの杯を傾けて空にすると、酒は入ったというのに濁ったままの目で睨んで同田貫は、長らく抱いていた疑念を口に出した。数いる刀剣男士の内からこの長柄の槍を選んだのは、それが真実であったとして一番耐えられると踏んでのことだったが、その実その三角の槍が一番弱いのだとは、誰も知らなかった。
「なあ、俺ぁ、二振り目なんだって?」
世界が凍った。まだ秋だというのに、まるで真冬のような。止まった息を飲み込んで、見開いた榛を元に戻す。たったそれだけのことに、御手杵は五秒ほどもかけて漸く震える声を溢した。
「ああ」
如何に普段周囲の感情をおもんばからないと言われる武骨の刀といえどその
「そうかい。それで大体のこたあ説明がつくからなあ。すまねえな、わざわざ言わせちまって」
互いを見ぬまま、暫しの沈黙が落ちる。
「なあ、」
けれどそうして、集合体は
「もし、また俺が折れそうになったら」
「あんたに介錯を頼んでもいいだろうか」
どうして、それに否と言えたろう。
彼らは戦国乱世の生まれ。雑兵に首を取られる不名誉は、ようく知っていたのだから。
悲しむべきは、酒に紛れて忘れることすらもなぜかその夜はできなかったこと。
───そしてそれは、何度繰り返した問答だったか。
雲が白でなく薄墨に染まった曇天の
「また雪か?こんな地味な驚きは要らないんだがなあ」
ひらりひらりと落ちる牡丹に身を縮こませて、真白の太刀は誰に言うでもなくぼやいた。一行に雪降らしの槍のいるとは彼も知らなかったけれど、御手杵と呼ばれる槍が刀剣男士に許される限りに霊格を高めきって(審神者は「かんすと」と言ったか)、遠征任務にばかり駆り出されるようになってから、濡れて帰る刀剣の増えたことには勘づいていた。
来たばかりの刀剣男士は、まず何度か検非異使の確認されていない戦場へ出陣させ無理矢理にも幾らか練度──霊格の指標となる数値──を上げた後、遠征と演練とで暫くは人の姿に慣れさせる。それは、最近ようやっと来た何振り目かの同田貫正国でも同じことであった。
そう。同田貫正国は、なぜだかよく折れた。身を捨てるような戦い方のせいだろうか、しかし小夜左文字も似たような動きを見せる。実力が足りないのだろうか、しかし同じような時期に来た同じような練度の男士は今まで生き延びている。審神者の采配のせいだろうか、いいやかの御仁にも非はあるまい。
別段仲間を庇うでもなく、別段大将首に固執するでもなく、別段死を望む様相も見せぬかの刀がああも容易く折れる訳を、しかし結局誰も知らない。
何、理由など無いのだ。
けれどそれでも実戦刀は、末期こそ誉と言って。敵の首級を重ねた中に、ひっそりと自らのそれを紛れこませる。
そう、理由など無いのだ。ただ彼らが、それで構わぬと言う他には。
先頭を進むのは当の雪降らしと、それから脇差と見紛う背丈の打刀。話せば話すほどに辛くなるだけであろうにその槍は、何度でも自分から同田貫に近づいた。そして何度でも、
全霊のお前を折りたいのだと、ただ二振りの武器が互いに言う。他のものらはどうにも自分を人だと言いたいようであったから御手杵は、それほど力に差があると知ってなお、同田貫正国にしか頼まなかった。
「あんたと俺と、戦いが終わって残ってたなら」
「ああ、そのときは」
───そうら、最後の日がやってくる。
審神者が「万屋へ行って参ります」と言い残しこんのすけだけを連れて出て行ってから三日、庭の数十の桜の木は蕾から花を咲かせる様子を見せずに、枯れかけたようないくばくかの葉を枝にくっつけていた。既に粟田口の幾振りかは姿が見えず、一期一振は嘆き悲しむ姿を隠そうともしない。早々に事態を悟ったか小狐丸の姿もなく、大太刀は揃いも揃って還ろうかと相談中。
数日前とはうってかわった乾いた風を受けながら、本丸で唯一戦装束に着替えた刀が天下三名槍の集う部屋の障子を開け放す。
「御手杵。着替えろ。明日まではたぶんもたねえ」
同田貫正国という刀剣男士の霊格は、集合体故そう高くはない。幾振りかの奉納刀も数千の名もなき刀に追いやられて、かつて出雲で会った末之青江──刀剣男士としての名を太郎太刀という──からすれば見る影もなく。だから、四日は持たない。そう聞いて、漸くことの次第を掴んだ三槍一の重みの槍は、背後から聞こえる疑問の声を無視して装いを整える。
元から着ていた炎の意匠の服の上から上衣を羽織って暫し考え込み、身軽さを優先すべきかと今一度脱ぐ。
「で、場所どうすんだあ?」
これから斬りあうとは思えない気安さで男は七寸ばかり上から声を降らせる。
「鍛練場の裏に、広く開いたとこがあんだろ。あそこでどうだ」
こころなしか口角の上がった青年は傷だらけの手で本体を撫でながら返した。ほんの少しの思案の後に槍は承諾し、そうと決まればと足早に進む。
「......そうだな。全力で振り回せそうなのはあそこくらいだ」
「長柄は大変だよなあ、訓練一つも場所を選ぶ」
「今更気づいたのかよ」
厩の横を通る時、紫の
「おい、どこへ行くつもりだ。そもそも本来なら御手杵は畑の当番のはずだろう」
「げ、長谷部じゃん」
「なんだその態度は!大体お前は......」
「長谷部」
斬り込むかのような、冷えた声音で青年が言う。
「俺は恐らく明後日の日の出は拝めねえ。最後の我儘だ、勘弁してくれや」
主の命を第一とする彼も、当の審神者のいないとなればそれに、一体何を言えただろうか。
沈黙だけが返る中、同田貫自身だけがすたすたと歩き去る。圧し切りには「じゃあな」とだけ言い残して黒い背中を追う槍を見て、好きでもない馬の世話に戻った忠臣はそっと溜め息を吐いた。
四半刻の後に圧し切りの名を持つ長谷部国重の刀が見たのは、砕けた刃と、