赤城さんを大切に想うあまりカラ回りしてしまう加賀さんだったが、それは赤城さんもきっと同じ気持ちで、お互い少しだけ気づかない。もどかしい、そんなお話です。
若干コミカルな感じで書きました。

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初めましておおとりです。
Pixivに投稿していたものを転載しました。こちらでも書いていこうと思います。ご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。


その夜は、楽しいパーティーのはずだったのに

 その夜、赤城さんの落ち込みようといったら、いつか鎮守府が敵に爆撃されて提督が姿を消したその時よりも暗かった。

 私たち一航戦の部屋中に張り巡らされた金のモールやプラスチック製の星が、明るい照明に照らされてキラキラと輝いていた。そんな輝きを浴びて、ローテーブルの上には大和さんに作ってもらったケーキや鳥の丸焼き、ローストビーフやビーフシチュー等々、クリスマスと思われても仕方のないご馳走が並んでいた。

 パーティーを間近に控えた私たちの部屋に入ったら誰もが心躍らすことだろう。

 ――だけど。

 赤城さんの表情は窓の外――漆黒の闇よりもなお深く沈んでいた。

 同室の私と、五航戦の姉妹はそんな赤城さんにかける声が見つからなかった。

 赤城さんの頭上には、真白い看板が天井から吊り下げられていて、その文字の周りをカラフルなマジックペンで可愛いリスや鹿といった森の動物たちが踊っている。何故そのチョイスなのかは分からない。

 私は一昨日から、まるで少女のようにはしゃぎながら看板に森の仲間たちを描いていく赤城さんを思い出して、さらにその看板に書かれた文字を見て、天を仰いだ。

 その看板には、筆跡からワクワクが感じられるほどの文字で大きく書かれていた。

 

『鎮守府へようこそ! 天城姉さまっ! 熱烈歓迎!』

 

 嗚呼……。

 今夜、鎮守府には『雲龍型の天城』が着任しました。

 

 

 

 その直後――。

 私たちは提督室に集められていた。

 提督室で私たち空母組と天城が顔合わせが行われたのだ。

 

「初めまして先輩方。雲龍型二番艦、天城です。よろしくお願いいたします」

 

 赤城さんは立派だった。たおやかな雰囲気を持つ天城に、赤城さんから歩み寄り、

 

「よろしく天城。かつて私の姉と同じ名を持つ貴女と一緒に戦えるのはとても嬉しいわ。出来の良い後輩が増えて少し身が引き締まる思いよ」

「そんなことないです……。一日も早く皆さんに追いつけるよう、精進します」

「天城、俺からも頼むぞ。久々の空母の新戦力だ、目をかけてやってくれ」

 

 提督はいつもと同じ。あまり感情を表に出さない声音で言った。

 

「はい。赤城、了解しました」

 

 微笑んだ赤城さんが返事をするのを見て、私と五航戦の二人は慌てて、了解しましたと答えた。

 

「そうだ提督、天城さん以外にも新しい艦娘たちが鎮守府に来たことだし、なにか親睦を深めるイベントとか、できないかな」

「ふむ……そうだな」

「はーいはーい! 運動会とかやりたいっぽい!」

 

 秘書官の時雨と、たまたま提督室にいた夕立が提督に何か提案しているが、私としては赤城さんがいつも以上に柔らかい表情と態度なので余計に不安になってしまう。

 ふと横を見ると、瑞鶴も「あれ、大丈夫なんですか?」と声を出さずに口だけ動かして私に伝えてきたけれど、正直なんて答えていいか分からなかった。

 

「さぁ、今日はこれくらいで。帰りましょう加賀?」

「は、はい」

 

 私は赤城さんを追いかけるように提督室から出る。背後で瑞鶴と翔鶴も提督室から出る気配を感じながら私たちの部屋へと戻る。

 部屋の扉を開けると相変わらず楽しいパーティーがこれから始まる雰囲気を満載した室内の装飾が出迎えてくれる。

 

 天城姉さま熱烈歓迎と書かれた看板のはしっこを赤城さんは無言のまま掴むと、ゆっくりと下に引っ張った。

 ブチブチと装飾用の金モールを巻き添えにしながら、天井から吊るされた紐をゆっくりと切りつつ、看板が引きずり下ろされる。

 めき、という音はベニヤ板製の看板が赤城さんに握り潰された音だ。

 

「あ、赤城さん!?」

 

 私は赤城さんに声をかけるも、彼女からの反応は無く、代わりに手に持った看板を力任せに引っ張った。

 部屋中の飾りが弾け飛び、看板が派手な音を立てて真っ二つに砕けた。

 

「うわ!」

 

 瑞鶴が肩をビクと震わせて悲鳴を上げる。

 

「なんで……」

 

 赤城さんは飛んできた金モールや色紙で作ったリングまみれになりながら、低い声を発した。

 

「なんで……どうして……」

 

 深海棲艦に対しても向けたことの無い暗い瞳を私たちに向けてくる。翔鶴が「ひっ」とかすれた声を上げた。

 

「どうして言ってくれなかったの」

「え」

「どうして勘違いだって教えてくれなかったのよぉ!」

 

 ばかー!

 赤城さんが吠えた。

 

「わたっ……私! 私は天城姉さまかと思ってこんな、みんなにも手伝ってもらってこんな、こんなことして……馬鹿

みたいじゃない! っていうか馬鹿じゃない!」

「赤城さん……それは……」

 

 私たちだって知らなかったんです、と言う前に赤城さんは全身に絡まった部屋の装飾品を私たち目がけて投げつけてくる。

 

「あ痛っ! 痛い!」

 

 丸い金色のプラスチック製のボールが瑞鶴の眉間を直撃した。

 

「ばか! ばかばかばかー! 言いなさいよ! 先に教えなさいよぉ! もぉ! もぉやだぁ……」

 

 赤城さんは涙目で叫ぶと、力が抜けたようにその場ですとんと座り込んでしまった。

 

「……みんなごめんなさい……」

 

 泣き疲れた少女のように、力無く言葉を吐いた。

 この日の為に、赤城さんがたくさん準備して、それ以上にこの日を楽しみにしていたことを私たちは知っているだけに、赤城さんの心を癒す言葉一つさえ浮かんでこなかった。

 

「寝る」

「え」

「寝る。ふて寝します」

 

 赤城さんはそれだけ言って、のそのそと2段ベッドに姿を消した。

 

「えぇ~……」

 

 瑞鶴が額を押さえながら何とも言えない声を出す。

 

「あのぉ……これどうしましょうか……」

 

 翔鶴が大惨事となってしまった部屋を見渡して言った。

 

「どうって……片づけるわ」

 

 まぁ、そうなるな。と日向の声が頭の中で再生された気がした。

 

「ですよねぇ」

 

 瑞鶴と翔鶴は嘆息しながら床に散乱した飾りを拾い始める。

 

「せっかく、大和さんが美味しそうなご馳走作ってくれたのに……残念でしたね……」

「まぁ、食べれなくなったわけではないから。貴女たち、持って帰ってくれるかしら?」

 

 さすが赤城さん。本能のなせる業というべきか。部屋は滅茶苦茶になってしまったが、テーブルの上にある料理は不思議なほどに無傷だった。

 翔鶴がそれぞれの料理の皿をお盆に乗せて食堂へと運ぶ。

 それをぼんやりと見ながら、私は赤城さんのことを考えていた。

 今まで私たちに一度も見せたことの無い取り乱しっぷりを思い出し、赤城さんのベッドに視線を移してしまう。

 2段ベッドのカーテンは閉められて、中を伺うことはできない。赤城さんの心情はいかほどなのだろうか。

 こういう時、私は不器用だ。

 人の感情を推し量ることが苦手で、赤城さんを心配する心だけが空回りしてしまう。

 

「ねぇ瑞鶴」

「はい?」

「こういう時……赤城さんに何をしてあげればいいのかしら……」

「うーんと……」

 

 瑞鶴は顎に手を当てて考え込んで――

「起きてご飯食べれば元通りになるんじゃないですかね」

 

 それは……そうだと思うけれど。

 私としてはもう一つ、何かを付加したいのだ。

 

「そうか」

 

 ふと思いつく。

 

「瑞鶴、得意料理は何?」

「え!? いきなりですね。得意料理……。いちおう肉じゃが作れます。カレー粉の代わりに醤油とか味醂入れるだけだし」

「そう。悪いけれど、今から作り方を教えてくれないかしら」

「今からですか!?」

「今ならまだ大和さんが使った食材の余りもあると思うし」

「まぁ、そうですね」

「お願い瑞鶴。貴女だけが頼りなの」

 

 私は藁にもすがる思いで瑞鶴の袖を持ちながら頼み込む。

 

「加賀さん近い! 顔が近いです! い、いいですよ。加賀さんの頼みなら」

 

 瑞鶴は何故か顔を赤らめて大きく首を縦に振った。

 

「それじゃあ行きましょう」

「あ、加賀さん……手……」

 

 私は瑞鶴の手を握って食堂へと歩き出す。

 

 

 

 私にとって食堂の厨房は、まるで戦場のようだった。

 空母としての練度は自他ともに認められる領域に達していても、こと料理に関しては新米の駆逐艦以下でしかなかったことを思い知らされる。

 瑞鶴の叱咤が飛ぶ中、私はあたふたと厨房内を駆け回る。普段とは真逆の関係になってしまった。どうして同じ空母なのに瑞鶴は料理ができるのか聞いてみたが、

 

「それは! その……好きな人に、喜んでもらえたら……と思って練習してるんですよ」

 

 もじもじと私を見ながら、はにかむ瑞鶴。そうか。この子も私のように、誰か大切に想う人がいるのね。

 

「瑞鶴。本当に助かるわ」

「本当ですか!」

「えぇ。赤城さんもきっと喜ぶわ」

 

 私が言うと、笑顔のまま瑞鶴の瞳にぶわ、と涙が湧き出る。

 

「翔鶴姉ぇ! なんか、なんかわたし今ちょっと嬉しいんだけどなんか複雑だよぉ!」

「瑞鶴! 大丈夫よ! きっと大丈夫だから!」

 

 私を見て今にも泣きそうになる瑞鶴。それを抱きしめ宥めながら、時折翔鶴が鋭い視線を送ってくるような気がする。もしかしたら瑞鶴の恋は叶わぬものなのではないだろうか――

 それは少し心配になるが、今は赤城さんの為になんとしても肉じゃがを作らなければならないのだ。

 

「瑞鶴、貴女に全てを託すから。赤城さんのために、肉じゃがを作ってあげたいの……!」

「はい、分かってますよぉ!」

 

 玉ねぎを切る瑞鶴の瞳から涙が溢れだす。

 

「翔鶴姉ぇ翔鶴姉ぇ。失恋、これわたし失恋しちゃってるのかなぁ!」

「大丈夫よ瑞鶴! きっと報われる日は来るから!」

 

 五航戦の二人は仲良く玉ねぎを切ってくれている。会話内容はいまいち理解ができないが、今の私は震える手でニンジンを切ることで精一杯なのだ。

 

 

 七転八倒四苦八苦の末、肉じゃがが完成した。翔鶴瑞鶴と別れた私は湯気の立つお皿をお盆に載せ、数時間前に赤城さんと言う嵐が荒れ狂った部屋へと戻ってきていた。

 

「あ……」

 

 そこで重大なことに気付いてしまった。

 部屋はしんと静まり返っていて――

 赤城さんは寝ていたじゃない。

 

「私は……」

 

 自分の空回り加減に呆れて苦笑してしまう。

 テーブルの上にお盆を置いた。

 赤城さんに元気を取り戻して欲しい一心で、周りが見えなくなっていた。私は何をやっているのだろう。いつもこうだ。私は赤城さんのことになると冷静さを欠いてしまうのだ。

 きっと……。それは彼女に認めてほしいからだ。

 と自分の中で呟く。

 艦娘としても、1人の存在としても。赤城さんに認めてほしい。赤城さんに少しでも近づきたいのだ。

 

『――貴女が加賀? よろしくお願いしますね』

 

 初めて赤城さと会った瞬間のことを覚えている。

 私が艦娘としてこの鎮守府に初めて着任した時、柔らかい微笑みの中にある芯の強い瞳に心を奪われてから、赤城さんは私の目標となった。

 女性らしい立ち振る舞いや誰からも好かれる性格、空母としての高い練度と戦闘のセンス。赤城さんは私が持っていないものをすべて持っていた。それは今でも埋まらない。

 だから私は彼女に認めてもらえるよう、隣に寄り添えるよう必死になって自分自身を鍛えたのだ。

 その過程で赤城さんへの気持ちが憧れから親愛へと、そして恋慕へと変わっていったのは自然なことだと――思っている。

 そんな彼女が、今夜はあれほどまでに取り乱したのだ。私はたまらず、赤城さんが眠っている二段ベッドのカーテンを少しずらして、その隙間から彼女の寝顔を盗み見た。

 良かった。穏やかに寝ている。

 確かに、赤城さんのお姉さまは鎮守府には来なかった。けれど――

「天城さんの心は、きっと私に受け継がれています。だから……私にもたまには甘えていいんですよ」

 

 私は寝ている赤城さんに語りかける。

 その声が届いたのか、赤城さんが「姉さま……」と呟くと、頬を涙が一筋流れていった。

 胸が痛かった。

 私が赤城さんの悲しみを背負えれば、と思ってしまう。感情の起伏が無い私ならきっと耐えられるから。

 姉さまはいないけれど――

 私は赤城さんの髪をそっと撫でる。

 赤城さんと姉妹のように過ごすということはどういうことだろうか。

 私はきっと叶うはずの無い光景を想像してしまう。

 

「ねぇ? 私が貴方の妹だったら駄目ですか? そうすれば……貴女は一人じゃないんですよ」

 

 寝ているから。私は彼女にこの声が届かないことを知っているから言える言葉を呟いた。

 

「こんなに、好きなんですよ……」

 

 ふいに、卑怯な告白を自覚した私は、赤城さんのベッドのカーテンを閉めて、いそいそと2段ベッドの梯子を上る。

 高鳴る胸の鼓動を押さえながらも、横になった瞬間に疲労がピークを迎え、あっという間に暗い闇へと意識が落ちていく。

 

 

 ――気が付けばもう朝だった。

 のっそりと布団から這い出る私を出迎えた赤城さんは、もう道着に着替えていた。

 

「加賀。肉じゃが、ご馳走様」

「……あ」

 

 見ると朝日を浴びるお皿の中は空っぽで、太陽の光を反射し輝いていた。

 

「ありがとう加賀。元気出たわ」

「そう、ですか」

「それと、昨日は取り乱してしまって、ごめんなさいね」

 

 悪戯っぽく小首を傾げて、微笑みながら謝る赤城さんを見て、私も口元が綻ぶのを感じる。

 

「良かったです」

「ところで――」

 

 赤城さんはこの後、提督が鎮守府にいる全艦娘に召集をかけていると教えてくれた。

 私も慌てて道着に着替えると、指定された鎮守府の庭に向かう。

 学校の朝礼よろしく、出撃中の艦娘以外が集合したその場所で、提督から伝えられた。

 

『それでは、皆よく聞いてほしい』

 

 マイク越しであっていつも通り。低く、あまり感情の無い声で提督は言う。

 誰もが提督の言葉に傾聴する中、それが発表された。

 

『……運動会を開催したい』

 

 ざわ……。とにわかに騒がしくなる。

 

『日程は調整中だが、近々行う予定だ。ついては、各艦種から――』

 

 鎮守府の親睦を深めるため、大運動会が開催されることとなった。

 

「まさか……」

「本当にやるとは思わなかったわ」

 

 部屋に戻るなり、私と赤城さんはほぼ同時に口を開いていた。

 昨日天城と顔合わせをした時に、夕立と時雨がそんなことを言っていた気がする。

 

「まぁいいんじゃないかしらね。最近みんな戦ってばかりいたから」

 

 赤城さんは言う。

 実際に、鎮守府内でも運動会への反応は上々だった。特に軽巡以下の艦娘が大騒ぎしていた姿を思い出した。

 

「きっと楽しいわ」

 

 そう言った赤城さんの笑顔は、まだ少し寂しそうで。私の胸が小さな針に刺されたように、痛むのだった。

 

 

 その日の午後は各艦種から運動会の準備として召集があり、出撃中だった二航戦と五航戦の代わりに私が参加することになった。

 準備の会場となった食堂に到着するなり、

 

「あ! 加賀さん! いらっしゃいませ!」

 

 元気に吹雪が挨拶してくる。手にはお札のような白い紙を何枚も持っていた。私は「こんにちは」と軽く挨拶を返し、視線を落とした。

 

「それは?」

「あ、これは加賀さんに書いてもらおうと思って」

 

 そう言って白紙を差し出してくる。

 

「何を書けばいいのかしら」

「はい! 借り物札を作ります。これには借り物競争の『借り物』を書いてください。鎮守府にある物とか、誰かの持ち物とか、何でもいいみたいです。何枚かは提督も書いてくれるそうなので、加賀さんには残りの枚数をお願いしますね。あ、でもあんまり大きくて持ってこれないものはダメですよ。あくまで『借りて、持ってこれるもの』だけですからね。書くものはこの筆ペンでお願いします」

「分かったわ」

 

 受け取った用紙は10数枚と言ったところか。私は思いつくままに書き始める。

 帽子、スカーフ、瑞雲、等々。運動会の借り物競争の光景を想像しながら筆を走らせる。まるで艦娘になる前に戻ったみたいだ。戦いに明け暮れていた最近の鎮守府には必要なレクリエーションなのかもしれない。

 そう思いながら書いているとあっという間に最後の1枚になってしまう。

 

「……困ったわ」

 

 ネタ切れだ。

 1枚くらいは勘弁してくれないか、とも思ったその時、不意に寂しそうに笑う赤城さんの顔が脳裏に閃いた。

 

「あ……」

 

 そうだ。『借りて、持ってこれるもの』なら良いのよね。

 私は最後の1枚にさらさらと記入し、吹雪に渡し部屋へと帰る。

 

「加賀さん! 当日も頑張りましょうね!」

 

「えぇ。期待しているわ」

 私は赤城さんのために借り物競争へ参加しようと決意した。

 私が書いた『借り物札』の紙は10数枚。提督も何枚か書いているという。でも。それでも、私はきっと引けるはずだ。

 私が最後の一枚に書いた言葉。

 

 『姉妹艦』。

 

 それを絶対引き当てる。

 赤城さんの手を取って一緒にゴールしよう。

 そして言うのだ。「私が貴女の姉妹艦ですよ」と。

 夜、赤城さんの寝顔にしか言えなかった言葉を囁こう。

 少しでもあのひとに、笑顔を取り戻してもらえたら、と思う。

 そのために――

 部屋のドアを開けると同時に私は口を開いた。

 

「赤城さん、実はお話が――」

 

運動会の開催が発表されてからちょうど1週間後。

 その日は雲一つない、初夏の空だった。

 

『これから、鎮守府艦種対抗! 運動会をはっじめるよー! 司会はもちろん! みんなのアーイドル! 那珂ちゃんでーっす!』

 

 長門さんと陸奥さんの選手宣誓後、提督の開会宣言が運動会の始まりを告げる。

 鎮守府の庭にはトラックが作られており、さっそく競技が始まった。

 徒競走や障害物競走、パン食い競争など、各艦種がチームに分かれて競いあう姿に、声援が送られる。

 なお、運動会のルールとして参加する艦娘の艤装の装備は不可とされている。これは艦種による身体能力の差を埋めるための措置だ。参加する艦娘たちは純粋に基礎体力のみで競技を行わなければならない。

 主に駆逐艦組、軽巡雷巡組、そして重巡と戦艦連合の3チームがメインで対抗戦を繰り広げる。私たち空母組と特殊艦艇組は好きな種目に参加するという緩い進行で運動会のプログラムが消化されていった。

 

「ねぇ加賀」

「はい?」

「やっぱりお日様の下で食べるお弁当は美味しいわね」

「えぇ。でも赤城さん、これから競技だというのに大丈夫ですか?」

「平気よぉ」

 

 間宮特製弁当の空箱はすでに2桁を数えようとしている赤城さんを見ながら、私は少し緊張していた。

 小さな誤算があった。

 赤城さんも借り物競争に出るというのだ。しかし基本的に同じ艦種は一緒に参加しないので大した問題ではなかった。

 

『借り物競争に参加される艦娘は、入場ゲートに集合してください』

 

 大淀のアナウンスが流れる。

 

「あら、もう呼ばれちゃったわね」

「行きましょう」

「えぇ」

 

 赤城さんは、お箸を高速で動かし、みるみる口の中にご飯とおかずを押し込み、ぺろりと通算12個目のお弁当を完食した。

 

「燃料の補給はそこそこね」

 

 にこりと赤城さんは微笑んだ。

 私も頷き、赤城さんと選手集合場所へ向かうのだった。

 

 

 しかし――まるで羅針盤に負けるかのように、大きく歯車が狂ってしまう。

 

「負けないわよ! 加賀!」

「は、はい……」

 

 艦種対抗の筈だったが、参加選手の都合で、なんと私と赤城さんが同時に走ることになってしまったのだ。

 一緒に走る羽黒と睦月はやや緊張の面持ちだ。羽黒にいたっては「レクリエーション……レクリエーションだから……」と呟きながら手のひらに『人』の字を書いている。

 

『さぁてそれでは! 借り物競争! 最終組はっじめっるよー! 選手、位置に着いてぇ――スッタートぉ!』

 

 那珂の元気な声とともにパン、と紙巻火薬のピストルが撃ち鳴らされた。

 ままよ!

 私は全速力で飛び出した。

 

「わ、加賀早い!」

 

 言いながら赤城さんも私に離れること無く追いついてくる。

 

『赤城さん加賀さん速いはやーい!』

 

 那珂の実況で観客がどよめく。

 空母を舐めるな。私も赤城さんも伊達に長く鎮守府にいるわけじゃない。基礎訓練だってしっかりやっているのだ。

トラックの外で観戦している艦娘たちから私たちに大声援が送られる。「わたしのほうが速いよぉ!」観客席で島風が騒いでいる声を背後に流しながらトラックを半周して、借り物札が置かれた机の前に赤城さんとほぼ同時に到着した。

 私は何かに導かれるように、一枚の札を取り、それをめくった。

 

「やった……」

 

 それは私が引きたかった『姉妹艦』の札であった。

 本当なら、観客席か出場待機中の赤城さんの手を掴んで行きたかったがしょうがない。もはや競技中の赤城さんを強引にでも――

「赤城さ……」

 

 私が顔を上げ、赤城さんを見たその時、赤城さんもまた借り物札をめくっていた。

 

「え……これ……?」

 

 赤城さんは困惑して固まってしまった。

 私は反射的に赤城さんの手の中にある借り物札に視線を流すとそこにははっきりと――

 『嫁』

 

 と書かれていた。

 

「よ……!」

 

 まさかこれが提督の書いた札だということだろうか。

 

『あぁーっとぉ! まさかの嫁! です! 誰か、赤城さんに嫁を借してくださいって……なんですかこれぇ!』

 

 那珂の悲鳴のような実況が響く。

 会場はさっきの声援が嘘のように静まり返っている。

 後から走って来た睦月と羽黒も立ち止まり、成り行きを見守っているようだった。

 赤城さんはもう一度その借り物札を見て、ふぅ、と息をつく。

 そして私に振り返って――

「行きましょう、加賀」

 

 私の手をそっと差し出した。

 

「え……あかぎさん……?」

 

 再びどよめく会場。

 

「早く行かないと。負けちゃうわよ?」

「そうじゃなくて……」

 

 それ、『嫁』って書いてあるんですけど……

 

「だからぁ、もう!」

 

 赤城さんはしょうがないな、という表情をしたこと思うと私の脚の裏に手を回した。

 あ、という間も無い。

 私はいわゆる、お姫様抱っこの状態にされてしまう。

 

「行くわ!」

「え、え!?」

 

 そのまま赤城さんは走り出す。

 一転して、黄色い大歓声が鎮守府を包む。

 どこかで瑞鶴の絶望的な悲鳴が聴こえたような気がしたが、それよりも私は未だに状況がよく掴めていなかった。

 分かっているのは、ただ赤城さんの柔らかい胸の中に抱かれているということだけで――

「わ、わ! 赤城さんダメです」

「ダメじゃないわよ。これでいいのよ」

 

 見ると、赤城さんの頬はこれ以上ないくらいに紅く染まっていた。

 

「私だって……恥ずかしいんだから……」

「じゃあどうして」

「どうしてって、こうでもしないと私だって落ち着かないのよ」

「どういうことですか」

「だってこの前の夜、私に言ったじゃない。甘えてもいいって」

「え!? 聞いていたんですか!」

 

 かぁ、と顔が熱くなる。

 まさか、あれを聞かれていたとは……。

 

「あ、あんなこと言われて、たまらなくなっちゃたのよ……」

「赤城さん……」

「私だって、貴方のことが好きなのに、ずるいわ」

「すみません……ってえぇ!?」

 

 衝撃的なことなのに、唇を尖らせ怒ったように言う赤城さんに思わず謝ってしまう。

 

「あのね加賀? 今までも十分貴女に甘えてきたのに……これ以上甘えたら、こうやって貴女を攫って鎮守府から逃げ出すしかないじゃないの」

「そうするんですか?」

 

 それも、良いかなと一瞬思ってしまうくらいに、私はこの人が好きなのだ。

 

「ばか」

 

 と赤城さんは言った。

 耳まで紅くなっている赤城さんがなんだかとても愛おしくて、私は少し意地悪してしまう。

 

「赤城さん、真っ赤になって……美味しそうですね」

 

 照れ隠しのような冗談だったが――

「じゃあ責任取って、私を食べてね加賀」

 

 思わぬ反撃で胸が撃ち抜かれてしまう。

 

「じゃ、じゃあ……遠慮なくあとで……」

 

 努めて冷静に言ったつもりだったのに、その声は自分でも情けなくなるほど震えていた。

 

「もう……ばか」

 

 赤城さんの声も少し震えていて。

 私たちはまるで初めて会った恋人のように、微笑みあうのだった。

 

 

(終わり)

 




赤加賀は正義! 姉妹艦でもなくて気持ちは通じているんだけどお互いうまく言葉にはだせないようなもどかしい関係をイメージして書きました。
楽しんでいただければ光栄です。
ご感想等いただければもっと嬉しいです!

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