インターハイ初日から一夜明け。
黒子達誠凛は一回戦を突破した後、学校での赤司に手渡されたビデオを全員で見ていた。
「こうして見ると、本当にふざけた連中だ」
口を開く火神だが、その額には多量の汗が流れていた。
火神はキセキの世代を倒すと息巻いていたが、その勢いを消し去るほどビデオの内容は凄まじいものだった。
全試合無失点のうえ、全試合250点を取っていた。
王者、洛山もその例に漏れることなく。
洛山を知る二年生達の表情は暗く、洛山を易々と葬った黒帝が自分達がどうすることもできない化け物だということを悟った。
「すげぇループの高さだ。 それに正確さ、飛距離。 シューターの理想像だな」
「それにあの変則ジャンプスリーは、火神くらいでないとブロックできないぞ」
日向の言葉に伊月が答える。
特に日向は同じシューターとしての格の違いを見せつけたことにより、普段よりも顔色が悪かった。
しかし、キセキの世代の力を良く知っている黒子ですら、緑間のプレーは驚くしかなかった。
「そうですね。 これが緑間君の新技なのでしょう」
「オールレンジシュートに、ブロック不可のシュートか。 流石はキセキの世代ね」
リコの言う通り、これがキセキの世代なのだろう。
故に緑間は、脅威の一つでしかないということになる。
次に映像に映った紫原も、緑間同様に化け物だった。
「しかし、コイツが紫原か……人間じゃないよな」
「彼を知っているんですか?」
「ん? ああ、ちょっと因縁がある奴がいてな」
日向の何か含みのある言葉に、黒子は特に尋ねることはしなかった。
そんな彼らを見ていたリコが、割り込むように口を開く。
「圧倒的な長身とパワー。 そしてスピード。 スペックだけなら間違いなく日本一といってもいいわね」
「彼の守備範囲はゴール下全てです。 無失点の功績は間違いなく彼と赤司君ですね」
リコの述べた評価に桃井が補足するように口を開く。
紫原は、緑間のような特殊な技術は持たない。
だが超人的なスペックで、基本プレーがスーパープレーに変貌している。
緑間、紫原と続いた超人劇はまだ終わらない。
次に画面に現れたのは、キセキの世代絶対エースである青峰だった。
「で、コイツが青峰と……しかしこれは変則すぎるだろ」
「彼のプレースタイルは予測不可能です。 変則なドリブルに急激な緩急をつける彼のプレーを完全に封じた者はいません」
「あと、青峰君のプレーが昔に戻りつつある気がします」
桃井の言う通り、青峰のプレーは中学三年の時と変わっていた。
正確にはプレーではなく、心境の変化なのだろう。
どんな相手でも手を抜くことなく、全力で潰していた。
そういう意味では、間違いなく最後に会った時よりもプレーにキレがあった。
「どういうことだ?」
「彼の強さが圧倒的だったということに変わりがありませんが、ただ上限が見えなくなるということです」
「話の次元が凄過ぎてついていけねぇ」
手を抜くことを辞め、全力でプレーする。
そのことで、青峰の成長が再び始まっていた。
錆びついた刃が研がれて、再び鋭利な剣になるように。
緑間、紫原、青峰と確実に進化を遂げていたキセキの世代の中で、一際進化を遂げている者がいた。
天才、黄瀬である。
「で、彼が黄瀬君ね」
「こいつって、他三人のプレーに似てないか?」
「はい、彼の能力は模倣です……しかし、キセキの世代の技は使えないはずだったのですが」
リコと日向が黄瀬のプレーを見る横で黒子が補足するように答える。
コピーできないキセキの世代の技を模倣しているということは、間違いなく壁を一段ぶち破ったのだろう。
「恐らく、これがきーちゃんの新技なんだと思います」
「ってことはコイツが一番化け物ってことじゃん」
黄瀬のプレーに多量の冷や汗を流す小金井の言う通り、黄瀬は最強プレイヤーの一人として変貌していた。
未完成ゆえに唯一の穴と思っていた黄瀬は、間違いなく青峰とのダブルエースになっていた。
誰もが怪物と化していた面々を率いていたのは、やはりこの男であった。
「最後に彼が赤司君です。 僕達帝光バスケ部を束ねていた人です」
「こいつが……しかし、なんというか」
「うーん、なんかインパクトが薄いよね」
「ああ、確かにポイントガードとしての腕が超一流なのはわかるが、他の四人と比べると」
二年生に火神といった一年生の反応は今までに比べて薄かった。
それもそうだろう。 前の四人と違い、赤司は唸るようなパスや冷静な判断を見せていたが、超人的なプレーは一度も映ってなかった。
ゆえに見劣りするように見えてしまうのだ。
「それは甘い考えです」
「どういうこと?」
「彼の能力は目です。 体の筋肉の筋一つ一つを読みとり、相手の行動を封殺する絶対的な」
「事実、赤司君の前では青峰君達も完全に抑えられていました」
黒子の説明に桃井が補足に入る。
それほどまでに赤司のスキル『天帝の眼』は厄介なのだ。
黒子達の説明に、リコも神妙な顔つきで頷き返す。
「つまり、キャプテンに相応しい実力ってことね」
「はぁ……何か穴とか弱点とかないのか」
「そう……ですね。 きーちゃんの能力は恐らく制限があると思います。 ミドリンの能力にも弾数制限と同様に」
「青峰君も紫原君も常時最高ポテンシャルでいることはできないと思います」
「けど、それは弱点にはならねぇな」
「はい、火神君の言う通り、普通にプレーされただけでも僕達は勝てません」
突破口はないのか、と口々に意見を述べていくが、思うような戦略は出てこなかった。
「白旗でも振ってみるか?」
「それも面白いけど、まだ打つ手があるわ」
「打つ手?」
伊月の冗談に、何かに気づいたようにリコが口を開く。
「ファールトラブルよ」
「そうかっ! 黒田帝興高校の選手層は薄い!」
「ええ、ご丁寧につけてくれた練習風景にもベンチメンバーの練習風景も映しておいてくれたわ」
そこには赤司達以外の部員の練習風景が映されていた。
二年三年の計四人。
シュート練習やパス練習などをこなしていたが、どこか仲良し倶楽部のような空気を出し、腕前は平凡な実力であった。
練習に厳しい赤司を知る黒子からすれば、摩訶不思議な光景だったが、今はそれを考える余裕はなかった。
「見ての通り、彼らの実力は大体地区予選の初戦で消えるくらいの実力よ。 はっきり言って私達の方が上だわ」
「つまりはファールトラブルでキセキの世代の退場を狙うということか」
リコの意図に気がついた日向が口を開く。
だが日向もその場にいる二年達もあまりうれしそうではなかった。
ファールトラブル狙いという戦略は正しいが、あまり気持ちのいい策ではなかった。
ゆえに、火神は慌てたように口を開く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……さい!! そんな狡い手を」
「火神君、言いたいことはわかるけど、勝機あるところを突かないのは、逆に相手に失礼だわ」
勝つ方法を捨てるというのは勝負の世界において相手にも失礼だ。
リコの言葉にも、火神は止まらない。
「待ってく……ださいっす、俺がおさえ」
「じゃあ、誰を抑えるの?」
火神の止めるという発言は、到底不可能のものだった。
もし、キセキの世代が一人しかいないのならば、火神がついて止めることもできたかもしれない。
だが、向こうメンバーは全員キセキの世代なのである。
「そうね、火神君がエースである青峰くんを抑えるとする、けど残りの四人はどうするの?」
「それは、ダブルチーっ?!」
「そう彼らにはダブルチームはできないの。 そもそも全員が超エース級だから、こちらの手が回らなかった奴が確実に点を取るわ」
これが黒帝の恐ろしさなのだろう。
誰もが絶対的な得点力を持っているため、誰一人としてフリーにはできない。
つまりは一対一で臨まなければならなくなるのだ。
「私達が勝つにはこれしかないのよ。 ほんの小さな確立だとしても」
リコの説明に、その場にいた全員が納得しようとしたその時、黒子が立ちあがった。
「僕はそうは思いません」
「黒子君……」
突然の黒子の言葉にリコは眼を丸くさせて驚く。
そんな彼女を気にすることもなく、黒子は口を開く。
「確かに監督の言うように、選手の層が薄い彼らを相手するには最良の攻略手段です」
「なら」
「最良では駄目なんです」
最良の手段。
それは全て赤司の手のうちだということになる。
ゲームメイクのスペシャリストである赤司に最良で臨めば、詰め将棋のように追い詰められてしまうだろう。
「赤司君はどSです。 人が驚く姿や折れる姿を見るのが大好きです」
それが赤司が最強系小説を好むことになった性質だろう。
昔、王とは人の膝を折らす存在だ、と突然語り始めた赤司の残念さを黒子は思い出していた。
「恐らく僕達に勝機を見つけさせるのが目的でしょう」
―――そして、彼はそれを見越して行動を取る。
黒子の発言に誰もが首を傾げる。
それは桃井も同様であった。
恐らく他のキセキの四人も赤司の思考は読めないだろう。
「僕達が彼らとぶつかることになる決勝戦……」
―――スターターメンバーにキセキの世代を使わないでしょう。
黒子は確信に満ちた表情で答えた。
「は?」
「恐らく、他の控えの四人と赤司君がスタメンになるでしょう」
四人しか控えがいないのならば、キセキの世代から一人加えなければならない。
そうなると赤司が出てくることになるだろう、と黒子は推測を立てていた。
しかし、その考えは同じ帝光出身の桃井でも理解できなかったようである。
「ちょ、テツ君なんでそうなるの?」
「それが赤司君だからです」
最強系には、温存設定というものがある。
最初に押されつつ、これが私の本当の力だといって相手を圧倒する最強系にありがちな設定の一つである。
最強系が大好きな赤司にとって、この設定も好物であり、黒子は何処の試合でやっていると思っていた。
だが、予選では圧倒的な力で全てを葬っており、インターハイの第一試合もそうであった。
ならば、この設定が活かせるのは最終戦である誠凛戦しかない。
「よくわかんねぇけど、つまりは俺達を舐めているってことだろっ」
舐められている。 そう思った火神の表情の険しさが増す。
表情が変わったのは火神だけではなかった。
「確かに気分の良い話ではないな」
「一年坊主に口の聞き方でも教えてやらねぇとな」
先程まで意気消沈していた日向達二年生の士気も上がり始めた。
目にもの見せてやる。
誠凛バスケ部は、インターハイの頂点を目指す。