チートが過ぎる黒子のバスケ   作:康頼

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竜殺剣バルムンク

 体中に駆け巡る酸素を口から吐き出す。

 もう一歩、もう一歩。

 自信の限界を超えて、ただ声を上げる。

 負けたくない。

 ただその一心で、両足に力を加える。

 最強は誰だ?

 

 「黄瀬っ!!!!!」

 「ああああああああっっっ!!!」

 

 青と黄の戦い。

 互いに睨み合い、そして闘争心を燃やす。

 いつまででも続くような、そんな戦い。

 だが、それはあり得ないことだった。

 

 勝者は右手を上げて、蒼穹の空へと叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「山岳王は俺のものっす!!!!!」

 

 黄瀬涼太、京都の山の頂上で自転車に跨り、勝利宣言を上げた。

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 土曜日、朝。

 

 「おい、赤司。 これは一体何の真似だ」

 

 黒田帝興高校、校門前にて、青峰は普段の凶悪面を二倍増した強面で赤司を睨みつけた。

 しかし、当の赤司は特に気にした様子もなく、何でもない様子で答えた。

 

 「移動手段だ」

 「これは自転車じゃねぇかっ!!?」

 

 青峰の指差した先には、五台の自転車が並べられており、その籠にはご丁寧にヘルメットまで用意されていた。

 青峰が怒るのは無理もない話である。

 帝光時代は、練習試合などの遠征の際には専用バスで行っていたのだから、これ程までのランクダウンは青峰じゃなくても怒るだろう。

 実際、黄瀬は困惑した視線を赤司に送り、紫原はいかにも面倒くさそうに顔を顰めていた。

 だが、実際のところ黒高バスケ部は、弱小もいいところ。

 専用バスなんて夢の話である。

 

 「そうだね」

 「そうだねじゃねぇよっ!! 電車でも使って行けばいいじゃねぇかっ!?」

 

 怒りを露わにする青峰だったが、言っていることは実に真っ当だった。

 電車やバスを乗り継いで行けば洛山高校へ向かうことは容易である。

 しかし、そんなことを赤司がわかっていないはずがない。

 つまりはこういうことなのだろう。

 

 「足腰が鍛えられて、実に良いじゃないか。 何より面白い」

 「本音が漏れているのだよ」

 

 凄まじく楽しそうな赤司の顔に、緑間は諦めたように洩らす。

 赤司征十郎、彼が今まで意見や意志を変えたことは滅多になかった。

 つまり今回も既に決定事項である。

 

 「ふむ、実は昨日ロードの漫画を呼んでしまってね、思わず自転車を借りてしまったというわけさ」

 「それならせめてママチャなどではなく、ロード用の自転車を借りてくるのだよ」

 

 赤司を止めることができないことを三年間の付き合いで嫌なほどに知っていた緑間は、せめてと目の前のママチャとの交換を要求した。

 しかし、そんな緑間の意見すら、赤司には届かない。

 

 「真太郎、普通に考えてロード専用の自転車五台も借りれるわけないだろ」

 「じゃあ、戻してこいよっ!!」

 

 この学校は自転車部はないんだよ、と緑間を諭すように赤司が返事を返すと、まだ諦めていなかった青峰が自転車移動に反対する。

 キセキ世代最強のスコアラーである青峰だが、赤司の考えをねじ伏せたことは一度もなかった。

 

 「却下だ。 自分で決めたことは意地でも通す」

 「青峰っち。 諦めた方がいいっすよ」

 「峰ちん、後ろに乗せて」

 

 ヘルメットを被ってママチャに跨る黄瀬と、ヘルメットを被っておやつのまいう棒を食べる紫原。

 既に諦めムードの二人を、青峰は睨みつける。

 

 「黄瀬、諦めんじゃねぇッ! あと野郎を後ろに乗せるのは死んでも御免だっ!」

 「そう……だったね。 桃井は黒子を追ったのだったね……」

 

 青峰の幼馴染であり、帝光時代のマネージャーだった桃井だが、彼女は思い人である黒子を追って、現在東京にいる。

 お前は昔の相棒に彼女を寝取られたのだ、と憐れむ視線を赤司が青峰に向けると、その視線に妙に落ち着きのなくなった青峰は、キョロキョロの視線が定まらないまま答える。

 

 「お、おい。 何だその憐れむような眼は……」

 「大丈夫っす。 絶対春は来るっす」

 「振られてやんのー」

 

 赤司だけではなく、黄瀬に紫原、そして口にはしていないが緑間にもそのような視線を向けられ、居心地が悪くなった青峰に取れる手段は唯一つ。

 

 「くそっ!!!」

 

 ママチャに乗って走り出すしかなかった。

 憐れ青峰。

 寂しい後ろ姿を黄紫緑が眺めていると、元凶の赤司が何でもないように答えた。

 

 「さあ、そろそろ行こうか。 相手を待たせるのは悪い」

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ 

 

 

 

 

 

 

 実渕玲央は、監督である白金永治と共に練習試合の相手『黒田帝興』高校の面々が来るのを待っていた。

 その表情には隠しきれないほどの緊張と、手には多量の汗が流れていた。

 つい一カ月ほど前までは、『黒田帝興』高校なんて眼中にはなく、敵は全国の強豪のみと思っていた。

 だがしかし、キセキの世代五人全員が黒田帝興高校への入学を果たした。

 何故? バスケを愛し、才にも恵まれ、そして環境を求めて、この洛山高校へ入学を果たした実渕には彼等の考えなど理解できなかった。

 故に考えることは唯一つ。

 

 ―――その甘い考えを後悔させてあげるわっ!

 

 洛山の強さを見せしめ、そして中学時代の借りを変えさせてもらう。

 静かな闘志を燃やす実渕の耳に、突然けたたましいブレーキ音が突き刺さる。

 

 「おわっ! 紫原っち、抑えて抑えてっ!!!」 

 「俺の……まいう棒っ!!!!!!」

 「ば、馬鹿、よせっ!!」

 

 現れたのは巨体な身体を持つ最強センターと名高い紫原が自転車を漕ぎながら、前を走るキセキの世代エースの青峰におそいかかっているところだった。

 自転車を降りて、紫原に宙づりにされる青峰というショッキングな光景に実渕が言葉を失っていると、―――それは現れた。

 

 「お久しぶりです、白金監督」

 「君とこうして対峙するとは夢にも思わなかったよ」

 

 隣で白金監督と握手を交わす赤髪の少年。

 赤司征十郎。

 実渕達を、洛山を率いるはずだった男だ。

 

 「主将の実渕玲央よ。 よろしくお願いするわキセキの世代のキャプテンさん」

 「こちらこそ、インターハイの王者さん」

 

 がちりと重ね合う握手。

 力が強いわけではない。

 背も、実渕よりも低い。

 

 だが、実渕には遥か強大な岩石を前にしているような圧迫感と、自分の心を見透かされているような鋭い視線を受けたような感覚に陥った気がした。

 これが赤司征十郎――

 目の前の少年があのキセキ世代ということを十分に思い知った。

 そして、その背後に控える四人の男達。

 彼等も赤司と同等の化け物ということに、実渕は思わず唾を飲み込んだ。

 

 こうして、洛山の落日の朝を迎えた。 


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