規則正しいリズムで体育館に音が刻まれる。
バッシュがキュキュと音を鳴らせば、ボールの弾む音がドラムのように辺りに響きわたる。
なめらかにそして淀みのないドリブルからの、基本であるレイアップシュート。
キセキの世代と言われた化け物たちが行えば、それだけで一種の芸術と化す。
コンディションはまずまずだ。
ボールの感触を確かめながら、赤司はチームメイトの様子を見る。
珍しいほどに黙々とアップを行う青峰を筆頭に、黄瀬、紫原、緑間の各自異常のない動きを見せていた。
「大輝」
赤司は呼びかけと共に、ボールをリングに向かって放った。
同時に走り込んできた青峰が大きく跳躍すると、そのままリングへとボールを叩きこんだ。
軋みを上げるリング。
リングを通過したボールは弾みながら、洛山側の練習コートへと流れる。
「うはっすげぇっ! あれが青峰大輝か」
「君は……葉山小太郎だったね」
青峰のアリウープを見て、目を輝かせる男――無冠の五将の一人葉山小太郎を赤司はその眼で捉えた。
「え、覚えてくれてるの?」
「王者の名前は全員頭に入れているよ」
身体能力などのデータにプレースタイル、そして弱点すらもね、と赤司は口にすることなく手を差し出す。
「良い試合をしよう」
「おおっ」
葉山は嬉しそうに赤司の手を握り返した。
みかけによらず、強張った右手。
特に五本の指はしなやかで、そして逞しかった。
「小太郎、さっさとアップをしなさいっ!?」
実渕の言葉に慌てて葉山は戻っていく。
アップを行う五人の洛山のスターティングメンバー。
彼等の呼吸、動き、反応。
それらを全て『天帝の眼』で赤司は見切り始める。
―――確かに高校最強に相応しい猛者達だろう。 だが、
「勝つのは僕達だ」
・ ・ ・ ・ ・
「しぃっ!!」
「うおっ!」
ジャンプボールを行ったのは黄瀬と無冠の五将の一人、根武谷永吉である。
持ち前のパワーと気合で黄瀬に競り勝った根武谷は、そのままボールを叩き落とす。
「おっしッ!!」
「簡単には行かせないよ」
弾かれたボールを取ったのは洛山、葉山である。
ハーフライン辺りでボールを受け取った葉山は、黒帝コートへと切り込もうとした。
だが、その先に現れたのは赤司。
油断も隙もない堂々としたその構えに、葉山は額に汗を滲ませながら笑う。
「へっやっぱ、簡単には行きそうもないな」
パスにドリブル。
頭を巡る二つの選択肢に、葉山が選んだのは後者である。
無論、パス回しで状況を見るのが慎重と言えるが、これは練習試合であり、キセキ世代の実力を知るまたとない機会である。
実際、中学時代には赤司達帝光バスケ部に打ちのめされた葉山である。
内心、腸が煮えかえるような怒りを覚えていた。
―――ぶち抜くっ!!
ボールをつく。
まるで叩きつけるように。
通常のボールの弾む音と比べようのない轟音が体育館に響く。
雷轟―――まるで雷神のようだ―――葉山の姿と鳴り響く衝撃音に、赤司は口からそう漏らした。
叩きつけられたボールは加速し――――消えた。
「なら、これならどうかなっ!?」
抉るような鋭いドライブで葉山は、赤司を抜きにかかった。
そのドライブ、ドリブルこそが、葉山が無冠の五将と言われる所以である。
並のプレイヤーなら間違いなく反応することができなかっただろう。
「確かに早いね。 けど僕の眼から逃れるほどじゃない」
が、赤司の『天帝の眼』の前には無力だった。
添えるようにボールをスティールした赤司は、そのまま茫然とこちらに視線を送る葉山を抜き去り、逆に洛山コートへと攻め入る。
だが、相手は百戦錬磨の洛山高校。
すでにヘルプを終えており、赤司の前に実渕達が迫る。
「させないわよっ!?」
隙のない構えだが、『アングルブレイク』を行えば易々と粉砕できるだろう。
だが、すでに手を打っていた。
そう、赤司は既にボールを放っていた。
「遅いよ」
赤司の空へと投げるような高いパス。
その動きに実渕たちは反応すらままならず、ただ茫然と眺める。
いや、その投げられた赤司の『旅する惑星軌跡(トラベラー・プラネット・パス)』の前にはすべての者がボールを見上げる。
ただ、一人の受け手を除いて―――
「しっ!!」
滑り込むように走り、そのままゴールへと跳躍した青峰が空中でワンロールをかましながら、ゴールリングへと叩きこんだ。
その間、二秒。
あまりの早業に、洛山の選手、そしてベンチが固まるが赤司達黒帝メンバーは何でもないように自陣へと戻る。
「さて……まずは一本。 次も慎重にいこうか」
不敵に笑う赤司の言葉に、洛山メンバーは息を呑んだ。
・ ・ ・ ・ ・
「そんな……」
第一クォーターを終え、実渕は力無く呟く。
スコアは、36対0。
今まで味わったことのない絶望感が洛山ベンチを覆う。
ムードメーカーであり、元気そのものの葉山すら言葉を失い、顔を伏せていた。
もう一人の五将である根武谷も歯を食いしばり、ベンチで震えていた。
―――強すぎる。
油断はなかった。 だがそれ以上に彼らは化け物だった。
たったの一年で、キセキ世代は脅威の成長を遂げていた。
実渕の想像をあざ笑うかのような進化を――
あまりの強さに震える実渕だが、彼は一つの仮定を見出していた。
キセキ世代とは、まだ花が開いた程度の幼子であったのではないか、と。
恐ろしすぎる仮定であったが、別に可笑しいことではなかった。
出会った時の彼らは中学生、まだ体も精神も出来上がっていなかった。
そしてそれは高校一年になっても変わらない。
ならば、この高校三年間で、彼等は想像もできない化け物へと変貌を遂げるだろう。
その考えが頭に過ぎった瞬間、実渕の中で何かが折れた気がした。
そんな通夜状態の洛山ベンチと違い、黒帝ベンチは通常運転だった。
お菓子をぼりぼりと食べる紫原を筆頭に、爪の状態を何度も確かめる緑間、試合開始を今か今かと待ちわびる黄瀬、洛山メンバーのデータと傾向をノートへ書き込む赤司。
だが、ただ一人青峰だけが表情を曇らせていた。
確かに相手はここ最近の相手でも手応えがあったものである。
だが、それでも自分を含むキセキ世代に遠く及ばない雑魚だった。
自分の選択は間違えたのではないか?
すでに試合のことを考えていない青峰に、赤司は声をかける。
「まずまずの滑り出しだ。 大輝、先に言っておくが控えはいないぞ」
「ちっ」
赤司の言葉に青峰は思わず舌打ちをつく。
今回の練習試合において、洛山に来たのは赤司達スターティングメンバーの五人である。
顧問の山田は来る気満々だったが前日に気が滅入り過ぎたせいで、風邪をひいたらしい。
が、所詮赤司達には興味の欠片もない話で、現状控えがいないという話であった。
「青峰っち、飽きたらそろそろ俺にも回してほしいっす」
やる気満々の黄瀬に対し、既にやる気が皆無の青峰は、ああ、と力無く答える。
その姿を確認しながら赤司は、第二クォーターからの戦術を語り始める。
「そうだね、そろそろ攻めようか。 第二クォーターは涼太と真太郎の二人で翻弄する」
赤司の言葉に黄瀬は嬉しそうに頷く。
第一クォーターは十分に動かなかった鬱憤が溜まっているようだ。
「真太郎、今日のラッキーアイテムは持ってきているかい?」
「当たり前なのだよ。 今日のラッキーアイテム、まいう棒は箱ごと買ってきているのだよ」
眼鏡を動かし、何処か得意げに言う緑間だったが、ベンチの近くにはそれらしい箱は存在しなかった。
「ごーめんーみどちん。 全部食っちゃったー」
「おいっ!!」
ラッキーアイテムを失った緑間は紫原に食ってかかるが、胃袋へと入った物を取り返す術はない。
が、それでも緑間でいくことは変わりはない。
紫原へ襲いかかる緑間を視線から外した赤司は、隣の黄瀬へと視線を向ける。
「まあいいだろう。 涼太、身体は十分に温まっているな」
「勿論っすよっ! いつ呼ばれていいように準備してたっすから」
やる気満々の黄瀬に赤司は思わず笑みを溢す。
個性の強いキセキ世代だが、ある意味黄瀬の性格はらしくないほどに素直だった。
「ふ、大輝もコレくらいの気遣いができれば、桃井に愛想をつかれなかったのだがな」
「黙ってろっ!!」
平常運転。
最強の洛山高校と対峙しても赤司達キセキ世代に揺らぎはなかった。
緑間のロングレンジスリーポイントが外れるはずことがなかった。
黄瀬の葉山コピードリブルの前に障害物は存在しなかった。
紫原のパワーと高さに対抗できる人間はコート上にはいなかった。
六割程度のの力しか使っていなかったとはいえ、青峰の天衣無縫のフォームレスショットを予測できるはずがなかった。
―――そして赤司の眼から逃れる者は存在しなかった。
最終スコア、161対22。
王座を打ち砕いた瞬間であり、高校バスケ界に新たな王者が君臨した瞬間でもあった。