―――こんな気分を味わったのはいつ以来だろう。
体育館の天井に釣り下がる照明を眺めながら、青峰は深く息を吐く。
スコアは14対2。
完全に青峰は黄瀬に抑えられていた。
―――現状、黄瀬涼太は青峰大輝を完全に超えていた。
『欲しかったのは好敵手。 ただ自分の全てをぶつけられる相手。
望んだのは試合。 勝つか負けるかわからないギリギリのクロスゲーム』
全国に行っても現れなかった存在。
だが、そんな存在は身近にいた。
初めて会った時は、イケメンのモデル。
次に会った時は、物覚えの良い初心者。
全国三連覇を果たしたときは、最強のチームメイト。
そして、今は間違いなく自分すらを超える最強の選手。
―――俺に勝てるのは、俺だけだ。
そうじゃなかった。
目の前にいる黄瀬は、間違いなく青峰を倒しうる選手だ。
体が熱くなる。
ここまでの高揚感を覚えたのはいつ以来か?
だがそんなことは今はどうでもいい。
―――今は目の前の男を倒すことだけ集中する。
意識を切り替えた瞬間、青峰の視界が鮮明に変わった。
・ ・ ・ ・ ・
青峰の様子が変わったのは、目の前に対峙する黄瀬が一番理解していた。
刺すような視線に、闘志を燃やす瞳。
全身からは獣のような雰囲気が溢れている。
野生。
解読不明のドリブルと異常な野生の感を取り戻した青峰こそ、黄瀬が尊敬した男である。
ゆっくりとボールをつく青峰の一足一挙を見逃さないように、黄瀬が注視したその瞬間―――青峰が視界から消えた。
同時に後方に響く足音に、黄瀬は瞬時に反応すると青峰コピーで敏捷性を増した手でボールを奪おうと伸ばしたが、青峰には届かなかった。
叩きつけられるボールと軋むゴールポスト。
間違いなくパワーも跳ね上がっており、紫原に匹敵する力を有していた。
これで14対4。 大差はついていたが、一切の油断は許されなかった。
「感謝するぜ、黄瀬。 お前は最高だ」
「そう言ってもらえると、修行した甲斐があったっすね」
目の前の青峰のプレッシャーに、黄瀬の額から冷や汗を流れる。
同時に、目の前の好敵手との戦いへの闘争心―――アドレナリンがにじみ出るのを感じた。
攻め手は再び黄瀬に戻り、ボールの感触を確かめながら呼吸を整える。
『
赤司コピーの『アンクルブレイク』
目の前の青峰を転がすと、そのままカットインする。
無人のゴール、そこに向かってシュートを放った瞬間―――青峰にボールを弾き飛ばされた。
「なっ!?」
「手ぇ抜いてんじゃねぇぞっ!!」
弾かれたボールはそのままサイドラインを割り、攻守が入れ替わる。
黄瀬は一切の手を抜いたつもりはなかった。
それ以上に青峰の動きが速かったのだ。
緑間からボールを受け取った青峰は、ボールの感触を確かめるようにセンターサークル内でボールをつく。
その姿はまるで初めてバスケットボールを買ってもらった少年のように純粋で、笑みがこぼれているように見えた。
「次、行くぜ?」
青峰の言葉に、黄瀬は無言のまま頷くと、ディフェンスに備える。
先程は見失ったが、今回は全体を見られるように半歩下がっていた。
緩やかな速度で地面にたたきつかれるボール。
規則正しいリズムは、突然激しいものとなる。
同時に霞むようにブレる青峰に、黄瀬は一瞬で目の前に走る。
そこから切り返す青峰に、黄瀬は再び迫る。
だが、青峰の手から既にボールが離れていた。
瞬間、後方でネットが揺れる音とボールが弾む音が聞こえた。
『フォームレスシュート』
青峰の十八番である。
恐らくロールした瞬間に撃ったのだろう。
それも青峰の体でボールが隠れた瞬間に、だ。
にやりと笑う青峰の顔を見て、黄瀬は背筋がぞくりとした。
『ゾーン』
黄瀬がコピーできていない青峰の最後の力だった。
・ ・ ・ ・ ・
「凄まじいものだな」
緑間は、目の前の戦いを見て思わず呟いてしまう。
特に人を絶賛する気性ではないが、それでも目の前の戦いは緑間を感動させるものだった。
「ミックスアップだよ」
突然発せられた言葉に緑間が振り返ると、そこには紫原におんぶされた赤司の姿があった。
余りにも奇妙な光景に緑間は一瞬思考を停止させると、呆れたように声をかける。
「何をやっているのだよ」
「どうやら、限界が近かったようだね。 まともに立つこともできないよ」
「赤ちん、重い」
恰好をつけているようだが、その姿はなかなか締まらないものだった。
最も一番被害を受けているのは、青峰との練習により疲労困憊になっていた紫原だろう。
菓子を食う暇もなく、ただその場で赤司の馬になっていた。
そんな紫原を気にすることなく、赤司は緑間へ説明を始める。
「互いに互いに高め合い限界を無くす。 つまり戦いながら強くなっていくというわけさ。 その証拠に黄瀬は青峰のコピーの精度が増しているだろう? 青峰は錆びついた勘を取り戻し、ゾーンに入った……つまり最強の自分を取り戻しつつあるというわけさ」
効果だけを考えれば破格のものだが、そううまくいくようには緑間には思えなかった。
「赤司、まさかこれがお前の狙いだったのか」
だが実際はこうして、一人は進化し、もう一人は本当の自分を取り戻している。
赤司の思惑通りになったというわけだろう。
「そうだ。 キセキ世代同士が互いに高め合い、高みを目指し成長する。 それが僕がお前たちを誘った理由の一つでもある。 僕たちのスキルアップは、何れの目指す目標には必要不可欠なものだ」
「目標だ、と?」
緑間の問いかけに、赤司は笑みを消すと重々しく口を開いた。
「そうだ、僕達は日本一ではなく、世界最強を目指す」