チートが過ぎる黒子のバスケ   作:康頼

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霊剣クトネシリカ

 赤司の世界制覇発言から数日。

 あの日から黒帝バスケ部の空気は激変した。

 

 「ちっ!」

 「紫原っ!! ディフェンスが温るぜっ!!」

 

  紫原のブロックを空中でワンロールしてかわしながらダンクを決める青峰は、目の前の紫原に挑戦的な言葉を吐き捨てる。

 その言葉に紫原の眼つきが変わり、段々と殺意に似た鋭さが増していく。

 熱意の欠けていた紫原すら、今は練習の熱に浮かされて与えられた練習を重ねていた。

 しかし、それでも一番変わったのは青峰だろう。

 黄瀬というライバルの覚醒に伴い緑間の新技。

 それだけの事実で本来の負けず嫌いが顔を出し、一つ一つの練習にも力が入っていた。

 その姿はまるで―――力が覚醒する前のバスケ少年を思い出させるようだった。

 

 「黄瀬、ブロックは無意味なのだよ」

 「ちょっ! 高っ!!」

 

 青峰と紫原が1ON1をしている隣のリングでは、赤司からのパスを受け取った緑間が新技『絶対領域狙撃』でリングを打ち抜いた。

 その高弾道シュートには紫原コピーを行った黄瀬のブロックの頭上を軽々と越えていった。

 

 「そのシュート、マジでずるくないっすか?」

 「そういうお前のコピーも対外だと思うのだが?」

 

 恐らく紫原ですらブロックできないだろう緑間のシュートに、黄瀬は思わず頬を膨らます。

 だが緑間の言う通り、黄瀬の『鏡の中の貴方』の方が凶悪過ぎるだろう。

 実際に『絶対領域狙撃』はまだコピーできていないが、緑間コピーの超ロング3Pシュートを黄瀬は緑間本人から決めていた。

 自分自身のシュートの脅威と真似されたことによる屈辱により、先程から緑間の表情は不機嫌なままでだった。

 

 「涼太のコピーと真太郎の新技は、ほぼ完成と言ってよさそうだな」

 

 その二人のプレーを横から見ていた赤司が普段以上に機嫌が良さそうに頷きながら答えた。

 そんな赤司を見た黄瀬が、タオルを片手に赤司に尋ねた。

 

 「ところで赤司っち、さっきから何をやっているんすか?」

 「ん、目のマッサージだ」

 

 黄瀬の視線の先では、アイマスクをして目元をほぐしている赤司の姿がいた。

 寝る前などなら行うかもしれない行動だが、体育館の真ん中に立ってやっていると違和感そのものである。

 そんな黄瀬の心境を悟ることもなく、赤司は何でもないように答える。

 

 「何、最近秘密特訓のせいで眼が疲れてしまってね。 今日はできるだけ休ましているところさ」

 「それならとりあえず、夜にパソコンを使うのをやめるのだよ」

 

 寮が同室である緑間が注意を行ってみたが、赤司には意味はなさない。

 

 「やれやれ、真太郎。 情報とは大切なものだ。 桃井がいない現状、キャプテンの僕が調べるしかないのだよ」

 「真似をするなのだよ。 なら授業中に携帯をいじるのをやめるのだよ」

 

 何処か得意げな赤司の表情に、緑間は眼をヒクつかせながら目尻を釣り上げる。

 

 「っていうか、赤司っち。 授業中によくそんなことをしてて教師にバレないっすね」

 

 かなりの頻度で授業中に携帯を弄う赤司の姿を見て、黄瀬は常々不思議に思っていた。

 同様に、授業中に紫原などはお菓子を食べたり、青峰は早弁などをしているが二人とも、教師に見つっている。

 黄瀬本人も携帯を弄っていて、そのまま没収されたことは記憶に新しい。

 何故、赤司だけ注意されないのか?とバレないことを不思議に思っていると、赤司が得意げな表情を浮かべたまま口を開く。

 

 「そこは『天帝の眼』で周囲の様子も窺っているから大丈夫さ」

 「能力の無駄遣いなのだよ」

 

 自信満々に答えた赤司に緑間がツッコミをいれたとおり、まさにその通りである。

 黄瀬達の能力と違い、『天帝の眼』の万能さに黄瀬が羨ましそうに赤司の目を見ていると、多量の汗をかいた青峰がこちらに走ってきた。

 

 「おいっ、赤司! 1ON1をやろうぜ」

 「いいだろう。 最近調子の良さそうな大輝を潰すのは楽しそうだ」

 「はっ、ぬかせ。 誰が一番強いかはっきりさせてやるぜ」

 

 アイマスクを取ってゴールリング前に向かう赤司とその後を追う青峰。

 紫原からボールを受け取った赤司はセンターサークル付近まで歩くと、そのままボールをついて感覚を確かめる。

 先手は赤司であり、青峰は体の態勢を低くとり、集中力を高める。

 

 「図が高いぞ」

 「ちっ!!」

 

 赤司のドライブと共に『アングルブレイク』が発動する。

 ほぼ全開の青峰ですら赤司の『アンクルブレイク』の前には尻餅をつくしかない。

 そのあとの立て直しは、凄まじいほど早かったが、既に放たれていたボールを手で捕らえることはできなかった。

 ゴールネットを揺らし、勝利を決めた赤司がニヤリと口元を釣り上げる。

 

 「ふ、やはり『天帝の眼』の前には敵は無しだな」

 「クソが……おい、紫原。 こいつを二人で止めんぞ」

 

 不敵な表情を浮かべる赤司に、青峰は一人で防ぐのは不可能と判断したのか、不本意そうに顔をしかめると紫原に増援を要請した。

 そんな青峰の苦渋の選択にも関わらず、返ってきた答は無気力に満ちていた。

 

 「やだよ、めんどい」

 

 お菓子を取り出して食べようとする紫原はすでにやる気はゼロである。

 そんな紫原の反応に、青峰はお菓子を奪い取ると、そのまま貪るように口へ放り込んでいく。

 

 「ちょっ峰ちんっ!?」

 「うるせっ!! てめぇ、少しはやる気になりやがれっ!! お前は赤司の犬か?!」

 「犬じゃねぇしっ……」

 

 青峰の挑発に紫原はやる気を取り戻していた。

 正確には殺る気に、だが。

 

 「ちょっ、なんで俺の首を……ぐぇ」

 「ほう、敦。 大輝をワンハンドで軽々と……どうやら筋トレの成果がでてきたようだな」

 

 片手で青峰を軽々と持ち上げる紫原の姿に、赤司は満足そうに頷く。

 まるで漫画に出てきそうで、現実にされたらドン引きの光景に、黄瀬の額から冷や汗が溢れ始める。

 

 「筋トレしたら、あんなにパワーアップするもんなんすか?」

 「さあな。 アレが『紫原敦。 超獣への道』ってやつだろう」

 

 冷静な口調な緑間だが、何処か表情は青かった。

 そのせいか、『紫原敦。 超獣への道』という突っ込みどころ満載の単語にも、得意のツッコミのメスが入っていない。

 名称からすると、何を求めたか意味が不明だが、やっていることは極めて単純だった。

 

 「ぶっちゃけパワーとスピードの倍増しってやつっすよね?」

 「実際、紫原なら小手先の技術を覚えるより、自身の力を高める方が効率がいいだろう」

 

 筋トレの成果はまだ出ないだろうが、同時に赤司が教えた『体の使い方 上級編』のおかげだろう。

 その資料の中に、古武術やボクシングなどのトレーニング方法が書かれていたため、黄瀬には赤司が紫原に何を求めているかは本当の意味でも理解できなかった。

 着々と進化を始めるメンバーと同時に、バスケ部としても新たな一歩を踏み始めていた。

 

 「それとユニフォームを変えるみたいっすよ」

 「嫌な予感しかしないのだよ」

 

 心機一転と考えればそう悪くはないが、提案者が赤司ということに緑間は一抹の不安を覚えていた。

 そして、次に黄瀬が言った言葉を聞いてその不安は的中する。

 

 「黒のトレンチコートがどうとか言ってたっすね」

 「コートっ!? あいつ正気なのかのだよ?!」

 

 入場の際にでも着るのだろうか?

 しかし間違いなくバスケ界でも初の試みだろう。

 そもそも登場時にコートなどを着ているのは格闘技の試合くらいしか緑間は見たことがなかった。

 

 「流石に元モデルとして、それは止めておいたっす」

 「モデルじゃなくても止めるのだよっ!」

 

 最近赤司に毒されつつある黄瀬の言葉に、緑間は戦慄がはしる。

 そもそも『鏡の中の貴方』取得への練習の際もやけにノリノリだった黄瀬である。

 一番、赤司の気質に近いのかもしれない。

 

 「しょうがないから、上のジャージの袖を通さずに両肩に引っかけた状態でマントのようにするって言ってたっす」

 「何の話なのだよ?!」

 

 本当に何がしたいのかわからなかった。

 帝光時代にも奇行があった赤司だが、ここのところアクセルの踏み具合が凄まじかった。

 

 「俺達ってどこに向かいたいんすかね……」

 

 目を遠くさせる黄瀬の隣で、緑間も遠い空を眺める。

 地区予選まで約一週間。 黒田帝興高校は平常運転であった。


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