IS ~一刀斎黙示録~ リメイク版   作:リバポから世界へ

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第4話 「朔哉の長い一日 Ⅰ」

-東京武偵高校 第二男子寮 204号室 6:30 p.m.-

 

ピーピーッ、ピーピーッ、ピーピーッ―――――

 

(…………あ?)

 

ピーピーッ、ピーピーッ、ピー……バチン!

 

けたたましく鳴り続ける、目覚まし時計。枕に顔を埋めたままスヌーズ機能を解除すると、朔哉は顔を上げた。

 

(眠い……。寝たい……)

 

どちらかと言えば、彼はあまり朝が得意ではない。もうちょっとだけ……という欲望をどうにか抑え込んで起き上がり、その欲望に負けない内に自室に敷いた布団を丁寧に畳む。

 

ふと姿見に映った自分の姿を見て、朔哉は苦笑いをした。

 

(ひどい顔だな……)

 

寝起きの顔を他人に見せたくないという人も多いだろう。彼もその一人だ。

洗面所に行き、顔を洗う。……これで少しはマシになったはず。

 

ふらふらと歩き、リビングに入ると優雅にコーヒーを飲んでいる不知火亮の姿が目に映った。それなりに広い寮ではあるが、現状この部屋の住人は彼と朔哉だけである。

実は少し前まで、もう一人いた。三人は親友だった。共に学び、危ない場面では何度も助け合った。ところが彼は兄を亡くし、武偵に絶望し……強襲科(アサルト)とこの部屋を去ってしまった。ここにいる二人よりも遥かに優秀であったのに。

 

 

”二年になったら三人でチームを組もう”

 

 

という三人の約束も儚い夢と散ってしまった。

現在は探偵科(インケスタ)で活動を続けているが、良い噂はほとんど聞かない。朔哉は決して声や表情には出さないが、友が馬鹿にされるのを見て、黙っているだけしか出来ないことが悔しくて仕方がなかった。しかし武偵憲章4条。『武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用のこと』

本人がそう望んだのであれば、外野の口出しは迷惑以外の何者でもない。

 

「おはよう、亮。……早いな」

「やあ朔哉君、おはよう。コーヒー飲むかい?」

「ああ。いただくよ」

 

サーバーを手に爽やかに言う亮。彼に淹れてもらったコーヒーをブラックで飲みながら、目を覚まさせる。

 

「朔哉君、疲れは取れた?」

 

気遣うように亮が聞くと、カップをテーブルに置いて答える。

 

「ああ、問題無い。土日もゆっくり出来たからな」

「……ふーん」

 

意味ありげに含み笑いをする亮。その笑顔は朔哉に僅かばかりの不快感を与えた。

 

「……何だよ」

 

朝、起きたばかりで機嫌も悪かったのもあり……ついつい親友にしかめっ面を向けてしまう。しかし、亮がこのような笑顔を見せる時は大抵、碌なことを言わないのを朔哉は知っていた。

そして今回もその考えは間違っていないらしい。

 

「朔哉君、依頼どうだった?」

「どうって……皆の知ってる通りだ」

「そうなんだ?」

「そうだよ」

 

朔哉が大真面目に頷くと、亮は笑いを堪えながら話を続ける。

 

「じゃあ質問を変えるよ。朔哉君、一昨日の土曜日は寮に居なかったよね?」

「授業無かったからな。俺だって休日に外出ぐらいはするさ」

「そりゃ、そうだろうね。でもね……土曜日に学園島の花屋から出てきた朔哉君が目撃されてるんだよ?」

「…………」

 

(何が悲しくて、こんな取調べのような事をされなきゃならんのだ……。しかも朝っぱらから)

 

熱いコーヒーを無言で口内に流し込む朔哉に対して、亮はただニコニコと微笑むだけ。彼の笑顔は……稀に朔哉に得体の知れない恐怖心を抱かせる。理由は彼自身にも分からない。

 

しばしの間、沈黙が続いたが……

 

「お前な………言いたい事があるなら言えよ。気味の悪い……」

 

先に音を上げたのは朔哉だった。沈黙に耐え切れなくなり、テーブルにカップを強めに置く。黒い液体が揺れた。

亮は笑顔を崩さない。その顔は全てを知っているような顔付きだ。つまり―――――

 

(こいつ、分かった上で聞いてやがる……)

 

亮は朔哉が土曜日にどこへ行ったのか既に知っているようだ。そしてそれを知った上で、朔哉本人の口から言わせようとしている。回りくどい質問ばかりをしているのは朔哉が口を滑らすのを待っているのだろう。

 

(こいつも中々良い性格してるよなぁ……)

 

今まで何度もこのような光景を見てきた。しかし大抵の場合は煙に巻くことに失敗し、亮に洗いざらいを話してしまう。

だが、何度も何度も同じ手に引っかかる程、朔哉も馬鹿ではない。無理に怒れば、亮の求める答えを自ら提供してしまうことになる。それはあまりにも癪だった。

 

「……」

「……」

 

再び無言の時間が続いた。たった数分が数時間にも感じられる。チラリと見た亮の笑顔はこう言っていた。

 

『もう全部、知ってるよ? 話しちゃいなよ』

 

と……。

 

「飯、食うか」

 

朔哉は無理矢理、話題を変えるとキッチンに入った。

 

 

 

 

 

「このジャム美味いな。どこで買ったんだ?」

 

ベリー系のジャムを塗ったロールパンに舌鼓を打つ。一見するとブルーベリージャムに見えるが、味からすると他の種類も混ざっているらしい。

 

「それ僕が作ったんだよ」

 

しれっとそう言った亮に朔哉は驚いた顔で手を止めた。

 

「……マジで?」

「うん、マジ。お気に召したなら何よりだよ」

「銃もナイフも格闘も出来て……その上料理も出来んのか。お前、弱点あんのか?」

 

呆れた様子で、それでも三つ目のパンを千切ると亮に苦笑いをされる。

 

「自分の弱点をペラペラ喋る武偵は居ないんじゃないかなあ」

「それもそうか……」

 

朔哉も釣られて苦笑すると、付けていたテレビの音声が耳に入ってきた。

 

『さて次なんですが……』

 

テレビでは朝の情報番組が放送されている。放送する内容は政治、経済、スポーツ、エンタメなど様々だが、ここ2、3日でテレビを騒がせている内容は……

 

『何と女性しか扱えないはずのISを動かせる男性が発見されました。原因は未だに不明ですが、事態の重大さから政府は起動させてしまった少年、織斑一夏君を保護することを決定し―――――』

 

……ああ、またこれだ。どこかのバカが勝手にISを弄って、起動させてしまったという類の話だ。

何度も何度もしつこいくらいに流れているニュースによると、件の織斑少年は高校受験の試験会場と間違ってIS学園の試験会場に入り、そこのISを起動させてしまったと言う。

 

だが、朔哉たちにはどうしても理解できないことがあった。

 

「……なあ、質問なんだけどさ」

 

テレビの画面を見ながら朔哉が口を開くと、スクランブルエッグを口に運んでいた亮も手を止めた。

 

「何だい?」

「置いてあるISを勝手に触ろうと思うか?」

「思わないね。何かあっても困るし」

「……だよな?」

 

『好奇心は猫を殺す』

 

武偵高に入ると、まず最初に教わることだ。どれだけ興味があったとしても、過剰な好奇心は己の身を滅ぼしかねない。そして目の前にあるのが世界最強の”兵器”であるなら尚更だ。これは武偵だけに限った話ではないだろう。

 

番組では今回ISを起動させてしまった少年『織斑一夏』をどのように扱うかを各分野の専門家達が議論していた。国で保護すべきとか、法律的にはどうとか、人権はどうするとか。

 

気の毒ではあるが、どちらにしろ彼はもう普通の生活には戻れないだろう。

 

そして、女尊男卑主義者と思われる女性ゲストが今回の出来事を批判し始める。それは一昨日から何度も見る光景だった。

 

 

何故、勝手にIS学園の試験場に侵入しISを触ったのか。

問題になるとは思わなかったのか。

男のくせにISを動かせるとでも思ったのか。

 

 

などなど、今日も朝から胸糞の悪くなるような事をほざいている。

 

「最初の二つは分かるけど、三つ目は負け惜しみにしか聞こえねえな」

「そうだね。事実、織斑一夏君はISを動かしちゃったわけだし」

 

朔哉が鼻で笑うと、亮も同意した。

 

その後も女性ゲストは延々と男を馬鹿にするような発言を繰り返していく。

しかし、他のゲストやアナウンサー達は眉を顰めはするが反論しない。……いや、出来ないのだ。

今のご時勢、女性同士ならともかく男性が女性に対して意見をすれば、自分の築き上げてきた立場を失いかねない。ましてや公の場で働く人間なら、その可能性も殊更に強くなる。彼らも干されたくはないのだろう。

 

女尊男卑社会。ISが創り上げた最悪の環境だ。

 

一部の企業でも女性社員を優遇するようになり、男性社員をことごとく切ってしまった。まあ、そういった会社がどうなったのかは安易に想像できるのだが、男性の就職率は年々低下している。

 

一般の企業だけではない。法の番人たる警察でもそういった風潮が年々濃くなっている。官僚でもなく、大して優秀でもない女性警察官が主要ポストに就いてしまっているのだ。

優秀な警察官僚であった朔哉の父も、その影響で左遷・降格処分となり出世コースから外れてしまった。そのため一時期は様々な県警を転々としていた。警視庁に戻ってきたのは本当に最近である。

男性警官や真っ当な考えを持つ女性警官が誠実に職務をこなし、かろうじて威信を保っているというのが現在の警察機関の実態であった。

 

幸いにも武偵社会”内部”には女尊男卑の風潮はそこまで浸透していない。何故なら、武偵は完全な実力社会であり男女関係なくランクで評価されるからだ。そのため、日々修羅場に足を踏み入れている武偵校の生徒にとって、女尊男卑主義者の女など怖くも何ともなかった。

しかし不便であることには変わりはない。警察から本来下りてくるはずの情報が差し止められた時もあるし、武偵校に圧力をかけられ捜査を断念せざるを得なかったこともあった。

 

……嫌なことを思い出してしまった。

 

朔哉はチャンネルを回し、別の番組に切り替える。しかし、どの番組でも同じ内容と似たような会話しか映っていない。

 

(ダメだこりゃ……)

 

テレビの電源を切ると、亮が意外そうな顔をする。

 

「消しちゃうのかい?」

「ああ。折角の食事が不味くなる」

 

吐き捨てるように呟いた朔哉はチャンネルをソファーに放った。

 

 

 

 

 

「そういえば、朔哉君も聞いたかい?」

「何だ?」

「今回の件で武偵校でもISの起動試験やるって。男子は全員が強制参加だってさ」

 

食事を終え後片付けをしていると、亮が思い出したかのようにとんでもない事を言い出した。

 

「本当かよ……。いつ?」

「確か……今日の放課後」

「なんだそりゃ、ずいぶん急な話だな。どこ情報?」

情報科(インフォルマ)だよ」

「……ってことはガチか。ちっ、めんどくさい……。俺は行かないからな。依頼があるって言えば大丈夫だろ」

 

そう言うと朔哉はスマホを取り出し、今日の放課後にジャストミートしている緊急依頼(クエストブースト)を探し始めた。

 

「国の指示だから無理だと思うけど……」

 

と苦笑しつつ、自身も依頼を探し始める亮も満更ではなさそうだ。

 

数分後、手頃な任務を見つけた二人はそれぞれの自室に戻り、登校準備を始めた。

 

ブーッ、ブーッ、ブーッ―――――

 

机の上に置いたスマホが震える。メールが届いたようだ。

送り主と内容は―――――

 

 

From: 父さん

件名: おはよう

 

朔哉、おはよう。調子はどうだ?

今週末、暇だったら飯でも食いに行こう。

 

 

差出人は父である真臣からであった。

 

同年代の友人たちはどうだか分からないが、朔哉自身は父との親子関係は良好だと思っている。寮生活をしているがよく食事をするし、年に一度は二人で旅行にも行く。

都内に祖父母が住んでいるとは言え、たった二人の家族なのだ。父は自分との時間を大切にしたいらしい。

 

 

To: 父さん

件名: Re:

 

いいね。寿司希望。

 

 

それだけを打ち込んで送信すると、再び登校の準備に取り掛かった。

 

ハンガーに吊るしてある防弾制服に着替え、先日の任務では結局一発も発砲しなかったP226(シグ)のマガジンを確認して、ショルダーホルスターに差し込む。

そして刀掛けに掛かっている助広を鞘から引き抜いた。

二尺四寸。反りは強い。武蔵鍔で柄頭は銀細工。黒い鉄拵えの鞘に赤い下げ緒が巻かれている立派なものだ。聞いた話によると、先祖は200両の大枚を叩いてこの刀を手に入れたらしい。

毎日、丹念に手入れをしているので刃に一点の曇りもない。鞘に収め、防刃制の竹刀袋に入れる。

 

それから洗面所に行って髪を整える。高校生になると自分の見た目に気を使う人間が増えるが、朔哉も例外では無い。武偵である以前に学生なのだから、何もおかしいことではないだろう。

身支度を終えてリビングに戻ると、ちょうど亮も自室から出てきた。

 

「……悪い、待たせたか?」

「大丈夫。そろそろ行く?」

「ああ。」

 

玄関で靴を履きながら毎日の確認をする。

 

「朔哉君、今日の夕食どうする?」

「んー、遅くなりそうだから食って帰ろうぜ」

「了解」

 

いつもと変わらない会話が響く。

 

当たり前の日常が始まろうとしている。

 

しかし、少々いつも通りすぎやしないだろうか。

 

(変なことが起きなければ良いが……)

 

言いようのない不安に襲われながらも、部屋の鍵を閉める。

朔哉は勘は鋭い方だ。しかし今日ほど、それが外れてほしいと思ったことは無かった。

 

 

 

しかし彼の希望(のぞみ)を裏切るかのように、その不安は現実のものとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-東京武偵高校教務科(マスターズ) 職員室 8:17 a.m.-

 

「「受けられない?」」

 

武偵高の教務科(マスターズ)。只者ではない教師達の溜まり場である場所で朔哉と亮の声が被る。

 

「……どういう事でしょう? 矢常呂先生」

 

普段は教師に逆らわない、優等生の亮も流石に納得できないらしい。思わず説明を求めてしまっていた。朔哉たちの目の前で矢常呂イリン先生は申し訳なさそうな表情をしている。

 

「ごめんなさい、理由はまだ説明出来ないんだけどね? 今日の依頼は全てキャンセルになってしまったの」

「そんな……」

 

今までそんな事はあり得なかった。

信じられないといった表情で不知火は絶句するが、朔哉は冷めた目で床を見つめている。その理由とやらを分かりきっていたからだ。

全国の男性を対象としたISの稼動試験。これの他に無いだろう。

世界で初の男性IS操縦者の発見。調査をすれば、第二第三の織斑一夏が見つかるかもしれない。世間ではそんなことが騒がれている。なら、どんな手を使っても一人残らず虱潰しに調べ上げるはずだ。

……ふと朔哉の頭に一つの疑問が湧いた。

万が一にも、織斑一夏と同じようにISを動かせる男性が発見された場合……その人物はどうなるのだろう?

普通の生活には戻れない。家族には会えるのだろうか? 毎日、毎日、訓練や実験で月日が流れていく……。

 

「……斎藤君?」

 

何故か、そんなことを考えてしまった朔哉は矢常呂先生の言葉で現実に戻された。

 

「は、はい?」

「大丈夫? 何かボーっとしちゃってるけど……」

 

亮も不思議そうな顔をしている。そんなに顔に出ていただろうか?

 

「いえ……寝ぼけてただけです」

 

そう言って誤魔化すと、今度は先生からお小言を頂戴したのだが―――――

 

「もう……今日から月曜日よ? そんなんじゃ一週間、乗り切れないわ。授業中に居眠りしたらダメだからね?」

 

不覚にも先生の怒った顔を可愛いと思ってしまった。矢常呂先生は武偵高の中でも1、2を争う程の美人教師なのだ。笑顔が良いと友人たちは言っていたが、なかなかどうして……今の表情も魅力的ではないか。

依頼が無くなったのは残念だが、朝から良い物を見れたので良しとしよう。こんなこと口には出来ないが……。

 

「気を付けます。まあ、とにかく……今日のことは分かりました。聞き入れます」

 

素直に諦めると、亮も頷いた。自分も彼も単位に困っているわけではない。焦る必要は全く無いだろう。

 

「ごめんね? 明日からは大丈夫だと思うから」

「「はい」」

「ああ、それから斎藤君。先日の依頼の報告書、今週中に提出してね?」

「もう出来てます。どうぞ」

 

そう言って朔哉はファイルに入った報告書を手渡した。

 

「あら! もう書けたの? 感心ね」

「”行動に疾くあれ”です。確認お願いします」

「……うん……うんうん。OK! ちゃんと書けてるわね。確かに確認しました。私から蘭豹先生に渡しておくわ」

「お願いします。……失礼しました」

 

 

 

 

 

「ふざけた話だよな。武偵から依頼取り上げたら、何も残らないってのに」

 

教務科(マスターズ)を出た後、教室に向かいながら朔哉がイラついた声を上げる。先生に対してはああ言ったものの、心の底では納得出来ていなかった。

 

「仕方ないよ。教務科(マスターズ)でもどうしようも出来なかったみたいだし。でもやっぱり理由は……」

「ああ、間違いないだろ。情報科(インフォルマ)が掴んだネタだ」

 

大方、国際IS委員会とやらが国際武偵連盟(IADA)を通して武偵高に圧力をかけた……。当たらずとも遠からずといったところか。

まさか武偵高に来ている依頼に全てストップを掛けられるとは予想外ではあったが、生徒である二人がどうこう言っても結果は変わらないだろう。亮の言ったように教師たちにどうにか出来るとも思えない。

 

「くそったれが……。これが諜報科(レザド)だったらどれだけ良かったか」

「朔哉君、口悪いよ?」

 

思わず毒を吐いた朔哉を亮が窘める。しかし朔哉の気持ちも分からなくはなかった。

武偵校内において、情報関係に関しては諜報科(レザド)よりも情報科(インフォルマ)の方が遥かに信用出来る。何故なら、諜報科(レザド)はネタの量は多いのだが、その分ガセも多いのだ。朔哉自身も入学当初に何も知らず、諜報科(レザド)の先輩から高値でガセネタを掴まされた経験がある。

対して情報科(インフォルマ)はネタの真偽を見極めてから生徒に提供するので、前者と比べると良心的であった。しかし今日に限っては、その良心的な情報はお呼びでない。

 

「あっ、さっくんとぬいぬい! おはよー!」

 

教室に着くとクラスメイトである、探偵科(インケスタ)峰理子(みねりこ)が顔を出した。

友人に変な渾名を付けまくる彼女はクラス一の人気者だ。防弾制服をフリルだらけに改造し、一見するとただのおバカキャラだが、盗聴・盗撮・変装などを得意とする有能な武偵である。

 

「おはよう、峰さん。朝から元気だね」

「よう理子。……さっくんって呼ぶのやめろって」

「えー? じゃあ、さくやんに戻す?」

「……!? あれはダメだっ! バカ丸出しじゃねーか」

 

かつて付けられた、受け入れがたい渾名に思わず悲鳴を上げる。亮自身は気にしていないようだが自分の渾名が”ぬいぬい”で良いのだろうか?

 

「そういえばさ。さっくん、例の依頼どうだったの?」

 

今朝の亮と同じように、理子が興味深々に聞いてくる。彼女も先日の四十院神楽の誘拐事件が気になっているらしい。

 

「ああ、もう大丈夫だ。彼女、昨日退院したってさ」

「それでそれで!?」

「いや……それだけだよ」

 

食い気味の理子に対し、若干引き気味に答える朔哉。これは面倒な話に持ち込まれるかもしれない。

出来るだけ悟られないように、あえて彼女から目を逸らさない。しかし―――――

 

「え? 土曜日の午前中にお花屋さんに居たよね?」

 

無駄だったようだ。

理子はニヤニヤしながら朔哉の顔を見上げてくる。小柄な彼女とは身長差があるため、どうしても下から覗き込まれるような形になってしまう。

 

…………。

 

朔哉はグルンと顔を回して真横の亮を睨みつけた。

 

「お前が今朝言ってた”目撃情報”って、こいつのことか?」

 

―――――コクリ。

 

「……ったく」

 

ニコニコと笑みを浮かべながら頷いた亮を一瞥すると、理子に視線を戻した。

 

「んー? どうして花屋なんかにいたのー?」

 

当然、そういった質問が飛んでくる。しかし男が花屋に居た言い訳など、今の朔哉には思いつかなかった。どうしようもない事しか頭に浮かばない。

 

「……俺、花好きなん―――――」

「お花、持ってく場所なんて限られてるよね?」

「無視かよ……。あのな、さっきの(こいつ)もそうだったけど、お前ら分かった上で聞いてるだろ?」

「「うん」」

 

亮と理子が同時に頷く。その正直さに朔哉は怒りを通り越して呆れてしまった。まだ朝だというのに、どっと疲れが押し寄せる。

 

「即答かよ……」

「峰さんも僕も全部分かってるけどね? だからこそ、朔哉君の口から聞きたいんだよ」

「そうそう、くふふっ♪」

 

二人は朔哉をイジるという、この世で最大の楽しみを堪能しているようだった。

 

「……あぁ……もう分かったよ」

 

いちいち、言い訳したり反論するのも疲れた。こんなことを続けていたら一日もたない。だったら潔く話して楽になった方がいいだろう。

からかわれるのを覚悟しながら、朔哉は真相を明らかにし始めた。

 

「いや、その……土曜日の午前にな? 矢常呂先生から四十院神楽が目を覚ましたって連絡があったんだよ」

「ほほう、成る程成る程。それで?」

 

キラキラと大きな目を輝かせながら、グイグイ近寄ってくる理子の頭を押しのけながら続ける。

 

「それでその……『来る?』って聞かれてな。折角、連絡貰ったのに断るのも悪かったから、花屋で花買って……」

「「買って?」」

「……み、見舞いに」

 

恥ずかしさから、最後の方は自分でも聞き取れない程の小声になってしまった。しかし、亮も理子もしっかりと聞き取ったらしい。

 

「はいっ! 頂きました!」

 

理子が万歳をしながら、朔哉の周りを走り回る。

そして、何とクラス中に聞こえる程の大声で叫び出した。

 

「みんなーっ! さっくんがついに白状したぞぉぉぉぉぉ!」

「ちょっ、おま……!」

「「「「「イエェェェェェイ!!」」」」」

 

内容をあまり理解していないはずなのに男女問わず、ほとんどのクラスメートから歓声が上がる。

一部の男子、特に朔哉と同じ強襲科(アサルト)の生徒に限っては天井に向かって自分たちの武器を突き上げている始末だ。

まるで、武士たちが勝鬨を上げているように見える。掛け声と状況は大分違うのだが……。

 

「おい、やめろ馬鹿理子! お前らも何だか分かってないだろうがっ!」

 

必死で騒ぎを抑えようとするが、一度起こったものは簡単には収まらない。

 

「いや~。ついに、さっくんにも春が来ましたか! めでたいですなぁ~♪」

 

遠慮無く、理子にバシバシと背中を叩かれる。何故だか分からないが、朔哉の知らない内にどんどん話がややこしくなっている気がした。

 

「いや、待ってくれ……。そんなお前たちの期待してるようなことは起きていないっての……」

「え~? 何にも無かったの? エッチいこと!」

 

理子が不満そうにブーブーと文句を垂れる。

 

「あるわけないだろ……。相手は対象だぞ?」

 

どんな任務であろうと、武偵は依頼人や対象と信頼関係を築くことが最も重要視される。

しかし、必要以上に親しくなってはいけない。

万が一の際に的確な判断が出来なくなり、自分だけならまだしも依頼人や対象の命も危険に晒すことになってしまう。

だから理子の言うようなことは御法度なのだ。

 

「でも、もう任務は終わったじゃん?」

 

確かにそうだ。神楽の保護が完了し、武偵病院まで搬送した時点で朔哉たちの依頼は満了している。

しかし、彼はどうしても安心出来なかった。

 

「いつ何があるか分からないだろ? ヴァルハラの連中がすんなり諦めるとはどうしても思えなくてな……」

「相変わらず神経質と言うか慎重だね~」

「でも、その慎重さに救われた武偵も多いよ? 皆、朔哉君に感謝してるんじゃないかなぁ」

 

亮のフォローに照れくさくなった朔哉はニヤけるのを必死で我慢してから続けた。

 

「い、いや俺の話はどうでもいいんだよ。それより二人とも……少し良いか?」

「「……?」」

 

クラス内の騒ぎが一通り収まったのを確認すると、キョトンとしたままの亮と理子を廊下に連れ出した。

 

「さっくん、どうしたの?」

「……理子、キンジの様子はどうだ?」

 

朔哉がその名を口にした瞬間、今まで笑っていた理子の表情が変わった。亮も何やら複雑そうな顔をしている。

 

「あー……キーくんねぇ……」

 

 

『遠山キンジ』

 

強襲科(アサルト)所属Sランク武偵。1年B組所属。

優秀な強襲武偵(アサルトDA)だった。ここにいる3人が束になってかかっても敵わないだろう。

好不調の波は激しかったが、咄嗟の機転や閃きには目を見張るものがあった。いずれは強襲科(アサルト)の主席も狙えた筈だった。

しかし、そのキンジは昨年の冬に兄を亡くした。詳しいことは朔哉も聞けなかったが、それでキンジは武偵に対して絶望してしまったのだ。3年進学時には一般校に転校してしまうらしい。

……もったいないと思う。しかし、それは本人が決めることだ。朔哉自身にも彼を止める権利は無い。

それでも朔哉や亮は元ルームメートのことを気に掛けていた。こうしてキンジと同じ学科の理子から彼のことを聞いている。

 

「キーくんは昨日も探偵科(インケスタ)に来てたよ。捜査学入門に出てたけど、心ここに有らずって感じ」

「そっか……。峰さん、何かあったら僕たちに連絡してくれる?」

「ぶラジャー!!」

「……これは前金だ」

 

そう言った朔哉が鞄から取り出した紙袋を理子に渡す。彼女は紙袋を……半ばひったくるように受け取ると―――――

 

ばりっ、べりっ、ばりばりっ!

 

目の色を変えながら破き始めた。その異常な光景を朔哉も亮もドン引きしながら見守っている。

やがて中から数本のゲームソフトが姿を現した。『R-15』マーク付きのそれらは世間では所謂”ギャルゲー”と呼ばれている代物である。

 

「おおーーー!! このゲーム超人気なのに、よく買えたねえー!」

「デカい声を出すんじゃない……! これ買うのとんでもなく恥ずかしかったんだからなっ」

 

ギャルゲーマニアの理子は実年齢よりも幼く見える。以前、店に売って貰えなかったと聞いて依頼料代わりに買ってくることになったのだ。亮とのじゃんけんに負けた朔哉が……。

彼はゲームショップの女性店員の目が忘れられなかった。蔑むような冷ややかな目を。

 

(ああ……帰りたい……。マジで……)

 

それを思い出してしまった朔哉は矢常呂先生が来るまで、がっくりとうな垂れていた。

 

 

 

 

 

「あれ? 朔哉君、帰っちゃうの?」

 

4時限目が終わり、すぐさま通学鞄を持って教室から出ようとした朔哉を亮が呼び止めた。

既に彼の精神的疲労は限界に達している。と言うのも、休み時間になる度にクラスメート達から四十院神楽について根掘り葉掘り聞かれたのだ。

どうやら友人の一人が入手してきた神楽の写真が原因らしい。確かに彼女程可愛い女の子の情報なら気になってもおかしくない。

しかし実際は仕事人間(学生に使うのは間違っているかもしれないが)で女っ気の全く無かった朔哉の僅かばかりではあるが確かな変化に、周囲はからかいつつも嬉しく思っていたのであった。そのため、他意は無い。

ただ、朔哉と神楽が直接話したのは病院での一回のみ。しかも、実はたった数分である。

武偵でもない普通の女の子と何を話せばいいのか全く分からなかった朔哉は、見舞いの言葉と依頼の報告だけを述べた後、早々に退散してしまったのだった。

なので周囲が思っている程、斉藤朔哉の脳内はお花畑ではない。

 

「何か、今日疲れたわ……精神的に……。ISの検査も面倒だし。だから―――――」

『生徒呼び出し、生徒呼び出し。強襲科(アサルト)1年斎藤朔哉。至急、教務科(マスターズ)まで来いや』

 

朔哉の言葉を遮るように流れた校内アナウンスは彼の疲労した表情を一瞬で真っ青にさせた。

昼休みになり、和気あいあいとした雰囲気の教室内の空気も凍りついている。弁当を広げ始めた生徒たちは哀れむような目で朔哉を見つめていた。

理由は彼を呼び出した声の主だ。

スピーカー越しでもハッキリと分かる、凄まじい威圧感を放ったのは強襲科(アサルト)の主任教師を務める蘭豹。中国マフィアの首領を父に持つ、武偵高屈指の”ヤバい”女教師だ。

そんな彼女に呼び出されるとは……どうやら今日の朔哉は心底ついていないらしい。

 

「…………」

「…………」

 

たった数秒ではあったが、果てし無い時の流れを感じる程の沈黙。

 

「い、いってらっしゃい……」

 

それを破ったのは「生きて帰ってきてね?」という表情の亮の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冗談ではない。

蘭豹(らんぴょう)に呼び出しを食らい、教務科(マスターズ)まで急いでいた朔哉の心臓は不安と恐怖で高鳴っていた。

 

(……俺、何かやらかしたか?)

 

呼び出される理由がハッキリしているなら、それなりの覚悟は出来る。しかし、彼にはその理由が全く思い浮かばなかった。

今朝、矢常呂先生を通して提出したレポートに何か不備でもあったのだろうか?

……いや、それは無いだろう。提出前に何度も確認をした。それに、あの怠惰な強襲科教師(蘭豹)がもう目を通したとは考えられない。

訳の分からないまま教務科(マスターズ)棟の前まで到着すると、反対に其処から出てきた人物と目が合った。

 

「……あ、吉村先輩。こんにちは」

「よう朔哉。お前、呼び出し食らったろ? 珍しいな」

 

自動ドアから出てきた誠一郎は挨拶も早々に朔哉の不安を抉ってきた。事情が事情のため、ローテンションの朔哉に対して、他人事だと割り切っている彼はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「さぁ、全然思い付かないんですよね……。もう何が何だか」

「そうか。まあ、ドンマイだな。何事も勉強だと思えよ」

「先輩はどうして此処に?」

「ああ、これを貰いにな」

 

―――――ピラリ

そう言った誠一郎から渡された紙、そこに書いてある文字を見た朔哉はキョトンとした声を上げた。

 

「早退許可証?」

 

文字通り、用事や体調不良の生徒が早退する際に受け取る物だ。しかし、馬鹿正直に受け取りに行く生徒は殆どいない。実際にバックれようとした朔哉もそんなつもりは更々無かった。わざわざ、申請に行くのは誠一郎や亮のような真面目な人間だけだろう。

 

「体調でも悪いんですか? ……そんな感じには全然見えないんですけど」

「いいや? ちょっとな、勝どき署まで行ってくる」

「……勝どき署? どうしてまた?」

 

誠一郎の口から出た予想外のワードに朔哉は首を傾げた。

 

「あれ、知らないのか?」

「……何がですか?」

「お前と俺でぶち込んだ、ヴァルハラのクズ共はそこに移送されたんだよ」

「っ!?」

 

助け出した神楽のことばかり気にしていた朔哉はそのことを完全に失念していた。

末端とは言え、犯罪組織の一角を逮捕したのだ。迅速に動けば、芋づる式での逮捕のチャンスも十分にあるだろう。

だが、朔哉には引っかかる部分があった。

武偵高の生徒が逮捕した犯罪者たちは指定された警察署に移送することになっている。誠一郎が口にした勝どき警察署もその一つだ。

しかし―――――

 

「あの事件現場って芝浦……港区ですよね? どうして中央区の勝どき署に?」

「さあな。俺もよく分からないんだが……そこにしろって言われたらしいんだよ」

 

管轄外の署に犯罪者が移送される。そんなことが有り得るのだろうか?

 

「留置所いっぱいだったんですかね?」

 

犯罪が増加した現代なら、仕方がないのかもしれない。実際に署内の拘置所が満杯になり、悲鳴を上げている警察署も多いと聞いた。

 

「どうだかな……。まあ、ともかく何か分かると思ってな。知り合いの刑事さんに頼んだらマジックミラー越しなら見せてくれるってさ、取り調べ」

 

優秀で人当たりの良い誠一郎は警察でも顔が広い。何かと邪険にされる武偵の中でも珍しい存在だった。

 

「……でも、ISの検査どうするんですか? 放課後にやるって聞いたんですけど」

「2、3年生は午前中に全員済ませたぞ? もちろん、誰も動かせなかったけどな」

「え、そうなんですか?」

 

武偵高は少々、いやかなり封建的な学校だ。奴隷の1年、鬼の2年に閻魔の3年といった言葉もある。大抵の事は2、3年生が優先されている。

どうやら面倒くさがり屋の教師陣は一斉の検査を嫌がったようだ。武偵にはどうでもいいと思っている一般教科に上級生たちのIS検査をぶち込んでくるという教育委員会やPTAが聞いたら激怒するような事をやらかしたらしい。

だが、そんなこと朔哉にとってはどうでもよかった。

 

「せ、先輩。俺も連れてってください」

 

面倒なISの検査も避けられるし、ヴァルハラの情報も得られるかもしれない。一石二鳥だ。しかし―――――

 

「ダメだ」

 

朔哉の思惑は一瞬で砕かれた。誠一郎は静かに、それでも有無を言わさぬ様子で却下する。

 

「……どうしてですか? ISの検査受けてないからなんて言いませんよね?」

「個人的にそんなことはどうだって良い。だけどお前はまだ1年だ。基礎だけはきちんと学んどけ」

 

ムッとした表情で反論した朔哉に彼は諭すような口調で言い聞かせる。

武偵校では1年生時に武偵の基本を徹底的に学ぶ。そのため2、3年生より授業時間が長いのだ。そこで努力をするか怠けるかによって、今後の運命が変わってくる。

だから誠一郎の言っていることは間違い無く正しいのだ。朔哉もそんなことは重々、承知している。しかし頭で理解出来ても、心で理解するのは容易ではなかった。

 

「……」

「そんな顔するなよ、朔哉。進展があったら絶対に連絡するからさ」

 

仕方無いなあ……という顔をした誠一郎は戦弟(アミコ)の肩をポンポンと叩いた。

 

「……分かりました」

「早く職員室に行った方が良い。先生からの心象が悪くなる」

 

そう言われた朔哉は先輩の背中をただ黙って見送るしか出来なかった。

 

 

 

 

 

エレベーターで2階、3階と上がって行き職員室の在る4階で降りる。

大げさに聞こえるかもしれないが、細長い廊下を歩いている朔哉は死刑台へ向かうような気分だった。そして死刑囚が楽に死ねることを願うかのように、ほんの少しでもお叱りがマシになることを祈った彼は廊下の影に通学カバンを置くと、制服のネクタイをきちんと締め直す。これで少しはマシになったはずだ。

武偵高の教師相手には意味が無いとは分かっていたが……それは心の問題だと強く訴えたかった。

 

―――――コン、コン。

 

覚悟を決めて入り口のドアをノックする。

 

「失礼しま―――――」

「斎藤、こっちや」

 

…………? 

予想外の方向から声を掛けられた。声がした真横に首を動かすと、そこには―――――

ニコニコと笑っている担任の矢常呂イリン、不機嫌そうな強襲科(アサルト)教諭の蘭豹、そしてもう一人……。

その人物を捉えた朔哉の目が大きく見開かれる。

 

「あれ、君は……」

「こ、こんにちは」

 

アイロンがきちんとかかった紺色のセーラー服。そして同性でも羨むであろう艶やかな黒髪は一部を後頭部で結び、残りは肩の辺りまで垂らしている所謂、お団子ヘアというやつだろう。

彼女の姿は廃倉庫で監禁されていた時と全く同じだが、やはり薄汚い倉庫内よりも今の方がずっと映えて見える。

 

 

 

そう、そこに居たのはつい先日、自分たちによって助け出された四十院神楽であった。

 

 

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