IS ~一刀斎黙示録~ リメイク版   作:リバポから世界へ

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第5話 「朔哉の長い一日 Ⅱ」

予想外の来訪者に朔哉は暫しの間、ポカンとした表情を隠せずにいる。

どうして彼女がこんな場所にいるのだろうか? 見れば、病室で見たときよりも彼女の顔色は良い。体調も回復したのだろう。でも何故……? 意味が分からない。

 

「斎藤君? 彼女、あなたにお話があるらしいわ」

 

何故か上機嫌の矢常呂先生が神楽の両肩に手を置いて状況を説明してくれる。

 

「……話?」

「後はお前が何とかせえ」

「……はあ」

 

対照的に普段より不機嫌さ増し増しの蘭豹は……どうやら最近、力を入れている合コンにまた失敗したらしい。面倒そうに職員室に戻ってしまった。あの様子じゃ、今日の訓練でも生贄が出るだろう。

 

「じゃあ、ごゆっくりね?」

「はい、ありがとうございました」

 

神楽から礼を言われた矢常呂先生もその場を後にし、職員室前には朔哉と神楽だけが残された。

 

「…………」

「…………」

 

少しの間、沈黙が続いた。しかし、このままでは気まずい。そう思った朔哉は神楽に座るよう促す。

 

「取りあえず座ろうか?」

「はい……失礼します」

 

4人掛けのテーブルに向かい合って座ると、朔哉は目の前の元対象に視線を向けた。

慣れない場所で不安なのか、神楽もどこか落ち着かない様子で朔哉の顔をチラチラと盗み見ている。その表情は口では言い表せない程、魅力的で……本当に年下なのか疑いたくなるぐらい大人っぽかった。

 

(やっぱり綺麗な子なんだな……)

 

どんな場合であろうと、美少女に見つめられて気分の悪くなる男はいないだろう。

しかし一般女性との接点が少ない朔哉は、只々緊張するだけだった。お互いに様子を伺っているこの場をもし第三者が見たら、お見合いでもしているのではないかと感じるかもしれない。

 

「……退院おめでとう。身体の具合は?」

 

そんな状況に耐えられなくなった朔哉は、まず神楽に祝福の言葉を述べることにした。彼女も同じことを感じていたらしく、ホっとした様子で会話を続ける。

 

「ありがとうございます……もう大丈夫です」

「それは良かった」

 

睡眠薬とは言え、強力な薬物を打たれたのだ。後遺症が残らなければ良いがと思ったが、その心配も無用だったらしい。それを知った朔哉は少し安心した。

 

「あ、あの……!」

「……何だ?」

 

一方で、何やら意を決したような表情をしている神楽は椅子から立つと朔哉の真横に立ち、怪訝そうな彼に向かって深々と頭を下げた。

 

「お、おい何を……」

「先日は命を救って頂いた上に、お見舞いにまで来て頂いて……ありがとうございました。斉藤さんには感謝してもしきれません」

 

今までの武偵活動で、ここまで丁寧な感謝の言葉を聞いたことがあっただろうか?

国家資格とはいえ、日本国内では武偵は社会的にあまり認められている職業ではない。

依頼人の中には武偵に頼ることを恥と思っている人間も居るらしく、そうでない者も依頼が終わり報酬を支払ったら、もう用は無いと感じる例がほとんどなのだ。対象と信頼関係を築かなければいけない武偵にとって、それの有無は死活問題と言っても過言では無いというのに。

ボディーガードの依頼の最中、命懸けで守っている人間から侮蔑の目で見られたこともある。

 

「あ、いえ……大したことでは」

 

故に神楽の態度に困った朔哉は、自身も居住まいを正してしまった。

しかし彼女が此処に来た理由だけが、どうしても分からない。

まさか……また何かあり、助けを求めに来たのだろうか? それとも本当に礼を言うためだけに病み上がりの身体で訪ねて来たというのか?

 

「どうしても気がかりだったんです。病院では大したお礼も言えなかったので」

「…………」

「あの……ご迷惑でしたか?」

 

急に無言になった朔哉を見て、神楽は不安になった。良かれと思ってしたことなのだが、怒らせてしまったかもしれない。やはり急に訪ねてしまったのはマズかっただろうか?

 

「いや、迷惑ではないが……君すごいな……」

 

ようやく喋り出したと思ったら、その口から出たのは神楽が想像していたものとは全く異なった言葉だった。

 

「は、はい?」

 

拉致された人間が、こんなにも早く外出できるようになった例を朔哉は聞いたことが無い。トラウマとなり、外の世界に対して恐怖心を抱いてしまう人間が多いというのにだ。

ただ呑気なだけなのか、おとなしい見た目とは裏腹に鋼の心の持ち主なのか……。どちらかはまだ分からないが、目の前の少女は想像以上に胆力のある人物らしい。

しかし困惑した表情を見ると、本人にはその自覚が無いようだ。こういう人間は鍛えれば化けると、つい武偵的観点から見てしまった朔哉は思わず苦笑してしまった。

 

「いや、良いんだ。こちらこそ、わざわざ来てくれてありがとう」

 

驚きはしたが、それ以上に朔哉は嬉しかった。自分のような未熟な人間に対してここまで感謝してくれることを。

 

…………ニコリ。

 

あまり得意ではない笑顔を神楽に向ける。正直言って、自分の笑った顔は好きではない。目付きが悪いので、付き合いの短い人間にはどうしても恐怖心を与えてしまうことを知っていた。

以前、都内の幼稚園にボランティア活動で訪れた際……数人の園児に泣かれてしまったことがある。あまり良い思い出ではない。

それでも、自分でも驚くぐらい必死に“普通”の笑みを神楽に向ける。今、自分はとんでもなく奇妙な表情をしていることだろう。朔哉は、コミュニケーション能力が低い己を恨んだ。

鋭い目を細め、頬を引きつらせたその表情はお世辞にも良い笑顔とは言えない。まるで、狼が獲物を前にほくそ笑む……そんな感じだ。

だが、神楽は不思議と恐怖心や嫌悪感を抱かなかった。単純に笑うことが苦手なのだろう。むしろ、苦手ながらも必死でそうしていることに彼女は好印象を持った。

それに目付きこそ悪いが、容姿は整っている。

きちんとセットされた清潔感溢れる短い黒髪と鋭いが何処か知性と気品のある顔立ちからは、育ちの良さが伺える。しかし、どこか陰があるのは想像以上の苦労をしてきたからだろうか?

 

(不思議な人……)

 

今まで父を通じて何人もの男性を見てきたが、彼のような男は他に目にしたことが無い。それ故かは分からないが、神楽には目の前の少年がとても魅力のある人物に見えた。

 

彼はどんな人なのだろう?

 

少しの間ボーっと朔哉を見つめていると、その視線に気付いた彼が怪訝そうに眉を寄せた。

 

「……? どうかしたか?」

「えっ……? あっ、いえ……! 何でもないです!」

 

ブンブンブン!

必要以上に神楽は首を横に振る。慌てた様子の彼女の顔は心なしか赤かった。

 

「大丈夫か? もしかして、やっぱりまだ具合悪いんじゃ……」

「いえっ、大丈夫です! これでも身体は丈夫なので! 少しボーっとしてしまっただけですからっ」

 

朔哉が不安そうな顔で気遣うと、食い気味で否定されてしまった。心配だが本人がそう言うなら、何も言えない。

 

「なら良いんだが……あまり無理はしないようにな?」

「あ、ありがとうございます……」

 

我に返ったのか、恥ずかしそうに俯いてしまった神楽を朔哉は不憫に思った。

 

「そ、そうだ。あれから……って言っても、まだ3日か。何か変わったことはあったか?」

 

話題を変えてやるが、何とも下手くそなフォローだ。こういう時に亮や誠一郎ならば、もっと上手く立ち回れる。

 

「い、いえ……何もないです」

「でも、いつ何があるか分からない。周囲には気をつけろ。少しでも違和感を覚えたら、すぐに警察に行った方が良い」

「はい、分かりました」

 

素直に頷いてくれたので朔哉もホッとしたのだが……、

 

「…………」

「…………」

 

何てことだ……。まだ10分も経っていないのに、もう話のネタが尽きてしまった。

二人の間に再び、微妙な空気が流れる。

 

(何か無いのかよ……。折角、来てくれたのに彼女が可哀想だろうが)

 

自分自身にツッコミながら、話す内容を模索する。

あまりに関係の無い話題を持ち出すのも不自然だ。何か無いだろうか。何か―――――

 

(あ……)

 

「そういえば……高校受験の帰りだったそうだな?」

 

そう、神楽は入試の帰りに拉致されたのだ。依頼を受けた日、彼女の父親から耳にしたことを思い出すと、そのことを切り出す。

 

「え、ええ。まだ結果は分かりませんけど……正直、不安です」

「そんなにレベルの高い高校なのか?」

 

3日経っても結果が分からないということは、受験人数が多いからだろう。神楽が受けたのは相当にハイレベルな学校らしい。

しかし次の瞬間、神楽の口から出た言葉は朔哉の目を大きく見開かせた。

 

「はい、IS学園です」

「……へえ」

 

何ともタイムリーな話だ。史上初の男性IS操縦者がつい先日発見され、武偵高でも男子生徒全員に検査が行われる。

現社会を招いたと言っても過言では無いISを朔哉は好きではなかった。出来得るだけ、関わりたくないというのが本音である。

女尊男卑主義者達による犯罪は増加する一方だし、何より父の人生を狂わされているのだ。勿論、余計な敵は作りたくないので口には出さないが、ISに関わっている人間に対しても偏見を抱いてしまっていた。

しかし、目の前の彼女はどうだ? 

今まで女尊男卑主義者など腐る程見てきたが、神楽はそれらの何れにも当てはまらない。それは、少し会話しただけですぐに分かった。

 

「合格してるといいな」

 

自分は……少し考えを改めるべきかもしれない。そう思った朔哉の口から出た素直な感想だった。

 

「は、はい……。ありがとうございます」

 

照れくさそうに、それでも神楽は嬉しそうに微笑んだ。

 

(そろそろ頃合いか……)

 

午後の専門科目の準備もあるし、何より食事も取っていない。腕時計を見た朔哉はテーブルから立ち上がった。

 

「……じゃあ、俺はそろそろ行くよ」

「え……? あ……」

 

神楽が名残惜しそうな顔をするが、違う方向を向いていた朔哉は気づいてくれなかった。

このままでは、もう一つの目的を果たせない。せっかく持ってきたのに―――――

 

「……?」

 

もう一度、目が合ったタイミングで神楽は自分の傍らに置いてあった紙袋を手に取った。

 

「あ、あの……斎藤さん、お食事は?」

「え? いや、まだだよ」

 

朔哉がそう言うと、神楽はパアッと眩しい笑顔を浮べ―――――

 

「良かった! あの……」

 

紙袋を彼に差し出した。キョトンとした表情で朔哉がそれを受け取ると……やや温かい。

 

「それ……よろしければ、召し上がってください」

「え、良いのか?」

 

渡された袋の中には、可愛らしい絵が描かれた紙製のランチボックスが入っている。バーコードや値段が書かれていないので、市販の物でないということはすぐに分かった。

 

「お口に合うかどうかは分かりませんが……」

 

恥ずかしそうに微笑んだ神楽は、指を合わせて口元を隠した。

その様子から一つの考えに至った朔哉は驚いた表情を浮かべる。まさか―――――

 

「……君が作ったのか?」

 

コクン。

可愛らしく頷いた神楽は、上目遣いで朔哉の顔を見つめた。どこか熱っぽい視線は気のせいなのか……今の彼には分からない。驚きの方が上回っていたのだ。

 

「あの、あまり期待しないでくださいね? 大したものは入っていないので……」

「……ありがとう。頂きます」

 

紙袋を抱えて彼女に礼を述べる。その口調は今日話した中で最も柔らかく、穏やかで、優しいものだった。

直接、礼を言いに来ただけでなく、まさか弁当まで作ってきてくれるとは想像も付かなかった。もちろん、朔哉は同年代の少女に食事を作ってもらった事なんて無い。

なんて良い()なのだろう。ここまでしてもらうと……申し訳なくなってくる。

受け取って貰えて余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべる彼女の顔はあまりに眩しく、直視することが出来なかった。

 

「……失礼します。お嬢様、そろそろ……」

 

不意に廊下の影から黒服姿の初老の男性が姿を現した。口調からすると、神楽の従者らしい。

彼は胡散臭げな目付きで朔哉をジロジロと見回すが……やがて興味を無くしたのか、すぐに視線を外した。

 

「え……もう少しだけ……」

 

時計を見た神楽がそう呟くが、男性は淡々と首を横に振る。彼女の意思を尊重するつもりは無いようだ。

 

「いけません。一時間後に倉持技研の方と食事会があると昨日、申し上げたはずです。お嬢様も参加していただけないと困ります」

「その件ならお断りしたはずですが……」

「旦那様のご命令ですので、従っていただきます。それに、先方のご子息もお嬢様にお会いしたいと仰っていたので……」

「そ、その話は……」

 

それは、彼女が大企業の令嬢であることを改めて理解するには十分すぎる光景だった。彼女は高校に進学する前から、親に人生を決められている。その内、そのご子息とやらと婚約するのだろう。

それを想像してしまった朔哉は言いようのない不快感を必死で抑えていた。

 

(何なんだよ……)

 

……どうも神楽と会って以来、調子が狂ったままだ。そんな自分に腹が立つ。

 

「本来、旦那様は此処に来ることも反対なさっていました。これ以上逆らうのは如何なものかと……」

 

似たような光景を理子から借りた漫画で読んだ覚えがある。こんなのは創作の中だけの話だと思っていた。

事実は小説より奇なりとはまさにこの事だろう。

 

「……分かりました」

 

渋々、納得した神楽が帰る準備を始める。完全に蚊帳の外に追いやられた朔哉はどうしたら良いのか分からず、黙って彼女の行動を見守るしかなかった。

しかし、やがて男性からの冷たい視線に気付く。

 

(…………違いない)

 

その場の空気と比例するように、貰った紙袋が急激に冷めていくのを朔哉は感じた。

自分がこの場に居ると迷惑がかかる。早々に退散した方が良いのかもしれない。

 

「……じゃあ俺は行くから。これ、本当にありがとう」

「あ……!」

 

そして何か言おうとした神楽を残し、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

―――――お前とは生きてる世界が違うんだよ。

 

 

 

男性の目はハッキリとそう言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ガラリ。

 

逃げるように教室に戻ってきた朔哉は、スライドドアを開けて中に入る。そんな彼を待っていたのは、クラスメート達の驚いた表情だった。

教務科(マスターズ)に呼び出されて、30分も経たずに戻って来られたのは稀な例である。

何をされるか知らないし、知りたくも無いが……教務科(マスターズ)の”お説教(お仕置き)”は、それはそれは恐ろしいらしい。

 

「あれー? 戻ってきた」

「てっきり、そのまま帰ったのかと……」

 

困惑した友人達の視線を浴びながら自分の席に向かうと、それぞれ昼食を食べていた理子と亮が集まってきた。

 

「……気が変わってな」

 

そう言って座った朔哉は制服のネクタイを緩めると、紙袋を机の上に置いた。

その仕草が疲れの溜まっているサラリーマンのように見えた亮は思わず苦笑いをしてしまう。

 

「さっくん、何それ?」

 

件の紙袋を興味深げに見た理子が真横の席に座ってくる。

一瞬何と言おうか迷ったが……別に無理に隠す必要は無いだろう。しかし馬鹿正直に全部話せば、きっと冷やかされる。それは恥ずかしい。

「……弁当だよ」

 

90%以上の事実を省略して必要なワードだけを伝えると、紙袋から取りだしたランチボックスを開けた。

 

「「おお……」」

 

朔哉の両サイドから中身を覗き込んだ二人が感嘆の声を上げる。

献立は唐揚げ、ふわふわの出し巻き卵、クリームコロッケ、ポテトサラダ、きんぴらごぼう。そして可愛らしく並べられた三つの俵型おにぎり。

形、色合い、量。それらの全てが完璧な状態で詰められた一つ一つが、朔哉の食欲を引き立てた。

 

「手が込んでるね。冷凍食品とかは一つも入っていないよ」

 

一目見ただけで亮が中に入っているメニューの全てを手作りだと見抜いた。彼の鋭い観察眼には、いつもドキリとさせられる。

 

(何故、俺は友人相手にビクビクしてんだ……)

 

朔哉は心の中でため息を吐いた。

 

「どしたの、コレ?」

 

一方で、唯々驚いた様子の理子が聞いてくる。

普段コンビニ飯や学食で済ませていた男が突然、このようなハイクウォリティーな弁当を持ってきたのだ。当然の反応であろう。

 

「ある人からのご厚意だ」

「「……?」」

 

何が何だか分からず、頭上に?マークを浮かべる亮と理子。

流石に元保護対象が直接会いに来て、渡された物だとは気付かなかったらしい。それが分かった朔哉は少しホッとした。

 

「……頂きます」

 

何故、ホッとしたのか……朔哉はコロッケを口に運びながら考える。

ただ冷やかされたくなかっただけなのか、それとも彼女との関わりを独り占めしたかったのか……今の彼には分からない。

 

(……美味い)

 

しかし、今食べている弁当は絶品である。それだけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは、いつも通りの学校生活を過ごし、午後の授業も無事に終えた。

特に変わった事も起こらず、強襲科(アサルト)内の道場で居合の型を一通り浚い、射撃訓練も巧くこなし、CQC(近接格闘)では誰にも負けなかった。

最近は自分でも驚く程、調子が良い。訓練をするだけ強くなっていき、知識は学ぶだけ身に付いていく。朔哉はそれが楽しくて仕方がなかった。

もう一度教室へ戻ると、すぐに帰りのHRが始まり、教壇に立った矢常呂先生から連絡事項が伝えられる。

 

「それではHRを始めます。既にほとんどの人が知ってると思うけど、これから講堂でISの稼動試験を行います。男子は全員が強制参加。女子はこの場で解散ね」

 

(いよいよか……。面倒だなぁ)

 

どうなってしまうのか想像も出来ない事態にクラス中の空気が重くなる。朔哉も憂鬱な気分になり、頬杖をつきながら窓の外を見た。

がやがやと騒ぎながら帰る学生たちは……午前中に検査を終えた上級生だろう。彼らの姿を羨ましげに眺めていると、先生が話を続けた。

 

「もしかして、みんな緊張してる?」

 

―――――コクコク。

 

クラス中の男子が一斉に頷く。それはそうだろう。朔哉もポーカーフェイスを気取ってはいるが、実は緊張で心臓がバクバクだった。

そんな様子を確認した矢常呂先生が、いつも通りの天使の笑顔を生徒達に向ける。

 

「大丈夫よ、何も起こらないわ。この前、動かしちゃった子は事情が事情だからね」

 

世間では様々な推測が流れているが、「織斑一夏がISを動かしたのは、ブリュンヒルデの実弟だから」という説が有力だ。

しかし……いくら姉弟とは言え、姉に出来る事が無条件で弟にも出来る……。そんな事が本当に有り得るのだろうか?

しかもISには“女にしか動かせない”という大前提がある。

勿論、織斑千冬の盟友である篠ノ之束が何らかの小細工を施したなら有り得なくは無いが、しかし……。

………………。

 

「はぁ……」

 

何故、こんな不毛な事を考えているのだろう? 

どうでも良いではないか。自分とは何の関係も無い。ISについてほとんど何も知らない人間が、そんな事を考えても時間の無駄なのに……。

やはり、今日の自分は何かがおかしい。

元対象のことで感情的になり、どうでも良いことに思考を巡らす。今まではそんなことは無かった。

 

(疲れてるのか? 眠れてるハズなんだが……)

 

眉間を指で解していると、クラスメート達が急に立ち上がった。

どうやら、朔哉がボーっとしている間にHRは終わってしまったらしい。それが分かると彼も慌てて席を立った。

其処に座るのが最後であったとも知らずに……。

 

 

 

 

 

目的地に着くと、既に検査を終えたらしい同級生たちが、ぞろぞろと出てきた。

彼らの顔を見ると、何やら安心したような、がっかりしたような……色々な表情が混ざり合って何とも言えない微妙な表情が読み取れる。

クラスメート達が彼らに感想などを聞いている中、朔哉は一人の生徒と目が合った。

 

「……キンジ」

「……ッ! お、おう……」

 

偶然、遭遇した元ルームメートは気まずそうに顔を逸らした。だが、朔哉は気に留めずに努めて明るい口調で話しかける。

 

「よう。最近どうだ?」

「……いや? 特に変わったことはねーよ」

 

以前と同じように自分に接する朔哉にキンジは少々驚いたが、すぐに彼から目線を外すと申し訳なさそうに俯いた。

 

「……そうか」

「じゃあな」

 

キンジはそれだけ口にすると、再び目を合わせること無く朔哉の真横をすり抜けていった。

 

「ああ……」

 

無理に引き止めるわけにもいかず、黙って見送るしかない自分が無力に思えた。チラリと背後にいる亮に視線を送ると、彼は無言のまま首を横に振る。

 

"今はまだ無理だよ"

"そうだな……"

 

口には出さないが表情でお互いに結論を下すと、先に講堂内に入っていった友人達を追いかける。

中に入ると、普段自分達が体育や式典などで使用している場所を複数のISが占領しているのが目に入った。

 

(……あ? あれだけ?)

 

これから検査を受ける男子全員がそう思ったはずだ。

今現在も他のクラスの生徒たち数人が検査を行っている。どうやら彼らで最後らしい。

驚いたのは検査の方法だった。もっとこう……採血やら内科検診やらをされるのかと思っていたのだが―――――

彼らはISに手を触れるだけで次々に引き上げていく。

 

(あんなんで本当に分かんのかよ……)

 

と呆れた朔哉は思わず真横にいる亮を見た。彼も彼で何やら拍子抜けしている。

クラスの男子は生まれて初めて触るであろう、未知の物体に期待と不安、そして恐怖を抱いていた。人間は未知なる物を恐れる傾向がある。それは武偵である彼らも変わらない。しかもそれが”世界最強の兵器”とするならば、抱く感情は倍増だろう。

しかし、朔哉はだんだん馬鹿らしく思えてきた。それと同時に先程まで変に緊張していた自分自身が情けなくなってくる。

 

「皆さんどうも、検査担当の安堂です。えー検査は簡単です。ISに触れば良いだけですから。自分の番が来たら、名前と出席番号を教えてください。じゃあ、さっさと終わらせて」

 

安堂と名乗った担当女性が心底、面倒そうに言った。

 

―――――男がISに触るんじゃない―――――

 

そんな態度が露骨に顔に表れている。どうやら彼女も女尊男卑主義者のようだ。

次々に検査が行われるが、誰も起動させることはない。当然だ。対象は全員、男なのだから。

 

(晩飯何にしようかなあ……)

 

どうでもいい事をボケーッと考えていると遂に朔哉の番がやって来た。

 

「……出席番号17番、斎藤朔哉です」

 

皆と同じように、目の前に鎧の如く鎮座している日本純国産の第2世代量産型IS『打鉄』に手を置く。

ほら、どうせ動かせないんだ。こんなことで緊張するくらいだったら夕飯のメニューを考えていた方が余程、建設的だろう。

 

(昨日はカレーだったし……ファミレス(ロキシー)でも行くか。あそこは何でもあるしな)

 

そんなことを呑気に考えながら、当然のようにISから手を離し、振り向こうとした…………その時だった。

 

 

 

……キン……

 

 

 

(…………ッ!?)

 

一瞬だ。一瞬の内だった。朔哉が打鉄を身に纏うまでの時間は。

次にこの機体の武装・性能・操縦法などの全ての情報が一気に脳内に流れ込んでくる。同時にこの世のモノとは思えない程の吐き気と頭痛に襲われた。

 

(……何だ……何なんだこれはッ……!)

 

講堂内にいる生徒達の驚愕に満ちた表情がはっきりと見える。強襲科(アサルト)棟からの発砲音や金属の鳴り合う音が耳をつんざく。普段なら講堂からは何も聞こえないはずなのに。

ハイパーセンサーで感覚の全てが強化されているためなのだが、今の朔哉には何がなんだか、さっぱり分からない。

 

「お、おい……」

「何なんだよあれ……」

「何で斎藤が!?」

「嘘だろ……?」

 

クラスメートたちの声が次々に聞こえてくるが、気にする余裕などは無い。大抵のことなら冷静に対処できる朔哉だったが、現在はパニックに陥っていた。

ほんの少し動いたつもりだったのだが、それだけで周囲の機器を次々に薙ぎ倒していく。急激な体調変化、そして初めて操作するISの感覚。慣れない状況のためだろうか?

盛大に転倒した。

タイミングを逃さずに安堂がタブレットからの遠隔操作で打鉄を強制解除させる。そして壁に備え付けられている赤いボタンを押すと、警報機のけたたましい音が鳴り響いた。

すると奥の方から黒服姿の厳つい男たちが次々とやって来る。

 

「拘束しなさい!!」

 

安堂が何やら金切声を上げるが、何を言っているのか良く聞き取れない。おまけにだんだん意識が遠のいてきた。

上手く立つことも出来ずに、やがて朔哉はゆっくりと床に倒れていく。

 

「朔哉君ッ!!」

 

体が床に叩き付けられる前に彼が見た光景は、自分に駆け寄ろうとして黒服男たちに止められる亮の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-東京武偵高校 第三男子寮 306号室 3:30 p.m.-

 

疲れた……。

自室に戻り、鞄を廊下に放り投げ、拳銃(ベレッタM92F)の入ったショルダーホルスターをリビングの椅子に掛ける。

ボスッとソファーに寝転がった遠山キンジは今日一日の出来事を振り返った。一般科目で英語、数学、現代文、世界史。専門科目で捜査学史……まあ、いつも通りだ。

それから、IS……インフィニットストラトスの検査だったか。興味が全く無いので詳しいことは知らないが、女にしか動かせない。自分も検査を受けさせられたが、反応は無かった。当たり前だが。

それにしてもだ。強襲科(アサルト)から探偵科(インケスタ)に転科して約2ヵ月。最初は戸惑うことも多かったが、ようやく慣れてきた。これが普通だ。普通なのだ。もうナイフを振り回したり、銃を乱射するような生活は送らずに済む。

しかし……事情があるとは言え、ルームメイトの二人には悪いことをしてしまった。このような、裏切るようなマネを……。

罪悪感に浸っていると、ポケット内の携帯電話が震え出した。発信者を見ると

 

『峰理子』

 

ブルーな気分なのに、よりにもよってこの女だ。バックれようか……と考えたが、いつまで経っても鳴り止まない。イライラしながらも、通話ボタンを押して、耳に当てる。

 

「……はい、もしもし」

『やっと出てくれた! キーくん今どこ?』

「……どこでもいいだろ」

『ふーん、まあいいや』

 

自分から聞いておいて、その態度は無いだろう……。文句の一つでも言ってやりたかったが、やめた。疲れるだけだ。

 

「で? 何の用だよ?」

『ああ……その様子じゃ知らないみたいだね』

「……何だ? 誰か死んだか?」

 

その場に第3者が居れば、ギョッとするような会話かもしれない。しかし悲しいかな……ここでは日常茶飯事だ。

 

『ううん。そうじゃないんだけど……さっくんがね……』

「……? 斎藤がどうかしたのか?」

『2人目になっちゃったよ』

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女尊男卑社会において、市民の安全と治安を守る警察組織もその風潮が強まってきている。

そのことは以前にも記した。

しかしながら、そんな風潮の中でも変わらない男たちがいる。

 

《警視庁公安部公安第0課》

 

それが彼らが所属している部署の名前だ。

彼らはれっきとした警察官だが『殺しのライセンス』を持ち、凶悪犯を自分たちの判断で殺害できる。

簡単に言ってしまえば、国公認の”仕事人”だ。

女尊男卑派の官僚達は彼らのことが気に食わない。何度も潰そうと考えたのだが、結局は上手くいかなかった。理由は二つ。

余計なことをすれば自分たちの身が危ないため。

そしてもう一つは、彼らが”内閣総理大臣直下”であるためだ。

政治というものを考慮しなくてはいけない官僚達はこの事実を深く理解できていた。そして理解した上で、受け入れなくてはならない。

その0課のオフィス内で、一人の男性が黙々と資料整理をこなしている。

年齢は30代半ば程に見えるのだが、実年齢を言うと驚かれることが多い。そのため、初対面の人間からは「お若いですね」と言われることがよくある。勿論、社交辞令も多少は含まれてはいるのだが、同期の人間が次々と老け込んでいく中、そう言われるのは悪い気分ではなかった。

大量の資料を一枚、一枚不備の無いよう確認しては次々に判を押していく。遠目から見れば普通の事務官のような彼だが、もちろん只者ではない。かけている眼鏡によって多少は緩和されているが、その鋭い目付きからは幾度と無く修羅場を潜り抜けて来た様子が伺えた。

整理整頓されたデスクには彼の性格がよく現れている。余計な物はほとんど見当たらない。しかし、一つだけ目を引く物がある。

 

ビーズや貝殻で装飾されたフォトフレーム。

 

装飾の不規則さや粗さから、それが手作りであることが見受けられる。市販の物よりも劣って見えるかもしれないが、彼にとっては大切な、大切な宝物だ。その中央に収められた写真には彼と彼の愛する家族がカメラに向かって満面の笑みを浮かべていた。10年以上前の写真だが、父親である彼にとってはつい昨日の出来事のように思えてしまう。

写真を眺めていると、思わず笑みを浮かべてしまう彼を誰が責められよう。

だが同時に、暗く悲しい出来事を思い出してしまうのも毎度のことだ。

――――この時に戻れるなら――――

そう考えたのは一度や二度ではない。

しかし、時間というものは残酷で、一度過ぎ去ってしまった日々が戻るようなことは決して無いのだ。

過去に囚われている自分自身に嫌悪感を抱きながらも、ようやく作業を終えると眼鏡を外し、一息吐く。こった肩を回していると、今度はデスクの上で幅を利かせている黒皮のホルスター、その中に入った拳銃『S&W M&P』が目に入る。

”今度は何時、撃ってくれるんだ?”

長年、共に修羅場を潜り抜けてきた。この銃のことごとくを知っているつもりだ。しかし時折、引き金が引かれることを自ら望んでいるのではないか?

そんな錯覚に陥ることがある。

男性は深いため息を吐いた。全く……明らかに日本の警察官が持って良い銃ではない。

こんなモノを持たなくて良い日はいつになったら来るのだろうか?

この国の治安は悪くなる一方だ。引き金となったのは8年前に起こった「白騎士事件」。それ以来、女尊男卑主義者とその者達による犯罪行為が横行し始めた。海外に比べたらマシなのかもしれないが、ゆっくりと、しかし確実に日本の安全神話は崩壊しつつある。

そのために自分の息子まで過酷な運命を強いられている。警察官としても父親としても情けなく思うばかりだ。

 

(久々に飲みにでも行くかね……)

 

こんな仕事は飲まなければやってられない。行き着けのバーにでも行くかと考えていると、以前息子に言われた一言を思い出した。

 

『父さん? 自分では若いつもりなんだろうけど、もう40過ぎてんだぞ。少しずつで良いから飲む量減らせって』

 

心配かけたくないと隠していた健康診断の結果を見られてしまったのだ。休肝日を設ければ問題ないレベルなのだが、たった二人の家族だ。かなり心配しているらしい。

この部署で働いている以上、あまり長生きは出来そうにない。ならば唯一の楽しみである酒ぐらいは好きに飲ませて欲しいのだが……そんなことを話したらまた怒られそうだ。

しかめっ面をしている息子を思い浮かべ、苦笑いをしていると―――――

ポケットの中で携帯が鳴った。

画面を見るが……知らない番号だ。不思議に思いながらもを耳に当てて対応する。

 

「……はい」

『もしもし? 東京武偵高校1年A組担任の矢常呂イリンと申します。斎藤朔哉君のお父様でいらっしゃいますか?』

「……ああ、どうも! いつも息子がお世話になっております。どうかなさいましたか? 失礼ですが、もしかして朔哉が何か……」

『……それが…………――――…………――――』

「…………はい?」

 

彼女の発した言葉に、斉藤真臣(さいとうさねおみ)は目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

救護科(アンビュラス)棟保健室-

 

そこで朔哉は目を覚ました。制服姿のまま、ベッドに寝かされている。外を見ると―――まだ明るい。2月の下旬で日はまだ短いのだが、外の様子からすると、あれから大して時間は経っていないようだった。

寝ぼけた頭で、室内の椅子に腰掛けている人物を認識する。

若い女性、しかも眠気が一発で吹き飛ぶくらいの美人だった。

黒いスーツをビシッと着こなし、流れるような黒髪を後ろで纏めている。目つきは鋭いが決して粗野ではない、高潔な狼のような雰囲気を纏っていた。誰だろう? どこかで見たことがあるのだが……。

 

「目が覚めたようだな」

 

女性としては少々、低い声で話しかけてきた彼女は朔哉に水のペットボトルを渡す。

 

「……あなたは?」

「人に名を尋ねる時は自分から名乗る。違うかね?」

 

それもそうだ。いくら寝起きとは言え、朔哉は自分の不躾を反省した。

 

「……失礼。強襲科(アサルト)1年の斎藤朔哉です」

「そうか。私は織斑千冬。これでも教師の端くれだ」

 

織斑千冬。

あぁ、思い出した。ニュースなどで何度も聞いた名前だ。IS元日本代表操縦者でモンドグロッソの初代王者。出場した公式戦は負け知らずの伝説的英雄ではないか。

轟かせたその名は

 

「……ブリュンヒルデ?」

 

その呼び名を口にした途端、ほんの一瞬ではあるが千冬が眉を顰めた。

 

「……織斑で良い。その呼び名はあまり好きではないのでな」

 

本来ならば誇るべき称号なのだろうが成程。非凡な彼女にも凡人には理解できない事情というものがあるらしい。

 

「なら織斑先生。どうも初めまして、違う機会にお会いしたかった」

「私もだ。気分はどうだ?」

「最悪だったけど、少しはマシになったかも」

 

貰った水で喉を潤して答える。頭痛が段々と引いてくるのが感じられた。

 

「そうか、何よりだ。ところで……君は現在の自分の状況を理解できているか?」

 

先ほどの光景が脳裏に浮かんだ。本来ならば女性にしか起動出来ないISを自分は動かしてしまった。あり得ないはずなのに……何故…………。

 

「はぁ……。ええ、分かってますとも」

「なら、さっさと起きなさい。私たちも忙しいの。男一人に時間かけてる暇は無いわ」

 

ドアを開けて入ってきたのは、検査担当官の安堂。彼女は入ってくるなり、辛らつな言葉を投げつけ、朔哉をゴミでも見るかのような目で一瞥した。

 

「ああ……先ほどはどうも」

「安堂さん……。彼は目を覚ましたばかりだ。顔色も良くない。暫くは休ませてやらないか?」

 

状況が状況のため、無理矢理にでも引きずり出すべきなのかもしれない。しかし、織斑千冬はそこまで人でなしになるつもりはなかった。

一方、もう片方はそうでもないらしい。

 

「織斑先生。ブリュンヒルデともあろう人間が、汚らわしい男一人に時間を浪費してどうするのです!?」

「あまりそういうことは……」

 

(自分は望まないのに、勝手に崇め奉られて……気の毒にな……)

 

朔哉は自分が汚らわしいと言われた事よりも、千冬を不憫に思った。

まあ、それが『世界最強』に付きまとう使命だと言ってしまえばそれまでなのだが。

 

「……いや、大丈夫。俺も武偵だ。そこまで軟じゃないんでね」

「へぇ、いつまで強気でいられるかしら」

 

鼻で笑った安藤に対して、朔哉は

 

「ハイハイ、何とでも」

 

シッシッ。ノラ犬を追い払うかのように手を振った。彼にとってもこの女はそれぐらいの存在価値しか無いらしい。

 

「このクソガキがッ……! 絶対に研究所に送ってやる……!」

 

そう吐き捨てた彼女はドアを叩き付けるように閉めると、保健室から出て行った。

 

「……すまない。嫌な思いをさせてしまったな」

 

申し訳なさそうに謝罪する千冬に朔哉は少々驚いた。

織斑千冬と篠ノ之束。この二人は現在における、女尊男卑社会を作り上げた張本人と言っても過言ではない。道行く女を見るたびに、その二人もそれはそれは強烈な女尊男卑主義者なのだろうなどと、勝手な想像をしていた朔哉だったが、それはとんでもない勘違いなのではないか。

少なくとも、眼前にいる織斑千冬という人間はかなりマトモな女性に見えた。それと同時に己の偏見を恥じる。

 

「いや、あなたが謝る必要は無い。大丈夫だ。慣れてる」

 

ベッドの側面に付いている、落下防止用の柵に手を置きながら立ち上がる。

 

「歩けるか?」

 

千冬が肩を貸そうとしたが、朔哉はそれを制した。

 

「いや、大丈夫です」

「そうか。それでは斎藤朔哉。これより君の今後を決める。来たまえ」

 

そう言って背を向けた千冬に朔哉はボソリと呟いた。

 

「そんな簡単に背中向けても良いんですか?」

「……何?」

 

怪訝そうに振り返った千冬に朔哉は続けた。

 

「俺の今後を決めると仰いましたね? その中には、あの女が言っていた『研究所に送る』という選択肢も当然入っているはずです」

「…………」

「どうなるか分からない人間は何をするかも分かりませんよ? そんな危なっかしい人間に……簡単に背中向けても良いんですか?」

 

そう言って笑った朔哉は自分でも気づかなかったのだが……どうやら相当ふてぶてしい面構えをしていたらしい。

 

「……ほう」

 

強かな少年だ。年齢には不釣り合いな程に。

それが織斑千冬が抱いた、斎藤朔哉の第一印象だった。

 

 

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