優雅は運命を知ってしまったそうです   作:風剣

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雷と紅、冬木を揺らす

 

 

 ―――時は、僅かに遡る。

 

 アーチャーの矢が戦場に到達し、爆圧が倉庫街を呑み込んだその瞬間、ライダーの走らせる飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)は全速力で空を駆け抜けていた。

 

 初撃の爆風が背を叩くその直後―――四の宝具が、炸裂。宙を埋め尽くした魔力の爆発に、一度は呑み込まれたものの―――戦車(チャリオット)を牽引する二頭の神牛は、一切怯むことなかった。

 

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)の余波に体を傷付けながらも、力強い嘶きと共に破壊の嵐を踏破する。

 

「ぬぅ……! 生きとるか、坊主!」

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 己を抱える逞しい腕を今ばかりは心から頼もしく思いながら、状況を把握するべくウェイバーは顔を上げ―――肩を濡らす紅い液体に、気付いた。

 

「ら、ライダーっ!?」

 

「ぬ―――あぁ、これか。安心せい、この程度なら明朝までには全快しとるわ」

 

 彼が片腕から引き抜いたのは、血で濡れた刃の破片だった。自身を庇って怪我を負ったことを理解し言葉を失いながらも、慌てて己の召喚した英霊に問い質す。

 

「な、なんだよ、それ……?」

 

「宝具……なんだろうなあ。しかしアーチャーの奴、まさか五本も食い潰して爆破させるとは思わなんだ。―――ほれ、行くぞ坊主」

 

「は―――?」

 

 宙を駆ける神牛の手綱を執るライダーの言葉に唖然とした青年が見たのは―――射撃を受けた方向を見据え獰猛に笑う、一人の王の横顔だった。

 

「ま、まさかお前、正気か!? やめろ撃たれるよ、絶対に撃たれるって!」

 

「かと言ってなぁ坊主。どうにかして近づかんと一方的に撃たれるだけだぞ? 先程のような一撃を受ければ余もお主を守りきれる自信がない」

 

「うっ」

 

 至極真っ当な返事だった。蒼白になって喚いていたウェイバーが口を噤む中、悪童じみた笑みと共に彼は続ける。

 

「それにあのアーチャー、余も把握できんような遠方から戦場を射たのはたいした腕前だ。率直に言ってかなり欲しい」

 

「そう来たか、この期に及んでそう来たか! やだよ絶対やだよ、僕は何があっても行かないからな!?」

 

「ふむ……なら、降りるか?」

 

「時速四〇〇キロで戦車を走らせながら言う言葉じゃないだろ、こんな状況で落ちたら死ぬわっ! 行くよ行けば良いんだろう行けば!!」

 

「がははっ、良くぞ言った! それでこそ余のマスターだ!! ()くぞ、ゼウスの仔らよ―――神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!!」

 

 雷鳴が轟き渡る。

 

 紫電を纏い、神牛に牽引される戦車(チャリオット)は宙を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうにか、間に合ったか……」

 

 魔力供給のパスを介してキャスター、バーサーカーの健在を確認したオーウェンは、冷や汗を流しながら息を吐く。身に纏う古びれたコートを翻して歩き出す彼は、手に握る煌びやかな短剣を振り鳴らした。

 

 手の中の短剣をキャスターが作成してから、約二ヶ月か。

 

 その間冬木中にこの礼装による『仕込み』を刻み込んでいた彼は、先程の射撃を誰よりも早く感知していた。莫大な魔力が解き放たれようとしたのを察知した直後に、キャスターの宝具を開帳するよう指示を出したのだが……相性が良かったのだろうか、キャスターもダメージを受けることなく爆撃を凌ぎ切ったようだった。

 

 ……セイバーやランサーまで彼女の宝具による加護を受けていたというのは、流石に予想外だったが。

 

「……」

 

 満身創痍のセイバー、ランサー、そしてバーサーカーが再び戦い始めることはなく、マスターからの指示でも受けたのか槍兵に関しては撤退の構えを見せたようだった。

 

「……さて」

 

 見開いた左の眼球を不気味に震わせる青年は、血の色の瞳にビルの上で弓を携えるアーチャーの姿を捉える。

 

 アーチャーの砲撃を逃れ、彼に向かい紫電を振り撒いて爆走する戦車(チャリオット)をも捕捉しながら、片腕を掲げる彼は惜しむことなく告げた。

 

「令呪をもって、命ずる―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

 そして紅い外套を風ではためかせるアーチャーもまた、接近する戦車(チャリオット)の存在に気付いていた。

 

「ライダーが来るな。どうする、時臣。迎撃するか?」

 

『……いや、相手をする必要はない。我々以外の陣営を一網打尽にし得る好機を逃してしまうのは業腹だが、ここは無理せずに撤退するべきだろう』

 

「成程、賢明な判断だ」

 

 必殺を確信していた狙撃を凌がれたにも関わらず、時臣は冷静さを失うことなく采配を下した。念話越しに届いたマスターからの指示に従うことを決め、弓を下ろした彼は霊体化して姿を消し、遠坂の屋敷に帰還する。

 

 その、直前。

 

 真紅の魔力が、吹き荒れた。

 

「ッ」

 

『アーチャー!?』

 

 時臣の念話に応じることもままならずに携える弓を手放し、自由になった両手に馴染み深い双剣を投影する。

 

 直後―――紅の舞踏服を纏う少女が、真上に現れた。

 

 令呪による、サーヴァントの空間転移。

 

「―――はあっ!」

 

「……!」

 

 振り下ろされたのは真紅の輝き。即座に反応したアーチャーは白亜と漆黒の双剣を交差させてキャスターの大剣を受け止める。

 

 落下の勢いも合わさった一撃とはいえ所詮相手はキャスター。Eランク程度の腕力から放たれる一撃などたかが知れていたが―――、

 

「!?」

 

 途轍もない衝撃。

 

「く……!」

 

 想像とは比べものにならない斬撃の威力に十メートル近く吹き飛ばされた彼は、足場に双剣を突き立て辛うじて屋上に踏みとどまる。

 

 瞠目するアーチャーは、驚愕も露わに目の前の英霊を見つめる。

 

 それも、仕方のないことだったろう。

 

 大剣を受け止めた瞬間発生した、莫大な魔力の奔流。それは、彼にとってどこまでも見覚えのあるものだったからだ。

 

「まさか……魔力放出だと!?」

 

「ほう、気付いたか。セイバーのを真似てみたが……これが想像以上に便利でな!」

 

 屈託なく笑う彼女に戦慄の感情を覚える中、投影した干将と莫耶を握るアーチャーは目を眇める。

 

 何故己を捕捉されたか、そもそも今の魔力放出に関する発言はどういう意味なのか。疑問は尽きなかったものの状況は思考の暇さえ許さなかった。

 

 紅い大剣を振りかぶったキャスターが、一気呵成に攻め立てる。

 

「オォォッ!!」

 

「っ……!!」

 

 ジェット噴射めいた加速を相まって圧倒的速度の剣舞を繰り広げる少女に、双剣を駆使して防御に徹するアーチャーは全力で喰らいつく。あらゆるものを薙ぎ払う嵐を彷彿とさせるキャスターの猛攻を辛くも凌ぎ切りながら、貪欲に勝機を探す彼は―――空間全体を揺らす、神牛の咆哮を聞いた。

 

 雷鳴が、街に轟く。

 

「AaaaaaaaaaaaaaaaaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaLaie!!」

 

「ぬ!?」

 

「ライダー……!」

 

 紫電を振り撒いて驀進する戦車(チャリオット)に、剣を打ち合っていた彼等は眼を剥く。

 

 遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)、対軍宝具神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)の真名開放による蹂躙走法。

 

 ランクにしてA+ものの突貫に対しキャスターが魔力放出でもって紙一重のところを回避する中、迫り来る神牛を前にアーチャーは不可避を悟る。

 

 手の中の干将、及び莫耶を投擲、そして爆破。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)による爆風を容易く突破しながらも、ごく僅かに速度を緩めた神牛に対し、彼は片手を掲げた。

 

 生まれた一瞬の空隙を最大限活用し、彼は更なる宝具を投影した。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)……!」

 

「!?」

 

 展開されたのは光で形作られた七枚の花弁。アーチャーの有する防具の中でも最強の結界宝具は雷気を迸らせる神牛の蹄を真っ向から抑え込む。

 

「ぬぅ……!」

 

 神牛と戦車(チャリオット)の車輪による二重攻撃。古代の城壁と同等の防御力を誇る花弁を二枚散らしながらも宝具の一撃を受け止めた盾に対し、歯噛みしたライダーは神牛を操って距離を取る。

 

 助走を取って更なる連撃を叩き込まんとした、その時―――彼は、光の奥でニヒルな笑みを浮かべるアーチャーを幻視した。

 

「ちっ……!」

 

 惜しみなく爆風を巻き起こす壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 束の間視界を埋め尽くした魔力の暴嵐を凌いだライダーが見たのは、爆発に焼け焦げた屋上で独り不機嫌そうに唇を尖らせるキャスターの姿だけであった。

 

 思わず舌を打ちながらも、想定を上回る好敵手の気配に豪壮な笑みを浮かべる。

 

「逃がしたか。アーチャーの奴め、宝具を次々と出してきては遠慮なく食い潰しおって……一体どんな手品を用いているのやらなあ? キャスター」

 

「それは余が聞きたいな。弓を扱うかと思えば剣を持ち出して来て、その次は盾。それに……これだ」

 

 爪先で彼女が蹴ったのは、やけに柄が短い複数の剣―――黒鍵であった。

 

 アーチャーが盾でライダーの宝具を防いだのを見て取った彼女は即座に反転、彼に切りかかった。

 

 その瞬間投げつけられた刃を防いだ直後、大型車にでも撥ねられたような衝撃に吹き飛ばされた彼女は危うく高層ビルから落とされそうになり、慌てふためいて体勢を立て直していた時には既にアーチャーは姿を消していた。

 

 己を吹き飛ばしたそれが聖堂教会の頂点に伝わる『鉄甲作用』と呼ばれる投擲法とは露知らず、不服そうに鼻を鳴らしたキャスターはライダーを見やる。彼の乗り回す戦車(チャリオット)と、それを牽く飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)の威容をじろじろと舐め回した。

 

「ふむ……素晴らしいな。先の爆撃を余の宝具の加護も無しに突破した辺り真に大したものだ。……なぁ、それを余に譲るつもりはないか?」

 

「く―――がっはっはっはっはっ!!」

 

 宝具の使用を前提とするライダーのクラス、その中でも略奪の象徴とすら言えるであろう征服王にその宝具を要求するという暴挙。しかしその発言を聞いて心底可笑しそうに豪笑したライダーは、未だ笑みを絶やさぬまま問いを投げ掛けた。

 

「そういえばお主は生前、オリンピックなる祭りで戦車競技に出たそうだな。確か、戦車から落下したのに優勝したんじゃなかったか―――?」

 

「む、何を言うか、無礼な! 言っておくが余の本来のクラスはライダーだからな、そのような間抜けをすることなど頭痛が出でもしない限りは有り得んわ!!」

 

「あぁ成程、頭痛なあ……余も熱病に罹った時はきつかった。本気で死ぬかと思ったわ」

 

 実際死んだ訳だが、と洒落にならないことを平然と言ってのけるライダーだったが、ふとキャスターが他所を向くのを見ては眉を顰める。

 

「何だ、もう行くのか?」

 

「うむ、他のマスターを叩きに行っていた奏者も撤退するとのことだからな。……無論、かの征服王からの挑戦とあっては無碍にもできぬ訳だが。どうだ、追撃するか?」

 

「むうー……どうするよ坊主。消耗こそしているが余は十分行け―――」

 

 好戦的な気配を醸し出しながらも、難しそうに唸っては御者台のマスターに声をかけたライダー。

 

 ―――そんな彼が見たのは泡を吹いて気絶する青年の姿であった。

 

「……全く、締まらんなあ。男ならしゃんとせんかい」

 

「ははっ、決まりだな! ではまた会おうライダー、再び戦場で会い見えようぞ!」

 

 高らかに宣言しては光粒を散らして霊体化するキャスター。ライダーもまた、ひどく残念そうな息を吐いては神牛を駆り立てて行く。

 

 戦場となったビルの屋上は、惨たる有様を残していた。

 

 




現在、神父の戦いを執筆中。

……銃撃を無傷で絶えて、打撃で木をへし折ったり大の大人を爆砕したりするマーボー何者だし(絶句)。
弱体化した一〇年後でも総合能力でダメットを上回ったりとかアサシンと追いかけっこする辺り本当に怪物ですな(白目)。

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