優雅は運命を知ってしまったそうです   作:風剣

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暗闇の交錯

『―――師よ。時計塔より、用意して貰いたいものがあるのですが』

 

『……ほう?』

 

 それは、指導が再開されてから一年が過ぎた頃だった。

 

 強化、召喚術、降霊、そして治癒魔術―――召喚儀礼や戦闘行為において必要となる魔術に重点を置いた指導の中で確かな結果を見せ始めてきた時期、書斎を訪れた綺礼の言葉に時臣は訝し気な顔を見せる。

 

『……触媒でも、収集するつもりなのか? しかし君には、予定通りハサンを―――』

 

『いえ、実は―――』

 

 そしてその要請について詳細を説明された時、ちょっとだけ優雅を忘れて時臣は頭を抱える。

 

『……』

 

『御助力いただければ有難いことこの上ないのですが……如何でしょうか、師よ』

 

『…………頼もしさが一割、呆れが三割、空恐ろしさが六割といったところか。全く、君は―――正直、エミヤには同情を禁じ得ないな』

 

『ふむ―――私はただ、聖杯戦争を勝ち抜く上で有効に立ち回る術を考えただけなのですが』

 

『いや確かに、アレを君が使いこなすことができたのならそれこそ鬼に金棒だろうが……』

 

 焦燥し切ったような声音でそうぼやいた時臣は、やがて気を取り直したように咳払いをしては鋭い眼差しで綺礼を見据える。

 

『君のことだ、覚悟の上だろうが……魔術刻印(・・・・)を移植してしまえば、当分は副作用で激痛に苛まれることとなる。加えてあの魔術をこの短期間で実戦に持ち込めるようにするのであれば、その副作用が収まる前から修練を積む必要があるだろう……それでも、君はアレを求めるのかね?』

 

 答えなど、分かり切っていたことだった。

 

 そもそも刻印の移植に関連する苦難は、歴史ある家の後継者である魔術師が皆辿る道だ。たかがその程度で、一〇年単位の鍛錬を積み上げ続けてきた彼が音を上げる筈がない。

 

 揺るがぬ瞳で己を見据える綺礼に嘆息し、時臣は静かに告げた。

 

『―――分かった。刻印に関しては時計塔に掛け合っておこう……尤も、あの刻印はただでさえ封印指定級の代物だ。確実に勝ち取れるのは僅か一部程度……まあ、それでも十分だろう?』

 

『えぇ、あの男はそれのみで独自に術式を昇華させたのですから。必ずや私も、あの魔術―――固有時制御を、会得して見せましょう』

 

 そして、彼等は動き始めた。

 

 更なる愉悦を求める綺礼は、今一度求道を突き詰める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Time alter(固有時制御)―――double accel(二倍速)

 

「―――!」

 

「……」

 

 代行者の詠唱に魔術師殺し(エミヤキリツグ)が色を失う中、オーウェンは警戒と共に目を細める。

 

 魔術協会から収集した言峰綺礼の情報によれば特化しているのは治癒魔術のみ、他の系統の術式は見習い修了程度―――実践で扱えるようなものは精々が強化程度か。

 

 相手がただでさえ高い身体能力を持つ代行者であることを評価するのならばそれだけでも確かに脅威だが、青年が操るのは神代のそれにも等しい火力を誇るルーン魔術。既に向こうの身体能力は把握した、それなりの規模の爆撃を打ち込めば十分捉えることは可能だろう。

 

(そしてこの程度のこと、あの男ならば把握している筈だ。であれば……マスターの特攻は恐らく陽動、本命はアサシンの奇襲かな。そしてあのアサシン達は拍子抜けするくらいに脆い、備えをすれば十分対処できる……)

 

 突撃の構えを見せる綺礼を視界に入れながらも周囲に気を配りつつ、新たに刻んだのは三画のルーン。

 

 宝具級の神秘を内包した刻印は速やかにその効果を発揮、花開いた真紅の焔が一瞬で長身の僧衣を呑み込んでは灰すらも残さぬままに焼き尽くす。

 

 直撃すればサーヴァントとて一溜まりもないであろう、摂氏二〇〇〇度を超える業火の炸裂。範囲外に佇んでいたにも関わらず吹き荒れた熱風が死徒に吹きつける中―――、

 

 炎に呑まれる筈であった神父が、彼の目の前に詰め寄っていた。

 

「―――!?」

 

 間一髪で飛び退いたオーウェンの鼻先を、轟然と振り上げた綺礼の右踹脚(たんきゃく)が掠める。

 

(冗談だろう、速過ぎ……!)

 

 爆発の回避、接近、攻撃。死徒の身体能力をもってしても視認し切れなかった一連の動作に戦慄しながら、地を蹴って距離を取ろうとする青年に―――衝撃。

 

「かっ……!?」

 

 内臓を圧搾する衝撃に目を見開く彼が見たのは、己の腹部に突き刺さった代行者の左踹脚(たんきゃく)。放たれた追い打ちが直撃した青年の体は、何メートルも薙ぎ払われた。

 

「っ―――」

 

(嘘だろ、宝具級の『保護』の概念を付与した概念武装(コート)の上からここまでのダメージを叩き込んでくるか……! それにこの男、速―――!)

 

 吐血しながらも強引に体勢を立て直した青年に黒い僧衣が猛然と迫り、その剛拳を叩き込む。

 

 耳を塞ぎたくなるような破砕音。尋常ならざる加速と共に拳を打ち込まれたオーウェンの体は大きく揺らぎ―――しかし一歩も引かずに、代行者の一撃を堪えて見せた。

 

「……!」

 

 驚愕する綺礼の足元で鈍い光が瞬き、魔力の輝きによって彼の両足が戒められる。綺礼と零に等しい距離で密着するオーウェンは、口端から血を流しながらも笑った。

 

 複数のルーンによる身体の補強、それによって渾身の一撃を受け止てしまえば、零距離であるが故に黒鍵を振り回すことも封じられる。そして両足を抑え込めば高速挙動を実現する代行者であろうと距離を取ることもできず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 勝利を確信したオーウェンはその片腕を振るい、天敵の首を刈り取らんとして―――ごぐしゃ、と。

 

 二度目の驚愕と共に、血の味を味わうこととなった。

 

「ご、ぁ―――!?」

 

 胸部を中心に、手榴弾が炸裂したかのような衝撃が叩き込まれる。血反吐を散らす彼は受身もままならぬままに吹き飛び、畏怖の感情の込もった視線で神父を見据えた。

 

「……硬いな。今度こそ潰したと思ったのだが」

 

「なんなんだよ、あんたは……!? もしかして死徒だったりするんじゃないのか、この怪物が!!」

 

「心外だな、どこまでも儚く純粋な人間だとも」

 

 オーウェンは、一つだけ失念していた。

 

 零距離で密着した上で両足を阻害(ソーン)のルーンで拘束し、重心の移動を困難にしたのならば成程、確かに相手が満足に拳を振るうことは困難だろう。

 

 だが、しかし―――彼の相対した代行者は、身を削るような鍛錬を経て中国拳法、八極拳を修めた修羅。

 

 異端の魔術師や死徒と繰り広げてきた死闘の中で殺人拳へと変容した技術は留まるところを知らず、何より―――八極拳の秘門を極めし達人というのは、くまなく全身が凶器である。

 

 たとえば先程のように、(しか)と地面を踏み締めてさえいれば……それだけで、全身の瞬発力を集約させた本来の拳撃と違わぬ威力の一撃を叩き込むことができる。

 

 俗に寸勁(すんけい)と呼ばれる絶技。先ほどと同等以上の破壊力を有した攻撃に青年は吹き飛ばされ、ルーンの加護すらも打ち破られることとなった。

 

「ッ……!」

 

(もう概念武装(コート)は使い物にならないか。バックアップを期待できるルーンは近くに刻んだ九四画……回復に四割近くを費やしているけれど、身体能力を拮抗させるのには残りで十分か。あの代行者(バケモノ)のスピードはキャスターやバーサーカーと同レベル、今度近接戦(インファイト)に持ち込まれれば確実に詰む。どうにか中距離戦に持ち込んで焼き払う―――!)

 

 迫りくる圧倒的な脅威。迫る代行者を前に今この瞬間持ち得る手札を総動員し、確実に打ち滅ぼす。

 

 紅色の瞳を眇め臨戦態勢を取る死徒に、綺礼は何を感じたのかうっすらと底冷えのする笑みを浮かべ―――告げた。

 

Time alter(固有時制御)―――triple accel(三倍速)

 

「は―――?」

 

 その詠唱が示す意味に気付いた時には、もう遅かった。

 

 ただ、絶望だけが襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

 己が作り出した血だまりの中心で佇む綺礼は、口内に広がる鉄の味に眉を顰める。

 

 血流、ヘモグロビンの燃焼、筋肉組織の運動の始点から終点までの所要時間を全てを加速させる固有時制御術式、その『三倍速』。体内に固有結界を展開して行った体内時間の調整を解いた直後に襲い掛かった抑止力による『修正』の衝撃は決して無視できるものではなく、屈強な代行者の肉体すらも軋みを発していた。

 

 ―――二倍速程度ならば問題なく扱えていたが……三倍速ともなると、少なからぬ消耗があるな。加速を維持することができるのはざっと一分程度、固有時制御の連続行使は五度程度が十全で扱えるラインか……。

 

 治癒魔術を併用すればまだやりようがあるだろうが、英霊と契約している現状では綺礼の魔力が枯渇しかねないだろう。

 

 実戦の中で術式の具合を確認していた綺礼だったが、その背後で感じ取った気配に首を向ける。

 

 片腕をひしゃげさせ炎に焼かれた全身をボロボロにした衛宮切嗣が、残った左腕で代行者に向けて銃を突き付けていた。

 

「……ふむ。どうだった、私の(・・)固有時制御は。オリジナルのそれにも劣らぬ完成度と自負しているのだがね」

 

「―――答えろ」

 

 今にも倒れそうな程に消耗しながらも、半ば意思だけで立ち続けながら彼は糾弾する。

 

「何故お前が、それを使っている―――!?」

 

「―――くくっ」

 

 憤怒、困惑、そして怖れ。

 

 自分でも把握し切れぬ程の衝動に襲われながらも叫びを投げかけた切嗣は、綺礼の笑みを見た。

 

 それは。

 

 とてもとても、愉しそうに。

 

「いや、何。貴様が殺した実父(・・・・・・・・)が遺した魔術刻印……。師の伝手で、どうにかその一部を手に入れてな。成程確かに固有結界などという大儀式、実戦で扱うのは限りなく難しいが……活用することができたのならば、これ程便利なものはない。貴様とその父親は、私に素晴らしいものを与えてくれたとも」

 

 馬鹿な、と一顧だにせず切嗣は吐き捨てる。

 

 例え刻印を手に入れたとしても、彼の有する固有時制御は切嗣が鍛錬の末に実用化させた応用技術だ、一流の域にある魔術師の指導下にあったとしてもそうそう他者に実現できるものではない。

 

 だが、目の前の男は確かに彼の目の前で固有時制御を行使しており―――そしてそれ以上に聞き捨てならないことを、この男は言ってはいなかったか。

 

「どうした、驚くようなことか? 敵対する陣営のマスターの情報を集めるのは当然だろう」

 

「……!」

 

 いけしゃあしゃあとそんなことを口にする神父に、頭が沸騰しそうになる。突き付けた銃に込められた握力に銃身が揺れる中、互いの殺意が極限まで研ぎ澄まされて行き―――、

 

「―――ぁ」

 

 血の海に沈んでいた肉塊が、蠢く。

 

 骨を砕かれ内臓を挽き肉同然に擂り潰されていた死徒が、胸部を貫いた五本もの黒鍵を引き抜き、今にも起き上がろうとしていた。

 

 直後、破砕音と共に薙ぎ払われる。

 

「―――!!」

 

「……確実に殺したつもりだったのだがな。一体どのような反則技を使ったのやら」

 

 幾つもの臓器を潰された後からの蘇生など明らかに常人技ではないが、この男が操るルーンは現代のそれとは比べようもない規模を誇る。死徒としての回復能力と治癒のルーンを併用すれば死地から脱することは案外容易なのかも知れない。

 

 ―――頭部を落とすか、あるいは洗礼詠唱……万一それで止まらねば、四肢を潰して拘束した上で、アーチャーに不死殺しの宝具でも用意させるか。

 

 投げ放たれた黒鍵に腕を縫い止められた青年の絶叫が飛ぶ中、目を細める綺礼は静かに歩み寄る。

 

 その震脚が地面を揺らし、死徒の頭部が叩き潰され、

 

 

     ――――――、              ―――――――――――――、

 

 ――――――――――――――、 ―――――――――――、

                       ―――、

  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――。

 

 

 気付けば綺礼は、血に紅く濡れた地面に倒れていた。

 

「―――な」

 

 状況が理解できぬまま目を見開き、起き上がろうとするが―――腹部の激痛に、その動きを止める。

 

「……!」

 

「―――目を覚ましましたか」

 

 静かに投げかけられたしわがれた声。腹部に負担をかけぬよう注意を払ってその声の元を見やると、見慣れた髑髏の面があった。

 

 アサシン―――全身に皺を刻んだ老人は、綺礼の腹部にやっていた手を僅かに掲げる。紅く濡れた片手は、仄かに青白い光を発していた。

 

「治癒、魔術」

 

「血と毛髪を媒介した我が呪術で、貴方の技能を模倣させて頂きました。傷付いた臓器の修復を優先した為に出血は多くなりましたが、どうにか動ける程度には回復されているかと」

 

「……」

 

 彼の言葉の通り気怠さこそあったあったものの、決して動けないほどではなかった。周囲を見回した綺礼は、怒気を滲ませた声で目の前の老人に問いかける。

 

「……何が、あった」

 

「貴方も大概でしたが、あの吸血鬼も中々の腕前でしたな。貴方が幻術に嵌められ動きを止めた直後、魔弾を撃ち込みました。……恐らくは、先日拝見させて頂いた『ガンド』なるものでしょうな。威力は桁違いでしたが。腹部に風穴を開けられたのを見せられては儂も冷や汗を流しましたぞ」

 

 未だ闘争の跡が刻み込まれたコンテナ群にオーウェン・トワイライト、そして衛宮切嗣の姿はなかった。

 

 綺礼が倒れた後二人は迷いなく彼にとどめを刺そうとしたとのことだったが、そこへアサシンの増援が現れたことで無理に争うことなく撤退をしたらしい。代行者に殴殺された死徒も余程消耗していたのだろう、ルーンを操る彼がアサシンを相手に拘泥することはなかったという。

 

「……成程、な」

 

 言われてみれば確かにあの瞬間、思考に空白があったように思える。

 

 ルーンの数々の中には、北欧神話においてかの大神が戦乙女に使ったとされる存在だけは有名な忘却のルーンがあった―――あの短剣を用いてそれを刻んだのならば、魔術抵抗を無視して彼を前後不覚に陥らせるのには十分だっただろう。

 

「既に死徒の血は摂取致しました。距離が遠くなければ追うことは可能でしょうが……どうなされますかな?」

 

「……」

 

 無論向こうも追跡には対策程度しているだろうが、呪術ならば対魔術の壁に気付かれることなく対象を狙うことができる―――アサシンの言葉に僅かに思考した綺礼は、やがてかぶりを振った。

 

 不意を突いた所でそう容易く倒せる相手でもないだろうし、戦闘時に目視した死徒の手には変わらず令呪が刻まれていた。先に放たれたアーチャーの狙撃で彼の従える英霊を斃すことはできなかったと判断するのが妥当だろう。既にキャスターと合流した可能性がある以上は追撃は得策ではないと判断した。

 

「……もう、彼の狙撃から数分は過ぎたか。じきに野次馬もくる、我々も撤退するべきだろうな」

 

「はっ」

 

 その言葉を最後に、闇夜に姿を消す寸前―――綺礼は、周囲に広がる血だまりに目を留めた。

 

 聖杯戦争に現れたイレギュラーとの接敵に思いを馳せ、やがて歪みきった笑みを浮かべる。

 

「オーウェン・トワイライト、か……貴様は」

 

 穢れ切った聖杯に、何を願う―――?

 

 


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