優雅は運命を知ってしまったそうです   作:風剣

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出したいものを出せなかったり文字数がキリ悪かったりするジレンマ。
まあ暫くは執筆時間を取れるから、ゆっくりと進めていく所存。


考察、あるいは前兆

 

 

 倉庫街で繰り広げられた、五騎もの英霊による乱戦。それが収束し一騎もの脱落がなかったことを確認した時臣は、侵入者(イレギュラー)に対応するべく複数の結界を龍洞に張り巡らせた上で円蔵山を下山、速やかに遠坂邸へと帰還していた。

 

 扉を開いて邸宅へと足を踏み入れた彼は、己の召喚したサーヴァントの声を耳にする。

 

「―――戻ったか、時臣」

 

「あぁ。御苦労だった、アーチャー」

 

 彼の傍らで実体化して姿を現したアーチャーの体には、表立った傷跡は残っていなかった。魔力放出すらも駆使して襲い掛かったというキャスター、そしてライダーとの突発的な戦闘は決して楽なものではなかっただろうが、負った怪我もサーヴァントの回復能力で十分賄える程度のものだったようだ。

 

「アーチャー。初戦……いや、第二戦の具合はどうだったかな?」

 

「ふむ……魔力供給は十二分だったな。(アイアス)を含めた宝具の投影に事欠くことはなかった。少なくとも今回の聖杯戦争では、こと魔力量において君の右に出るマスターはいないだろう」

 

「はは、こちらは宝石剣まで運用しているんだ。むしろそうでなければ困るとも」

 

 アーチャーの投影した礼装、宝石剣ゼルレッチ。かつて彼が儀式の触媒として使ったもののオリジナルは、時臣に多大な恩恵を与えていた。この分であれば本来は莫大な魔力消費を余儀なくされる剣以外の武装の投影であろうと一切問題はないだろう。

 

「何か、気になることは? キャスターの真名はネロ帝とのことだったが、個人的には君との交戦中に使った魔力放出について気になるのだが―――」

 

「あぁ……。いや、それとは別件なのだが」

 

「……」

 

 その前置きに先を促すと、アーチャーは静かに続けた。

 

「ここに戻る途中、あるものを見つけてな―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――はい、こちら冬木市神名二丁目、海浜倉庫街前になります』

 

『爆発を聞きつけた近隣住民からの通報が入ったのが四時間前、消防車が駆けつけたのがその十数分後とのことですね。既に火は消し止められたとのことですが、この事態における事件性について冬木市警察は都市ゲリラの線を睨んでいるとのことで―――』

 

 据え付けのワイドテレビでは、深夜の番組編成を変更して緊急ニュースが報じられている。ここ冬木市湾岸地区の倉庫街で発生した爆発事故について、レポーターが興奮も露わに現場からの中継を行っていた。

 

 監督役などと息巻くだけあって、成程聖堂教会の手際はなかなかなものだった。超遠距離から放たれたアーチャーの狙撃……それによって撒き散らされた大破壊はケイネスの事前に張り巡らせた隠蔽の結界にも深刻なダメージを与えたものだったが、彼等はそれにも関わらず短時間での秘匿を成し遂げたらしい。

 

 ―――まあ、何しろ古今東西の英雄が集う戦いだ。時と場合によっては百、千単位の犠牲すらも想定して隠匿の準備を進めているのかも知れない。

 

 冬木ハイアットホテル、最上階―――最高級のスイートルームフロアを借り切るケイネスは、持て余す苛立ちを隠すことなく吐息にして吐き出した。

 

「……出て来い、ランサー」

 

「―――は。お側に」

 

 打てば響く速やかさで、美貌の英霊はケイネスの膝下に恭しく屈した状態で実体化した。

 

 霊体のままでも会話に支障はなく、とりわけ降霊科(ユリフィス)の講師も務めるケイネスであれば姿なき霊との応答は慣れ親しんだものであったが、それでも直に顔を見て会話する手段があるのならばそれに越したことはない。

 

「今夜はご苦労だった。誉れも高きディルムッド・オディナの双槍、存分に見せて貰った」

 

「恐縮であります、我が主よ」

 

 この後危うく自分達の拠点とする建物が丸ごと倒壊させられかけることなど露知らず応答を行う二人。目を細めたケイネスは静かな口調で声をかける

 

「―――傷の調子は、どうだ?」

 

「問題はありません。主とソラウ様の御尽力で、傷はほぼ癒えております」

 

「……」

 

 見てみれば、雨の如く降り注いだ無数の刃による傷も、爆発と共に吹き荒れた灼熱の熱風による痛々しい火傷もない。身体の傷を癒す為にと言って後回しにしていた筈だった魔貌の火傷もいつのまにか完治していた。

 

 恐らくは、彼等のサポートに回っている許婚(ソラウ)が目の前の槍兵に治癒を施したのだろう―――すぐさま導き出された推測、それに伴って胸中で滾りだした憤りに額に青筋を浮かべる。辛うじてどす黒い感情を抑え込んだ彼は息を吐いて現状を振り返った。

 

 倉庫街の戦いは五騎の英霊の集結した場に叩き込まれたアーチャーの宝具によってひとまず切り上げられる形になった。ライダー、キャスターが姿を消した中、その場に残った者は一度撤退して態勢を立て直すことを選択したからだ。結果としてアーチャーを含めた敵対者による追撃もなく、ケイネス達もまた無事拠点に帰還することができた。

 

 無論それは、彼の期待したものとは程遠い。五騎もの英霊が勢ぞろいした大混戦の隙を突く形で放たれた爆撃によって、彼等は何の成果を挙げられることなく敗走を強いられることとなったのだから。

 

 だがそれはあくまで相手が悪かっただけのことであり、二人に一切の非はない。寧ろかの騎士王から片腕を奪ったランサーはよく健闘したと言えよう。ひとまずは内心の苛立ちを押し殺したケイネスは目を細めて問いかけた。

 

「聞かせて貰うが、ランサー……。先の戦い、貴様はどう思った?」

 

「……」

 

 ケイネスの問いに何か思い当たる節でもあったのか、僅かに俯いて思考したランサーは、やがて顔を上げて応じた。

 

「アーチャーの宝具によって起こされた爆発……あれは、紛れもなく壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)によるものでした」

 

「……ふむ」

 

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 召喚された英霊達の有する宝具、彼等にとって生前から共にあり続けたそれを起爆することで圧倒的な破壊を撒き散らす絶対の禁じ手。尋常ならざる魔力が圧縮・集積されることで形作られる宝具の爆発は確かに恐ろしい威力だったが、宝具という絶対の戦力を大きく損なうそれは本来ならば聖杯戦争の最後にしか見られないようなものであった。

 

 だがあの場には五騎の英霊―――アーチャーや既に脱落したアサシンを除く全てのサーヴァントが揃い踏みしていた。広範囲に及ぶ爆撃で漁夫の利をもぎ取るのに宝具を使い捨てさせる、という判断を敵方のマスター、遠坂時臣が下したと考えるのが妥当ではあったが―――ランサーはしかし、そこに異議を唱えた。

 

「結果として我等は生き残り、アーチャーは五もの宝具を失うこととなりましたが……額面通りに受け取って良いものかは、少々判断しかねます」

 

「……」

 

 その発言にケイネスが反論することはなかった。

 

 幾ら絶好の好機だったとはいえ、英霊の切り札である宝具を序盤から使い潰すというのは異常に過ぎる。それが御三家の一角、少なくともケイネスよりは聖杯戦争について精通しているだろう遠坂が指示したというのならば猶更―――現場で実際に見たランサーが宝具は全て同一のものだったと語ったことから、恐らくアーチャーは分裂する類の宝具を持っていると考えるべきだろうか。初戦で霊体化していたアサシンを的確に屠って見せた技量といい、決して侮れるものではないだろう。

 

「……ひとまずは、遠坂を狙っていくべきか」

 

 遠坂時臣の使役するサーヴァント、アーチャーはあの場にいたサーヴァントの誰もが感知し切れなかった長遠距離から狙撃を敢行してきた―――常に視界外からの脅威に晒されていると思うと、おちおち眠ることもできない。早急に対処することが必要だろう。

 

 そして―――憂慮すべき問題は、もう一つあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そうか、アサシンは上手くやったようだな」

 

『えぇ。念の為数人のアサシンにホテルの内部を探索させましたが、爆物による被害は見受けられませんでした。爆物の類は全て回収されたものと見て問題ないかと』

 

 心なしか安堵したような雰囲気を漏らしつつ呟かれた時臣の言葉に、淡々と報告を行っていた綺礼が応じる。

 

 傍らにアーチャーはいない。一人工房の一角に陣取る時臣は、今しがたアサシンからの報告を受けたという綺礼から連絡を受けていた。

 

 表向きはアーチャーにサーヴァントを屠られ敗退したこととなっている神父の滞在する教会にも持ち込まれたものと同一の、古めかしい蓄音器―――遠坂家伝来の魔術礼装を通して連絡を繋いでいた彼等は、手に入れた情報の精査や今後の動きについて話し合う。

 

『回収した爆物は全て教会に運ばれました。倉庫街で起こった戦闘の隠蔽作業も滞りなく進んでいるとのことです』

 

「そうか、至極順調といった所だな」

 

 魔術師殺し―――正確には彼の助手が設置した爆物については問題ない。既に教会に運ばれた以上は、夜が明けさえすれば監督役である璃生神父によって問題なく作業が進められることだろう。多くの一般人が宿泊していた施設の破壊を防ぎひとまずは息を吐いた時臣は―――直後に空気を切り替えて、真鍮製の朝顔を向ける蓄音機に語り掛ける。

 

「それで、君の方は……もう傷は、大丈夫なのか?」

 

『……いえ。傷こそ塞ぎましたが、血をかなり流した所為か意識に半ば霧がかかったような状態です。体の動きも鈍い、本調子を取り戻すには丸一日程かかるかと』

 

「……オーウェン・トワイライト、か」

 

 衛宮切嗣を襲撃に向かった彼が今回の戦い最大のイレギュラーである死徒と交戦、幾度か殺したものの一矢報いられ重傷を負ったとの報告は既に受けていた。キャスターの道具作成(保有スキル)によるバックアップを受けた彼は神代のそれと同規模のルーンを行使、宝具の影響で霊格を縮小させていたとはいえ奇襲を行ったアサシンすらも屠ったという。

 

 死徒のそれとは全くの別物―――それこそ時間を巻き戻すかのような領域の蘇生魔術を有しているとの情報には耳を疑ったが、そうと知れれば決して脅威ではない。アーチャーの不死殺し、宝石剣を駆使した無限大の魔力による圧殺―――油断さえしなければ、手の打ちようは幾らでもある。むしろ致命的な損害もなくオーウェンの戦術を把握できたのは十分僥倖といえた。

 

「キャスターも厄介ではあったが、彼がそれ程の魔術を操るとは予想外だったな……それならば、あの『仕込み』にも納得がいく」

 

『―――仕込み、ですか』

 

「あぁ。まさか、万単位のルーンを街中に刻んでいるとは思わなかったがね」

 

 

 

 

 

「―――街中に、ルーンが……!?」

 

 驚愕も露わに息を呑むのは、燃えるような赤い髪を揺らす美女。拠点へと戻る直前にケイネス達の発見したものに関する情報に、彼女―――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの驚声が飛んだ。

 

 紅玉のような瞳を大きく見開く彼女の言葉に、重々しく頷いたケイネスは苦々しい表情で続ける。

 

「冬木を丸ごと工房化していてもおかしくはない魔力の規模だ、さぞかし時間をかけて仕込みを進めていたのだろう。下手人は十中八九キャスターのマスター……倉庫街では姿を見せなかったマキリか、オーウェン・トワイライトによるものだな。バーサーカーが傘下に降っている以上は、既にどちらかが脱落しているものと見て良いかも知れん」

 

 ―――いや、事前に調べた限りではマキリは『支配』に特化した魔術で蟲の使い魔を操った戦法を取ることが多いらしい。となれば街中にルーンを仕込み、キャスター及びバーサーカーを従えるのはオーウェンであろう。

 

 英霊の基準に当てはめて考えても、発見したそれに込められた魔力はAランク相当……術式の構成から推測しても同規模のルーンが万単位で刻まれていると考えるべきか。キャスターに作成させた礼装によるものと判断するのが妥当だろうが、最も恐れるべきなのは―――それ程の魔力を有したルーンによる『仕込み』が、この瞬間まで魔術師や英霊の目を掻い潜り続けてきたことだった。

 

 

 

 

 

 

「宝具すらも解析してのけるアーチャーの目すらも欺く領域の隠蔽……今夜になってそれが発見されたのは君との交戦で彼が周囲のルーンを活性化させたからだろう。今ならば彼の刻んだルーンも、ロード・エルメロイや一部の英霊達でも見つけられるようになっている筈だ」

 

『―――しかし、それなら向こうも再び隠蔽に取り掛かるのではないのですか?』

 

 尤もな指摘だった。

 

 ルーンが活性化を始め他者に勘づかれようとしているのを下手人である死徒が理解できない筈がない。余計な邪魔を受けぬようルーンの隠匿をやり直すか、あるいは妨害しようと近付く魔術師にを狙って罠を張り巡らせるか……やりようは幾らでもある、時間をおけば彼は速やかに動き始めるだろう。

 

 

「あぁ、だから―――今夜中に、処理を進めてもらうとしよう」

 

 


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