優雅は運命を知ってしまったそうです   作:風剣

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顕現

 

 木々が、軋みを上げる。

 

 幾つかの術式が辛うじて機能するのみの結界の森。その中を縫うようにして歩みを進めるオーウェン・トワイライトの手に握られた短剣は、終始魔力の光を灯し続けていた。

 

 森の中を進む彼が向かっているのは、森の奥に位置するアインツベルンの本拠である城―――ではない。

 

 バーサーカーを囮にランサーを誘き寄せ、キャスターもまたセイバーを抑え込みに向かった。他のマスターもセイバー討伐に駆り出されている、今や彼の動きを邪魔する者は誰も居らず―――それこそが、彼の望んだ状況であった。

 

 ―――これ(・・)の準備には、時間が必要だった。

 

 キャスターによって特製の礼装として整え直された聖遺物―――その由来は北欧神話において伝説を支えたドウェルグである。大神宣言(グングニル)悉く打ち砕く雷神の槌(ミョルニル)など、時には神々の武具にすら恩恵を与えた彼等の工具の力を発揮するには、『作成』するものに対応した複数の触媒と適した霊地、そして時間が必要だった。

 

 だが―――これだけの『歪み』が存在する地であったら、この程度で十分だったか。

 

 虚空、木々、そして地面―――侵入してからの彼の軌跡を辿るかのように、刻まれた無数のルーンが輝きを放っていた。

 

 もしかしたらランスロットには必要以上の負担を強いらせてしまったのかも知れない、と宝具の相性も決して良くはないランサーと当たらせてしまったサーヴァントに対して若干の申し訳なさをこみあげさせる青年は、『仕上げ』に短剣を振るい―――、

 

 直後、流星が落ちた。

 

「!?」

 

 アーチャーの、狙撃。

 

 足元を爆砕、衝撃に吹き飛ばされ顔色を変えるオーウェンの上方から、幾筋ものの流星が墜ちる―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀色の疾風と化して、セイバーは樹間を駆け抜ける。

 

 切嗣との確執も今は眼中にない。ひとたび戦場に立てば、彼女の心はまさしく剣だ。鋭利に研ぎ上げ、曇り一つなく磨き上げられた剣―――如何なる迷いであろうとも曇りことはない。

 

「―――」

 

 森の中を疾駆する彼女は、サーヴァントとして与えられた霊感に突き刺さる気配にその清廉とした闘気をより一層高める。

 紛れもなく侵攻してきたサーヴァント、数は一人。他の陣営の介入を受け徒党を組まれてしまえば対城宝具を禁じられた今の自分で対処することは不可能、短期戦で畳みかける他ない。

 

 ―――見つけた。

 

 セイバーの碧眼が捉えたのは、既に実体化し前方で己を待ち受けるキャスター。

 距離は約二〇メートル、英霊の身体能力なら一息で詰められる距離。互いに得物を構え臨戦態勢に移っている以上は言葉など不要―――不可視の剣に必殺の意志を込め、深く一歩を踏み込む。

 

 そしてそのタイミングは、歪な剣を振り上げた眼前の少女と完全に一致していた。

 

「―――はっっ!」

 

「むっ……!」

 

 横薙ぎと振り下ろし。成木をも揺らす余波を撒き散らしては最短最速でぶつかり合った二人は互いののど元に肉薄した刃を押し込み押し返すべく腕に更なる力を掛け、鍔競り合う不可視の聖剣と真紅の長剣で火花を散らす。

 

(この相手、できる……!)

 

(おのれ、倉庫街で見てはいたが片腕一つでここまでの力を振り回すとは……騎士王の名は伊達ではないということか!)

 

 無駄のない洗練された剣技、剣を握る腕に伝わる強烈な衝撃。やはり侮れる相手ではないと敵対者の脅威を再認し合う中、先に膠着(こうちゃく)を破ったのはキャスターであった。

 拮抗状態から更に踏み込み、力任せに紅剣を振り抜く。腕を貫く衝撃を知覚した瞬間、セイバーの華奢な身体は吹き飛ばされていた。

 

「……!?」

 

 魔力放出。自身の有するものと同一の現象を相手が引き起こしたことに驚愕しつつも、決して動揺することはない。すぐ近くにあったキャスターの顔が瞬く間に遠ざかっていく中魔力放出で体勢を整動、背中から叩き付けられようとした樹木の幹に足を乗せ着地―――成木をギシギシと軋ませながら、キャスターに向かって『飛ぶ』。

 

 それはさながら砲弾。宙を駆け己を両断するべく聖剣を叩き込まんとするセイバーに―――キャスターは、笑った。

 

 真紅の剣に、()が灯る。

 

「行くぞ、セイバー……その輝き、余に見せてみよ!」

 

「―――!」

 

 勢いを増す炎、吹き荒れる莫大な魔力にセイバーが目を見張った直後―――、衝突。

 

 炎と暴風が吹き荒れる中、再度少女の身体が宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ―――」

 

 遠見の水晶玉で見守るその光景に、アイリスフィールは息を呑む。

 

 セイバーと交戦するキャスター。恐ろしいことに、彼女の魔力放出の出力はセイバーのそれと同等―――否、一回りも二回りも凌駕する勢いであった。

 

 炎の魔力放出を駆使し攻め立てるキャスターに、セイバーは処し切ることができない。力の限りに剣を揮う彼女ではあったが、片腕で剣を振るには足りない膂力を補う為相応の魔力を割く必要がある。それは即ち魔力放出でのぶつかり合いにも支障が出ることを意味し―――、腕一本の差が、ここにきて露わになってしまっていた。

 

 いや、もし万全な状態だったとしても、あれ程の力を発揮するキャスターを押し返すことなどできただろうか。ましてや今は左腕を封じられている。水晶球越しに窺い見る表情からも、防戦一方となっている状況に対する歯痒さがありありと見て取れた。

 

 背後で黙々と武器の準備に勤しむ切嗣からは、今セイバーの立たされている窮地などまるで意中に存在しないのが明らかであった。思わず憮然となるアイリスフィールであったが、装備を整える切嗣がホルスターに己が命運を預ける切り札、彼の有する礼装である単発魔銃(コンテンダー)を収めているのを見て夫の覚悟の程を理解した。

 

「舞弥、アイリを連れて城から逃げてくれ。セイバーたちとは逆方向に」

 

 指示を出した切嗣に舞弥が躊躇なく頷く中、アイリスフィールは動揺も露わに尋ねる。

 

「ここにいては……駄目なの?」

 

「結界が深刻なダメージを受けセイバーも離れた場所で戦っている以上は、この城も安全ではない。死徒や魔術師も実際に攻め入ってきている訳だからね」

 

 マスターを殺そうと思うなら、サーヴァントと別行動している隙は最大の狙い目―――至極真っ当な話ではあった。

 だが―――それを言うのならば、切嗣こそ最も危険な立場にある。聖堂教会が告知を行った時点で彼がマスターであることが知れ渡ってしまっている以上、セイバーを迎撃に出した彼が敵対者に狙われるのは必然といっても過言ではないのだから。

 

「僕には全て遠き理想郷(アヴァロン)がある。これならば致死級の重傷を負わされても問題ない。サーヴァントをけしかけられたとしても、逃げ切るには十分だろうさ。……それに、これもあるしね」

 

 彼が指先でつまんで見せたのは、滑らかな光沢を放つ銀の弾丸。

 

 銀というのは魔術の触媒として特にポピュラーな物質の一つであったが、それと並んで特徴的なのは―――数多の妖魔を退ける魔除け、破魔の性質である。

 銀の魔弾(シルバーブレッド)―――死徒の参戦にあたって切嗣がアインツベルンに作成を依頼したそれは、吸血種をはじめとした魑魅魍魎に対する特攻効果を有した概念武装であった。

 

「アハト翁は良くやってくれた。概念の強度を評価するのなら、黒鍵をはじめとした聖堂教会によって聖別化された式典礼装を遥かに上回る―――直撃させれば、奴を屠るには十分だろう」

 

「……」

 

 不安こそ隠せずにいたが、切嗣の策がこの場において最も適したものであることは事実であった。悄然と頷こうとしたその時―――アイリスフィールは、己の魔術回路が不気味に蠕動(ぜんどう)をするのを感じる。

 

 半壊した術式の警報。新手が現れたかと口元を引き結んだ彼女は―――やがて、違和感を感じ取る。

 

(―――この、感覚……?)

 

 ―――まるで。

 

 

 まるで、森全体が悲鳴を上げているよう、な――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備は十分だった。

 

 追加令呪を目当てに現れた複数の陣営による乱戦状態であれば障害も限られてくる。距離を取った上で放つのは幾つもの投影宝具による壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。回避も防御も成し得ぬ神秘の爆圧でもって他陣営ごと最優の英霊を撃破し、令呪を獲得する。

 

 千里眼で離れた場からでも戦場を把握し切れるアーチャーは森の結界、その北端で狙撃準備。好機を窺う中、彼は森を移動する死徒を発見、付近に彼の従える英霊が存在しないのを察した彼は速やかに撃滅を図ったのだが―――、

 

「……ちっ」

 

 ―――仕留め損ねた、か。

 

 苦々しい舌打ちが漏れる。構えた弓を下ろしたアーチャーは目を細め、姿を消した青年を捜すが―――やはり彼の狙撃を凌いだように宝具級のルーンの加護を駆使して身を隠しているのだろう、余程警戒したのか魔力の痕跡も消し去っているようだった。

 

(―――一発は直撃した。当てられたのが不死殺しの類ではなかったのが悔やむべき点か……恐らくは、既に治癒を終えた頃だろうな。殺せたならばすぐにそれと分かる筈だ)

 

「アサシン。いるな?」

 

「―――ここに」

 

 呼びかけに応えるかのように背後に現れた暗殺者に、振り返ることもなく告げる。

 

「侵入している言峰綺礼と、他のアサシンもすぐに撤退させろ。今すぐ、だ。最早一刻の猶予もない」

 

「……は?」

 

 流石にその言葉の意図を把握しかねたのだろう、訝しげな声を髑髏の奥から漏らしたアサシンは、やがて咳払いをしてはアーチャーを問い質す。

 

「どうなされた、弓兵殿。……まさか、それ程の脅威がこの場に存在すると?」

 

「その通りだ。―――急げ、すぐにでもあれは動き出すぞ!」

 

「―――はっ」

 

 彼の言葉に鬼気迫るものを感じたのだろう。即座に霊体化し姿を消したアサシンを一瞥したアーチャーは、やがて薄く息を吐いては時臣と連絡を取った。

 

『どうした、アーチャー。何か問題でも?』

 

「……すまないな、時臣。オーウェン・トワイライトを発見、襲撃したのだが、取り逃がした。それと、奴はどうやら―――とんでもないものを『創る』気でいるらしい」

 

 遠距離からの解析で判明した、あの死徒の有する短剣の元となった聖遺物とその礼装としての特徴……そしてそれによって整えられた『陣』の性質。彼の隠し持っていた触媒について言及する頃には、時臣も完全にその危険性を理解したようだった。

 

『―――アーチャー、それを止めることはできそうか?』

 

「微妙な線だな……それこそ超火力の宝具でもぶつけなければ厳しいだろうし、向こうも妨害を想定した上で行動に移している筈だ。街や霊地に仕掛けられたような隠匿の術式を使われてしまえばかなり厳しくなる、それに―――」

 

 言葉が途切れる、その視線の先。

 

『―――』

 

 氷の甲冑が、炎の魔人が、樹木の獣が、大地の巨人が。血肉でも骨でもない、極大の神秘でもって形作られた異形が、次々と姿を現す。

 

 ルーンで埋め尽くされた森の中から、邪魔者を蹴散らすべく生み出された使い魔―――それらは、確かな悪意をもって紅の弓兵を睥睨した。

 

「―――この分では、アインツベルンの結界は完全に乗っ取られている。あちらの掌の上で踊る他あるまいさ!」

 

 大蛇さながらに大きく顎を開いて死角から襲い掛かった食人花。双剣でもって黄緑色の巨体を切り捨てた彼は、襲い掛かる使い魔達を迎撃する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ふっ!」

 

『gye……!!』

 

 突き出された拳が氷で形作られた兵士の胸板を打ち抜き、一〇メートル近くの距離を零にして吹き飛んだ体が成木の幹に直撃する。

 飛び散る砕氷の欠片が月明かりに反射し軽いイルミテーションのような様相を醸し出す中、油断することなく周囲を見回す綺礼は息を吐いた。

 

 死徒の襲来、そして撤退の指示を伝えるべくアーチャーの元から戻って来たアサシンの言葉を受け、綺礼は速やかに撤退を決断した。

 

 宝具をも看破してのけるアーチャーの解析能力は折り紙つき、如何なる内容であろうとも彼の提言ともなれば無視できるものではない。森を出るべく移動をしていた彼が移動中の違和感に勘付いた直後、複数の使い魔による襲撃を受けたのだった。

 

 移動中の違和感―――これは、恐らく幻覚によるものだろう。

 

 アインツベルンの結界、その術式に幻惑の組成が組み込まれていたのであれば敵対者を奥に誘い込むような類の幻覚が仕込まれていたとしてもおかしくはない。結果として綺礼はまんまと術中に嵌り、脱出するつもりが逆に奥までおびき寄せられていた訳だ。

 そして―――異常に気付いた直後に代行者に襲い掛かった、異形の使い魔。これらの要因から見ても、アインツベルンの結界は既に何者か―――十中八九死徒によって、機能を奪われていると見るのが妥当だろう。

 

 ―――いや、これをただ使い魔と表現するには語弊があるか。

 

 撃破した使い魔の数は四体。樹木の魔獣が一、氷の甲冑が三―――今彼の周囲にいるのは、轟々と燃え盛るヒトガタの炎と、ゴーレムによく似た土塊の巨兵であった。

 土の尖兵はともかく、炎の魔人に関しては打撃が一切通じない以上はかなり厳しいものがある。霊体に対しての干渉力に特化した洗礼詠唱をぶちこめば効果は期待できそうなものだったが、詠唱を敢行するには少々難しいものがあるだろう。

 

 ―――何しろこの軍勢、どれもが英霊にも伯仲する戦闘能力を有しているのだから。

 

 だが何事も相性である。例えば炎の魔人であれば三騎士などの『対魔力』に秀でたサーヴァントと戦えば瞬殺されるだろうが―――他の三種であれば、おそらく三、四合程度ならば打ち合える筈だ。実際、先程は食人花にアサシンの一人が目の前で喰い殺されていた。

 

 ―――長引かせるのは不味い。

 

 ―――二倍速……いや、万全を期すなら三倍速で片づけるべきか。

 

 固有時制御の発動も視野に入れ、身構える直後―――樹木の軋む音が、鼓膜を刺激する。

 

 新手かと思ったが、違う。音は大きくなるばかりだが、質からしても近づく様子はなく、そう、まるで大地全体が悲鳴を上げているような―――。

 

 そう。

 

 

 災害級の地震などで地盤が捲れ上がったのならば、こんな音もするだろうか。

 

 

 直後。

 

 それは、現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソレが身じろぎすれば、大地が啼いた。

 

 ソレが足を動かせば、強固であった地盤が崩れ粉塵が舞った。

 

「……な」

 

 それは、誰の声だったろうか。

 

 高出力の魔力放出による猛攻を耐え続けてきたセイバーか、円卓の騎士と凌ぎを削っていたランサーか、城に足を踏み入れようとしていたロード・エルメロイか。絡繰りを知る当事者を除いて、森にいた誰もが、つかの間言葉を失っただろう。

 

 それは、巨人だった。

 

 地面を抉り土砂をかきわけ現れたのは、山と見違えても可笑しくないほどの巨体。月明かりを遮っては森の一角に影を落とすその全長は、五〇メートル近くはあろうか。

 外観は先刻森に姿を見せた土の兵士と酷似していたが―――神秘の質も規模も、あの程度の使い魔など比べものにならない。突如現れた巨人に、束の間確実に動きを止めていた英霊達は―――直後に、ソレが振り仰いだ方向を見てはその目的を悟った。

 

 

 歩幅はその巨体に見合ったものであり、一歩あれば射程に収めるには十分だった、

 

 

 故に、その巨体の歩みを、誰も止めることはできず。

 

 

 故に、その行動に支障が出ることはなかった。

 

 

 アインツベルンの城。見るものが見れば圧倒されただろう荘厳な城に向け―――土塊の巨人は、その腕を躊躇なく振りおろし。

 城を、叩き潰した。

 

 

 


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