優雅は運命を知ってしまったそうです   作:風剣

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土塊の巨人

 

「ぁ―――」

 

 目の前の光景を、信じられなかった。

 ガラガラと硬いものが崩れていく音が酷く遠い。爆弾なんかで吹き飛ばされたというよりは、床に置いてあった菓子箱をつい踏んづけてしまったような、あまりにも呆気ない結末。

 

 だが、その中には。

 

 アイリスフィールや、己のマスターが居た筈だ。

 

『―――』

 

 一方で、巨人が動きを止めることはない。硬直するセイバーが見つめる中、たった今城の四割を瓦礫の山に変えた巨腕を掲げ―――未だに原型を留めていた城を完全に叩き潰すように、その腕を振り下ろす。

 

「ッッ!!!!」

 

 もはや一刻の猶予もなかった。

 罅割れた地盤、舞い上がる土煙、太い根を剥き出しにして倒れた樹木。巨人の一挙一動の都度深刻の一途を辿っていく地形が現場の惨状を残酷なまでに伝える中、悪化し続ける足場に構う事無くセイバーは飛び出していく。

 

 木々を、風を、音を置き去りに巨人の元へ最短最速で駆け抜けていく少女の姿は―――余りにも、隙が大き過ぎた。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

「っ!?」

 

 彼女が目にしたのは大きく開かれた醜い口腔。咄嗟に身を捻ることでどうにか直撃を防ぐことには成功したものの、横合いから喰らいついた食人花に弾き飛ばされる。

 衝撃で僅かに浮遊したセイバーが体勢を立て直すのを、食人花は待たなかった。瞬時に叩き込んだのは六メートルを上回る長大な体躯を余すところなく使った渾身の体当たり。樹木の一本に強かに背を打ち付ける少女の柔肌に鋭い牙を突き立てるべく襲い掛かり―――不可視の斬閃に、両断される。

 

 崩れ落ちた頭部の花弁を剥離させる食人花を見下ろしたセイバーは、己の軽率を呪いながら周囲を見回す。

 

「……くそっ」

 

 火花の爆ぜる音が鳴った。 氷の割れるような音が聞こえた。 樹木の軋むような音が鼓膜に響いた。

 木々を薙ぎ倒して現れた何体もの使い魔。一目で圧倒的な神秘を纏っていると理解させるそれらを引き連れた薔薇の皇帝は、戦場をも照らす熱を宿した紅剣を手にセイバーを見据えていた。

 

「まあそう急くな、騎士の王よ。―――見ての通り、引き立て役は大量に用意した。好きなだけその武芸を披露すると良いぞ」

 

「ふざけるな……邪魔だ。そこを退け、キャスター!」

 

「おい、まさか余の伝承を知らぬと言うまいな?」

 

 セイバーの剣幕に怯んだ様子も見せることなく、肩を竦めるキャスターは呆れたような笑みさえ浮かべていた。

 

「姦計、策略は余の専売特許よ。陰謀渦巻く我が人生、甘く見るでないぞ?」

 

「……!」

 

 空気が、変わる。

 

 一体如何なる技巧を用いれば無機的な使い魔に『闘志』というものを宿させるに足るのか―――。魔力の輝きを強める異形の数々を前にセイバーが警戒を強めていると、ふとキャスターが城の巨人を見つめては笑った。

 

「―――ふむ。セイバー、先も言ったがそう焦る必要はない。……来るぞ?」

 

「なッ」

 

 轟いた地響き。

 

 姿を消したキャスターに意識を向けることもままならず、己の佇む森の一角に影を落とす巨体を唖然と見上げ。

 

 一蹴。

 

 土の巨人がセイバーごと森を刈り取るのに、それだけで事足りた。

 

「ッッ――――――!!??」

 

 直撃だけは回避した、だがその程度でどうにかなるような生易しい手合いでもなかった。

 冗談のように宙を舞う木々、破砕された岩盤、押し寄せる土砂。常人ならいざ知らず霊体となれるサーヴァントにとっては取るに足らない余波でしかなかった筈のそれらが、桁違いの神秘によって変容を遂げ英霊すらも殺傷しえる凶器となって少女に牙を剥く。

 

「……!」

 

 致命となる負傷以外は許容し、幾度となく衝撃に身を貫かれながらも危機に対処してのける。散弾さながらの石飛礫(いしつぶて)を身に受けるセイバーが直後目にしたのは、凄まじい勢いで目の前に迫りくる樹木と―――再度振るわれた、巨人の足だった。

 

「―――風王鉄槌(ストライク・エア)ッ!!」

 

 光すらも屈折させる超高圧圧縮の気圧の束が、不可視の(とばり)という縛りから解き放たれて―――猛る竜の咆哮の如く、轟然と迸る。

 宝具『風王結界(インビジブル・エア)』の変則使用。撃ち放たれた轟風の破砕鎚は、その威力を存分に発揮し土砂もろとも樹木を吹き飛ばした。

 

 唸りを上げて大質量が迫る中、旋風(つむじ)を巻く大気の中に露わとなったのは閃き踊る黄金の燦然。

 

「はああああ!」

 

 裂帛の気合いと共に振り抜かれた金色の一閃。斬撃の軌跡が虚空に美しい輝きを残し、足首の先から落とされた足が弧を描いて森の一角に落ちた。

 

『―――』

 

「っ!!」

 

 支えの一部を失いバランスを崩した巨体は膝を突き、体勢を立て直すのもままならずに倒れこむ。だがそれはただでさえ五〇メートル近くの巨体、蹴りの勢いも合わさって盛大に転がった質量兵器に、血相を変えてセイバーは走り出す。

 

 轟音。木々が薙ぎ倒されていく中装束と鎧を土砂に汚しながらも、どうにか離脱した彼女は―――ふと、足場が揺らぐのを知覚した。

 

「っ、まだか―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そん、な―――」

 

「……っ」

 

 早足で移動していたアイリスフィールと、彼女を護衛するべく銃火器で武装して付き添っていた舞弥。切嗣の指示に従って戦場から離脱しようとしていた二人が、突如現れた巨人の意図を悟った時には―――既に、終わってしまっていた。

 

「―――」

 

「マダム!」

 

 侵入者を迎撃するべく夫が滞在していた筈の城が、巨人の一撃を受ける度に崩落していく。鼓膜を叩くそれに人形のような顔立ちからあらゆる感情を喪失させ、走り出そうとしたアイリスフィールの腕を舞弥が掴む。

 

「離して、舞弥さんっ! 早く行かないと、切嗣が―――」

 

「落ち着いてください、マダム! 切嗣は無事です!」

 

「―――ぇ?」

 

 必死の形相で拘束を振りほどこうとするアイリスフィールと、強化の魔術まで併用して彼女を制止する舞弥。焦燥と狼狽を露わにしながらも切嗣の無事を伝えた彼女の言葉に、動きを止めたアイリスフィールはようやく動きを止めた。

 

「私と切嗣は互いの毛髪を利用した術式で互いの生死を把握できるようになっています。それに反応が無いと言うことは、恐らく彼は重傷を負うことなく離脱することに成功したのかと」

 

「そう! 本当、良かった……」

 

 安堵したように口元をほころばせたアイリスフィールだったが、楽観できるような状況ではなかった。突然目を見開いた舞弥が成木の背後にアイリスフィールを抱き寄せ、驚愕する彼女に口の動きだけで『静かに』と訴える。

 

 その直後。土砂崩れのような大質量が凄まじい勢いで先程まで二人のいた場所を薙ぎ払った。

 土砂の正体は三メートル程の巨躯を有した土塊の人形。何本もの木々を薙ぎ倒してようやく動きを止めた巨兵を二人が息を詰めて見守っていると、やがて地面を踏み締める音と共に眼前の光景を作り出した男が現れた。

 

「っ―――」

 

 漆黒の僧衣に包まれた威圧的な長身、短く刈り込んだ頭髪と厳めしい風貌。傍目にも強大な神秘で形作られたと分かる使い魔を撃破してのけた男を見つめたアイリスフィールは、見違えようもないその横顔に、硬直する。

 

(言峰、綺礼……!?)

 

 ロード・エルメロイや遠坂等、一流の魔術師を差し置いてまで切嗣が『厄介』と評した代行者。周囲の警戒を怠ることなく周りを見回すヒトガタの修羅を息を呑んで見つめていると、彼は不意に懐から黒鍵を取り出した。

 

「「ッ―――」」

 

 まさか、もう気付かれたか。二人が緊張に身を強張らせていると―――銃声。

 鮮血の代わりに飛び散ったのは、月明かりを反射する金属片と火花。具現化させた黒鍵の刃を犠牲に撃ち放たれた凶弾を弾いてのけた言峰綺礼は、薄く微笑んだ。

 

「随分な挨拶ではないか―――衛宮切嗣」

 

「!?」

 

 身を潜めるアイリスフィールが驚愕の表情を浮かべる中―――追い打ちをかけるかの如く、天地を揺らさんばかりの雷鳴が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインツベルンの森に()く。

 

 ライダーがそう宣言したのは、冬木教会からの告知を受けたウェイバーが今後の方針を話し合おうとした矢先のことであった。

 

「……」

 

「どうした、坊主。何をぽかんとしておる」

 

 突然の発言に、思わず思考の空白に陥り硬直するウェイバー。口を半開きにして固まっていた彼は、訝しげにこちらを見やる巨漢の言葉にようやく反応を見せる。

 

「い、いやいやいや! いきなり攻めかかるっつったって、相手は最優の英霊、セイバーだぞ!? そんな簡単に言うけど、実際勝算はあんのかよ!」

 

 泡を食う青年の脳裏には、昨夜の戦いにおいてアインツベルンのホムンクルスが従えていた騎士王の姿が強く焼き付いていた。マスターとして与えられた透過能力で把握した限りでは、彼女のステータスは大方がAランク。最優の名に恥じない高さの能力値であり、加えて宝具の詳細も明らかになっていない。

 アーサー王の代名詞でもある聖剣。その真価も分からぬ内は、真正面からぶつかるのは避けたいところではあったのだが―――、

 

「居場所はとっくに掴めているのであろう? ならば速やかに叩かねばなるまい。取り逃したところで後悔しても遅いのだからな」

 

「……」

 

 確かに、それもまた道理ではあった。

 

 アインツベルンが拠点とする森の所在は全陣営に知れ渡っている、監督役によって討伐指令まで出された彼等がそのまま留まっているとは考え辛い。籠城する本拠で侵入者を返り討ちにする準備を整えていたとしても、複数のサーヴァントに迫られては幾ら最優の英霊を従えていようとも一晩凌ぐのが限度であろう。そしてそれを理解できていない程向こうも愚かではあるまい。一日を置けば間違いなく拠点を移動する筈だ。

 ……であれば、手をこまねいている内にどことも知れぬ場所に姿を隠されるよりは、リスクを許容して討ちに向かうのが最善か。

 

 頭の中でそう結論を弾き出しつつも、ウェイバーの顔は浮かなかった。

 

「……お前、なんだってそんなやる気なんだよ?」

 

「む?」

 

 ひどく胡乱げな表情で己を見上げる青年に、眉を跳ね上げたライダーは、次には豪快に笑った。

 

「何、首級を獲れば、その時こそは余にズボンを履かすとのことだったからな! ならばセイバーを見事討ち取って見せようぞ。約束は守れよ、坊主!」

 

「……」

 

 そういえば、教会からの告知を聞く前は現代風の衣装云々についてこの筋肉達磨と言い争っていたのだったか。そんなことに頓着するなら敵対する陣営の一つ二つ討ち取ってみせろなどと叫んだのも覚えている。

 ……まさかセイバーも、外出用の衣服の為に首を狙われることになるとはとても思わないだろう。頭を両手で抱えつつ、ウェイバーは騎士王に対する同情の念を押し殺した。

 

 

 ……そして。

 

 

 数刻前の己の判断を、ウェイバーは心の底から悔いていた。

 

「何だよアレ何だよアレェ!?」

 

「えぇい坊主、落ち着け。あんまりみっともなく動揺するでないわ」

 

「あれを見て落ち着けって!?」

 

 唸りを上げて上空を舞うのは、紫電を散らすライダーの戦車(チャリオット)。御者台に必死にしがみつくウェイバーが目にしていたのは、森の中に屹立する見上げるような巨体。

 

 複数の結界を破りアインツベルンの森へと突入した彼等が見たのは、標的であった陣営の居城を踏み潰した巨人であった。

 

 自然そのものと言っても過言ではないような威容。まるで大地をそのままヒトの形に整え直したかのような巨体を構成する土塊や樹木は、一挙一動の度不規則に蠕動(ぜんどう)し、所々青白く発光しては溢れんばかりの魔力を迸らせていた。

 

「しかし、見れば見るほど壮大なものよ。恐らくはキャスターらの仕業だろうが……うむ、面白い」

 

「感心してる場合かよっ……て、うおぉ!?」

 

 目元から軽く滴を散らしてライダーに噛みついた青年は、森中に響き渡った轟音に肩を揺らす。

 ぎょっと振り向けば、五〇メートルものの巨体が森の一角に倒れ伏していた。

 

「んな、ぁ……!?」

 

「ほう、セイバーの奴がやりおったか! 成程、騎士王の名は伊達ではないようだな!」

 

 まさか、少女の細腕であの巨体を切り伏せてのけたというのか。

 大勢を崩した土の巨人によって莫大な粉塵が巻き上げられる光景に絶句しながらも、戦場を把握するべく視覚強化の魔術を行使したウェイバーは―――数瞬後、目を見開いて硬直する。

 

「……嘘だろ」

 

「坊主?」

 

 青褪めるマスターの姿に一度は疑問符を浮かべたライダーも、すぐに気付いたようだった。

 

 森を、大地を喰らっては更なる巨大化を続ける、土塊の巨人に。

 

「不味い……まさかあのデカブツ、霊脈を喰ってるのか―――!?」

 

 警告を発する暇もなかった。

 

 瞬間伸び上がったのは、ビルをも握り潰せそうな規模の巨腕。一回りも二回りも大きくなった巨人の腕が、大気を切り裂きながら迫りくる光景に、背筋を凍り付かせたウェイバーは痺れる思考の中で死を悟り―――打ち上がる神牛の嘶きが、全てを吹き飛ばす。

 

『!?』

 

 揺れ動く足場に踏鞴(たたら)を踏む青年の頭上で、爆ぜた土砂が御者台の防護力場に弾かれる。しかし所詮はこれも気休め程度、防護力場単体であのような大質量を防げる筈もない。

 唖然と背後を振り向くと、三の指を失った魔手が中空で硬直していた。

 

 質量兵器の一撃を真っ向から打ち砕いてみせた神牛は、鼻息荒く空を駈ける。そこに倉庫街の戦いでの疲労が残った様子は存在しない。

 

「た、助かっ、た……?」

 

 危うく失禁しそうになりながらも、命の危機を脱したことに安堵を覚えるウェイバー。心臓が止まるかと思った、と嘆息するも。

 

「―――よぅし、もう一暴れだ、ゼウスの仔らよ。存分にぶちかませ」

 

「ぁ」

 

 状況は、彼に構うことなく進んでいく。

 

「ちょ、ま―――っっ!?」

 

「AaaaaaLaLaLaLaLaie!!」

 

 怯まず振り回された巨腕に対し、青年の絶叫を置き去りに神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)が猛威を振るう。

 神牛の雷蹄が腕をも足場にして暴れまわり、後続の車輪が仮初の肉体を削り飛ばす。反撃を回避し宙に離脱するまでの一瞬の爆走、たったそれだけで対軍宝具の一撃は巨人の片腕を抉り取った。

 

「……ぬ」

 

「ど、どうしたんだよ」

 

 だが、叩き出した戦果に見合わずライダーの表情は固い。御者台に縋りつくウェイバーが困惑するように問いかけると、彼にしては珍しく苦々し気な目つきで眼下の巨体を指し示した。

 

「余は今ので丸ごと吹っ飛ばすつもりだったんだがなあ。見よ、あの程度の傷では大した深手でもなかろうて」

 

「―――まさか」

 

 見れば、確かに表面上は恐ろしい惨状を醸しているようだったが、被害の跡は途中から止まっている。

 対軍宝具すらも耐え凌ぐ硬度の持ち主だというのなら最悪だが、ライダーはあの巨人がセイバーによって傷つけられ横転させられたのを確かに見ている。

 

 それに、戦車や蹄の跡だけはくっきりと残されているのを見ると、まるで余波のみを無力化したような―――、

 

「まさか、雷に対しての耐性を持っているってことなのか……?」

 

『―――』

 

 つぶやきを掻き消したのは、どこからともなく響いた唸り声。

 

「これ、は―――」

 

 いや、音源は近い。

 紛れもなくそれは巨人のものだった。

 

 無論、造り物めいたのっぺらぼうの土塊などに発声器官など備わっている筈がない。

 だが、その前提を不条理でもって覆すかのように、巨人は森を震わせるような絶叫を張り上げた。

 

『■、■■■■■■■■――――――!!』

 

 憤怒、悲嘆、怨嗟、絶望、嫉妬、渇望。

 

 聞く者の骨の髄にまで響く、あらゆる負の意思を籠めたかのような絶叫は―――ウェイバーには、恐慌の声に聞こえた。

 

 


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