そも、魔術師同士の戦いとは如何なるものなのか。
前提として、魔術師はいわば学者なのである。根源への到達、神代の魔術基盤の研究、多岐に渡る伝承の保管、遥か彼方の異聞の追求……あるいは、世界の救済。各々の目的のために叡智の蒐集と技術の研鑽を積み重ね、魔術刻印と呼ばれる血族の道のりそのものと言える呪詛を残すまでに己が道を突き進む者たち。彼らの扱う魔術は、即ち一族の歴史そのものである。
場合によっては、魔術戦はそれぞれの『歴史』をぶつけ合う行為であると評するのも間違いではあるまい。
だが、それは断じて魔術師たちの戦いが畜生か何かのように真正面から取っ組み合い力を力をぶつけ合うものであると示す訳ではない。
分かりやすく纏めるなら、競争か。
技術を競う。見聞を競う。魔力を競う。速さを、機能美を、資源を意志を経験を競う――。
より多く集めた方が勝つ。より上手く扱った方が勝つ。膨大な知識を如何にして活用し、目にした秘術を如何にして暴いていくか。魔術戦において、これらは最も重要な要素である。
そして、今回彼らの勝敗を分けたのは――手札。
概念の強度はルーンが圧倒していた。巨人や使い魔の軍勢の物量は都市を滅ぼして余りあるものだった。
しかし、それらの強大な恩恵を一介の死徒に与えていたのはルーン、加工された北欧の聖遺物に依存した魔術行使である。
死徒の基準でいえば、オーウェン本人の能力は並みだった。死徒の身体能力である、ルーンと併せれば最上位の代行者や、英霊にも迫らん脅威であったが――彼を特別にしているものを封じれば、ルーンしかなかった死徒を無力化するには十分である。
「ルーンを用いた魔術基盤、基礎となる
それぞれのルーンに対応した、ルーンと相殺し合うルーンを仕込むことで魔術効果を弱体、反転、暴走させる。仕向けた使い魔さえも軒並み消し飛ばされたオーウェンは、なす術なく封殺されてしまっていた。
――他者の魔術行使に介入する術式。些か方向性が異なるものの、これは一〇年以上後に時計塔で学生を中心に「ハッキング」と呼ばれるようになる技術だった。
「……、う」
蘇生のルーンも今や意味を為さない。足首から先を落とされ、胴を袈裟に切り裂かれ。倒れ込むオーウェンを見下ろし、ケイネスは令呪を宿す右手を見せつけるようにして掲げた。
「とんだ災害……嗚呼巨人が英雄が自由に暴れまわる様はまさしく災害だったとも。実に凄まじい光景だった」
「だが、それも終わりだ。……サーヴァントを令呪で呼ぶかね? 湖の騎士はともかく、皇帝ならば呼び出せぬこともあるまい」
まさか。苦笑し、倒れ伏したまま観念したように両手を上げる。
胸の中心を、槍の形状となった月霊髄液が深々と貫いていた。
「負けだ負けだ。完敗だよロード・エルメロイ。もう巻き返しようがない、もう取り返しなんてつかない。嗚呼、そうだ。聖杯に願おうとした奇跡ですら、結局は感傷と未練に塗れた欲望でしかなかった」
「……」
「……そう、そう。貴方は確か、ソフィアリの令嬢を連れてこの街に来ていたんだよな? よりにもよって、どうしようもないゲテモノどもが跳梁跋扈するこの地獄に」
「――」
意識も既に朦朧としているのだろう。胸部を貫く水銀の質量に臓腑を圧迫されながら、ぼんやりとした目でこちらを見上げる青年に。ケイネスは、言いようのない悪寒を覚えた。
「何が言いたい」
「聖堂教会の代行者、
「忠告だ……。僕には、無理だったけれど。本気で生き残りたいのなら、戦えない者は避難させた方がいい」
ひどく虚ろな笑みだった。
敗北者の戯れ言である。そう切って捨てようにも、ソラウの危機を示唆する言である以上は無視もできなかった。舌を打つケイネスがその言葉の真意を問い質そうとした時。
『、■』
巨人が、崩れ落ちた。
モックルカールヴィ。
北欧神話において雷神トールがヨツンヘイムの巨人フルングニルと決闘をするにあたり巨人たちが粘土の人形に牝馬の心臓を埋め込むことで作り上げた対神兵器である。
トール最大の特徴である怪力をねじ伏せ得るだけの強大な力、ミョルニルをも防ぐであろう雷に対する耐性。ミストカーフの名で呼ばれることもあるというこの巨人は、完成した時点では雷神を打倒するだけのスペックを持ちながら――しかし、肝心の決闘で真価を発揮することは叶わなかった。
最強だったのだろう、最大だったのだろう、最硬だったのだろう。――肉体は。
しかし、精神の方はそうはいかなかった。
牝馬の心臓。魔獣の系統か、あるいは真っ当に育てられた家畜か。どちらにせよ巨人の炉心とするのにふさわしいだけの素養はあったのだろうが――あくまで、牝馬である。
臨戦態勢の雷神が放つ覇気に耐えろというのは、些か以上に無理があったのだろう。恐怖に震えた心臓に連動し体も硬直し。打倒したフルングニルの死体の下敷きになったトールが抜け出すまでに、雷神の従者である英雄シャールヴィによって破壊されてしまったのだ。
今回の顕現は、あくまで模造品。
9ロストもあったとされる巨体は見る影もない。雷神をもひねりつぶす腕力も、ミョルニルの一撃も耐える強靭な耐久力もない。己を害する英霊を前に恐慌を発し暴れ回る。それだけしか許されない造り物の怪物だ。
だからこそ。直接的な破壊力を持たないアサシンにも、付け入る隙を見出すことはできた。
「――」
『ヴぅぅおおおおおおおおお!!』
効果は絶大とはいえ、武器としての能力は見込めぬ代物である。手持ちの得物を、このような場で使い潰す訳にはいかなかった。燃え盛るヒトガタの魔人――神々の黄昏におけるスルトの尖兵を基にしたのだろう使い魔を引き付け、揺らぐ地面を軋む木の幹を足場に跳躍を繰り返す。三騎士級のサーヴァント相手ならともかく相手は意思なき使い魔である、『見』に徹して動けばあしらうのは容易かった。
視線の先。ライダーが手繰る神牛の突撃を真正面から押さえ込む土塊の巨人の威容は壮大で――アサシンから見れば知性の存在せぬ一挙一動は、隙にしか思えなかった。
(危険を冒してまで、牝馬の心臓を潰しに行く必要性はない)
それだけの火力を、アサシンは持たない。
(だが。あれだけの巨躯、あれだけの力。セイバーやライダーの猛攻を受けて生じた損耗。それらを補うに足る炉心は、心臓のみではあるまい)
そして、キャスターのマスターが施した『仕込み』の位置にも、彼は大凡の当たりをつけていた。
「森中に刻み込んだ呪印。ルーンと言ったか。そして……足元を始めとする接地面。肉体の欠損を補うために霊脈を喰らう部位だ、どうしても失う訳には行かぬだろうさ」
刃物らしくない刃物を逆手に構え、アサシンは駆ける。土塊の巨人が巻き起こす震動も土埃も、彼の障害にはなり得なかった。
足首に自前のダークを突き立て密着し。至近距離から、巨人の弱点を探し──淡く光るルーンを、視認する。
そして、命が下された。
「──やれ、アサシン」
「承りました」
ルーン文字の中心に突き刺さった
何かの解れる音を、擦れる音を、砕ける音を。アサシンは、確かに耳にした。
百貌のハサンのボーナスタイムはこれにて終了。もしかしたら彼ら彼女らの活躍はもう少し続くのかも知れない。
装甲娘はいいぞ。