優雅は運命を知ってしまったそうです   作:風剣

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二つの初戦

 

「さて―――アーチャー、準備は良いか?」

 

「あぁ。問題ないよ、マスター。……さて、始めるとするか」

 

「そうだな。聖杯戦争の―――初戦となる戦いを」

 

 

 

 

 

 

 遠坂、マキリ、アインツベルン。

 

 これらの一族は聖杯戦争を語る上で決して外すことのできない『始まりの一族』。過去三度の聖杯戦争でも英霊の召喚、使役に関してのノウハウを活用し参加者の多くが終盤まで勝ち進んだ彼等は御三家とも呼ばれ、その拠点となる屋敷や古城には各地のマスターが放った使い魔達の大半が集まっていた。

 

 その日の夜。

 

 そんな御三家の一角であるである遠坂の一族が居城である屋敷―――その屋根の上に、それは現れた。

 

「―――」

 

 姿を現したのは、霊体化を解いたと思しき一人のサーヴァント。浅黒い肌をした白髪の男は赤い外套を纏い、その手には洋弓としては規格外といえる大きさの弓を携えていた。

 

『『『『―――』』』』

 

 今回の聖杯戦争で、初めて表舞台に現れた英霊。ヒトのものでは決してないその圧倒的な存在感に四体(・・)の使い魔は一様に反応を示し、蛇が鳥が獣が各々の視界の中にその赤い弓兵を入れる。

 

「……」

 

 沈黙があった。

 

 暫しその場に佇んでいたサーヴァントは、やがてその目を細めると左手に持った弓を構える。

 

 獲物を捉えた猛禽類のような視線が、敷地の外に広がる森を射抜いた。

 

「それで隠れたつもりか、暗殺者。―――見くびられたものだ。この私の目を欺けるとでも思ったか」

 

 ―――ゾワッ、と。

 

 使い魔越しにその様子を見守っていたマスター達にも分かるほどに濃密な殺気があふれ、弓が構えられる。虚空から取り出した一本の矢を番えぎりぎりと引き絞る彼は、未だマスター達には見えない何かを嘲笑うようにして告げた。

 

「―――遅い」

 

 その直後―――解き放たれた矢は音を置き去りにして宙を駆け抜け、着弾と同時に森の一角を吹き飛ばす。

 

『―――』

 

 

 その一撃によって撒き散らされた衝撃に高々と舞い上げられ、そして地面に叩き付けられたのは―――跡形もなく頭部を吹き飛ばされた、黒のサーヴァント。その周囲には、砕かれた髑髏の仮面の欠片が散らばっていた。

 

 

「―――ふん、拍子抜けだな。全く、随分と舐められたものだ……」

 

 吐き捨てるようにそう言い残したアーチャーは赤い外套を翻すと、すぐにその姿を消す。

 

 既に、暗殺者のサーヴァントは光粒と共にその姿を消していたが―――吹き飛ばされた森の中に広がる血の海が、その末路を物語っていた。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 アーチャーとの五感共有を終えた時臣は椅子に深々と座り込み、満足したような表情を浮かべて息を吐く。

 

「ご苦労だった、アーチャー」

 

 その直後、彼の目の前に己のサーヴァントが実体化した。

 

「さて、予定通りあのアサシンは潰しておいた。これで満足かね?」

 

「あぁ、見事だったとも。これで我々の勝利はより磐石なものとなった」

 

 マスター殺しに特化したサーヴァント、アサシンは斃れた。時臣の観測した第四次聖杯戦争において戦況がああも序盤から激しく動いたのも、彼らの行った『第一戦』によってそう誤認させられたマスター達による要因も大きい。そう小細工を弄したとしてもことの趨勢によってはアサシンの生存が露見する可能性も高かったが、それでも彼等は『予定通り』に動く必要があった。

 

 それに加え、先程告げられたアーチャーの発言(アドリブ)や、実際に霊体化していた暗殺者が一撃で撃ちぬかれたことによって『気配感知』系統のスキルの存在が示唆された。それによって多くのマスターがアサシンの死を確信するだろうことは明白だった。

 

「『百の貌(アサシン)』の宝具を活用した諜報活動は我々に最大限のアドバンテージをもたらすだろう。それに加えて、君の用意した宝具による攻撃手段の獲得……少なくとも対マスター戦において、彼等が遅れを取ることはまずない。今回は、確実に勝たせてもらうとしよう」

 

「ふむ、確かに万全の態勢だが……それでも、慢心はよくないぞ。何しろこの戦いでは既に、君の観測したものには存在しなかった陣営が存在するのだからな」

 

「あぁ、分かっているとも。同じ轍を踏むつもりはないさ」

 

 目を細めて指摘するアーチャーの言葉に、時臣もまた苦々しげに頷く。

 

 自身とほぼ同時期に召喚の儀式を執り行ったマスター……オーウェン・トワイライト。

 

 彼とそのサーヴァントの姿は、数日前アサシンが街で捕捉した。霊器盤の反応からしても召喚された英霊はキャスターと見てまず間違いなかったが、二人の主従の会話を聞き取ったアサシンによると、どうやらその英霊はどこかの国で王位についた存在らしい。

 

「一人称を『余』とする英霊か……マスターである死徒を『奏者』と呼んでいたとの報告も気になるが……」

 

「王と呼ばれる類の英霊は例外なく強大な力を持つ。キャスタークラスの保有する能力からしても、拠点らしき双子館を『神殿』……その中でも最上位の工房を作り上げる可能性は否定できないか。十分な警戒が必要だろう」

 

「問題は、彼等の動きだが―――」

 

「申し上げます」

 

 二人の居た室内に、新たな声が響く。髑髏の仮面で貌を隠した、小柄の暗殺者。音もなく現れた彼は一瞥を投げるアーチャーに先を促され、その口を開く。

 

 

「数日前の魔力の動き……我々は先程工房に踏み込みましたが、中は粗方焼き尽くされておりました。―――やはり間桐は、キャスター陣営に破れたようです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はて、どうしたものか」

 

 蟲達の囀りが絶え間なく響く暗がりに、苦りきった声が響き渡る。間桐邸、その地下に存在する魔術工房―――蟲蔵にて、一人の老人が佇んでいた。

 

 間桐臓硯。

 

 五〇〇年を生きる怪物、聖杯戦争の始祖が一角。杖を突く彼の右腕には―――既に、三画の聖痕が刻み込まれていた。

 

「はぁ……」

 

 そもそも、臓硯としては今回の聖杯戦争を見送るつもりであった。

 

 何分今回に関しては分が悪すぎる。時計塔で名を轟かせた一流の魔術師―――遠坂時臣、ロード・エルメロイに加え、死徒オーウェン・トワイライトの参戦も街に飛ばした蟲の使い魔越しに確認した。アインツベルンに至ってはいよいよ切羽詰まったのか、八年前に『魔術師殺し(メイガスマーダー)』衛宮切嗣を迎え入れている。

 

 ……それに対し、こちらの持ち駒は一般人に毛が生えた程度の素養しか持たない当主が一人のみ。これでは勝利を確信しろと言うのも無理な話であった。

 

(これも、遠坂の娘子をどうにか養子に迎え入れられれば次回に期待できたのじゃが……)

 

 長女は次期当主、目をつけていた次女など盟約を結びし間桐を差し置いて別の家に弟子入りさせたという。白々しい口調で謝辞を述べる時臣の顔を思い出すと腸の煮えくり返る思いであったが、臓硯にとっても決して扱いやすい訳ではない架空元素を引き合いに出されてしまえばぐうの音も出なかった。

 

 

 かくなる上は―――自ら出るか。

 

 

(この時期に出るのは正直気が進まぬが……かといって次回に持ち越してしまえば遠坂の娘共が出てくる可能性も高い。禅条の性質が確かならば奴らは遠坂最強の魔術師と成り得る……。第五次聖杯戦争が絶望的である以上はその次を待つ他ないが、それまでこの腐り落ちる体を維持できる自信もないしのう……かかっ、いよいよ儂も覚悟を決める時が来たか)

 

 気付けばここまで余裕を削られていた自分に、とうとう耄碌したかと自嘲気味に嗤う。

 

 幸いにも、触媒として使う聖遺物に関してはそれなりのものを用意できていた。

 

 召喚儀礼を執り行う場に臓硯が持ち込んだのは、一メートル程の長さの(にれ)の枝。

 

 罠にかけられ武器を奪われたその時、円卓最強の騎士が手に取ったというその現物。これを触媒として使えばほぼ間違いなくかの『湖の騎士』を召喚できることだろう。

 

 問題は―――どのクラスで召喚するか、だ。

 

 ランスロットに関する逸話を考えても彼の当てはまるクラスはセイバーであり、臓硯自身も最優のサーヴァントを召喚することには何ら抵抗もなかったのだが……一つ、試しておきたいことがあった。

 

 始めから強力な英霊に『狂化』による戦闘能力の底上げを施せば、果たしてどれ程強くなるのか。

 

 本来バーサーカーのクラスは弱小の英霊の身体能力を狂化によって底上げする為のものであったが、反面その分魔力消費も跳ね上がり……結果として過去のマスターは全て自滅という形で幕を閉じていた。

 

 だが臓硯ならば、まず魔力消費の心配はない。かの円卓最強の騎士の身体能力をを高位の『狂化』で底上げすれば他の陣営に勝ると劣らぬ戦力が生まれることだろう。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公――――――」

 

 詠唱を始める。

 

「――――――――」

 

 周囲の蟲達が溢れる魔力に反応し一様に蠢き出す中、過去より慣れ親しんできた呪文を進める中で十分な手応えを感じ取る。魔力の奔流が吹き荒れる中、老人は静かに笑みを形作った。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者」

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 狂化の二節を加え、詠唱を完結させる。

 

 そして、莫大な魔力が蟲蔵に満ち渡り―――祭壇の中心に、暗い黒い、一柱のサーヴァントが現れる。

 

「Arrrrr……」

 

 荒い吐息と共に感じ取られる十二分の狂気。成功した召喚にひとまず満足の表情を浮かべていた臓硯は―――その直後、顔色を変えた。

 

「これは……!? くっ、ぬかったわ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……驚いたな、もう気付かれたのか」

 

「ほう……五〇〇年を生きた魔人と言われるだけはあるようだな。まさか、今の奏者の侵入に気付くとは」

 

「まぁ……少し遅かったとは思うけどね」

 

 マキリ・ゾォルケンの魔術工房、召喚儀礼を終えたばかりのその場に、二つの人影が足を踏み入れる。彼等に気付いた老人が、杖を持つ手を震わせて唸った。

 

「おのれ、召喚に気を取られた隙に侵入しおったか……随分と悪辣な手段じゃのぅ、小童」

 

「えぇ、僕が同じ事をされてたら詰んでたでしょうね。それも『気配遮断』を持つアサシンのサーヴァントがいれば尚更……気付いた時は冷や冷やしましたよ。まぁ、これでも魔術師殺しよりはマシだと思いますけど」

 

 美しい輝きを放つ短剣を手の中で弄びつつ、青年は笑う。

 

 敵対する魔術師の工房の中にいる者とは思えないような余裕を見せるその理由を察し、臓硯は口元を不快げに歪めた。

 

「さて、もう状況は理解されているでしょう? ここに来るまでに工房の三割は乗っ取りました。宝具級の神秘で上書きされた以上(・・・・・・・・・・・・・・・)、この工房が本来の機能を発揮することはない……『核』をここから逃すこともね」

 

「……チッ」

 

 舌を打ち鳴らした老人は、オーウェンの持つ短剣を忌々しげに見やる。

 

「一体どんな代物かは知らんが……聖遺物でもそこのキャスターに加工させたか。神代のそれと同等の魔術をヒトならざる身で運用する為に」

 

「ご慧眼恐れ入ります。流石はマキリと言ったところか」

 

 心からの畏敬を込められた発言だったが、それに間桐の翁が取り合うことはなかった。

 

 

 

 ……あと少しだ。こうしている今も―――『書き換え』は、進んでいる。

 

 

 

「して、招かれざる客よ。ここまでして、一体何の用かね」

 

「無論、ご想像通り。その腕の令呪に……バーサーカーか。そちらのサーヴァントを頂きに参りました。勿論、貴方の命も」

 

「はっ―――木乃伊捕りが木乃伊になる、という言葉を知っとるかね?」

 

「……?」

 

 嘲笑う臓硯の言葉に青年が眉を潜める、その直後。

 

 変化が、起きた。

 

「A……Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!」

 

 細部の読み取れない黒い甲冑に身を纏う狂戦士(バーサーカー)。彼の咆哮が轟くと同時、黒い葉脈のような魔力が黒騎士を中心に広がり―――それは、周囲の空間全体を侵食する。

 

「ッ―――奏者、これは……」

 

「あぁ……工房全体を、宝具化したか。かなり厄介だが―――」

 

 

もう大丈夫だ(・・・・・・)どうにか間に合った(・・・・・・・・・)

 

 

「―――ぁ?」

 

 その直後。

 

 何も分からぬままに、臓硯の体が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全く、大した執着だ。『核』を潰しても意識を保っているとは」

 

『な、ぁ―――』

 

 最早、マキリはその原型を失っていた。

 

 蟲ともヒトともつかぬ姿に成り果て、先程まであらゆる手を駆使して食い潰そうとしていた相手―――オーウェン・トワイライトの足元で、這い蹲っていた。

 

『あ、あぁ。何ヲ、きさマ、何をしたぁぁあああああああああああああああああ!!??』

 

「これだよ」

 

 ボトリ、と。

 

 青年の足元に、その体をびくびくと痙攣される蟲―――刻印虫が、落とされる。

 

 工房を音もなく簒奪する中で、オーウェンの手に入れた蟲―――それらを辿ることで操る術式の全てを解析、解体することで、青年はマキリをマキリたらしめていた全てを、焼却した。

 

 既に老人の腕にあった令呪は片腕に転写した。魔力供給ラインがオーウェンへと移り変わったことを認識したらしきバーサーカーもその動きを止め、傍らのキャスターも息を吐く。

 

「まさしく五〇〇年の妄執、か。一歩間違えれば食われていたのはこちらだったかも知れないな……とにかく、貴方から貰ったものは最大限活用させてもらうよ」

 

『っ』

 

 既に、短剣は振り上げられていた。

 

 魔力が膨れ上がり意味ある文字が周囲に刻まれていく中、極大の怨嗟と共にマキリはただ叫ぶ。

 

『キサマ……きさまきさまキサまぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! せい、せいはいをっ、キサマなんゾに渡すもノか! あれは……アレは、ワシ等の、我々の……!!』

 

 紅蓮の業火が、全てを飲み込む。

 

 残留思念というべき執着、その全てが焼却され―――その空間には、火の爆ぜる音だけが残った。

 

「……」

 

 薄く、薄く息を吐き。

 

 頷きかけてくる傍らのキャスターに笑みを投げ、彼は告げた。

 

 

「さぁ、始めようか。……僕等の、聖杯戦争を」

 

 




「……ほう? まさかよりにもよってオーウェン・トワイライトに、主人公補正で負けている、だと? ははは、これは異な事を。悪い冗談はよしてくれたまえよ作者」
「落ち着きたまえ。宝石剣を持ち出すのはやめておこうかマスター」

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