優雅は運命を知ってしまったそうです   作:風剣

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幕開け

 

 

「……」

 

 二〇〇年前、当時のアインツベルン当主であった『冬の聖女』ユスティーツァ・リズライヒの魔術回路を基に作り上げられた大聖杯―――それが安置される龍洞の中心部で、時臣は息を吐く。重ね続けられた年月を感じさせる鍾乳洞を見上げる彼は、念話でアーチャーと連絡を取った。

 

「―――こちらの調整は無事終わった。これで、いつでも戦いを始められる」

 

『了解した。………………ふむ。こちらも、倉庫街に向かうセイバー達の姿を捕捉した。数分もせずにランサーと接触するだろう』

 

「……そうか」

 

 目を細める時臣は、手の中に握った礼装―――アーチャーに投影してもらった宝石剣を意識する。

 

 大聖杯のシステムに干渉することで、彼は魔力のラインを切り換えた。これからの戦いでサーヴァントが斃れれば、その魔力は直接(・・)大聖杯に還元される。恐らくは、三柱も撃破すれば大聖杯はその姿を現すことだろう。

 

 そして、そのような調整を施した場に臨戦態勢で陣取る理由はただ一つ。

 

 

 ―――今夜中に、勝負を決める。

 

 

 その眼に確たる決意を宿し、彼は魔力を練り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――鮮血が散る。

 

 闇夜に包まれる倉庫街を照明が照らす中、赤黒い液体と火花を散らせて二つの影が交差した。

 

「!」

 

「ッ―――セイバー!」

 

「アイリスフィール。治癒を……!」

 

「いえ、もう治癒魔術はかけているわ。もう貴方の傷は完治している筈なのに……!」

 

「―――!?」

 

 背後に立つ白い美女の言葉に、セイバーと呼ばれた少女は愕然としたように目の前の騎士を見つめる。美貌と評価するに相応しい顔立ちに笑みを浮かべる彼は、紅い長槍を携える腕とは逆―――左手に握られた、たった今死角からセイバーを狙い打った黄色の短槍を振り鳴らした。

 

「我が破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を前に、鎧が意味を為さぬと気付いたまでは良かったが―――それでも、鎧を消したのは失策だったぞ。そうすれば必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の一撃は防げたものを」

 

 剣使い(セイバー)と同じように片腕からから流血させながらも、宝具の真名すら告げて槍使い(ランサー)は笑う。

 

 その余裕の出所は明白。彼の負った傷は、どこかから傍観しているのであろう魔術師(マスター)の治癒によって瞬く間に消え―――少女の負った傷は、あたかも呪われたかのように残り続けた。

 

 長さの異なる双槍を巧みに操るランサーと、見えぬ剣を振るい攻め立てたセイバー……その瞬間まで拮抗していた戦いは、宝具を開帳したランサーの一撃によって崩れ去ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……使い勝手の良い宝具だな。ゲイ・ジャルグにゲイ・ボウと来れば、あのランサーの真名はディルムッド・オディナか……」

 

『……むっ』

 

「どうした、キャスター」

 

『セイバーが今負った傷、かなりの深手だ。まだ生きてる片腕だけで剣を振ってるように見えるな……あの様子では、腱をやられたかも知れんぞ?』

 

「……へぇ?」

 

 三騎士の英霊達が激突する戦場の、地下。薄暗い地下水路の中で一人、オーウェンは佇んでいた。一時的に獲得した『気配遮断』を併用した上で二人の戦いを観戦するキャスターの言葉に、念話を介して彼女からの報告を聞く青年は目を細める。

 

「セイバーのあれ……ランサーの槍が使われるまで剣身を隠していた風は、マーリンの細工かな。回復、及び解呪系統の宝具……あの有名な聖剣の鞘は、持っていないと見て良いかもしれない。だけど問題はエクスカリバーだ。最上位の宝具には違いないと思うけれど、一体どんな代物なんだか……」

 

『うむ……それにしても、まさかあのアーサー王が女だったとはなぁ……』

 

「……それ、君が言うかな」

 

 明らかにブーメランであったキャスターの発言に呆れたような指摘をしつつ、足元に短剣を突き立てる彼は作業を始める。ガリゴリと刃で刻印を刻み込んでいく彼は―――戦いを見る中で気が昂ったのだろうか、どこか浮き立つような印象を受ける皇帝の声を聞いた。

 

『おっ―――今度はライダーだな!また状況が動き出したぞ!』

 

「……どうしてだろう。物凄く嫌な予感がするのは気の所為かな」

 

 その予感は、見事に的中することとなった。

 

 

『―――情けない。情けないのぅ! 冬木に集った英雄豪傑どもよ。このセイバーとランサーが見せつけた気概に、何も感じるところがないと抜かすか? 誇るべき真名を持ち合わせておきながらコソコソと覗き見に徹するというのなら、間抜けだわな。英霊が聞いて呆れるわなぁ。んん!?』

 

 

「……ちょっと、待って」

 

 彼の佇む地下水路にまで轟いたのは、今しがた二騎の英霊がぶつかり合う真っ只中に乱入した英霊―――ライダーの呼びかけ。その内容に顔色を変えたオーウェンは、完成させたばかりの探索術式を放棄して慌ただしくキャスターと念話を繋げる。

 

「キャスター、この挑発には乗らないでくれ。たった今この付近で四人の魔術師の反応を探知した。こんな馬鹿げた戦場に飛び込むよりは、彼等を叩いた方が遥かに―――」

 

『―――聖杯に招かれし英霊は、今! 此処に集うがいい!! なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスイカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!!』

 

 

 ―――あ、これ無理だ。

 

 

『ふっ……ここまで言われては黙っている訳にも行かんな! 奏者、悪いが余は行くぞ! 止めても聞かんからな!』

 

「……」

 

 活性化する霊格、遠慮なく貪られる青年の魔力。完全に己の英霊のスイッチが入ったことを悟った青年は、いよいよ諦めたように息を吐いた。

 

『単独行動』『対魔力』の類を使われてしまえば恐らくは令呪による束縛も意味を為さなくなる。今採ることのできる手段の全てを早急に思い浮かべ、その中の最善を選択した。

 

「……好きにしてくれ。僕は見つけたマスター達を潰しに行く。宝具の扱いに関しては全任するけれど、くれぐれも無理をしないで欲しい。ひとまずバーサーカーを援護に向かわせるから―――」

 

 そこで閉口したオーウェンは、二日前マキリから手に入れた令呪を意識する。狂化しても尚衰えることのない武芸を誇る彼は白兵戦においては間違いなくこの聖杯戦争でトップに立つことだろう。キャスターの宝具に他の陣営を取り込めば彼女との連携次第で一網打尽にすることも不可能ではないとも理解していたが―――アインツベルンのホムンクルスが従えるセイバーの存在が、その判断に歯止めをかけていた。

 

『…………arr、thurrrrrr――――………………』

 

 これである。

 

『湖の騎士』としての伝承からしてそれなりの因縁があるとは理解していたが、まさかこれ程の妄執を抱え込んでいたとは知らなかったし知りたくもなかった。

 

 これではキャスターとの連携など望むべくもない、セイバーに執着して暴走することは目に見えている。下手をすればあの場のサーヴァント三人がかりで仕留められかねないだろう。

 

「……」

 

 令呪を見つめ、息を吐き。

 

 彼は、賭けに出た。

 

「令呪をもって、命ずる―――狂気よりその身を解き放て(・・・・・・・・・・・・)、バーサーカー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライダーがまだ見ぬ英霊達に対する挑発を投げかけてから間を置くことなく―――その戦場に、変化があった。

 

「むっ」

 

「あれは―――?」

 

 倉庫街の一角に拳大の光粒が幾つも浮き上がり、徐々にその輝きを強める。その中心では真紅の光が集束し、やがてその姿を戦場へ顕現させた。

 

 輝く光が周囲を幻想的に照らす中―――赤い舞踏服を纏う少女が、ふわりと舞い降りた。

 

「やはり、新手……!」

 

「アーチャー……いやまさか、あれは……!?」 

 

 その場にいた者の視線が集中する中、その英霊は好戦的な笑みを浮かべて口を開く。

 

「―――ブリテンの騎士王、マケドニアの征服王……まさか名高き二人の王が、この戦に呼ばれるとはな。これ程の英雄達が集う場で覇を競え合えること、真に嬉しく思う。それでこそ余も()ばれた甲斐があるというものよ」

 

「……ほう」

 

 彼女の言葉に反応したライダーは豪壮な笑みを浮かべ、意味ありげに彼女を見やった。

 

「その口振り、さては貴様もまた一国の主として君臨した身の上であるな? さぞ名のある者であろうな、身に纏う王気(オーラ)も充溢しておる……どうだ、余の軍門に―――」

 

「断る。我が剣は既に奏者(マスター)と共に在る。そもそも余がこの戦に馳せ参じたのも戦いの中で余が最優且つ最強の存在であることを証明する為―――幾らかの征服王の誘いであったとしても、余が傘下に下ることなどありえんな」

 

「むぅ……。そうか、それは残念だなぁ……」

 

「お前ってやつは、ほんと……」

 

 二言目には敵対関係にある筈の英霊を幕下に加えようとする己のサーヴァントに、御者台に乗る青年が呻くが―――ニヤリと笑った少女がその手に剣を具現化させた途端、空気が変わる。

 

「代わりと言ってはなんだが……ここは一つ、余も名乗りを上げるとしようか」

 

 その手に取ったのは歪な形状の長剣。その剣身に煌々と輝く炎を宿した剣を掲げ、赤薔薇の皇帝は高々と宣言した。

 

 

「―――我が名はローマ五代皇帝、ネロ・クラウディウス! 此度の戦、キャスターのクラスを得て顕現した!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい嘘だろ、何やってくれてんのキャスター……!?」

 

 

 

 

「……やれやれ。一体どうなっているんだろうね、この戦いは……真名の秘匿も何もあったもんじゃない」

 

 

 

 

「……まさか、英雄王がいないというのにこれ程カオスになるとはな……」

 

 


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