「……全く、歴史家の怠慢を感じるよ。まさか、あのローマ皇帝までもが女だったとはね」
『……』
今や四騎ものの英霊が集うこととなっていた戦場から数百メートル離れた所にあるコンテナ郡……そこに身を潜める衛宮切嗣は、もはや嘲りを通り越して達観したような口調でそうぼやいた。別の場所からも戦場を俯瞰する舞弥も返す言葉を見つけられずにいる中、狙撃銃のスコープを動かして赤の女帝を視界に収める。
だが彼―――いや彼女か……どうしてあれが、キャスターとして召喚されている……?
ネロ・クラウディウス。
ローマ帝国五代皇帝として君臨した彼女の逸話ですぐに思い浮かべられるものといえばキリスト教の弾圧、『勝利の女王』ブーティカ率いる叛乱軍の鎮圧……後は黄金劇場の建設だろうか。少なくとも伝承の中で彼女が魔術の類と関わったというエピソードに思い当たるものはない。
……だが、皇帝ネロには確か芸術家としての側面もあった筈だ。過去の聖杯戦争では魔術師ではなく文学に精通した英霊が
自身を納得させる為に思考を巡らせつつ、彼は戦場全体を見回して目を細める。
(……結局のところ、どんな能力をあのキャスターが持っていたとしても面倒には違いない)
聖杯戦争は、言わば最後の一組が生き残るまで続けられるバトルロワイヤルだ。そして経緯はどうあれこうして四騎もののサーヴァントが集まってしまった以上、壮絶な乱戦が繰り広げられることは必定―――となれば、既に手負いであるセイバーが三騎がかりで袋叩きにされる可能性は非常に高い。
先程まで五分五分の戦いを繰り広げていたランサーに加え、更には未だその底を見せないライダーとキャスター。幾ら騎士王が万全であろうともこの状況で彼等から狙われることとなれば勝ち目が存在しないであろうことは明白だった。
「くそっ……舞弥、そちらはどうだ」
『……駄目です。キャスターのマスターはこちらからは捕捉できません』
「……チッ」
インカム越しに届いた返事を受け、どこまでも忌々しげに舌を打つ。
征服王にも劣らぬ破天荒ぶりを見せるあの英霊を従えるにしては、キャスターのマスターはそれなりに賢明らしい。戦況をどうにか立て直す為に狙撃を撃ち込もうとはしたものの、結局今射程に入れられているのは二人のマスターのみだった。
その内の片方―――ランサーのマスターからはウェイバーと呼ばれていた青年は論外。ライダーの御者台に乗せられている彼を潰すのはほぼ不可能、宝具を用いた上での機動なら英霊最速であるライダーを前に狙撃を敢行するのは自殺行為に等しい。あっさりと彼からスコープをずらした切嗣は、もう一つの標的を見定めた。
ランサーのマスター―――恐らくは十中八九、ロード・エルメロイ。幻術や結界を駆使して隠れ潜んでいるようだが、この
だが―――今狙撃を行えば、
彼等が初めに目を付け、そして離れたデリッククレーン―――戦いを観戦するのに最適であろう場所に現れた暗殺者は、切嗣の動きに大きな影響を与えていた。
(どうする……)
一刻も早い決断を求められる、そんな中。
『っ―――切嗣』
「くそっ……今度はなんなんだ」
切羽詰まったような舞弥の呟きにスコープを巡らせた彼は―――キャスターの傍らに現れた、一柱の英霊を目にした。
「一体、どうなっている……!」
そして―――彼に、死神が迫る。
「衛宮……切嗣」
「何だ、アレ……能力を、認識できない……!」
「ほぅ……? 成程、身に着ける鎧も全く細部が見えんな。認識を阻害する系統の宝具か……」
消去法で考えれば、バーサーカーか。
全身を包む
「む、来たか―――というかお主、変わり過ぎじゃないのか? 見ているだけで吐き気を催すような陰鬱さがもう跡形もなく消し飛んでいるではないか」
『…………否定はできませんが。せめてもう少しオブラートに包んでいただきたい』
「な―――」
「しゃべっ、た?」
甲冑の中から響いた、呻き声。全身を覆う鎧とその宝具の影響か酷くくぐもった声は決して聞き取りやすいものではなかったが―――それでも、青年とホムンクルスの美女を絶句させるには十分だった。
「貴様……本当に、バーサーカーか?」
『……』
ランサーの問いは至極真っ当なものであっただろう。召喚時に付け加えられる『狂化』のクラススキルは身体能力と引き換えに理性を奪う。本来ならば言語による意思疎通などほぼ不可能といっても過言ではないのだから。
彼に顔を向けた英霊は、やがて僅かに首肯したようだった。
『……確かに私は、魔術師の手によって一度は狂気に堕ちた。妄執に駆り立てられては文字通りの意味で暴走しかけたものだが―――狂化による束縛は、既に存在しない』
もはや自分は、狂戦士にあらず。
そう締めくくった彼の言葉は、周囲の者に疑問を感じさせてもおかしくない内容だったが―――その場にいる者には、それを解決するものに心当たりがあった。
「令呪……か」
「ほう、成程なぁ、案外便利なもんじゃないか。通りで随分と清澄な闘気を放つ訳だ」
「キャスターのマスターがバーサーカーの主を襲撃、令呪と彼を奪ったということかしら……セイバー?」
「……」
先程から―――バーサーカーが現れてからずっと口を閉ざしていたセイバーはその碧眼に決意の色を浮かべ、白い英霊に問う。
「―――バーサーカー。もしや、貴方は」
『……』
返事はなかった。
ただ―――行動で、それを示す。
頭部全体を覆っていた兜を外した彼は、静かに自らの王を見据えた。
「……!」
宝具による認識阻害は解かれず素顔をはっきりと見ることは叶わなかったが、彼女がその顔を見違えることはなかった。肩まで伸びた頭髪を揺らす彼は、憑き物の落ちたような顔でかつての主を見つめる。
「王よ―――今この時巡り合えたこと、幸運に思います。本来ならば貴方に従い共に戦うべきなのでしょうが……今は、私にもマスターが居ります。我が剣を向ける無礼、どうかお許しください」
「っ―――」
そう告げるバーサーカーの手に握られていたのは、一振りの剣。それは、セイバーの知る『湖の騎士』の聖剣ではなかったが―――剣を構える彼から溢れる闘気を見れば、その決意と覚悟を推し量るのは十分だった。
「……そうか」
かつて剣を捧げ戦場において命を預け合いながらも悲劇に関係を引き裂かれた主に対し、最高の騎士が、今一度決別する。
運命の悪戯とでも呼ぶにふさわしい光景に、しかし彼女がそれ以上揺らぐことはなかった。
その透き通った眼に意志を固め、風の鞘に覆われた聖剣を握る手に再び力を込める。
「分かった、
彼をその真名ではなくクラス名で呼ぶことによって、その決意を示す。
「……!」
「このような形で出逢うことになるとは思わなかったが……こうして相見えた以上、激突は必至。であれば我等は今剣を捧げたマスターの為に、ただ目の前の敵を打倒すのみ……ならばここは、己が武を存分にぶつけあおう」
「ッ」
遠慮はいらない。
私も全力を出してかかる、お前も全力で来い。
言外にそう告げる彼女は、片腕を潰されてもなお衰えることのない覇気を真正面から叩き付ける。そんな彼女に応えるように、体を揺らしたバーサーカーもまた剣を突き付けた。
紅と黄の双槍を携える、ランサーに。
「な……。バーサーカー……?」
「セイバー……そうしたいのは山々ですが―――それでは、意味がない。ここでは一騎打ちをするには外野が多く、貴方もまた手傷を負っている」
「……成程」
バーサーカーの言わんとしていることを察したように、ランサーがその魔貌に笑みを浮かべる中。ライダー、キャスターもまた、その真意を理解しては目を輝かせて笑った。
「それでは、意味がないのです……。戦いの果てで勝つにも負けるにしても―――万全の貴方と、私はぶつかりたい……!」
「なればこそ……セイバーの片腕を奪った俺と相対するのも、また道理という訳か」
セイバーと争った時にも見せていた好戦的な笑みを浮かべるランサーもまた、狂気より解き放たれた狂戦士と向き直る。手にした剣にバーサーカーが莫大な魔力を流し込むと、その剣には太い血管のような澄んだ魔力が張り巡らされた。
「―――やれやれ、これでは真名を看破されるのも時間の問題ではないか。幾ら生前からの縁とはいえあぁも長々と話しおって……」
「それを貴方に言われる筋合いはないと思いますが。いきなり真名を暴露したのでマスターが取り乱していましたよ」
「大丈夫であろう。どうせ今夜中にばれるであろうことだ」
「……宝具を、使うつもりですか?」
「あぁ……ここまでの英雄がそろい踏みでは―――一つ、場を整えねばな?」
「……呆れ果てたものだな。まさか第四次聖杯戦争がこうまでカオスなものだとは思わなかった」
『―――第五次も似たようなものだったろう?
「む……」
ふと、思い返す。
反英雄としては最大級の知名度を誇るであろうゴルゴンの怪物、第二魔法に匹敵する魔剣を操るNOUMINにそれを従える神代の魔術師。アイルランド屈指の大英雄にギリシャ神話の頂点、黄金の王……そして、アカイアクマとそのサーヴァント。……言われてみれば、あれ程の面子が揃った乱戦の中でよくもまぁ生き残れたものだと思う。
時臣の指摘につい苦笑を漏らしながらも、今や五騎ものの英雄が集った戦場を見つめるアーチャー。
彼がいるのは、
そこからざっと六キロは離れた街―――冬木市新都の、高層ビル。
その屋上で佇むアーチャーは、弓を片手に倉庫街で繰り広げられている戦いを眺めていた。
「……」
ふと視界の中に映るのは、かつて共に駆け抜けた蒼い少女。彼の養父によって召喚されたという彼女の傍にはアインツベルンのホムンクルスが佇んでおり、その紅い瞳を眇めて戦況の把握に努めていた。
その姿に、生前出会った白い少女の面影を重ねるが―――決して、彼がその手を緩めはしない。
『アーチャー。……行けそうか?』
「あぁ―――」
「―――任せたまえ。一撃で決める」
時臣の念話に笑みで応え、弓を構える。
「――――
宝具の投影。
その手に握ったのは、アルスター伝説において英雄フェルグスが振るったと言われる魔剣―――円卓における太陽の騎士の聖剣の原典とされる宝具に、彼独自の改造を加えた一振りの剣。螺旋状の刀身を持つそれを魔術で矢に変形、弓に番える。
見据えたのは戦場の中心。彼の十八番である
だがしかし―――迸る魔力に外套を揺らすアーチャーは、更なる詠唱を口ずさんだ。
「
更なる宝具の投影。矢を番える彼の周囲に現れたのは、四本ものの螺旋矢。
これらが市街地で炸裂すれば目も当てられない惨劇を起こしかねない、明らかな過剰火力。だがしかしそれらを撃ち放たんとするアーチャーの眼には、一切の迷いがない。
聖杯戦争―――万能の願望器との触れ込みをされた聖杯を求める為に、参加する魔術師達や彼等に召喚されるサーヴァントの多くは決して譲れない願いを持って挑んでいる。事実第四次聖杯戦争においても、その最たる例が衛宮切嗣でありセイバーであった。
―――少なくとも序盤の時点では、己が願いを叶える為に戦う彼等を説得することは限りなく難しい。
そう判断した時臣が出した案は―――今夜中の、聖杯戦争の終結であった。
本来現れる筈であった英雄王を抜きにしても、最低三騎が一同に会する倉庫街の戦い―――これらを潰す事ができれば、ほぼ確実に大聖杯はその姿を現す。そこを時臣が宝石剣による一撃で完全に破壊しこの大儀式を終結させるというのが、彼の狙いであった。
懸念材料の一つであったマキリは既に亡く。少なくともアインツベルンや時計塔の魔術師は確実に怒り心頭になるだろうことは間違いなかったが、どう足掻いたところで聖杯戦争自体が消滅してしまえば後はどうにでも対処できる。
―――この容赦ない案を考え出した時臣はアーチャーの前でどこか既視感を感じさせる邪悪な笑みを浮かべていたが、それは関係のないことだ。アカイアクマは遺伝とか考えてはいけない。
閑話休題、雑念を振り切る。
「―――」
そして―――都合五本の魔剣が、解き放たれた。
「―――
GOで実装される(予定の)剣スロットの画像を見て『誰だよこいつww』とか思ったのは自分だけじゃない筈。
今回、狂化を解いたことで剣スロットの現在公開されているステータスとほぼ同じになってるバーサーカーですが、セイバークラスで召喚されていた訳ではないので騎乗スキルは二、三ランク下がっています。対魔力もC。
そして真の力を解き放った