「―――」
死。
その瞬間セイバーが感じ取ったのはそんな、どこまでも漠然でありながら、しかしなによりも恐るべきものであった。
「ッ―――!? アイリスフィール……!」
「きゃっ……セイバー!?」
顔色を激変させて己を抱きかかえる彼女に白い美女が驚いたような声を上げたが、紅い瞳の中に映り込んだ騎士の、見たことのない程焦燥に満ちた横顔に口を噤んだ。
そんな彼女に言葉を返すこともできないまま、セイバーは弾丸のように飛び出す。自分自身状況を把握し切れぬまま、ただ己が直感に従って最短最速で倉庫街を駆け抜けた。
そして騎士王の行動は、大きく戦況を動かす。
「……」
「バーサーカー?」
今にも激突しようとしていたにも拘らず他所を見つめる騎士に、思わずといったようにランサーが眉を顰めた。
黄と紅の槍を握る彼と向かい合っていたバーサーカーは携える剣を下げ、マスターらしきホムンクルスの美女を抱えて戦線を離脱する少女の後ろ姿を見つめる。生前の主が有した天性の『直感』、そして彼女の動きからナニカの迫りくる方角を割り出した彼は―――その正体を悟ると、小さく呻いた。
「―――不味いな」
「何?」
「来るぞ、ランサー。決闘は後日に持ち越すとしよう。……もっとも、それまで生き残ることができていればの話だがな」
「どういうことだ……―――ッッ!!」
不穏極まる一言を言い残しては背を翻すバーサーカーに一拍遅れ、魔力の塊に気付いたランサーもまた全力で走り出した。
「ど、どうしたんだよ、あいつら……? て、ライダー?」
「むぅ……こりゃあ不味いな」
そして各々の異常に気付いたライダーもまた、神妙な顔つきになって神牛の手綱を執る。
「おい坊主、しっかり捕まっとれ! 飛ばすぞ!」
「え、何言って―――うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
遥か遠方から射られた、五条の流星に。
(―――参ったなぁ、これはいかん)
――そして。
爆圧に、倉庫街が呑まれた。
弓から放たれた一本の矢は倉庫街の中心―――五騎の英霊が集う場に着弾し炸裂、内包された神秘を余すことなく解き放った。
―――する、筈だった。
「……」
突如風景に浮かび上がった巨大な建築物に、アーチャーは鋭く目を細める。
五本分の宝具と引き換えに敢行された
事前情報にない宝具―――ほぼ間違いなく、行使者はキャスター。
「……済まないな、時臣。キャスターは仕留め損ねたようだが―――そちらの様子はどうだ?」
『…………いや。大聖杯には何の変化もない。どうやらまだ一騎も命を落としていないらしい』
「……何?」
とてもでは無かったが、あれ程の規模の砲撃で脱落者がでないとは考えにくかった。目を見開く彼の視線の先、キャスターの展開した建築物が光粒と共にその姿を消して行く。
神話の再演とでに呼ぶべき英霊達の激突。それによって、荒れ狂うハリケーンにでも巻き込まれたかのような様相を醸し出す倉庫街―――黄金の劇場が消えたその場には、無傷のキャスターを含む四騎の英霊の姿があった。
「生き、てる―――?」
その空間の一角で、アイリスフィールは掠れた声で呻く。
恐らくはアーチャーの宝具によるものであろう直前の爆発―――サーヴァントであっても即死は免れなかったであろうそれに巻き込まれた時は、逃れえようのない死を前に覚悟したものだったが―――どうにか、少なくとも身体のあちこちを痛いと感じられる程度には五体満足であるようだった。
「っ……」
先程の一撃に込められた魔力はそれこそ対軍級に匹敵、あるいは超える程の量と質を内包していた。アインツベルンの作成した最上級のホムンクルスであろうが余波だけでも消し炭にされそうなものであったが……吹き荒れた衝撃による鈍痛以外は大した損傷はない。
自分を抱きかかえていたセイバーの存在を気にかけた、その時だった。
「―――御無事ですか、アイリスフィール……」
「セイ、バー?」
目の前で膝を突く少女の姿に、思わず絶句する。
「良かった……重傷は、負っていないようですね……」
「そんな……! 酷い怪我じゃない!」
蒼い装束を血で染めるセイバーを見て、悟る。
この少女は、己を庇って傷を負ったのだと。
白銀の籠手に包まれていた片手は砕けて赤黒く濡れ、焼かれた背には砕けた刃が幾つも突き刺っていた。割れた額から留めなく血を流す彼女の姿に血相を変えて治癒を行うアイリスフィールは、魔術を行使しながらも周囲を見回す。
「何、これ……」
そこにあったのは、壁から天井に至る一面を煌びやかな黄金で彩られた劇場の舞台だった。天井からは深紅の薔薇の花弁が舞い、荒れ果てた倉庫街は豪華絢爛な劇場へと姿を変えている。その舞台の中心に、さながら主役の如く紅い舞踏服を纏う少女が毅然と立っていた。
「キャス、ター……」
汗を流す彼女には傷一つない。か細い声で呟くとと、キャスターは二人を一瞥して安堵したように笑みを浮かべる。
「おぉ、生きておったか! 余の宝具で補助したというのに死なれては堪ったものではないからな。うむ、良かった良かった!」
特徴的な紅い大剣を掲げてはぶんぶんと振り回す少女の姿に毒気を抜かれそうになる中、アイリスフィールは劇場の周辺で英霊達を発見する。
ランサー、バーサーカー。彼等も爆撃によるダメージを受けたのか満身創痍といった有様だったが、少なくとも致命傷―――心臓や脳といった霊核の存在する部分を傷つけた様子はない。戦闘となれば誰もが苦しい戦いを強いられることは確実だろうが、警戒こそすれど彼等が武器を取ることはなかった。
役目を果たした劇場が光粒を立ち昇らせてその姿を消して行く中、バーサーカーが呟く。
「……これが、貴方の宝具か。キャスター」
「うむ!
「絶対、皇帝圏……」
キャスターの言葉を目を細めて吟味するランサーの呟きに、アイリスフィールの治癒を受けていたセイバーもまた彼の抱いていたであろう疑問を口にする。
「キャスター……何故、私達を助けた?」
「……ぇ?」
「貴方の宝具……あれは魔術師の工房に限りなく近いものだろう。己の為だけに用意された法則の支配する空間に敵対者を捕らえ、撃滅する……。あの爆撃は貴方が弱体化させたのだろうが、恐らくはそれと同じように私達やランサーも動きを鈍らせ、爆発に呑み込ませることもできた筈だ」
「……ほう」
戸惑うアイリスフィールの前でそう告げるセイバーもあの劇場の詳しい原理を把握できている訳ではなかったが、知己の魔術師の造り上げた工房には何度も足を踏み入れたことがある。彼女の直感は、先程自分達を補助したというあの宝具がそれと似通っていることを察知していた。
セイバーの言葉に瞠目していたキャスターは、やがて幼さの残る顔立ちに笑みを浮かべる。
「明察だ、セイバー。確かにあれは余の定めたルールで支配された空間、言わば対陣宝具―――。それを初見で見抜くとはな。正直恐れ入ったぞ騎士王よ」
嘘偽りなき賞賛を投げかける紅薔薇の皇帝は、目を細めて遠方……五本の宝具による砲撃が飛んできた方向を見やる。
「それで、お主らを助けた理由だったか……? 今夜は英雄豪傑が揃い踏みで余自身張り切っていたからな、まぁ……その場のノリという奴だ! 弓兵風情に漁夫の利をかっさらわれるのも気に食わんかったからな!」
屈託なく笑ってそう口にした彼女にセイバーとランサーが目を丸くする中、キャスターは更に笑みを深めて呟いた。
「さて、ライダーももう行ったか……奏者よ、余は何時でも行けるぞ?」
―――どうする。
隠れ潜むランサーのマスターを見据えながら、切嗣は思考を加速させる。
五本もの宝具を犠牲にしたアーチャーの爆撃、それをも呑み込んで展開されたキャスターの宝具には肝を冷やしたが、少なくとも現状ではセイバーは脱落していない。アイリスフィールに被害が及んだ気配はなく、時間をかけて治癒をすれば十分持ち直せるだろうが―――このままでは厳しいことも、また事実であった。
最も恐るべきはアーチャーの狙撃。五本の宝具を食い潰した以上これ以上拘泥することはないと思うが、万一同規模の射撃を敢行されてしまえば今度こそ全滅は免れ得ない。アイリスフィールには
―――令呪での転移でセイバーに潰させるか……? いや、方角はともかく位置が特定できない。
―――遠坂時臣が出てきた様子はない。マスターを狙い撃つのも困難か。
―――あれ、は……ライ、ダー? 生きていたのか……。
狙撃銃のスコープを巡らせ戦場を俯瞰する切嗣が、紫電を散らして爆走する
悪寒が、全身を走り抜ける。
「!!」
形振り構わず体を振り回し、手の中の狙撃銃をもかなぐり捨てて全力で横に飛ぶ。その直後、一瞬前まで彼のいた場所が、幾つもの刃に貫かれた。
「ッ……!」
ガガガガガガッッ!!
立て続けに放たれたのは黒光りする黒鍵。それは体勢を立て直すことも許されずに転がる切嗣に向けて弾丸の如く投げ放たれ、彼の持っていた狙撃銃の銃身に当たっては破片を散らした。
「く……!
固有時制御。
目にも止まらぬ動きで目の前に迫った刃を回避し、バックステップと共にキャリコを装備、即座に突きつける。直後にばら撒かれた弾丸は、暗闇より飛び出した黒衣の代行者に直撃するも―――全身に直撃した筈の弾丸は、長身の神父に一切の損傷を与えぬまま終わった。
(馬鹿な……!?)
あの身に纏う僧衣に防護呪符などによる裏打ちが施されていれば、成程弾丸を防ぐことは可能だろう。だが―――僧衣越しに叩き込まれる鉛玉の運動量を、純粋な筋力のみで押さえ込むことなど、ありえるのか。
「―――」
「!?」
瞠目する間もなく、襲撃者が懐に滑り込む。
体内で展開した固有結界により二倍速での高速挙動を実現する切嗣に対し、その男はたった一歩のみで一〇メートル近くあった距離を詰めた。
胸部を
脳内で打ち鳴らされた警鐘に従い胸の前で両腕を交差させた切嗣の片腕に、拳が直撃し―――ひしゃげた音と共に、鮮血を散らして吹き飛ばされる。
「が……!」
コンテナの一つに背中から激突し、息も絶え絶えにその男の顔を見納めた切嗣は……呻くように、呟いた。
「言峰、綺礼……!」
「……」
口元に薄い笑みを浮かべた神父の姿は、彼には死神のようにしか見えなかった。
は―――まさか、こんな序盤に勝負が決まる訳がないだろう?(汗)
全力で足掻け、遠坂時臣。主人公の座すらイレギュラーに奪われかけた今、小細工などそうそう通用しないぞ?
……無銘と英雄王、エクステラに参加決定しましたね。ジャンヌや青王、エリザちゃんも出るとのことで。今から非常に楽しみです。