型月に苦労人ぶち込んでみた   作:ノボットMK-42

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戦闘描写って難しい。
あと感想でマーリンが嫌われ過ぎて笑いました。
もう一方の作品で水銀書いてるせいなんだろうか……


第5話 魔術師のはなし 2

 私は人間の母と夢魔の父の間に生まれた混血。それでいて同族である妖精や巨人達よりも人間に肩入れするほどには“人”というものを好いていた。

 人間にとって良き時代を作るために多くの王を育てた。常に笑顔を絶やさず、人々の営みを楽しみ、花のような統治を目指した。

 

 しかしその本当の性質は昆虫のそれ。ひたすらに機械的かつ客観的で、この惑星の知性体とは相容れないほど脈絡の飛び過ぎた思考形式を有していた。

 最高位の魔術師の証である世界の全てを把握できる眼を有していることも相まって、私にとって世界とは一枚の絵のようなものだった。

 私はただ自分にとって“美しい”ものを愛し、私の求める“美しい絵”が偶々人類のハッピーエンドであったのだ。私が好いていたのは人間の遺す結果であり、その好みとしてハッピーエンドになるよう人間に肩入れしていたに過ぎない。それを作り出す人間そのものには全く感情移入できず、本質的には愛してなどいなかった。

 そんな私が、愛多き『花の魔術師』などと呼ばれたのは良い皮肉だと思う。自分自身それを酷いことだとは理解していたが、それこそが夢魔の性質であるため変えることも出来ない。

 それどころか理解していてもそこに罪の意識など持ってはいなかった。私は人間に手を貸し、王を作るだけ。それによって国がどうなろうと私に責任感はないし、何の罪悪感も感じていなかった。とある兄妹の別れの言葉と、悲しい咆哮を聞くまでは。

 

 思えば私は人間というものを心底侮り切っていた。あの二人を見て、私はそう思い知らされた。

 統治が続けばこの女の子もその内きっと後悔する。その時にでも手を引いてやれば良い。

 苦難の日々を過ごせばこの男もその内きっとついて来れなくなる。その時にでも諦めるように言ってやれば良い。

 そんな自分の思い上がりに恥じ入り、何とか手を打てないか模索した時には全てが最早手遅れだった。

 少女は最期まで理想を貫き、男はそんな少女の為に命の限り奮闘した。

 他人の幸せの為に生きた少女と、家族を思う小さな男の決意と意地。私と先王ウーサー、その忠臣であるエクターが求めていたものと、彼女達が求めていたものは決定的に違っていた。

 元より愛が分からない私に“国”ではなく“人”を愛した彼女と、周囲の思惑など関係無く妹への愛情故に折れる事なく闘い続けた二人の事など、到底理解出来る筈もなかったのだ。

 

 二人が初めてぶつかり合ったあの日も、私は一枚の絵を描く画家のような気分で、目の前で繰り広げられる闘いを眺めていた。二人の心中を分かった気になって、まるでそれを微笑ましい何かのように考えていたのである。

 妹に剣を突き付ける兄は果たしてどのような心境だったのか。今となって漸く彼の痛みが分かるような気がする。

 妹の邪魔などしたくはない。剣を向けるなど以ての外だろうに、身を切る思いで彼は自身の決意を力でぶつける事を選び、妹は兄の思いを真っ向から受け止めた。

 

 

 

 互いに剣を抜き、構えた二人。先に仕掛けたのは兄だった。

 大地が軋むような深い踏み込みと共に妹よりも一回り以上も大きな体が勢い良く前へと押し出される。

 その突進たるや常人ならば巨大な壁が迫って来る錯覚を覚える程。先手を取った兄に妹は僅かばかり驚いた。何せ彼は見た目によらず守りの姿勢で立ち回る騎士であったからだ。

 只管に受け、躱し、隙を伺う。そして僅かでも付け入る隙を見つけた瞬間、そこに有りっ丈の力を込めた一撃を滑り込ませる。そのような慎重且つ大胆な戦い方こそが彼の得意とするものなのだ。

 それと比べれば今の戦い方は一見普段の繊細さを欠くように思える。しかし冷静さを失ってはいない。

 膂力で劣る妹は兄との鍛錬で身に着けた自分より力の強い相手との戦い方、つまり受け流す技術をふんだんに発揮して初撃を凌ごうとするが、兄の振るった剣が選定の剣と打ち合った瞬間、それを持つ妹は剣から伝わる力を逃す間もなく背後へと押し出された。

 予想外の力に晒されたことで手は痺れ、膝が折れそうになる。ただ一撃で彼女は理解した。これが兄の思いの重さなのだと。

 自分の行いが間違いであることを承知した上で止めようという彼の覚悟の表れ。受け流す事など出来よう筈もない。兄の思いを受け止める気になっておきながら逃げに走った自分を恥じた妹は力強く大地を踏み締めて身構えた。

 それを油断なく見る兄は剣を高く構え、いつでも振り下ろせる姿勢を取る。最早守りに入る様子など一切無い。只管に自分の思いを剣に乗せてぶつけるつもりなのだ。

 ならば自分も真正面から覚悟を決めて立ち向かわなければならない。そう決意を固める彼女の心臓が力強く脈動する。

 私はその気配を感じ取り、彼女が生まれながらに有している竜の因子が強く息づき始めたことを確信した。この時点で私の中で兄の勝ちの目は潰えており、決闘に於ける目的は果たされたも同然であった。

 事実、真っ向からぶつかった二人の内、今度は兄の方が先程の妹よりも激しい勢いで吹き飛ばされた。

 明らかに力で劣る筈の自分が力で兄を圧倒したことに妹は驚愕し、信じられないほどの力を発揮した自身の手を唖然と見る。

 魔術についての感覚や知識が無い彼女には分からないだろうが、今彼女の身体からは微かな風のように揺らぐ魔力が湧き出している。

 呼吸をするだけで生み出される膨大な魔力、それが彼女の身体から噴射されることで膂力を上乗せしているのだ。例え体格に優れた兄であろうとも、ただの人間に太刀打ち出来るものではない。

 真っ向からそれに晒された彼は地面を二転三転して土に塗れながらも立ち上がる。しかし既にまともに戦えるような状態には見えなかった。それだけに妹が先の一瞬で発揮した力は大きかったのだろう。

 荒い呼吸をする兄を妹は戸惑いの目で見る。果たしてこのまま打ち合うべきなのか、自分が得体の知れない力を発揮したことはもう理解した。唯の人間として向かい合った兄に、この力で立ち向かうのは卑怯なのではないか。

 そんな躊躇を兄は不敵な顔で笑い飛ばした。

 

 

「何だ?もう勝ったつもりでいるのか。

ならそのまま馬鹿面晒してろ。両手足圧し折ってこんなクソッタレの島からとっとと連れ出してやるからよぉ」

 

 

 痛みや身体に掛かった負担など感じさせず、兄は再び突進する。未だに躊躇いを捨て切れないまま妹が迎え撃つ。彼女の意思に関係無く身体からは魔力が放たれ、矢弓のような速度で彼女の身体を加速させる。

 そして三度目の激突、やはり弾き飛ばされたのは兄だった。

 先程よりも更に勢いよく吹き飛ばされた兄はすぐさま立ち上がって走り出す。再び妹が迎え撃ち、そして兄が弾き飛ばされる。

 二度、三度、四度と同じことが繰り返され、しかし五度目になっても兄は諦めなかった。雄叫びを挙げて傷一つ無い妹に向かっていく。

 

 

「まだっ……まだまだ…!まだだぁ!!」

 

「兄さん……っ」

 

 

 妹は悲痛な表情で迎え撃つ。このままでは兄は死ぬまで諦めない。それだけの覚悟で彼は立ち向かってくるのだ。例え通じないとしても愛する妹に剣を振るうなど自分の身を裂かれるよりも辛いだろうに、心身共に苦痛に苛まれてもまだ止まらない。

 終わらせる為には完全に兄を沈める他無い。妹が身体に力を籠めると、竜の因子が彼女の意思に応えるように魔力を放つ。

 兄よりも遥かに早く、力強く踏み込む妹。振り下ろした選定の剣は数度の打ち合いで所々が欠けた兄の剣とぶつかった。

 剣ごと砕かれてしまいそうな兄の身体が残る力を全て込めて打ち込む。その時、妹も私も兄がとうとう地に沈む光景を幻視した。しかしどういう訳か吹き飛ばされたのは妹の方だったのだ。

 力の差は歴然だった。最早彼に膨大な魔力が乗せられた一撃を押し返すどころか受け切る力すら残されてはいなかった。

 彼が何らかの魔術を使ったのでもなく、眠れる資質が目覚めたのでもなく、ただの膂力で彼は妹を弾き返したのである。その膂力で上回られているというのに何故そんな事が出来るのか、理解出来ない事が起きていた。

 きっとそれが分からない辺りが私の限界だったのだろう。私にも彼女にも無い彼の最大の力が発揮された事が分からない。彼自身の言葉を借りれば『火事場の馬鹿力』と言う奴か。彼は最早常識の外にある力に突き動かされるまま竜の因子の力に支えられた妹と拮抗していた。

 身体に掛かる負荷を顧みず、追撃を加える彼を妹が咄嗟の反撃で弾く。攻撃を凌がれて仰け反った彼へ彼女の一閃が走り、受け止めた彼の身体が宙に投げ出された。しかしそのまま無様に地面に叩きつけられることなく体制を入れ替えて着地し、再び突進。

 身体からぶつかる勢いで切り掛かり、一撃目の右斜めから振り下ろした一撃で守りを崩し、振り抜いた後の右肩を突き出した姿勢のまま更に踏み込む。

 既に距離など在って無いような距離にいた彼はそのまま肩から妹に激突し、同等の力で体格差のある相手に叩きつけられた妹が背中から地面に倒されそうになる。

 負けじと魔力を背後へ放出し、兄を押し返そうとして勢いあまり自分を見下ろす姿勢になっている兄の額に向かって頭から突っ込んだ。

 人の頭蓋が衝突し合う鈍い音を立てて兄が仰向けに倒れ、無理な体勢で飛び込んだ彼女自身も兄の上に圧し掛かる形で倒れ込む。

 偶然にも上を取る形になった妹がすかさず剣を突きつけようとした直前に兄の放った掌打で顎を打ち抜かれ一瞬前後の感覚を失い。正気に戻る合間に投げ飛ばされた。

 二人とも地面に転がり、荒い呼吸をしながらもやはり立ち上がる。妹の方も泥に塗れたままに剣を構え直し、先に体勢を整えた兄の渾身の振り下ろしを受け止める。

 そして妹が反撃し、兄が受け止め再び反撃。

 力で押し切られる。

 追撃を蹴りで体勢を潰される。

 突きが迫る。

 避ける。

 反撃。

防ぎ。

鍔迫り合い。

ひたすら打ち込む。

打つ。

 斬る。

 倒す。

 

 夕焼けに照らされた草原は吹き荒れる魔力の風と荒れ狂うように切り結んだ二人によって所々が抉れ、土肌が剥き出しになっていた。

 まるで魔物の大群が暴れた跡のような惨状は、驚くべきことに未だ未熟な騎士達によって形作られたものだ。彼女がこれ程の力を発揮することも、彼がここまで粘るのも想定外。既に私の予想の範疇など超えて何合にも渡り剣を交えた二人の決闘は、余りにも呆気ない形で決着を見た。

 振るう者と同様、絶望的なまでの力の差があった何の変哲もない直剣が、選定の剣とのぶつかり合いで砕け折れた。

 寧ろ何故これまで持ち堪えられていたのか、選定の剣を振るう側の技量不足も理由としては無くはないが、それでも先程のような激しい打ち合いに耐えられるものなのか。無残な残骸に成り果てた今となっては最早確かめようもない。

 唯一の武器を失い、叩きつけられる魔力の奔流を受け止める物が無くなった兄が大地に転がり、また立ち上がろうとして身を捩るが彼の身体は既に彼の意思に従うことは出来なかった。

 何度試みても身体が少し撥ねるだけ、全力を尽くして寝返りをうち、仰向けの体勢になるのが精いっぱいだった。初めに妹の魔力を込めた一撃を受けた時点で悲鳴を上げていた身体はとうの昔に限界を超えていた。

 見上げる空には雲すらない。それを遮って倒れた兄の傍らに立つ妹の表情にもまた、一片の曇りも無かった。動揺も無ければ苦痛も感じさせない。勝者としての威厳を知らしめるように、傷まみれになった足でしっかりとそこに立っていた。

 

 

「私の勝ちです。兄さん」

 

「そう…だな……俺…の、負け……だな」

 

「私は王になります。ブリテンの全ての人々を救う王に」

 

「そうか……そう…か………」

 

 

 それ以上は彼も語らなかった。言葉で理解させることは出来なかったからこそ力に訴えたのだ、最早口で言って聞かせることに意味は無い。結局力でも妹を止めることは出来なかったのだ。これ以上邪魔はすまい。

 彼は自身の生涯で最も負けてはならない戦いに敗れてしまった。妹が王となる未来は防げない。彼女は破滅の未来に向けて苦難の道を進み続ける事だろう。

 果たして彼の無力感たるや如何程のものだったのか。涙すら見せず、嗚咽すら洩らさずに虚ろな目で空を見上げる彼は、ひたすらに自身の無力を恨むことしか出来なかった。

 

 

 

 愛深き故に妹を王の運命から遠ざけ、阻んだ彼。

 妹を愛するほどに彼は自身の無力さに打ちひしがれ、それでも諦められずに立ち上がった。彼女を支えられるように、守れるようにと、ひたすらに力と知識を得るべく走り回った。

 思えばそれこそが普通の人間である彼の唯一の異常だったのかもしれない。彼は愛する者、特に妹に関することで諦めという選択肢を持たない男だった。

 自分よりも他人が大切などとは露ほども思ってはいない。しかし愛する者が苦しむのを彼は我が事のように嫌った。まるで自分が痛みを感じるように他人の苦しみを思い、何とかそれを止めようと奔走する。それが彼なりの愛情だった。

 或いはその一片でも理解出来たのであれば、彼等が辿る結末も変えられたのかもしれない。

 今の私には、妖精郷に聳える牢獄の中で、自分の過ちと向き合う事しか出来なかった。

 




ケイ兄さんは『火事場力:A』を習得した(嘘)

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