あ、デレステはしっかりと莉嘉をゲットしましたよ。
「~~~♪」
ボイスレッスンを受けている楓の様子をレッスンルームの扉の近くで見ていると、隣に麗さんと聖さんが並んだ。
「お疲れ様です、麗さん」
「そういうお前もな。そろそろ忙しくなってくる頃じゃないか?」
「ええ、大変です。どうですか、楓の調子は」
そう言うと、麗さんも楓を見て
「至って順調だよ。こう言うと語弊があるかもしれんが、普段以上にやる気がある。気慣れたプロダクションのメンバーではなく、別のプロダクション。その上一緒に歌うのは如月千早だ」
「そうですね」
「確かこの前、あちらに出向いて話もしたんだろ?」
「はい、気が合うみたいで話も弾んでいました」
「それもあるんだろうな。普段とは違う環境にワクワクしているといった感じか」
「昔からあいつはそんな感じでしたよ」
良くある、『遠足が楽しみで前日寝れない子』に近い。
「やる気があるなら、止めはしないさ」
聖さんも笑いながら、
「高垣がオーバーワークになるとは思っていないしな。とことん付き合わせてもらう」
「ありがとうございます。明ちゃんにも、よろしく伝えておいてください」
「ああ、分かったよ」
それじゃあ……と、仕事に戻ろうとした所で、大事なことを思い出した。
「おっと、忘れる所だった。昨日はいなかったので一日遅れですけど、聖さんお誕生日おめでとうございます。これ、誕生日プレゼントです」
聖さんは驚いた顔をした後に、呆れたような顔になる。
「まったく……キミも律儀だな。アイドルだけでなく私の誕生日まで覚えているとは。だが、素直に嬉しいよ。プレゼント、ありがたく受け取らせてもらう」
「いえいえ。いつもお世話になってますから。楓のこと、よろしくお願いします。それでは、今度こそ失礼しますね」
「あっ、プロデューサーさん」
「おはようございます。緒方さんだけですか?」
「えっと……そう、みたいです」
駿輔がプロジェクトルームに入ると、そこには智絵里しかいなかった。
「そうですか……となると、みなさんが集まるまでは結構時間がかかりそうですね」
「ですね……」
会話終了。仕方ないことだ。アイドル相手には、改善されてきたとはいえ基本的に口数が少ない俊輔と、人見知りである智絵里しかこの場にいないとなると、会話が続かない。未央がここにいたならば、会話が弾んでいたかもしれないが。
「あの、プロデューサーさん!」
だが、今回は珍しく智絵里が勇気を出した。駿輔は突然呼ばれたことに驚きながら返事を返す。
「なんでしょう?」
「えっと、その……お話、しませんか?」
「話……ですか?」
「はい。ボーッと待つのも何ですし……プロデューサーさんと2人きりで話せるのも滅多にないですから……」
そういえばと駿輔は思った。彼女と接する時は基本的にキャンディアイランドの2人、杏かかな子のどちらかがいることが多い。2人で話したのはあの時くらいだ。
「そうですね。お話しましょうか」
「はいっ!」
「緒方さん、あのユニットの調子はいかがですか。私はもう1つのユニットの担当ですので」
「プロデューサーさんは卯月ちゃんたちの方でしたよね。私たちは……あっ、この前川島さんと加蓮ちゃんとご飯を食べましたよ」
「あのお2人とですか? 随分と珍しい組み合わせですが」
「レッスン終わりからの流れでそうなったんです。前のLove∞Destinyを歌った時の『Masque:Rade』での話をしたり、川島さんからサマカニ!!を歌った時の『サマプリ!!』が大変だったっていうのを聞いたりして……」
「随分と……盛り上がられたようですね」
「はいっ」
智絵里の話を聴きながら、駿輔は彼女の成長に喜んでいた。
シンデレラプロジェクトが始まり、キャンディアイランドを結成した時。美城常務からプロジェクトの解体を申し渡され、挽回のために奮闘していた際のインタビュー。そして、『シンデレラの舞踏会』の成功。その成長の証を、聴いているのだ。
「緒方さんは、変わられましたね」
「そうですね。川島さんにも言われたんですけど、前までの私だったら加蓮ちゃんとご飯食べに行くなんて絶対に有り得ませんでした」
「目を合わせることもなさそうですね」
「えへへ……同じことを加蓮ちゃんにも言われました」
「それに、よく笑顔になるようになりました」
「余裕……っていうのはちょっと違うかもしれないですけど、意識して笑えるようになりました」
駿輔の目から見ても、智絵里の笑顔は前までのものよりも柔らかく自然なものになったように思える。
「色々なユニットを経験したこともそうですけど……やっぱり一番はプロデューサーさんのおかげだと思います」
「私の……ですか?」
「はいっ」
駿輔は大きく目を見開いた。
「私は何もしていませんが……」
「いえ……臆病で人見知りだった私をアイドルにしてくれて……アイドルになってからもずっと弱かった私を支えてくれたのはプロデューサーさんですから!」
彼女の言葉で思い出されるのはあの光景。きっと自分はあの時のことを一生涯忘れることが出来ないのだろうと、駿輔は確信していた。
離れていった彼女たちの3つの手。掴むことが出来ず虚空で彷徨う自分の手。離れてしまいそうだった自分をしっかりと掴んでくれていた2人の手。
いっそのこと罵倒してくれれば良かった。あぁ、自分が悪いのだ。そう思わせてくれれば良かったのに。彼女達は決して自分を責めなかった。
『ごめん、ごめんねプロデューサー』
『プロデューサーがこんなに頑張ってくれてるのに、私出来る気がしないの……』
『プロデューサー、武内さん。最後のお願い。私たちのことは引きずらないで。私たちの思いは断ち切って。その思いは……あの子たちに、楓や美穂たちにあげて』
『私たち……もう、プロデューサーのアイドル……じゃ、なくなっちゃう、からぁ』
『私がなりきれなかった……アイドルにぃ、して、あげて……』
『プロデューサーは、間違って無いから。私たちが、弱かっただけ、だから』
ありがとうございました、プロデューサーさん。私たちにアイドルの夢を見せてくれて。そうやって泣きながら。震えた声で。頬に濡れていない場所なんて何処にも無くて。それでも彼女たちは怒るでもなく、呆れるでもなく、自分に感謝の言葉を伝えたのだ。
「忘れられるわけがない……」
「えっ……」
その思いは口から漏れ出していた。自分の言葉を聞いてから急に黙りこくり、突然独り言を漏らせば驚きもするものだ。
「アイドルの夢を見せてくれてってなんだよ……。夢は叶えるものだろう……それを叶えてやれるのが俺たちじゃないのかよ……」
「あっ」
その言葉に、智絵里は思い出した。
何時だったか今西部長が語ってくれたことがある。……そうだ。未央がアイドルを辞めると言った時。プロデューサー……駿輔ではなく、もう1人。遼哉の態度に不満を持っていた時に見かねた今西部長とちひろさんが教えてくれたんだった。
口から出ているのに気づいていないのか、今のアイドルと接する時の敬語ではなく、昔、アイドルと接していた際の彼本来の言葉で話していた。
「結局断ち切れなかった。未だに忘れられない。だからこそ、彼女の発言に俺は咄嗟に動けなくなった。目が……声の悲痛さが、一緒、だった」
「あれから……上手くやれたかな。俺は彼女達を、アイドルにすることが出来たかな」
「シンデレラプロジェクトは守ることは出来た。けど、ちゃんとアイドルに出来ただろうか。俺の思いを込められただろうか」
「ちゃんと伝わってますよ」
大きいはずなのに、小さく見えるその身体を智絵里はギュッと胸に抱き締めた。
「緒方……さん?」
「声に出てましたよ」
「えっ……」
「私たち、みんなプロデューサーさんに感謝してます。私たちはちゃんとプロデューサーさんのおかげでアイドルになれました。だから、そんなに自分を責めないでください」
「緒方さん……それでも私は……」
「武内さn……駿輔、さん。駿輔さんがシンデレラプロジェクトの解散を止めようとしたのは、義務感とか罪悪感からですか?」
身体を離して、真っ直ぐと目を見つめる智絵里に同じようにしっかりと見つめ返して返事をする。
「いいえ。あれは私自身の気持ちからです」
「じゃあ、それでいいと思います」
智絵里はにっこりと笑った。
「完全に忘れられなくても、駿輔さんは乗り越えられてると思います。私は言葉足らずだから……伝わらないかもですけど……」
「いえ……大丈夫です。緒方さん、ここからはプロデューサーとアイドルではなく、個人として聴いてもらえませんか」
「は、はい。私は気づいたらそっちで呼んでましたけど……分かりました」
お互い、ソファに座り直した。語り始めた言葉は敬語ではない砕けたもの。
「昔……それこそ、美穂や茜を担当してた時は今みたいに普通に接してた。それは知ってるよな」
「はい。でも、」
「ある時……彼女達が辞めてからは、アイドルと距離を置くようになった」
「なんでですか?」
「なんでだろうな……どれだけ熱意があってもダメな時はダメ。そして傷つくのはアイドルと自分だけ。それなら、事務的になれば必要以上に傷つくことはない。そう、考えたのかもしれない」
駿輔はそう言いながら、遠い目をした。
「でも……駿輔、さんは、色々あ表情を見せてくれるようになりました。最初は怖かったですけど、私がアーニャちゃんやかな子ちゃんとケーキを食べた時に笑顔を見せてくれたり」
「それは間違いなくみんなのおかげだよ」
「私たちのおかげ……ですか?」
「ああ」
そう答えた彼の目は輝いていた。
「確かに色々なことがあった。でも、それと一緒に俺も何か大事な物を取り戻していった気がする。敬語は慣れすぎてなかなか抜けないけどな」
「そうですか? でも、私とは砕けた口調で話してくれますよね?」
「ん~……前にも言ったけど、智絵里って遼哉と同じ雰囲気なんだよ。いや、一番安心出来るのは智絵里かもしれない」
「そうなんですか? それなら、嬉しいですっ」
駿輔は智絵里のその本当に嬉しそうな笑顔に少しドキッとしてしまった。
アイドルの笑顔を大切にするプロデュースを心掛けてきた駿輔だが、智絵里のその笑顔は今まで見たことの無いものだった。今日だけで智絵里の様々な1面を目にした駿輔。彼の中で、緒方智絵里という女性の認識が変わっていった。
しかしそれは、彼だけに限った話ではない。駿輔が智絵里の新しい1面を見たように、智絵里も駿輔の新しい1面を見ているのだ。
(今日のプロデューサーさん、なんだかすごく可愛い。思わず、駿輔さんなんて呼んじゃった……恥ずかしい)
智絵里にとってのプロデューサーという人は、最初こそ見た目のインパクトで怖がっていたが、時間が経つにつれてとても頼れる大人の人というイメージだった。
しかし、本来のプロデューサー……武内駿輔という人はとても弱く繊細な人物だ。
「なんだか私たちって、似たものどうしですね」
「ははっ、確かにな」
智絵里はそこに親近感を覚えた。そして、今まで無かった感情も芽生え始めていた。
2人きりの時間。休日に出会った時、今こうしてみんなを待つ合間の会話。このたったの2回。時間を合わせても、レッスン1回分になるかならないかの短い時間。この短い時間で、2人の関係は自分でも気付かないほどに変化していた。
「私たち、前より仲良く、なれた気がしますね」
「そうだな」
笑い合う。そこからは、名前で呼ぶきっかけにもなったゲームの話をしたり、アイドルたちの面白い話を聴いたりしていた。
ガチャリとプロジェクトルームの扉を開く音が聞こえた。
「今日はここまでだな」
「そうですね。またお話しましょうね、駿輔さん」
「ああ」
「おはようございま~す!」
「おはよう、プロデューサー」
「おっはよー、ちえりん!」
「みんな、おはようございます」
「おはようございます」
「ん?」
「あれ?」
揃って返事を返した2人に、凛と卯月が何か違和感を感じる。
「2人で座ってるけど、どうしたの?」
「私とsy……プロデューサーさんしかいなかったので、色々とお話してたんです」
「そうなんですか?」
「はい。近況などを教えていただきました」
「ふーん。そっか」
何か違和感を感じるものの、それに2人は気づかなかった。
「他のみなさんももうすぐ来られるでしょうか」
「うん、そうだと思うよ。らんらんからも連絡あったし」
「そうですか。それでは、資料などを用意してきます。緒方さん、ありがとうございました」
「いえ、私こそ……」
プロジェクトルームにあるプロデューサーの部屋に入る際に駿輔と智絵里はアイコンタクトを交わしていた。
「また今度」
それに気づいたのは、未央だけで他の2人は違和感の正体に首を捻っていた。
「ねね、ちえりん。本当は何話してたの?」
「えっ? 近況……今回のイベントのこととかかな。特別なことは何もないよ?」
「……そっか」
「うん」
それだけ訊くと、未央は智絵里から離れた。その後にホッとため息をついた智絵里を横目で見ながら未央は確信していた。
(怪しい……絶対に何かあったはず……)
少しだけ核心に近づいていた。
緒方智絵里参戦!(スマブラ風)
ヒロインになりつつある大天使チエリエル。今回の話は、確実にデレステ1周年イベントのコミュに影響されてますね。
さて、今回のタイトルは伝わったでしょうか。
ガラスの靴のサイズが合った楓や智絵里たちはアイドルになることが出来た。ならば、辞めていった彼女達にはサイズが合わなかったんだろう。そういう考えで生まれたタイトルです。タイトルを考えるのが毎回大変で……
ところで、どうでもいい情報ですが、俺はデレマスにおいて「かめれおん」さんを勝手に師匠として仰いでいます。バネPが武内Pの先輩という設定などはかめれおんさんのマンガから連想してます。
俺は読めていませんが、美城常務の過去妄想話があるそうですね。そこから連想したのが、卯月はとあるアイドルに憧れてアイドルを目指す。で、そのアイドルが昔の美城常務だったら……と。多分これは『2人の魔法使い』で使うと思います。
かめれおんさんを知らない方は、pixivなどでぜひとも検索してみてください。素晴らしい方なので。あっ、決してパクってるとかそういうんじゃないですからね。てか、パクってるんだったら黙ってるしね。
次回は、彰でしょうか。まだ分かりません。でもとりあえず、誕生日を一刻も早く完成させようと思います。
それではまた。