カタカタとキーボードを叩きながら横のスケジュールに目を遣る。それを見て、1度キーボードを叩く手を止めてから今日の予定を組み立てる。
「22時くらいかな……」
一つ呟いてスケジュールに22時と書き加えてからまたキーボードを叩く。今日中にこの案件は片付けておかなければ……
ドアを開けて入ってきたのはちひろだ。
「資料をお持ちしましたよ」
「ありがとう、そこに置いといてくれ」
「ここですね」
資料を置いてから、隣に立つ。
「進捗はどうですか?」
「うーん、今やってるコレは今日中に片付く。というか、片付ける。そこら辺を加味しても、765との合同イベントの時よりは順調だな。まあ、あの時は単にやることが多かったってだけだが」
「それは良かったです。今日は早めに帰られるんですか?」
「ああ、仕事が片付き次第帰りたいとは思ってる。武内にもそう伝えておいてくれるか、千か……武内」
「…………」
「…………」
訪れる沈黙。そして同時に吹き出す。
「ややこしいからちひろでいいか?」
「大丈夫ですよ。実は私もまだ武内って呼ばれるのに慣れてなくて……。武内って呼ばれて、周りを見てから『あっ、私のことか』って」
苦笑いながらもちひろは嬉しそうに語る。
「念願叶ったんだから早く慣れろよ……。ウチは順応早かったぞ?」
「そっちの方が特殊なんですよ! それで、彼女はもう大丈夫なんですか?」
「ああ、もう安定期に入ってる。ただ、家に1人でいるっていうのは少し寂しいらしい。最近よく言われる」
「そうですか……」
「で、そっちは何時になったら祝えばいいんだ?」
一瞬ポカンとしたが、次にはちひろの顔がボッと真っ赤に染まった。
「ちょっ、いくらなんでもセクハラになりますよ! ハァ、まだです。私も欲しいとは思いますけど、お互い忙しくて」
「だろうなぁ……。武内、駿輔の奴4期目のCPも軌道に乗ってきたのに加えて、NGのツアーライブの総責任者になっちまったから多忙この上ないし」
「ですねぇ……専務も心配してました」
「専務がどっちかに代理を立てるか聞いたら断ったらしいな。『どちらも私がやるべき仕事ですから』ってよ」
「それ、私も聞きましたよ。律儀というかなんというか……」
「堅物だな」
「堅物ですね」
2人揃ってため息をつく。時計を確認してみれば、そろそろ現場に向かう準備をする頃合いだ。
「時間だわ、現場行ってくる」
「そうですか、頑張ってくださいね!」
「そっちも
「………………まあ、はい」
なんとも形容し難い顔をしているちひろにアドバイスをしておく。
「どうしてもってんなら、押し倒すのが一番手っ取り早いぞ」
「お、おしたおっ!?」
「ちなみに俺はあいつに押し倒されたのがきっかけだった」
「うそっ……見た目によらず大胆ですねぇ」
「あいつは昔から強かだったよ。じゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」
送り出してくれたちひろの左手の薬指には、指輪が輝いていた。
「遼哉さん」
「やあ、待たせたか橘」
「ありすでいいって言ってるじゃないですか。まだお仕事モードじゃないんですから」
「からかってるんだよ、ありす」
「知ってます。もう慣れましたから」
「成長したのは身長だけじゃないってか」
ポンポンと、髪が崩れないように頭を叩く。ありすもそれが分かっているから大人しくしている。
「私、もう15なんですけど……」
子供扱いには大変不満そうではあるが。
「子供扱いするなって言われても、自分と一回り違うとなぁ……」
「そういえば一回りも違うんですよね。確かにそれだけ離れていたら無理がありますね……。結局は中学3年ですし」
「考え方が大人になったな、ありすは」
「昔みたいに無駄に背伸びするのは辞めにしたんです。お手本になる人が自分の周りにはたくさんいるってことに気が付きましたから」
停めてある車に乗り、現場に向かう車中で話す。
クローネに招集されてからもう3年が経っている。ありすは見た目も心もしっかりと成長しているようだ。
ありすは気づいていないだろうが、彼女は既に大人の女性の雰囲気を持ち始めている。みりあや他のジュニアアイドルとは違った成長だ。桃華が同じだろうか。
美しい長く艶やかな黒髪に、子供らしさを残した端正な容姿。今のありすなら、文香と並べば本当に姉妹に見えるだろう。喜ぶだろうから本人には言わないけど。
「周子やフレデリカとかか?」
「あの2人も……確かにお手本になりますけど」
笑いながら聞いてみれば、苦い顔をしながらも肯定した。
「あいつらは元々大人だよ。だからあそこまで子供っぽく振る舞える」
「そうですね……悔しいですけど。頭も回りますし、肝心な所ではふざけたりしませんし。私を弄ることに全力を尽くしている感じが否めませんけど」
「それは言えてる」
それから少し経ってから不意にありすが、「あっ」と声を漏らした。
「どうした?」
「いえ、そういえば遼哉さんに訊きたいことがあって」
「言ってみ?」
「あの、今日はお邪魔できないかなと……」
「あぁ、なんだそういうことか。俺達は構わんよ。逆に大丈夫なのか? 受験も近いだろ」
そう訊けば、昔と変わらない可愛らしいドヤ顔を披露しながら
「大丈夫です。あそこに行くと決めてからはコツコツと勉強してましたから。もう大丈夫だろうって、担任の先生からもお墨付きを貰ってます」
「おお、やるじゃん。ウチの高校ってそれなりなのにな」
俺たちの出身校は楓や文香など、有名なアイドルや芸能人の卒業生が多いのに加えて、進学実績も高いために競争率が高い。つまりはボーダーが高い。
「ちゃんとプレゼントもありますから、楽しみにしててくださいね」
「それを言うのは俺じゃないだろ」
「ここにはいませんから。代わりです」
「そうかい。ありすが来るのは久しぶりだから喜ぶだろうよ」
「私も楽しみです」
今から楽しみで仕方がないといった様子のありす。嬉しい時の感情がそのまま現れてるのも昔から変わっていない所の一つだ。
「遼哉さんの家って、なんか優しい雰囲気がして安心するんです。ほら、言うじゃないですか。『実家のような安心感』って。あんな感じです」
「ありすの言ってるそれはどう考えてもネット系列に聞こえるんだが。言いたいことは分かるけどさ」
駐車場に車を停める。車を降りてからメガネをかけることでプライベートなものから仕事のものに意識を切り換える。
「さて橘、この後の楽しみのためにもしっかりと決めてこい」
「勿論ですプロデューサーさん。私はまだ子供ですけど、それでもちゃんと成長しているってことをファンに見せてきます」
「その意気だ。じゃあ行こうか」
「はい!」
音楽番組の収録。ソロで堂々と歌い上げるありすを見て、ふと思った。
「子供の成長は嬉しくもあり、寂しくもあり……か」
って、ありすでそれを実感するのもどうなんだよ! とっておけよその感想は! にしてもオッサン臭くないか今の台詞……いや、でも俺ももう28だしなぁ……いやいやいや、まだ28だろ。……"まだ"だよな?
ありすの撮影も無事に終わり、会社に戻った。すると、アイドルに出会う度にほぼ確実に『おめでとう』と声をかけられプレゼントを渡される。プレゼントは、まあ……仕方がないとしても、おめでとうは電話なりなんなりで直接本人に伝えれやれよ。嬉しいんだけどさ。
多くなってしまったプレゼントを、『念のために』と用意しておいた袋に入れる。何が入っているのかが分からないために万が一壊れたりしないようにしっかりと並べて入れておいた。なかなかの重量になったその袋を持ってプロジェクトルームに向かう。
「おっも……何入ってんだよ……」
「大変そうだね」
後ろから声をかけられ、振り向いてみるとそこには
「今西部長、それに美城専務も。お疲れ様です」
「お疲れ様」
「ああ、お疲れ様。それは彼女へのプレゼントか?」
今西部長に美城専務、ウチのアイドル部門のトップ2がいた。
「ええ、優しい子達ばかりで。嬉しい悲鳴ってヤツですかね」
「みたいだね。それで、今日君はどうするんだい?」
「どうするって……あぁ、申し訳ないですけど仕事が終わり次第帰ろうかと」
「どれくらいだ?」
「そうですね。確か……予定では22時くらいですね」
スケジュールを確認して答えれば、2人は顔を見合わせて呆れたように頷く。なんだなんだ、何の頷きだ。
「やれやれ、やっぱり予想通りだったね」
「そうですね……浅葱」
「はい」
「今日は20時で帰るといい」
「はい?」
流石に素の声が漏れてしまった。
「安定期に入っているとはいえ、初めてのことだ。不安がっているだろう? それに」
専務は久々に見るいたずらっぽい顔で言った。
「誕生日には、何かしらのプレゼントが贈られるものだ」
「……ありがとうございます」
「気にすることはない。ではな」
「はい」
そう言うと、専務は去っていった。
「ホントに……。部長もありがとうございます」
「いいんだよ。君にも彼にも負担をかけっぱなしだからね。いくつもある借りの一つを返したに過ぎないよ」
「そんなこと言ったら俺だって部長に借りがありますよ。とりあえず今度また飲みに行きましょう。まぁ、あいつのおめでたを聞いたらですけど」
「それはいいねぇ。どっちの意味でも早めに聴けることを楽しみにしておくとしようか」
「ですね」
専務が向かった方向に同じように歩いていく今西部長に頭を下げてから、プレゼントを持ってプロジェクトルームに戻った。心なしか袋が軽く感じた。
「という訳で、早めに帰ることになった」
「え、というかいつまで仕事するつもりだったんですか」
「おぉう?」
後輩と同僚に20時に退社することを伝えたら、後輩から予想外の返答が。
「ですよね? 武内さん」
「はい。私達はてっきり18時くらいには帰るものと……」
「おい、有給全然取る気ない奴が何言ってんだ」
「だから俺達は浅葱先輩がいつ帰っても大丈夫なように仕事早めに終わらせてたんですけど」
「任せてください」
「おい、武内。自ら三重苦を負う気か。やらせんぞ」
お前、だんだんヤケになってないか?
「でも、ありがとう。纏、帰る時に終わってない案件があったら頼んでいいか?」
「任せてください!」
「あんまり無駄な負担は今のお前にかけたくはないんだが……武内、サポートしてやってくれ」
「サポートぐらいなら今更負担にはなりませんよ。それに、長谷川くんなら大丈夫ですよ」
「お前のスカウトした逸材だもんな」
「ちょっ、恥ずかしいからやめてくださいよ!」
さて、残り時間で出来るところまで終わらせるとしようか。
「ありす!」
「え、あれ、遼哉さん?」
「良かった、まだ帰ってなかったか」
「はい、自主練習を。そういう遼哉さんは、お仕事どうしたんですか?」
「専務が早めに返してくれてな。乗れよ、ウチ来るんだろ?」
「はい、じゃあ失礼しますね」
仕事の現場に向かった時のものではなく、完全に自分のプライベートな車にありすを乗せて自宅に向かう。
なんか、中学生を乗せて自宅に向かうってなんか……
「犯罪臭がしないか?」
「既婚者が何言ってるんですか……。言いたいことは分かりますけど」
「だろ?」
そんなくだらない話をしながら車を走らせているうちに、あっという間に家に着いてしまった。話し相手がいるのもあるが、思ったよりも家族が恋しかったみたいだ。
「ん?」
「どうかしましたか?」
「いや、ドアが開いてんだよ」
扉を開けてみれば玄関には見慣れない靴が。
「まさか……」
「遼哉さん……?」
この独特の匂いと、微かにする物音……! 不審がるありすを置き去りにして家に入り、バッとリビングの扉を開ける。そこには……
「なんでお前がいるんだよ楓……」
「あら、おかえりなさい遼哉」
今日は完全にオフだった楓がそこにいた。
「あれ、楓さん?」
「ありすちゃん、こんばんは」
「こんばんは……」
「ふふふ……」
「おっと……騒がしくしてごめんな」
「いえ、最近はこういうことはありませんでしたから……」
「ただいま、文香」
「おかえりなさい、あなた」
楓の隣には妻である文香が座っていた。大きく膨らんだお腹を撫でながら。
「で、楓はどうして家に?」
「サプライズです♪文香ちゃんも誕生日なのに1人で
「そのためにわざわざこの日にオフ取ったのかよ……」
「ふふふ……ビックリしました?」
「ああ、思惑通りにな」
台所を覗いてみれば、夕飯の準備がされている。
「飯まで作ったのか……悪いな」
「いいんですよ。私が好きでやってるんですから。ありすちゃんも一緒に食べましょう?」
「いいんですか?」
隣で文香のお腹に耳を当てていたありすが恐る恐る聴く。
「賑やかな方がいい。な、文香?」
「はい。ありすちゃんとも、久々にお話がしたいですし」
「じゃあ、お邪魔しますね」
楓と並びながら夕食の準備をする。俺が楓を選んでいたら、これが毎日のことになっていたかもしれない。ありすには文香の話し相手になってもらっている。
「ありがとう楓」
「急にどうしたの?」
「いや、俺が仕事の間に文香といてくれて」
「私が勝手にやったことよ」
「それでもだよ。……疎遠になってくれなかったのもな」
「……そう」
もう、終わった話だが。
夕食を食べ終えた後で、みんなからもらったプレゼントを4人で見てみた。様々なハプニングや驚きがあったが、流石に割愛だ。
一つだけ言わせて貰えば、ゆっこェ……あとファッ○ューユッキ。
少しだけ2人きりにさせて貰った。本当にあの2人は空気を読むのが上手くて助かる。
「誕生日おめでとう、文香。……やっと言えた」
「ふふ、そうですね」
「ごめんな、大変な時期なのに。誕生日すら一緒にいられなくて」
「あなたがそういう人なのは分かってますから。頼まれたら結局断れないんですから」
2人で笑う。
「遅れたけどこれ、俺からのプレゼント」
「ネックレス……ですか?」
「俺たちのイニシャルを入れてある」
ネックレスの裏面には、R、H。そしてその下にはKが。
「あと、少しだな」
「はい」
「琴葉……俺達は待ってるよ」
俺達の……大事な大事な娘。その生命を文香から感じながら、俺は文香を抱きしめた。
間に合ったぁ!(怒濤の一分前)
文香だけは間に合わせようと死ぬ気で書きました。最初はこんなに話が伸びるとは思わなかった……
娘の琴葉は言の葉からです。前書きでも言いましたが、あくまでもifストーリーです。本編が文香ルートでは確定した訳ではありませんので勘違いはしないでください。
ここまで書けたらスランプも抜け出せるやろ……最後に、ふみふみ誕生日おめでとう!