火を継ぐ者   作:鳩とカスタードプリン

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火を継ぐ者

 手向けのような火の粉が、騎士の周囲を舞い踊る。
 小さな焔の先端が銀の籠手に触れる。途端に明るく燃え上がり、瞬く間に肘までを覆った。
 騎士は何も言わず、ただ緩やかにその手を空へ掲げる。
 すべては終わった。
 自分は終わる。
 そうして残るものたちのことを、ただ騎士は懐かしむだけだ。


 最初の火を失い、急速に冷えていく世界。
 その昔、いにしえの竜は不死として恐れられていたと言う。
 だが古竜は打ち倒され、火の時代が訪れた。
 だから、このリングは呪いなのだろう。再び古竜の時代がやってくることの証。
 不死たちが世界に溢れ、火は完全に消え、寄る辺のない闇の世界が顔を出す。
 故郷を失った不死は小さな篝火を宿とし、その運命に立ち向かうことになったのだ。
 だが――騎士にとっては、世界の命運などどうでも良かった。蛇の計略も、世界の存続も心に響かない。元より故郷を追い出され、幾年経ったかも忘れるほど生きながらえた身。偶然か幸運か、奇妙な縁が重なって得られた機会により不死院を抜け出したが、救世の使命に燃えたことはなかった。
 どれほど傷付こうと死ぬことはない。汝立ち止まるべからず。歩みを止めれば、待っているのは精神の終焉だ。狂気への一線を越えるにはまだ早かった騎士は、死への恐怖から剣をふるった。その内に、同じ運命の渦中にある者と出会い、騎士は再び活力を得た。
 はじめは、名も知らぬ白教の騎士との約束に。
 次に、太陽印の奇矯な戦士の豪快な笑いに。
 そして、声の出せぬ年若い娘の哀れな姿に。
 騎士は声を思い出し、笑顔を思い出し、憐憫を思い出し、闘志を思い出す。
 王国の朽ち果てた、だが壮麗さの名残を感じる姿に感嘆し。
 支え合う美貌の姉妹に罪悪に打ちのめされ。
 古城の罠に力を試され。
 栄華を誇った都に寂寥を感じ。
 幻影の王女と守り続ける王子に哀しみを抱き。
 遺跡にてかつての王の零落にままならない生を思い。
 大樹が根をはる虚ろにて、己の矮小さを噛み締め。
 混沌の廃都で、火への畏れを覚え。
 そして、幾多の出会いに心を震わす。

 世界は拡散する。
 最初の火を失って。
 その拡散を止めるため、火にソウルを灯さねばならない。
 不安定な世界を渡れ。先を知るが良い。そうして自らの旅に生かせ。蛇はそう言って笑うのみ。

「お互い、己の使命を果たしましょう……」
 人見知りな聖女は真摯に祈りを捧げる。世間知らずの清らかな顔は、後に己の無力さを知り絶望に彩られることになる。騎士はその真摯さが好ましいと思ったが、祈りの声が止むことはなかった。

「無事でいろよ、あんた。亡者になんてなるんじゃないぜ」
 騎士に初めて呪術を教えてくれた男。その親しみと気遣いは騎士につかの間の安寧をもたらした。

「あんたまだ生きてるし、俺だって謝ってるじゃないか……」
 ずる賢く、調子の軽い男だった。本当はだいぶ殺したかったのだが、久しぶりに人の短所の最たるものを見て、なんとなく新鮮な気持ちになったものだ。

「死ぬんじゃねぇぞ……」
 随分世話になった鍛冶屋。死ぬ時もきっと金槌を持ったままだろう、鍛冶に身命を捧げた男であった。あの男は元気だろうか。

「哀れだよ、炎に向かう蛾のようだ」
 寵愛の女神に祝福されし騎士。彼が追い求めたものは果たしてなんだったのか?

「馬鹿弟子が、亡者になんかなるんじゃないぞ」
 呪術師は皆暖かな心を持つのだろうか。そう思うくらいには彼らは優しかった。つっけんどんな口調の中にも、フードから垣間見える口元にも気遣いが感じられた。炎を畏れよ、さもなくば。彼女の言葉を胸に、騎士は力に呑まれぬよう心がけた。

「ウーラシールの宵闇、参りました…」
 美しく上品な物腰、穏やかな笑顔。過去から来たという女性は、騎士に無条件の好意のむず痒さを思い出させた。あのひと時は、静謐で得難いものだっただろう。

「……すいません」
 声を出すのを嫌った灰色の聖女。彼女のためにソウルを取り戻した騎士は、聖女の悲惨な運命を思う。自分が火を継げば、彼女は人として死ねるのだろうか。



 そして。
 先程も共に戦った友を思い起こし、騎士は苦笑にも似た笑みを溢す。
「太陽は偉大だ。すばらしい父のようだ……」
 とんでもない変人だと思った。大概な奴だと思った。しかし自覚はあるようで、それが騎士に夢を追うことの熱さを思い出させた。
 旅の中で幾度も協力することになった彼と、雄大な太陽を目を細めて眺めれば、何か心が洗われるような気持ちになるものだった。
 俺も感化されたかな、と騎士はやぶさかでなさそうに微笑む。

 戦いの後、彼はどうなっただろう。
 見えない太陽を探し続け、目を曇らせているのだろうか。
 だが最後に共闘した時。言葉はかわしていないが、ある種の開き直りのようなものを彼から感じた。
 彼の歩みは止まらないだろう。直接言葉にすることはなかったが、彼はその心に既に太陽を灯していると、騎士はそう思うのだ。


 世界を照らす炎が小さな身を包む。体から、致命的な何かが燃やされていくように感じられた。
 これで世界は元通り。完全な王のソウルを捧げ、強大な力を持つ身を燃料に捧げ、騎士は薪の王グウィンの後を継ぐ。
 これ以上ない程悲惨な運命に、だが騎士は心安らかそうに笑った。
 それでも残るものはあると。
 自らが助けてきた者たち、それが作りだすこれからの世界。
 それがある限り、騎士は幾らでも笑えた。


 美しい焔が地を舐めるように広がる。最初の火の炉を炎で満たしていく。






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