旅の演者はかく語りき   作:澪加 江

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手紙

ベンベンベン。

 

広い舞台上には色とりどりの薄布が垂らされている。中央には赤地に金の模様が浮かぶ見慣れぬ服の女性。豊かな黒髪を流した後ろ姿で舞台に座る。彼女の下には草で編まれた敷物が敷かれ、すっかり異世界のような様相である。

 

ベン。ベン。べべベン。

 

リュートよりも硬質な、竪琴よりも勇ましい弦の音色。

 

――今は昔の話。

――西の果ての山の麓の鬱蒼と茂る森の中。

――28の力過ぎたる者達おりたてり。

 

べべベン。

 

――野にわけいり市井に交じりつ見聞を広め、一つの決意をかためり。

 

――“この地を統べる王は悪虐なり。人の身にあらず人を統べ、獣の身にあらず獣を統べ、死者の身にして生ける者を統べる矛盾の輩なり”

――“必ずやその力罪なき者にふるわれ、偽りの浄土は血に染まるであろう。しからば我らの力をもちかの者ら打ち倒さん”

 

はじき出される音色は固く激しく、いくつか旋律を変えて紡がれる。

 

――彼らが目指すは遥かなる故郷への帰参。それを遮る王を倒し愛しき故郷へと帰らんと。

――団結せし28人策をめぐらし決行せり。

 

――かの者の国力は甚大なり。しからば飢餓をもたらし衰えさせん。妖術師は禁忌を唱え、飢饉を呼び込まんとす。

――かの者の統治は盤石なり。しからば内応者をつのり内側から崩さん。武具師は貢物を作り、腐敗を呼び込まんとす。

 

――餓えは人から寛容さを奪い、腐敗は格差を生み平穏を奪うなり。種を越えた繁栄の影に押し込められた負の感情は噴き出し国を覆わんとした。

――然れどこの地の王、いち早くこの変化に気付き使者を遣わし、28のならず者と対話の場を築けり。

 

穏やかな音色。しかしそれはすぐに激しい音に飲み込まれた。

 

――ならず者等が通されしは絢爛豪華な城郭の都市。その中央に座するは禍々しいほどに美しい城。丁寧なもてなし、輝ける料理、贅を尽くされたその数々に、ならず者等に燃え上がるのは嫉妬の炎なり。

 

――“遠き地からの旅人よ。私はこの地の王。魔導王を名乗り平和を築くものなり”

――“勿論知っているとも魔導王。その悪名も高きアインズ・ウール・ゴウン。遠き世界で悪を成し、そしてこの地でもそれをなす者よ”

――“悪を成したのも今は昔、この地この場所でそのような事をするはずもなし。同郷者よ、共に歩んではくれまいか”

――“共に歩むなど笑止。我らの願いはただ一つ。生まれた土地へと戻る事”

 

――対話は決裂。剣技は裂空。

――聖騎士の剣は王に達し、巨大な都市一つを巻き込む争い巻き起これり。

 

――堅牢な城塞は瓦礫と化し。優美を誇った街並みは石塊と化す。

 

ベンべべン。ベンべべベン。

吟ずる声すらも強固さを増しその光景は歌い上げられる。

 

――王の側近も多くが敗れ、28人のならず者の内半数がその命を消せり。世界の終わりかと思われた激しい争いは一刻足らずで決着す。

――犠牲の多くが都市に住む罪もなき人々。そして王を守り戦った者達なり。勝利を収めた者達ですら、その多くが命を落とし別れに涙を流せり。

 

――誰が呼び始めたか“破滅を呼ぶ英雄達”。国を乱れさせ王を滅ぼし、民を絶望へと突き落とせし愚かなる英雄達よ。

 

――願わくば。

――願わくば君よ、対話と望む相手には対話をもって報いん事を。

 

 

――王を失って十の夏が来る前に彼らは討ち滅ぼされり。

――ある者は王を偲んだ義勇兵に。ある者は故郷に帰る術がわからず自ら命を絶った。

――ある者はその非情な行いが己に返ったかのような死を遂げた。

 

 

「――かくして、“破滅の英雄達”と呼ばれた者達世を去りて、世界は再び元に戻れり」

「人間は人間、亜人は亜人、異形は異形の世界に分かれ、今に至ることと相成った」

 

ベンベンベンと最後に吟遊詩人の持つ楽器が音を立てる。

最後にひとかきかき鳴らし、特徴的なその楽器の弦を鳴らす扇型の撥を引き上げた。

後ろ姿のまま異国の服に身を包んだ女は立ち上がる。そして正面を向き優雅に一礼をすると舞台袖へと去っていった。

 

 

出番が終わり舞台裏から控え室に続く廊下を歩いていたところに男性の声がかけられた。

 

「一日目の午前中お疲れ様。さっきの演奏はとても良かったよ、ヒカリ。全く以って素晴らしい。彼にも聞かせたかった!」

 

振り返ったヒカリはきっちりと時間をかけた丁寧な礼をする。そんな礼を受けた劇場長のアランが親しげな笑みを浮かべて軽く手を上げて答える。

遠い街から噂を聞いてヒカリを招待したアランは最初にヒカリの姿を見た時にとても驚いていた。どうやら自分の事を男だと勘違いしていたらしい。

「“響き渡る巨木のような声が素敵な吟遊詩人”と聞いていたものだから……」

と、顔を真っ赤にして自らの非を詫びる姿に、ヒカリは好感を抱きすぐに彼を許した。そもそも森妖精は中性的な種族だ。ヒカリ自身も自らの性別に特段こだわりは無い。間違えられたところで不快には思わない。

ヒカリ・マルコ・フランシス。

彼女はキモノと呼ばれる民族衣装に身を包んだ森妖精である。特徴的な長い耳を隠すように黒い髪を長く伸ばし、先の方で緩く結んだその後ろ姿は異国情緒に溢れている。このブルートの街でもその姿は高い人気があり、演奏中は後ろ姿で行うようにと頼まれるほどだ。

そんな彼女は先ほどまで弾いていた琵琶を胸に抱き、何かと目をかけてくれるアランに笑顔を送る。

 

「ありがとうございます劇場長。私も劇場長がおっしゃる方に一目でいいのでお会いしたかったです」

 

鈴が転がるような声。舞台上での低く響くような声を聞いた後であるとその差に驚くだろう。

 

「ははは。そう言われるともっと真剣に引き止めておけば良かったと思うよ。次の予定が決まってると言われては流石に無理強いはできなかったけれど」

「腕がいい方なのですね。この世界で他の街から声がかかるなんて素晴らしいですもの」

「そこはもう保証するよ。あとは引き出しがとても多いのも良かった。急な出演依頼にも対応のできる程手慣れていたし、幾つか話を書き出してもらったけれど、どれも歴史的な価値がつきそうな程素晴らしいものだったよ」

「幾つか書き出してもらったとはどういうことなのですか?」

 

長話になりそうな気配にヒカリはそれとなく廊下の端による。アランもそれに気がつき少し端に寄った。

アランは劇場長。忙しい立場の筈だがこうして自分に時間を割いてくれる。遠い土地から来た身としてはとても嬉しい気づかいだとヒカリは思う。

 

「そのままの意味だよ。全部で23編だったかな、書いてくれたんだよ。脚本に起こしてこの街での公演が終わった後、他の街にも広める約束でね」

「自分の知識を人に託すだなんて不思議な方なのですね」

「ああ、不思議な男だったよ。もしも他の街で会ったら是非よろしく言っておいてくれないかい? 名前は独演家モモンガ。君と同じ黒髪の、君と違って冴えない顔つきの男なんだがね。舞台に上がるとそれはもう別人さ。いや、言動は特に変わらないんだけどさ、それはもう……。ヒカリ?」

 

調子良く喋り続けるアランは真剣な顔で黙りこくってしまったヒカリを不思議な顔でみる。今まで見たことがない、舞台に上がる時よりも真剣な表情だ。

 

「失礼ですが劇場長、もう一度その方の名前を聞いても?」

「ああ、もちろんだとも。モモンガ。旅の独演家のモモンガと名乗っていた。ひょっとして知り合いかい?」

「いえ。直接あったことは……相手は忘れていますね、多分」

「君のような美人を忘れるなんてありえないだろう! 」

「お上手ですね」

 

その後幾つか言葉を交わした後、午後もよろしく頼むよとアランから激励され二人は別れた。

 

 

宿の部屋に戻った後、顔に施していた化粧を落としながらヒカリは考えていた。午後の出番は夕方からなので時間がかなり空く。今のうちにこの街に来るまで使ったアイテムの補充と、本業の冒険者としての依頼書の選別をしなければいけない。

考えれば簡単に湧き出す今後の予定に頭が痛くなる。自分があまり思索を巡らすのは得意ではない事を思い出して考えるのをやめた。

眦にも引いていた紅を落とし、控え室に用意されていた姿見を見て見逃しが無いかを確認する。

満足したヒカリは服を着替えて髪の毛を高い位置で結び直す。吟遊詩人の師匠からもらったあの豪華な服は、実を言うとヒカリの美的感覚でいえば派手すぎた。それに特に魔法を込められている訳でも無いのだ。普段使いしている母のお下がりを着込むと、そこに居たのは“異国の吟遊詩人ヒカリ”ではなく“冒険者ヒカリ”。明日の演目の事を考えつつ、無限の背負い袋を持ち仲間の下へと向かった。

 

 

 

彼女がブルートの街で公演の初日が終わったその日、簡素なだがしっかりとした作りの手紙が届いた。

届けてくれたのはブルート劇場の劇場長、アラン。正しくは劇場長の友人宛に届けられた中に彼女宛のものがあったのだった。

送り主の欄には簡素にモモンガよりと書かれており、高級紙を使われている以外に特別な点は無かった。

しかし送り主の名前を見た彼女は一もニも無く手紙を読んだ。

それこそ届けた劇場長であるアランも、打ち上げをしようと共にいた冒険者チームの仲間も驚く程の勢いだった。

 

 

 

~はじめまして。私はモモンガ。旅の独演家のモモンガと申します。この度は突然ながらもあなたの噂を聞き、こうして筆をとらせていただきました。

 

なんでもあなたは“破滅を呼ぶ英雄達”に詳しいとブロートの劇場長にお聞きいたしました。そしてこうして手紙を差し上げました。

私も共に芸能の道を行くもの。よろしければ何か一つ、返信と共に物語を書き送っては頂けないでしょうか?

 

評判高き吟遊詩人殿へ~

 

 

 

美しい書体で書かれた手紙。

彼女は何度も読み返した後手紙をひっくり返したり封筒を覗き込んだりした。その奇行に心配した冒険者仲間の一人が声をかけるとやっと我に返りオドオドとした様子を見せた。

 

「どうしたんだリーダー。大丈夫か? 顔色が悪いぜ」

「あ。ごめんなさいみんな返信の宛先が無いかなって探しちゃって」

「そんなに気になるんだ?」

「返信先のだったら友人のニュクスが知ってるかもしれないから聞いておこうか?」

「お願いします!」

 

間髪容れない返答に劇場長が一歩後退する。ヒカリはそんな事に気づく余裕も無いのか、またしばらく黙りこむ。視線はじっと手紙の一点にあり瞬きすらしていない。

 

十分すぎる沈黙の後、ごめんなさいと彼女は静かに謝罪をした。

そして仲間達に爆弾発言をした。

 

「突然ですが、……チームを解散したいと思います」

 

突然の発言に同じチームの仲間達が色めき立つ。必死に思いとどまらせるように言う声の中、ヒカリは退室の挨拶をしてそのまま駈け出す。見送ることしかできなかった一同は何度も目を瞬かせた。

 

 

ヒカリは返事を書くのに必要な道具を買い込むと宿に篭った。買ったばかりの羽根ペンを馴染ませるようにインクにひたし、ゆっくりと書き出す。

その手は酷く震えていた。

 

 

 

〜お手紙を頂きありがとうございます。

アラン劇場長から話は聞いています。随分と素晴らしい腕の御仁だそうですね。

 

ところで、あなたはプレイヤーなのですか?〜

 

 

 

書いた一文を線で消し、ぐしゃぐしゃと紙を丸める。

 

手の震えは止まらず、そのせいで歪んで滲んだ惨めな文字。グルグルと頭の中の考えがまとまらないままに、それでもヒカリは手を動かした。

 

〜あなたはユグドラシルを知っていますか〜

〜あなたは“破滅を呼ぶ英雄達”を恨んでいますか〜

〜あなたは私を知っていますか〜

 

〜あなたは本当にモモンガさんなのですか〜

 

ぐちゃぐちゃぐちゃ。

便箋の文字を塗りつぶす。

人違いかもしれない。そうじゃないかもしれない。

恨まれてないかもしれない。恨まれてるかもしれない。

そう。だってあれから長い年月が経っている。人は死に、人は生まれ、命をつなぐ。

エルフの自分もすっかり年を重ねて大きく育った。

だから、だから――。

 

インクで真っ黒になった紙を捨て、新しい紙を引っ張り出す。

普段使いしないので帰りがけに買ったそれは淡い色がつけられた洒落たものだった。

それにできるだけそぐう様に丁寧にインクを滑らせる。何度も深呼吸をして心を落ち着かせながら簡潔に、できるだけ自然になるように返信を書く。

 

 

〜お手紙ありがとうございます、モモンガさん。

私の名前はヒカリ。ヒカリ・マルコ・フランシス。冒険者をしながら吟遊詩人として歌い歩いているものです。

貴方のことはブロートの劇場長から聞いております。

 

もしよろしかったら手紙ではなく、直接会ってお話ししませんか?

 

ヒカリ〜

 

 

――だからその名を名乗る者が本人である可能性があるのだ。

 

三度読み返して不備が無いかを確認する。

この手紙はとても大事なものなのだ。失礼があってはいけない。警戒されてはいけない。

自分はその為にここに居る。

 

「これで良し!」

 

出来に納得して三つ折りにする。そして封筒に入れて封をした。後は劇場長の友人だという人に送り先を聞くだけだ。

緊張していたのだろう、そう思った瞬間に眠気が襲ってくる。

顔でも洗おうと宿共同の洗面所へ向かうため部屋を出ようとしたところでやっと、ヒカリは自分が随分と勝手な行動をしていた事に気づく。

自分と共に歩んでくれた仲間達に一方的に別れを告げてしまった。いくら焦っていたとはいえ、あれは余りにも酷い。

すっかり陽の落ちた宿屋の中は時間がわかるものなど何も無く、仲間達が今起きているのかすらわからなかった。

 

 

 

 

翌朝、ヒカリは朝一番に冒険者組合へと足を向けた。

伝説の英雄・モモンに縁のあるこの地の冒険者組合はその影響が色濃く、モモンのレリーフがその建物の壁の一面に彫られていた。

その見事な彫刻に見向きもせず建物の中に入ると、そこは少しでも良い依頼書を探そうと群れを成す同業者でいっぱいであった。ヒカリは入り口近くの掲示板をなんとか抜けると、まだ人口密度がましな奥の方へと移動する。背の高くない女性であるヒカリは簡単に人混みに埋もれてしまう。この中で仲間を探すのは至難の技だろう。

 

「何か依頼をお探しですか?」

 

ヒカリは身なりのいい女性に声をかけられる。その姿は冒険に出るものでは無く、見た目に気を使った町娘と言った出で立ちーーつまりは組合の受付嬢のものだった。

 

「いいえ。仲間を探していて。今日ここにチーム“アールヴヘイム”は来ていませんか?」

「ああ! 彼らでしたら彼方に」

 

そう言って手で示されたのは二階部分にある会議室の一つだった。

 

「あら、ヒカリ様こんにちは」

 

別の受付嬢に声をかけられた。顔を見るとどこかで見た顔だった。おそらく昨日街に着いたその時に対応した人だろう。

 

「何やら皆さん深刻な顔でしたけれど、何か問題でもありましたか?」

「あ、いえ。大丈夫です。ありがとうございます」

 

そそくさと仲間達が居るだろう会議室へと向かう。気まずさで顔はあげれない。

問題なんて言葉で済ませられるものではない。

何よりも、その原因は自分にあるのだ。

逃げ出したいほどの気まずさ。しかしここで逃げ出してはいけないという意地で、ヒカリは足を進める。

意を決して扉を開いたその先には、驚いた顔でこちらを見上げる仲間達が居た。

 

 

 

「昨日はごめんなさい。でも決心は変わりません」

 

席についたヒカリを待っていたのは沈黙。

それを破った彼女の声は力に満ちていた。

冒険者チーム“アールヴヘイム”。

最高ランクはアダマンタイト。現在はミスリルであるこのチームは結成以来20年の長い時が経っている。その間幾つものメンバーの出入りがあった。その中で唯一、結成以来共にいる魔法詠唱者である老女がゆっくりと口を開く。

 

「そうかい。寂しいけれど、仕方無いね」

「ババ様! そんなあっさりといいんですか!?」

「ヒカリさんも考え直して下さい! 俺らに良くないところがあったのならば直します!」

「そうだね。せめて理由くらいは話して欲しいかな、リーダー」

 

戦士、神官。最後に聖騎士。

仲間達の顔を見回したヒカリはその顔に自分に対する非難が無い事に少し安堵した。そして自分の小ささに悲しい気持ちになる。自分はこの素晴らしい仲間達を捨てるのだ。自らの目的の為に。

 

「詳しい事は話せないわ。みんなを巻き込みたくは無いの。でもそうね、最後の餞別に一曲、聞いてもらえるかしら?」

 

背中に背負っていた琵琶を取り出しベンベンと鳴らす。弦の調子を確かめている途中で、高齢の魔法詠唱者――マリーはゆっくりと手で遮った。

 

「馬鹿な事をおやりでないよヒカリ。歌で誤魔化そうだなんて幼子でもあるまいし」

「誤魔化すつもりなんてないわ。本当よ」

「あんたに無くてもあたし達はそう受け取ると言っているんだよ。できる限りで良いから理由を言いな。あんたは昔から抱え込みすぎる」

 

マリーの、その皺くちゃになった手に包まれてヒカリは撥を膝に落とす。

もう一度拾い上げる気にはならなかった。

 

「話せないわ。巻き込んでしまうもの」

「じゃあ離れられないね。親友を見捨てるなんてできやしないんだから。たとえリーダーを止めてもついていくからね。嘘じゃないよ」

 

それはあんたがよく知ってるだろう? と、マリーはくしゃりと笑顔を作る。

その笑顔にヒカリは長い長い溜息をつく。昔からこの年下の親友には勝てないのだ。

 

「マリーはいつもずるいわ。孫ができたんだからチームを抜けても良いって言った時もそうやって言ってたもの」

「可愛い妹分も大事だからね。あんたをおいて行けるわけないだろう」

「私の方が年上なんだけどなぁ」

 

深い皺が刻まれた顔の中で、そこだけが変わらない緑の瞳。

マリーのその瞳を見る。マリーは目をそらさなかった。

 

「さあさあ話してごらん。あんたは一人じゃないんだし、こうして力になりたいっていう奴らがいっぱい居るんだから」

 

 

ヒカリは琵琶を置いてポツリポツリと語りはじめる。

自らの過去と、手紙の送り主に関する話を。

 

全てを話し終えてヒカリは背負い袋の中に手を伸ばし、水入れを取り出す。一緒に取り出したグラスを人数分用意して水を注いでまわった。最後に自分のグラスに注ぐと、ゆっくりと飲み干す。

飲み干したタイミングでマリーはゆっくりと喋り出す。

 

「……話してくれて嬉しいよ。ヒカリ。今まで頑張ったね」

 

「そういうことならば、まあ、チーム“アールヴヘイム”は解散だね」

「ババ様! そんな……!」

「一旦、ね。解散ってより活動を一時やめるって方がいいかね」

 

「え」

 

「終わったら戻って来な。冒険者まではやめないんだろう? なーに、二月ほどあればカタがつくだろうさ。それまでは長めの休暇って事で、決まりだね」

 

パン。

 

マリーの手を打ち合わせる音を合図にするように話は終わった。マリーとヒカリは連れ立って組合にチームの一時的な活動停止を告げにいく。

組合の方は驚いたようだが、詳しく事情を聞くことはなかった。

 

「それじゃあ待ってるからね。必ず戻ってくるんだよ。それと、今日の公演もしっかりとね」

「ありがとうマリー。頑張るわ」

 

 

 

その後。

ヒカリは幾度かの手紙のやり取りを“モモンガ”とおこなった。

“モモンガ”は最初はつれない態度であった。しかしいく度にも渡るヒカリの手紙に根負けしたのかついこの間、待ち合わせの場所を指定した手紙が届いた。

 

 

 

〜優秀なる吟遊詩人殿へ

 

あなたのその根気には負けました。

わかりました。少し遠いですが旧魔導国にて栄し不夜の砦、カルネにて待ちましょう。

 

あなたの旅路に幸あらんことを。

 

モモンガ〜

 

 

 

その日のうちにヒカリは旅支度を整えて旅立った。

次の街までの水と食料と野宿用の装備を馬にのせ、曇り空をみあげながら先の事を考える。

 

「最後にもう一度、マリーに会いに行けばよかったなぁ……」

 

かつての口調に戻ったことに気がつき指で唇に触れる。

300年以上昔の、まだ少女よりも幼い時分に母の友人やその子供たちと過ごした頃に使っていた言葉だ。今ではマリーの前で話す時にときどき出るくらいだったのだけれど。

 

「ああ、怖いなぁ。“モモンガ”さん怖い人じゃなければ良いけれど」

 

 

 

 

それから三週間の後、彼らはカルネ砦にて相見える。

 




とうとう本文中に原作キャラが居ない話になってしまいました。
次回から多分最終章です。

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