いわゆる霖カプのお話を書いて行こうかと思っております。
それは、いつもと何ら変わり映えのないとある晴れた日の昼過ぎ。
外は太陽が爛々と照り付けるが気温はそれほど高くはなく、心地よいそよ風が
体を吹き抜け充足感を与えてくれる。こんな日は我が古道具店、『香霖堂』の窓を開け放ち、
その涼やかな空の風に吹かれながら読書を満喫するか、もしくは無縁塚にて過日に手に入れた
外の世界の道具をところどころいじくりながらこれら道具の正しい使い方を時を忘れて思慮に
ふけるというのもけして悪くない。
…ああそうだ、こんな雲のない日なら、夜は月でも見上げながら外で晩酌をするというのも風流でいい。
戸棚には確か飲まずにいたお酒もあったはずだ。残念ながらつまみは今ここにはないが、それ
でも美しい月を肴にすればいくらか気が紛れ、きっと満足できる。
・・・。
…なんてことはだいたい面倒ごとにぶち当たった時にこんなことしてないで、あんなことがし
たいなぁ、と現実逃避しているときに考えるもので、実際の僕は特にそんな建設的に一日の
スケジュールなどは考えずに気の向くままに過ごしているわけなのだが。
前置きが長いのは周りによく言われる僕の悪い癖だが、つまり言いたいことは僕は今そんな現実逃避をしてしまうような出来事に出くわしてしまった、と言いたいのだ。
…現在、我が香霖堂には女性が二人、割れた皿越しに仁王立ちで向かい合い、睨み合っている。
一方は大妖怪、風見幽香。
相手方を見下したような目で見ながら唇を歪ませ、冷笑している。
そして、もう一方は仙人、茨木華扇。
相手方に対して内にこもる怒りをフルスロットルで放出しながら、跡に残るぞ、と思わず言ってあげたくなるほどに顔の中央にしわを寄せていた。
どちらも子供にはおおよそ、見せられないような恐ろしい形相で相手を牽制している。
さて、どうしてこんな混沌とした状況になってしまったのかというとだ。
先ほど僕が幽香の日傘を修理するための道具箱を裏の倉庫に取りに行ったのだが、
戻ってくると、店の商品であった食器皿数枚が、どういうことか棚から落ちて割れてしまっていた。残念ながら割れた音は倉庫の中で道具箱を探していたせいか聞こえなかったが、 その際、店内には傘の修理を頼みに来た当人の幽香と、書き物で墨をするのに使用する硯という道具を求めて僕の店に訪れた華扇がいた。
…ここからが面倒で、どういうわけかお互いがお互いを『皿を割ったのはこいつだ』
と主張し、そして結果、あまり目立った接点のなさそうなこの二人が反目することになってしまった。
僕個人としては安物の皿だったし、別に割ったのがどちらでも正直どうでもいいのだが、この二人は頑として互いに譲らず、割れた皿を片付けたいといえば、現場証拠は保存すべきだと断られ、もういいから帰れと言えば、決着がつくまでは帰らないとかなんとか。
…これを店のど真ん中でやるもんだから、ほっとくこともできないし、かといってこの二人の中には、出来れば関わりたくもない・・・とにかく一人でも扱いが面倒な二人がタッグを組んだのである。これこそまさに完全に最悪の面倒な状況だと言えるだろう。
ーーーーーーーーーー
華扇が片手を腰に当て、もう片方の腕は肩から直角にピンと伸ばし、幽香に
人差し指をつきつける。
「なんて失礼な人なの!?風見幽香!!」
芯の強い良く通る声が店に響き渡った。
「何度も言うようですが、私がこの店に来た時には既にお皿は割れていて、
店にいたのはあなた一人だけだったじゃないですか!それをあなたは壊した
のが私だと言いがかりをつけるなんて!…本当は割ったのは貴方なんでしょ?
白状しなさい!!」
「あら、先に店にいたと言っても私はここまで来るのに汗をかいたから彼に
お風呂を借りていて、しばらくの間この場にはいなかったし、それに私が
お風呂から戻った時に、あなた、割れた皿の前で呆然と立ち尽くしてたじゃない。」
幽香が余裕の笑みを浮かべながら答えるが、向けた刀を返された華扇は気が気じゃない。
「あ、あれは店に来たら誰もいなくて、お皿が割れてたのを見てもしかしたら
彼に何かあったのではと心配で頭がパニックで…。」
「あら、お堅い人かと思ったけど、カワイイとこあるのね。」
クスクスと笑う幽香に、華扇はあたふたと慌てた様子で言った。
「ちがっ…い、今のはナシ!ナシです!!」
こうやって人をからかって弄ぶのが好みの幽香は、いかにも楽しそうに声を弾ませる。
「あら、恥ずかしがらなくていいのよ、男としてはこんなきれいな女性に心配される
なんて嬉しい限りよね、霖之助?」
幽香は、椅子に腰かけ、机に肘をつきながら遠目で事を伺っていた僕に顔を向けると、
いたずらっぽくはにかみながら首をかしげた。
『いたずらっぽく』なんて表現はいかにもかわいい仕草のように感じるかも
しれないが、こと、彼女の場合は「お前の靴に針を仕込む」とかの直接的な
暴力性を感じさせる方の『いたずらっぽく』である、間違えちゃ駄目だ。
「…振るなよ、僕に。」
腫れ物には触らないのが一番だ、そういうことで僕は第三者という立ち位置を装って
幽香を突き放すと、何故かこんどは華扇の方が僕につっかかってきた。
「霖之助、あなたはいかにも『僕は無関係』というような感じでそこでふんぞり返っ
ているけど、あなたは店の商品を壊された被害者なんですよ?もっとこう、怒ったり
とかしないんですか?」
「別に…怒ったって割れた商品が戻ってくるわけでもなし。」
「…相変わらず無気力な人ですね。」
「君たちが勝手に興奮しているだけだろ。」
僕が呆れ顔でそう言うと、幽香が口を挟んだ。
「失礼ね、私はいたって冷静よ。
…どぎまきして落ち着きのないお子様仙人と違ってね。」
幽香の言葉は確実に華扇の琴線へと触れた。
「…誰が、お子様ですって?」
普段よりも低い声で、華扇は言った。
「ああごめんなさい、自覚ないなんて思わなくて。」
「…あなたさっきから私に完全に喧嘩売ってますよね?」
「どう捉えるかはあなたに任せるわ。」
二人に漂う緊張感がさらに増して、もう一触即発…完全にバチバチの雰囲気だ。
「あのな、君たち…割れた皿の持ち主本人がもういいっていってるんだから
いちいち喧嘩とかしなくていいんだよ。」
そう仲裁に入ってやったのに、次の瞬間二人が僕に向けた視線は、決闘に割って入った
邪魔者を見る目そのものだった。
「いいからあなたは黙っていてください!」
「ああ…はい。」
彼女達の迫力に気圧されて、僕はさっさと沈黙する。
邪魔者は消えたとばかりに華扇は再び幽香の方に身をひるがえし、指摘を続ける。
「本当になんなんですか貴方は!?人を挑発して、からかうのがそんなに楽しいんですか?」
「楽しいわよ。」
幽香は何の悪びれもなく答えた。
「…んなっ…なんですって!?」
華扇が驚きで思わず体をのけぞらせる。
…おそらく彼女は幽香みたいなタイプの人間には出会ったことがないのだろう。
「特にあなたみたいな、意思とプライドの高い人間を私の下にひざまつかせるのが
楽しくて楽しくて…ああ…たまらないわ…。」
…おいおい。
僕が口を開こうとすると、幽香は華扇からは見えない角度から僕に目くばせを送ってきた。
黙っていろ、という事らしい。
…幽香…やっぱりわざと度の外れたことを言って華扇をさらに混乱させて
楽しもうとしてるな。
…まぁ、そんな彼女にまんまと乗っかる方も乗っかる方だが。
「か、風見幽香…なんて人なの!?…は、ははは、破廉恥だわ!」
そのまんまと乗っかり、動揺で体を震わせ、顔を真っ赤にして怒り狂った華扇と、それを見て恍惚な表情を浮かべる幽香。
なんていうか残念な絵面である。
何だよコレ…外でやれよ、
と僕は声を大にして言いたかった。
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その後もだいたい十分ほど、この二人の噛みあわぬ喧嘩が続いた。
…しかし未だ終結が見えることはなく、状況はさほど変わっていない。
「とにかく、あなたは私に皿の件を謝ってください!!」
それどころか、振出しに戻っていた。
「もう、本当にその話はいいだろ…」
僕がそう言うが、華扇は頑として聞かない。
「いやです!彼女が私に謝罪するまでは絶対にここから動きません!」
「だが、向こうはもう飽きてるみたいだぞ?」
僕が指さす先には、だるそうな表情の幽香が近くの椅子に腰かけ、本を読んでいた。ちなみにあれは僕の本なのだが…また勝手に本棚からひったくったのだろう。
「風見・・・ゆ・・・か・・・話を・・・聞きなさ・・・」
華扇は既に息も絶え絶えで声も枯れ始めていた。
おそらくずっと幽香に大声で説教していたからだろう。
そんな彼女を見て、幽香は呆れ顔で言う。
「もういい加減しつこいわよ、最初は楽しかったけどもう正直あなたの一辺倒のかんしゃくには飽きたわ。」
「なん・・・ですって・・・?」
「皿の件も正直誰が割ったんでもどうだって良かったしね、別に私はあの状況をみたままの事を言っただけで、あなたが勝手に一人でヒートアップしてただけよ。」
幽香の冷たい言葉に、華扇は拳を震わせた。
「あなた・・・絶対に許さない。」
「ついに実力行使かしら…結構、この幻想郷らしいわね。」
「お、おい華仙、落ち着け…幽香も挑発するんじゃ…」
僕が止めに入るのも聞かず、完全に怒りの『たが』が外れた華扇は
「風見ゆうかああああああああ!!!」
怒声を上げて幽香に飛びかかり、拳を振り上げた。
「…全く」
幽香は椅子から立ち上がると、彼女の拳を素手で受け止める。
「…そんなっ!」
唖然とする華扇の耳元に、幽香は囁いた。
「…疲れてるんだから、無理しないの。」
幽香は彼女の顔に、いつのまにか手に持っていた花を近づけた。
「…あ、あれ?」
その言葉を最後に、みるみるうちに、華扇の体が弛緩していき、やがて床に崩れ落ちてしまった。
この間、数秒。
「幽香…華扇は。」
事の次第を最後は黙ってみていた僕が、彼女に一応確認として尋ねた。
「大丈夫よ、寝てるだけ。
…そうとう疲れてたんでしょうね、何の抵抗もなく眠っちゃったわ。」
で、後始末は貴方に任せるわ、ですか。
僕は息を吐きながら立ち上がると、床に横たわって
寝息を立てている華扇の背中と太ももを掴んで抱きかかえた。
「あら、お姫様だっこなんて妬けるわね。」
「…っさい、からかうな。」
彼女を店の奥の寝室の布団に寝かせて戻ってくると、僕は再び椅子へと腰を落ち着かせる。
幽香は僕の近くに寄ってくると、先ほど手に持っていた青く小さな花を、僕に見せた。
「この子は微量だけど催眠作用のある花粉を持っててね、それを私の力で増幅させて、その花粉を一気に彼女の鼻腔めがけて…ってわけ。」
「君にしては随分と平和的な武器だね。」
「あら、私は元々平和的な優しい妖怪よ…現にあなたの求めていた通りに静かになったでしょ?」
そう言って鼻を鳴らす幽香に僕は問いかけた。
「…あそこまで言う事なかったんじゃないか?」
幽香は少し驚いた表情をした後、言った。
「へえ、彼女の肩を持つの。」
「そういう訳じゃないが、ちょっと君、いつもと違う気がしてね。
表には出していなかったが、少しいらだってたようにも見えたし。」
「そう見えた…ねえ。
…そういうとこは気づくのに大事なところで鈍感なのは何故かしらね…。」
「え、何だい、最後何か言った?」
「別に。」
「別にってことないだろ。」
幽香はばつが悪そうな顔をして言った。
「いいから、そんな事よりさっさと私の傘の修理やりなさいよ、
じゃなきゃ帰れないでしょうが…てか、なんでさっきやらなかったのよ。」
「いや、あんな喧噪の中で修理なんてできるわけないだろ。」
「待つのは嫌いなんだけど、私」
「それに関しては僕のせいではない。」
「…仕方ないわね…じゃあ15分で終わらせなさい、それ以上は認めない。」
僕は彼女の無茶な要求に思わず笑ってしまった後、首を振ってみせた。
「あのなぁ…あんなにボロボロにしといて15分なんて、神様じゃなきゃ無理だよ。」
僕は近くの机に置いておいた彼女の日傘を取って、彼女に見せる。
「骨組みがグチャグチャだ…しかもそれが布の部分にささってしまって穴まで開いている。
これが家ならほぼ全壊といってもいい…いったい何したらこうなるんだい?」
幽香は落とした本を再び手に取ると、僕を睨んで言った。
「お宅のおバカ魔法少女と遊んでやってたら、そいつが突然思いっきり箒で突撃してきたの。」
「魔理沙ね…あぁ、確かそういうスペルがあった気がする。」
「んで、傘で防いだらこの通りってわけ…ムカついてボコボコにしてやったわ。」
それを聞いて僕は得心した。
「ああ、それでいらついてたと?」
だが、幽香は否定した。
「違うわよ、これ数日前の話だし…。」
「じゃあ何で…。」
「ヒント。」
「ああ、ヒントね。」
幽香は少し考えるような表情をした後、言った。
「…嫉妬。」
「嫉妬…?って何の?」
「どうせあんたにはわかんないわよ、一生ね。」
「それじゃヒントにならないだろ。」
「うるさい黙る、いいからさっさと直しなさい。」
「…はいはい。」
まぁ彼女のプライベートなことだ、詮索するのも悪い。
僕は若干答えを気にしながらも、傘の修理作業を始め、幽香は読書を再開した。
それから少し時間をおいて、本を読んでいた幽香が思い出したように言った。
「そういえば、結局あの皿を割ったの誰だったのかしらね。」
「君じゃないのか?」
「……。」
幽香は無言の殺意を僕にむき出しにした。
「冗談だよ、睨むなって。」
「ったく…」
「まぁでも確かに、君でもなければ誰が皿を割ったんだろうか…割ったとし
たら彼女が店に来る前、僕が倉庫に道具を探しに行っていて、君がお風呂に
入っていた時だろうか…そういえば君、皿の割れた音は聞いたのかい?」
「ええ。」
「それっていつ…?」
「私が風呂に浸かって数分くらいしてからかしら。
…気にしなかったけど」
「いや、気にしろよ。」
僕の言葉に幽香は意味が解らない、というような顔をした。
「何でわざわざ、風呂から上がらなきゃいけないのよ。」
「はぁ…もういい。」
「…でもさっきからのあなたの口ぶりじゃ、華扇の事は最初から疑ってなかったのね。」
「彼女は誠実だし、割ったら自己申告して、謝るさ。」
「……。」
何故かまた彼女が僕を睨んできたので、僕は弁明を加えることにした。
「も、もちろん君がやったとも思ってないさ。」
「その根拠は私の場合は何よ?」
「だから睨むなって…ほら、君だって割っても自分から言うだろ?」
「誠実だから?」
「…まぁ、そんなところ。」
どうせ君の場合…割っても、『割っちゃったわ、ドンマイ、霖之助。』と言う感じで悪びれもなく認めていただろう。
僕の答えにイマイチ納得がいかない様子の幽香は、さらに僕に問いかけた。
「私が割って、それを面白半分で華扇に擦り付けたとは思わなかった?」
「だから、君はそんなことしないよ。」
僕が即答したのがおかしかったのか、幽香は腹を抱えて笑う。
「ふふ…まるで私の事なんでも知ったような口ぶりね。」
「まぁ、何でもじゃないが長い付き合いだしな、そこそこはわかるつもりだよ、君の事はよく見てるし。」
彼女の笑いが堰を切ったように止まり、目を丸くして、僕を見た。
「なんだい?何か変なこと言ったかい?」
「え…あ、いや…なんでも…。」
彼女が珍しく慌てた様子をみせた事に、僕が不審感を覚えたその時だった。
突如、店の扉が突如けたたましい音で開け放たれた。
そして、扉から現れたその少女は勢いよく頭を下げつつ、叫ぶ。
「お皿割っちゃってすいませんでしたああ!!」
僕と幽香はその光景にただただ理解がおよばずしばらくの間呆然と眺めていた。
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…時は過ぎてやがて夜になった。
「結局夜まで傘を直すのに、時間がかかりました、と。」
「…あのな、結局ほぼ一から直したんだぞ、逆に一日で直したというのは僕の手際の良さありきで合って、むしろ君は僕にありがとうございましたと…」
「お替わり。」
「聞けよ。」
僕は不満げながらも、幽香の差し出す椀に酒を注ぐ。
僕達は店の外すぐそばの木の下へと腰を下ろし、二人のみの小さな酒宴を開いていた。
「この酒…元々一人で飲むつもりだったんだが。」
戸棚の奥に隠してあったこの酒を幽香が見つけたのが、そもそもこの酒宴のはじまりである。
「いいじゃないの、女性のもてなしを受けながら飲めるんだから。」
いけしゃあしゃあと言う幽香に、僕は言う。
「もてなしをしているのは僕じゃないか、さっきから僕ばかりに注がせてさ。」
そんな時、ふと店のほうから人影が近づいてくることに気付いた。
「おや。」
「…ここにいらっしゃったんですね。」
月に照らされて現れたのは華扇だった。
「やっと起きたのね…もう夜よ、あなた寝過ぎ。」
「…最近修行であまり寝ていなかったので…というか何故私は眠っていたんでしょうか?
前後の記憶が少々あいまいなのですが…。」
華仙は頭を押さえながらうなだれた。
また喧嘩なんてされたら面倒である、僕は華仙が何か思い出す前に先手を打った。
「ああほら華仙、そんな事よりもこっちに来たらどうだい?お酒もあるよ。」
「え…ええ。」
華仙は僕の横に腰を下ろすと、お酒の注がれたお椀を僕から受け取る。
幽香と華仙に挟まれる形となった僕は、華仙にあの事について伝えることにした。
「皿を割った犯人、見つかったんだ。」
「え?」
華扇は驚いて、おもわずお椀の酒をこぼしそうになった。
「どういうことですか?」
「お皿を割ったの、君でも幽香でもなかったんだよ。」
「では誰が…?」
「チルノさ。」
「…チルノ…あの氷精ですか?」
「ああ、君が眠ってしまった後、彼女が店に来てね。」
華扇が店を訪れる前、僕が幽香の傘を修理するために倉庫に回り、そして幽香が汗を流すために風呂に浸かっていて店が無人となっていた時、どうやら友達と近くでかくれんぼをしていたチルノが隠れる場所を探して店に入っ
て来たらしい、正直何故ウチに入ろうと思ったかは謎だが、とにかくチルノはその隠れる場所を探して店をうろうろしているうちに誤って棚に体をぶつけてそこに乗っていた皿を落として割ってしまったのだという。
彼女は怒られると思い店からすぐに逃げ、入れ替わりで来た華扇がその割れた皿を発見したのだ。
「一度は逃げたチルノだが、最後は悪いと思ってここに謝りに来た、ということさ」
涙を浮かべて謝るチルノに、僕は自分が怒っていないことを告げると、彼女は晴れやかな顔で
涙をぬぐうと、お礼を言いつつ店を後にした。
「…なるほど、じゃぁ私と彼女の喧嘩はまるまる意味がなかったというわけですね。」
ため息をつきながら、華扇は酒を口へと運んだ。
「…その、幽香さん。」
そして彼女は僕越しに幽香を見て言った。
「あんなに怒ってしまって申し訳ありませんでした。
…酷いこともいくつかいってしまったし…。正直寝てなかったせいかイライラしてて…」
落ち込みつつも丁寧な言葉で謝意を述べた華扇に、幽香はばつが悪そうに苦い顔をした。
「…ほら、幽香…君も言う事あるんじゃないか。」
彼女の脇をこずきながら、僕が小声でそう言うと、ためらいながらも彼女は顔を伏せつつ
ぼそり、と華仙に言った。
「まぁ…その、あれよ…私も…悪…」
慣れない事をしようとしているためか、言葉をどもらせる幽香に、僕はもう少し背中を押す。
「…聞こえないよー。」
「な…黙りなさい!この…覚えときなさいよ。」
幽香は恨めし気に僕を見やった後、再び華扇に顔を戻した。
「……私も少しイラついて、心にもないことを言ったわ…その、ごめんなさい。」
絞り出すような声で謝罪を述べた幽香に、華扇は仰天した後…ニッコリ笑って感動した様子で言った。
「幽香さん…良かった、本当はあのやさぐれ巫女よりも聞き分けのあるちゃんとした方だったのですね!」
「どういう意味よ…私だって間違ってると思えば謝るわ。」
幽香は恥ずかし気に顔をそむける。
「…嘘だ。」
思わずニヤけた僕がそう言った瞬間、尻に激しい痛みを感じた。
「痛たたたたたたたたたた!!」
「り、霖之助、どうかしたんですか?」
華扇の心配を尻目に、僕は僕の尻を掴む幽香の手を全力で振り払う。
「幽香…尻をつねるのは…痛い…」
悶絶する僕に幽香はさらりと言った。
「調子乗ってんじゃないわよ、でくの棒。」
「…悪かったよ。」
「ほら、いいから酒注ぐ。」
再び椀を僕に差し出す幽香に僕は未だ残る痛みに耐えながら
幽香に酒を注ぐ。
「あ、霖之助、私にももう一杯ください。」
思わず僕は唸った。
「華扇…君もか…僕まだそんなにお酒飲んでないんだけど。」
「いいじゃないですか、今まで二人で楽しんでいたのでしょう?」
「はあ?」
すると華扇がまるで幽香のように唇を歪ませ、僕に言った。
「加えて今は両手に花ではないですか、霖之助、今この幸せをかみしめてはいかがです?」
「おいおい。」
…彼女は意外と酔いが早いらしい。
「そうそう、そう考えればお酒なんて安いものよ。」
幽香はうなずきつつ僕が注いだ酒をかっくらった。
「その通りですよ幽香さん!今この状況がどれだけ幸せか、彼は解っていないとは
思いませんか!?」
酔いどれ華仙が僕の肩に手をのせ身を乗り出して幽香に同意を求める。
「華扇の言う通りよ、霖之助、ということで今から何か余興をやりなさい。」
「あ、いいですねそれ!霖之助なにかモノマネとかできないんですか。」
「出来ないし、まず君、重…いだだだだだだだだ!!」
「女性に対して失礼なことを言う口は、これですか?」
「…か、華扇…ほっぺをつね…ふな。」
「アハハハ!!…それ、超面白いですよ、霖之助!!」
華仙は僕の顔を伸ばしたり寄せたりして楽しんでいたが、
遊ばれている方の僕はそれどころじゃあない。
「幽香…たふけ…」
僕が助けをもとめた当人は必死に笑いをこらえながら僕にグーサインを向ける。
「大丈夫よ霖之助…今あなた輝いてるわ。」
「君たち…急に仲良くなって…いだだだだだ!!」
「いいですよー霖之助ーブサイクですよー!!」
…こんな夜の日は一人、満月が煌めく夜空を仰ぎながら晩酌を楽しむのが最高・・・だが。
面倒な友人に囲まれながらの騒々しい酒宴というのも、ほんの少しだけ悪くはないかもしれないと、その時の僕は不思議とそう感じていた。
ちなみに。
酒は二人が飲み切ってしまって、僕はほとんど飲むことが出来なかったということは、言うまでもない。
しかも僕の両頬と、尻の一部が赤く腫れあがってしまった。
絶対に医療費と酒代を請求してやる。