――――0076年四月。春、彼女はあの冬の日を思い返す。
1.邂逅
クラークの三法則の三法則目には【高度に発達した科学技術は魔法と区別できない】とある。
この話の舞台となるミッドチルダと呼ばれる世界では、そんな『魔法とは区別できない科学技術』が、どの世界よりもより進歩している。その技術は今も尚留まる事を知らず成長し続けている。
その象徴の一つと言えるのが、このミッドチルダ衛星軌道上に存在する、ミッドチルダの法で裁かれた犯罪者達を収容する衛星軌道拘置所である。拘置所のセキュリティは常に更新され、新しい機材や技術が進歩する度に、この拘置所のセキュリティは常に最高水準に達する。
拘置所までにはミッドチルダの地上から軌道上までの間に転送ターミナルがあり、犯罪者に関わらない人間でも手続きを行いさえすれば面会の為、最低限の行き来は許されている。だが、訪れる人間と言えば基本的に管理局の公務として尋ねる人間ばかりで、一般人がこの場に来ることなど、ほぼ有り得な無かった。
私は今日、濃い青の管理局指定制服姿で、公務として衛星軌道上にこの浮かぶ拘置所にやって来ていた。…いや、訂正しよう。正直に言えば公務半分私用半分といったところだ。転送ポートから出て目の前にある受付に向う。
「御約束の時刻通りですね。高町なのはさん、こちらの面会者記帳に記入をお願いします」
受付にいる女性職員が事務的な口調でそう言った。
差し出された面会者用の名簿に住所と所属部署、そして「高町なのは」と名前を書くと、奥で控えていた恐面の警備員が出てきた。
そのまま警備員の後ろを付いていくようにと受付の女性に言われ一本道の廊下を警備員に案内されて進む。廊下の途中は大きな扉で区切られていて、警備員が胸ポケットからカードキーを取り出しスリットに入れると、固く閉ざされていた扉が音を立てて開いた。
「ここから先が施設内となります。施設内では緊急時以外は念話や通信は出来ません。ご承知お願いします」
警備員が淡白な声で、私にそう言った。私は無言で頷き、彼の後に続く。
****
ジェイル・スカリエッティが引き起こした都市型テロ事件、通称『JS事件』から、もう半年という月日が経ちました。
はやてちゃんが設立した機動六課も解散して、六課の皆、そして私自身も本来の役職である戦技教導官として現場へと戻っていた。
私が九歳の頃、無茶をして負った大怪我に続いて、『JS事件』での度重なる負荷は、私の身体に大きくは無いが、深い傷跡を残ってしまった。そのことに関して、後悔はしていない。そうしなければ、今この時もなかったのだから。でも、あの事件からもう半年が過ぎたと言うのに、まだ自分の身体には鈍い痛みが残っている。
そして、その痛みは私を戒めるように、あの頃の思い出を鮮明に思い出させてくれた。
九歳の頃。それは、寒い冬の日のこと。
あの日、自分自身に何が起こったのか、しっかりと記憶に焼き付いている。
海鳴市の病院で、地獄のようなリハビリを乗り越えて、自分は空へと戻ったのだから。けれど、あの地獄のような日々の中にいた私は、今自分がしっかりと心を支える「根」なんてものを考えているゆとりなどなかった。
ただ怖かったから。フェイトちゃんやはやてちゃんと同じ居場所に入れなくなることが。振り返ってみればそんなことで一緒に入れなくなるわけではなかった。そんなことは杞憂だ。仮に、魔法の力を使えなくなっても、今みたいな関係は続いていただろう。
私は今、療養中の身だ。現場に出張って空を飛べないのは不満ではあるが、それは仕方ない。また無茶をすれば、今度はみんなに怒られてしまうだろう。もちろん、必要となれば体に鞭を打ってでも飛ぶだろうけど。
そんな最近の私の管理局での仕事は、隊員達の訓練カリキュラムを作ったり、事務仕事ばかりで少し気が滅入ってしまう。
けど、悪いことばかりじゃない。「JS事件」がきっかけで出会った、今では欠け換えの無い大切な女の子。
「聖王、オリヴィエ聖王女」の血を引く少女、ヴィヴィオ。
この平穏な日々に辿り着くまでは平坦な道じゃなかった。何度も悲しみ、何度も泣いて、それでも手に入れたこの絆。現場から離れ、穏やかに過ごす時間。仕事が無いときは全部をヴィヴィオとの時間に割いてあげられる。愛情をフェイトちゃんやみんなと一緒に、全部ヴィヴィオに与えてあげられる。
それは、幸せなひととき。ヴィヴィオにとっても幸せなひとときであってほしいと思う。消えない傷を背負いながらも、初めて出来た、かけがえのない自分の手で守るもの。
けれど、私は、後遺症やヴィヴィオを理由に現場から離れようとは考えなかった。
『落ちてから後悔しても遅いとよく言われるが、そもそもずっと飛び続けていることはできないのだから、飛ぶことをやめるときまでに何を残せるか』。
無茶をしてまで空を飛ぼうとする私を心配してくれる仲間や後輩たちにはそう言って、私は現場へ戻ることへ拘った。
自分が飛んでいる間に、この空に一体何を残せるか。後ろを飛ぶ後輩や、隣を共に飛んでくれる仲間に、何を残してあげられるか。そして、自分がどこまで飛ぶことができるのか。
それを見出だすまで、私は飛び続けようと決めた。この広い空を。
――何故、私がそんな考えを持ったか。
あの頃はそんな風に想うなんて考えもしなかった。一体何が、私をここまで変えたのか。何故、私は「飛ぶ」ことに拘るのか?それは、この八年の間に色んな人の背中を見てきたからなのかもしれない。けど、私が空に拘る大きなきっかけはあった。
それを確かにするために、この拘置所に来た。
「JS事件」前から見つけていた、ひとつの事件の資料。
その事件が起こった日付が「あの冬の日」から五日後だった。
〟ロストロギア級〝の魔法具が関わった事件だと記されているのに、その資料はデータベースの隅へ、まるで隠されているかの様に存在していた。資料ファイルのデータも、何年も前にセキュリティに重大な脆弱性が見つかり型落ちしたソフトで製作されていて、ファイルを開くだけでも、わざわざ新しいデータとして再構築しなければならないほどだった。こんな手間をかけてまで解決した事件のことを探ろうとする人間はいないのだから、自然とその資料は闇に葬られるはずだった。
私が、見つけるまでは。
そして、その『事件』を知ったその日から、私は事件についての資料を集め始めた。幸いなことに、私には幾らでも時間があった。自分が持てる人脈を駆使して、その事件をゆっくりと調べていった。そこには、私がどうしても見なければならない、調べなければならない、向き合わないといけないものがあると。
心のどこかからそんな確信とも言えない想いに突き動かされて。管理局のデータベースで調べれば幾らでも情報は見ることは出来たが、その重要人物とされた人の性格や考えも全てが見える訳じゃない。
だから、私はこの場所に来た。調べ尽くしてたどり着いた、この『事件』の答えと始まりがある場所に。
ずいぶん昔、寒い冬の出来事。
忘れられない、忘れることのない、あの冬の出来事。
その真相を聞くために、私はこの場所にやってきていた。「あの冬」のすべてを知る人間に会うために。
****
コツンコツン。
窓ひとつ無い壁で覆われた無機質な部屋。
その無機質さが、徐々に近づいてくる足音を嫌に響かせる。この足音は刑務官の靴の音ではない。ヒールかそれに近い、女物の靴だ。ということは、女だろうか?明かり以外何もない天井を見上げながらそんなことを考えていると、その足音がこの面会室の前で止まった。彼はやっとか…と思い、小さくため息をついた。
朝から面会者が来ると言われ、独房から出された拘置所の受刑者、アーチャー・オーズマンは、この面会室でずっと待たされていた。この部屋には明かりと仕切り以外には時計すらない。自分の体内時計が間違っていないのなら、三十分ほど待たされている。面会者が来てから俺を出せばいいものを。ま、でも、こっちは独房に入る犯罪者だ。理由はよく分からないが、そんな不平不満が通らないことくらい分かっているし、そんな些細なことでどうということもない。この拘置所で過ごしていた日々に得るものも失うものも無い。
ただ同じ毎日、変わらない日々を繰り返すだけ。精神が毎日少しずつ磨り減っていくような感覚。朝起きては、決められたプログラムを実行するロボットみたいに動き、そして夜になれば眠りに付く。こんな単調な日々を、もう何年繰り返してきたのだろうか。生きている、というよりは生かされている。
そんな今の自分は、ただ惰性で生きてるだけで、そんなもの死んでいるのと一緒だ。そう、死んでいるのと一緒だ。だが、俺は死んでいるつもりは無い。
俺は罪を償うつもりはない。
自分の事は置いておこう。さて、こんなつまらない罪人相手に面会をしたがるのは、一体どんな物好きなのだろうか?扉が開かれ、強面の刑務官と一緒に、腰ほどまである茶色の髪の女性が部屋に入ってきた。
そして、その女性は、分厚い強化ガラスを挟んで、簡素な作りの丸椅子に腰を下ろし、俺と対面した。案内してきた警備員は、そのまま面会室の入口で待機している。管理局の制服に身を包んでいる目の前の女は、当然ながら管理局の人間なんだろうが、正直見覚えはない。静寂に包まれた面会室で訪れた女性を見ながら、自分の記憶を思い返していたが答えは見つからなかった。
「私は、貴方に聞きたいことがあって、この場所に来ました」
女はこちらをしっかりと見つめて、話始めた。
彼女は持ってきていた鞄から端末を取り出す。そして、端末を操作し、モニターに何かが表示され、それをこちらに見えるように向けた。光学式モニターを見るのは久々だな、と思っていると、女性は――
「八年前の事件の話を、聞かせて欲しいんです」
はっきりと、馬鹿でも分かるくらいにしっかりとした口調でそう言った。
瞬間、俺は全身の筋肉が強ばったような感覚を覚えた。女のモニターには古い一枚の集合写真が映っていた。
その写真は、俺が長い間、心に深く刻まれている記憶を鮮明に思い出させていく。
「私の恩師の一人でもある方から、貴方の話を聞きました。あの事件のことを教えてください」
続けて彼女はそう言った。彼女が言う『恩師』。それが誰なのかはすぐ想像が付いた。管理局に関わっていて尚且つ過去の自分を知る人物なんて、生きているのなら俺の知る限り二人しかいない。
〝あぁ、まぁ、そうだな。〟
〝ずいぶんと、昔のことだ。〟
わざとらしく、敢えて不機嫌そうな声で俺はそう答えた。この話は、俺の、俺とあいつだけの話だから、それを話すのは癪に触るが…。まぁ、いいだろう。久しぶりに誰かと話せるのは悪くない。
「アンタは管理局の人間か。まぁ、その制服を見れば一目瞭然か」
何を思ってこの『事件』のことを聞きに来たのか、事件を口にした彼女の思惑は見えない。彼女もそんな俺を見てか、困ったように小さく笑っていた。が、突然思い出したかの様に「あ、失礼しました。時空管理局、戦技教導官の高町なのはといいます。自己紹介遅れてすみません。」と、答える。
――驚いた。俺は何度か眼を瞬かせた。この目の前の女が?
高町なのは。
今や管理局のエースオブエースと謳われ、最近ではお仲間入りしたジェイル・スカリエッティの起こした事件の解決にも貢献したとかどうやら。ここは犯罪者達を収容する拘置所だ。そんなニュースや噂程度の話は、管理局のプロパガンダかでっち上げられた話ばかりで信憑性は眉唾ものだ。
だが、俺にとっては、それ以前から「高町なのは」という名前には聞き覚えがあった。
「お前が――あの時のガキか?」
呟くような言葉。聞き取れなかった彼女は、えっ?と聞き直した。
――まぁいい。今になっては関係のないことだ。座り心地の悪い固い簡素な椅子に俺は座り直す。
「じゃあ、あー高町さん?何で今更になって俺のことを調べに来たんだ?それも八年も前に終わっている事件をな?」
管理局のエースオブエース様が、既に終わっている事件の何を俺に聞きに来たのか。訝かしげな目で彼女を見ていると、真っ直ぐにこっちを見ていた彼女の顔がいきなり子供っぽい年相応な笑顔になった。
まるで、ちょっとした嘘がバレて誤魔化すような笑顔で「公務として来たのは建前なんです」と言った。そんな彼女に、アーチャーは毒気を抜かれたような気がした。こんなまだまだあどけなさがる女性が管理局の「エースオブエース」と呼ばれるとは、世も末だなと思った。
「私は、私個人で知りたいんです。八年前にあった出来事を。資料やデータベースを調べれば事件のことなんて直ぐにわかります。けど、事件の真相を資料だけで読み解くことはできません」
「で、直接本人に聞きに来たってわけか。八年前の事件の【首謀者】である俺に」
俺はふん、と鼻を鳴らして彼女の眼を見て言った。なんとなくだが、持っている者の目をしている、そんな気がした。やはり、ネームバリューってやつもあるんだろうが、そういう雰囲気を持っている。
「…気に入った。いいだろう、話してやるよ」
長くなるぞと付け加えたが、そんなこと気にせず彼女は鞄からボイスレコーダーを取り出した。
「録音してもいいですか?どうしても聞かせたい人がいますので」
彼女は後ろに控えている刑務官の方へ振り返った。ちょっと、それは…と言うような顔したが、高町が両手を合わせてお願いのポーズをとった、刑務官は、そんな簡単にいいのかと思うが、静かに首を縦に振った。彼女はありがとうと刑務官にお礼を言って、こちらに向き直しボイスレコーダーのスイッチを押した。
「茶番は終わった?じゃあ、話そうか」
俺はあの過ぎ去った過去の記憶を辿り始めた。
無機質な部屋の中で静かに、自分のすべてを賭けたあの日々を彼女に話す。
たった五日間だが、自身の誇りと信念をかけた戦いの話を。
八年前。――0067年十二月、冬。
今でもはっきりと覚えている。
あの日の空は、どこまででも飛んでいけそうな、快晴だった。
【ミッドチルダの空を飛ぶ。時空管理局各部署による合同演習。】
首都中央地上本部、武装隊広報部は先週十一月二十八日、同組織内に所属する各部署による大規模合同演習プロジェクトを発表した。これは組織規模の合同演習としては、二年前に発生した『闇の書事件』以来の大規模な演習プロジェクトとなる。参加部署は以下の通り。
・次元航行部隊第一分隊・第二分隊より選抜された特務部隊(嘱託魔導師も含む)。
・航空魔導師専門部隊より航空中隊班。
・地上部隊:陸士隊・陸上警備隊・救助部隊より選抜された特務部隊。
・教育部隊:戦技教導隊第一航空中隊。
・遺失物管理部:機動一課・機動二課・機動三課・機動四課・機動五課の各課より再編成された特務部隊。
今回の大規模な演習プロジェクトは活発化しつつある外世界密漁団や反時空管理局への牽制が主な目的とされている。闇の書事件』により露呈した人材不足や、迷走する管理局支持率だが、この演習プロジェクトの成功が現状打破の一手となる鍵となるだろう。しかし、この演習により反管理局勢力からの抵抗行動が活発化し、市民に危害が及ぶのではないかという不安な声も上がっている。
(0067年十二月五日発行 ミッドチルダタイムズ情報紙より)
八年前の話だ。
俺は、時空管理局の武装航空隊で働いていた。
当時の俺にはペアを組んでいた相棒がいた。航空隊で働く中、上からの指示で俺と相棒は四月を目処に部署を異動することになった。俺と相棒が航空隊からの転属先になったのが、遺失物管理部の機動一課だった。自慢じゃないが、俺と相棒のコンビは、当時の管理局内でも実力はトップクラスだった。どんな模擬戦だろうと、高難度の任務だろうと、俺と相棒がいれば負け無し、怖いものなど何もなかった。
四月になって転属先の機動一課の部署に集まると、他にも引き抜かれた奴らがいた。どこかで見た顔の奴らがぞろぞろといた。航空隊に次元航行隊、機動警羅隊。まぁ、とにかく色んなところからだ。後から聞いた話だが、まぁ、聞かなくても予想はつくが、急すぎる他の部署の優秀なやつらを片っ端からヘッドハンティングしたおかげで各部署からクレームが殺到していたらしい。しかし、機動一課の連中は無視を決め込んでたっけな。
まぁ、そんなわけで引き抜かれた魔導師達は、さっそく機動一課の特別訓練に放り込まれた。わざわざ引き抜いた癖にそこから振るいにかけようってんだ。たった二ヶ月で、十人ほどいたメンバーから四人に絞られた。勿論、俺と相棒は四人の中にいたぞ?ん、後の六人?へばって元の部署に戻っていったよ。
それで、その選び抜かれたメンバーの内の二名、つまり俺たち二人は一課でもっとも過酷な任務に就くと言われている第四航空中隊、通称「サイファー隊」に配属されることになった。 訓練当初の時から悪目立ちしていた俺と、そんな俺を牽制できる相棒は「サイファー隊」でも、それなりに認められていたようでな「サイファー隊」でも最も華がある攻撃隊に俺と相棒は配属されることになった。
さっきも言ったが、お前も教導隊の人間なら分かるだろうが、機動一課の中でも「サイファー隊」はもっとも過酷な航空中隊だ。その過酷さは編入してからすぐに思い知らされたよ。「サイファー隊」に俺と相棒が編入したその当日に、サイファー隊の先輩である空戦魔導師達と俺たちで模擬戦闘をすることになった。
サイファー隊の大体の概要説明を受けてからすぐに、「任務に出る前に、体慣らしにどうだ」と誘われた。俺は二つ返事で了承したよ。自信があったからな。相棒はどこか渋っていたが、模擬戦は二人一組同士で戦うから俺が返事をした時点で答えは決まっていた。そのまま空戦訓練世界まで連れていかれて、俺達はすぐに模擬戦に入った。訓練所にはあらかじめ呼ばれていたかのように機動一課の面子が揃っていて、そこで俺は初めて「試されているんだな」と思った。
模擬戦は、俺たちが制空権を掌握していて先輩たちが制空権を奪取するという立ち回りから始まった。本来の空戦魔導師の模擬戦は、基本的にどちらが先に制空権を抑えるかで勝負が決まる戦いだ。だが、俺たちにはあらかじめ制空権を掌握しているという設定が与えられた。
まぁ、新人へのハンデみたいなものだろうな。いかにも舐められていることがわかって俺は意地になったよ。当時の俺は負け知らずだったから余計にそう思ったんだろうな。開始のブザーが鳴った同時に、俺は二人の内の一人の先輩のケツに食らい付いた。相手を追っかけながら飛ぶのは得意な方だった。先輩が旋回しようが、ぐるりと宙返りしようが、ぴったりと食らい付いた。相手が一瞬でも隙を見せれば即座に攻撃をしかけるつもりだった。いつもと同じ。勝てる確信があったよ。それが、相手の狙いだと気づかずにな。
だが、勝負は一瞬だった。
眼を離したつもりはなかったが、どういうわけか、目の前で追っていた先輩の後ろ姿が、突然消えた。まるで煙のように消えていた。信じられなかった。確かに追っていた相手がいきなり消えたんだからな。索敵しようと辺りへ視線を向けた瞬間、俺の体に何かが当たった。訓練用のペイント弾特有の柔らかい感触と、背中が濡れる感触を味わった。ペイント弾の衝撃で一瞬体制を崩した俺の身体は、くるくると切り揉みながら落ちた。すぐに飛行姿勢に戻ったが、その時にはデバイスから目の前に大きな文字で「撃墜」ってモニターが表示されていたよ。
――驚いた。自分の価値感がひっくり返されたような感覚だった。後で聞かされたが、俺の追っていた先輩は、ただ空中でブレーキを掛けて俺の背後に回っただけだったらしい。だが、それが全く見えなかった。俺は眼には特に自信があった。今までどんな些細な動きでも、どんなに早い動きでも見失った事はなかった。だが、その自信も尽く打ちのめされた。その先輩は「俺なんてまだまだだよ、隊長は俺よりもっと早くお前を地べたに叩き落としていただろうな」と笑っていたよ。
サイファー隊にいたメンバーは、全員が一流の魔導師だった。当時の俺が見てきた一流ってのは、一流って自負するだけの三流野郎か、口だけ達者なヘボな魔導師ばかりだった。だが、サイファー隊のメンバーは正真正銘、実践で鍛え上げられた一流の魔導師だ。その力の差は想像を絶するものだった。俺は自分の未熟さを思い知った。けれど同時に、「ここならもっと自分を高められる」という熱を込められた気もした。この場所なら、自分の技術はもっと高みへと昇華することができるってな。自分が必要とする力が手に入れられる。そんな確信があった。自分の未熟さや、悔しさを感じるよりも先に、あの時は、そんな期待を感じた。
撃墜判定を受けた俺は、相棒を残して訓練所の地面に着地した。模擬戦は二人一組で行うものだ。相棒が落とされるのも時間の問題だと思いながら俺は高い空を見上げた。次の瞬間、撃墜を知らせるブザーが鳴り響いた。俺が撃墜されてから一分も立っていなかった。さすがに終わったなと思った時だ。
俺の視界に、とんでもない光景が飛び込んできた。撃墜判定を受けて地面に降りてきたのは、俺が追っていた先輩だった。俺は慌てて空を見上げた。上空では、他の先輩と俺の相棒が戦闘を繰り広げていた。一流の魔導師との駆け引きがまだ続いていたんだ。先輩の魔力光と、相棒の蒼い魔力光がぶつかり合って、それはまるで花火のように広がって消えて行く。
勝負は結局先輩の勝利で幕を閉じたが、真下に居た俺から見た限りではかなりの接戦だった。
手荒な歓迎を受けたその日から、サイファー隊で、また地獄のような実戦向けの戦闘訓練が始まった。
今思えば、あの時から相棒が、俺の越えなければならない壁だったんだろう。管理局の空戦魔導師、〝ライリー・ボーン〟が。
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