昔、アーチャーとこんな話をしたことがある。
「本当の正義っていったいどんなものだろう」。
俺はすぐに答えた。「今この世界の平和を守ることじゃないのか」と。
だが、アーチャーの考えは違っていた。
質量兵器の根絶とロストロギアの規制、管理による恒久的平和維持。だが、世界の本来の平和って、いったい何だ?、と。
管理局と、その反対派による武力衝突。各世界を闊歩する密漁集団。
そして今も、世界の大半で繰り返されている小競り合いと衝突。
そして、戦いが生み出し、戦いによって支えられてきた経済的繁栄。ミッドチルダの技術発展は、まさにソレだ。
そうだ、これがこの世界の平和だ。
生きるということを、どんな形であれ戦うことで勝ち取らなければ、生きることすら許されない世界。
多数が生きるため、その対価として少数の生け贄を支払う。
そして多数は、生きることが何不自由なく許された世界で、その事実から目をそらし続ける。
そんな、その矛盾した平和が、この世界の平和の中身だと思わないか?
そう、アーチャーの言うことは確かに一理あった。だが俺たちはただ小さな人間だ。ひとつの組織に組み込まれた歯車。
そんな俺達に何ができる?そんな平和でも、それを守っていくことが俺たちの役目なんじゃないのか?
アーチャーは俺を見て、ああ、それが誰もが考える平和の在り方かもしれないな、と、そう言った。
正義を言う者と、不正義の平和の差は、そう明確な、単純なものじゃない。血を代償に平和を得る戦いなんて誰も望んでいない。
誰もが現状の維持に必死なんだ。現状からその先を、誰も望んでいない。だからこそ、俺は、俺たちは、自分自身の信念を、正義を、信じられずにいる。
《時空管理局》という体制に取り込まれ、上から降りてくる価値観を鵜呑みにして、それが正義と信じ、それにそぐわぬモノが悪だと決めつけるばかりだ。その現状に誰もが違和感を感じていないんだ。その下で苦しめられてる人がいることも知らずに。
戦いが続く限り、この平和は続く。
平和が続く限り、また戦いを生む。
それが本当に正しいと言えるのか?
何も不自由もない人々は、遠方で起こる事件や事故を、戦いを眺めるだけで、その成果だけはニュースや情報誌で、哀しい出来事なのだと、他人事のようにちゃっかりと受け取っている。
形だけの同情と一緒に、世界の向こう側へ争いを押し込める。ここがその押し込めた場所と同じであることも忘れて。
だからこそ、この均衡はいつしか崩れる。
それ相応の代償を払うことによって。
俺は何でアーチャーがそんなことを言ったのか、深くは考えていなかった。
アーチャーに問う、何故そんなことが言い切れるのか。
何故、わかるかって? それは俺たちが人間だからだ。
あぁ、そうさ。戦いなんて、とっくに始まっている。
問題なのはそれにいかにケリをつけるか…それで人は納得できるのか…、ただ、それだけだ。
そう言ったアーチャーの瞳には、強い意思と共存するように、深い哀しみを孕んでいるように、俺には見えていた。
時空管理局、ミッドチルダ地上本部。
早朝にも関わらず、管理局所属の魔導師は、合同グリーフィングなどが行われる多目的ホールに招集を掛けられていた。ライリーも、その召集に含まれている。
昨夜のスクランブルは、ライリーが出撃準備を整える前に解除され、「何があったのか?」と言及しても作業スタッフもオペレーターも口を濁すばかりだった。
その翌日の早朝に緊急招集だ。
恐らく、昨晩の警報についての説明だろう。
そんなことを思いながら、ライリーは入り口から幾つもの椅子と長テーブルが行儀良く設置されたホール内をボンヤリと眺めていた。
時刻は予定時間ギリギリになろうとしていた。ライリーは、事件からまともに睡眠を摂っていない。いや、眠れないのだ。夢に見る――。自分に助けを求め、手を伸ばしてくるサイファー隊の仲間を。その悪夢から目を逸らしたくて、ライリーは睡眠を全く取っていなかった。
ライリーは入り口から程近い適当な場所へ移動し、椅子へ腰を下ろす。ホールには、既に大勢の魔導師が集まっていた。良く見る顔馴染みや、そうでない者、女性魔導師など。
そこでライリーは気がついた。
また、だ。
卓台があるホールの真正面。その最前列あたりに、〝子供〟がいた。
彼らも魔導師なのだろうが、後ろ姿だけでも、まだ年端のいかない幼子だと容易に判断できる。
周りには、桃色の髪の毛を後ろに束ねた、前線でライリーを制した女性や、ブロンドの落ち着いた雰囲気の女性。そして、後ろ姿でもライリーには判別できる人物がいた。
「――確か、ヴィータとかって言ってたよな…」
最前列辺りにヴィータはいた。
また戦場に出るのか、子供が。
そんな考えが、ライリーの中に過った。何か言ってやろうか、とも考えた。だが、すぐに考えることをやめた。
無駄だからだ。自分が喚いたところで、彼らは戦いに出るだろうし、退かないだろう。この場にいる以上は。
第一、自分にはそんなことを彼らに言う権利なんて無い。どうしようもない憎しみが、怒りが、腹の底で蠢いていて、それに潰されないように、それを糧にできるように、この場に居てるのだから。戦いが存在するこの場所に。
「となり、いいですか?」
一人でそんなことを考えているところに、いきなり声を掛けられた。見上げると、そこにはまた見知った顔があった。
「――またアンタか」
「…また、とはどういう意味ですか?」
ライリーの気だるそうな言葉に、彼に声を掛けたファーン・コラードは不機嫌そうに眉をしかめた。
「アンタもずいぶんお人好しってことだろ、もしくはストーカーだな」
「失礼極まりないですねぇ」
「だいたい、アンタ。教導隊の指揮官だろ。いいのか?ここはアンタのような指揮官様が座るような場所じゃない」
そう言いながらライリーは最前列より更に先に座る上官達の場所を顎で指した。本来なら、教導隊を指揮するような人間がこんな場所まで来ること事態が珍しいものだ。
「私は現場を大切にする主義なんですよ。それに、上層部にも私があの席に座って両手を上げて喜ぶ人もあまり居ませんから。それより、貴方の方こそ、大丈夫なんですか?」
ライリーの隣へ腰掛けたファーンが、ジッとライリーの顔を覗き込む。
「――何がだよ」
「目の下の隈、酷いですよ?」
まったく鏡を見ていないから、自分がそんなに酷い顔のかどうか、ライリーにはわからなかった。だが、ファーンの心配そうな表情を見るところ、だいぶ酷いらしい。わざとらしくライリーは目元をこすって誤魔化した。
「まぁぼちぼちってとこさ」
「悪夢が怖くて眠れない」なんて。彼女にこの事を言ってしまうだけで、今にも仲間を、アーチャーを思い出してしまいそうで。ライリーは言葉を濁した。
「でも――」
『諸君、早朝にも関わらず緊急招集を掛けたのは申し訳ない』
ファーンがそのことを言及しようとした矢先、正面からスピーカー越しに発せられた声によって掻き消された。
『今回の合同演習襲撃事件の収縮、ご苦労だった。私は地上本部中将、レジアス・ゲイツだ』
レジアス・ゲイツ。
管理局では古株の大ベテランで、魔力は無いが人望と人脈により、管理局では中将という地位を確立している〝地上本部を取り仕切る司令官〟と言ったところだろう。
レジアス中将は以前、サイファー隊の訓練カリキュラムを視察しに来たことがあった。そのレジアス中将と取り巻きを見ながら、サイファー隊の長であり、レジアスと同期であるグラハム隊長がそんなことを言っていたのを、ライリーは思い出した。
真正面の卓台から悠々猛々しく演説するレジアス。その豪腕な堅実振りに、信頼する管理局魔導師は何人もいる。
だが何故、彼がこの場に出てきたのだろう?
《ヘイズレグによる襲撃事件》は、すでに収束したはずなのに、今頃になって何故?そんな一抹の不安が、ライリーの脳裏に過った。
『早朝にも関わらず、諸君らに集まって貰ったのは、他でもない。合同演習を襲撃した武装組織《ヘイズレグ》に関することだ』
ドクンと、嫌な何かが胸の奥を鷲掴むように絞ってくるような感覚を味わう。
『今回の事件は奴らにとって〝ブラフ〟だった。敵組織である《ヘイズレグ》の真の目的は、襲撃事件による管理局指令系統の麻痺、及び混乱だったのだろう。奴らが真に目的とするモノを奪うためにな』
ブラフ。つまり、あの演習襲撃事件はヘイズレグにとっては、単なる陽動戦だったというのか?レジアスがそう言い終わるや、大ホールはたちまち消灯され、正面のスクリーンに映像が表示された。
『これは、指定危険遺失物、管理局で管理、保管していたロストロギアの一つ。通称、《ダインスレイブ》だ』
容姿は剣だが、その形は禍々しく、剣というにはあまりにも歪すぎて、そのロストロギアを見た誰もが、第一印象にこう思った。
〝魔剣〟という名が当てはまる剣だと。
だが、ライリーには《ダインスレイブ》という名に、聞き覚えがあった。それは六年、死んだ父の葬儀の時だった。
《危険なロストロギアだ。過去に一度世界を滅ぼし、このロストロギアの封印、回収任務に就いた魔導師が何人も犠牲となった》
モニターには《ダインスレイブ》に関するデータや、過去の事件の報告書や見聞録などが次々に表示されていく。《ダインスレイヴ》を回収、封印の任に就き、殉職した管理局魔導師の名簿も。
その名簿が正面モニターに表示された時、無機質だったライリーの表情が変わる。
〝調査隊補佐官ジェームス・ボーン一等空尉〟
ライリーの隣に座っていたファーンは、同じ姓名である〝ボーン〟と言う名に気付いた。ライリーへ問おうとしたが、ライリーの昔に封じ込めた事を思い出したかのような――いや、それ以上の何かを堪える表情を見て、出ようとした声が一気に冷めていった。
殉職した名簿に載る魔導師〝ジェームス・ボーン〟は――ライリー・ボーンの父親だ。
『敵は数名のチームで管理施設から《ダインスレイブ》を奪取し逃亡。追走した第四航空小隊を撃破。別方向からの追走を試みた魔導師も行動不能にし、湾岸沖にてレーダーから消えた。私も事実、手際が良すぎると思っている。恐らく、局内に《ヘイズレグ》と繋がる内通者かスパイがいたのだろう。現在、執務部署が捜査チームを立ち上げ、内部監査並びに調査に尽力している』
レジアスがそこまで言うと、消灯されていた演説台上に明かりが点された。集まった魔導師たちの表情は硬い。それほど、事態は深刻なのだと否応なしにわからせるほどだ。
『本来ならば、《ダインスレイブ》を奪取し、逃亡した《ヘイズレグ》を追跡するのがセオリーだろうが――状況が変わった』
レジアスは卓台に置いていたメモリー端末を取り出す。困惑し始める集まった魔導師を一望してから、マイク越しに口を開いた。
『この映像記憶媒体は、昨晩《ダインスレイブ》が奪取された際に、犯行を指揮したと思われる者が、わざわざこちらに届けたものだ。「早朝にも行うと思われるブリーフィングで再生するように」、という指示付きでな』
怒りを孕んだような声色で、レジアスはメモリーを控えていた部下に渡す。すると、再びホールの明かりが消され、正面のスクリーンに映像が映し出された。ザザザと、数秒のノイズの後に、映像が急に鮮明になり、一人の人物が映し出された。
『――これを見ている管理局の属者たちに告げる』
白銀の髪の毛。光るように冴える――赤茶色の眼光。
「――え?」
となりにいたファーンが、溢れるような、そんな声を喉の奥から出した。
なんだ、これは?思考が付いてこない…どうして?何故?
『――俺たちは武装組織、《ヘイズレグ》』
なんで、真正面のモニターに…
〝アーチャー・オーズマンが写し出されているんだ?〟
状況が全く理解できない。
なのに――モニターに写る、《ヘイズレグ》を象徴するであろう〝『剣と片翼の翼』のシンボル〟が描かれた旗を背中に、彼はすべての魔導師に語り掛けるように話す。
それは、聞き間違えるはずの無い。夢にまで出た、死んだはずの、アーチャーの声だった。
鮮明にまでライリーの耳へと届いてくる。そこに写るアーチャーには、いつものおちゃらけたような雰囲気はない。まるで全くの別人になったかのように冷酷で、ゾッとするような冷たい眼光をしていた。その眼光がモニターに視線を向ける魔導師を貫く。
『管理局の魔導師たちよ。お前達に問いたい。この『戦うことでしか生きられない』檻の中で、お前達は本当に満足しているのか?満ち足りているのか?お前達は何の為に戦い、何と戦い、何を得る?』
――戦うことでしか生きられない、この世界で。
『俺たちにとって、貴様らの掲げる正義など、ただなる空虚な幻想に過ぎない。魔力という圧倒的な抗体を持って、貴様ら管理局がしていることは、他国を侵略する事となんら変わりない。邪魔になるものは何であろうとも徹底的に排除する、それが管理局という組織だ。利益と富、権力。それを維持し続ける誇示と力のために、今まで一体どれ程の弱い世界が食い潰されてきた?
自分達は綺麗なものを理想と掲げ、汚いものには蓋をして見てみぬフリを一体いつからしてきた?
正義といいながら矛盾し、悪と罵りながら自らも悪をする。ましてやその悪すらも善とすり替える。そして世界は、自らの悪を認めない。認めたとしても、過ちを犯してからずっと先のことだ。
――いや、寧ろ非難の声は決して聞こえてこないだろう。過去に自ら負った傷跡を「被害者」面をして過ちだったと嘆く。しかし次にはその過ちすら忘れて、また過ちを犯す。
お前たちは今まで一体何を見てきた?
この世界の何を今まで見てきたんだ?
立ち止まって目を見開き、耳を澄まして周りの声を聞け!
たったそれだけで、なにが正しいかなんてすぐにわかる筈だ。
だが、お前たちはそれをしなかった。
我々ヘイズレグに身を置く人間は、全員が管理局によって大切なものを失った人たちだ。故郷の尊厳を管理局に奪われた者、管理局によって行われた法外な魔法実験の影響で暮らしを、家族を、すべてを奪われた者。そして、愛するものを奪われた者。
すべて、突然訪れた管理局と魔法によって全てを奪われた者たちだ。そして同時に、俺たちは、お前たちが目をそらし続けた結果の上に生きる者だ。
お前たちは魔法を独占し、その強大な力で我々を支配し続けていると思っているだろう。――それは大きな間違いだ。だから世界は、適切な罰を下した。
そうだ。誰もが崇める『偶像的な神』ではない。
『人間』自身がだ。
お前たちが目を逸らし続けた物が、今、目の前に横たわっている――。
いいか? 何もかもが変わるぞ。
魔法は、傲慢なお前たちの手から溢れ落ち、虐げられてきた我々や、弱者に光を灯す。お前たちが持つ魔法は、世界に通用する抑止力ではなくなる』
目の前に無慈悲なまでに、真実が、ライリーの目の前に広がっていく。
『これから世界で起きる事実を見るがいい。俺たちは管理局に属するすべての者達へ告げる。これは犯罪予告ではなく〝宣戦布告〟だ』
アーチャーの前へ突き立てられた魔剣、《ダインスレイブ》は、弱者の為の灯台として光をもたらし、立ち塞がる者の肉を裂き、骨を絶つ。
『貴様たちが、その矛盾した〝正義〟を掲げる限り、我々は屈しない。――聞こえているか、管理局』
力の均衡を崩す風が吹き始めた。俺たちはヘイズレグ。
世界は、変革する。俺たちの戦いで。
――そこで映像は途切れた。
アーチャーの言葉。アーチャーと過ごした日々と思い出。その数々の記憶が、ライリーの脳裏に蘇っては、消えて行く。
「まさか、あの人…」
「お、おい……ボーン?」
そこまで言ったファーンの言葉が、近くに座っていた顔馴染みの魔導師の言葉によって途切れる。
隣に座る魔導師はファーンの背後に視線を向けたまま、何か変わったものを見つめるような表情を浮かべていた。それに釣られるように、ファーンも振り向いた。その視線の先には――。
「…ライリーさん?」
すでに砂嵐となった正面のスクリーンを凝視しているライリーがいた。
見たまま、何も言わずに、ただただライリーはノイズが走るスクリーンを見つめているだけだ。だが――ライリーがこれほどまでに無表情になっているのを見たのは、これが初めてかもしれない。
ファーンや周りの魔導師達が、そう思うほどに、ライリーはただ黙りこんで、じっと真正面の画面を食い入るように見つめていた。そんなライリーが見つめる先で、モニターには同じように砂嵐とノイズが写り続けているだけだった。
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