魔法少女リリカルなのは外伝   作:紅@あの丘の向こうへ

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14.混戦

 

 

0067年十二月十三日。午前十時三十分。

 

 

地上本部から程近い中央治療センターの個室の一室に、高町なのははいた。

 

「外、すごいことになってるんだね」

 

まだ怪我で体が動かないため、電動ベッドのリクライニングで上体だけ起こして、なのはは、殺風景な個室に設けられているモニターを眺めていた。

 

「私たちは、まだ嘱託魔導師扱いだから、お義母さんとクロノの進言もあって招集は掛けられなかったみたい」

 

ベッドにいるなのはの両脇には、管理局制服姿のフェイトとはやてがいた。二人もなのはと同じく備え付けられたモニターを眺めている。そのモニターに写る映像は、まさに戦争映画のワンシーンを切り取ったような、そんな苛烈を極めた攻防戦の映像が写し出されていた。内容は詳しくは知らないが、おそらく自分を襲った謎の部隊と、管理局の空戦魔導師部隊が戦闘を繰り広げているんだろう。

 

「シグナムさんたち、大丈夫かな」

「私の自慢の騎士や、心配あらへん」

 

フェイトの不安げな言葉に、はやてはシャンとした声で答えた。

はやての家族であり、夜天の書に従う騎士「ヴォルケンリッター」も、この戦いに加わっている。まだ年端も幼いはやてやフェイトは、リンディやクロノの計らいで召集は避けられたが、ヴォルケンリッターは別だった。実戦経験の豊富な騎士たちは、管理局にとって貴重な戦力だからだ。

 

「はやてちゃん…」

「皆と約束したから。何があっても無事に帰るって」

 

モニターを眺めながら、はやては力強くそう答える。はやては誰よりも信じているのだろう。

 

「それより、フェイトちゃんもまだまだリンディさんを「お義母さん」って呼ぶのぎこちないんやねぇ」

 

なのはを挟んで両脇に座るはやてが、ぎこちなさげにリンディを「お義母さん」と呼ぶフェイトをニマニマ顔で茶化した。

 

フェイトは別段、ふてくされる様子もなく照れた様子で、「あ、あはは。努力はしてるんだけど、まだ馴れなくて…」と答えた。

 

「まだまだこれからだよ、フェイトちゃん」

「うん、そうだね。なのは」

 

なのはにニコリと微笑んだフェイトは、再びモニターへと視線を戻した。なのはは、ふと病室内の天窓から空を見上げる。天窓から映る空は穏やかで、天窓を数羽の白鳩が翼をはためかせて横切っていく。

 

こんな穏やかな空の下。

このミッドチルダ地上本部からそう遠くない場所で、あのモニターに映っていたような「戦い」が行われているんだ。

 

「なのは?」

 

隣いたフェイトが声をかけてきた。見上げていた視線をフェイトに向けると、フェイトがジィッとなのはを見つめる。

 

「な、なに? フェイトちゃん」

「気になるの? 外の様子」

「え…ぁ…うん」

 

そんなわかりやすい表情をしていたのだろうか、自分は。

ぎこちなく答えるなのはに、フェイトは「やっぱり」と言いたげな様子でため息を吐いた。

 

「なのはの気持ちはわかるけど…今は怪我を直すのが大事だから」

「うん、わかってるよ。フェイトちゃん」

 

わかってるならいいんだけど、とフェイトはまだ訝かめになのはを見つめる。

 

「…フェイトちゃん、全然納得してへんやん」

「あ、うぅ…」

 

はやての呆れたようなに苦笑いと、そのツッコミにも似た言葉に、フェイトも言葉足らずになってプイッとそっぽを向いてしまった。なのはにとってその二人のやりとはちょっと可笑しくて、でもありがたいと感じるものでもある。

 

二人とも、知っているから。

 

なのはは何でもかんでも背負ってしまう癖があるのを、二人は分かっているから。

 

フェイトの事件のときも。

はやての事件のときも。

 

だから、フェイトもはやても心配している。なのはがこれ以上、無茶をしないようにと。その心配してくれる親友たちの温もりが、どうしようもなく温かくて、どうしようもなくなのはの心を締め付けた。

 

なのははもう一度、戦場のような光景を映し出すモニターを見た。モニターに写るライヴ映像は、どこか遠くの世界の話のようにも感じられて。まだ魔法も知らない昔。家のリビングで見ていたニュースでやっていた「紛争」だとか「戦争」だとか、そういうのも今と同じみたいに遠くの世界の話のように思えて。

 

けれど、なのはの体に巻かれた包帯やガーゼが、それが「非現実〝フィクション〟」ではないということを証明している。モニターの向こうへ押しやった激しい攻防戦。まるで戦争のような惨状。

 

それは決して「自分たちとは関係のない出来事」ではないということをなのはは今さらになって痛感するのだった。

 

 

****

 

 

朝日が地平線を離れ、天へと公転していく快晴の空の下。

 

風が止まった空では、幾つもの魔力で構成された光が辺りに飛び交っていた。

 

敵は管理局の防衛ラインを突破しようと轟音を立てて猛進し、管理局はそれを食い止めようと決死の防衛戦を強いられていた。ある者は非殺傷設定を解除された魔力に打たれ空の底へと堕ち、ある者は魔力に穿たれて吹き飛んでいく。穏やかな空は、まさに戦場のような喧騒と絶叫の渦に包まれていた。

 

「くそっ、ひどい有り様だな」

 

ライリーを先頭とするサイファー隊の攻撃班に加わるヴィータは、四方八方で巻き起こる小さな爆発を眺めながら独り言を呟き続けていた。

 

最終防衛ラインギリギリまで迫るヘイズレグの、何振り構わない猛攻に防衛ラインの統制力は徐々に崩されていた。手段を選ばず突破しようとするヘイズレグを、なんとか押さえているものの、ここまで混戦状態となると統制力も著しく落ちる。防衛ラインの維持すら危うかった。

 

今の防衛網をまともに指揮しているのは、防衛特務隊のサイファー隊と的確な指示を飛ばすバックヤード隊。配備された管理局の武装航空隊の数名の魔導師だ。他の魔導師は波状攻撃による撹乱をしかけてくる敵の対処と、慣れない「対魔導師」の応戦にいっぱいいっぱいだった。

 

ヘイズレグの狙いはロストロギア、ダインスレヴとアーチャー・オーズマンを地上本部へ到達させることだろう。こちらはその到達を阻止しなければならないが、それだけを防げばいいわけじゃない。

 

ヘイズレグ側の魔導師は、全員が非殺傷設定を解除している。それが一人でも防衛ラインを突破すれば、少なくともミッドチルダ市街地に被害が及ぶことになる。

 

つまり、上層部の命令は、ヘイズレグの防衛ライン突破の阻止ということだ。

 

「こんな状態でそこまでしろだって? 簡単に言ってくれるな…ッ!」

 

同じく攻撃班に所属するティーダは、静かに息を飲んだ。敵からデタラメに吹っ飛んでくる魔力の光弾を回避しながら、彼は防衛ライン突破を目論むヘイズレグの魔導師を迎撃する。

 

「ランスターの一閃は…外さないッ!」

 

突っ込んできた敵を愛機から放たれる魔力光弾で叩き落とし、ティーダは大げさに肩をすくめた。

 

「いいぞ、サイファー3。俺たちがやらなければならないことは、最終防衛ラインの突破を阻止することだ。周りに気を取られていたらこちらがやられるぞ」

 

先頭を飛び、ティーダが一人を撃墜してる間に三人の敵を行動不能にした他の隊員は、暗い声でそう指摘した。

 

「頭を切れば統制は乱れる。アーチャー・オーズマンを捕らえれば、ヘイズレグは自ら崩壊するだけだ」

 

「わかってますよ!」

 

ティーダは、乱暴な声を出して同意した。

 

「全員集中しろ! 俺たちが成すべきことはただひとつだ!」

 

その後、攻撃班は上昇すると、なるべく離れない程度に分散し、あちらこちらで各個による迎撃を始める。激化する交戦空域とは裏腹に、その日の空は不気味なほどに穏やかだった。

 

「…なんだか、嫌な予感がするな」

 

誰にも聞こえないようにそう呟くライリーの瞳は少し不安が写っていた。ライリーの持つティルフィングの外観は変わりないが、側面の一部にまるで急拵えのようなユニットが備え付けられている。出撃前日、マリエル・アデンザからの要請でライリーのティルフィングには、ある〝システム〟を増設されていた。

 

「行けるか、この新装備…!」

 

バシャンと音を立てて、ティルフィングが煙を放出した。ライリーの手を伝うように、彼の魔力が一回り膨れ上がった感覚を味わう。

 

カードリッジシステム。

 

古代ベルカ式が起源となる魔法技術であり、使用者の魔力を爆発的に増大させ魔力の強化を図るという代物。

 

だが、古代ベルカ式のオリジナルカードリッジシステムは、扱いのピーキーさや、使用時の爆発的な魔力の暴発による自爆というデメリット面で、一般魔導師にはとてもじゃないが扱いきれる代物ではなかった。

 

そこでマリエル・アデンザを中心とした開発部から考案されたのが「複合式カードリッジシステム」だった。

 

ミッドチルダ式と、ベルカ式の魔法技術を両立させた代物であり、古代ベルカオリジナルの魔力増幅力には劣るものの、扱い易さ、暴発による自爆の危険性が大幅に軽減された。それは言わば「一般魔導師用カードリッジシステム」だ。

 

これが成せたのも、「闇の書事件」以降に、管理局へ保護された八神はやてと、そのヴォルケンリッターたちの戦闘データや技術協力があってこそだった。

 

だが、まだ試験運用段階のため、限られた魔導師にしか実装されていないシステム。ミッドチルダ地上本部防衛の要となるライリーに、このシステムが与えられたのは必然といえば必然と言えたが、改造を行なったマリエルは、どこか浮かない顔をしていたことは、よく覚えている。

 

「ティルフィング!カードリッジリロード!」

《カードリッジ、リロード。カードリッジ残弾、残り9です》

 

ライリーの叫びの直後、ティルフィングの側面部に設けられたユニットがガシャン、と音を立てる。薬室を遮るカバーが開くと、開く動きに連動して排莢される。

 

本来は安全性が高く、堅実なオートマチックシステムで装填される設計だったが、前倒し過ぎる実戦配備に間に合わなかったティルフィングの供給システムには、一発一発を手で装填する直動式のボルトアクションが使用されている。

 

《新装備、ブラストシフトの運用を開始します》

 

ライリーの周囲を浮遊していたビットが、ティルフィングの先端部へ集り、先端を中心に、七基のビットが円の形を描きはじめた。

 

「弾道予測〝シューティングイノベーション〟…よし!いけぇ!」

 

攻撃可能範囲、敵の動き、気流、味方の位置。ティルフィングから送られるそれらの情報を瞬時に見抜き、ライリーは弾道予測を行うと、彼が描いた軌道はタイムラグなくティルフィングへ伝達し、七基の砲台と化したビットから一斉に砲撃魔法が放たれた。

 

ティーダはライリーの動きを横目で眺めながら、首をかしげた。

 

七つの砲撃はすべて別々の軌道で放たれ、直線的に尾を引く魔力砲撃もあれば、曲線を描いた砲撃もある。そして、そのどれもの砲撃の先には〝敵がいない〟。

 

「ライリー!こんなときにデタラメに撃ってる場合じゃ――」

 

ティーダと共に、ライリーの近くにいたヴィータが、バラバラの方向へ砲撃を放ったライリーに叱咤の言葉を投げ掛けた時だ。

 

「ぐああ!」

 

それは全員の背後から響いた。遠くの方でヘイズレグの魔導師の叫び声が聞こえた。思わず背後へ振り向くと、視線の先には、デバイスを手から弾き飛ばされ、痛みに顔を歪めながら落下して行く敵の姿があった。

 

「デバイスがッ!?」

「うわあっ!」

 

その叫び声を皮切りに、辺りから敵の叫びが聞こえてくる。ちょうど七人分だ。

 

何故だ?

 

彼の砲撃は誰もいない明後日の方向に向かっていたはずだ。特務隊の誰もが、その予想外の出来事に疑問を抱いている中、ライリーの砲撃を見ていたティーダ・ランスターとシグナムには、そのカラクリが見えていた。

 

確かにライリーは敵の居る位置とは全く別の場所へと砲撃を放った。

 

カギはその後だ。

 

バラバラの方向へ向かったはずのライリーの砲撃魔法は遊飛行する敵魔導師に命中したのだ。しかもデバイスだけを叩き落とすピンポイントな位置を。それが七発中の一発ならば偶然と言えただろうが、ライリーが放った七発の砲撃はすべて同じように敵に命中した。二人にとってその光景は、まるで敵が自らライリーの砲撃魔法の着弾位置へ滑り込んでいるようにも見えていた。

 

「なんて正確な射撃なんだ…!」

「武器叩きは、サイファー隊の十八番なんでね」

 

その異常なまでの予測と精密な射撃をやってのけたライリーは、驚きを隠せないサイファー隊のメンバーを見渡すと、次々とヘイズレグの魔導師からデバイスを叩き落として行く。その空間認識能力は驚くものだ。戦火に揉まれながら、ティーダは改めて「サイファー隊」の実力の高さを思い知った。

 

戦闘開始からしばらく経って、撹乱を仕掛けてくる敵の魔導師が残り半数を切った最中の時だ。

 

【サイファー1!グラハムだ!聞こえるか!】

 

最終防衛ラインの後方で拠点を設けるグラハムのバックヤード隊から、管理局オープンチャンネルで伝令が入った。

 

「こちらサイファー1!」

【こっちの広域モニターが、βエリアを突っ切って最終防衛ラインに向かう反応を確認した!おそらく…!】

 

ライリーは二人の敵魔導師のデバイスを弾き飛ばして、βエリアがある方へ意識を向けた。通信機から聞こえてくるバックヤード隊のグラハムの声には焦りがある。

 

ライリーたちの索敵モニターが、敵の接近を伝えた。サイファー隊全員が地上本部とは逆方向の海上沖を見据える。そこには既に幾つもの魔力で構成された光が見えていた。

 

「きたか、アーチャー…」

 

ライリーは見えた光を眼を細めて睨み付ける。すると、グラハムの通信を聞き付けた他のサイファー隊と、他部隊の魔導師が集まり始めた。サイファー隊はライリーを中心に位置に付くと、それぞれが迫り来る敵に備えて、デバイスを構えた。そして、他部隊の魔導師も、同じくデバイスを構えていた。

 

だが、向ける方向は、ライリーたちサイファー隊とは、全く違っていた。

 

「お前たち…! なんでこっちに向かって―――」

 

サイファー隊の通信官を努めるメンバーが、信じられないように呟く。その瞬間、ライリーの耳にデバイスから魔力が収縮する音が聞こえた。

 

 

「全員、散開しろ!」

 

 

ライリーの判断は想像以上に早かった。

 

オープンチャンネルの通信と念話の両方を使用して発せられた命令と同時に、あられのような魔力光弾がサイファー隊へ降り注いでくる。ライリーは即座に反応して鋭く急降下したが、その攻撃に反応できないサイファー隊の三人が砲撃魔法に晒されていた。

 

やられる、三人は戦闘不能になるのを覚悟したが、その閃光は彼らの目の前で食い止められた。

 

真逆方向へ逸らされた砲撃の唸りとまばゆい光に、三人はショックを受け、その場に立ちすくんだ。

 

「くそっ、これが報告にあったリフレクターというヤツか!」

 

三人を守ったのは、ライリーのビットだった。

 

リフレクターシステムで砲撃魔法を跳ね返す。敵魔導士たちは、跳ね返ってきた自らの砲撃を避すと、すぐさま追撃体勢へと移った。

 

「やつら攻撃を! アタシたちは味方だぞ!」

 

いきなり仕掛けられた攻撃をヴィータはかん高い声で言い返しながら、急上昇してなんとか避した。他のメンバーも身体を上手く捻り、ターンさせながら交戦飛行を開始する。

 

「コイツらは、いったい!」

 

ライリーはひとしきり攻撃を避してからあえぐように呟く。

 

【サイファー隊! ライリー! 不味いことになった! 奴等の作戦だ!】

 

通信機からグラハムの声が聞こえた。

 

「グラハム隊長!」

【管理局内部を食い破ったやつらだ。まだ造反者が残っていたんだ!】

「まったく嫌らしいタイミングで! サイファー隊とピクシス隊からは!」

 

ライリーは絶望したように叫んだ。

 

管理局に潜伏し、魔法を学ぶだけ学んだヘイズレグは管理局を内部からズタズタにしたのだから、誰が味方で敵か、状況判断の材料が一瞬でかき乱されたことになる。

 

【落ち着けライリー、サイファー隊を含め特務隊は白だ】

 

グラハムの救いのような声で、ライリーは一先ずの安心を得た。

 

【俺やお前を除いて、特務隊のメンバーは、アーチャーを含めたヘイズレグの脱局者と接点を持っていない。彼らの経歴は俺が目を通している。全員潔白な管理局員だ。それに、事件当時は全員他の現場に出ていたしな。サイファー3のランスターに至っては、今回の作戦のために別の次元世界から呼び戻してるんだぞ】

 

サイファー隊のメンバーから銃口を向けられる心配はなくなったが、結局状況は変わらないままだ。

 

まだ管理局に敵が残っていても可笑しくなかった。その嫌な予感は、ずっとライリーの中にあった。管理局本部は、離反者を探し出すべく内部調査を行っていただろうが、六年もの間、潜入していた離反者をすぐさま探し出すことは不可能に近いものだった。ライリーですら、アーチャーの企みに気づかなかったのだから。

 

「アーチャー、お前はいったいどこまですれば…!」

 

ライリーは必死に頭を働かせていた。目の前には管理局のデバイスを構えた敵が一斉に向かってくるのが見える。そして、サイファー隊を撃ち落とそうと砲撃魔法や魔力スフィアによる誘導弾を嵐のように撃ちまくってきた。

 

「クラスターバレット!」

 

ライリーは迫り来る魔力スフィアを紙一重で避し、牽制用の迫撃魔法を放った。打ち出されたクラスターバレットは、向かってくる敵の前で爆散し、内包された誘爆スフィアが、敵の放った攻撃を誘爆へ誘う。幾つかのクラスターバレットは敵へ直撃した。

 

しかし、敵は怯む様子も無くライリーへ迫ってくる。

 

「直撃でも怯まないのか! 正気かよ!」

 

数発の魔法の直撃を受けても、敵は止まらない。足を止めるどころか、より速度を増してくるようにも思えた。今まで撹乱してきた敵はあきらかに違う。狂気すら感じる敵の気迫に、交戦するサイファー隊のメンバーは思わず身を固めてしまっていた。

 

「くそっ」

 

あまりの悪さにライリーは小さく舌打ちをした。

 

「非殺傷設定なんてヤワなもんで…俺たちを止められるのかよ!」

 

考える間もない。一人の魔導師が、まだ構えてもいないライリーへ突っ込んだ。

 

「隊長!?」

 

メンバーからの驚愕したような声が高速で通りすぎるように遠ざかる。突貫した敵に押し上げられ、ライリーは上空へと舞い上がった。上下感覚が一瞬で吹き飛び、姿勢制御もままならないまま、数回空中で回転してから、ライリーは急ブレーキをかけるかのように上空で停止する。

 

めまぐるしく変わる視界で見えた敵の魔力の刃を、構えかけていたティルフィングで受け止めた。ビリビリと利き腕に力を込める。ライリーはパンク寸前になるくらい頭を働かせていた。そんなことを気にする様子もなく、目の前の敵は再びライリーに向かってデバイスを振りかざしていた。自分の周りがライリーのビットに取り囲まれてるとも知らずに。

 

「くそっ、いい加減に…ッ!」

【いい加減にするのは貴様らだ、管理局】

 

接近戦を挑んだ敵は、ビットによる多方向からの直射魔法弾に穿たれて空の底へ落ちていったが、頭上から降ってきた極音速の魔力弾を防御魔法で間髪入れずにライリーは受け止めた。

 

しかし、頭をビットに割いていた分、粗末な防御魔法しか生成できなかった為、彼は後ろへ吹き飛ばされる。

 

身に覚えのある衝撃だった。

 

つい先日も、訓練で同じ衝撃を味わっていたので、ライリーはビリビリと伝わる痺れだけで、何が起こっているのかを瞬時に把握できていた。

ほどなくして、混乱するサイファー隊の頭上に、サイファー隊と同じバリアジャケットを着た誰かが、ゆっくりと降りてきて、彼らの前に立ちふさがった。その場にいた全員が息を飲んだ。

 

「…アーチャー・オーズマンッ!」

 

ライリーは、絞り出すような声と共に、降りてきたアーチャーを睨み付ける。

 

アーチャーは何も答えなかった。

 

だが、その場にいた誰もが分かっていた。

 

彼は敵だと。

 

アーチャーは燃えるような瞳を細めて、サイファー隊を怒りと期待に満ちた眼光で突き刺す。見たことない殺意に満ちたような表情に、ライリーとヴィータ、シグナムを除いてサイファー隊のメンバーが思わず後ろに下がった。

 

「俺たちは、お前たちが平和維持のためにやってきた事の結果だ」

 

アーチャーは、静かに呟いた。太ももに備わったガンベルトから、彼はベリルショットを引き抜くと、見せつけるようにライリー達に向けて魔力光の刃を突きつける。

 

「それでも、お前たちは挑むか。このヘイズレグに」

 

改めて、ライリーたち管理局の魔導師と、アーチャー率いるヘイズレグの魔導師が睨み合う形で沈黙していた。その時、風のないミッドチルダの空は、ほんの僅かな静寂に包まれていた。

 

「アーチャー」

 

最悪な形でアーチャーとの再会を果たしたライリーは、ティルフィングを握りしめた。

 

頭の中では、わかっていたことだ。今目の前にいるアーチャーは、もう自分が知るアーチャーではないということくらい。けれどアーチャーを目の前にした瞬間、ライリーの割り切っていた思考より、感情が勝ってしまっていた。

 

「何でだ…ッ! なんでお前は! なんでお前達はここまでするんだ!?」

 

目の前に立つ、かつての親友であり、相棒だと信じた男へ、ライリーは叫んだ。彼の心には、冷静さが無かった。色々な気持ちと感情がごちゃごちゃになって込み上げてくる。

 

そんなライリーに向かって、アーチャーの隣にいた一人の魔導師が飛び出した。

 

「貴方の相手は、私よ。貴方を、アーチャーのもとへは行かせない!」

 

管理局一般魔導師が使用している物と同じデバイスを構えた魔導師、ウーティ・リリィが、ライリーの前に立ちはだかる。

 

「俺はアーチャーを止める…! お前に構ってる暇は無いんだ! どけぇー!」

 

ライリーがビットを展開すると、アーチャーを庇うように立つウーティに狙いを定めた。ウーティはビットが自分へ狙いを定めたと予測すると、迷うこと無くライリーに向かって突撃した。

 

「馬鹿な…! こっちへ来るだと!」

 

すかさずライリーはビットで、接近してくるウーティへ迎撃を行うが、彼女はすさまじい速さで移動しながら、身体を左右へ回転させてビットから放たれた魔力スフィアを避した。そのままウーティは早さを殺さないで、ライリーの懐へ突っ込み、杖型のデバイスを振るう。激しい閃光と火花を散らせながらウーティとライリーが激突する。

 

「私がここまで近づけば、貴方は浮遊ユニットに集中できないわ。このまま、私に釘付けにさせてもらうよ!」

 

火花の向こうで、ウーティはライリーにそう言い吐いた。その気迫と彼女の力で、ライリーは彼女を避してアーチャーにたどり着く手段を見失った。

 

「くそっ…!邪魔をするなぁ!」

 

アーチャーにたどり着くには、彼女を倒すしかない。ライリーはティルフィングの先端から、接近戦用の高密度ブレードを出現させると、再びウーティと激戦へ突入した。

 

ウーティは、ライリーとアーチャーを戦わせたくなかった。エリアに入って、僅かな沈黙が流れた時、ウーティは直ぐ様ライリーに狙いを定めていた。反逆者であるアーチャーに、例え仮初めであろうと笑顔を与えてくれたライリーを殺させたくなかった。もし、アーチャーがライリーを殺せば、アーチャーはまた消えない傷を背負うことになる。それだけは、ウーティはさせたくなかった。

 

「アーチャーは、地上本部へ向かう。誰にもその邪魔はさせない。それは貴方にも…!」

 

 

****

 

 

ライリーとウーティが激しい接近戦を繰り広げる一方で、アーチャーの前には、ヘイズレグの魔導師を素早くあしらった二人の騎士が立ちふさがっている。

 

「…ヴォルケンリッターが二人揃ってか。俺も案外、人気者みたいだな、えぇ?」

 

アーチャーは立ちはだかるシグナムとヴィータを挑発するような素振りで、ベリルショットを持ちながら、軽く手首を回す。

 

「こないだの烈火の将と…お前、あの時のガキか」

 

アーチャーは値踏みするような目で、立ちふさがっている二人をじろじろと見下す。いや、見下していない。アーチャーには二人を前にしても、余裕があっただけだ。

 

それだけの余裕に似合う力をアーチャーは有していたのだから。背中に背負う魔剣があるかぎり、アーチャーは負ける気がしなかった。

 

「自分の仲間すら守れないお前たちに、俺を止められるか?」

 

そう言って、アーチャーはヴィータを睨み付けた。

 

「仲間の瀕死の姿を目の前にしただけで、何もできなくなる奴に、俺を止めることができると思っているのか?」

 

分かりやすいほどに、ヴィータがアーチャーの言葉に反応した。そんなヴィータに、アーチャーは哀れんだような目を向ける。彼は言葉でヴィータに揺さぶりを掛けていた。

 

なのはの大怪我で動揺を隠せずにいたヴィータの姿を、アーチャーは知っている。こういう相手は、精神的な動揺が目に見えてわかるものだ。引き出しをつつくだけで、全ての行動に支障が生じだろう。

 

アーチャー自身は、この揺さぶり応じる期待半分と言ったとこだった。その程度で崩れる相手が、ヴォルケンリッターと呼ばれる危険因子であるとは認めたくなかったからだ。

 

「確かに、私はなのはを守れなかった」

 

身を固めたヴィータが低い声でそう呟いた。流し目でヴィータを見たシグナムは、小さく微笑む。アーチャーも哀れむような目を止めた。ヴィータの声は低かったが、その瞳は揺るぎ無い自信と信念に満ちた目をしていた。

 

「アタシは…! もう後悔はしねぇ! 今度は絶対に…アタシは守るんだ!」

 

満足するように、アーチャーは歪んだ笑みで微笑んだ。ヴィータは構えたが、シグナムは愛機、レヴァンティンをまだ構えていない。

 

「この前の決着を付けよう、オーズマン」

 

伏せていた瞳を、まっすぐとアーチャーに向ける。その目は、純粋に戦いに殉ずる騎士の目だった。

 

「私も、ヴィータと同じく守るべきものがある。水平線の向こうにいる主や、主の友人たち」

「管理局は知ったこっちゃないっか」

 

アーチャーの問いに、シグナムは小さく笑った。

 

「言ったはずだ。私が従い守ると決めたのは、主だけだと」

「見上げた忠誠心だ。感心する。尊敬もする。だが、死の淵に立った時に、一言たりとも間違えずに、同じ言葉を言えるのならば、な…」

 

シグナムはゆっくりとレヴァンティンをアーチャーに向けて構えた。

 

「なら、それは私には不要な問いだ。その立場に追いやられるのはお前の方なのだからな。アーチャー・オーズマン…!」

「あぁ、だろうな…」

 

シグナムに答えるように、ベリルショットを構える。

 

アーチャーの気迫は、想像を絶するものだった。立ちはだかるのは、こちらの筈なのに。シグナムとヴィータは体が震えるような感覚を味わった。

 

「いいだろう。受けて立つ甲斐性くらいは見せてやる。このヘイズレグを止められるか試してみろ。そして心してかかってこい。お前たちの矛盾を抱えた信念が、どこまで通用するか、俺たちに見せてみろ…!」

 

バリアジャケットを揺らすと、アーチャーは一気にシグナムとヴィータへ間合いを詰めた。

 

その速さは、並みの魔導師ならば付いて行けない速度だ。だが、ヴィータとシグナムはしっかりとアーチャーの速さに対応する。その戦いは、共に戦場にいる魔導師たちにとって、もはや別次元の戦いぶりだった。シグナムとヴィータは息を合わせて止めることのない攻撃を繰り出し、アーチャーと斬り合っていた。

 

二人の連携は芸術的なまでに息が揃っていたが、それに対応するアーチャーも、常軌を逸脱した動きであった。切りつけ、薙ぎ、叩き、受け流し、紙一重で避す。めまぐるしい戦いが戦場の中央で繰り広げられている。

 

「さすがクロスレンジならば負け無しと、豪語するだけあるなぁ!」

 

二人の化物を相手とるアーチャーは、二人と同等か、それ以上に機敏に動き回りながら興奮したように叫んだ。彼の動く後には、赤い軌跡の残光が尾を引いていた。一度彼と戦ったシグナムは、アーチャーが何らかの魔力付与を受けていることを見抜いていた。おそらく、アーチャーが背負うダインスレイヴからの影響だろうと、簡単に予想できていた。

だが、見抜いたところで、状況が好転するわけでもない。陸と空の制約がある二次元じゃなく、三百六十度、障害物がない三次元の空中戦の中で、アーチャーは二人の攻撃を容易くあしらっている。

 

彼も、シグナムたちと同じく、化物だ。

 

ヴィータも、アーチャーの腕の良さを痛感していた。油断しているつもりはなかったが、ここまで翻弄されるとは、予想していなかった。

 

「なら、これはどうだ!」

 

アーチャーは取りついていた二人を横薙ぎの一閃で大きく後退させると、ブレードモードのベリルショットを、ブラスターモードに切り替える。そして、再度仕掛けようとしているシグナムとヴィータへ、ありったけのレールガンの連射を浴びせながら、彼はぐんと急上昇をした。

 

上昇すると、そのままアーチャーは、応援で本部から飛んできていた三基の輸送ヘリ郡の中へ突っ込む。

 

「くそ、ヘリを影にしてちょこまかと…!」

 

アーチャーに追いすがるべく、同じようにヘリの間を飛び回るヴィータは、不満そうに歯を食い縛った。三基のヘリに乗る魔導師や、スタッフは、激しい航空戦のせいで援護どころか、身動きがとれなくなってしまった。

 

アーチャーが不規則にヘリの周りを旋回すると、ベリルショットに内蔵されているワイヤーアンカーを停滞するヘリ側面へ放った。アンカーが刺さっている場所を基点に、彼の軌道は凄まじい旋回をし、アーチャーを追うヴィータめがけて突っ込んだ。ヴィータが反応する間も無く、アーチャーは急旋回の回転力を乗せた膝蹴りを容赦無く打ち込んだ。

 

「あぐっ…!」

 

魔力付与による強烈な一撃は、そのままダイレクトにヴィータに叩き込まれた。反動で彼女は直ぐ後ろのヘリの側面に叩きつけられる。アーチャーのバリアジャケットは、魔力を無効化する特殊な技術が施されており、あらゆる障壁を無視した衝撃は、鋼鉄製の輸送ヘリの側面が大きくへこむほど、強烈なものだった。

 

「ガキに手をあげるのはダメなんだろうが、こっちは外道だ。手加減は無しだぞ」

 

痛みとショックのせいなのか、あまりの展開に状況が理解できていないヴィータに、アーチャーはベリルショットの銃口を向けた。が、このときに生じた僅かな隙を、シグナムは見逃さなかった。

 

銃口を構えるアーチャーの真横からシグナムが大きくレヴァンティンを振り下ろす。アーチャーはすかさずもう一方のベリルショットをブレードモードに切り替え、迫ったシグナムの攻撃を受け止めた。獲物をヴィータからシグナムに切り替えると銃と剣を巧みに使い、ヘリの合間を縫うようにシグナムと剣戟を交わす。ヴィータはようやく起き上がると、下から上がってくる轟音に気づかないまま、魔力の火花を散らしながら戦うシグナムのあとを追った。

 

三基の輸送ヘリ編隊の真下から、一基のヘリが強引に割り込んできた。

 

そのヘリはFJ704-X式ヘリコプターだ。シグナムとヴィータの二人は、そのヘリが後方でグラハムが指揮するはずのバックヤード隊のヘリだと、すぐに理解する。三基の輸送ヘリとは違った性能を見せるバックヤード隊のヘリは、正確な操縦性能で三基の中へ割って入ってみせた。

 

「隊長か…! あまり手間は掛けられないんだ。お前たちの先にある場所へ行かなければ、俺たちは進めないんだからな!」

 

ヘリのランプドアは開いていた。そこには、片腕を無くしたグラハムが、バリアジャケット姿で佇んでいる。

 

「アーチャー…お前の企みは叶いそうにないな」

 

片手でデバイスを構えたグラハムは、六つの魔力スフィアを自分の周辺に展開すると、アーチャーめがけて撃ち込む。

 

「くっ…!嫌らしいところに撃ち込んでくるもんだ!」

 

グラハムの放った魔力スフィアの弾道は、三つが回避できる軌道であるが、もう三つの弾道は、最初の三つを回避したことを予測して放たれてる。つまり最初の三つは囮で、その三つを回避したらなら、次の三つの魔力スフィアのどれかに餌食となってしまう。それは、グラハムやサイファー隊の得意とする二射必当のばら蒔き撃ちだった。

 

「懐かしいか、アーチャー!」

「…情をおだてて訴えようだって、そんなものは通用しないぞ」

 

アーチャーはグラハムの放った最初の三つの魔力スフィアを避して、残ったスフィアを全てをベリルショットの弾丸で相殺する。

 

「アンタとは、もう交わす言葉などない…!」

 

そう言って、アーチャーは、そのままグラハムに銃口を向けた。銃口を向けられても、グラハムは冷静だった。

 

「俺にはあるんだよ、俺はお前の隊長なのだからな」

 

アーチャーは何か言いたげな風に口を開くが言葉よりも怒りが満ちていた。ベリルショットの引き金にかけた指に力を込めようとした時、アーチャーの真下から細い魔力の光が僅かに彼を照らした。

 

「これは…!」

 

その光に、アーチャーは思わず息を飲む。この細い光。嫌な予感が全身へ駆け巡る。そしてこれは〝前兆〟だと、アーチャーは瞬時に理解した。

 

 

****

 

 

ウーティとの接近戦に追いやられていたライリーは、彼女の追従から逃れようと空をジグザグに飛行していた。だが、その程度で彼女が離れるわけもなく、きりもみながらデバイスでの近接戦闘を繰り広げていた。

 

「離れろよ!お前に構ってる暇は無いんだ!」

 

ティルフィングの先端から出る高密度ブレードで、彼女の攻撃を避し、反撃するライリーは、苛立ったように怒鳴った。

 

「貴方だけは、死んでもアーチャーの元には行かせない!」

 

それでも、ウーティはライリーに食らいついていた。

 

こうも張り付かれると、確かにビットの操作は困難を極める。

 

だが、それは他方向にいる複数の敵に対応するアサルトシフトの場合だけだ。目の前で食らいついてくるウーティだけを狙うなら、ビットによる対象への直接攻撃を行うブレイクスルーシフトを使用すれば、難しい計算はいらなかった。

 

だが、ブレイクスルーシフトは凶悪な一面も持っているため、ライリーは使用を躊躇っていた。火花を散らしてぶつかり合っていたウーティはつばぜり合っていたデバイスを離して、大きく振りかぶる動きを見せた。

 

「俺に…ブレイクスルーシフトを使わせるな!」

 

その一瞬の隙を見逃さなかったライリーは、大雑把な計算だけで、三基のビットを使い三つの方向から囲み込むようにウーティを挟み込む。死角から包囲したビット、突然の出来事に思考と体が反応できなかった。

 

「そんな…! あんな一瞬で座標の演算をしたって!?」

「単調で大まかな動きだけなら、あれだけ時間があったら充分だ」

「手加減して…私を馬鹿にしたって言うの? 私より年下の癖に…生意気に!」

「この場で年相応な上下関係に固執するから、足元をすくわれるんだ!」

 

ウーティをビットで拘束したライリーは、彼女にティルフィングを構える。

 

「非殺傷といっても、この技は結構効くからな。情けだ、歯を食いしばれ」

 

ライリーはそう言うと同時に、向けられたティルフィングの先端に球体状の収縮された魔力が現れ、その収縮された魔力ごと先端をビットに当てた。

 

「スタンショット!」

 

キュイン、と甲高い音と共に収集された魔力がビットに流れ込むと、彼女を拘束する三基ビットすべてを通してウーティの体へ凄まじい衝撃波を叩き込んだ。

 

「あ"あああああ!!」

 

鏡合わせのように連なる三機のビットのリフレクターは、ライリーが与えた衝撃波を反射させ、より一層威力を発揮させる。成す術もなく攻撃を浴びせられたウーティの意識は抵抗も虚しく根こそぎ奪われた。

 

「しばらく寝てろ! くそ…距離を稼がされたか…」

 

気絶したウーティの拘束を解いたライリーは上空を見渡す。彼女の追撃を逃れるために飛行していた為か、シグナムやヴィータたちがいる場所から大きく離れてしまっていた。気絶する間際、彼女はライリーを哀れむように鼻で笑っていた。彼女の狙い通り、この距離からビットを使えば間違いなくライリーには隙が生まれる。その間に残りのヘイズレグの魔導師で彼を押さえ込めばいい。すでに、何人かのヘイズレグの魔導師がライリーの元に向かってきていた。

 

「…マリー、アンタの技術を頼りにしたぞ!」

 

ライリーはティルフィングを真横に突き出すように構えると、軽く腰を落とすようにティルフィングの切っ先を光が瞬く三基の輸送ヘリがいる編隊に向けて構えた。

 

「こい、ビット!」

 

その声に答えるように、ライリーの周囲に展開していた四基のビットが、ティルフィングの切っ先へ集まり、切っ先を囲むように規則正しく並んだ。

 

「ティルフィング、カードリッジを!」

《了解。カードリッジ、リロード。残弾は残り7です》

 

ガシャンと音を立てて、カードリッジユニットから空になった薬莢が二つ飛び出した。それと同時に、切っ先に配置された四基のビットが、ゆっくりと円形に回転し始めた。回転し始めるビットから、カードリッジシステムによって増幅された魔力が発せられ、バチリ、バチリと電気へ変換されて行く。

 

《キャパシターシステム、正常蓄電中》

 

この魔力変換機構は、マリエル・アデンザがティルフィングを強化した際にアップデートしたシステムだった。ビットを含め、ティルフィングには魔力変換機構は搭載されてなかった為、ライリーが使用としているこの術式は、まさにぶっつけ本番の魔法術式だ。

 

「少し不安だが、この距離なら当てられる…はずだ。信じるぞ、マリー!」

 

ライリーの眼前にモニターが表示されると、望遠映像がバックヤード隊のグラハムと、アーチャーが向かい合っている姿を捉えた。

 

「まさか、この距離から狙撃するつもりなのか!」

 

ライリー目掛けて向かってきていたヘイズレグの魔導士は、収束する魔力光を怒りを孕んだ目で睨み付ける。彼らは自分の周辺に魔力スフィアを展開し、ライリーの行動を妨害しようとした。

 

《プラズマ出力、制限値到達を確認》

 

だが、その行動はあまりにも遅い。ライリーの前に表示されたモニター内に映るゲージが、満タンになったことを知らせる。

 

「レールガンの専売特許はお前だけだと思っていたら、大間違いだぞ。アーチャー!」

 

ティルフィングの切っ先に魔力が収縮すると、ほんの僅かな間、細い魔力光が着弾地点までのガイドラインとして照射される。

 

「グラビィティブラスト! ファイアー!」

《グラビィティブラスト、発射》

 

充填された魔力がティルフィングから放たれると、砲撃は回転する四基のビットの中を通って、瞬時に加速される。円錐形の衝撃波を放ち、その光は、向かってきていたヘイズレグの魔導士たちを巻き込んで、一直線にアーチャーへと伸びていった。

 

 

****

 

 

細い魔力光がアーチャーを照らした刹那、その光に沿うように飛来した砲撃魔法が、アーチャーに呑み込んだ。

 

「何だ、この弾速の魔力光は…!」

 

何の前触れもなく目の前を横切りアーチャーにぶつかる砲撃の光で、ランプドアにいたグラハムは思わず目を伏せる。その凄まじい速さで放たれた砲撃は、既存の砲撃魔法の弾速を遥かに上回った速さだった。

 

「この距離から狙撃だとぉ!」

 

ベリルショットに搭載されているオートガード機能により防護魔法マトイキシンが発動する。

 

シグナムの防護魔法「パンツァーガイスト」を元に作られた【マトイキシン】は、防護魔法を身に纏うことにより、魔力を防ぐのではなく、逸らす性質を発揮する。直撃した砲撃はマトイキシンの防護魔法を境目に滑るようにアーチャーから逸れていく。しかし、ダメージは軽減されたがその威力は相殺できるものではなかった。鈍い痛みが体中に走っていく。

 

「ぐぅ…この閃光はライリーか…! たった数日でこれほど力を得たのか? やはりお前は、俺の越えるべきモノか…!」

 

ダイスレイヴで身体能力と、感覚神経が高められているアーチャーでも、ライリーの砲撃を事前に察知することが出来なかった。グラビィティブラストの渦を切り裂いたアーチャーは、砲撃が放たれた場所を睨み付ける。すると、直ぐ様に動けなかった三基の輸送ヘリから、アーチャーを囲むように十人ほどの管理局魔導師が出てきた。

 

「アーチャー・オーズマン。お前の反逆もここまでだ。大人しく捕まって貰うぞ!」

 

ライリーの遠距離からの援護を好機と見たグラハムは、ランプドアから魔力スフィアを操り、包囲したアーチャーへそう告げた。先程まで激戦を演じていたシグナムやヴィータも、彼を逃がさないように挟み込む。

 

「反逆? 元よりアンタたちが始めたことだろう! これは!」

 

囲まれたアーチャーはバリアジャケットを翻し、拘束しようと迫ってきた二人の魔導師をベリルショットで斬り伏せた。

 

「魔法という言葉に甘んじ、命の重さを、尊さを忘れたお前たちが。尊厳を、大切なものを奪い続けるお前たちが正しい? ふざけるな!」

 

幾つもの魔力スフィアを受けていながら、彼はまるで痛みを感じていないように、撃ち込まれる魔力スフィアを無視し、止まること無くベリルショット振るい続ける。

 

身体にいくら痛みが走ろうとも、非殺傷設定であるならば、深い外傷を負うこともなく、受ける者も簡単に死ない。それが非殺傷設定の特性だ。

 

逆にアーチャーを相手にする魔導師たちは、振るわれる剣戟が体を掠める度に鮮血が空に散る。浅いが、幾つもの傷が隊長の体を、体力を蝕んで行く。それが、人を傷付けるということ。

 

非殺傷設定であることで「人を殺してしまう」という不安を忘れ、ただ痛め付けるだけで道徳心を疎かにした結果、アーチャーの幼なじみは死んだ。彼を含める「ヘイズレグ」のメンバーが、管理局からあらゆる「何か」を奪われたのは確かな事実だった。

 

彼らは明確な理由を抱いてこの場にいる。彼らは殺戮者じゃない。武器を手にし、戦い方を学んで立ち上がった復讐者だった。

 

「だからといって、貴様が正しいのだと言えるはずがないだろう!」

 

入り乱れる中で、シグナムとアーチャーの刃が交差し合い、火花が辺りに散る。向き合うシグナムが、腹の底から吐き出すように敵へとそう叫んだ。

 

「あぁそうさ、烈火の将。俺たちがやっていることが正義だと、言い切れるやつなんてこの世界に誰もいない。だが、お前たちの立場としてもそれは然りだ」

 

シグナムの剣戟を力業で押し返すと、アーチャーはヘイズレグの魔導師たちを従え、ランプドアに佇んでいるグラハムを怒りと興奮を孕んだ目で睨み付けた。

 

「だから俺は示す」

 

彼の揺れる外套の両脇に、魔力の光が伸びる。アーチャーにとって舞台は揃っていた。何故、わざわざ彼は取り囲まれるような迂闊な真似をしたのか。それに気付いたグラハムは反射的にデバイスを構えたが、片腕しかない彼が、ダイスレイヴで身体能力を強化しているアーチャーに、追い付くはずがなかった。

 

「俺たちはこの歪んだ正義と過去を清算し、本当の正義を世界に証明する」

 

アーチャーがベリルショットを下から振り上げた。その瞬間、ブレードの刃が空中に飛び出す。飛翔しながら三日月型に変化するブレードは、囲んでいた局員魔導師の隙間を通りすぎ、後方に滞空していたバックヤード隊のヘリのメインローターを簡単に切り裂いた。

 

「軽輸送ヘリ三基でも足りたが、アンタも出てきてくれたから助かったよ。グラハム隊長」

 

ダイスレイヴで底上げされた物理衝撃波は、ヘリの主翼であるメインローターを簡単に吹き飛ばす。アーチャーは最初からこれを目的として、輸送ヘリ編隊の中へ飛び込んでいたのだった。

 

姿勢の制御を失ったヘリは、周辺に滞空していた輸送ヘリに衝突して行くと、破片を空に撒き散らし爆発した。

 

炎をまとったヘリの部品や回転翼の破片がアーチャーを包囲していた魔導師や、シグナムたちに襲いかかる。

 

 

****

 

 

防衛ラインの通信網を担っていたバックヤード隊のヘリが堕ちた。オンラインで繋がっていた索敵レーダーは既に役立たずで、防衛ラインの通信網は完全に死んでしまっていた。

 

「何だ!今の爆発は…!」

 

グラビィティブラストを放ったあと、海上ぎりぎりまで降下していたライリーは、まるでタービンやモーターを焼け切れるまで高速で回転させているような音に耳を傾けていた。

 

【各通信網遮断! ダメだ! 使い物にならない!】

 

ライリーの目の前を、尾を引いて落ちていくそれは上空を旋回していた三基の輸送ヘリと、グラハムが指揮を執っていたはずのバックヤード隊のヘリだった。

 

 

 

そして、彼らを嘲笑うように鈍い鋼の光が防衛ラインを易々と通りすぎたのを見つけた。

 

 

 

【索敵レーダーはアテになりません! 各隊魔導師は視認で敵魔導師の突破阻止を――】

「抜けられたッ!」

 

ライリーは誰の有無も聞かずに、空中で体を反転させて一気に地上本部方向に向かって弾丸のように飛び出した。

 

「肉眼でターゲット、アーチャー・オーズマンを確認した! 追撃する!」

 

通信官が間抜けな声を上げる。ライリーは見逃さなかった。防衛ラインからさほど離れたエリアを、アーチャーが悠々とロストロギア、ダインスレヴを携えて通りすぎたのを。

 

【や、奴は、これが狙いで!】

「各隊! 動けるやつは奴を追え!」

 

混乱状態の防衛ラインだが、数名の魔導師がすでに飛び出したライリーを見習うように体を反転させる。だが、すぐさま通信が入った。

 

【ダメです! 敵が多すぎる! 今このエリアを離れたら敵魔導士が一気に雪崩れ込んでしまいますよ! ターゲットを追跡できるのは彼しか…!】

 

それに防衛ラインを抜けたアーチャーは、もはや追える距離にはいない。

 

仮に防衛ラインにいるメンバーが追ったとしても、同時に雪崩れ込むヘイズレグの魔導士の対応に追われる。そんな混戦状態では地上本部に到達する前にアーチャーを押さえることは無理だ。それほどの距離が既に開いてしまっていた。サイファーチームを除いては。

 

「湾岸隊! ターゲットは二人のエスコート魔導師に守られてる形で湾岸線に向かっている!」

 

地上本部を目指すアーチャーのすぐ後ろを追って海上沖を高速で飛行するライリーは、アーチャーの状況を湾岸線で待機している地上部隊へ伝えた。

 

【サイファー1! ターゲットが湾岸線を越えたら地上本部は目と鼻の先です! なんとしても湾岸線を突破する前に食い止めてください!】

 

海上から見える湾岸線は、雲がかかっていて不気味に見えていた。ライリーは心の中で思わず毒づく。追い付いたとしても、アーチャーをエスコートしている二人の魔導師に阻まれるだろう。敵はこちらが非殺傷設定であることを逆手にとって大層な魔法以外なら気にせず突っ込んでくる。

 

命を捨てる覚悟を持つ相手は手強い。エスコートを相手にすれば、アーチャーを止める手立てが無くなる。

 

どうする。

 

ライリーは躊躇っていた。高速で飛行するライリーは、ギリッとティルフィングを握りしめた。

 

「サイファー1! ボーン二尉!」

 

通信機から、若い声が割って入ってきた。思わず後ろへ視線を向けると、そこにはライリーを追走する形で二人の魔導師が飛んでいた。彼らはサイファーチームのメンバーだ。

 

 

****

 

 

ライリーが抜けた防衛ラインでは、サイファー隊と合流した魔導師が、アーチャーに続いて進撃しようとするヘイズレグを食い止める為に、混戦を繰り広げていた。

 

撃破されたヘリは、すでに墜落し海中に没していたが、パイロットやスタッフは墜落する中、シグナムやヴィータたちによって救出されていた。グラハムも片腕ながら向かってくる敵を蹴散らし、現場の統制を取り戻しつつある。

 

「すまない、俺のミスだ。ライリー、アーチャーを止めれるか…!」

 

通信機で繋がるライリーに、グラハムは苦しさが込もった声でそう懇願する。彼も思考を巡らせてはいたが、いくら考えてもアーチャーを止めることが出来るのは、もうライリーしか居なかった。

 

「防衛ラインからは誰一人として、もう通さん。ボーンは気兼ねせずに奴を止めろ」

 

非殺傷設定をモノともせずに突っ込んでくる敵に応戦するシグナムは、先を行くライリーにそう言った。彼女と背中を合わせるヴィータも、シグナムに続くように叫んだ。

 

「ライリー、アンタなら絶対にできる! だからミッドチルダを…その先にいる皆を守ってくれ!」

 

背中合わせの二人に向かって、真下から砲撃魔法が放たれた。

 

「私たちの役割は、もう終わったの。誰もアーチャーを止められない。誰にも!」

 

砲撃を放ったのは、意識を取り戻したウーティだった。墜落したときに海水でずぶ濡れになったが、彼女はまだ戦う力が残っていた。

 

「奴が簡単に行かせると思うか? 私たちを甘く見ないことだ!」

 

シグナムは下から上がった砲撃を身を翻すようにかわして叫んだ。

 

「私たちは今も戦い続けてる、あの日からずっと…!」

 

残った彼女たちも、場所は違えどライリーやアーチャーがと同じように、終わることなく戦いは続いている。

 

 

****

 

 

「エスコートの二人は自分とサイファー5で押さえます! ボーン二尉は、気にせずターゲットを押さえに行ってください!」

 

ライリーに着いてきたのは、ティーダ・ランスターだった。ティーダはライリーに見えるようにサムズアップをしながら、風を切る音に負けないくらいの大声でそう叫んだ。ライリーは一瞬だけ迷ったように瞳を陰らせたが。

 

「あぁ、わかった。任せたぞ! サイファー3、サイファー5!」

 

そうティーダと同じくらいの大声で叫んだ。

 

「はい!」

 

真剣そのもののような返事をしたティーダ達は、アーチャーからエスコートする魔導師を引き剥がすために魔力スフィアを放つ。アーチャーから魔導師が離れた瞬間、ティーダたちが加速し、エスコートする魔導師と交戦する体勢へと移った。四人の魔導師が一気に視界の背後へと吹っ飛んでいく。

 

その穏やかな空にいるのは、ミッドチルダ地上本部へ一直線に向かうアーチャー・オーズマンと。

 

「ケリをつけるぞ…アーチャー!」

 

そして、彼を追走するライリー・ボーンだけだった。

 

 

 

――NEXT

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