魔法少女リリカルなのは外伝   作:紅@あの丘の向こうへ

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15.激突

 

 

ミッドチルダ地上本部。

 

首都クラナガンの中心部に位置し、時空管理局組織の要とも言える拠点。その場所から僅か数十キロ先の湾岸線と海上沖の空間を、一直線に切り裂くように、赤と蒼の魔力光が尾を引いて切り揉み合っていた。

 

切り揉み合う二人の空戦魔導師。

 

彼らにとって、空と陸の境界線は既に無く、海面ギリギリを飛ぶ際に巻き上がった塩水が肌に張り付いた。世界が縦横無尽にひっくり返って、重力という柵から抜け出したような無重力感覚が腹の底から脳へと響き渡ってくる。

 

『地上隊!そっちでサイファー1を援護できるか?』

 

復旧した管理局の通信回線から、砂嵐のようなノイズに混ざって、魔導師たちの通信が聞こえてくる。

 

『無理だ!二人とも速すぎる!』

 

風を切るヒュウヒュウという音が、鼓膜をツンと張らせる。雲や海面に反射する光が、すさまじい勢いで後ろへ吹っ飛んで、目の前には、まだ遠くではあるが地上本部を防衛する境界線である湾岸が迫ってきていた。

 

『すげぇ…こんな空中戦、今まで見たことねぇ』

『エース同士の戦いだ!各員、持ち場を離れるな! 誰も邪魔をさせるんじゃないぞ!』

 

キュパ。

 

目の前を滑空する「相手」から風圧を感じる。すでに数回味わったその違和感に、こちらも即座に反応する。猛スピードで空中滑空しながら、グルンと体を横へ反転させて今まで飛んでいた飛行進路のラインを変えた。ほんの僅か。すぐ傍を魔力で構成された極音速のレールガンが掠めた。飛行進路を変えていなければ直撃していただろう。

 

「アーチャー、お前は…行かせない…!」

 

一直線に地上本部へ飛ぶ「アーチャー・オーズマン」に向かって、小さくそう言葉を吐くや、彼を追う「ライリー・ボーン」は、ティルフィングを目の前を飛行するアーチャーへ向けた。周囲を飛んでいたビットの先端の射出口からアーチャー目掛けて追尾型の魔力スフィアが撃ち出される。

 

「ちっ!」

 

迫ってくるライリーの魔力スフィアにアーチャーは、直進飛行する体を捻り、体を飛んでくる魔力スフィアへと向けた。

 

「蹴散らせ、ベリルショット!」

《yes sir.》

 

銃剣であるベリルショットの銃口から瞬く間に火が吹いた。搭載されたレールガンから凄まじい速さで弾丸が発射され、迫ってきていたライリーの魔力スフィアをことごとく撃ち落とした。

 

このやり取りは、ライリーとアーチャーの追走戦が始まってから既に数回繰り返されていた。ここからアーチャーがライリーへレールガンを放ち、牽制しながら合いを保って管理局地上本部へと向かう。

 

だが、今回はこれで終わりじゃない。

 

牽制するためにレールガンを放とうとしたアーチャーの背後。彼には背中越しにヒュンと風を切るような音が聞こえた。振り向くと自分の行く手には一基のビットが立ちふさがっている。

 

「くっ…!」

 

猛スピードで飛行していたアーチャーは即座に速度を急減速させる。彼にまとわり付くように円錐形の空気の膜が現れ、風船が弾けるような鈍い音が聞こえた。

 

その広がった膜に一直線に伸びる細い光が照らされた瞬間、一気に膜を消し飛ばしたが、急降下するアーチャーの脇を掠めるだけに留まる。

 

「外した…! しかし進路は塞いだぞ、アーチャー!」

 

二発分の空薬莢がティルフィングから弾き出される。ライリーは、アーチャーのレールガンと同じく、凄まじい弾速を誇る砲撃魔法「グラビィティブラスト」を撃ち出した。それも射線軸が定めにくい、砲撃を行うには適さない飛行体制のまま。

 

だが、アーチャーはその攻撃をかわしてみせたのだ。微かな焦りが滲むライリーは海面に向かって急降下するアーチャーを追うように銃口を僅かに動かした。

 

海面に向かうアーチャーも予測できなかった攻撃に体勢を崩したままだった。彼の姿勢制御を疎かにさせるほど、ライリーの高速砲撃魔法は、充分な威力を発揮した。この状況を過去にアーチャーは体験している。

 

この戦術はライリーと模擬戦をやったときと、同じ状況だった。

 

そして今自分が飛んでいる飛行ラインもライリーの思い描いた通りのラインだろう。狙って仕掛けられる相手の次なる一手も、アーチャーには予測できていた。グンッとアーチャーは空中で姿勢を安定させると、ベリルショットをブラスターモードからセイバーモードに切り替え、正面を防御するように交差して構える。

 

その瞬間、彼の視界が目まぐるしく吹き飛んだ。上空から二射目の砲撃魔法がアーチャーに降り注ぐ。互いの魔力と魔力がぶつかり合い、派手に火花が散った。

 

「ライリー…!」

「止まれぇー!」

 

ライリーの雄叫びに、アーチャーの呟くような言葉は揉み消された。同時にベリルショットから伝わってくる重い力がほんの僅かに緩まった。

 

ガツン、と凄まじい力がアーチャーの体を貫かれる。まるでバカでかい鈍器か何かで殴り付けられたような感覚だったそれは、ライリーの砲撃閃光の中から現れたビットが、アーチャーに襲いかかったものだ。海面からそう遠くない空からアーチャーはビットの直接攻撃を受け、波立つ海面に叩き付けられる。

 

空から一直線に海へと落とされたアーチャーの体は、海面で数回バウンドする。巻き上がった塩水が顔に張り付くような感覚。数回海面バウンドをしたアーチャーは、姿勢を立て直し、転がっていた自分の体をピタリと止めた。

 

「ライリー・ボーン!」

 

〝この一連の戦術〟は、訓練生時代にライリーがアーチャーにしかけた戦術だ。

 

以前はライリーもアーチャーも専用のデバイスがなく、訓練用のデバイスでやり合っていた為、アーチャー自身、この戦術にそれほど脅威は感じていなかった。だが、それは過去の話だと、彼は痛感した。過去とは違い、ライリーは次世代型デバイス、ティルフィングを持っている。そのデバイスアビリティはライリーにありとあらゆる戦術の可能性をもたらしたのだ。

 

「…ライリー。お前は、仲間の死を乗り越えて、俺の裏切りを乗り越えて。それでもお前は、まだ俺の前に立ち塞がるか」

 

しかし、それはアーチャーの予測の範囲内。

 

自分がヘイズレグの切り札となると知られている以上、自分を止めることができる人物は、必然的に管理局で一番互いを理解し合ったライリーしかいないのだから。最早、逃げ切る間合いではなくなった。

 

ライリーのしぶとさは、アーチャーが一番よくわかっている。止めようとするなら、どうあっても止めるのがライリーだ。そのしつこさが買われ、ライリーはサイファー隊の攻撃チームに入れられたのだろう。地上本部へ辿り着くには、今、目の前に立ち塞がるライリーを倒していくしかない。地上本部へ続く湾岸線を背中に背負うライリーに、海水で水浸しになったアーチャーは、自嘲のような笑みを向けた。

 

「もう止まれ! アーチャー! なんでお前はそこまでするんだ!」

 

悲痛そうに顔を歪めながら、ライリーはティルフィングをアーチャーに向けた。だが、アーチャーはベリルショットの銃口をライリーに向けずに下げたままだ。

 

「何故だと? 何故も何もない。俺は最初から俺だっただけだ」

 

ベリルショットを下げたまま、アーチャーはティルフィングを構えるライリーと向き合う。

 

「お前が感じている感情はなんだ? 俺がサイファー隊の奴らを殺したことか? 俺がお前を裏切ったことか?」

 

ライリーにそう問いかけるアーチャーは、サイファー隊に居たときと変わらないような、おちゃらけたような態度でいたが、その眼光は鋭さを保ったままだった。

 

「そのどちらかなら、その感情に対する俺の答えは決まっている。俺とお前が出会ったあの日から」

 

管理局へ正式に入局したあの日から。訓練所でライリーと出会ったあの日から。

 

「アーチャー! お前は! ここまで道を違えてでも、お前たちの望む事は本当に叶えられるのか! 今の管理局のあり方が間違っていると言うなら、武力で訴えるお前たちも、間違っているとは思わないのか!」

 

ミッドチルダの世界、時空管理局によりもたらされているこの平和が結果的に争いの上で成り立っているとアーチャーが言うなら、それが間違っているからと行動をおこしたヘイズレグも間違っている。

 

誰もが武器を持つことなく、戦うことのない世界。それがヘイズレグの理想だと言うなら、そんなものとっくの昔に破綻している。戦うことで生きることを勝ち取らなければならない世界。それが今の世界の基盤であり、根源なのだから。

 

「だったらお前が示してくれるのか。真の正義を…!」

 

その瞬間、陽気な笑みを浮かべていたアーチャーの表情が一変した。

 

怒り、後悔しているような、憎悪を孕んだそんな眼光でライリーを睨み付ける。

 

「俺は本当の正義を知りたい。その為に今まで生きてきた! 屈辱に耐え、悲しみを越えて!」

「違うアーチャー! そんなの、ただの管理局に復讐しただけじゃないか!」

「それでもだ! 俺はその為だけにこの場に立ち続けたんだ! 本当の正義を知るために…!」

 

ライリーの言葉など、もうアーチャーには届かない。

 

下げられていたベリルショットの銃口が、ライリーに向く。向き合う銃口と銃口。それが、ライリーとアーチャーの境界線だった。矛盾を抱きながら惰性化された平和の中に居る者と、それを撃ち破ろうと血の代償を支払い続ける者との境界線。

 

「アーチャー! お前がやろうとしてることは、正義でも何でもない! 殺戮者と同じなんだ! そのまま地上本部にたどり着けば、お前はもう引き返せなくなる!」

「どのみち、俺はもう引き返さない。約束を果たすためにな」

 

互いのデバイスから火が吹く。同時に、ライリーとアーチャーは上空へと舞い上がった。

 

「俺を相棒と呼ぶなら…なぜ俺を理解しないんだ! ライリィー!」

 

外れてしまった互いの魔力スフィアは海面に着弾して爆散し、それは高い水柱を上げた。

 

「お前はただ、決められた物に従っているだけだ! 過去遺失物を回収し、物理兵器を撤廃させようとしている管理局の規律に! そこに何の正義がある!」

 

アーチャーのベリルショットから極音速の弾丸が飛び出す。ライリーは向かってくる弾丸を臆することなく捉えた。直線的に飛んでくるほど、その弾道は見抜きやすい。

 

ライリーはティルフィングを一閃に振るう。アーチャーの魔力スフィアが着弾する手前の場所にビットが滑り込んだ。リフレクターシステムを起動させたビットは飛翔してきたアーチャーの弾丸を弾き返す。それでも、アーチャーの猛攻は終わらない。

 

「その搾取に、全てを奪われた者がいるとも知らずに! 規律や理想を優先して、思考を捨てた管理局が世界の善だと? そんなもの、笑い話にもならない!」

 

射撃がダメならばと、アーチャーはビットによって跳ね返した自分の弾丸や、ライリーが放つ迎撃弾を掻い潜り、強引に近接攻撃を仕掛けた。

 

「惰性し、矛盾し続けるこの偽りの世界で、お前は何を望む! 何のために戦う!」

 

鉄と鉄がぶつかり、擦り合う音と火花が散った。焦げるような鉄の匂いと、海の潮の匂いが混ざり合う。

 

「考えることすらやめた奴等を背に、お前は何を思ってそんな奴等を守る!」

 

アーチャーが扱う二丁の銃剣は、まるで生き物のように乱舞しライリーに反撃の隙を与えなかった。強化されているアーチャーの攻撃をティルフィング越しに感じる。衝撃と眼前を飛び散る火花で視界が揺れ霞んだ。けれど何故か、アーチャーの言葉だけは鮮明に聞こえていた。

 

「胸高らかに自分たちは正しいと叫ぶなら! それを証明してみせろ!」

 

二対の光刃を空に向かって振り上げ、アーチャーは渾身の一撃をライリーに見舞う。今まで以上の衝撃が、雷のようにライリーの体を突き抜けた。その一撃を受け止めた肩や骨、関節が、嫌な音を身体中で鳴り響かせる。近接戦闘を得意とするアーチャーに、力と力の勝負じゃ敵わない。何度も訓練中に思い知らされていた事だ。

 

さっきの一撃のお返しだ、と言わんばかりに派手な音を立てて、アーチャーはベリルショットを振り抜いた。なんとかティルフィングで受け止めるが火花が辺りに飛び散り、耐えきれなくなったライリーの体は、大きく真下へ吹き飛ばされる。

 

頭から仰向けに引き飛ばされたライリーの先には、波間が漂う海面が迫る。突き刺さる様な冷たさが体を貫いた。頭から海面に突っ込んだライリーの体は水面を跳び跳ねるようにバウンドする。

 

上下感覚が一瞬で狂い、重力に従う内蔵が体の中で上へ下へと暴れまわる。叩き付けられる度に、ちぐはぐになる意識をなんとか引き留めて、ライリーは忙しく入れ替わる風景の中で的確に海面へと手を伸ばした。体に急減速の衝撃が走る。硬い粘土層の地面に手を突っ込んでいるような感触が、海面に触れる自分の手から全身へと流れ込んだ。

 

デタラメにバウンドしていたライリーの体は徐々に体勢を立て直していき、海面で制止した。舞い上がった水飛沫が顔やバリアジャケットに張り付いて、高ぶったライリーの思考を冷やした。

 

「アーチャー…。俺は、この世界の正しさだとか悪だとかは、正直…分からない」

 

上空から自分を見下ろすアーチャーからの問いに、ライリーは海面へ顔を俯かせながら答えた。

 

「そして、管理局の魔導士としても、ライリー・ボーンとしても、お前を殺す理由も覚悟も俺には無い。だからこそ、俺は俺が信じている理由の為に闘う」

 

アーチャーのように、長年募り続けた執念でもなく、ファーンのような、誉れ高き理想の為でもない。亡き父の墓標の前で気付いた願い。たったひとつ信じ続けたことの為に。翼が折れても、もうダメだと堕ちそうになっても、それでも、隣で支えてくれる仲間のために。

 

「組織や規律なんかじゃない。俺は…仲間を守るために闘う!」

 

そして、全てを投げ出そうと諦めていた自分の背中を、光に向かって押し出してくれた友を、救うために。

 

「そうか…だったら、俺とお前が分かり合うことはない」

 

アーチャーはライリーを見下ろしながら、今まで一切触れていなかった魔剣に手を伸ばす。

 

「俺は過去と今の間違いを清算して明日へと進む。それが「本当の正義」を知るために必要な礎だ。この魔剣は、その為に手に入れた力だ」

 

背中に携えたアーチャーのすべての始まりである物。ダインスレヴを握った。

 

「ライリー。俺が過ちなら俺を倒してみせろ。俺を止めると言うなら、それしか手段は無いぞ。もっとも、俺はお前を越えるけどな…!」

 

起動した魔剣から魔力で作り上げられた旋風が巻き上がる。ダインスレヴから発せられる圧倒的な魔力は、否応なしにライリーの体にのし掛かってくる。

 

「もう勝たなければ、前に進めないんだ。6年前のあの日から! ずっと!」

ダインスレイヴから魔力を得たアーチャーは、海面にいるライリーに向かって、上空から一気に降下してゆく。迫り来るかつての相棒を前に、ライリーはティルフィングを構えながら、静かに呟いた。

 

 

もう――過ぎ去った懐かしいあの日には、戻れないのか。アーチャー…。

 

 

「ティルフィング! 行くぞ!」

《了解、ビット、アサルトシフト展開》

 

突っ込んで来るアーチャーを、ライリーも周囲にティルフィングのビットを展開させ、迎え撃つ。

 

「ライリィー―!」

「アーチャーー!」

 

浪間の遥か上空で、互いにぶつかり合い、もう引き返せない光が交差し合う。

 

 

****

 

 

ミッドチルダ海上沖上空、β空域。

 

「本部!こちら防衛特務隊第二班「ピクシス隊」のファーン・コラード一等空尉です! 敵部隊の捕縛を完了しました」

 

サイファー隊とは別行動だった「ピクシス隊」は、激しい攻防戦の末、敵魔導師をすべて捕縛し、α、β、γ空域内のβ空域を制圧していた。被害は無傷、とは言えないものの三空域の最終防衛ラインにいるライリーたちに比べれば、まだ編隊を再編成できるほどの余裕はあった。

 

「ピクシス隊は、このまま最終防衛ラインにいるサイファー隊へ合流します!」

 

通信機能が一時的にシャットアウトされているこの状況が良い傾向にあるとはファーンには到底思えなかった。

 

何か悪いことが起こっているような…そんな予感が、ファーンの脳裏に過る。

 

後援の部隊にβ空域を任せ、ファーンたちピクシス隊はライリーたちがいる最終防衛ラインへと急行しようと空中に留まる身を翻した。

 

【現在、サイファー隊のライリー・ボーン二尉が、湾岸線直前の空域でヘイズレグ首謀と思われるアーチャー・オーズマンと交戦中です!】

 

身を翻すと同時に入ってきた通達に、ファーンは当たって欲しくない予感が当たったのだと思わず顔をしかめる。

 

「なんてこと…! サイファー隊や他の部隊の援護はどうなっているんですか!」

【湾岸線には地上部隊による迎撃ラインが展開されていますが、二人の援護は誰も手出しできないんです!】

 

手出しができない? 多勢に無勢の混戦状態ならその意味はわかるが、たった二人の魔導士による空中戦で手出しができないなんていったいどういう状態なのだろうか。

 

「どうして! どうしてライリーさんは、一人で戦ってるんですか!」

【二人が速すぎて、索敵レーダーに捉えられないんです! 何度か援護に入ろうとする魔導士もいましたが、ボーン二尉の操るビットに阻まれて近づけないんです。迂闊に間に入れば、ボーン二尉の邪魔になるだけだ!】

 

苛立ったように言うオペレーターの言い種に、ファーンの中で何かが音をたてて引きちぎれるような、そんな感覚を覚えた。まさか彼は、一人でアーチャーを止めるつもりじゃ…!

 

「だからって…! だからって、ライリーさんに全部任せて闘わせるんですか! あんまりです!」

【他に手は無いんです! ピクシス隊は周辺空域の制圧、敵残党の捕縛を願います!】

 

ファーンの抗議を聞き入れる様子もなく、拠点のオペレーターは通信回線を切った。

 

ファーンはピクシス隊の誰の有無も確認せずに、すぐさま最終防衛エリアへ向かって飛び立つ。たった一人で戦うライリーを助けるために。ファーンに続くように、ピクシス隊のメンバーも次々に飛翔して彼女に続く。皆、思うことは一緒なのだろう。ファーンはそんなことを思いながら、遠くに見える数々の魔力の残光を眺めた。

 

「無事でいて下さい…ライリーさん!」

 

最終防衛ラインへと向う飛行魔法の速度をフルスピードにして、ファーンは一直線に目指す空域へと急ぐ。呟いた彼の無事を願いながら。

 

 

****

 

 

「防げ、ビットォ!」

《リフレクション》

 

ライリーが手をかざした先から、魔力光を放つ極音速の弾丸がこちらへ向かってくる。

 

懐を捕らえるかと言う場所まで猛スピードで突っ込んできたその弾丸は、突如、彼の目の前に滑り込んできたビットによって行く手を阻まれた。飛来するアーチャーからの攻撃をライリーはティルフィングのビットで応戦していく。

 

アーチャーの戦法は、二丁の銃剣ベリルショットを主軸にした近接戦闘と変わりはない。だが、アーチャーがダインスレヴを抜いてから、彼の魔力は急激に上がったように思えた。先ほど、アーチャーからの弾丸を跳ね返したビットの装甲にはヒビが入っている。

 

「跳ね返し切れない…このままじゃティルフィングの装甲が…!」

 

魔力は上がったアーチャーの魔力スフィアは、今までの物とは比ではない。

 

弾丸を形成する外郭シェルの硬度に加えて、殺傷威力、破壊性、どれもが考えられないほどに向上している。いくら魔力を跳ね返すリフレクターシステムがあると言えど、装甲には限界があった。このまま長期戦になればどう考えてもこちらが不利になる。

 

消耗する一方のライリーは、そうなる前に打開する一手を出した。ビットを盾にアーチャーに向かって踏み込む。

 

「この間合いに入ってくるのか!?」

 

打開するために、ライリーが選択した戦い方。

 

それは、接近戦〝インファイト〟だ。

 

アーチャーが得意とする間合いに、ライリーはそれを知った上で、自ら飛び込んできた。それは、接近戦を好むアーチャーにとっての、屈辱だった。

 

「なめやがって! この間合いに入ったってことは、お前の負けでいいんだよなぁ!」

 

そこから、魔導師同士の戦いでも類を見ないほどの、火の出るような近接での打ち合いが始まった。互いに絡み合うように跳び合っていた空戦から一転し、同じ場所を旋回するように足を止めて打ち合う。

 

「なんで攻撃が届かない…!」

 

近距離の打ち合いを好むアーチャーの動きは、ライリーの動きを完全に上回っていた。近距離に対して余裕の無い分、ティルフィングは不利だ。

 

すべてがアーチャーの方が上の筈だった。それでもライリーは彼と対等に打ち合っていた。

 

ヴォルケンリッターであるシグナムやヴィータと対等に渡り合うほどの実力を持つアーチャーに、ライリーがまともに応戦できる理由。

 

それは類い希なる動体視力と予測能力、そして積み重ねてきたアーチャーとの時間があったからだ。

 

機関銃のように飛び出てくるアーチャーの攻撃は、ライリーを捉えることはなく掠めるだけ。

 

(速い、そして重い。これがアーチャーの本気なのか…)

 

アーチャーの攻撃はどれも力強かった。甘い防御で応戦すれば、瞬く間に飲まれてしまうだろう。けれど、ライリーとアーチャーが二人で積み重ねてきた時間は、今彼が放つ手数などではとても追い付きやしないかった。その空間は積み重ねてきた時間が支配していた。

 

だが、それはアーチャーにとっても同じ。

 

狩人の眼光が冴える。ライリーの右からの振り抜きをアーチャーはまるで解っていたように体を逸らし、一切受けずにかわした。

 

(流された…!)

 

読まれたことでライリーは確信した。

今、目の前にいるアーチャーは、自分が知る相棒から遠く駆け離れている。だが変わり果てたアーチャーも、自分と同じく、共に積み上げたモノを知っている。彼はまだ、自分と同じ時間の中にいると。

 

「お前のそのパターン。右から来る振りは撃ち込みじゃなく、若干のスウィングになる癖があったよな。懐かしいぜ、相棒…!」

 

完全に外れたライリーを睨み付けるアーチャーは、そのかわした隙を見逃さなかった。演習や訓練ではない。本気の殺し合いの中で、首を目掛けてアーチャーの剣が下から競り上がってくる。

 

「ぐうっ…!」

 

咄嗟にライリーは上半身を引いて、その一撃をかわした。

 

それを周りから見たとすれば、上手いかわし方だっただろう。しかし、ライリーにとっては、それしか避けれる選択肢が無かった。まるで誘導されたように上半身を反らしたライリーに、冷たい眼光が突き刺さった。二刀流のアーチャーが即座に二撃目を構える。

 

ライリーが強敵だからこそ、アーチャーは確実性のある対処をした。

 

せり上げた時に狙った場所と同じく、もう一刀のベリルショットで首を狙った一撃を突く。貰った…! そう確信する一撃だった。

 

一瞬の内に、ライリーとアーチャーが交錯する。

 

閃光の狭間、アーチャーに見えた光景は、首を貫こうとした一撃がティルフィングのビットによって阻まれていた。

 

「その手は何度も喰らったが…今回はかわしたぞ、アーチャー」

 

バチンと音を立ててアーチャーのベリルショットが反射の反動で弾き上げられる。今度はアーチャーが大きく体制を崩した。

 

読まれていた焦りから、咄嗟にもう片方の銃剣でライリーを狙うが、思考するアーチャーより、ライリーの動きの方が速い。

 

ティルフィングの先端から放出される魔力の刃が、構えたベリルショットの銃口に深く突き刺さった。

 

同時に放たれたベリルショットの弾丸は、ライリーの肩をかすめ、深く切り裂く。ライリーはベリルショットに突き刺さったティルフィングを振り上げ、そのまま上部フレームを切り裂く。

 

二丁拳銃であるベリルショットの一つを完全に破壊した。破壊されたことによってベリルショットのフレーム内に圧縮されていた魔力が行き場を失い暴発し、自ら産み出した魔力がアーチャーの頬を切り裂いた。

 

二人は大きく仰け反って距離を放す。

 

思い出したように痛みが二人に襲いかかってきた。

 

よく手を出したとライリーは我ながら自分の反射神経に感謝していた。アーチャーの首を狙った一撃を防いだのは予測ではない。自身の勘だ。それだけでアーチャーの一撃を凌いだ。

 

お互いの初動を、お互いが解りきっている。

 

フェイントを含んでもひっかからず、仮にひっかかっても、即座に立て直して対処をする。

 

同じ時間で積み上げてきた経験と知識と技術。

 

互いに持つ手札を、互いが既に知り尽くしている。

 

そんなことを何百、何千と繰り返した先にある戦略なんて、無い。

 

常に相手の動きを予測し、その動きに対処し封じ、相手を攻略する。その繰り返しだ。

 

「ティルフィング。ありったけのクラスターバレットを展開しろ」

《了解しました。カードリッジロード。カードリッジ残弾数は残り4。残弾が半数を切りました。ご注意を》

 

ライリーに答え、ティルフィングから空になった薬莢が放出され、彼の背後へ横一列に無数のスフィアが展開されてゆく。それはまるで、ライリーの背を覆う舞台幕のようにも見えた。

 

「避けきれない魔力の壁をぶつけてやる」

《クラスターバレット・マルチレイド》

 

食い千切りに来た野獣を迎え撃つ鉄壁の騎士。この先へ進める者は、折れぬ信念を持ち、戦いに勝利した者だけだ。

 

「やるな、ライリー…だが!」

 

問題はない。それを見越していない俺じゃない。アーチャーは笑みを浮かべると、使い物にならなくなったベリルショットの対を捨て、背中に携えていたダインスレヴを鞘から引き抜く。

 

「そんなものじゃ、俺はまだ倒れないぞ!」

 

アーチャーが言ったと同時、美しい銀色の刀身を輝かせるダインスレヴの周辺に幾つもの結晶が出現した。

 

「有史以前の代物だ。その目に焼き付けろ…!」

 

現れた結晶から次々とスフィアが生成されると、アーチャーの周辺を漂い始めた。魔力を帯びたそのスフィアは、その外郭シェルの表面に小さな雷がうねりを纏っている。アーチャーがダインスレイヴを空へ掲げ叫んだ。

 

「ヘルブランディ。撃ち穿てー!」

 

ライリーに向けて振り下ろした途端、アーチャーの周辺に展開された禍々しい魔力スフィアは、ライリー目掛けて動き出した。二人が挟んだ空間で、尾を引いた魔力が激突し合った。

 

おびただしく光が混ざり爆発する。まばゆい閃光、目の前で起こった爆風で、二人は思わず顔を手で覆った。魔力が混ざった爆風が、ライリーとアーチャーの髪の毛やバリアジャケットを揺らした。

 

「あの結晶はスフィアを生成する砲撃台か。ロストロギアって何でもアリかよ!」

 

なけなしのカートリッジを消費しても相手には、かすり傷ひとつもなく、アーチャーの周りにある結晶はスフィアを生成し続けている。

 

あまりにも分の悪い状況に、ライリーは思わず毒づいた。魔力残光が、チリチリと二人の間に舞っていた。

 

「これで遠距離からの魔法はダインスレヴの前では無力だ」

 

アーチャーはダインスレヴを構え、ライリーへと切っ先を向ける。

先ほどの攻撃と言い、カートリッジで強化したライリーの魔力スフィアに、同等の力を持ったモノをぶつけて相殺する。

 

細かな魔力配分と、相手が放ったスフィアの正確な弾道予測が要求されるその技を、アーチャーが瞬時にできるとは考えにくい。アーチャーが追撃魔法などの魔力スフィアの操作を不得意とするのは訓練学校時代からライリーはよく知っている。

 

そこから予想できる可能性は、アーチャーが持つダインスレヴには高い魔力操作システムが備わっていると言うことだ。だとするなら、迂闊に追撃魔法を打っても相殺されるか、もしくはその隙を付かれるかのどちらかだろう。

 

つくづく、ロストロギアとは何でもアリなのだと思い知らされる。

 

「次は、こちらから行くぞ…ライリー!」

 

ダインスレヴから重低音の機械的な音声が空に響く。刀身の中央にはめられている勾玉が神々しく光ると、アーチャーの足元、背後へ魔方陣が展開された。

 

(なんだ、あの魔方陣は…ミッドチルダ式じゃない)

 

身構えるライリーは、アーチャーの足元に1つと、背後に1つ、出現した魔方陣を見てそんなことを考えた。アーチャーの魔方陣は元はミッドチルダ式だったはずだ。

 

だが、今の彼の足もとに広がっているのは、円形の魔方陣ではなく、どちらかと言うならば三角形に近い形状の魔方陣だ。その三角形の魔方陣、ライリーの脳裏に、その魔方陣が浮かび上がる。

 

『闇の書事件』を境に、ミッドチルダ中に知り渡った太古の魔法技術、古代ベルカ式〝エンシェントベルカ〟。

 

「さぁライリー。俺を止めて見せろ!」

 

アーチャーの背後に展開された魔方陣の中心に、彼の周囲に現れていた結晶が集まっていくと、そこへ目に見えて魔力が収束されて行く。その馬鹿げた魔力に、ライリーは背中に冷たい何かが走るのを感じ取った。

 

《敵ロストロギアから高エネルギー反応。目標は、ミッドチルダ地上本部です》

 

言われなくてもわかるだろ! あれは!

 

ティルフィングの警告に驚愕しているのを他所に、地上部隊や本部のオペレーターから「何とかしてくれ」と喚かれる。今まで見たことが無いような砲撃魔法をいったいどこまで押さえられるか。そんなことすら考え、ライリーは発動時間が最速を誇る迎撃魔法を構築した。

 

「ティルフィング! ビットとクラスタースフィアを最大展開!」

《カートリッジ、リロード。カードリッジ残弾は3です》

 

主の声に、魔剣の名を与えられた杖は答える。直ぐ様、ティルフィングはカートリッジがリロードされ、ライリーの正面にフィールドモニターが展開された。モニターの真ん中へアーチャーを捕らえる。

 

「ファイア!」

 

モニターにアーチャーを捕らえたと同時に、アーチャーは天へと掲げていたダインスレヴを振り下ろした。魔剣の動きに合わせられたように、アーチャーの背後に展開し収束された魔力が解き放たれた。

 

「なに…ッ!?」

 

放たれた砲撃魔法を見て、ライリーは驚愕した。

 

1つだった砲撃魔法は、発射されて間もなく拡散し始めたからだ。その分散した射撃魔法、目測でおおよそ百弾以上だった。

 

非殺傷設定が解除されている以上、一発でも市街地に到達したら一般市民や地上への被害は免れない。

 

「くそ…ッ!」

 

ライリーは予測に反したアーチャーの攻撃に即座に対応する。座標計算から割り出す演算では間に合わない。

 

一か八かの賭けにはなるがと、ライリーはティルフィングを与えられてから〝数回〟しか使用したことがないシステムを起動させた。

 

「ティルフィング、視神経を信号パルスに直結しろッ!」

《マスター! それは視神経に深刻な負荷が…》

 

普段は反論しないティルフィングが、ライリーがやろうとしていることに異議を発したが、ライリーは首を横に振った。

 

「早くするんだ! 考える時間はない!」

 

その言葉に、ティルフィングは黙り込むと、指示通りライリーの視神経をティルフィングに同期させる。

 

モニターに表示されていた赤いアイコンが消えると、ライリーの瞳が赤く光出した。鈍い痛みがライリーの瞳に広がる。

 

「座標計算、弾道予測、位置を…割り出し!」

 

ライリーは視線の先、飛んでくる百近い射撃魔法の動きを捉えた。ライリーの瞳の動きに連動して、ティルフィングが展開したフィールドモニターに赤いターゲットアイコンが次々と入力されていく。

 

このシステムは、眼の視神経とティルフィングの電磁信号パルスを直結させることにより、より処理機能を介さない捕捉が出来るシステム。だが、術者の瞳の神経に与える負荷は大きく、加えて捕捉しながらビットの座標演算も行うため、術者の眼に後遺症が残りかねない欠陥を抱えていた。

 

しかし百近い射撃魔法を迎撃しなければならないとなれば手段を選ぶ時間は無い。

 

「当たれぇぇぇ!」

 

アーチャーから放たれたすべての射撃魔法を補足したライリーの周辺に展開されていたビットとスフィアは、生き物のように不規則揺れ動きながらアーチャーから放たれた射撃魔法を迎撃し相殺して行く。ライリーの上空を抜けようとした百近い射撃魔法は、ライリーにたどり着くまでもない場所で全て撃ち落とされていった。

 

「真っ正面から相殺するか…ッ!」

 

横一面に広がる幾つもの爆発を目の当たりにして、アーチャーは底知れぬライリーの実力に震えた。魔力スフィアとは言え、ロストロギアから放たれた攻撃魔法を、寸分の狂いもなくライリーは撃ち抜いたのだ。

 

ライリーは臆することのない判断とそれを実行する能力。いや、思い切りがいいと言った方がいいのだろうか。ロストロギアを握ってから、アーチャーは初めて緊迫感という焦りを心の中に感じる。

 

こちらはもちろん本気だ。

 

本気で管理局に挑み、落とすと誓って戦っている。だが、ライリーも、アーチャーと同じく本気だ。自分やヘイズレグを止めると、行く手を阻むために本気で戦っている。気を抜けば落とされる。

 

そんな緊迫感が睨み合う二人の間に漂っていた。

 

「何故だ。何故お前は、俺の前に立ち塞がる…」

 

六年前に、ライリーと出会わなければ良かった。アーチャーは心の底からそう思った。彼と別の奴とバディを組んでいれば、変わっていったはずだった。自分の中に灯った炎は、変わらず灯りを放っていた筈だ。

 

だが何故だ。何故、心が揺らぐ。

 

ライリーは俺に何をした。自分の中で何が起こっているんだ。僅かにくすぶっていた心の揺れが、迷いが今になってはっきりと感じられた。

 

やっと目の前まで辿り着いた。待ち望んだモノが、目の前にある。手を出せば仕留められる筈だった。どうしてこうも重い。手足が、身体がじゃない。心が軋むほど重い。

 

 

動け。動け、動け。動け動け動け動け動け動け動け動け!

 

何故こんなにも心が重い。ライリー。お前はいったい、俺のなんなんだ!

 

 

「ライリぃいいいぃぃぃぃ―――!!」

 

 

ドクン。ドクン、とダインスレヴを握る手から、大きく蠢く鼓動が耳へ聞こえてきた。

 

まるで体が自分の物では無くなったような、脳から発せられる感覚神経がすべてシャットアウトされているような感覚。

 

視線だけ動かして、アーチャーはダインスレヴを見た。銀の刀身に埋め込まれている勾玉から、自分の魔力ではなく、禍々しい魔力が溢れだしていく。

 

 

―――その憎しみを解き放つ、時が来たのだ。

 

 

身動きが止まったアーチャーに、《ダインスレヴ》から重低音の機械音声が発せられた。だが、それはまるで、「嬉々」とするような高揚した声色にも聞こえる。

 

 

―――我は貴方、その心を具現化するモノ。さぁ、始めましょう。

 

 

ダインスレヴがそう発した瞬間、彼の見ていた世界は暗転した。

 

 

「あああぁああぁぁああああ!!」

 

 

信じられないほどの膨大な魔力が、ダインスレヴから体の中に流れ込んでくる。身体の血液全てが沸騰しているように感じられるほどの熱が走り、爪先から頭のてっぺんまで過剰に反応した痛覚が突き抜け、何も考えられなくなる。

 

「なんだ…この魔力!」

 

視神経を酷使したライリーは、眩暈をなんとか噛み殺しながらも、突然起きたアーチャーの異変に戸惑っていた。

 

禍々しい魔力がアーチャーを包んだと思った瞬間、人間の叫び声とは思えない濁点だけの声が辺り一面に響き渡る。

 

その咆哮と共にやってきた衝撃波によって、ライリーの体が一気に吹き飛ばされた。一瞬で景色が前へ飛んでいき、身構える間もなく海の海面へ叩き付けられた。後から追いかけてくるように腹部と背中に酷い痛みを感じた。

 

「痛ぅ…ッ!」

 

派手に水柱が上がる中で、予想しなかった攻撃にライリーの体は悲鳴を上げていた。舞い上がった海水がまるで雨のように海面に浮かぶライリーへ降り注ぐ。

 

「なんだよ…ありゃあ!」

 

ライリーは飛行魔法で海面から離れ、頭上にいるアーチャーを見上げる。見上げると同時に、ライリーは自分を吹き飛ばした衝撃波の正体を理解した。

 

痛みか、苦しみかで叫び声を上げるアーチャーの周辺、主にダインスレヴの周辺から魔力で作り上げられた旋風が不規則に吹き荒れていたのだ。おさらく、自分はアレを食らって吹き飛ばされたのだろう。

 

痛む腹部を押さえながら、急変した状況に呆然と立ち尽くしている最中。

 

【ボーン二尉! ライリー・ボーン二等空尉! 聞こえますか!】

 

地上本部から直通の緊急回線がライリーのもとへ入る。ティルフィングを介して、ライリーの目の前に通信用モニターが表示された。恐らく、青年は無限図書から直通で通信ラインを通してきたのだろう。後から慌てたように本部と地上拠点のオペレーターが通信を繋げてきた。

 

【今、貴方の目の前にあるロストロギア「ダインスレヴ」の文献を見つけ出しました】

 

『ユーノ』がそう言うと、ライリーが見るモニターにはダインスレイヴに関する文献や資料が次々と表示される。あれだけ膨大な情報量を誇る無限図書からこれだけの資料を見つけ出すとは、いかに苦労したのだろうか計り知れない。表示される資料の数々を見ながらライリーが呆けに取られた。その間にも半透明のモニターの向こうでチカチカ、と幾つもの光が瞬いた。

 

【強大な魔力反応をこちらで確認しました! 恐らく…それはダインスレヴの暴走です】

「んなもん、見りゃわかる!」

 

冷静に状況を分析したユーノを、ライリーは怒鳴り付けるように黙らせた。モニターを表示したまま空中停止していた自分の体を後方へと一気に飛ばす。初速から一気にトップスピードへ到達し、体の中身がぐんと押し付けられるような重力感を感じながら、後ろ向きに海面ギリギリを飛行し出したライリーに向かって、先ほどチカチカと瞬いた幾つもの光が猛スピードで突っ込んできた。

 

ダインスレイヴから放たれた魔力スフィアだ。

 

「速い…!」

 

ライリーは身体全体を使って、飛行するラインや軌道を僅かに変えてゆく。彼の辺りでボッボッボッ、と円錐状の膜と空気が割れる音が響き、凄まじい速さの魔力光弾を紙一重でライリーはかわした。

 

ギリギリで避わしたライリーの背後で、数発分の水柱が轟音を響かせ派手に上がった。天を突きそうなほど巻き上がった水柱の中をライリーは掻い潜り、魔力スフィアの嵐から逃れようと飛翔する。

 

そびえる水柱を難なく貫く数発の魔力スフィアが一直線に空を駆ける。

 

「直撃コースか…!」

《X-S01、展開》

 

ライリーの応答に答えるティルフィングは、直ぐ様ライリーの前へビットを滑り込ませた。空気の壁を突き抜けて跳んでくるダインスレイヴの魔力スフィアと、ビットのリフレクションシステムがぶつかり合った。

 

「うおお…!」

《警告、X-S01破損率、四十%》

 

繋ぎっぱなしのモニターにティルフィングから警告アラームが表示される。凄まじい速さで突っ込んできた魔力スフィアを、リフレクションシステムで跳ね返すことはできなかった。火花を散らせてぶつかり合った後、魔力スフィアは爆散する。

 

「なんつー威力だ…!」

 

辺りに広がる爆煙を切り裂いて、ライリーはアーチャーから距離を離した。自分に追従してくる七基のビットを確認すると、いたるところにヒビが入っており、装甲が完全に割れて機内の基盤が露出している部分まであった。

 

「こりゃ、ちっとヤバイかも…な」

 

いくらデバイスアビリティがあるとはいえ、デバイスそのものが壊れればそこでお終いだ。ティルフィングには、もう長時間戦闘できる余力は残されていない。

 

【ライリーさん!】

 

考えあぐねいていた時、繋ぎっぱなしにしていた通信回線へ新たにもう一人が加わった。映像回線ではなく音声だけの通信だった為、ライリーは確認するように回線に加わった人物に問う。

 

「…ファーンか?」

【はい! ファーン・コラードです! ライリーさん、無事ですか!】

 

生真面目にフルネームで答えるのが彼女らしい。こんな状況だというのに、ライリーは場違いなファーンの生真面目さが可笑しくて、小さく笑った。

 

「あぁ、今のところはな。状況は最悪だが」

【状況は最悪って…!】

 

ファーンの不機嫌そうな追求の言葉の前に、モニター回線を繋げていたユーノが会話に割り込んできた。

 

【ファーン・コラード一等空尉、でしたよね? ボーン二尉と一緒に聞いてください】

 

ユーノの森厳な言葉に、ライリーへ今までの経緯を問いたかったファーンの不機嫌そうな声も成りを潜める。

 

【それでは、状況を確認します】

 

ユーノのその言葉と同時に、ライリーはアーチャーから更に距離を離した。

 

さっきの攻撃でわかったことがあった。

 

ダインスレイヴから一定の距離に入れば、自動的に迎撃魔法が跳んでくるようだ。アーチャーから距離を取ると、ダインスレイヴからのアクションは無い。静けさを取り戻した空で、ライリーはユーノとファーン、地上本部へ事態の説明をする。

 

ダインスレイヴが性質や攻撃性。

 

それに伴う殺傷能力と危険性。

 

そして、それがミッドチルダ市街地に到達したときに及ぼす未曾有の惨劇の可能性を。

 

【ロストロギア、ダインスレヴは所持者の感情、精神エネルギーをそのまま魔力に変換し、それを媒体として外郭を構している。言わば生き物の精神エネルギーを具現化したようなモノなんだ】

 

ひとしきりライリーの報告を聞いたあと、ユーノが資料である古文書を凄まじい早さで速読しながら、ダインスレイヴの情報を、通信回線を聞く全員へ説明し始めた。

 

【精神エネルギーは酷く曖昧で不安定なものだ。そんな不安定なエネルギーで構成されている以上、具現化する魔力量にもムラが出てしまう。ダインスレイヴの特性は、主となる術者の願望を叶えるようにも仕向けられていて、体内へ特殊な魔力を流し込んで、その人が抱く一番大きな願望に対する感情を増幅させて、より大きな魔力量が得られるように精神的操作を行う仕組みになっているんだ】

 

ユーノが調べた伝承の中にこういう一説があった。

ダインスレイヴは、一度鞘から抜かれたら、誰かの血を浴びない限り鞘へは納まらない、と。これはダインスレイヴの危険性を主旨している言葉なのだろうが、事実は少し違っていた。

 

【所持の体内へ流し込まれる魔力は微量だけど、蓄積し続ければいずれ意志も理性も削り取られて、本能だけで行動するようになる】

 

これは「願望」に伴う代償を指しているのだ。人間の飽くなき願望、それに伴う感情の大きさはどんな力にも勝る。感情が増幅すれば理性も歯止めも聞かなくなる。

 

願望に魂を奪われた術者は、それを叶えるための傀儡に成り果て、魔力を蒐集する選択権も、主導権も、すべて術者からダインスレイヴへ切り替わる。所持者は麻薬のような魔力で徐々に自らの本能に飼い遊ばれ、やがては壊される。

 

「このまま暴走し続けたら、アーチャーはどうなるんだ?」

 

ライリーはユーノに尋ねた。

 

【…術者は、増幅した感情のまま行動するようになっていく。最後は術者自身の精神エネルギーも全部ダインスレイヴに吸い取られてしまうんだ。アーチャー・オーズマンの願望が「地上本部への攻撃」なら、ダインスレイヴは魔力で形成された外郭を自己崩壊させて自爆するかもしれない】

 

精神エネルギーから生まれるダインスレイブは単なる殻に過ぎない。本体の勾玉と生き物の精神エネルギーがある限り、何度でもよみがえる。ユーノはそう言った。

 

【規模が規模なんだ。人間一人とは言っても、それから成る精神エネルギーは計り知れない。そうなったダインスレイヴは、大きく膨れ上がった風船と同じなんだ。もし湾岸線に侵入されて、ダインスレヴの外郭が自己崩壊すれば…】

 

ミッドチルダの市街地が吹き飛ぶ魔力爆発と次元振が発生する可能性がある。それは未曾有の大惨事となるだろう。非殺傷設定を解除された物理的な狂気の刃が、なんの関係も無い一般市民に向けられることなる。それだけは絶対に阻止しなければならない。

 

 

【予定は変わらない。ライリー・ボーン二尉は敵首謀者が湾岸線に侵入する前に捕らえればいい】

 

 

本部の回線からオペレーターに変わって、野太い声が聞こえてきた。苛立たしげな声の主は地上本部の中将、レジアス・ゲイツのものだった。

 

【こちらも造反者を逮捕した。そちらのターゲットも捕らえさえできればこちらで封印措置をすればいいだけの事だ】

 

捕らえさえすれば。簡単に言ってのけるレジアスの言葉に、ライリーは苛立つように小さく舌打ちをした。

 

【捕らえるって、相手はいつ爆発するかわからない爆弾を抱えた敵なんですよ!?リスクが高すぎます!】

 

ユーノが直ぐに異論の声で叫んだ。

 

【ボーン二尉が食い止めているとは言え、敵はもう湾岸線の目と鼻の先にまで迫ってきてるんです! 相手が停止しているならまだしも、動き回る相手に封印措置なんて…】

 

ユーノに続くようにファーンもレジアスへ抗議するが、彼は聞く耳を持とうとはしなかった。「その場での現状処理」の一点のみを現場に突きつける。今まで押さえていられたのだから、君ならやってのけれる筈だ、と嬉しくもないお世辞にユーノもファーンも苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

 

「……だったら」

 

そんな嫌な沈黙を、現場にいる当事者のライリーが破った。

 

「俺が直接ダインスレヴを封印すればいいんだろ? アーチャーが湾岸線に入る前に」

 

一息で言ってのけたライリーの言葉に、ユーノもファーンも呆気に取られた。いや、気持ちが彼の言葉に追い付けなかった。なんの躊躇いもないように言ったライリーの言葉に隠された、想像絶する危険性によって。

 

【無茶な…あれだけの魔力を封印するにも、相応の魔力が必要で…】

「ダインスレイヴの外郭に溜まった魔力を利用して封印すればいい。この海上沖なら、封印措置の前後に衝撃が発生しても市街地にまで及ぶことはないだろ」

【ま、待ってください! そんな思い付きで言ったような事を…規模がどれほどになるかもわからないんですよ!?】

 

ぶっきらぼうに言うライリーにファーンは慌てて叫ぶ。逆に冷静なライリーの反応が、更にファーンの心配を加速させたが、「大丈夫だ」とライリーは彼女をなだめた。

 

「もし、爆発がそっちにまで行ったとしても、湾岸線には地上部隊が待機してるんだろ? 最大出力で前面にシールドを張ればなんとかなる」

【そんな楽観的な! 第一、どうやってダインスレヴを直接封印するんですか!】

 

ファーンに割り込んできたユーノからの問いに、ライリーは数秒考えるような仕草をしてから、確信めいたように笑う。

 

「あるんだよ。とっておきがな」

 

【とっておき…?】ファーンに答えるように、ライリーはティルフィングを構えた。

 

 

「ティルフィングに搭載されているA.C.Sドライブを使う。魔力障壁を突破し、打撃を与えて一気に封印を行うんだ」

 

 

その言葉に、ユーノもファーンも驚いたように息をのんだ。特にユーノは人一倍だった。「A.C.S」という言葉を聞いたのは、三年前の「闇の書事件」で高町なのはが言ったとき以来だったからだ。

 

【ライリーさん、何を言ってるんですか!?】

 

いきなり、通信回線に地上本部から追加ラインが加わった。それと同時に、慌てたような怒りを露わにする女性の声が聞こえてくる。

 

【すいません! 開発部のマリエル・アテンザです! それよりライリーさん! 貴方って人は、自分が何をしようとしてるのか分かってるんですか!?】

 

ユーノやファーンに謝りながら開発部のマリエル・アテンザは、ライリーが今からやろうとしていることを咎めた。

 

【確かに、ティルフィングには試作段階の「複合型カートリッジシステム」を搭載したときに疑似的にA.C.Sシステムを発動できるようにはアップデートをしています!】

 

「A.C.S」とは、Accelerate Charge Systemの略称であり、別名「高速突撃システム」だ。

 

超高速で相手に飛び込み、魔力砲撃を対象と零距離で使用するもの。使用者にも多大なる被害をもたらす諸刃の剣だ。実機で搭載されたのは、高町なのはの所有するインテリジェンスデバイス「レイジングハート」一機だけであり、成功例も同じく「レイジングハート」のみであった。

 

【視神経を直結させた上に、まさかそれまで使うなんて…そんなの想定外もいいところですよ!? ティルフィングのフレーム構造上、A.C.Sシステムに耐えれるほどの強度はありません! 使用すればティルフィングが耐えきれずに自爆するだけです!】

 

確かに、外郭を破るには相手の魔力障壁をすべて通り抜けて零距離から攻撃する「A.C.S」は最も有効な手段だ。それと同等のリスクも伴うことになる。

 

攻撃中にシステムに耐えきれなかったティルフィングが壊れれば、それこそ終りだからだ。

 

「じゃあ他に手だてはあるのか?」

 

ライリーは真剣な眼差しでモニターに写る全員へ、そう問いかける。

 

「暴走するアーチャーを湾岸線に入る前に捕らえ、同時に管理局の封印班が合流。僅かな時間で封印措置。そんな組織的な連携行動を、この混乱する中で、できると言うのか?」

 

その問いに、誰も「できる」と答えなかった。誰もが、その事実が無謀極まりないと理解していたからだ。

 

「無いなら、もうこれしかないんだ。俺も色々考えてみた。だが一番確実な方法は、これしかないんだ」

 

マリエルとファーンが「でも」や「けど」と何度か口ごもったが、決定的な打開策が浮かばない。言葉が続かなかった。

 

「…やらせて欲しい。俺の信じる一つのこと。仲間を守るため。これ以上、誰にも苦しい思いはさせない。だから…すまない」

 

ライリーは、この戦いの最中も、ずっと考えていた。

 

どうすれば、この悲しみや憎しみを無くすことができるのか。

 

どうすれば、アーチャーの憎しみや悲しみを拭い去ることができるのか。

 

答えはまだ見つからない。

 

だが、やらなきゃならないことは明確にわかっている。アーチャーを止め、諦めさせることしか今の自分にはやってやれない。

 

ヘイズレグが正しかもしれない。管理局が正しかもしれない。

 

どちらにも悪と言える部分があって、どちらにも明確な善と言える部分が無くて。どちらが悪で、どちらが正義かという問答の答えは、ライリーにはわからなかった。

 

けれど、どんな理由があろうとも、人を傷つけることに正しいことなんて無いのだ。ライリーはアーチャーの前に対峙する。彼の憎しみを止めるために。彼の信念を諦めさせるために。これ以上アーチャーに罪を負わせるわけにはいかない。

 

「アーチャー。お前は…俺が止める」

 

ライリーはゆっくりとティルフィングを突撃するようにアーチャーに向けて構えた。残されたカートリッジは三発だ。全部消費してもアーチャーに届くかどうかはわからない。

 

勝負は一回きり、

チャンスも、今この瞬間だけだった。

 

その瞬間にライリーは、すべてを賭けた。

 

「A.C.Sシステム。ドライブイグニッション。行けるな? ティルフィング」

《…了解しました。プロテクト解除。A.C.Sシステムを起動します》

 

ティルフィングへ伝達された指令に連動して、ボルトアクション式のカートリッジシステムが炸裂音を響かせた。瞬く間の内に残弾カートリッジの空薬莢が排出され、ティルフィング内部にある小型化された魔力タービンが今まで聞いたことがない甲高い音を響かせ始めた。チャージされていく魔力が次第に高くなっていき、ティルフィングを握る両腕から振動が伝わってきた。

 

《警告、外骨格破損の危険性が有り》

 

ティルフィングの先端フレームにヒビが入った。他にもフレームが軋む音や、高速回転している魔力タービンにも音にムラが出来ていく。

 

「すまん、ティルフィング」

 

悲鳴に似た音を上げるティルフィングを、ライリーは見つめた。

 

「最後まで付き合ってくれ」

 

ライリーとティルフィングの付き合いはそう長くは無かったが、ティルフィングは自分のマスターが、一度決め、やると決めたらやり通す気概を持っていることを深く理解していた。流暢なアイルランド語でティルフィングは音声だけで答えた。その音声はどこか、微笑みを感じ取れるような穏やかな声であった。

 

《ええ…行きましょう、マスター》

 

身構えるライリーを、ダインスレイヴによって感情が増幅されたアーチャーが見据える。その目に垣間見えた色は助けを求める視線ではなく、和解の意を持つわけでもない。底知れぬ憎しみと憎悪を孕んだ視線であった。

 

「ライリィー・・・そこをどけぇ…! 管理局に勝たないと…お前を倒さないと…っ!」

 

震える手でアーチャーはダインスレイヴを構えた。彼の周囲に魔力によって生み出された旋風が巻き起こる。彼の中には、歪みに満ちた信念だけが蠢いていた。だがそれは皮肉にも純粋な一途な思いでもあった。

 

「前に進めないんだ…俺は! 忘れられないんだ! 忘れられないんだよぉッ!」

 

今は無き村の人々の笑顔が。厳しくも優しかった祖父の顔が。未だに瞳に焼き付く。振り返りながら微笑む、幼馴染みの笑顔が。

 

「だから…そこをどけえぇぇッ!!」

 

涙を流して、雄叫びのような叫びを上げながらアーチャーはダインスレイヴを振り抜いた。飛翔する魔力の塊と化した斬撃は、一直線に駆けライリーへ向かっていく。

 

「くそ…回避を――」

《X-S01、ビットを展開》

 

ライリーが反応する前に、ティルフィングが行動を起こした。七基ある内の二基のビットをライリーの前へと展開させ、防御体制を最速で整える。刹那、凄まじい衝撃と爆音がライリーの眼前で轟いた。

 

「ティルフィング!? 座標演算も無しに一体―――」

《ビット、三番基、四番基、大破》

 

A.C.Sドライブを展開しているライリーは、満足に回避すらできなかった。ライリーからの座標指示を無しに、オートで指令を出したティルフィングが、二基のビットを防御に回した。二基のビットは飛来した魔力の塊に耐えられず、ついにライリーの目の前で爆散し空に散っていった。

 

【ライリーさん!?】

「…大丈夫だ! やれる…ッ!」

 

ファーンからの通信に、ライリーは簡潔にそう答えると、ティルフィングを握る手にグッと力を込めた。

 

「アーチャー…悪夢は、いつか終わる」

 

もう一発、アーチャーから斬撃が跳んでくる。ライリーの命令を介さないで、ティルフィングが残り五基のビットの内、もう二基を防御に展開した。

 

「どんなに絶望の底にいても、どんな暗闇に居ても、人はいつかは光を見つけることができる。俺が、お前と出会えたように…」

《X-S01、五番基、六番基、大破》

 

二基のビットがライリーの前で爆散して、また散る。その残光の中で、ライリーは叫んだ。

 

「今が、その時だ! アーチャー・オーズマンッ!」

《A.C.S、フルドライブ。行けます》

 

その瞬間、ライリーの身体は一気に加速する。先端に伸びる半実体剣を前へ突き出し、弾丸のように空を駆け、ライリーの身体は一直線にアーチャーへと飛翔した。

 

「うああぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!」

 

掠れかけた理性と意識の中、アーチャーは向かってくるライリーへダインスレイヴを振りかざす。

 

《X-S01、残り三基…防御は》

 

ライリーに追従するように跳んでくる三基のビットの内、ティルフィングは一基を防御に回した。迎え撃つアーチャーの斬撃と、向かうビットがぶつかり合い、爆発する。

 

爆発の中、その斬撃はライリーの胸部を貫いて、無数の赤い光点が空に散ったのがアーチャーには見えた。

 

〝勝った〟と、俺の勝ちだと、アーチャーに一瞬だけそんな確信に似た気持ちが脳裏を過った。しかし、その確信は外れていた。

 

「う…おおおおおおおッ!!」

 

爆煙を切り裂いてライリーがアーチャー眼前へと姿を見せた。

剣を閃かせながら、ライリーは驚愕するように目を見開いたアーチャーの懐へと飛び込んだ。

 

《プロテクション》

 

けれど、あと一歩で届くと言う頃合いで、ダインスレイヴから自動で防御魔法が発動し、アーチャーをライリーから遮った。半実体剣が、魔力の壁に阻まれて、全く前に進まない。

 

胸部から普通じゃない量の血を流す。だが、ライリーは諦めなかった。

 

「ごほっ…まだだ…! ティルフィング…ッ!」

《X-S01、ブレイクスルーシフト》

 

俯いたまま、ライリーはティルフィングへ呼び掛けると、ティルフィングもまるで解っていたように最後の二基のビットを展開させた。

 

先端から魔力刃を出現させ、ブレイクスルーシフトに入った二基のビットが、ライリーが貫こうとする位置目掛けて、一点攻撃を仕掛けた。ティルフィングを突き立てるように、ライリーはアーチャーへ向かう。ティルフィングに広がっていたヒビが、更に音を響かせ崩壊して行った。

 

「届いてくれぇー――ッ!」

 

ライリーの叫びと同時に、半実体剣の切っ先が、ダインスレイヴの防御壁を超えた。ガラスが割れるような音が、ライリーとアーチャーの耳に届く。

 

「なんだ…この光は…」

 

二人の目の前に、眼を開けてられないほどの大きな光が広がっていく。

 

その光は、どこか暖かさもあって、ここではないどこか遠くの場所へ引っ張られるような、そんな感覚を覚えた。

 

 

 

 

――NEXT

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