魔法少女リリカルなのは外伝   作:紅@あの丘の向こうへ

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0067年十二月十日。

時刻は朝と昼の間。冬のミッドチルダの空で感じた風は、凍てつくように冷たかったが、その空はどこか穏やかだったようにも思えた






2.名も無き魔道士たち

 

 

晴天となった演習当日の早朝。

 

首都中央地上本部から飛び立った機動一課第四航空中隊サイファー隊は、東に向かって海上を移動していた。

 

この大規模な演習が新人であるアーチャーたちの初任務となった。この一大演習プロジェクトに向け、デモンストレーションのアクロバット飛行の練習や、模擬戦の段取りのチェック、他の部署との講習会と、ミスの無いように入念に準備をしてきた。そして、この演習の為にサイファー隊は新たに十名で再編成された。もちろん、俺とライリーも、再編成された部隊に編入された。今更な話だろうが、中隊での編隊はそれぞれ通信官や後衛隊、指揮や攻撃隊の配置は決められている。その編隊の中でコードネーム『サイファー2』として、攻撃隊の位置にライリー・ボーンはいた。

 

『サイファー2、聞こえるか?』

「こちらサイファー2、感度良好です」

 

しっかりとした声でライリーはグラハム編隊長の通信に返答した。当時、編隊長としてサイファー隊を引っ張っていたのは、グラハム・アーウィン三等空佐だった。

編隊長は時空管理局ミッドチルダ地上本部の司令官、レジアス・ゲイツ中将と歳違いの同期の叩き上げで空戦魔導師になったベテランだ。当時で五十に入る年齢だったからか、グラハム編隊長は何事にも動じることなく、地上で指揮を執るときも、空にいるときでも、のんびりと構えている人だった。

 

「へへっ!ライリー!感度良好とかエロいな」

 

編隊長への返答後、すぐさま俺はライリーにそう通信を入れた。当時の俺は、攻撃隊のサイファー3として編隊の中にいた。階級はライリーと同じ二等空尉だ。俺とライリーは、訓練学校時代からの腐れ縁でな。少なくとも俺は、良き理解者であると同時に競い合うライバルとして見ていた。そして、航空武装隊でも、サイファー隊でも、俺とライリーは「バディ」を組んで飛行することが多かった。

 

「バディ」というのは、空戦魔導師の編隊飛行においての基本戦術の一つだ。

二人一組でバディを組み、サイファー隊内でもバディを一小隊として運用することもあった。十人いるサイファー隊のメンバー全員が基本的に二人一組で行動するようになっていた。俺たち二人の「バディ」は、まさに一心一体で、そのコンビネーションは数々の修羅場を潜ってきたサイファー隊の古参メンバーすら驚かせたものだ。

 

《サイファー3、アーチャー・オーズマン二尉。回線ではコードネームを。そして私語は慎むように。》

 

後方から後続してくる管制用ヘリコプターに乗るオペレーターからの注意の声が飛んできた。

 

「へいへい、かしこまりー。ったく、サイファー2?最近のオペレーターってのは固くて構いやしねぇな」

《聞こえていますよ、サイファー3!任務中は私語を慎むように!》

「はいはーいっと」

 

もちろん、俺のこういう態度は、規律が無いと上の連中から目を付けられる格好の的だ。中には俺をあからさまに毛嫌いする奴もいた程だった。だが、そう言うムードメイカーも隊には必要だと、グラハム編隊長とサイファー隊の先輩たちは、笑って言ってくれた。合同演習での機動一課航空中隊のオペレーションを担当する次元航行部隊のランディは、まったくと呆れた様子で言葉を吐いていた。

 

《機動一課第四航空中隊。全員合同演習空域に入りました。これより無人標的との戦闘フェイズに入ります》

 

大規模な演習が行われる空戦空域は、ミッドチルダの首都クラナガンから遠く離れ、市街地、郊外からさらに離れた海上沖で行われることになっていた。十二月の寒空の下、片道二時間の道のりを飛行するのは結構堪えたよ。鼻水がね。

 

《まずは通常射撃。攻撃隊は予定通り、標的ボードを指定時間内に全て、撃ち落とすようにしてください。》

 

オペレーターとの通信が終わると、鏃(やじり)のような陣を取っていたサイファー隊の編隊から、アーチャーとライリー、あの時入隊模擬戦を戦った先輩二人の計四人の空戦魔導師が急降下する形で離れる。サイファー隊、華の攻撃隊である。

 

「しっかり着いてこいよ、後輩!」

 

先輩魔導師が、後ろに振り返りながら後続するアーチャーとライリーにそう言った。

 

「ここはひよっ子に任せてくださいよ!先輩!」

 

アーチャーは先輩にそう言い返したが、急降下しながら隊を崩さずに飛ぶというのは、速度の調節が非常に難しい。

 

編隊飛行を維持して海面すれすれまで急降下。そのまま水平飛行へ。 急降下で速度を出しすぎれば、姿勢をコントロールできずに頭から真冬の海にダイビングすることになる。かといって、とろとろ飛べば編隊を維持できない。特に、後方を飛ぶ方もだが、先頭で飛んでいる方がより技術が必要となる。

 

「何度も練習させられたからな、ライリー。なぁ?」

 

十二月の冷えきった空気を切りながら、無人機がいるエリアに降下するアーチャーは、ぴったりと横に付いてきている相棒に語りかけた。

 

「あぁ、もちろんだ。いくぞ、アーチャー。ティルフィングっ!」

 

「問題ない」と単調なアイルランド語で答えたライリーのデバイス「ティルフィング」。

 

ライリーのデバイスは、今ではミッドチルダ式の主流インテリジェンスデバイスシステムだが、当時ではそれの試作機として話題になっていた代物だった。性能は次世代とは言え、まだまだ試作段階であるデバイス。北欧神話の魔剣から取った名前「ティルフィング」という名も、ライリー個人が設定した愛称〝マスコットネーム〟だ。本来の名前は、開発時に付けられたコードネームでしかなかった。「北欧神話って、かっこつけかよ」と、ライリーからティルフィングの名を聞いたときは、そう茶化したっけな。「最近、クラナガンに出てきた和食で話題の地球では、『チュウニビョウ』というファッションセンスがあるみたいだからな。それを見習ってみた」。そうライリーはドヤ顔で言っていたっけか。

 

そうそう、ライリーは大の地球文化好きでな。クラナガンにある行き付けの和食屋に、よく連れていかれたもんだ。そういえば、あの砂糖をどれくらい入れてるんだっていう『マッチャ』とかいう甘ったるい飲み物は俺には合わなかったな。

 

「ビット展開!コード、アサルトシフト」

【Tuiscint. X-S01, swing.】

 

隣にいるライリーの声とティルフィングの起動シークエンスが重なると、ライリーの周囲に蒼く輝く七つの魔方陣が展開された。同時に、ライリーの脚部から蒼い翼〝フィン〟が展開され、同時に、ライリーの周りに展開していた魔方陣から七基のビットが出現した。

 

「ビット」は、空戦戦術の得意とするティルフィングが操る妖精、七基の遠距離操作機だ。

 

ティルフィングと同じ素材フレームで構成されていて、他方向からのオールレンジ攻撃、操縦者の死角をフォローすることを可能とする次世代型装備だ。

 

――あれから八年だ。

 

お前たちの中でも「ビット」を使える奴はいるだろう。アイツは、今お前たちが使っている「ビット」の実用性証明した先駆者だと言えるだろう。当時のビットはまだまだ試作段階で、使用されていたとしても「術式の補助」という認識しかなかった。名前も《X-S01》とコードネームでしか呼称されていない。だが、遠隔操作による魔力スフィアの発射、さらに発射した魔力スフィアの反射と、それに最適化された魔力運用システムは、既存のデバイスアビリティを遥かに凌いだ。俺も「まさに無敵の装備だと」ライリーからカタログスペックを聞いたときは思ったよ。本体から射出され、目標に向かい多角的オールレンジな攻撃を仕掛ける為に開発された――それは、いわゆる戦場を駆け巡る砲台だ。加えてビットは、魔力スフィアを放射するだけでなく、自らが発射した魔力スフィア、敵が放った魔力スフィアの反射を可能とする『攻める盾』、リフレクター機能も搭載されている。

 

だが、そんな最高峰のスペックを持つこのシステムには、大きな欠陥があった。

 

その高いデバイスアビリティのみを優先して開発したからか、遠隔操作するビットの操作性は酷いものだった。言うなれば、じゃじゃ馬ってところだ。まともに動きやしない。更に、ビットに座標を指示する演算ユニットをデバイスに搭載するとなると、当時の魔法技術では情報処理の問題でデバイスの巨大化は避けられなかった。それは逆に、「戦場を駆ける砲台」と言うビットの特性を殺してしまい、さらに、操作性の悪化、持ち運びが出来ないという、デメリット面ばかりが大きくなることを意味していた。そんな状態では実戦なんかじゃ戦えない。当時のビットは、まだまだ実用段階じゃなかった。

 

しかし、ライリーはものの見事にビットを扱っている。管理局内で唯一、ビットの複雑

なリアルタイムの座標演算や、ビットの操作。それらをデバイスの支援システムに頼らず一人でやりきった。試作装備を操る技術を持っていたのが、他ならぬライリーだった。不可能と言われた壁を、アイツは簡単に突破したんだ。

 

これが、アイツが「天才だった」と言われた理由の正体だ。

 

昔、ビットを操るライリーに、『どうやって複雑な座標の演算をしながら戦闘を行っているんだ?』と、聞いた同僚がいた。その質問にライリーは「ビットが動くにもそういう『しやすい位置』っていうのがあるから、それが分かれば計算しなくてもなんとなくで大丈夫だよ」と答えたらしい。そう答えるライリーに、その場にいた全員が首を傾げたそうだ。あいつにとったら演算とか普通に考えたら難しそうなものが、「なんとなく」でできてしまう。様々な技術試験、実戦運用テストをパスして、といっても、それに適う人材などアイツ以外にはいなかっただろうが・・・、最新鋭のデバイス、ティルフィングがライリーに与えられた。

 

それは、運命だったのだろう。空戦魔導士としての実力と今だ未知数の能力を買われて、アイツは機動一課にヘッドハントされた。

 

あの日の演習でも、アイツは無敵だった。七基のビットは、まるで生き物みたいに不規則な軌道を描いてライリーの周囲から飛び立つと、俺や、標的ボードに向かって飛行していた先輩の脇を飛び去っていき、瞬く間の内に標的ボードの中心を撃ち抜いてゆく。

 

【お見事】

「さすがサイファー2!やるなぁ!」

 

第一陣の標的を撃ち抜いて行く様は、まるで元気に空を飛びまわる無邪気な妖精のようにも思えた。ボードを撃ち終え、ライリーの周囲を囲むようにビットが帰投する。だが、その時のライリーの表情はどこか不満そうだった。

 

「どうしたんだよ、相棒」

 

俺も第一陣の標的ボードを撃ち終えたところだった。アイツの隣からモニターを覗くと、複雑な  空間座標の数式が並んでいる。目眩がしそうなくらいの数字だったが、座標のデータを見る限りビットの動きがデータとなって表示されていることはわかった。

 

「クリティカルが五発、右に逸れたのが二発――か。またズレてるな。開発部のやつ、サボったのか?」

 

ライリーはモニターを閉じるなりそんな愚痴を俺に吐いた。よくある話だった。ビットの操作や座標の計算はすべてライリーの頭の中で処理されている。少しでも設定のフィッティングが合わなかったら結果に出るデリケートな機械だ。

 

とはいっても――

 

《ボーン二尉!なんでもかんでも、開発部のせいにしないで下さい!不愉快ですよ!》

 

開発部だけが悪い訳ではないが。

いきなり、通信回線に地上本部から追加ラインが加わり、女性の声が聞こえてきた。

 

《マリーさん、いくら貴方と言えど今は演習中です。正規の通信手順を踏んで連絡をですね…?》

 

《もう!わかってないなぁ、ランディくん!これは開発部の威信に関わる大きな抗議なんだからね!》

 

制止に入ったオペレーターのランディの言葉も一蹴して、画面モニター越しにまで怒っている様子が伝わってきていた。

 

開発部のマリエル・アテンザ。

 

ミッドチルダ式からベルカ式のデバイスにも詳しく関わっている。繊細なインテリジェントデバイスとは相性が悪く、これまで研究はされたものの、デバイスの破損や術者の負傷が相次いだため実際に採用されることはなかった「カードリッジシステム」をミッドチルダ式に初めて取り入れたのも彼女だと聞いていた。彼女はティルフィングの「X-S01」ビットシステムの開発や、俺のデバイスにも携わっていたから、俺とライリーは面識があった。まぁ、俺のデバイスの場合はライリーの「ティルフィング」みたいに深くは見ていなかっただろうがな。あくまで微妙な調整だけだったろうし。データを取るためにティルフィングの運用データは随時モニタリングさせて貰っている、と調整を終えたティルフィングを受けとるときにそうマリエルに言われているライリーを、アーチャーは思い出していた。

 

《数値は私が調整してから何ら異常ないんですから、ライリーさんの微妙な調整不足なんじゃないんですかねぇ?なんでもかんでも開発部のせいにしないでください!》

「マリー、お前まだ貫徹のこと根に持ってるのか?差し入れにあんみつ持っていっただろ?」

 

「あんみつ」とは、当時のクラナガンを騒がせていた「和食」のスイーツらしい。朝から並ばないと買えない有名菓子店の「デラックスあんみつ」を差し入れに持っていったと、ライリーが自慢げに話していたのは演習前日のことだ。

 

《あ、あんみつくらいで三日不眠の強行軍をさせられた乙女の怒りが治まりますかって!》

「口元にあんこ付いてるから説得力皆無だがな」

 

ライリーの意地悪な笑みに、口元に付いたあんこを拭き取って、マリエルが不満そうに睨んでいた。二人のやり取りは、ライリーにティルフィングが与えられてから何度か見ている。隊の先輩たちも「またか」といった感じで面白がっていた。俺も面白がっていたがな。

 

「ティルフィング。射角の基本設定をX軸をプラス3、Y軸をマイナス5に調整してくれ」

【了解しました】

 

ライリーは少し考える素振りをしてから、ティルフィングへ設定の変更を行った。普通なら射角を調整するだけでも複雑な演算が必要だ。それこそ開発部が頭を悩ませている演算ユニットが必要な程の事だったが、ライリーは数式すら書かずに調整を行う。

 

《いつも思いますが、なんで簡単に座標を暗算で出しちゃうんですか。座標割り出しの演算プログラムを組んでるだけで目眩がしてくるというのに》

 

不機嫌そうだったマリエルがモニター越しに不思議そうな顔でライリーを見ていた。

 

「数字を数字で見て、そこから考えるからごちゃごちゃになるんだよ。数字を他の物に置き換えて考えなきゃダメだ」

 

そう簡単そうにアイツは言うが、そんな簡単に出来るものじゃないのはその場にいる誰もが思っていただろう。

 

《じゃあライリーさんは、数字を何に置き換えているんですか?》

 

マリエルの問いにライリーは「さてなぁ」と言う。

 

「俺からしたら数式の答えの癖みたいなのがあるって感じなんだけどなぁ」

「流石天才、言うことが違うねぇ」

 

調整を終え、澄ましたようにそう言うライリーを肩組ながら俺は茶化していた。

 

「やめてくれよ。逆に俺は反動でまともに撃てないような武器を片手で振り回すお前の方が凄いよ。サイファー3?」

 

ライリーの茶化しに、俺は自分のデバイスを標的ボードに向けて構えながら答える。

「俺は相棒みたいな『曲芸撃ち』よりも、『直射撃ち』のほうが気楽なんだよ!」

アーチャーは愛機のデバイスを駆って、第二陣として出現する標的ボードを撃破して行った。近距離の格闘戦は、ライリーよりアーチャーの方が上だった。彼自身、近距離の間合いでの戦闘を好んで戦った。彼のデバイスは近、中距離に特化した仕様のため、尚更だったかもしれない。

 

せめぎ合うように戦闘が再開される。先輩の隊員たちも標的ボードを撃破し、指定空戦空域を覆い尽くすように展開された標的ボードを次々と風穴を空けていった。

 

「ライリー!」

 

標的ボードを撃ち抜きながら、俺がライリーと背中合わせになるように近づいて、そう言った。

 

「どっちが多くボードを撃ち抜くか、やるか?」

「晩飯は奢りな」

「てめぇのな!」

 

ライリーもビットを操りながら、軽く頷く。それだけの言葉を交わすと、俺たちは一気に上昇して、二手に別れた。

 

《コードネームを使えって・・・はあ、また始まったよ、二人はああなると止まらないからなぁ》

《いいじゃないですか。男の子は頼もしい方がずっといいです。それに競い合うライバルって言うのもいいですよ?どこかの女の子達のように》

 

ランディとマリエルが、競うようにボードを撃ち抜いていくライリーとアーチャーを見て、そう呆れたように言っていたのを、標的ボードを撃ち落としながら俺は通信機で聞いていた。

 

****

 

「あの演習でも、俺と相棒は競い合っていた。あいつは俺よりも負けん気が強かった」

 

厚いガラスの向こう側にいるアーチャーは、懐かしそうに眼を細ばせた。それはまるで、昨日あった出来事を話しているような。いや、昨日と言っても、間違えではないのだろう。彼にとっては、ここから出るまでが、その一日なのだろう。

 

「あの日の標的ボードも俺が一枚多く撃ち抜いてな。意地になったアイツは、先輩が狙ってた標的 ボードを撃ち抜きやがったんだよ。当然、先輩には「編隊を崩してまで狙う奴がいるか!」って編隊飛行に戻るときに、散々怒られてたっけな」

 

そんな彼の懐かしそうな瞳の奥には儚さがあった。それは、少し寂しげで、その瞳を見ていると、思い出す。それは、「闇の書」と呼ばれ、主の為に、主の元から旅立っていった「彼女」の瞳と重なって見えた。

 

ズキンと心が痛むような感覚。あの、もどかしくて手を伸ばしたいのに、伸ばせない気持ち。何かを言わなければと思ったとき、彼はまるでそれを知っていたかのように、ガラス越しに私を手で制した。

 

「そんな悲しそうな顔をするな。もうアレは「八年前」の事だ。それにあれは俺が選んだ道だ。後悔も、悔いも残しちゃいない」

 

私はその言葉を聞いて、ただ黙ってアーチャーを見ていることしか出来なかった。何を彼に言えばいいのか、わからなかった。アーチャーはそのまま話を続けた。

 

「俺は今まで、この話を誰かに聞かせようと思ったことはない。この監獄にいる間、誰かに話したこともない。まぁ、話す相手なんて壁ぐらいなんだが。それに、話して同情なんて貰った日には、俺の誇りが許さない。俺がやったことを、誰に責められようが、蔑まれようが、関係ない。誰にも誇られず、称えられず、そんなことでも俺の信念を貫いた道だ。文句はない」

 

彼は私の眼を見た。

 

「ただ、今日、俺が語ろうと思ったのは、お前がただ純粋に、この事件の真相を聞きたいと言ったからだ。なら、最後まで黙って聞け。真実を知りたいのなら聞き続けろ。俺に対する同情も怒りもそれからにすればいい」

 

持ってきていた端末から表示されているモニターには、データベースから事件資料と一緒に出てきた、当時の管理局関連の雑誌が写し出されていた。表紙には『空戦魔導師、ライリー・ボーン二等空尉。補助機能無しで試作武装"X-S01ビット"を運用した若き天才。』と目立つようなゴタゴタした文字と、気恥ずかしそうに映る、ライリーの写真が載せられていた。

 

「その記事。アイツは嫌がってたっけな。良いように管理局のプロパガンダに使われてるって」

 

アーチャーはそれを見て、フンと小さく鼻を鳴らした。雑誌で管理局が騒いでいた時、昼休みにライリーは好物の「巻き寿司」なる和食を食べながら、そう愚痴ていたと、アーチャーは言った。

 

「けど、アイツは紛れもなく天才だった。もちろん魔導師としてもな」

 

それは、俺がライリーのことを一番よく知っていると言わんばかりのアーチャーの断言だった。私も表紙を飾るライリーを見た。恥ずかしそうにはにかむ彼の姿は、今の自分とそう変わらない、どこか無邪気さを感じさせる表情に思えた。

 

「――話が逸れたな」

 

じゃあ、続きを話すとしよう。そう言うと、アーチャーは懐かしげだった瞳をゆっくりと閉じた。私の体には、無意識に力がこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合同演習が始まって三時間が経とうとしていた時、すべては動き出した。

いや、戦いはずっと前から始まっていた。誰も見えない水面下で。

問題は、その戦いにどんな決着を付けるのか。それで俺は、満足できるのだろうか。

 

あの日は――――恐ろしくなるくらい、すべてが予定通りに進んでいった。

 

 

 

攻撃隊が射撃演習を終えて編隊飛行に戻ったとき、すでに変化は起きていた。

 

《次は、4ブロック先で合流予定の次元航行部隊第一分隊と戦技教導隊第一航空中隊との合同演習です。この調子で――――》

 

オペレーターのランディからの指示を聞いている最中、西から何かが湾岸に向かって北上して行くのが見えた。前を飛行するライリーが、俺へ振り返った。

 

「アーチャー、見えたか?西から何かが北上してくるのを」

「ばっちり見えてる。先輩たちも気づいてるみたいだしな」

 

ぴったりと後ろに付く俺はライリーの問いにそう言った。この演習の一環なのだろうか。そうライリーは呟いたが、どこかが可笑しいとその表情には出ていた。長年、空戦魔導師として働いていた直感がそう言っていると言わんばかりに。

 

あぁ、やはり疑問に思うかと、俺はアイツの後ろを飛びながらそう思った。

 

その時、先頭を飛行するグラハム編隊長が大きく弧を描いて旋回し始めた。後続する俺たちもいきなり軌道変更した編隊長へ追従する。隊長が飛ぶ飛行軌道は、もちろん演習の内容には含まれていない。

 

何かが起こっている。それだけが、ライリー達にははっきりと分かっていただろう。

 

****

 

「こちら機動一課第四航空中隊、サイファー隊だ!先行している部隊!聞こえるか!?」

《戦技教導隊第一航空中隊のファーン・コラード一等空尉です!》

 

先頭を猛スピードで駆けるグラハム編隊長が、この先で合流予定であった戦技教導隊第一航空中隊へと通信回線を飛ばした。IFF(識別信号)に応答なしの、北上する所属不明隊を確認した後、すぐに4ブロック先に待機していた戦技教導隊からSOS信号をオペレーターであるランディが受信した。

 

行動の有無を問う前に、先導していたグラハム編隊長が合流ポイントへと飛び立ち、後続していたライリー達も、編隊長に続く形となった。音声通信だけだが、ノイズが激しく、時折小さな爆発音や、痛みに堪えるような声が聞こえてきた。それだけでも、事態は火急を要するにことだと分かった。

 

《現在、我々は合流した次元航行部隊、第一分隊と共に北上してきた武装隊と交戦中!》

 

通信に本来応じるのは、その隊の通信員だ。だが、彼女は通信員でではない。通信員ではない人間が応じている以上、事態は深刻なのだとサイファー隊全員に告げる。こうなっているということは、編隊を維持できない状態なのか、すでに誰かが犠牲になってしまったのか…。

 

《合流予定であった次元航行部隊の二名が奇襲により被弾。救助できましたが、内一人が重傷です!至急、救援を願います!》

 

二名が被弾。二名とも救助はできたが、内一人が重傷。

 

その報告を聞き、サイファー隊全員が異様な雰囲気に包まれた。こちらは新人を迎えたばかりであり、柔な鍛え方はしていないが隊から「未帰還者」を出す危険性は増している。それに敵は外世界ではなく、管理局地上本部があるこの「ミッドチルダ」に直接攻めてきているときた。次元航行隊や、教導隊ですら防戦一方に追われている。相手も相当の手練れだということくらいは、サイファー隊の誰もが簡単に予想できた。サイファー隊は、今回の演習を前提に再編成した構成になっている。いくら熟練とは言え慣れない任に就いていては全員が不慣れな状態だ。加えて、こちらには実戦を想定した武装はほとんど無い。あまりの状況の悪さにグラハムが小さく舌打ちをした。

 

「サイファー隊各員、聞こえたな?」

 

静まり返ったサイファー隊に隊長の全隊通信が響いた。

 

「すでに二分隊が北上してきた謎の武装隊との交戦を湾岸にて開始している。加えて、救援を求めている二分隊は重傷者を抱えている状態だ」

 

改めて隊長が言う言葉には、言い難い重みのようなものがあった。それはまるで「現状のコンディションで自分達はどこまでやれるのか」という不安感を滲ませるようなものだった。

 

「決まってるでしょ?隊長」

 

静まり返っていたサイファー隊で、真っ先に口を開いたのはアーチャーだった。

 

「いつ如何なる場合でも人命救助を第一に。隊長がいつも言ってる言葉じゃないですか」

 

続いて、アーチャーのすぐ隣を跳ぶライリーがそう言った。グラハムの口癖は「人命救助」だった。「いかなる状況に置いても民間人と仲間を見捨てないのが管理局の魔導師である」と、模擬訓練の時でも口酸っぱくグラハムは言っていた。

 

「新人カップルが生意気言ってやがる」

 

ライリー達と同じ攻撃隊の先輩がそう言った。それに便乗するように、周りの隊員たちも「違いない」と笑いだした。

 

「誰がカップルですか!」

「おいおい冷てーな、相棒」

「茶化すな!」

 

ライリーはティルフィングで隣を飛ぶアーチャーを小突く。その光景を見た隊員の誰かが「痴話喧嘩見せつけんなよー」と、更にライリーとアーチャーを茶化すと全員が吹き出した。隊の張り詰めたような異様な雰囲気は無くなった。グラハム編隊長が、息を小さく吸い込む。

 

「この状況で、我々はどこまで出来るかは未知数だ。だが、味方を見捨てることはない。我々はこれより重傷者の救助、及び謎の武装隊との交戦に入り、これを撃破する!」

 

その瞬間、サイファー隊に所属する隊員の全員の表情が鋭くなった。一人一人が数々の修羅場を潜ってきたオーラのようなものを纏っていた。グラハムは振り向かずに後続飛行をしているライリーとアーチャーへ指を二本出して手首を振る。それはサイファー隊内で使用されるジェスチャーサインだ。サインを見るや、後続していたアーチャーはそのまま後方の輸送ヘリへ通信回線を開いた。

 

「ランディ!護衛してやるからヘリを次元航行部隊に近づけろ!負傷者を回収し次第、首都地上本部へ向けて死ぬ気でヘリ飛ばせ!」

《了解です!》

「攻撃隊!お前らは輸送ヘリを援護!残りは俺と共に来い!」

「了解!」

 

叫んだ勢いのまま、編隊飛行をするサイファー隊は一気に加速し、二勢力が入り交じる交戦区域へと突入する。すでに目の前には、色とりどりに入り乱れあう「戦場」が見えていた。

 

《サイファー隊、敵と接触〝エンゲージ〟!》

「サイファー隊…交戦開始!」

 

 

――NEXT

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