魔法少女リリカルなのは外伝   作:紅@あの丘の向こうへ

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3.Fの系譜

 

 

ミッドチルダの首都。

 

クラナガンの空から見下ろした街の夜景は、美しい夜空の輝きに似ている。

 

眼下に広がる街の光は、不規則的に散りばめられていて、それが人工的に作り出された光だとしても、空に上がってしまえば、現実味どころか、おとぎ話に出てくる光の幻想のように感じてしまう。

 

だがそれは、その輝きに勝るとも劣らない「影」を、この世界に落とす。その光が輝けば輝くほど、影も広がり、やがてその光すら届かぬ「闇」となる。光がある以上、闇もある。闇があるからこそ、光はその輝きを鮮明に馳せさせる。必要悪――と、言うならば、それもあるだろう。しかし、「光と闇」が対等であり続けることは無い。

 

 

自分の生まれた生い立ちは、自分が生きた過去は、まさに「影」の中にあった。

 

 

生まれも、育ちも、その生き方も。日に当たることはできない。眼下を覗く、この美しくも仮初めで出来上がった光。この手は、体は、闇と溶けている。血も、叫びも、悲しみも、絶望も、この身に纏う闇に溶けている。光の中にいる、対面したガラスの中に写るもう一人の存在とは相容れない。

 

 

光と闇。

 

 

こちらは、深い闇の中。

 

ずっと考えていた。なぜ、自分は影でしか生きていけなかったのか。

 

ずっと――考えていた。

 

『自分達は、いったい何のために、生まれてきたのだろう』―――と。

 

 

 

****

 

 

 

「まさか、ケイマン・パラメーラさんが、エネルギー事業部の室長になってたなんてなぁ」

 

 

黒いスポーツカータイプの乗用車の助手席に乗りながら、キィナは高くそびえる高層ビルを見上げていた。隣の運転席では、フェイトがさっき買ってきたばかりのサンドイッチと飲み物をダッシュボードの上に乗せて、資料室から拝借した資料データを眺めている。

 

 

「アポイント取らなければお会いすることはできません、だって! なーによ、こーんな目をして言わなくたっていいじゃん!」

 

 

左右の目元を人差し指吊り上げながら、キィナは、まるで目の敵のような態度をとっていた受付スタッフの真似をしながら文句を垂れた。その顔はキィナなりのジョークだ。フェイトが含んだように笑う。

 

 

「けど、警備が厳重でしたね。まるで、何かに備えてるみたいに…」

 

「確かに、管理局指定のエネルギー事業とは言っても、警備が厳重すぎるよ」

 

 

さっきから乗っているこの黒い車は、フェイト個人の乗用車だ。執務官になってから買ったらしいが、ミッドチルダでも人気のあるメーカーと車種。一体いくらしたのだろうかとキィナは思う。ツーシータータイプだが、乗り心地はものすごく心地よかった。

 

二人は受付で露払いされてから、フェイトの車で張り込みをしていたのだ。裏口に回ってしばらく経つが、警備する人間が異常に多いように思える。

 

 

「――ナズミ執務官」

 

 

サンドイッチを食べていたキィナに、フェイトが調べていた資料を見せる。

 

 

「これは、あの事故に関わった人のリストです」

 

 

その資料は、フェイトが執務官になる前から集めていたものだ。彼女は、自分の知りうる限りの情報源から、あの事故の資料を集めていた。

 

 

「期間はバラバラですけど、関わった人たちは皆、死亡してるんです」

 

 

だが、フェイトが事故の資料を集め出した頃には、もう何かが始まっていた。関わった人間は、事故、自殺、他殺、失踪、その死因問わずにあらゆる死に方で死に、または行方を眩ませていた。それに、内容も恨みを持った人間に殺されていたり、自然的に死亡していたりと、バラバラなものだ。

 

 

「そして、私が調べてようやく残っていた、あの事故の関係者は、アーマン・ブリッツ二佐と、ケイマン・パラメーラさんだけだったんです」

 

 

フェイトが辿れる過去を知る人物。その内の一人は、もうこの世にはいない。

 

 

「そして今、真実を知っているのはケイマン・パラメーラさんだけになった」

 

 

ぎゅう、とフェイトが持っていた飲み物の容器に力が籠った。

伏せた瞳でフェイトはかき集めた資料を睨むように見つめる。

 

 

「私は――絶対にその人と、会わなきゃならないんです」

 

 

その深い決意の込もった声に、キィナは言い様のない感覚を覚えた。自分より明らかに年下なのに、彼女の声色はその年相応とは思えなかった。

 

不確かだが、自分の想像以上に、彼女が背負っている物は重くのしかかっている。

 

 

「フェイトちゃん、君は何で執務官になったの?」

 

 

キィナはカツサンドの最後の一口を頬張って、フェイトに首をかしげた。

 

 

「ナズミ執務官?」

 

「キィナでいいよ。私もフェイトちゃんって言ってるし」

 

 

もとより、自分より仕事ができ、更には容姿端麗なフェイトに、年上と言うだけで敬語を使われると、更にむず痒い。

 

「じゃ、じゃあ…キィナさんで」と、フェイトは少しだけ緊張した様子で頷いた。

 

 

「私は、知りたいんです。私のことを。母さんのことを」

 

 

運転席のシートに沈むように座るフェイトは、手に持った飲み物を見下ろしながら、ぽつりと水滴が落ちるように、そう呟くように話した。

 

自分の母が何故、ああなったのか。

 

アリシアが、何故死んでしまったのか。

 

 

――そして、全ての始まりはなんだったのか。

 

 

それを彼女は知りたかった。

 

 

「だから執務官に?」

 

「お兄ちゃん…クロノ執務官の進めもあったので」

 

 

クロノ・ハラオウン執務官。

 

執務官になった者で、彼の名を知らない者はいない。キィナもフェイトも、彼ほど優秀な執務官を他に知らなかった。

 

 

「なるほどねぇ、身近な人が目標だったと」

 

 

クロノは優秀な執務官であると同時に、フェイトと同じくらいに容姿端麗だ。執務官以外でも管理局の女性の間では人気が絶えない。そんな兄を目標にしているのだから、フェイトも少なからずクロノに憧れを抱いているに違いない。キィナはそう言いながらフェイトにニヤリといやらしい笑みを向けた。

 

 

「そ、それはともかく! キィナさんは何で執務官になったんですか?」

 

 

「もう、「さん」はいらないのに…うーん」キィナは考えるように唸った。が、

 

 

「なってみたかったからかな」

 

 

答えは思いの外、早く出てきた。

 

 

「私は、執務官になってやりたいこととか、目標とかないよ。高給取りだし、安定してるし。まぁやり甲斐はあるけどさ」

 

 

「そういうものですか?」

 

 

フェイトが首をかしげる。

 

 

「そういうもんさ。お仕事なんだから」

 

 

キィナも、当然のように頷いた。彼女は、ツーシーターの助手席側の窓を僅かに開ける。その視線の先には、警備する人間に動きがあった。

 

 

「じゃあ、その〝お仕事〟にかかるとしますか」

 

 

ニヤリと笑うキィナに、フェイトも飲んでいた飲み物を片付けて、堅い表情で頷いた。

 

 

 

****

 

 

「待ち伏せかね?いくら管理局の執務官とは言え、マナーがなってないようだな」

 

 

夜のとばりが満ちはじめた頃。黒い高級車から降りてきた白髪が混ざった髪をした男性、ケイマン・パラメーラが、行く手を遮るように止まるスポーツカーから降りてきた、キィナとフェイトを睨むように見つめていた。

 

 

「生憎、今回私たちはアウトローなので。無礼は失礼しますが」

 

 

二人とも、アポイント無しで受け付けに訪れた時は管理局の制服姿だったが、今は私服だ。管理局の人間が来たと、秘書が彼女らの顔写真を見せてくれていたので、彼女らが何者なのかはすぐにケイマンは、判断することができた。

 

どうやら上手く尾行してきたのだろう。閑静な高級住宅地の路地に入ろうとした時には、彼女らが乗る黒いスポーツカーが、まるで煙のように目の前に現れたのだから。

 

 

「ふぅん。まぁ待ち伏せられたなら仕方ない」

 

 

小バカにしたような勝ち誇った笑みで車から離れたケイマンは、まるで舞台を演じる役者のような大げさな素振りで二人の前に立っていた。

 

 

「私はやましいことをしたか? 残念ながら、身に覚えはないな」

 

 

エネルギー事業部で、不正な出来事があったか?

 

それとも管理局との間で不正な取引があったか?

 

答えはNOだ。彼には何のやましいことはなかった。

 

だが、それは現在の話。

 

 

「魔力炉の暴走事故」

 

 

キィナの隣で、ぽつりと吐かれたフェイトの言葉に、ケイマンの余裕さが溢れていた表情がぴくりと反応する。

 

 

「これだけ言えば、私たちが貴方に何を聞きたいかわかる筈ですよね?」

 

 

フェイトの睨むような瞳が、ケイマンの顔を捉えていた。余裕で満ちていたケイマンは、険しそうに眉間にシワを寄せて考えるように手でこめかみを押さえる。

 

 

「―――まいったな、まさか、その話か」

 

 

もうずいぶんと、心の奥底に閉じ込めていたことだ。目の前にいる人物が、〝あの事故〟のことを言うまでは、極めて考えないようにと努力していたが、ケイマンはあの事故を一度も忘れていない。

 

 

「貴方の名前は、亡くなられたアーマン・ブリッツ二等佐の資料に書かれていました。――すべて答えてください。話をしてくれれば、私たちも帰りますので」

 

 

アーマン・ブリッツ。自分と同じく、あの事故を知る彼の死は、ケイマンも知っていた。それを知った上で、彼は警護の強化に踏み切ったのだ。しかしこれは体裁上の保険のためだ。

 

踏み出したフェイトを、ケイマンは改めて見た。綺麗な金色の髪をした少女だ。隣にいるキィナと見比べても、特にフェイトの容姿が際立って見える。

 

ケイマンは思い出した。

 

 

「―――ひょっとして君は、プレシア・テスタロッサの娘のクローンか…」

 

 

ケイマンの言葉に、今度はフェイトの方がピクリと反応する。そうか、君があの事件の…「P・T事件」の子供だったのか。ケイマンは可笑しいように、丁寧に整えた前髪をくしゃりと撫で上げる。まさかこうも巡ってくるものとは思いもしなかった。

 

 

「全く、人生では、こういうこともあるものだな。――憐れな娘だよ、君は」

 

 

ケイマンの顔は、明らかに、異常なまでに青ざめていた。クックッと笑うケイマンを、フェイトは睨み付けながら詰め寄る。

 

 

「憐れ? どういう意味ですか…!」

 

「そのままの意味だ。君の産みの親は天才だ。あぁ…だが、あまりにも天才過ぎた」

 

 

詰め寄ったフェイトを見下ろしながら、ケイマンは思い出すように首を横に振る。

 

 

「あぁ、あの暴走事故もそうだ。プレシア・テスタロッサが、彼女が頑張りすぎたのだよ。あの事故は、起こるべくして起こってしまった」

 

「貴方たちが…!母さんを…!」

 

 

無意識にフェイトの口調が荒々しくなっていた。その声色には、キィナも、今まで聞いたことがないような、怒りを孕んだものがあった。

 

 

「私たちが?いや、違うな」

 

 

だが、フェイトの怒りを遮るようにケイマンはその言葉を否定した。

 

何が違うのか? 彼らがしたことで、母は深く傷つき、アリシアの命は奪われた。その事実は変わらない。フェイトは更にケイマンを睨みつける。

 

 

「そもそも、あの事故が本当に事故だと思っているのか?」

 

 

ケイマンは、青ざめていた表情を整えて、自分を睨み付けるフェイトと、後ろで見張っているキィナを交互に見た。彼は明らかに異常な顔色をしていたが、頭の中は冷静さを保っていた。これもまた――自分の運命なのかもしれないと。

 

 

「そうだ、あの事故は―――ただの魔力炉の暴走なんかじゃあない」

 

 

その時、ドンッと彼の背後で音が響いた。彼は振り返らなかったが、詰め寄っていたフェイトや、そのすぐ後ろにいたキィナには見えていた。

 

 

ケイマンには見えなかったが、二人には、はっきりと見えていた。

 

 

黒いフードと、地まで付きそうなケープで身を固めた人物が、ケイマンの車の上で月を背中に立っていた。

 

 

「―――やはり、来たか。私の〝運命〟が」

 

 

ケイマンはそう独り言のように呟きながら、いきなり現れたケープを纏った者の方へ、ゆっくりと振り返るのだった。

 

 

 

 

 

――NEXT

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