魔法少女リリカルなのは外伝   作:紅@あの丘の向こうへ

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4.うごめく影

 

 

 

 

高級車の上に着地した「影」は、まるで受け入れるような目をした〝ターゲット〟を視認する。

 

その影は、外装はゆるやかな着心地のいい黒いケープと、フードで覆われていた。だが、全身を暗い色で基調し、多機能を内包した体のラインに合わせたボディスーツをケープの中で着ている。

 

自分の任務を頭の中で復唱した。

 

「ケイマン・パラメーラの抹殺。方法は問わない」

 

腰にぶら下げた己の武器は、いつでも手にとれるようにしていた。

 

意を決して、「影」は高級車から飛び降りた。

 

目の前にいたフェイトとキィナは、ただ見ていることしかできなかった。恐怖で体が動かなかったから? いや、違う。突然現れた影が、あまりにも速すぎたからだ。

 

自惚れるわけではないが、魔力によるセンサーを使用していない〝ただの人間〟に、自分の動きを捉えることはまず不可能だ。それはターゲットである男性、「ケイマン・パラメーラ」にも言えたこと。

 

腰から取り出した武器が甲高い音を奏でた。一瞬で出現した、魔力で出来上がった高出力の刃。

 

それがケイマンの腹部を難なく貫く。鍔を腹部に押し付けたまま武器を起動させたので、痛みは一瞬であっただろう。ケイマンの体はピクリと一回だけ痙攣すると、致命的な一撃に抗うようによろめく。

だが、彼の眼がもう死んでいた。

 

「影」が起動させた武器を仕舞うと同時に、ケイマンはボンネットにしがみつくように力無く倒れた。腹部から溢れ出した真っ赤な血液が、彼の高級そうなスーツを染め上げていく。

 

そのやつれた顔を見るだけで、「影」はヘドが出る思いだった。

 

だが、今までのターゲットとは違うことがある。突き刺した「ケイマン・パラメーラ」も、先日処分した「アーマン・ブリッツ」も、決して死にたいして恐れたり、情けなく喚いたりなどしなかった。

 

 

 

****

 

 

 

鮮やかな動きだった。

 

その洗練された動作が、あまりにも唐突過ぎて、フェイトもキィナも対応することができなかった。高級車のボンネットにもたれ掛かったまま、ピクリとも動かなくなったケイマンを見て、フェイトは初めて人の死を垣間見ていた。

 

流れる血の海。人一人が、今、目の前で死のうとしている。

それは、とても呆気なく、だ。

 

 

「ま、待ちなさい!」

 

 

あまりの出来事に硬直したフェイトと違って、キィナは冷静に思考を切り替えることができた。

 

漆黒のケープを閃かせる人物を、睨み付ける。ケープに覆われている為、顔はかろうじて口元が見えるくらいだが、体格は細い線をしていた。女性か、男性か。判断が難しかったが、キィナは懐に忍ばせていた自分の愛機を取り出した。

 

 

「行くよ、エッジクロス!」

 

 

キィナが握るデバイスの形状は、ロザリオを模したものだ。執務官になったときに、長年連れ添ったAIをそのまま移植して新調したインテリジェンスデバイス。

 

 

『yes.Master』

 

 

単調な女性らしい声色をした電子音が響くと、握られたロザリオが変化し始め、キィナの服装も私服から戦闘用のバリアジャケットへと換装された。

 

待機モードから解き放たれたエッジクロスは、十字架をそのまま片手銃にしたような形状をしており、インテリジェンスデバイスには珍しいタイプのものだ。

 

ケープをまとった彼か彼女は、逃げる様子さえ見せなかった。デバイスを構えたキィナを悠々と風にケープを踊らせながら眺めている。

 

「ずいぶんと余裕そうだね」と、キィナは相手にバカにされてるように思えてならなかった。だが、相手は、たった今、自分の目の前で殺人を行なった『犯罪者』。油断など許されない。

 

 

「私は管理局所属の執務官、キィナ・ナズミです。武器を捨てて投降しなさい。貴方と問答する猶予は、残念ながら与えません」

 

 

業務的な口調でキィナは、エッジクロスの銃口を目の前の『犯罪者』に向けた。すると、彼か彼女は、身動ぎした。左手の掌をキィナに見せつけるように突き出す。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

途端、キィナの身体は見えない何かに突き飛ばされた。身構えていたはずの身体は簡単に飛び上がり、彼女はフェイトの車に激突し、そのまま地面に転げ落ちる。

 

 

「そうか、お前たちは管理局か。それは―――厄介だ」

 

 

全身を打ち付けられて身じろぐキィナを見ながら、「影」はそんなことを呟いていた。

 

 

(何…!? 今の攻撃は…!)

 

 

こちらはバリアジャケットを身に付けているというのに、想像以上の痛みがキィナを襲っていた。

 

敵が放った攻撃は、まるで空気の塊に押し出されたような感覚と、全身を締め付けられる息苦しさがある。立ち上がりながら、キィナは敵の攻撃の原理を必死に探っていた。が、敵はその探りをさせる暇を与えてはくれなかった。影が再び腰から取り出した武器を握ると、空気を焼く音とともに、鮮やかな黄色の魔力刃が鍔から出現した。その魔力光を見て、フェイトは酷い既視感を覚えた。

 

とても見慣れているような…そんな感覚。

 

 

「フェイトちゃん!」

 

 

キィナの怒号に似た声に、フェイトは肩を震わせた。立ち上がったキィナは、魔力刃を手にする「影」に銃口を構えた。

 

 

「私が引き付けるから、フェイトちゃんはケイマンさんを!」

 

「わ、私も戦います! 市街戦なら経験も――」

 

「馬鹿言うんじゃないよ! 忘れたの!? 私たちの任務はこの戦いじゃない!」

 

 

状況を整理する余裕のないフェイトを、キィナはあえて一喝した。今、彼女がするべきことは、キィナを手助けすることじゃない。

 

 

「二人で敵を相手にしていたんじゃ、何も間に合わない! 今を逃せば、何も得られない! だから、貴方が聞きなさい! 貴方にはそれを知る義務があるんだ!」

 

 

キィナの言葉を受けて、フェイトは勤めて冷静になるように自分に言い聞かせた。そして踵を返すと、血を流すケイマンの元に駆け寄る。

 

 

「それに、戦技なら私もそこそこ強いんだからね…!」

 

 

と、背後から魔力同士が打ち付け合う音が響く。

 

 

「キィナさん!」

 

 

フェイトは思わず振り返ろうとした。が、その行動は阻止された。

 

血塗れの手が、フェイトの腕を掴んだ。

 

 

「―――っはぁ!」

 

 

ごほっと血の混じった咳を漏らしたケイマンは、血眼で掴んだフェイトを睨み付けた。いや、睨み付けてはいなかった。痛みと朦朧とする意識のせいで、ケイマンの表情は酷く強ばっていたのだ。

 

 

「フェイト――。テスタロッサの生き写しよ…!」

 

 

ケイマンは薄れ行く意識を、必死に繋ぎ止めた。

 

 

「見ろ――っはぁ…これが、お前の母を…お前そのものを狂わせた者の…最期だ」

 

 

フェイトは顔を横に振った。貴方には、まだ死なれては困る…! まだ、フェイトは何も知れてない。母が狂った理由を。自分の過去を。何一つ知ることができていない。

 

血が、止まらない。

 

血の海が――広がっていく。

 

 

「これが、私と、アーマンの運命だったのかもしれんな…ゴホッ…! まさか、私たちが犯した罪の証が…私の前に現れるとは…」

 

 

自嘲するように笑みを浮かべると、ケイマンは傷口を抑えるフェイトを見据えた。その表情には、痛みで強ばっていたものが消えていた。

 

 

「管理局も、我々も…間違っていたんだ…。彼女は――プレシア・テスタロッサは―――【彼ら】に、ただ利用されただけだ」

 

 

え? フェイトは、ケイマンの言葉に耳を疑った。

 

 

 

母さんが利用されていた?

 

 

 

 

「それは! 貴方たちが実験を強行して…!」

 

「――違う。彼女は知らなかった。知らせるわけにはいかなかった! 最初から知っていれば、彼女はあんなものを作るわけがなかった。だから我々は…【彼ら】は、新型魔力動力炉だと偽った。だが――それは間違いだった。彼女が利用されていたのは…我々が想像してた闇とは違う…」

 

 

そもそも、魔力動力炉の暴走だけであれだけの被害が起こると思うのか…? ケイマンの言葉には、有無を言わせない迫力があった。死の淵に立った人間の最期の懺悔だ、とケイマンは血と一緒にそう言葉を吐いた。

 

 

「このミッドチルダは…我々は――魔法によって導かれてきた…! だが、その魔法で〝兵器〟を作り上げたとしたら…どうなる!?」

 

 

デバイスなど、【アレ】に比べれば玩具に等しい。

 

魔力を純粋な兵器にしてしまったその先には――何が待っている?ケイマンは血塗れた手でフェイトの肩を掴んだ。

 

 

「あの事故は…まだ終わっていない…! あの事故は、単にいたずらに起こったわけじゃない…その理由を、君はそれを知る権利がある…!」

 

 

ごほっと、ケイマンは多量の血を吐き出した。

 

次に言葉を発せれば、それが自分の最期だと―――死の淵にいるというのに。

 

 

「【ドレッドノート計画】…それが、【彼ら】の、真の目的…それを知るんだ…いいな…」

 

 

それだけ言うと、フェイトの肩を掴んでいたケイマンの手が、音もなく血に落ちた。

 

完全に光を失った瞳が、瞼の裏に隠れていく。

 

 

そんな…! フェイトは言い様のない理不尽さに苛まれていた。

 

明確な人の死に、はじめて立ち会った。手が震える。喉がカラカラに乾いて―――上手く呼吸ができない。

 

 

「キャアァァッ」

 

 

打ち鳴っていた魔力同士のぶつかり合いは、激しい衝撃音と叫び声によって掻き消された。

 

フェイトはバルディッシュを手にとって自分でも驚くほどの速さで振り返った。目に入ってきたのは、壁にうちつけられて気を失っているキィナの姿。辺りには彼女が使っていたデバイスの残骸が散乱している。

 

 

 

そして、目の前には、漆黒のケープで身を隠した「影」が立っていた。

 

 

 

その人物は、月光とは相容れない影の中にいる。

 

言葉が出なかった。初めて感じる――恐怖が勝っていた。

 

下から見上げて僅かに、フードの下に潜む瞳を見てしまったのだ。

 

 

なんだ、あの目は。人間が、あんな目をするのか?

 

 

フェイトは、胸の心臓ごと、全身を鷲掴みにされていた。

 

 

「いまの貴様は、俺のターゲットではない。けれど間違いなく、俺の求める者だった」

 

 

機械的な声だった。見下ろす者と、見上げる者。闇の中にいる者と、月下に照らされる場所にいる者。

 

二人のいる場所は、決定的に違っていた。

 

「影」はケープを閃かせながら飛び上がると、音もなく闇の中へと消えていった。

 

残ったのは静寂。

 

 

何もできなかった―――フェイト、ただ一人が、その場に残っていた。

 

 

 

 

――NEXT

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