魔法少女リリカルなのは外伝   作:紅@あの丘の向こうへ

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5.密かなる脅威

 

 

 

――三日後。時空管理局、執務官デスクルーム。

 

 

帰り支度を済ませたトレイル・ブレイザー室長は、未だに個人のデスクに張り付いて、せっせとデータに目を通しているキィナを気にかけていた。彼女は、昨日まで治療センターで入院していた身だ。頭や腕には、まだ痛々しく包帯やガーゼが付いたままだった。

 

三日前。

 

キィナは、フェイト・T・ハラオウンと共に、ケイマン・パラメーラの身辺調査をしている時、ケイマンを刺殺した殺人鬼に襲われたのだ。

 

約一日の混濁状態が続いたキィナだったが、目覚めた途端に、彼女は退院申請をしてしまい痛々しい姿で執務官デスクルームに戻ってきた。かと思ったら、モニターに張り付いてはすっかり動かなくなってしう始末だ。

 

トレイルは鞄を肩にかけると、キィナのデスクへと向かう。だが、彼女は背後から近づくトレイルにまったく気づいていなかった。

 

まるで話しかけないでくださいと自己主張しているように着けている大きめのヘッドホンを、トレイルはお構い無くキィナから取り上げた。「あっ」と、間抜けな声と共にキィナが振り返った。

 

彼女はトレイルの顔を見るなり、しまったという反応と共に嫌そうにしかめる。なんとも失礼なやつだ。

 

 

「仕事中にヘッドホンをするとは感心せんな、えぇ?」

 

「仕事中じゃないです。〝仕事がないから頼まれ事をやっている〟だけです」

 

「それにしては、えらく真面目にデータを見てたじゃあないか」

 

 

関係ないです、といつになく不機嫌そうにキィナは上司を突っぱねた。こうなると彼女は頑固だ。トレイルはそれを嫌と言うほど知っている。彼はヘッドホンから流れてくる歌に耳を傾けた。

 

 

「【天城越え】―――あぁ、ジャパニーズソングというやつか」

 

 

幸い、彼も知っている有名な歌だった。キィナはトレイルを睨み付けると、ひったくるようにヘッドホンを奪い返した。

 

 

「返してください。それ聞いてるとモチベーションがあがるんです」

 

「そうかい。俺は和食のほうが好みだがな。今の時期はそうだな、おでんも良いものだ」

 

 

そう言うとトレイルはデスクにもたれるように腰かけた。

 

和食といい、日本文化といい、すっかりミッドチルダに打ち解けたものだなと、トレイルは思っていた。

 

数年前では一種のブームと呼ばれ、外来の物品の展示会でもやっているかと思えるほど、人が寄って集って騒ぎ倒していた。それが今となっては、日常にすっかり溶け込んでいる。不気味なほどの浸透性だ。恐るべし、ジャパニーズ文化。

 

 

「――トレイル室長。ひとつ質問いいですか?」

 

 

しばらくの沈黙のあと、キィナがデータに目を通していた顔をあげ、デスクに腰を下ろしていたトレイルを懇願するような目で見た。

 

 

「見てわからんか? 今から帰るところだぞ」

 

 

トレイルはワザとらしく纏めた帰り支度をキィナに見せつけたが、彼女は両手の掌を目の前で擦り合わせながら、「お願い」というポーズをした。このポーズに、トレイルは弱かった。

 

 

「はぁ…。で、なんだ」

 

 

トレイルはめんどくさそうに纏めた髪をわしわしと掻き上げる。

 

 

「腕力は勿論…魔力を使わないで、人を吹き飛ばすことは可能ですか?」

 

 

なんだ、超能力か何かの話か? 思わず声に出してしまった。冗談に付き合ってほしいなら他を探すべきだぞ、とトレイルはキィナを睨み付ける。

 

 

「いつになく真剣で真面目ですよ、私は」

 

 

その睨みに屈しないほど、キィナは大真面目だった。同時に、どこか怒りを孕んだような、そんな目をしている。

 

謎の殺人鬼に襲われた彼女は、頭を強く打った以外は、痛々しい見た目の割に怪我は軽傷だ。だが、彼女が愛用していたデバイスは、無惨にもバラバラにされている。接近戦にも適した強固な素材で作り上げられたはずのキィナのデバイスは、まるで溶かしたバターを切り落としたように切り刻まれていた。

 

更に、彼女自身の外傷にも不可解な点がある。吹き飛ばされた彼女の傷は全身打撲だったが、搬送された治療センターで検査した結果では、外傷からの魔力反応が全く探知されなかったのだ。

 

 

「あの時の殺人者…【黒頭巾】の物理的な力だったら、なんの疑問もないんですけど…」

 

 

【黒頭巾】。キィナを襲った殺人鬼が放った力は、物理的な力で説明できるものじゃなかった。手のひらを翳しただけで、人が吹き飛ぶわけがない。キィナが言おうとしていることを、トレイルはうっすらと察した。

 

 

「――確かに、魔力反応無しにも関わらず、吹き飛ばされたら可笑しなものだな」

 

 

『魔力は魔力に関わる事象、あるいはそれに関わる物質にしか変換できない』

 

それは魔法を行使する者の中での共通認識であり、絶対的なルールだ。

 

「水」をいくら気体、液体、固体と加工しても、「水」は「水」以外の存在、概念になることはない。

 

魔力も同じだ。魔力を使ったものは、例え変異物質であろうとも、必ず魔力が使用される。当然、魔力反応も残る。その残された魔力反応は、調べる側にも重要な手がかりになる。だが、今回の事件では、魔力反応が一切確認されていなかった。

 

 

「『魔力を魔力』に、じゃなく『魔力を物量エネルギーに変換する』か。言っておくが、今のところ、そんな技術は管理局にないからな?」

 

「ですよねー」

 

トレイルの回答に、キィナは当然だ、と嘆くように肩を落とした。

 

魔力を別の何かに変換するなど、そんなものはあり得ない。もし、魔力を物理的なエネルギーに変換できるとしたら管理局が保有する魔法技術は、また大きな局面を迎えることになる。

それはまるで、新たなる「力」のように。

 

 

「すこし、いいかな?」

 

 

と、話し込む彼女たちの前に、紙袋と小さな花束を持った男性が気の抜けそうな柔らかい挨拶と共に現れた。また邪魔モノが来たかと、彼女は現れた男性を睨んだ。途端、彼女はバネが跳ね上がったかのように立ち上がると規則正しい敬礼を示した。

 

 

「オールドマン准将!」

 

「そんな改まらなくて構わないよ。むしろそうするのは私の方だ」

 

 

痛々しい姿で敬礼するキィナを見たジョン・オールドマン准将は、持っていた紙袋と花束を近くの机に置いて、彼女と、上司であるトレイルに向かって頭を下げた。

 

 

「私の頼みで、君やハオラウン執務官にはつらい思いをさせてしまった。すまない」

 

 

その行為に、キィナは思わず言葉に詰まった。准将ともあろう立場の人間が、一介の立場である自分にこうも簡単に頭を下げていいのだろうか。少なくともキィナが想像していた上層部の人間はこんな真似をする人間ではない。

 

 

「だから言ったでしょう? 厄介ごとを吹っかけられるって」

 

 

キィナが呆気にとられてるさまを見て、トレイルは申し訳なさそうに目を細めたオールドマン准将にそう言った。新人執務官の面倒を見るトレイルの周りでは厄介ごとは尽きない。

 

 

「せめて、君の見舞いにでもと思って病室を訪ねたのだが、入れ違いになったようだね。さて、買ってきたコレなのだが、なにぶん一人では胃が辛くてな。休憩でも如何かな?」

 

 

オールドマン准将は、持ってきた紙袋から見舞いの菓子を取り出した。

 

 

 

****

 

 

 

キィナは、トレイルを介してジョン・ドゥ・オールドマン准将と会話し、いくつか彼の人間味でわかったものがあった。

 

「趣味だよ」と言って、コーヒーを淹れる彼は、トレイルと似たように気さくな人物だった。菓子を囲みながら、トレイルと話す彼がいかに優秀であり、物事に積極的であるか、すぐに理解できた。特に特徴的だったのが、彼は誰かの悪口や批判をしないことだ。会話を聞いていてもうるさくはないし、不快感もない。自分の部下に加え、トレイルの部下ひとりひとりの名前と顔を覚えているばかりか、妻や恋関係の話題まで知っている。とても部下や自分の下の者との交流を持っている人物だ。

 

キィナの上司、トレイル・ブレイザー室長とは、過去に後輩と先輩という間柄であり、上層部に入る前は、航空部隊の一小隊の隊長を務めていたそうだ。自身の昇進や見栄え、保身をまったく考えていないかのような――任務の成功と市民の安全を守ること、その役割の達成あるのみのような指揮官だったと、トレイルはキィナに話した。

 

 

「准将は、なぜこの事件にこだわったんですか?」

 

 

自然と、キィナの疑問はそこに向いた。彼がこの事件にそこまでこだわる理由はなにか。キィナ本人にも、この事件にこだわる理由は出来ていたが、肝心の〝依頼主〟の理由をまだはっきりとは聞いていない。

トレイルと談笑していたオールドマン准将の顔から笑顔が消え、かわりにすこし考えるような仕草で、自分の口元を手で覆った。

 

 

「一年前。管理局の技術が市場に横流しされた日を境に、魔法による抗争が次元世界中で撹拌した」

 

 

このミッドチルダも例外じゃないと、オールドマン准将は厳しい口調でそう言った。

 

今まで気にも留めなかったゴロツキが、手頃に魔法技術を手に入れてのさばっている。

 

開き直った管理局の技術共益圏の拡大といった提案は、こういった小競り合いを世界中にばら蒔いた。その尻拭いを末端である君たちがやっている。そうなってしまった原因がある上層部の人間は、豪華な革椅子にふんぞり返って、葉巻をふかしている。それを目の当たりにすることが、現場を、部下をよく知る彼には耐えがたい苦痛だった。

 

一年前まで、災害規模の事件が無い限りデスクワークに終われていた執務官も、今じゃ毎日のように現場に駆り出されては指揮を執っている。

 

 

「皆、順応しようと必死なんだよ。時代の流れに取り残されないように。伸び続ける管理局という木を這い上がるしかないんだ」

 

 

現場の最前線に立つ一人であるトレイルはそう答えた。その木が成長を止めるまで俺たちの忙しさは収まらないって訳だが、とも付け加える。だが、准将は「それは違う」とぴしゃりと否定した。

 

 

「逆だよ。成長を終えた木は枯れる他は無い」

 

 

停滞などという、その場に留まって足ふみができるのは【個人】だけだ。

 

【組織】や【集団】は、足ふみをすることはできない。進みか、廃れるか。巨大な組織に突きつけられる選択肢はその二つだと准将は言った。

 

 

「それって――管理局が、無くなるってことですか?」

 

「あくまで可能性の話だ。それが本当になるかどうか、誰にもわからない。だから私は賭けてみたい。あの暖かな魔法の光にね」

 

 

「暖かな魔法」――その噂、確か一年前に観測された膨大な魔力爆発で見えた光だ。

 

 

「そんな暴力的なイメージだけでは説明がつかないだろう」、准将は不満そうにコーヒーを啜った。

 

観測された光は、ある一種の光波らしいが、それを目撃した者も次々と戦意を失ったとか。それが真実かどうかはわからない。それが本当に観測されたのかも、明確な証拠もない。なにせ、全部タブー扱いだ。資料も上層部が握りつぶしたという噂もある。噂は噂を呼び、尾が付いてまた新たな噂が生まれるものだ。

 

 

「だからこそ、期待するんじゃないか。私たちがまだ見ない魔法の可能性に」

 

「けど、その可能性に期待しても、時代の流れは止まりませんよ!現に、魔法、魔力に対抗する別の何かが生まれているんですから!」

 

 

キィナは苛立ったように立ち上がってそう言った。

 

三日前に受けた傷と衝撃。

 

あれは明らかに自分が知る物とは一線を違えていた。加えて、対峙した【黒頭巾】にも不信感を覚える。敵は、まさに「魔導士と戦う戦闘スタイル」というものを確立させた立ち回りをキィナに魅せつけた。管理局が「対魔導士戦術」について明確な対策を講じ始めたのは、近年になってからだ。その戦闘スタイルや対策はまだ不完全な部分が多い。

 

つまり、【黒頭巾】は、管理局が研究する「対魔導士戦術」をはるかに上回る能力を持っていることになる。それが個人で手に入れた能力なのか、それとも組織的な何かが存在しているのか。

 

どちらにしろ、それは管理局――魔法を扱う者にとって新たな脅威だ。

 

 

「魔力に対抗する対魔法….生まれてくるのは必然だったのかもしれないな。魔法による技術は、次元世界中に知れ渡ったんだ。魔法はもう世界を管理できる抑止力じゃない。つまり、魔法の技術は世界共通のスタンダードになっちまったわけだ。ってことはだなぁ」

 

「魔法=魔法の小競り合いで埒があかないことに耐えかねた誰かが、魔法に変わる技術の開発に着手すると?」

 

「まぁ、当然の考えでもあるだろうね。抑止力はどんな場面でも必要にされるんだから」

 

 

今までは、「魔法」がその他技術より優れていることが、抑止力であるための方程式だった。それが魔法=魔法に変わってしまった以上、魔法より優れた何か、魔法に対しての抑止力を作ることくらい簡単に予想できる。

 

 

「さしずめ、魔導師殺しといったところか。そんなものが世の中に出てきたら、管理局――いや、次元世界そのものが只では済まないだろうな」

 

「あの黒頭巾に繋がる何かがあれば、准将の依頼にも進展があるとは思いますけど…」

 

 

過去十年以上遡って調べてみても、【黒頭巾】こと、キィナを襲った犯人に関する情報は無かった。敵が何者であるか、まず突き止めないことには先に進むことは難しいだろう。

 

 

「ひとつ。私にも気なるところがある」

 

 

と、考えあぐねいてるキィナに准将は言った。

 

 

「最近になって管理局の技術部にアプローチをかけてきているデバイス開発企業がある。名前はカレイドヴルフ・テクニクス社。昨日も、企業側と管理局側との間で秘密裏に会合が行われていたようだ」

 

「そんな企業、はじめて聞きましたよ」

 

「言っただろう? 極秘だと。この企業と管理局との提携はまだ公表されていない」

 

 

そこでだ。そうオールドマン准将は言うと、はじめてキィナとフェイトに「依頼」をした時のように彼女の眼をまっすぐ見据えた。

 

 

「ナズミ執務官には、私の立場や肩書きを利用した、私の代理人としてカレイドテクニクスへの視察をお願いしたい」

 

 

准将はそう言うと菓子を入れていたのと、同じ紙袋からファイルにまとめた書類を一式取り出して、キィナに渡した。

 

電子書類が一般化されているのに、わざわざペーパーデータで…と、キィナと同じく書類を目にしたトレイルは、「おお神よ」と言いだしそうなくらいに頭を抱えた。それを見て、間違いなく、これは危険な書類だとキィナは察した。

 

 

「それは、私が知る限りのカレイドヴルフ・テクニクス社の情報を纏めた物だ。これは本当なら、トレイル室長に依頼しようと思っていた物だが、君の様子を見る限り、君の方が任務に必要だと判断させてもらったよ」

 

「うへー…冗談きついですね。ちなみにアポイントくらいとって貰えますよね?」

 

 

今更、後戻りするつもりはない。そう開き直ってキィナは准将にそう聞いた。彼はにこやかに顔を横に振った。

 

つまりそれは…と、キィナの顔は青ざめる。

 

 

「ノーアポに決まっているだろう? 代わりにと言っては何だが、上層部関連の人間しか持てないタグ端末を君に預けよう。書類と一緒にファイルに同封してある」

 

 

ファイルの底を覗くと、管理局指定の名札より一回り小さいほどのカードが入っている。薄く細いフレームに、透明のガラスがはめ込められた簡素の作りではあるが、そのカード一枚で上層部の人間しか持っていないアクセス権限を得ることが出来る。

 

もちろん、パンドラの箱をあけるような危険な真似はしないが、どうやら自分はとてつもなく危ない橋を渡ろうとしているようだ。

 

正直、出たとこ勝負と言ったところだ、とも准将は付け加えた。

 

 

まぁ要塞といったわけじゃないんだ。やばくなったら全力で逃げりゃいい。

 

他人事のように言うトレイルを睨み付けて、キィナは准将と上司の三人で、作戦会議を始めるのだった。

 

 

――NEXT

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