ミッドチルダの首都クラナガンは、高度に発展した未来型の都市だ。
そこには、政治、経済を担う様々な行政機関の他に、巨大なアウトレットや多岐にわたるファッションブランドが複合された商業施設が点在している。
そのアウトレットのひとつ。
そこは最近オープンしたばかりで、『開放的な海街』をイメージした屋外方式のアウトレットだ。海辺も近くであり、外観もアウトレットというよりは『街』のようにも思えるほどだった。
フェイト・T・ハラオウンは、アウトレットの至る場所に設けられた休憩用のベンチに座りながら、ぼんやりと晴天なミッドチルダの空を見上げていた。
ケイマン・パラメーラが殺害された事件から、もう一週間が経とうとしている。巻き込まれたキィナも、全身打撲といった重症で、そのまま入院となり彼女とは別行動となってしまった。当事者であり、執務官であるフェイトは、捜査に加わるものだと考えていたが、事情聴取を受けただけで、『この事件には関わらぬように』と、上司から言い付けられてしまった。
目の前で人が死んだショック。「P・T事件」の時。虚数空間へ、アリシアの肉体が入った培養槽と共に堕ちていった母――プレシア・テスタロッサの最期。彼女が経験したモノは、否応なしに苦しい記憶を思い出させた。フェイトの精神的な負担を考えたオールドマン准将から、フェイトは少しの休暇を与えられていた。
「フェイト、どうしたんだい?」
ソフトクリームを両手に持ったアルフが、ぼんやりと空を眺めるフェイトを横から覗き込むように伺った。人酔いでもした?と、心配そうにアルフの耳が下がった。
「うん、大丈夫だよ。アルフ」
フェイトは微笑みながら、アルフにそう返して、彼女からソフトクリームを受け取った。アルフもフェイトの隣に腰を下ろして、フェイトとお揃いのソフトクリームを頬張る。ソフトクリームを受け取ったときに見せたフェイトの笑顔。その笑顔は、まだ管理局に入る前の彼女の面影と重なって見えてしまう。
ジュエルシード。
その名を思い出すだけで、形容しがたい複雑な感情がアルフの中に蘇ってきた。
「気分転換に買い物にきたけど、良いところだね。このアウトレット」
アルフは過った不安を掻き消すように、明るい声でフェイトに笑いかけた。ここは穏やかに海風が流れ込んでいて、どこか海鳴の町に似ている。こうやってベンチに座りながらのんびりしているだけで、とても心が落ち着く。
事件以来、元気がないフェイトを、アルフがこのアウトレットに誘った。事件の事情は話せないとフェイト本人から伝えられていた為、アルフを含めて、親友のなのはや、はやても、フェイトが巻き込まれた事件の詳細を知らない。加えて二人は、今は別件の仕事で手が離せないらしい。顔を会わせるのも昼食と夕食くらいだが、その度になのはもはやても、フェイトを心配していた。
「フェイト…」
「大丈夫だよ、アルフ」
心配そうなアルフに気付いているように、フェイトは少しずつ食べていたソフトクリームを下ろした。フェイトは、やはりどこか元気がないように見える。けれど、『一人』だった時とは違う。その表情は、『一人』で耐えている顔ではない。
「大丈夫、私は一人じゃないから」
今は、親友達がいる。心を預けて、暖かな時をくれる仲間が、そして家族がいる。心の拠り所があるからこそ見せる、フェイトの弱い顔だった。
「うん…そうだね、フェイトは…大丈夫なんだね」
ふと、アルフの視界が滲んだ。自分も、すっかり泣き虫だ。自分よりまだ背が低いフェイトが、頭を撫でてくれた。元気つけるつもりが、逆に泣いてしまうなんて情けないものだ。
そんなこと思いながら、アルフも、フェイトも、満足そうに心が暖かさで満ちている。
「さ、アルフ。買い物の続きを―――」
フェイトが食べかけていたソフトクリームを片付けて立ち上がった時だった。
ドンッと地面が揺れた。
遅れるようにアウトレット中に爆音が轟く。アルフの手を握っていたフェイトの手に、ぎゅっと力がこもる。
「なんだい!? 今の爆発!」
立ち上がったアルフが辺りを見渡す。少し遠くに見えた黒い煙。彼女の鋭い嗅覚を刺激する焦げた匂い。途端に、アウトレット中に緊急避難案内が表示された。
《火災が発生しました。係員の指示に従って行動し、アウトレットから避難してください》
まるでデバイスのような、淡々とした電子音声が流れると、買い物を楽しんでいた穏やかな雰囲気が一変した。アウトレット内にいた客が避難案内と係員の指示に従って避難し始める。
「――アルフ、買い物はまた今度になりそうだね」
フェイトの事件といい、悪いこと続きだ、とアルフは内心で舌打ちをした。こんなに悪いことは続くものなのか、と疑問すら覚えてくる。
「行くよ、バルディッシュ」
フェイトの問いかけに、堅牢な相棒は「了解」と凛とした応答をした。フェイトは避難案内をする係員の元へ駆け出した瞬間に、フェイトの身体がバルディッシュ・アサルトによってバリアジャケットに包まれた。アルフも私服のままだが、飛び上がったフェイトへ、アウトレットの建物間を跳びながら追従する。
「管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンです! 避難案内に協力します」
係員は急なフェイトの申し出に戸惑ったが、すぐに現状の避難状態を説明してくれた。
「このブロックの避難はほぼ終わりましたが、火災があった場所はまだ誰も…!」
係員からの説明を聞き終えた後、フェイトは管理局へと通信回線を開き、上司へ現状を伝えた。管理局側でも、この火災は確認されており、今消防隊と救助隊がこちらに向かっているようだ。
「では、私はこのまま避難誘導の協力を」
すまないな、休暇を与えていたというのに、と上司の気遣った言葉にフェイトは一礼すると、火災が発生したエリアへと飛翔した。
広大な広さを誇るアウトレットだが、フェイトがいたエリアから、火災が発生したエリアまでは、飛べば数分も掛からず到着できる。フェイトが着地した場所は、火災があった建物のすぐ近く。そこは少し開けた広場だった。間を入れずにアルフもフェイトの元に到着した。建物の二階に当たる場所から煙が立ち上っている。
ふわりとフェイトは浮かび上がると、まだ火の手が回っていない隣の建物から中へと入った。建物内部は海辺の街をイメージした外観とは全く違い、近代的な金属質の内装と、通路がある。おそらく物品の搬入用に設けられたのだろう。
「バルディッシュ、逃げ遅れた民間人は?」
《通路奥のフロアに生体反応が一つ》
バルディッシュの口調は単調だが、フェイトの問いかけに完璧な回答をする。煙はまだ奥のフロアまで充満していない。よし、とフェイトは金属質な通路を歩き出した。
《―――sir!》
フェイトが歩き出した直後、バルディッシュが上から警報を知らせた。
「―――!?」
反射的にフェイトが爆発的な早さで滑るように飛び込むと、フェイトがいた場所に、けたたましい音を響かせながら防火扉が降りてきた。
「フェイト!?」
後を追っていたアルフは、防火扉で完全にフェイトと引き離されてしまった。
「くっ…防火扉が…?」
フェイトは作動した防火扉を見ながら、ひとつの疑問を抱いていた。僅かな煙を探知したのか、それとも誤作動なのか、どちらか最中ではないが、明らかに不自然なことだ。真下に人がいるというのに、防火扉がいきなり閉まるなんて…。
すると、フェイトがいる通路の横道すべてを塞ぐように次々と防火扉が降りていく。残されたのは、バルディッシュが報告した「奥のフロア」まで続く一本道だけだ。
これは―――明らかに。
「フェイト!フェイトォ!大丈夫なのかい!?」
背後で防火扉を叩くアルフの扉越しの声が、フェイトの耳に届いた。念話で応じようとしたが―――。
「ッ!」
念話を試みた瞬間、耳の奥、鼓膜の近くで砂嵐のようなノイズが響き、思わずフェイトは身をたじろがせた。
念話が使えない――?
フェイトは、まだ違和感が残る聴覚を庇いながら、管理局への通信を試した。が、結果は音信不通。すべての通信機能がシャットアウトされている。
防火扉を叩く音が止んだ。せっかちなアルフのことだ、恐らく他の通路を探しに行ったのだろう。フェイトは改めて、奥に繋がる通路を見た。その先は闇に包まれていて、その暗さはフェイトに鮮明にケイマン・パラメーラが殺された「あの夜」を思い出させた。
ごくりと息を飲む。
暗くなって行く通路。警戒心を解かずフェイトは進んだ。進むにつれ、通路の様子は酷くなっていく。壁には煤が飛び散っていたり、無数の傷があった。灯りも途中で壊れていたり、点滅している。その中を抜けると、通路は開けた場所へと繋がった。
そこはまさに、爆心地のような酷い荒れようだった。
物品の倉庫だったそこには、保管されていた衣類や小物がボロボロになって散乱している。だが、可笑しい点もあった。その場には、煙や炎が一切立ち込めていなかった。建物の外から見たときは、立ち込めた煙は相当なものだった筈だ。だが、その開けた場所では煙どころか炎すら確認できない。フェイトは注意深く辺りを見渡した。なにか強い衝撃で押し付けられたように、棚や物が潰されている。
ふと、天井の崩落した穴から光が差し込み、フェイトは一瞬だけ瞳を伏せた。
――その時、フェイトの瞳が一瞬だけ、逆光で生まれた影の中で蠢く何かを見つけた。
「フェイト! あぁ、無事だったんだね」
天井の穴から、アルフの声がそのまま降ってきた。人型から獣へと姿を変えたアルフがフェイトのもとへ着地する。
「アルフ! 今…!」
「こっちには誰もいないみたいだね! 早くアタシたちも避難しなきゃヤバイよ!」
アルフの言葉に、フェイトは「え?」と思わず息を漏らす。「誰もいない」、フェイトのような人間とは別次元の嗅覚を持つアルフのこの言葉は、信用に値する言葉だ。
だが――今、フェイトの目の前、アルフの背後には、間違いなく「影」が佇んでいた。
「アルフ…? 何を言ってるの…?」
「え、だって。ここからはフェイトの匂いしか感じないよ?」
この場には、自分と同じ匂いしかしない―――?
アルフは、全く気付いていない。フェイトもさっきまでは気付かなかった。
今は意識しているから見えているだけで、一度目を離せば、完全に見失ってしまう。
それほど、フェイトが見る人物は「影」に溶け込んでいた。
「――わざわざ招いた甲斐が、あったものだな」
瓦礫と闇の中から、『あの夜』と変わらない真っ黒なケープを閃かせながら、「影」は現れた。声に反応して、アルフもフェイトと同じ方向に振り向いた。アルフも、まるで信じられないと言った様子で、強ばった雰囲気が伝わってくる。バルディッシュを握る手が汗ばんだ。
「お前の前では、もう【コレ】を隠す意味は無いだろうな」
「影」は二人が完全に見える位置まで歩いてくると、深く被っていたフードに手をかけた。
「会いたかったぞ―――〝フェイト〟」
ばさりと落ちたフード。空気が凍りつく。
下ろされたフードから伸びた金色の髪が、今まで纏っていた影とはあまりにも不釣り合いで――鮮明なまでに、フェイトには「影」と思っていた人物の顔が見えていた。
「私が…もう一人…!?」
まるで鏡で写したように、そこには〝フェイト〟が立っていた。
顔立ち、体躯、何もかもがフェイトと同じ。唯一、違うのは服装と、ツインテールではなく、後ろでひとつに結い上げられた髪型だけだ。
「違うな…俺には名がある」
フェイトと同じ、燃えるような深紅の瞳を伏せながら、『もう一人のフェイト』は、フェイトと対面する。
「俺の名は―――」
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